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異世界転生したら吸血鬼にされたけど美少女の生血が美味しいからまあいいかなって。  作者: 只野誠
第二章:異世界転生して魔神を討伐することになったけれども。
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異世界転生して地下神殿の探索に行くと思ったら勇者様はなかなか帰ってこない!?

 手紙が来た。

 大神官、教会の一番偉い人からグリエルマさんに密書が来ていたのは事実で、私はその密書とやらの内容を知らないのだけど、その内容を知っていた勇者アレクシスさんと共に王都へと旅立っていった。

 無論、二人はまだ帰ってこない。

 そんな勇者様から手紙が来たのだ。


 手紙の内容はだいたいこんな感じ。

 王都で少しごたついている、ボクはまだ帰れないが、グリエルマは先に帰す。呪いこのともあるので面倒を見てやって欲しい。

 また厄介ごとに巻き込んでしまって済まない、ってな感じの内容だった。


 厄介ごと?

 なんだろう?

 うーん、地下神殿の探索はしばらくおあずけかな?

 冒険に使えそうな魔術は片っ端から学んでいったんだけどなぁ。

 これらを使う機会は来るのかしら?


 ええっとなんだっけ?

 とりあえず現状を整理しましょうか。

 私はイナミ。餅を喉に詰まらせて死んで、この世界に異世界転生してきた。

 色々あったりなかったりして、血の精霊、正確には吸血鬼で血の精霊のハーフで魂は稀人という神様の魂を……

 って、設定盛りすぎ。

 もっと簡潔に、こうね。

 今は血の精霊(仮)ということで、私の拠点となる修道院を建設している、って感じ。

 うんうん、これくらいでいいよね。

 で、手紙にもあったグリエルマさん、魔王を倒した十三英雄の一人で教会の聖女様。

 グリエルマさんは魔王の配下にいた魔神の呪いを受けて今も死の呪いを受け続けている。

 とても強力な呪いで解くことは私にも勇者様にも解くことができないんだけど、私が血を吸うことで魂ごと呪いを吸い上げることでなんとか延命処置することができたの。

 で、勇者様。アレクシスさんって言って精霊王と神様のハーフで少なくとも千年は生きているなんかすごい人。

 今は王都にいてグリエルマさんの手助けをしているらしい。

 あと精霊神殿に私を正式に精霊として認めさせるように動いてくれているらしい。

 そのことも地下神殿も、貰った手紙には何も触れていなかったからどう進展してるかはわからない。

 そうそう地下神殿。

 私が私の拠点となる修道院を作っている台地になっている地域があるんだけど、その地下に魔女アンティルローデさんの残した地下神殿があって、そこにグレルっていう魔神が封印されている可能性が高いらしい。

 魔神は倒さなくちゃいけない存在らしくって、それで勇者様を待っているんだけど勇者様は王都から帰ってこない!!

 で、冒頭の手紙だけが来た。

 そんな感じなのかな。


 手紙が届いてから1週間後くらいかな。

 グリエルマさんが無事王都から帰ってきた。

 別の十三英雄の一人、精霊神殿の大巫女エルドリアさんを連れて、って、ことで今回の特に山も落ちもない私の異世界転生物語が始まる!!

 

 ここはいつもの応接室。

 そこそこ広い場所、というのも元は応接室というよりは謁見の間として作ろうとしてたらしんだけど、さすがにそんなのは恥ずかしいから普通の応接室にしてもらったっていう経緯がある。

 まあ、応接室は応接室だけど会議室ってくらいの広さはある。

 そこに、私、正式に私の使い魔になった妖魔のイシュヤーデ、聖歌隊隊長のミリルさん、十三英雄のグリエルマさん、同じく十三英雄で精霊神殿の大巫女のエルドリアさんがいる。

