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異世界転生したら吸血鬼にされたけど美少女の生血が美味しいからまあいいかなって。  作者: 只野誠
第二章:異世界転生して魔神を討伐することになったけれども。
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異世界転生して世にも奇妙なレアキャラに好かれると思ったら、そうでもなかった。

 植林場の中央部分、一番大きなアイアンウッドが生えている場所までやってきた。

 そしてそこにいたのは、実際に見てもよくわからないものだった。

 端的にいうと、半透明の全裸で緑髪の少女、だ。

 立体的ではあるんだけど、陰影がないせいか、どうも平べったくみえる、例えるなら絵、それが空間に張り付いてる、そんな感じだ。

 微動だすらしないのがそれに拍車がかかっている。

 そして、やっぱりなんとなくだけど精霊には近い感じはする。

 が、どこか決定的に違う感じもする。

 一体これが何なのか私には見当もつかない。

 ミリルさんに聞いても首をかしげるだけだ。

「なんなのこれ?

 小精霊ではないよね、小精霊は肉体を持たないから小精霊であって、肉体を持ったらもうそれは精霊なのよね?

 でも、これは肉体…… 少なくとも普通の肉体じゃないよね?」

 私の問いに答えれるものはいない。

 みんなこれがなにかわからないんだ。

 何かどっかがかみ合わない、どこかしら矛盾を含んでいる、そんな存在だ。

「確かに邪気や穢れといったものは感じられませんが、不気味ですね。

 未知のものへの脅威といいますか、なんといいますか」

 ミリルさんも警戒はしつつもどうしていいかわからないようだ。

「本当に幽霊かなにかではなのでは?

 私も実物は見たことはないのですが、伝承などでは確認はされているんですよね?」

 アンリエッタさんがそういった。

「ええ、そうですね、幽霊というのが一番しっくりきますね。

 ただ伝承では大体穢れをまとっていると言われてはいます。

 心残りを残したものが死後、幽霊となって現れるそうなので」

 ミリルさんがそう付け加える。

 あれ、この世界でも幽霊って、そんなふわふわな存在なのか。

 魔物でアンデッドで敵っていう分かりやすい構図でもないね。

 私が触れようとして手を伸ばすと、危険です、とミリルさんに止められた。

 仕方がないので改めて近くで観察してみる。

 改めて見ても空間に全裸の少女の絵が張り付いているように見える。

 今のところ害はないけど、そのままにしていくのはちょっと不気味だ。

 魔力の触手で、こねくり回しはするが反応はない。

 なんかもうこういうオブジェクトなんじゃないかと思って気さえする。

 例えば、魔術で投影された幻影みたいな?

 でも、私ならこれが魔術というのであれば魔術の構文を見ることができるはずだけど、魔術の構文のようなものも感じれない。

「どうにもならないし、先に小屋の方を見てみる?

 停止しているゴーレムが数体いるみたいだけど」

「そうしましょう、シースを連れてくれば良かったですね」

 シースさんは会議で今も書記の役目をしているので来れなかったんだよ。無理に連れ出したら、さすがに元から会議に出席予定のシースさんは大目玉を食らうだろうし。

 騙しているわけじゃないよ、ただ今日も会議はあったのを皆には黙っているだけだよ!!

 小屋の方へと向かおうとした瞬間、今まで完全に停止いしてた半透明の少女が、今起きたとばかりに、あくびをした。

 それと同時に小屋で停止していたゴーレムが一斉に動き出した。

「えっ、まずい!! ゴーレムが動き出した、みんな注意して!!」

 素早く皆に伝えて、私は半透明の少女のほうを見つめた。

 半透明の少女は、きょとんとした表情で私を見つめていた。

 しばらく見つめ合って、口を開いたのは半透明の少女の方だった。

「あなた誰? 魔女様じゃないよね?」

 私はその少女が魔女様と語ったことに恐怖した。

 魔女様とは、夕闇の魔女アンティルローデさんのことで、魔王四天王と言われた一人であると容易に想像できるからだ。

 そして私が今使っている肉体の本当の持ち主でもある。

 魔女様と口にしたからにはアンティルローデさんの配下の魔物の可能性が高い。

 せめてイシュヤーデを連れてきてればよかった。

 起動したゴーレムは、全部作業用だけど、数は八体。

 魔術を書き換えて、支配下に置けると言えど八体同時にはできない、一体ずつ捕まえて書き換えていかなければいけない。

 統率の取れたゴーレム八体を、こちらの被害なしに抑えてどうにかしないといけないのは至難の業だ。

 私一人なら問題はないが、聖歌隊の子は私が攻撃されれば私の身代わりにと前に躍り出てしまう。

 たとえその攻撃が私に全く傷を負わせれるものでもなくてもだ。そして、その攻撃は彼女達にとっては致命的であるものが多い。

 最悪捕獲は諦めて破壊しないといけない。

「魔女、その魔女はもう死んで居ないよ、どうする?」

 私は正直に言ってみた。半透明の少女からは依然として穢れや邪気を感じない。交渉する余地はあるはずだ。

「そうなの? それはよかった!

 私あの魔女嫌いよ! 私をすぐイジメるし、様付で呼ばされるし!」

 その言葉に私は安どのため息をついた。

 小屋で動き出したゴーレムも起動しただけで何の動きも今は見せていない。

 恐らくこの子の目覚めと共に自動で起動するように作られているんだと思う。

 敵意はなさそうだけど、ゴーレムとこの子には注意しつつ少しこの不思議な存在と話してみることにした。

「あなたはなんなの?」

「私? 私は精霊になりたいの。でも門が閉まってて帰れないの」

 その言葉にミリルさんが反応する。

「もしや、半精霊なのでは?」

「出来損ないって言わないで!」

 すぐさま半透明の少女が抗議の声を上げる。

「半精霊?」

「ええ、とても珍しい存在です。

 精霊であるイナミ様にご説明するのもなんなのですが、イナミ様は特殊なご事情があるので知らないのも無理はないですが……

 小精霊が人界で過ごし時を経て精霊界へ帰り、肉体を得て精霊となられます。

 半精霊は、なんだかの理由で精霊界へ帰れず、そのまま人界で長い年月を過ごした小精霊がまがいものの肉体を得た存在と言われています。

 ですが、非常に稀なもので実例どころか記録もほとんど残っていません」

 なんだ、そのあやふやな存在は。

 小精霊、別名はウィスパー、囁くもの。

 精霊の幼体にして、実態を持たない存在。知能があったりなかったり、喋れたり喋れなかったり、いろんな種類の小精霊がいるが姿形を持つ者はいない。

 肉体がないから見ることはできず、基本声だけの存在だ。

 小精霊は肉体を持たないから小精霊であり、育った小精霊はその肉体を精霊界で与えられ正式な精霊となる、らしい。精霊神殿の聖典にはそう書かれていた。

 なら、もし人界で小精霊が何らかの拍子に肉体を得たら?

 それはもう別物になるってことで、それが半精霊ってことなののかな?

「あなた半精霊なの?」

「だから! 出来損ないって言わないでよ! こんなのでも私が得た肉体なの! まがい物とか失礼しちゃうわ!!

 あなたこそ何者よ! 精霊みたいだけど、なんか違うじゃない!!」

 すごい分かりやすくプンプン怒っていらっしゃる、たぶんこの子、裏表なさそう、というか、深く考えて行動してなさそうな。

「一応、第二位の精霊として認めてもらったばかりだけど」

 そう私が告げると、半透明の少女は目をぱちくりさせた。

 そのしぐさは、ちょっとかわいい。

「うそ、そんな位高いの? それほど位が高ければ精霊界への扉開けるでしょう? 開いてくれない? わたし精霊界へ帰りたいの」

「うーん、やったことない」

 よく知らないけど精霊界の扉って開いていいものなのかしら?

 そもそも私にできるものなの?

 でも、まあ、普通の精霊なら、そうなのかもね。

 だって精霊界から門を開いて人界へやってくるんだし。

「うそ、うそよ!

 第二位っていうのも嘘でしょう! なんか雰囲気違うもの!」

 ものすごい勢いで駄々をこねだして、どうしようかと思ったけど、ふと金貨のことを思い出した。

 精霊王の金貨、これなら精霊関係にはなんかしら効果あるんじゃないかしら? 

 私は大笑いしている金貨を懐から出して見せた。

「ほら、ちゃんと精霊王の許可は貰ってるわよ」

 それを見た半透明の子、おそらく半精霊という存在は驚いたように目を真ん丸にした。

「あら、あらあら、あら! 王様の金貨!! 凄い、本物? すごいじゃない!! 王様の力を感じるわ!!

 あなた凄いのね、感心しちゃったわ」

 効果てきめんだった。なんだかうれしそうに私の周りをくるくると踊るように回った。

「あなた、名前はないのよね?」

 確か精霊の名前は、精霊になったときに高位の精霊からもらうのが通例なんだっけ?

 小精霊のうちに名前を名付けられてしまうのもいるみたいだけど、名前によっては精霊になったときに強い影響を及ぼすんだっけ、かな?

「うん、私はまだ名前貰ってないの、二位なら、まって、あなたの二位って玄地の? それとも天上の?」

「天上の、よ」

 玄地の? 聞いたことないなぁ、あとでイシュに教えてもらおう。

 半精霊っていう割には、私よりものを知ってそうなんだけど。

 長い時間か、どれくらい長い間この子は精霊界へ帰れないでいるんだろう?

「おおー、さすが、王様の金貨を持ってるだけはあるのね、あなた、出が高貴な方なのね。

 あなたがわたしに名前を付けてよ! わたしはもう肉体持ってるんだもの! 名前も欲しいわ!」

 肉体…… なのかな? それ? 少なくとも肉はなさそうだけど。

 にしても名前、名前かぁ、私が付けちゃっていいのかな?

「えぇ…… そもそもあなたは何の精霊になるの?」

「わたしはね、わたしはね、鋼と若木の精霊になるはずだったの!!」

「鋼と若木、って、複合精霊なの?」

「そうよ、なのに精霊界に帰れないの! 精霊になれないの!!」

 複合精霊。普通の精霊は大体、小精霊の間に一つの物に執着するようになる。

 そして、その執着した物に宿り人界で長い時間を過ごし成長していく。小精霊として成長しきった後、精霊界へ戻り、肉体を得てその精霊に生まれ変わるのだ。

 ついでに一位と二位の位にいる精霊はそれ以外の精霊とはまるで別の生態になるらしい。二位は私やアレクシスさんだよね。といっても私も詳しくは知らないんだけど。

 話を戻して、複合精霊とは、その執着するものが複数あった場合になるもの、だったと思う。私も本で読んだだけどね。

 確か精霊十人に一人くらいの割合で、たしかに珍しくはあるが、それほど珍しいというわけでもない。

 そういえば精霊神殿の精霊のことが書かれている聖典には、複合精霊のことは書いてあって、半精霊のことなんて何も書かれてなかったなぁ。

 それだけ半精霊っていう存在が珍しいってことかな。

 どちらにせよ、複合精霊で半精霊って、超レアってことよね。

 そんな子に名前を私が付けてもいいのかしら?

「私でいいの?」

「ええ、あなたがいいわ!」

 にっこにこで頼んでくる、こんな無邪気な笑顔で言われたら断りづらい。

 名前、名前ねぇ?

 鋼と若木だっけ? 鋼、鋼、はがね、鋼は鉄? 鉄、鉄、鉄は金属…… 若木、木、若い木、木、金属、木、金木、金木犀?

「キンモクセイとかどう?」

「ダサいからイヤよ」

 ださい、ダサいかぁ…… 即答でダサイかぁ。

 そうかなぁ、キンモクセイって、そんなダサいかなぁ?

