九十六話 「これ以上愚弄するのは許さない」
『ポディカスロは私に任せて頂いても構わないでしょうか?』
あの日、生徒指導室でお三方とお話しをしている時に私が言った言葉。
あの発言をしたのには意味がある。
全ては、ブラリ様の為。
……否、ポディカスロへの鬱憤が溜まっているから。
ブラリ様の作戦が失敗したのは直ぐに分かった。
アズモ様が飛んで行く姿を見た訳では無い。
ただ、匂いで分かった。
この濃霧の中にはまだダフティ様が居る。
作戦が失敗した為ブラリ様に判断を仰ぎたくなるが、その気持ちを堪えて私は私の仕事をする。
ブラリ様はこれしきの事でめげたりしない。
ポディカスロを弾き飛ばす為に入った濃霧の中には、微かにブラリ様の匂いがある。
後ろにいるブラリ様本人の匂いでは無く、非常に弱々しい香り。
それに目掛けて私は駆ける。
全速力で駆けて、直ぐに見つけた。
そのまま速度を落とす事無く、加速して突進。
しなやかなこの身体のバネを活かし、頭から突撃した。
確かに弾き飛ばす事は出来たが、手応えは無い。
飛んでいったポディカスロに追いつく為に更に加速する。
追いついて再び飛ばす。
草と木を薙ぎ倒し、ポディカスロは飛んで行く。
叶う事ならこのまま脱落して欲しい。
早くポディカスロを倒してブラリ様に合流したい。
早くブラリ様の元に行って、力になりたい。
そんな逸る気持ちを抑え飛んで行くポディカスロに何度も突進し遠くへ飛ばす。
「何回ぶつかってくるのだ」
五回目の突進をするが、空を切り代わりにそんな言葉が返って来た。
避けられてしまった。
もう少し離したかったが、これ以上はもう望めない。
帯刀していた剣を抜刀したポディカスロを見据え、魔物化を解く。
口に咥えていたブラリ様から頂いた短剣を左手で握る。
「貴方が脱落するまでぶつかり続けるつもりでした」
「冗談だろう。あれでは日が落ちても、私が落ちる事は無い」
実際、ポディカスロには大したダメージが入っていないように見えた。
背の高い草や枝を折り吹き飛んでいた為、多少の切り傷はあるが、肝心の突進の方はガードされていたのかなんともなかった。
やはり、勝負は剣で決めなくてはならない。
間合いを取り、円を描くようにゆっくり回る。
どのタイミングで踏み込むのかをお互いに探っている。
「ふう……。すまないが、ここで時間を掛ける訳にはいかないので直ぐ終わらせる。早くダフティ様に合流しなければならない」
ポディカスロはそう言い、構えていた剣を振り上げ迫って来る。
袈裟斬りして来たポディカスロの剣を、短剣の腹で滑らせていなす。
「こちらのセリフです。私も早くブラリ様に合流しなくてはなりません」
そう言い、短剣の届く距離まで進み首を目掛けて短剣を振るう。
私の放った一撃を、ポディカスロは後ろに飛んで避けた。
再び、お互いに構える。
「……従兄弟のよしみで言うが、ブラリ様に仕えるのはいい加減止めた方がいい。あの王子はもう駄目だ」
「それは私が決める事です」
今度はこちらから攻める。
踏み込み、ポディカスロの元へ飛ぶが目の前を剣が通過する。
後ろに飛ぶと、返しの剣が私のいた場所を斬った。
長剣と短剣の間合いは、長剣の方が圧倒的に広い。
やはり、こちらから攻め込むのは難しい。
「ブラリ様は学園入学前からの度重なる家出で問題児扱いされていた。学園に入った後も更生する事なく問題行動の連続。それについ最近、竜王様の娘に私的な暴力行為を働いたと聞く」
「だから何だと言うのですか」
「……もう一度言う。ブラリ様に仕えるのは止せ。十五組などと言う最下位クラスを抜けてダフティ様の居る一組に来い」
「嫌です」
私はこの男が嫌いだ。
ブラリ様の事を何も知らないのに、噂だけで判断して評価をくだす。
不愉快極まりない。
「はあ……」
私の言葉に何を思ったのか、ポディカスロは溜息を一つ吐いた。
構えていた剣を脱力したかのように下ろし、地面に突き立てる。
「“地揺れ”」
ポディカスロが言葉を呟くと、剣を中心に地面が揺れた。
魔法武器という物がある。
魔法武器は特定の言葉で起動し、自身の魔力と引き換えに何かしらの効果を齎す。
突然の地揺れに態勢を崩す。
規模はそこまで大きな物では無いが、咄嗟に反応するのは難しい。
少しだけふらつくが、直ぐに立て直す。
「甘いな」
ポディカスロは私の隙を見逃していなかった。
少し足元が疎かになっていたのを機に音も無く近づいて来ており、剣を振るっていた。
しかし、その地面を揺らす剣の効果は知っている。
それに対応する為に、マニタリ様の生やした揺れるキノコの上で短剣を振るう練習をした。
「そちらこそ」
迫っていた剣をすれすれで避け、短剣をポディカスロの首元目掛けて振るう。