 エルドリアさんとグリエルマさんのお付きの人や護衛の人なんかもいるけど、今は部屋の外に待機している。

 しーんとした静寂が部屋を支配している。

 その静寂を破ったのは精霊神殿の大巫女エルドリアさんだ。

「イナミ様、お初にお目にかかります。聖歌隊の総括、大巫女をやらせていただいているエルドリアと申すものです」

 エルドリアさん、おそらく三十代後半から四十代前半くらいの年齢女性だ。そろそろ老いを少しは感じさせる年齢のはずだけど、老いという雰囲気をまるで感じさせない。

 なんというか鮮烈な印象を与える感じの方だ。気配そのものが鋭い感じがする。

「はじめして、血の精霊って名乗っていいのかな? イナミって言います」

「話には聞いていましたが、これほどの魔力とは。

 私の想像以上のお力をお持ちのようで。

 それと、そこのメイドの格好をしているのが例の妖魔ですか」

 その言葉にまるで反応を示さない、我関せずといった感じでイシュは張り付いた笑顔、ある意味無表情で私の椅子の後に控えるように立っている。

 見た目は私好みのゆるふわのメイドさんに変えさえてる。

 イシュは鏡の妖魔だから姿は一度鏡に映ったことがある人物に自由自在に変えれるらしい。

 ついでに、妖魔が精霊に戻るには、その妖魔より数段強く清廉な魔力の持ち主がその妖魔の主となり、その魔力を分け与え続けることで妖魔の穢れた魂を徐々に浄化し精霊に戻せるそうだ。