 確かにトイレの脱臭剤のイメージが私にもなんとなくあるけど、ダサくないよね?

「もっと長くて複雑なのがいいわ」

 そういえば、イシュヤーデもアンティルローデさんもなんが妙に長くて複雑そうな名前よね、精霊はそういうのが好みなのかな?

 だとすると、こんな感じ?

「じゃあ、オスマンティウスとかどう?」

「オスマンティウス? うーん、どういう意味なの?」

「金木犀の…… 別名みたいな?」

 英語って言ってもわからないしね。

 発音はなんとなくそれっぽいからいいよね?

「さっきも言ってたけど、金木犀ってなに?」

「お花、いや木の名前ね」

「わたし、鋼と若木の精霊になるんだけど? 鋼はどこ行っちゃったのよ?」

「その木はね、金属の金、木の木、犀って…… なんだろう?

 ま、まあ、そういう字で書くのよ? ね? あなたにぴったりでしょ?」

 後々、かなり後になってから知ったんだけど、犀はサイ。動物のサイのことらしい。諸説あるらしいけど幹肌がサイの肌に似てるとか、そんなんだったかな?

 まあ、本当にかなり後になって知ることなんだけどね。

「うーん、そういうことなら、まあ、いいわ。わたしは今日からオスマンティウスよ」

 オスマンティウスがそういうと、その存在が少し濃くなったように思える。

 私が名前を付けたことで何かが変わったのかも?

「あなた、ちょっと濃くなったんじゃない?」

「あなたって呼ばないで、オスマンティウスよ! あなたが名付けてくれたんじゃない!

 ところで、あなたは誰なの?」

 そういえば名乗ってなかったかな。

「んー、血の精霊のイナミよ」

「血? そんなものに執着するなんてちょっと猟奇的じゃない?

 でも、二位なら違うのかしら? たしかそうよね?」

 そう、そうなのよね。

 二位っていう位、一位と二位だけは精霊でも別格なのよね。

 どれくらい別格かというと、生態がまるで違うくらいには別格らしい。

 それはもう別物なんじゃないかしら、と私は思うんだけど。

「うーん、私はちょっと事情が複雑だからね」

 本当に複雑すぎて正直に話しても余計複雑になるんだよ!!

 ええっと、なんだっけ?

 転生者で稀人で神様で、半分吸血鬼で半分精霊で、月の女王の娘で、元魔王四天王の魔女の肉体で……

 設定多すぎて自分でも混乱してくる。

「そうなのね、さすが二位なのね」

 なんか納得してくれたみたいでよかった。説明するのもだるいし、ミリルさん達にはまだ言ってないことも多いし。

 言ってしまってはダメなのかしら?

 精霊王から許可が出たっていうんならいいはずよね?

 機を見て喋ってしまおうかな?

「私もイナミって呼んでよ、オスマンティウス」

「はーい、イナミ」

 そう言ってオスマンティウスは私の首に手を回し、抱き着いてきた。

 そのまま頭をすりすりとこすりつけきた。

 なつかれたのかしら?

 かわいいとは思うけど、少しひんやりとしているだけで触られている感触がまるでない。

 まるで冷気にまとわりつかれている感じ。幽霊に取りつかれるってこんな感じなのかしら?

 だからか、ちょっと不気味に感じてしまう。

「オスマンティウス、ここのゴーレムとアイアンウッドなんだけど、貰っても構わない?」

「ええ、構わないわ。わたしは命令でここの管理人やらされてたけど、この木の精霊でもないし」

「鋼と若木だっけ? あなたが宿っていたものは?」

「あの魔女に壊されたわ、ほんと大っ嫌い!

 私が憑りついてたのは、戦場に取り残された壊れた鎧に芽吹いていた若木だったの。

 でも、この辺は水もあんまりないし、わたしもあんまり力ないしで、何とか若木のまま枯れないように必死に世話をするのが精いっぱいだったんだけど、あの魔女に見つかって壊されちゃったわ。

 それで珍しいから飼ってあげるって言われて、ここの管理を無理やりやらされたわ、ほんとやになっちゃう!」

「そ、そうなんだ。

 ここのゴーレムはあなたがマスターなの?」

 そう聞きはするけど、なんとなくこの子がゴーレム達のマスターでないことはなんとなくわかる。

 にしても、小精霊が半精霊とやらになるのにどれくらいの年月がかかるんだろう?

 アンティルローデさんと会ったことがあるってことは少なくとも十年数年はここで管理人をやらされているってことよね?

「あの子達は木の世話をするだけで私の命令なんて何一つ聞かないわ」

 ん? じゃあなんてゴーレムはこの子に連動して起動したんだろう?

 ゴーレムに書かれている魔術構文でも見ればわかるかな?

「そういえば、もう鉄がないわ。しばらくないわ。だから木も成長しないわよ」

「鉄?」

「そう、黒くてつぶつぶしてるヤツ。もうないから木は成長しないわ」

「それはどこにあるの?」

「小屋にあったんだけどもうないのよ、何度も同じこと言わせないでよ」

 なんだか要領を得ない。

 とりあえず小屋に行くしかないか。

 ついでに聖歌隊の子達は、少し遠巻きに見ている。

 特にクロエさんとミャラルさんは、半精霊という存在が、敵か味方か判断つかないようで、どうしていいかわからず武器である鉄製の杖を半構えにしている状態だ。

 私に何かあったらすぐ動けるようになんだろうけど。

 ミリルさんは心配しているが、おそらくオスマンティウスの正体が半精霊だと予測がついて落ち着いてはいるようだ。ただ警戒を解いているわけではないところがミリルさんらしい。

 アンリエッタさんは、本当にどうしていいかもわからないようで、あからさまにうろたえている、というか半精霊自体を怖がっているようにも思える。

 いや、半精霊って存在そのものを懐疑的な感じなのかな?

 これが経験と知識の差なのかしら?

 私は特にオスマンティウスから脅威になる感じを感じ取ることができなかった。この本能、吸血鬼の本能なのかな? それとも危機察知能力というべきものなのか、とにかくそれを信じることにした。

 首に絡まりついたオスマンティウスを引き連れて、そのまま小屋へと向かう。

 小屋の中には、すでに角材に加工されたアイアンウッドが貯めこまれていた。ここも採石場と一緒でいつでも出荷できる状態にされているぽい。

 それと小屋の一角には書斎のようなスペースもある。

 起動したゴーレムはこちらを確認しても襲ってくる気配はない。

 アンティルローデさんの拠点だった場所のゴーレムには、人というか侵入者を見かけると襲ってくるもの、こちらから攻撃を仕掛けない限り襲われないものと二種類ある、みたい?

 詳しくは私もまだよくわからないんだけどね、とりあえず、この植林場は後者らしい。

 ということはあれだ、外部と取引があるような場所だったんだと思う。

 前に見つけた拠点に麻薬の栽培をしていた施設があって、そこのゴーレム達は人間を認識しても襲ってこなかった。イシュに聞いたらおそらくは外部と取引があった場所はそうなのではないかと、という話だった。

 イシュもゴーレムのことは詳しく知らないらしい。

 その麻薬を栽培していた拠点には取引先リストが書類なんかで残っていて人間の、しかも貴族の名前なんかも載っていた。

 その書類は接収し、騎士団へと渡して貰った。

 ただ少なくても十年以上の前のものなので、証拠としては不十分なのかもしれない、それでもリストに載っていた数名の貴族が騎士団にマークされることとなったらしい。

 今も証拠集めに走っているそうだけど、もう十年以上前の話なのでその痕跡を探すのは難しいらしい。

 まあ、敵国から麻薬を買っていたと考えれば、戦争が終わった今でも調査すべきなんだろうけど。

 もしかしたら、ここにもそんなリストがあるかもしれない。

「ミリルさん、ここのゴーレムも襲ってこないってことは、ここも外部との取引があったところかも?

 ゴーレムはどうしよう、戦闘用ゴーレム君は植林場の外に置いてきちゃったしなぁ。どれか乗っ取ろうとすれば全部襲ってくるだろうし。

 みんな外出ててって言ったら聞いてくれる?」

 戦闘用ゴーレム君は巨体であり重量もかなりある。なので、通路などの床をぶち抜きそうだったので、植林場の外に馬車と共に置いてきてしまったのは失敗だった。

 なんかしらの魔術を行使して作業用ゴーレムの行動を妨害しながらの魔術の書き換えはさすがにきつい。

 割と精密作業なのよ、魔術の書き換えって。

 なので、いったん作業用ゴーレム達を引き受けてくれる存在が必要なのだ。

 とりあえずここの作業用ゴーレムは、書かれている魔術構文を見る限り、こちらから攻撃しない限り襲ってこない設定になっている。

 放置でも当面は問題ないといえばないのだけれど。

 職人ギルドの人を派遣したときに、もし事故が起きたら大変だし、やっぱり私の支配下に置いておきたい。

 破壊は簡単にできるけど、できればしたくない。

 この植林場はを管理、運営してるのは恐らくオスマンティウスではなくこのゴーレム達だし。

「聞けません」

 ミリルさんが真剣な表情でそう答えた。クロエさんとミャラルさんもそれに続いた。

 少し遅れてアンリエッタさんも意を決したようにうなづいてくれた。

「だよね。

 私なら丸鋸で切りつけられても平気なんだけど?」

「そういう問題じゃありませんよ」

 ミリルさんは少し呆れつつも、真面目に答えたくれたけど、うーん、どうしよう。

 いや、待って。ここにアイアンウッドが備蓄されているということは、ここまで馬車か何かで来れるってことだよね?

「ねえ、オスマンティウス。ここまで馬車とか来れるのよね?」

「ええ、そうね、あいつらはそうしてたわ」

「あいつら?」

「あいつらはあいつらよ! 乱暴者ばかりだから嫌いよ」

 うーん、やっぱり要領を得ない。

「外から大きな道でここにつながってるの?」

「ええ、そうよ、あっちよ」

 と、私達が来た方向とは真逆の方向を指さした。

 歩いて行ってみると、かなり広い道としっかりと踏み固められた道があった。

 ああ、そうか、私の魔力での探索じゃ、物体かなにかがあるかないかしか判断が付かない。

 その空間に何もないと認識ができないから、何もない空間そのものの大きな開けた道という存在は意識外だった。

 これは盲点だ。

 何もないがあるってことは、空間があるってことだもんね。

「……こっちから馬車と戦闘用のゴーレム呼べますね」

 ミリルさんが静かに言い放った。

「そうだね、ごめんね、まるで気が付かなかったよ」

 私はそれに同意しかできなかった。


 まあ、そんなわけで作業用ゴーレムを全部私の支配下に置くことができた。

 何体居ようが作業用ゴーレムでは戦闘用ゴーレム君の敵ではないのだ。

 作業用ゴーレムの魔術構文を見ると、いつもの作業用ゴーレムとは違い、アイアンウッドの世話と半精霊の監視、観察の項目があった。

 アンティルローデさんのゴーレムは、どこにいるのもその場所によって少しずつカスタマイズされているのよね。

 アイアンウッドの世話のほうは、磁鉄鉱を砕いて巻くだけ。水やりなんかはしなくてもいいみたい。

 オスマンティウスが言っていた、黒くてつぶつぶした鉄ってこれのことか。

 あとは成長しきったアイアンウッドを木材へと加工、葉っぱ、実の収集と言った感じか。

 半精霊の監視、観察はそのままの意味だった。

 半精霊が逃げないように監視し、その珍しい生態をゴーレムに観察させていたようだ。定期的にレポート、レポートというよりは行動ログっていうのかな、箇条書きでオスマンティウスの行動が書かれている。

 というか、ゴーレムがレポート作成までしてくれることに驚きなんだけど。

 アイアンウッドの世話は魔女が居なくなり磁鉄鉱が届かなくなり仕事がなくなる、半精霊はどうも定期的に休眠状態になるようで、その間は監視も観察必要なくなる。

 なのでゴーレムは自動的に休眠状態へと移行してたようだ。

 オスマンティウスが目覚めたので、監視、観察の仕事が復活し連動してゴーレムが起動したわけだ。

 なるほど、よくできている。

 アンティルローデさんの魔術は基本魔力効率が非常にいい。少ない魔力で最大限の仕事をするように書かれている。

 ほんと勉強になる。なんか魔術の構文の作り方が芸術なまでに美しくて効率的なのよね。

 まあ、それはおいておいて、ゴーレムを支配下に置いた後、小屋の中を物色する。

 小屋というか、納屋や倉庫って言った方がいいかもしれないけど。

 一応取引先のリストを見つけたが、そこに書いてあったのはよくわからない名前ばかりだ。

「えーと、これは?」

 よくわからなかったのでミリルさんにパスした。

「これは…… おそらくは亜人の名前ですね。人間の名前らしきものは見当たりませんね。

 上位種の亜人達は上質な鉄の装備を揃えていましたが、出所はここということでしょうか?」

「亜人?」

 また私の知らない存在だなぁ、でもゲームぽい。

 ちょっとひきこもりが過ぎるのかな、でも最近は割とゴーレム捕獲に外出してること多いんだけどなぁ。

 亜人、亜人ね、ゴブリンとかそんな奴らよね?