ポディカスロは背中を逸らす事で私の攻撃を躱す。
だが、この距離なら私の間合いに入る。
近づいてしまえば、小回りの利く短剣の方に分がある。
首や胸、脇等の急所を狙い短剣を振るう。
しかし、連続で振るわれる私の短剣をポディカスロは実力を誇示するかのように全部紙一重で避けた。
私の攻撃が止まると、短剣が届かない所まで下がり剣を振るって来る。
今度は私が避ける番になった。
連続で振るわれる剣を先程やられたように全部避ける。
何度か目で放たれた肩を正確に狙って来た剣を、短剣を使って受け止め滑るように流し相手の懐に潜り込む。
しかし、また後ろに跳ばれ間合いから抜けられる。
「やはり戦闘のセンスはある」
「ブラリ様達と一緒に学びましたので」
ポディカスロが着地する前に、こちらから近づき強制的に間合いに入らせる。
胸を突き刺すように短剣を振るうが、下から上って来た剣に弾かれる。
剣をそのまま私目掛けて振り下ろそうとするのをこちらも弾いた。
剣戟が始まる。
「本当に惜しいな。ブラリ様の元で腐らせてしまうのが勿体ない逸材だ」
「ブラリ様はこの国の魔王になるので問題無いです」
「無理に決まっているだろう」
攻撃を防がれたポディカスロが離れた。
剣を納刀し、私を見据える。
「ブラリ様にはダンジョンで人を殺したと噂があるだろう。お前も知らない訳が無い」
「…………」
左手に持っていた短剣を力強く握った。
この短剣はブラリ様が一年程前に、ダンジョンで入手した物だ。
私がダンジョンでブラリ様を見つけた時には、ブラリ様は変わり果てた姿になっていた。
この短剣はブラリ様が命懸けで入手した物。
それをブラリ様が私にくれた。
この短剣をくれた時にブラリ様が言っていた言葉は今でも鮮明に覚えている。
『絶対にダフティを取り戻す。スフィラ、僕に協力して欲しい』
本当は何があったのか、それはブラリ様から聞いたので知っている。
ブラリ様が森から拾って来たフィラフトがブラリ様と冒険者の方々を守る為に死んだ。
その場に駆け付けたダフティ様が、ボロボロの状態で倒れるブラリ様とフィラフトを見て異形化した。
……そして、ブラリ様と一緒に冒険した方々は異形化したダフティ様に殺された。
あの日、ブラリ様がダンジョンに行った日。
試験勉強の連続でダフティ様も限界だった。
ブラリ様が窓から出て行くと、それを追いかけるようにフィラフトも飛んで行く。
ダフティ様はずっと、ブラリ様と同じように外に出て遊びたかった。
あの日は偶々、その気持ちが爆発してしまったのだ。
ダフティ様も窓から出て行くのを見た私も慌てて三人を追いかけた。
直ぐにダフティ様に追いつき止めようとしたが、ダフティ様の物凄く悲しそうな顔を見て止めた。
家から出られないダフティ様にとって、ブラリ様と冒険するのは夢だったのだ。
やっとブラリ様と冒険が出来るという嬉しさを前面に出したダフティ様は、ブラリ様に追いつくまでの道中に現れたモンスターを物ともせずに倒し追いかける。
全てはブラリ様と冒険する為。
ダフティ様が私の事も置いて行き、大きな扉を潜り走って行ってやっとブラリ様に追いついて見た景色が、その惨状だった。
その光景はダフティ様を容易く絶望に突き落とす。
とっくのとうに限界を迎えていたダフティ様はそれで壊れてしまった。
あの時ブラリ様だって、限界だったはずだ。
モンスターに全身を黒く焦がされ、フィラフトが死に、ダフティ様が異形化し、一緒に冒険した方々を惨殺。
感情がぐちゃぐちゃになってしまい、ブラリ様も暴走してもおかしく無かった。
しかし、ブラリ様は自分の気持ちを全て抑え込み、ダフティ様を取り戻す為に奔走しだす。
それを知っているから、私にブラリ様から離れる選択肢は無い。
「あの日、ダンジョンで件の冒険者とブラリ様が一緒に居る所を見たと言う冒険者が多数いる。噂にもなるだろう。ブラリ様が何かしたのでは無いかと」
「……ブラリ様は誰も殺していない」
「例えそうでも、民衆の間で噂になった時点でもう駄目だろう」
ブラリ様が殺しをしたと言うのなら、殺されたのはブラリ様自身だ。
自身の慟哭に理性で蓋をして、どうにかしようと足掻いている。
「そんな事もあったのに更生もせずに問題行動の連続。毎日のうのうと生きているブラリ様には魔王になる器など無い」
「……黙れ」
私はポディカスロが嫌いだ。
事情等何も知らない癖に、私の命よりも大事なブラリ様を軽んじている。
「これ以上ブラリ様を愚弄するのは許さない」
これ以上ブラリ様を汚させない為に、この男は速攻で落とす。
直ぐに倒して、ブラリ様に合流する。
「“煌めけ”」
ブラリ様から貰った短剣を起動する為の言葉を呟いた。