 あ、あと一応私が言ってた善行を積む、ということも効果は多少あるらしい。

「話の本題…… のまえに、ミリル隊長、お久しぶりです。

 このような僻地を希望していて心配はしていましたが、お変わりはなさそうで安心しました」

 あら、お二人は知り合いなのね。まあ、同じ組織の人間だしね。

 片方はその組織のトップだし、少なくともミリルさんのほうは知らないわけはないか。

「大巫女様、ご心配いただきありがとうございます。私はここでイナミ様に出会えたことは運命と思っています」

 またそういうことを恥ずかしげもなく言う。この人は。

 ミリルさんは、なんていうか、あれだ、女子校でなら必ず持てるタイプの女子。

 ちょっとガタイが良くて背も高くて、一見男の人に見えることもあるんだけど、顔は美形そのもの。

 仕事中は真面目なんだけど、それ以外の時にはちょっと問題がある。

 私が、というか精霊が好きすぎて、度々怪しい行動をするようなこともある人だ。

「ふむ、で、ミリル隊長、あなたはそのイナミ様のことをどこまでご存じで?」

「はい。

 イナミ様が精霊界で幽閉……」

 そこまでミリルさんが言ったところで、エルドリアさんは手を軽くあげてミリルさんを制した。

「申し訳ないけど、ミリル隊長も外でしばらく待っていてくださるかしら」

 一瞬驚いた表情をミリルさんは見せるが、すぐにどこか納得したように、

「はい、わかりました、大巫女様。

 では、イナミ様、失礼させていただきます」

 と返事をして、席を立ちお辞儀をして部屋から出て行った。

 ミリルさんのことだ、もうすでに色々察しているのかもしれない。

「イナミ様、例の結界をお願いしてもよろしいでしょうか」

 グリエルマさんが言っている例の結界とは、私がまだイシュの正体が知られていない時に作った魔術だ。

 部屋という空間に対して使用することができ、外からは中の様子をうかがえなくし、室内の会話どころか物音ひとつ聞き取ることができなくする魔術だ。

 あと外から中には簡単には入れない効果もある。弊害として外の気配を感じに難くなってしまうというものもあるけど。

 まあ、イシュとの密会より、グリエルマさんとの密会で使ったほうが実は多い術だったりする。

 パチンと、指で音を鳴らしその音を触媒とすることで魔術を展開した。

 いや、触媒というよりは、魔術を展開するためのトリガーといったほうがいいかもしれない。別に指でパチンと鳴らす必要もないし、他の動作でもある程度代用も効くし。

「素晴らしい術ですね。発動も早く非常に綿密な術です。さすがは月の女王のご息女で神の魂を持つお方とですね」

「うーん? 月の女王の娘さんは、アンティルローデさんじゃないの?」

「そこは人と精霊のとの違いと申しましょうか。

 一概にすべて一緒とは言いませんが、精霊にとっての肉体は身分証明書であり服のようなものです。

 イナミ様がどのような存在にかかわらず、その肉体に宿っている間は、あなた様は月の女王のご息女ということになります。

 よって、あなたを精霊と正式に認めた場合、あなたの位は天上の第二位となります。

 確か今は第三位と名乗っておられるとか?」

「それは我の精霊の位よ、我が主にお貸ししたまでだ」

 イシュが表情を変えないまま口を開いた。声も可愛くしてもらっているのに喋り方が残念だ。

 にしても、やっぱりあの位と出自ってイシュのものだったのね。

「妖魔に堕ちた時点で、その位は消失しています。第三位という高位を持ちながら妖魔などに落ちてしまわれるとは……

 いえ、今はそんなことはいいです。精霊に戻れる算段も付いているようですしね。

 しかし、本当に困りました」

「えっ、いや、ごめんなさい、位を偽っちゃって?」

「いえ、それはさほど問題…… 問題なのは問題ですが、今は些細な問題と言っていいです。

 アレクシス様の助言通り、私が直接訪問してきて良かった。

 まさかここまで力が強いとは…… もはやあの魔王の比ではないではないですか」

 エルドリアさんは、ため息のように、溜まっていた息を静かに吐き出した。

 それは演技とかではなく本心から困ってるような仕草に思えた。

「え? 私の魔力そんなに強いの?」

 たしかに魔王より魔力強いって言われてたけど。毎日、朝の牛乳感覚で聖歌隊の子達の血をもらってるせいかしら?

 実は今のところ、血をもらえばもらうほど魔力が少しづつだけど強くなっているのよね。

「ええ、歴代最強と言われた一昨年倒した魔王を軽く超えるほどには。

 それでいて、ええっと、なんですっけ? 魔術自体を書き換えることができて、さらに即興で新しい魔術を作れるんですっけ?」

「ええ、まあ……」

 エルドリアさんから少し呆れられたような表情をされた。

 いや、呆れるというよりは、本当にどうしていいのかわからない表情なのかも。

 そ、そんなすごいことなのかな?

 あんまり実感がないからよくらからないのよね。

 なんかこう、急にただできるようになってしまったので、本当に実感がないのよ。

「本当に規格外のお力をお持ちのようで。

 イナミ様が普通の、大精霊並みのお力なら、アレクシス様からお頼みです、すぐにでも精霊とお認めしてもよろしかったのですが、ここまでのお力となると私の権限を越えています。

 そもそも人界側で認定できるのは第三位が限界なのです。

 精霊界にお伺いを立てなければならないのですが、今は門も閉じているため精霊界と連絡とることもできません、本当に参りました」

「そんなに問題なの?」

 私の言葉にエルドリアさんは更に困った表情を見せた。

 私をどう扱っていいかわからないようにも思えるし、実際そうなのかもしれない。

「いえ、ええ、まあ。そうですね、大問題です。

 我ら聖歌隊は、精霊の従者たる者です。すなわち我らが真なる主は、精霊の王、精霊王様ということとなります。

 先ほど申した通り第三の位までなら、人界側だけで認定することもできますが、原初の精霊の実子の位である第二位の位を持つ精霊を、人界側で勝手に認めることはできません。

 しかも、精霊と人とのハーフともなればなおさらなのです」

「そうなの? そういえば精霊とのハーフは禁忌って言われてた気がする」

 私の言葉に部屋全体が緊張した雰囲気になる。

 イシュからですら、何らかの緊張した雰囲気を感じ取れるほどだ。

 うーん、よほどダメなことだったの?