 あれ? 違ったっけ? 少なくとも私のやってたゲームだとそんな風に呼ばれてた気がしたけど。

「ええ、魔獣が妖魔と獣の子であるならば、亜人は妖魔と人の間の子やその子孫ですね」

 ミリルさんがそう言った。

 ん? それってハーフ? あれ? 精霊と人との間の子が魔王になるのよね?

 妖魔は精霊が堕ちた存在でしょう?

 亜人も魔王になるんじゃないの?

 などと考えていると、バサッバサッという音と共に、何かが空から降り立った。

「我が主よ、はせ参じました」

「イシュ? あれ? どうしてここへ? 会議は終わったの?」

 あれ? おかしいな私がイシュの存在に気づけないわけはないんだけど。

 アイアンウッドの魔力のせい? でも、ただ魔力があるだけなら気づけないわけないんだけど。

「念話の範囲外、いえ、このアイアンウッドの魔力が念話の術を妨害しているようです。

 我の魔力では念話を通じさせることすらできませんでした」

 確かにそこそこの魔力を持っている木が結構な量あるものね。

 妨害されてもおかしくはないけど、それよりはアイアンウッド自体に魔術をある程度妨害する、つまりは耐魔か妨魔の力があるってこと?

 そんな効果があるなら、こんな荒野にぽつんと植林場があるのもうなづける。

 特に魔女であるアンティルローデさんは魔術を妨害されるのなんて嫌うだろうし。

「イナミ様? 会議って、もしかして今日の会議、さぼったんですか?

 なんとなくそうとは思っていましたが……」

 私と瓜二つのイシュを見て、何かを察したミリルさんが冷ややかな目で言ってきた。

「分かってて見逃してくれるミリルさん好き!」

「イ、イナミ様!?」

 冗談で言ってみたら効果てきめんだった。

 いつも勇ましいミリルさんが身をよじっている。

 それをちょっと不思議そう、というよりは困惑している目で見てるアンリエッタさんもいるけど、まあ、それは置いておこう。

 帰ったらエルドリアさんとグリエルマさんに怒られる気がするけど、それも今は考えないようにしよう。

 帰った後で考えればいい。そうだ、うん。今日は気晴らしなんだ!

「とりあえず色々置いておいて、どうしたの? イシュ?」

 今は私と同じ姿をしている。まあ、私の代わりに置いてきたんだからそうだけど。

 やっぱり美少女だ、うっとりしちゃうくらいかわいい。

 けど、イシュは何やら厳しい顔を見せている。

「イナミ様、失礼します」

 そう言ってオスマンティウスを掴み私から引きはがした。

 イシュはオスマンティウスを触れるのね、などと思ってたら、イシュはオスマンティウスをそのまま投げ飛ばした。

 オスマンティウスは遠くまで投げ飛ばされたけど、物理法則を無視するかのように空中でぴたりと止まった。

「えっ、ちょっ、どうしたのイシュ?」

「我が主よ、あれは半精霊です」

「え、ええ? そうらしいよね? やっぱりオスマンティウスは半精霊なのね?」

 やっぱりイシュにはわかるのね。

 魔王四天王の腹心っていうことだけはある。あと色々物知りだしね、やっぱり頼りになる。

「アレに名前をおつけに?」

 イシュは少し不機嫌そうだ。

 怒った私の顔、いや、元はアンティルローデさんの顔だけど、は、怒った顔でも、ほんと美人でかわいく美しい。美人は本当に得だ。

 まあ、整った顔立ちだけに怒った顔は迫力はあるんだけどね。

「まずかった?」

「いえ、それは別に問題ありませぬ。ただアレにあんまり近寄らせないほうが良いでしょう」

「なんで?」

 イシュは一瞬目をつぶり深呼吸してから、

「半精霊は肉体を求めます」

 そういった。

「うん、そうみたいね」

 確かにちゃんとした肉体が欲しいみたいね。まがい物じゃないって自身が言ってるけど、精霊界に戻りたいってことはちゃんとした肉体が欲しいってことよね。

「半精霊は、場合によっては他の精霊の肉体を奪い取ろうとするほど肉体を渇望しているのです。

 たとえそれが身に余る肉体だったとしてもです」

 イシュはそういった。

 その言葉を理解したとたん、背筋に悪寒が走った。

「え? ええ? もしかして私にすりすりしてたのって」

「はい、体を奪い取ろうとしていたようです。

 まあ、我が主から肉体を奪える者などいないでしょうが」

 えぇ…… と若干引きつつオスマンティウスを見ると、

「ちょっと何するのよ!!」

 オスマンティウスが抗議の声を上げていた。

 イシュはオスマンティウスを明らかな敵意でにらみつけた。

「イナミが二人? ちがう、あなた妖魔ね? なんで妖魔のあなたが邪魔をするのよ!」

 ちょっと引っかかるけど、一応は魔女の手下やってたんなら妖魔は、オスマンティウスにとって味方だったてことよね?

「オスマンティウス、あなた、私の体奪おうとしてたの?」

「ええ、そうよ、だって凄い肉体でしょ? わたし欲しくなっちゃったもの!!」

 悪気なくそう言い切った。

 うへぇ、なつかれたと思ってたけどそんなことなかった!

 くそう、くそう、なんか不思議なレアキャラになつかれたかと思って、少し、本当に少しだけだけど、浮かれてたのに!!

 懐かれるどころか、体を奪われるところだった!

「イナミ様、どうしますか、何なら我が処分いたしますが」

「処分って、そんなひどいことは、とりあえずなしで」

「御意」

 そう言ってイシュは引き下がった、同時にイシュがオスマンティウスに向けていた敵意も感じなくなった。

 敵意というよりはもう殺意よね。イシュもなんだかんだで妖魔なんだ。本体は精霊や人間の敵対者で容赦ない残虐な魔物なのだ。

「ひ、ひどい! わたしは精霊になりたいだけなのに!!」

 オスマンティウスは叫びながら、文句を言い続けている。ただしイシュが怖いのか距離は取っている。

 直接、特にオスマンティウスに聞かせるのは気が引けたので、念話でイシュに聞いてみた。

 アイアンウッドに邪魔されるってイシュが言ってたけど、この距離で私の魔力なら問題はないと思う。

(ねえ、イシュ、体を乗っ取るってどういうこと?)

(先日、神殿の巫女が言っていた通りです。精霊に取って肉体は服であり身分証と)

 確かにエルドリアさんはそんなこと言ってた気がする。

 服っていうなら、そりゃ着替えることもできるけども、そういうこと?

(ですので、人共が着る服のように奪い取ることもできるのです。

 奪い取るには相手より強い力が必要です。

 ですが基本的に強い精霊には強い肉体が与えられます。肉体を奪い取られるような事態は、肉体と魂との親和性もありますので通常は起こりえませぬ。

 肉体と魂の親和性は重要で下手に相手の肉体を奪っても逆に力を発揮できなくなることのほうが多いです)

(イシュは私の肉体を奪おうとはしなかったの?)

(そもそも出会った時から地力が違いすぎます。また妖魔に堕ちた者は、もう神族ではないので肉体を奪うようなことはできません。

 肉体を服のように扱えるのは精霊も神族だからです。いうなれば神族の特権とも言えます)

 そういえば、堕ちて妖魔になったら神族と呼べるようなものではないって言ってたけ?

 なるほどね、神様だから人間の常識は通用しないってことよね。

 肉体はただの身分証と服か、そう考えるとちょっと切ないなぁ。

(オスマンティウス、あの子の名前ね、あの子が私の肉体を奪えることはあるの?)

(万が一にもありませぬ。我が主は肉体より、その魂の力のほうが圧倒的に大きいので、たとえ精霊王が相手でも容易に奪うことはできないでしょう。

 窮屈な肉体に強大な魂が無理やり詰められているようなもので、肉体から追い出すのはほぼ不可能でしょう。

 初めて血を吸った時のことを思い出してください、急に力があふれ出ていたと思います。

 あれは大きすぎる魂の力に、血を吸ったことで覚醒した吸血鬼の肉体が魂に適応したと我は考えています)

 確かに力が溢れてくるっていうよりは、体が馴染んでいくって感じだった。

 内緒話はこの辺でいいかな。念話の術もこの距離ならアイアンウッドに妨害されてもさほど問題なかったみたいね。

 微小なノイズを感じる程度だけど、ほとんどわからないね。

 でも、私の魔力量でノイズが入るってことは、アイアンウッドの魔力を妨害する力ってそこそこ強いのかしらね。

「なるほどなるほど。

 イシュ、オスマンティウスを精霊にしてあげる方法はないの?」

「精霊界へ送れれば良いだけです。あとは精霊界のほうでどうにかしてくれるでしょう。

 ですが、この辺りにもう門はありませぬ。

 唯一あったアンティルローデの精霊神殿は、あの神殿の巫女に破壊されています」

「ん? あの神殿の巫女?」

「たしかエルドリアとかいう名の」

 え、エルドリアさんがアンティルローデさんの屋敷とか神殿を吹き飛ばした張本人だったのか。

「たしかに大巫女様はアンティルローデの討伐戦に参加されていたはずです。

 はやり大巫女様の魔術は規模が違うんですね。私はそもそも何かを破壊する魔術はにがてなんですけどね」

 そりゃミリルさんはその魔力のほとんどを再生能力に奪われちゃってるしね。

 攻撃する魔術にまで回す魔力量は、人間にはきついんだろうなあ。

「そうなのか、エルドリアさん、さすがは大巫女様なのね。凄い魔術知ってるんだろうなぁ」

 あとでこっそり聞いてみようかな。

 でもミリルさんもなんだけど、私がなにかを攻撃するような魔術を覚えるのには、あんまりいい顔しないのよね。

 まあ、そりゃそうか。子供に刃物持たすようなものと思われてても仕方がない。

 いや、この場合は私が妖魔化、もしくは魔王化した時の脅威度が上がるのを懸念してるのかしら?