 ミリルさんに精霊と人とのハーフって嘘、結果的には嘘ではなかったんだけど、ついちゃったのに、良くミリルさんは私を受け入れてくれたなぁ。

「禁忌中の禁忌です。

 魔王という存在がどうやって現れるか知っていますか?」

「知らないけど。でももう倒されたのよね?」

 その言葉にエルドリアさんは、ゆっくりと目を閉じ、そしてそれから息を呑んだ。

 またゆっくりと目を開いた。

「魔王は再び現れます。

 早ければ十年、遅くても百年以内には必ずです」

「えっ、定期的に復活するの?」

 それは嫌だなぁ、あ、でも私は魔王より強いんだっけ?

 魔王が復活した瞬間、私がこう、なんかすごくて致命的なツヨツヨ魔術で粉砕しちゃうのはダメなのかしら?

 でも早くて十年って割と頻繁に復活しちゃうのね。

「いえ、違います。復活するのではありません。

 ある存在が新たなる魔王になるのです。

 その存在というのが、精霊と人とのハーフなのです」

 そこ言葉に背筋が寒くなるのを感じだ。それって私のことじゃん。

 私、魔王になるの?

 そりゃ場の空気も凍り付くよね。

「げっ、それほんと? 私、魔王になるの!?

 ああ、だから私というかアンティルローデさんは危険で、勇者様にすぐに攻撃されたのか……」

 色々と納得がいく、あの時勇者様に有無を言わさず攻撃されたのも、こういう理由があるなら納得が行くかも。

「ご安心ください。恐らくイナミ様は魔王化はしません。もしその可能性があるなら、アレクシス様は是が非でもあなたを滅していたでしょうし」

 魔王絶対殺すマンかよ、あの勇者様。

 優しそうな見た目で話も分かる人だとは思ってたけど、考えを改めたほうがいいのかしら?

「そ、そうか…… あれ? アレクシスさんもハーフって、これ言っていいの?」

「ええ、大丈夫です。

 アレクシス様が精霊王と地母神のご子息であることは、ここに居る者なら既に知っているはずです。

 稀人、神の力を受け継ぐ場合、魔王化することはないはずです。

 それはアレクシス様が長い歴史で証明しています。

 なので、神そのものの魂を持つイナミ様が魔王化することはまずないでしょう。

 ただ、もし魔王化したならば、アレクシス様でも止めることはできないと、ご自身がおっしゃっていました」

「そ、そうなの……?」

 神の力かぁ…… 

 この世界の神様は稀人っていう異世界から来た存在なんだっけ?

 私も確かにそうはそうだけど。って、あれかな、その昔この世界に異世界転生してきた人がいるってことよね。

 その人は神で、私は吸血鬼に転生かよ、ずいぶん差があるなぁ。いや、一応魂は神様なんだっけ?

 まあ、私の場合はイレギュラーでこの体に無理やり憑依させられたせいなんだろうけど。

 でも、この超絶美少女のこの体は大いに気に入ってるのよね。なんていうか、私の理想の外見そのままなのよね。ほんと美人でその上かわいい。

「もしあなたが魔王化したならば世界は間違いなく終焉を迎えるでしょう。

 そんなイナミ様を、失礼で申し訳ないとは思うのですが、私の一存、というよりは人側の判断だけで、精霊と認めることはできないのです、ご理解いただきたいのです。

 せめて精霊界との扉が開き、再びお伺いを立てられる時期になるまでお待ちください」

「まあ、たしかに、認められない理由は分かったけど……」

 急に、ゴトンと音を立ててテーブルの上に何かが転がった。

 それは黄金に輝くこぶし大の大きな金貨だった。太陽が人を馬鹿にしたような少し憎たらしい大笑いした意匠が施されている。

 かなりの大きさのものが急に現れた。びっくりしないわけがない。

 な、なんだこれ? でも、凄い強い魔力を感じる。

 何かの攻撃とかではなさそうだけど……

「こ、これは太陽の金貨!?」

 エルドリアさんが驚愕し感嘆の表情を浮かべた。目じりに涙がたまるほどには何かを感じているみたい。

 反応を見るに害があるような物じゃないらしいかな?

「太陽の金貨…… あの方を多く話題に出しすぎたのですな、見られていますぞ」

 イシュは部屋の中だというのに、上、おそらくは空を見上げてそうつぶやいた。

 あの方? あの方ねぇ?

「なにこれ? なんで急に金貨が出てきたの?」

 とりあえずわからないことは聞く。

 イシュもエルドリアさんも知っているようだし。

「我が主よ、これは太陽の金貨といって精霊王が…… まあ、その、戯れに送ってくる感じの物です……」

 イシュは少し嫌そうにそう語った。

 その瞬間エルドリアさんの怒気が爆発するのを感じた。

 その怒気は私を少しビクっとっせるくらいには、大きいものだった。

 なんだか背筋がぞわぞわする。

「妖魔風情がそのような言い草を!!」

 と、まくし立てた後、コホンと一息ついて丁寧に私に説明してくれた。

「イナミ様これは精霊王様の神聖なる証です、これを送られになったということは精霊王様は貴女様を精霊として認めるということに違いありません」

 よくわからないけど、精霊王が私のことを認めてくれたということかな?

 しかし、なんでこんな金貨をわざわざ送り付けてくるんだろう。

「そ、そうなんだ」

(ねえ、イシュ、実際のところどうなの?)

 念話でこっそりとイシュに確認がてら直接聞いてみた。念話は魔術で行う秘密の会話だ、エルドリアさんはおろか、ここにいるグリエルマさんにもこの会話は聞こえない、当人同士にしか聞こえない便利な魔術だ。

(何とも言えませんが、覗き見られているのは事実でしょう。大笑いの金貨なら、そこの人間が言った通りのことなのではないかと我も思います。

 大笑いの金貨には肯定、気に入った、などの意味があります。

 ですが実際は、恐らくは面白そうだから、なんとなく送っただけかと……

 戯れが好きというか、それが生きがいなような方なので……)

 精霊王は戯れがお好き、なるほどね。

 私がイメージしてたのとは違うけど、なんとなくわかったよ。

 イシュが嫌がるのもなんとなくわかるかも。今回は金貨だけだったけど、こんな調子で精霊の王様が顕現してくるのか。ほんとに話題に出さないほうが良さそう。

 そんなことを考えているとエルドリアさんが、迷いながらもそっと金貨にそっと手を伸ばすと、金貨はそれから逃れるようテーブルの上をスィーと動いて私の目の前まで移動してきた。

「やはり今回も私にはその証を手にする資格はないようです。

 イナミ様が選ばれたようですし、あなた様の手でアレクシス様にその金貨をお渡しください」

「あっ、はい、勇者様に渡せばいいのね?」

(その金貨を持っている間は精霊王に覗き見されますので、アレクシス様が来たらさっさと渡してしまう方が良いでしょう。

 持っていてもいいことはあんまり良いことはないかと。いたずらに厄介ごとに巻き込まれるだけです)

 この金貨、イシュに聞いた限りじゃ呪いのアイテムじゃないの?

 でもなんでアレクシスさんに渡すんだろう?

「精霊王様がお認めになったのであれば憂いは一切ございません。

 貴女様は名実と共に、精霊として精霊神殿でも認めます。どうぞ、これからも良しなに。

 それと、私の姪を連れてきています。イナミ様のお世話係として使ってやってください」

「は、はあ……」

 あー、エルドリアさん、なんか晴れ晴れした表情をしていらっしゃる……

 まあ、本当に悩みの種が全部一気に解決したしね。

 はじめは私に対して少し懐疑的な眼差しもあったけど、それすらなくなっている。ある意味、信仰に忠実な人なのかもしれない。

「神殿側のお話、イナミ様を精霊としての認定を、精霊王と大巫女のお二方が認めたということで一旦は落ち着いたと思うので、今度はわたくしの話を聞いてもらっても良いでしょうか」

 今度はグリエルマさんか、なんだろう?