 んー、そっちのほうがしっくりくるかも。

「どのみち今は精霊界の門自体が閉じているはずです。新しい門である精霊神殿を作ることもできませぬし、精霊神殿があったとして精霊界への門は閉ざされたままです」

 そういえば、そんなことをちらほら言ってたな。

 なんで精霊界への門、閉じちゃったんだろう?

 精霊神殿ねぇ、でも神殿といえばもう一個あるよね?

「あと、もしあるとするならば、例の地下神殿とかは?」

「いえ、地下神殿は恐らく精霊神殿ではないと。そもそも魔神には精霊神殿など不要なのです。

 おそらくグレル殿を封じるための魔術的な儀式用の神殿の一種なのではないかと」

「そうなのね、うーん、オスマンティウスは精霊界へ扉が開かれるまで待てる?」

「ええー、早く精霊になりたいわ! どうにかならないの? イナミは二位なんでしょ!! もしくはその肉体頂戴よ!!」

 オスマンティウスのその言葉に、イシュの目が鋭くなってる。怖い怖い。

 アンティルローデさん、美人で可愛くはあるんだけど、目力というか迫力が凄いんだよね。

「イシュとりあえずいつものメイド姿に」

「はい、我が主よ」

 イシュの外見が一瞬掻き消え、いつもの見慣れたメイド姿へと変わった。

 ゆるふわメイド。これなら怒った顔もカワイイので安心。でもないか、張り付いた無表情な笑顔だし。

 何一つ問題は解決してない。

「この肉体をもし私からあなたが奪ったら、まー、間違いなくアレクシスさんに殺されるわね」

「アレクシス様! 勇者様よね! 魔王を退治してまわっているっていう王子様!」

 王子様? 精霊王の息子なら、まあ、たしかに王子様なのかな?

「あなたのことアレクシスさんにも頼んであげるから、おとなしくしててくれる?」

「王子様に!? わかったわ、わたしおとなしくしとくわ。

 それにあなた力が強くて、その体に入れそうにないもの」

 体に入れないって、寄生虫かなにかなのかしら? この子。

 ちょっと幼い感じもするけど、きっと私よりは長い年月生きている、のよね?

「ねえ、イシュ、この子、精霊界へ戻ればちゃんとした精霊になれるの?」

「それは問題ありません。小精霊、こやつの場合は半精霊ですが、精霊になるときは生まれ変わるようなものなので、小精霊時代の影響は受けますが、ほぼ別物、生まれ変わりとでも考えてください」

「えぇー! わたしはわたしよ、別の物なんかになりたくはないわ!」

「って、言ってるけど?」

「門が開いたら叩き込めば問題ありませぬ。向こうでどうにかしてくれるでしょう」

 叩き込めって、それはさすがに酷くないか、イシュ君よ。

「ちょっとそこの妖魔、あなた酷い人ね!! あの魔女より酷いんじゃない!」

「なっ!! アンティルローデより酷い? 我が!?」

 その言葉にイシュが少しショックを受けているのが笑える。

 まあ、それは置いといて色々物色してそろそろ帰るかな。

 エルドリアさんとグリエルマさんが怒ってると思うと少し気が重い。


 帰りは植林場で捕獲した作業用ゴーレムに馬車を引かせたので馬車は跳ねることなく静かに進んでくれた。

 アンリエッタさんがミリルさんの膝の上に乗れないで、少し残念がっていたのは内緒だけど。

 ついでに大半のゴーレムは植林場に残してきた。オスマンティウスのいう鉄、ゴーレムの魔術構文にもあった磁鉄鉱を持っていくことで、あのゴーレム達に仕事がまたできるはず。アイアンウッドの世話をしてもらわないとならない。

 馬車はあまり揺れずに進んでいる。アイアンウッドの角材をを結構積んでいるので重しとしての効果もあるかもしれない。

 とにかくそれほど揺れることなく馬車は進んでいる。

 なので、作業用? いや監視用なのかな? ゴーレムが書いたレポート、レポートというよりはオスマンティウスの行動記録ログとでもいうべきものに目を通していた。

 内容もほぼ箇条書きで、年月日と時刻の書き込みがあり、簡潔に行動が記録されているだけだ。

 それを見た限りでは……

 管理者とは名ばかりで、特に目立った行動、というか、基本自分からは何もしない。ついでに他人から言われても何もしない。

 力で脅されでもしない限り基本なにかしらの行動も起こさないみたい。ただ力で脅されると素直に従うようなことが書かれている。

 また半精霊は魔力が濃い場所じゃないと、その存在自体を維持できなく休眠中の時間が増えていくようなことも書かれていた。

 日に当たり魔力を生産することができるアイアンウッドに囲まれていたので、オスマンティウスはその姿、存在を維持できているのかしら?

 でも、これだとアンティルローデさんと出会う前、アイアンウッドの植林場ができる前はどうしていたんだろう?

 とりあえず、これは帰ったら早々にイシュと同じように主従契約の魔術を結んだ方がいいかもしれない。

 連れてきちゃった手前、私から魔力を供給させなければオスマンティウスは消えてしまうかもしれない。

 オスマンティウスの行動ログからわかることはこれくらい。

 続いてアイアンウッドのことが書かれたレポートもも目を通す。

 これは恐らくゴーレムではなくアンティルローデさん本人かどうかはわからないけど、人、もしくはそれに類するものによって書かれているみたいで、ゴーレムが書いたような機械的な物ではない。

 それはアイアンウッドの考察なども含めてレポートが書かれているし、手書きの癖がある文章となっている。

 でも恐らくこのレポートを書いたのはアンティルローデさん本人だと思う。なんとなくゴーレムなんかに書かれている魔術構文と文章の作りが似ている。

 このレポートを見る限りは鉄でできた木、もしくは上質な鉄を手に入れるというよりは、その葉のほうが重要な研究対象だったみたい。

 葉のほうが重要な一要因としてアイアンウッドの特性で、他の活動的な魔力を阻害する特製があるからだ。

 簡単に言ってしまうと、アイアンウッドが近くにあるだけで魔術、いうならば動的魔力をある程度妨害できてしまうということだ。

 オスマンティウスは魔術を使ったりしない、そもそも行動もしないので大して阻害はされていなかったようだけど。

 念話の魔術がうまく起動しなかったり、ゴーレムもオスマンティウスに合わせて休眠してたのはこのせいぽいかな。

 その性質がアイアンウッドから生成された鉄にまで受け継がれるため、魔女であるアンティルローデさんはアイアンウッド自体は嫌っていて、不要な木材や鉄として同勢力の亜人陣営に売り払っていたようだ。

 けれど、魔術を使えないものからしたら、その性質はアンチ魔術の効果がある武器や防具として重宝されていたらしい。

 ただなんでアンティルローデさん本人がいらないものを植林場を作ってまで育てていたかというと、アイアンウッドの葉の話に戻る。

 アイアンウッドの葉は日に当たると魔力を微弱ながら産む。

 つまり光合成で魔力を生み出すということだ。

 しかも、魔力を生み出す葉部分には、魔術などの活発に働く魔力を阻害するような効果は見られなかったようだ。

 この特性は各種ゴーレムになども転用されているようだ。

 はー、そんな機能あったのか。日の光に当てとけば微弱ではあるが魔力を充電できるらしい。

 確かに魔術構文には書かなくていいものだし、私が知れていないのも無理はないか。

 また葉をまとめて大規模な魔力生成装置を作ろうとしていたようだけど、こちらは実用化で至らなかったようだ。

 ついでにアイアンウッドの実は、食べるとまずいらしい。葉や枝、幹のようにほぼ鉄でできているわけでなく、リンゴ程度の硬さの果実がある。

 けれど、スカスカで水分がなくやっぱり鉄の味がする、とのこと。場合によっては腹痛も起こす為、食用には不向きとも書かれている。

 こういうレポートなんかを読む限りは、このレポートを書いた人は割とまめな性格に思える。

 もしこのレポートを書いたのがアンティルローデさん本人だとしたら、本来は学者肌の人なのかしらね。

 人知を超えた様々な技術、魔術を会得しているように思える。

 まあ、アンティルローデさんも、私は詳しくは知らないけど数百年単位で生きてるような人ぽいし、そりゃ人知を超えるって話かもね。

 あれ? それならよく魔王になってなかったわよね? 人と精霊のハーフが魔王化するのよね?

 数百年単位で生きてるんなら魔王化してもおかしくはないよね?

 何か魔王化する別のトリガーがあるのかしら?

 一応私も精霊と人間のハーフなんだし後で詳しく聞いといておいた方が良さそうかな。

 イシュか、いや、この辺の話はアレクシスさんに聞くのが間違いよね。


 町に戻ったら、まずは職人ギルド本部を訪ねて、アイアンウッドの木材を職人ギルドに渡して、色々研究してもらうことに。

 一応レポートにあったアイアンウッドの木材と葉の特性も伝えておく。

 何に使えるか、私にもわからないしね。

 動的な魔力、魔術を阻害しちゃうとなると、使用できる場所も限定されちゃうしけど、葉はいろんな使い道がありそうだよね。

 また植林場の場所も伝え、磁鉄鉱を持っていくように指示もしておく。

 親方が植林場を見学に行きたそうにしていたが、グリエルマさんの御屋敷の設計を優先してもらった。

 挨拶もそこそこで職人ギルドを後にした。

 これから帰って怒られないといけないからだ。

 

 修道院に戻ったらエルドリアさんとグリエルマさんに案の定怒られた。

 怒られたというよりは、お小言を貰った程度だけど。

 本人達はかなり怒っているのだけれど、精霊である私にその怒りを向けることもできず…… って感じだった。だから余計に怖い。

 念のためミリルさん達を怒らないであげて、って言っておいたけど平気かしら?

 やっぱり悪いことしたかな?


「で、イナミ様、それが半精霊ですか。

 大巫女なんかをやっていますが、私も見るのは初めてです」

 エルドリアさんも物珍しそうにオスマンティウスを見ている。

 精霊の区分的には半精霊は小精霊と一緒で、正式な精霊ではないので信仰の対象外なんだそうだ。

 信仰の対象にはならないけど、まあ、精霊神殿の人達にとっては神の幼体なわけだから邪険にするようなことはない。

「エルドリアさんも初めてってことは、本当に珍しいのね」

「ええ、ほとんど記録にも残ってないほどです。かろうじてその存在のみを確認している程度です」

 エルドリアさんも考え深いように、オスマンティウスを見つめている。

「これが半精霊…… イ、イナミ様、ええっと、この方をちょっと触らせてもらってもいいでしょうか?」

 シースさんの目がいつになく輝いちゃっている。

 でも、オスマンティウスはシースさんからなぜか距離を取っている。

 何か感じるものがあって身の危険を察知したのかもしれない。

 いや、シースさんは知りたがりなだけで、研究とか実験をするような人じゃないからね。

「この子とも主従契約しといた方がいいよね?」

 イシュに向かい聞いてみる。

 この場で半精霊のことを一番詳しいのは間違いなくイシュだろうし。

「このままの形で生かすつもりがあるのならば、その方がよろしいかと」

「えぇー! わたし今度はイナミの手下になるの? 自由に生きたいわ」

 オスマンティウスはそう言って悪態をついた。

 それを張り付いた笑顔のイシュが見ている。怖い怖い。

 ゆるふわメイドフォームのイシュはかわいいけど、こういう時張り付いた笑顔は逆に怖い!!

「でもそうしないと、オスマンティウスは…… どうなっちゃうのよ、イシュ?」

 自分でも今のはちょっと情けないと思ってしまった。

 私ものを知らなすぎよね?

「その仮初の肉体を失い小精霊に戻るだけです。

 お気になさらず小精霊に戻してしまわれたほうがよろしいかと。

 半精霊の状態は、自然か不自然かと言われれば、精霊として間違いなく不自然な状態です」

「何か問題があるの?」

 そうは言っても、小精霊に戻るってことは恐らくオスマンティウス的には死を意味するんだろうし、そうそう認められないよね。

「いやよ、せっかく得た肉体を手放したくはないわ!」

 オスマンティウスはイシュにくってかかるが、イシュは相手にもしていないようだ。

 でもそうよね、何年かかって肉体を得たのかわからないけど、長い間渇望してやっと得たものだものね、手放したくはないよね。

 あれ、でも、私の肉体奪おうとしてたしそれほど執着はしてないのかしら? うーん? それとも実態を持った肉体への渇望が大きいのかしら?

「いえ、それほど大きな問題はありません。

 ただ仮初とはいえ肉体を持ちここまで自我を持ってしまうと精霊になったときの影響が大きいので、このまま精霊界に送っても、ろくな精霊にはならないかと」

「妖魔になんか言われたくないわよ! べぇー、だっ!」

 オシマンティウスはイシュに食って掛かるが、イシュはオスマンティウスのことをまるで相手にしていない。

 にしても、ろくな精霊にならないって、いや、まあ、今のオスマンティウスを見てれば、なんとなくそんな気はするけど。

 確かにこのままの性格で精霊になったら、精霊に仕える精霊神殿の人達は大変そうだな、とは思う。

 でも、だからって、こうやって知り合っちゃった子が本人の意思に反して消えちゃうのはなんか嫌だ。

「オスマンティウス、このままじゃあなたはイシュの言った通り小精霊に戻っちゃうんだってさ、どうする?

 私と主従契約を結ぶ? それともアイアンウッドの植林場へ戻る? もしくは…… 小精霊に?」

「いやよ、いやいや!! この肉体を得るためにどれだけの時間がかかったと思うのよ!

 手放したくない!! あの木しかない場所も嫌よ、つまらないもん!!」

「じゃあ、私と主従契約を結ぶ? そうすれば私から魔力が供給されるから、その肉体を維持できると思うよ」

「イナミはわたしのこといじめない?」

 涙目、実際に涙は出てないけど、気分的には涙目だ、その上、上目遣いでそういうこと言われると、ぎゅうっと抱きしめたくなっちゃうね。

 肉体が希薄だから私じゃ抱きしめてあげられないんだけど。

「ええ、もちろん、いじめたりしないよ」

「じゃあ、契約する……」

「わかったわ、イシュ、契約の準備を」

「はい、仰せのままに」

 イシュのその発言に何か引っかかるものがある。

 普段「仰せのまま」なんて言葉はイシュは使っていなかった。たまに「御意」って返事はするけど、今のはなんかトーンが違う。

 なんだか、本意ではないが命令だから従う、そんな気持ちを感じ取れてしまう。

 それがなんか、いつになく引っかかったので、とりあえず念話でイシュに聞いてみた。

(反対なの?)

(いえ、そのような……)

 念話だけど歯切れが悪い。やっぱり何か思うことがあるんだろうか?

(嫌なら嫌で言って欲しんだけど? 何か理由があるの?

 ああ、うん、もちろん強制するつもりはないんだけど)

(そういうわけではありませぬ、ただ妖魔に堕ちた我には、ただ珍しいというだけで許され生かされる、ということが理解できないだけです)

 そういえば妖魔になると精神汚染が発生して性格やら常識なんかが悪いほうへ転化しちゃうんだっけ。

 だとすると、困ってそうなら助けたいって精神も理解できないのも無理ないのかも。

(珍しいとか珍しくないとか関係ないよ、出会って関わっちゃったから? じゃダメかな?)

(我が主は関わりになるものすべてに救いの手を差し伸べるおつもりで?)

(そこまで大層なことは考えてないけど、うーん、まあ、嫌いな相手じゃなければ、助けたくはあるかな?)

 なんだろう、私もそこまでの善人ってわけじゃないんだけどさ。私は今の生活に割と満ち足りていて余裕もあるし暇も持て余してる。

 その状態で困ってる人を見ると助けたくなる、っていうだけなんだけど、イシュに言ってもわからないよね。

 しいて言えば、今、私の生活に足りないものは、『面白い事』で人助けもその一環的な?

 うーん、うまく言葉にできないなぁ。

(なるほど、我もその一環というわけですか?)

 イシュのその返しに私は少し笑みがこぼれた。

 多分イシュは少し拗ねているだけなのかも。そう思うとちょっとかわいい。

 私の肉体を奪おうとまでした存在に、主従契約とはいえ私の魔力を分け与えるのが気に食わないのだろうなぁ。

(イシュは…… そうね、出会って初めに約束したでしょ?

 私を助けてくれるんなら、私もあなたの手助けをするって。

 イシュがいつ精霊に戻れるかは私にはわからないけど、それまでは私の魔力を注いであげるから、ね?)

(ありがとうございます、我が主よ……)

 イシュがいつまで精霊に戻ったら主従契約の魔術も破棄することになるんだろうけど、それまでは私の…… なんだろう?

 かわいいゆるふわメイドさん? 頼りになる使い魔? それとも忠実なる僕? まあ、なんでもいいか。それまでは私のそばにいてほしいな。

 私が自分が思ってた以上にイシュに依存してる?

 まあ、たしかにこの世界に来て初めて出会ってずーと一緒だもんね。

 依存しちゃうのも無理はないか。元々私はすぐ人に依存しちゃうからなぁ。


 私は儀式用の部屋にやってきた。イシュとの契約もあったので、割と初期に優先して作ってもらったお部屋だ。

 私とイシュ、オスマンティウス以外の他の人は手前の準備室に待機してもらっている。

 とはいっても、この部屋と準備室には隔てる扉はないので、覗き見放題だけど。

 まあ、見られて困るようなこともない。

 ここも大理石でできた白亜の何もない部屋。

 飾りもないもない、本当にただの空き部屋。部屋と言ってもちゃんと天井まで壁があるのは準備室側だけで、その他の三方は腰くらいまでの壁しかなく、もう日が暮れているのが一目でわかるくらいは外が丸見えで開放的な作りになっている。

 その分、柱が太くできてはいる。ただ魔術である種の結界が部屋の壁に当たる部分に張られはしているので基本的には虫一匹入り込めたりはしない。その分余分な魔力を浪費してくれる部屋でもある。

 儀式中に余計なものが入り込むのは、儀式の失敗につながるからね。ある程度の魔力の浪費は仕方がない。まあ、私の魔力からすればないのと同じようものだけど。

 ただいろんな儀式に対応する作りになると、このように半分でも外に面している方が汎用性が効くのだ。

 そして部屋内に物がなにもないのは、余計なもので儀式の邪魔にならないようにするためで、必要なものがあれば後で持ち込めばいいからだ。

 儀式の成功度だけを求めるなら、外部からの干渉が少ない地下に部屋を作った方がいいらしいけどね。

 私の場合、魔力の強さのごり押しで無理やり儀式を成功させちゃうから、汎用性のほうを取っただけの話。

「ねえ、イシュ。イシュの時の同じ内容の契約でいいの?」

「半精霊の願いが、精霊になるということなら特に問題はないかと」

 じゃあ、イシュに使った時の契約の儀式のを基本使いましてっと。

 あとは細部の構文を書き換えていかないと。

「じゃあ、契約の成就は精霊になるまで、で盟約の種類は…… 私が主で、オスマンティウスが従っと。

 内容は私の命令を遵守。ついでに私の肉体を奪うことの禁止を追加っと。

 こんなところかな」

 今書き換えた魔術の構文をざっと見直す。

 まあ、一度使った魔術構文なので問題はないはずだ。

「半精霊は移ろいやすいので、反抗自体の禁止も付け加えたほうがよろしいかと」

 移ろいやすい、確かにそんな感じはする。

 全般的に幼くて善悪の判断もついてない感じがするのよね。基本自分のことだけを優先する子ぽいし。

 その辺もそのうち分かってくれるようになるのかしら?

 まあ、その辺は儀式の内容に入れるようなことじゃないよね。

 じゃあ、追加するのは……

「私のへの危害や反抗の禁止も追加して、えーと、あとは、一応これもいれとくか。人を無暗に傷つけないっと」

「えぇー、それ全部守るの?」

 オスマンティウスから不服の声が上がった。

 とはいえ出会ったばかりで謎の生態をしている半精霊のオスマンティウスを、そこまで信じれるわけじゃないしね。

 これくらいは勘弁して欲しい。

「普通に…… してれば大丈夫でしょう。

 えーと、待ってね、術式の構築は…… こんな感じだったかな?」

 喋りながら魔術構文の構築を進める。構築と言っても追加した部分だけなのでさほど難しくはない。

 本当はしゃべりかけないで欲しいけど、もう魔術の構築にもだいぶ慣れてきてはいるので、多少の受け答え位なら魔術を創りながらでもできる、ようにはなった。

 もう少し例文的な物が増えれば、私の魔術ももう少しスマートにできるんだけどなぁ。

 アンティルローデさんが書いた魔術書とか残ってたら良かったんだけど、そういうの全く残ってないのよね。

「イナミは何しているの?」

「我が主は今、主従の盟約の魔術を創っている」

「ふーん、それってどれくらいかかるの?」

 普通なら数年単位だ。

 というか、まずこんな行き当たりばったりな主従盟約は行わないし、行えたらそれはそれで世の中、主従の関係ばかりになってしまう。

 普通は、最初に対象を選び、専用の盟約の魔術を創っておき、それから対象を捕まえるなり、屈服させるなりして盟約の魔術を行使する。

 基本的に使いまわせもしないし、盟約の魔術を創ること自体が一苦労だ。

 まあ、術の内容を考えれば当たり前だよね。

 様々な盟約を制約として強制することができるのだから。

 この術には、一応両者の同意が必要となる。

 必要とはなるが、まあ、脅しながらでも行えるので、盟約を結ばなければ殺すぞ、と迫れば、大概は盟約を結べちゃったりはする。そんな危険な術だ。

「もうできるわよ」

「ちょっと早くない?」

 オスマンティウスが驚きの声を上げる。

 その声を聴いてイシュは気分が良くなったのか、少し饒舌になった。

「我が主はただ魔力が強いだけではない、魔術への理解が深く新しき術も思うがままだ。

 ああ、なんと素晴らしきことか。

 半精霊であるオマエごときが、イナミ様にお仕えできること自体を光栄と思え」

「出来損ないって言わないでよ!!

 にしても、イナミってすんごい精霊なのね。わたしには魔力が強すぎてよくわからないわ」

 んー、なんかじゃれついているようにも見える?

 私の勘違いかしら?

 実は案外相性いいんじゃないかしら? それとも私がそう思いたいだけ?

「よし、構築できた。オスマンティウス、今から私を中心に魔法陣を展開するから、私の前に立って」

 構築した魔術構文に魔力を流し込み起動させる。

 魔術構文に乗っ取って主従盟約の魔法陣が展開される。ついでにどうでもいいことだけど、正確には『魔術陣』なんだけど、私が『魔法陣』っていっても『魔術陣』と言っても、他の人には同じ言葉に聞こえるらしい。

 たぶん私の言葉や逆に見聞きする言語なども、翻訳フィルターみたいなものを一度通されているみたい、なのかな? 確証はないんだけど。

 まあ、そうよね、この世界の言語を学習する暇なんてなかったのに、いきなり理解できるし、こっちの言葉もちゃんと通じてるんだから。

 おっと、今は盟約の儀式に集中しないと。

 大理石の床に、光り輝く魔法陣が浮かび上がる。

 私の魔力が強いせいか、その光はとても強い。

「ちょっと! 魔力が強すぎて何も見えないよ!!」

 オスマンティウスが悲鳴じみた声をあげた。

 ああ、この子、今まで魔力で物を見ていたのね。実際に目で、視力を持っていたわけじゃないのか。

 なるほど、だから私がアンティルローデさんでないってすぐに分かったのか。

 考えればすぐに分かることか、人のような姿をしていて目のような部位を持っていても、それは形だけを模倣していただけで、実際に目として機能していたわけじゃないんだ。

 あの半透明な仮初の体にそんな機能を持たせられるわけがない。

 オスマンティウスは恐らく人を模倣して肉体の姿形だけを作ったんだと思う。

 なので、オスマンティウスの肉体には、その肉体的な機能まで備わってないんだ。

「オスマンティウス、そのまままっすぐ進んで、そう、もうちょっと、そこで止まって」

「ここでいいの?」

 そういうオスマンティウスは、私の魔力の力に震えている。

 魔力を使うには魔力を動かさないといけない。

 盟約の魔術にはかなり強い魔力を行使し、動的魔力を生み出さないといけない。

 その魔力は今この部屋を取り巻き台風のように渦巻いている。

 魔力だけで物を見ていたオスマンティウスにとっては、視界を奪われる所か、洗濯機に投げ込まれたような激しい魔力の渦の中にいるようなものだ。

「ええ、そこでいいわ」

「我が名はイナミ、汝オスマンティウスよ、我の盟約を受け入れよ」

 恰好つけてそれぽく言ってみたが、別にもう少し砕けた文言でも問題ない。

 本来ならここで、契約する内容の説明が入るんだけど、オスマンティウスが苦しそうなので今回は飛ばそう、契約する内容も事前に聞いているはずなので一応条件は満たしている。

 意思と意味が通じれば概平気だ。

 割と縛りが緩いというか、いい加減なのよね、この世界の魔術って。

 けど、こういうのって雰囲気は大事でしょ? だからそれっぽい言葉を使ってたりはするの。

 フラシーボ効果的な感じで、儀式の成功率が気持ち上がったりもするから、「それぽぃ」は魔術的には実は侮れなかったりする。

「ええ、受ける、受け入れるから早く、この魔力を、この魔力はわたしには強すぎる!!」

 強すぎるって言われても盟約の魔術はそれなりの魔力で行わないといけないしなぁ。

 まあ、早く終わらせてあげるしかないか。

 一応本人同士の認証も得られたので魔術構文のステップを進め、魔術と魔力でできた刻印ともいうべきものを、オスマンティウスの魂に打ち込む。

 この刻印は対象の魂を縛り盟約の内容を強制的に守らせる。その代わりに私から魔力が供給が施される。

 供給される魔力はある程度設定できるけど、オスマンティウスにどれくらいの魔力を上げていいかわからないので上限は特に決めていない。

 これで盟約の儀式は終わりだ。

 オスマンティウスも私の使い魔、いや、一応精霊、いや、精霊の眷属? だから私の御使いになるのかしら?

 まあ呼び方はどうでもいいか。

「どう、オスマンティウス、大丈夫?」

「え? なにこれ、世界が変よ、なにこれ!?

 どうなってるの!?」

 オスマンティウスは頭を抱え丸くなりフルフルと震えている。

「えっ、オスマンティウスどうしたの?」

 想像にしていなかった事態だ。

 オスマンティウスは明らかに苦しんでいる。盟約の儀式失敗した? いや、そんなはずはない、ちゃんと成功している。

 オスマンティウスの魂に打ち込んだ刻印はちゃんと機能している。

 たとえ失敗しても、術者の私に反動がくるはずで、オスマンティウスにはいかないはずだ。

「なにか、変なの、いっぱいでよくわかんない、気持ち悪い、ぐるぐるする……」

「え? 儀式は成功したのにどうして?」

「我が主よ、恐らくはですが、よろしいですか?」

 ちょっとオスマンティウスに引きずられてパニックになり始めてた私に、イシュが優しく声をかけてくれた。

「え? ええ、な、なに?」

「あくまで憶測ですが、イナミ様の桁違いに強い魔力が供給され始めたことで、仮初の肉体が進化し、色々な感覚、五感などが芽生え始めているのではないかと」

「そうなの? そういうことなの? そうだといいんだけど?

 危険はないのよね?」

「恐らくは。

 しばらくすればおのずと芽生えた感覚にも慣れるでしょう」

 イシュが言うと、確かにそんなことのような気もする。

 なんだかんだ優秀で、間違ったことは言わないしね、イシュは。

 少しだけ落ち着いて私は気が付いた。

「ん? あれ、そこそこな量の魔力。オスマンティウスに魔力吸われてるんだけど?」

 力はイシュのほうが桁違いに強いはずなのに、今吸われている魔力はオスマンティウスのほうが圧倒的に多い。

 基本は盟約の対価で吸われる魔力の量は、その力の強さに比例するはずなのに。

「仮初の肉体が安定する分の魔力かと。我が主なら問題ない量、そこそこと言ってしまわれる程度ですが、普通の術者なら命を落としかねる量、あのアンティルローデですら魔力の大半を持っていかれるどの量です。

 多少の基盤があったとはいえ、ほぼ無から疑似的な肉体を形成する量の魔力ですから、常人では到底支払えぬ量の魔力です」

 ああ、だからか。これもあってイシュは乗る気じゃなかったのかしらね。

 でもまあ、確かに多少魔力減った程度でしかないのよね、私からしたら。

 オスマンティウスを見ると、今まで陰影がなく立体的だったのにどこか二次元的な平面の絵に見えていたのが、今は少しだけ陰影が付いてちゃんと立体的に見える。

 光が透過しにくくなっていてより濃く見える。実体に近づいているようにも感じれる。

 透明はまだ透明なんだけど、かろうじて後ろが透けて見える程度までなっている。

 体内の様子とかは見えないけど、五感とかこれで機能するの?

 芽生えてくる新しい感覚に苦しんでいるオスマンティウスを見て、自分が髪の毛一本から再生したときのことをなんとなく思い出した。

 あれは痛かった。なんて表現していいかわからないけど痛かった。

 あれは痛みしか感じられなかったけど、あんな感じなのかしら?

 私の場合は痛みでいっぱいだったけど、オスマンティウスはいろんな感覚が洪水のように押し寄せてきてるってことなのかな?

 それも生まれて初めて感じる感覚が。

 オスマンティウスの声に反応して、準備室にいた人達がこちらの様子を伺っている。

 うーん、オスマンティウスはしばらくそっとしといた方がいいよね。

 この部屋は一見、外と隣接してるけど、魔術的には外から断絶されてるから、簡単には出れないし入れないしで外部からの刺激はないし、このままここにそっとしとく方がいいかしら?

 今は刺激を与えないほうがいいよね。

「オスマンティウス、落ち着くまでそこでじっとしてて、耐えれないようなら私を呼んで」

 その言葉にもオスマンティウスは過剰反応していたが、これ以上なんだかの刺激を与えるのもかわいそうなので、準備室のほうへと足を運んだ。

「イナミ様、成功したのですか?」

「たぶん? 今は芽生え始めたいろんな感覚に苦しんでるみたい?」

「我が主よ、あの不安定な仮初の肉体に安定性を与えるだけの魔力を消費なされたのだ、お休みになられた方がよろしいのでは?」

 イシュに言われて自分の魔力を確認するけど、特に問題はない。

 私にとっては、あの程度は、やっぱりあの程度でしかないんだ。

「え? ああ、うん、でもあの程度なら別に?」

「イナミ様、どれだけ魔力が高いのですか…… 本当に神殿なしでここまでのお力を……」

 エルドリアさんは少し引いている、いや、これはもはや畏怖っていいレベルなのかな?

 自分に実感がないからよくわからないのよね。

「とてつもない量の魔力がオスマンティウスさんでしたっけ? に、贈与されたのがわたくしでも感じれました、あの量の魔力を、あの程度と?」

 今度はグリエルマさんか。

 そんなにすごい量だったかな? 私も自分の魔力の量よくわからないのよね、確かにオスマンティウスにそれなりの量の魔力を吸われたけど、それなりの量はそれなりの量でしかない。

 私の奥底、魂から湧いて出てくる魔力のほんの一部分、私にとって端数と感じるような魔力でしかない。

「ねえ、イシュ、オスマンティウスはいつまであんな感じかわかる?」

「我にもわかりませぬ。そもそも前例を知りませぬ。

 半精霊に安定した魔力の実体を与えるなど聞いたことがありませぬ」

「まあ、確かにそれはそうだろうけど……」

 そりゃそうよね、精霊神殿でもその存在のみ確認できているだけで記録も何も残っていないレベルらしいし。

「あっ、イナミ様に皆々様、やっと見つけました!」

 息を切らしたヴィラちゃんが、廊下から覗き込んできた。

「ん? ヴィラちゃんどうしたの?」

「ゆ、勇者様がおいでになされました。応接室に案内しましたけどよろしかったですか?」

 ヴィラちゃんはちょっと不安そうに聞いてきた。

 まあ、今偉い人はみんなここに居るしね。相手が国賓級のアレクシスさんじゃ不安にもなるよね。

「アレクシスさんが? もうしばらくかかるって言ってなかったけ? 

 ああ、うん、大丈夫よ、今からいくね。

 あー、えーと、イシュと…… シースさん!! オスマンティウスのこと頼んでおいていいかな? 何かあったらすぐ呼んで!」

「はい!!」

「わかりました、我が主よ」

 イシュはいつものようの返事をし、シースさんは目を輝かせて答えてくれた。

 シースさんの手にはメモ帳が握られていて、観察する気満々だ。

 ま、まあ、やる気があることはいいことよね?



 私達が急いで応接室に行くと、アレクシスさんは椅子にゆったり座って出されたお茶を飲んでくつろいでいた。

 こうやってみるとただの好青年なのよね、アレクシスさん。

「お久しぶりです、アレクシスさん」

「待たせたね、イナミ。

 王都でずいぶんと足止めをされたよ。

 それと、二人ともボクのわがままに突き合わせてしまってすまないね」

「いえ、アレクシス様、イナミ様との出会いの機会を頂き感謝しています。

 私からご報告するのも、なんなのですが、久しぶりに精霊王様の金貨を拝見できましたので、私としても大変有意義な出会いでした」

 その言葉に、アレクシスさんは明らかに嫌な顔を見せた。

 やっぱり呪いのアイテムかなにかなのかな? この金貨。

「じゃあ、精霊王はイナミを精霊と認めたっていうことかな? それとも否定的な金貨を送り付けて来たとか?」

「見事なまでの大笑いの金貨でした、精霊王様もイナミ様をお認めになったのでしょう。イナミ様、金貨をアレクシス様へ」

 エルドリアさんはニッコニコだ。

「あ、うん」

 懐にしまっておいた金貨をアレクシスさんに手渡した。

「ここまで大笑いしている金貨は珍しいね、イナミは相当気に入られたのかもしれない。

 なんていうか、気を付けてどうにかなるようなものでもないんだけど、ボクからはすまない、としか言えない」

 んー、何で謝られるの?

 やっぱり呪いのアイテムかなにかなのかな? それとも精霊王に目をつけられたことに対してかしら。

 やっぱり精霊王って、少し厄介な人柄なのかしらね。

 アレクシスさんは受け取った金貨を床に置いて、剣を抜いて金貨に突き刺した。

 剣に突き刺された金貨は解けるように剣に吸い込まれて同化していった。

 そして金貨を取り込んだ剣は宿る魔力が更に強くなり、黄金の輝きを放った。

「その剣は?」

「精霊王からもらった太陽の神剣。魔王への最終兵器ともいえる武器かな。

 太陽の力が込められた剣とでもいうのか、この剣なら魔神だろうと魔王だろうと倒すことができる」

 アレクシスさんは黄金に輝く剣を収めた。

 もう少し見ていていたいきもするけど、あんまりじろじろ見たら失礼かしら?

 美しく素晴らしい武器だ。そして私が生命の危機を感じるほどに強力な剣だ。まあ、一度あの剣でこの肉体を貫かれて滅ぼされてるんだから、怖がっても仕方がないよね。

 それと恐らく魔法で作られている。それも、とてつもなく恐ろしいほどの強力な魔法によってだ。

「ただ長い間使っていると、どうしても命を奪う武器というものは穢れが溜まってしまうからね。

 たまにこうやって太陽の金貨で穢れを払ってやらないと本来の力を出せなくなるんだ。

 魔王を倒したことで穢れもだいぶ溜まっていたので助かったよ、ありがとうイナミ」

「いえいえ、それも見越して送ってきてくれたのかな?」

 言葉を選び精霊王という言葉を避けて発言した。

 後多分私を倒したときにも、結構な影響あったんじゃないかな?

 それを含めて金貨を私に送ってきた、そう考えれば筋も通るよね。

「いや、多分気まぐれだと思うよ、あの人はそういう人だから」

 即座に否定された。

 やっぱりかかわらないほうがいい類の人、いや、精霊なのかしらね。

 妖魔であるイシュが言うならまだわかるけど、実子のアレクシスさんがこんな言い草じゃ疑いようがないよね。

「アレクシス様、あまり精霊王様のことを……」

「すまない、エルドリア。

 それと、さっき強い魔力の変動を感じたのだけれど、何かあったのかい?」

 アレクシスさんもあんまり精霊王の話を続けたくはないのか、あっさりと別の話題を振ってきた。

「あー、半精霊を見つけたので、主従契約を結んだんだけど……

 アレクシスさんなら、オスマンティウスのことわかるかしら?」

「半精霊? これまた珍しいものを……

 ということは、さっきの魔力は肉体の安定化させるために?」

「さすがアレクシスさん!

 そうだけど、オスマンティウスって子なんだけど、なんだか苦しんでいて」

 さすが生きてる年数が違うアレクシスさん。

 ほとんど説明しなくても話が通じちゃう!!

「ボクも昔、半精霊をそうやって助けたことがあるよ、大丈夫、一夜あけて明日の朝になれば落ち着くはずだよ」

「そうなの? さすがアレクシスさん。その半精霊は?」

「半精霊とはいえ、精霊は精霊だからね。精霊独自のサイクルがあって…… って、この辺の話は時間があるときにでも。

 ボクの助けたその半精霊は今は立派な精霊になっているよ、そのオスマンティウスって子もイナミの魔力で育つなら立派な精霊になるよ」

 立派な精霊ね、なるのかしら?

 今は割と自由気ままに生きてる感じがするけど。

「アレク様、王都のほうはよろしいのですか?」

 私がオスマンティウスの成長した姿を想像していると、少し不安そうにグリエルマさんがアレクシスさんに話しかけた。

「埒が開かないから、ヴェインに丸投げしてきた。今は魔神のほうが問題だよ。

 所在が分かっている魔神はそうはいないからね」

 ヴェイン? 聞いたことのない名前だなぁ。

 確か十三英雄にもそんな名前の人はいなかったと思うけど。

 でも、今はそんなことより魔神のことよね。

「そういえば、魔神っていうのはどういう存在なの?」

 これから戦うんだから、相手のことは少しでも聞いておいたほうがいいよね。

「そうだね、イナミは知っておいた方がいい。この世界の精霊には原初の精霊とその他の精霊、その二種類が存在する。

 原初の精霊はこの世界が存在する以前から存在するで、その司る物をこの世界にもたらしたと言われる存在だ。

 その原初の精霊が堕落したのが魔神、つまり塩の魔神なら、この世界に塩をもたらしたとされる原初の精霊が堕落した存在、ということになる」

「え、そんなとんでもない存在なの?」

 今聞いた話でなら神様みたいな存在じゃん。

 この世界に塩をもたらしたって、偉業すぎない?

「ああ、実際、魔王なんかより強大で邪悪な存在だよ」

「え? でも山の魔神でしたっけ? ここの塩の魔神もだけど……

 魔王の手下だったんじゃないの?」

 魔王よりも強大?

 今まで聞いていた話では、魔神より魔王のほうが強そうな感じだったけど。

「今回倒した魔王が特別に強かったんだよ、まさに歴代最強の魔王だった。

 アンティルローデは魔術に長けた子だったからね、上手いことやって、塩の魔神に盟約を結ばせたんだと思う。

 ただ盟約の儀式で魔神と盟約を結ぶこと自体は多くはないけどあることだよ。

 だけど、あの魔王は違う、山の魔神テッカロスは魔神の中でもかなり強い力を持った魔神だったんだけど、魔王に正面から戦いを挑み負け、その結果魔王に忠誠を誓ったそうだよ。

 これは本来あり得ないことなんだ。

 魔王の強さにも波はあるんだけど、年々その強さは増してきている。ボクもいつまで魔王を倒し続けることができるか……

 そうなる前にすべてを終わらせないといけない」

 そうなる前、というのはアレクシスさんでも勝てない魔王が現れる前ってことだよね?

 じゃあ……

「すべてを終わらせるって?」

「この世界の魔神をすべて倒す、そうすることで魔王は生まれなくなる」

「あ、良かった。魔王との戦いも終わりが一応あるのね?

 でも、もう長い間戦い続けてるんでしょう?」

「まあね、その辺の話は込み入って来るから、また時間があるときにでも話すよ、イナミにも知っておいてもらいたいことだし」

「うん、私もアレクシスさんに聞きたいことがあったし、その時にでも」

 アンティルローデさんが魔王化しなかったこととか、妖魔と人の混血が亜人とかその辺の話も聞きたい。

「じゃあ、これから魔神を倒しに行くんですか?

 あんまり触れないほうがいいって言ってたから、地下神殿探してもいないけど」

「いや、さすがに今日はもう日も落ちてるし、ボクも長旅の疲れがある。明日から地下神殿を探そう、一応目星もつけてある。

 後、すまないがボクもここに泊ってもいいかな?」

「一応、今は女の子しか住んでないんだけど、アレクシスさんが気にしないなら?」

 大勢の女の子の中で男の人一人ってやっぱり普通は嫌がるよね?

 それとも喜ぶものなのかしら?

「ボクは別に気にしないよ」

 うん、特に狼狽えたりはしないのか。

 というか、アレクシスさん、あれよね、異性とかそういうの、まったく気にしない気がするんだけど。

「アレクシスさんって、好きな女の人とかいるんです?」

 何の気なしに聞いてみた。

 私の言葉に一番反応したのはグリエルマさんだった。

 明らかに反応があって、若干ソワソワしてはいるけれども、目線だけはアレクシスさんのほうを凝視している。

 以外でもなんでもないけど、わかりやすくてかわいい人だ。

「女の人、ああ、うーん。その質問をされるのも久しいかな。

 ボクは興味が持てないようになってるんだ、ごめんね、イナミ」

 そう言ってアレクシスさんは私に向かって頭を下げた。

 あれ? なんか私が振られた風になってない?

「あっ、確かにアレクシスさんはかっこいいとは思うけど、別にアレクシスさんに私はそういう感情を持ってないですよ?」

「そうなんだ、ごめんね、そういった感情にボクは酷く疎いんだ」

 アレクシスさんはそう言って照れている。

 けど、気になったのは「興味が持てないようになっている」って言葉。

 なんか引っかかるよね。興味が持てない、じゃなくて、持てないようになってるって。

 ついでに、グリエルマさんはアレクシスさんのその答えに安心しているようだ。

 いや、私がアレクシスさんに対して何も思っていないって言葉に対してかしら?

 そういえば私もあんまり異性に対して興味が湧いてない?

 案外精霊ってそういうものなのかしら?

 でも、そんなことないよね、アンティルローデさんはアレクシスさんに一目惚れしたって言ってたし。かなり情熱的だったよね。

 まあ、今は気にしても仕方がないか。

「ミリルさん、アレクシスさんが泊まれるお部屋とかあるかしら?」

「はい、来客用の、一番良い部屋を空けております。勇者様が訪れるかもとのことでしたので、大巫女様とグリエルマ様には申し訳なかったですが」

 男嫌いぽいミリルさんでも勇者様は別格なのかしら。

 まあ、そうだよね、なにせ信仰している精霊の息子さんだもんね。

「良い判断です」

 エルドリアさんが満足げにうなずいた。

 この人もやっぱり自分よりアレクシスさんを優先するのね。まあ、これも当たり前か。

「もちろんそんなこと気にしませんし、わたくしが使わさせていただいているお部屋も十分素敵な物ですよ」

 まあ、来賓用で親方が気合入れて設計してた部屋だからね。

 勇者様が泊まる予定の部屋は、親方が王様にだって貸し出せますって豪語していたっけ。

 グレードはやっぱり落ちるけど、エルドリアさんとグリエルマさんが泊っている部屋もかなり質はいいはずだ。

 でも、まあ、ぶっちゃけ私の部屋が一番豪華なんだけどね、豪華すぎてはじめは落ち着かなかったくらいだし。


 その日の御夕食は普段より豪華なものとなった。

 わざわざ麓の町から料理人を呼んで作ってもらうくらいには気合が入ってた。

 世界を何度も救っている勇者様来てるんだから当たり前か。

 勇者様のために、新しくグレルボアを一匹解体したとか聞いたくらいだ。


 次の日、朝食が終わり次第、地下神殿を探すことになった。

 ついでに今日私に血を捧げてくれたのはパティちゃんだ。

 日々私に血を吸われることの快楽にはまっていっちゃってる子の一人で、私が血を吸うと、ちょっと色々とダメな感じの喘ぎ声を上げ始めちゃうので、なんかね、なんか、いけないことをしている気分に。

 いや、まあ、吸血行為なんだからあんまりいいことでもないけど、そんな、いかがわしいことは全くないんだよ、それだけは本当なんだけど、パティちゃん、あんまり変な声上げないでよ……


「恐らく地下神殿の入口はこの下だよ」

 アレクシスさんがそう断言した。

 そこは私が目覚めた場所、アンティルローデさんの肉体が長い間安置されていた石櫃がある祭壇、唯一残っていたアンティルローデさんの神殿の最深部。

 そんな場所だ。

 まあ、私もここだろうな、とは思ってたけど。

「ねえ、イナミイナミ! ここで何をするの?」

 すっかり元気になったオスマンティウスが聞いてくる。

 アレクシスさんが言ってた通り朝になったら、日の出とともにケロッと苦しまなくなったようだ。

 本人曰く急に新しい感覚に慣れた、だそうだ。

 心配したのがちょっと馬鹿らしく感じるくらいだ。

 オスマンティウスは今も浮いていて若干体が透けている。

 質量はほとんどないけど、物体に触れるくらいにはなっているようだ。

 肉体が強化され安定されたことが嬉しいのか、今度はたぶん本当に私になついてくれてるようだ。

 私の肩に手を置いて空中を浮かびながら嬉しそうに話しかけてくれる。

 なついてくれるなら悪い気はしない。

 でも、なんか美少女の形をした風船を持っているような気分だ。

「地下神殿を探して、魔神を倒す? のかしら?

 危ないからオスマンティウスは留守番しててね」

「嫌よ、わたしもイナミと行くわ、イナミはわたしのご主人様になったんでしょう?

 なら、わたしが守ってあげるから!」

 イシュはその様子を笑顔で見ている。笑顔なのはゆるふわメイドさんのデフォルトの顔が笑顔だからだ。

 ただ今はオスマンティウスに対して負の感情を持ってはいないようだ。

 ただイシュのことだ、オスマンティウスの「私を守る」って言葉を、私の肉盾くらいにはなると、考えていてもおかしくはない。その辺は妖魔だしね。

 私としては守ってもらう必要もないんだけどね。

 なにせ髪の毛一本からでも復活できちゃうことは体験済みなのだ。

 自室に何本か髪の毛を抜いて置いてきているので、私が本当の意味で滅びることはない。

 むしろ私がみんなの肉盾になってもいいくらいだ。痛いのは嫌だけど。

 アレクシスさんが石櫃をいろいろ見て回り、何かを考えこんでいる。

 しばらく考え込んだ後、石室の台座に設置されていたなにか模様な物が彫られていたプレートに向かって小声でなにかを呟いたら台座が動き始めて地下へと続く階段が現れた。

 べただなぁ、と思う反面、この仕掛けは魔術で動作しているにも関わらず気づけなかったことにちょっとショックを受けた。

「この仕掛け、私気づけなかったよ。魔術構文も見れなかったし」

「魔術構文? ああ、イナミは魔術の構成が見えるって言ってたっけ。凄い才能だよ。

 これは、かなり巧妙に、しかも何重にも隠されていたからね、イナミでも見つけられないのは無理はないよ」

 でもそれを物の数分で、見つけてしまうアレクシスさんのほうが凄いと思うけど。

 まあ、勇者様と私を比べること自体が、おこがましいか。

 何千年も生きて世界を救い続けてる、生き神様だものね。

 地下へと続く階段は人一人がやっと通れるくらいの広さだ。

 ただすぐ階段は終わっており、金属製と思しき扉があった。

 その扉には何重にも厳重に、封印の術式がかけられていた。

「やはり魔神はこの先にいるようだね」

 アレクシスさんがそう言った。

 見ただけでわかるんだろうか?

「ここまで厳重な封印は早々見ないな、ただアンティルローデは何度もここへ通っていたようだよ」

「そこまでわかるんです?」

「ほら、何度も扉が動いた後が床に刻まれてる」

「確かにアンティローデはこの祭壇に、人気を払っていつも篭っていました、グレル殿に会いに行ってたのですな」

「しかし、これは……」

 アレクシスさんが困り顔を見せた。

「どうしたんです?」

「扉を開けるキーとなる呪文がわからない。

 無理にこの封印を壊すと恐らくグレルの封印を解いて、魔神を世に開放してしまう可能性もある」

「えーと、『我は夕闇を統べる薔薇の乙女、我の真なる神殿への道は我のみぞ知る』ね」

「どうしてわかる? アンティルローデの記憶でも有しているのかい?」

「違う違う、そんなの持ってないよ。魔術構文にそう書かれてるので」

「そこまで鮮明に分かるのか、本当にすごいね、精霊王はすべての魔術を理解し支配するというけれど、イナミの能力はそれと同じような物なのかもしれない」

「はえー、さすが精霊王、すべての魔術を支配って凄い」

 私がそういうと、アレクシスさんは意外そうな表情を見せた。

 なんで意外そうな表情を見せたのかさっぱり理由はわからないけど。

「ええっと、こうかな。

 我は夕闇を統べる薔薇の乙女、我の真なる神殿への道は我のみぞ知る」

 アレクシスさんは恥ずかしげもなくその呪文を言い切った。

 男の人が、しかも超が付くほどの美形の好青年が、我は乙女、って言葉を発することに、なんかちょっとドキドキしてしまう。ちょっと何かに目覚めちゃいそうだわ。

 私が一人ドキドキしている間に、扉はアレクシスさんの言葉に反応し音もなく一人でに開いた。

「よし、行こう」

「全員で行くの?」

 一応ね、色々備えて皆を守れるような防御系の魔術も覚えたんだけど、人数が多いとさすがに不安だ。

「いや、相手は魔神だらかね、ボクとイナミだけでいいんじゃないかな」

 え? 二人だけで?

 うーん、なんていうか確かにそれが一番損害がなさそうだけど、ちょっと心細い気もする。

 だって、いくら魔力が強いって言ったって私、異世界転生する前はひきこもりだったんだよ、大丈夫かなぁ……

 そもそも私が戦闘に長けてたら、私が単身乗り込んで倒しちゃえばいいだけだしね。死んでも髪の毛一本から復活できるんだし。

「我もお供します。我は一度は戦ったことのあるので邪魔にはなりませぬ」

「わたしも!わたしも!! イナミはわたしが守るわ!!」

 一度戦ったことのあるっていうイシュなら心強い!

 でも、オスマンティウスは不安しか残らないんだけど。せっかく仮初とはいえ安定した肉体を手に入れたのに、死んだら元もこうもないような。

「まあ、イナミの主従契約下にある二人なら、仕方がないか」

 え、アレクシスさんが認めちゃった。

 イシュはともかく、オスマンティウスは大丈夫なのかなぁ……

「わたくしもお供させていただきます」

「グリエルマ……

 悪いけども相手は魔神だ。交渉する暇なんてないよ」

 アレクシスさんは目を細め鋭くしながら言い放った。

 そのアレクシスさんの発言には冷たく絶対的で覆らない意志の強さがあった。

「それは構いません、そちらはイナミ様に希望を感じていますので」

 グリエルマさんは即座にそう答えた。恐らくアレクシスさんの返答は予期してたんだと思う。

 けど、希望を感じてくれてるところ悪いんだけど、私はあの呪詛をどうにかできる自信はないよぉ?

「そういうことなら。

 グリエルマなら杖もあるし問題ない、ありがとう」

「アレクシス様、申し訳ありませんが、私は魔力の大半を魔王との戦いで失ったままです。

 魔神との闘いともなれば、足手まといですのでここに残らさせて頂きます」

 エルドリアさんは本当に悔しそうにそういった。

 魔王との戦いで魔力を失った、魔力を失う。そんなこともあるのか。

「私もお供させていただきます」

 今度はミリルさんが前にでた、が。

「キミは…… 確か聖歌隊の隊長か。大戦の時は世話になったね、あの時は助かったありがとう」

「はい、ミリルと申します。私には再生能力がありますのでお役に立てるかと」

 だけれど、アレクシスさんは厳かに首を横に振った。

「いや、グレルの前では再生能力は意味がない。

 グリエルマのように魔神の権能を防げる魔術かなにかを持っていないと話にならないんだ。

 特にグレルは塩の権能だから、権能の力を防げなければ、塩の柱になるだけだよ」

「塩の柱に?」

 ミリルさんが驚いたように聞き返した。

 この様子だとミリルさんも魔神とは戦ったことがないのかもしれない。

 しかし、塩の柱にする権能?

「塩の魔神グレルの権能は、生きとし生けるものすべての生物を塩の柱にできると言われている。

 権能を防げないのではどうにもならないんだ」

「そうなのですが、すみません、出すぎた真似でした」

 ミリルさんも悔しそうに引き下がった。

 おっそろしい力ね、生き物を塩にしちゃうだなんて。

 今の話を聞いた限りじゃそうだよね。グリエルマさんは教会の人だから、防御系の魔術が得意なんだっけ。

 それに、聖装って言ってた服と、あの神器って言われてた杖だか錫杖だかも持ってるしね。

 そういえばアレクシスさんも杖がどうたらって言ってたね。

 権能を防げなければ塩の柱か、権能を防ぐにはどうしたらいいんだろう?

 普通に魔術を防ぐ感じでいいのかしらね?

「いや、ありがとう。魔神相手に戦いを挑もうとしてくれたことだけでもありがたいよ」

 その話を聞いてもう名乗り出る人はいなかった。

 じゃあ、一応確認しとこうかな。

「イシュはともかく、オスマンティウスは大丈夫なの?」

「ああ、その子はそもそも肉体がないから、塩の権能に対してだけは無敵だよ。

 そもそもその肉体が破壊されてもイナミの魔力で即座に修復されるから大丈夫なはずさ」

 そうなのか。それなら大丈夫かな?

 私の魔力は…… 恐らく尽きないし。

 尽きることない魔力、それゆえの神。神の魂を持つ者は魔力が尽きることはないらしい。

 とはいえこれは教会に伝わる伝承の話なんだけどね。

「ちょっと! わたしの肉体を馬鹿にしないでよ!! わたしが長い間かけて作って、イナミが強くしてくれたのよ!

 そもそも、あなた誰よ!!」

 何度もその名前をオスマンティウスの前でも呼ばれているんだけどなぁ。

 基本、この子は自由の申し子だしなぁ。

「オスマンティウス、この人が会いたいっていっった勇者様だよー」

 エルドリアさんや神殿関係者の顔色を見つつ私はオスマンティウスに教えてあげた。

 エルドリアさん達は特にオスマンティウスに憤りなんかは感じていないようだけど。

 オスマンティウスも一応精霊の一種だからかな?

「この人が? でも、たしかにイナミと感じが似てるのね、納得だわ」

 私とアレクシスさんが似てる?

 ああ、そうか、精霊とのハーフで神の力を宿しているからかな?

 いや、厳密には違うけど、私は精霊と人間のハーフに神の魂で、勇者さんは精霊と神様のハーフで…… って、どうでもいいや。なんか、ややっこしい。

「ねえ、王子様。わたしのことはイナミから聞かされた?

 わたしのことを相談してくれるって約束したもんね」

「うん、相談されたよ、ただ今は魔王を倒した後なので、しばらく精霊界への門は開けないんだ。

 もう少し待っていてくれるかい?」

 精霊界への門が閉じてるのは魔王を倒した後だから?

 私の知らないことが、まだまだ多いのよね。

 まあ、私も私であんまり自分からは聞かないからなぁ。

「さすがイナミね。ちゃんと約束を守ってくれるのね、魔女とは大違いだわ」

「魔女? アンティルローデのことかい?」

 アレクシスさんが少し驚いたような表情を見せた。

「ええ、そうよ、私あの魔女きらいよ!」

「アンティルローデがキミを? アンティルローデとも盟約してたのかい?」

「してないわよ? ずっとあの木のところに閉じ込められていたわ」

「木?」

 相変わらず要領を得ないな、オスマンティウスとの会話は。

 ただオスマンティウスもアレクシスさんも楽しそうに話しているので、そこに割り込むのもなんだか忍びない。

 けど、このままだとアレクシスさんの頭にハテナマークが量産されそうだったので助け船を出しておいた。

「アイアンウッドの植林場ね、そこで出会ったのよ」

「なるほどアイアンウッドか、また珍しいものを。何か研究でもしてたのか? いや、今はいいか」

「ゴーレムに書かせてたレポートがありますよ? あとで見ます?」

 アレクシスさんも少し気になっているようなので伝えておいた。

 私には何もわからなくてもアレクシスさんが見れば、何か気が付くことがあるかもしれないし。

「そんなものまで? やっぱりなんかの研究対象だったみたいだね、後でそのレポートを見せてくれないか」

「いいけど、あんまり役に立たないと思うけど」

「今は魔神相手に集中だ。いくよ、イナミ」

「私が何の役に立てるかわからないけど、がんばる!!」

 アレクシスさんはゆっくりと金属製の扉を開けた。

この章は全部執筆済み。


近いうちに公開していく予定でしたが、次の部分は修正箇所を見つけたので、ちょっとだけ遅れます。



誤字脱字は多いと思います。

教えてくれると助かります。

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