 たしか勇者様の手紙では迷惑をかけるっていうようなことが書いてあったけど。

「はい、なんでしょうか」

 グリエルマさんは少しだけ言いよどんだ。

 けどすぐに意を決したように話し出した。

「えっと、そのですね。なんだかんだがで申し訳ないのですが、その…… 正式な任命はまだなのですが、わたくしがここの領主に任命されてしまいました」

「え?」

 そういえばこの土地は元々は魔物の土地で領主はいないって言ってたっけ。今はイナミ町、いや、イナミの町って感じで私の名前が付いた名前になってるけど、前は番号で呼ばれる感じで正式な名前もなかったしね。

 それがついに領主が決まったってことか。しかもグリエルマさんか、そういえば貴族って言ってたしね。

 んー、これからはあんまり好き勝手できなくなるのかしら?

 でも、グリエルマさんなら安心して任せられるよね。

「で、です。イナミ様も正式に精霊としてお認めになられたということで、わたくしは任されたこの地域を精霊都市、いえ、規模的に精霊領といってよいですね、精霊領としてイナミ様に献上し、わたくしは代理領主にと考えています」

「妥当ですわね」

 エルドリアさんが当然とばかりにと同意した。

 えっ? 私が領主? いや、それよりも。

「精霊都市って…… なに?」

 少なくとも政令都市ってことじゃないよね?

 あれ? 発音も全然違うのに何で政令都市って言葉が思い浮かんだんだろう?

 まあ、いいか。

「人ではなく精霊が治める都市、または地方のことです。

 精霊が治めるといっても、基本は代理の人間が、代理領主として取り仕切りはしますが。

 ある意味、治外法権的な地域でいろいろな特例も認められます。

 花の大精霊が治めるメディオル市などがそうですね。

 わたくしとしては現在のイナミ町と、そう変える気はありませんが、イナミ様がお望みになれば、どのような、とまでは申しませんが望みの法律を通すことができます」

「えっ、私が法律を作っていいってこと?」

「はい、そのような認識で問題ありません、さすがに道徳を無視した悪法などは成立しない可能性はありますが、基本思いのままです。

 例としては、メディオル市では花の大精霊様に一日千本の花をお供えするのが義務付けられています」

 一日千本ってかなりの量よね、冬とかどうするのさ。

 私の場合は、毎朝乙女の血を献上してってことかしら?

 あら、それって割と嬉しいかもしれない。

 さすがに一人から血を貰っちゃうと、その日は血を貰った子は寝込んじゃうしね。

 たぶん人数を増やせば、そんなこともないだろうし。本当に献血感覚で血を貰えるってことになりそうね!

 血、美味しいのよね。ほんとまいっちゃう位美味しいの。

「それと、この修道院、呼び名は修道院でいいんでしょうか?

 完成次第にはなりますが、貴族の、主に次女や三女となりますが、結構な人数を集めることができました。これもアレク様のお力添えもあってのことですけど」

「あ、ありがとう! これで聖歌隊の子達にばかり負担かけなくて助かります!!」

 やった! 私の美少女から血を貰ってウハウハ計画がどんどんかなっていく!

 頭にお花を咲かせて、そんなことを考えていると、少しの間黙っていたエルドリアさんが思い出したかのように口を開いた。

「そういえば、イナミ様は人の部分は吸血鬼化なされていたんですね、微塵も邪気や穢れを感じないので忘れていましたが。

 私の護衛で連れてきた聖歌隊の、まあ、希望者にはなりますが、数名この地に残していこうとも考えています。

 ですがかわいい後輩達、いえ、年齢的にはもう娘達と言っては過言ではありません、そんな子達を吸血鬼化させないようお願いいたします」

「え、ええ、それはもちろん。今でも日がさしてない日は、血をもらうのを止めてるくらいだし。

 そういえば姪さんでしたっけ?」

 一応私も気を付けてはいるけど、吸血鬼に姪を預けるってどうなの?

 これも精霊王の許可がでたからいいものなのかしら?

 そもそも私が知っている地球での吸血鬼とこの世界での吸血鬼は、類似点も多いけど違っているのも多いのよね。

「ええ、あとでご紹介いたします。あの子には次期エルドリアの名を継いでもらうつもりなので、イナミ様の元でビシビシ鍛えてやってください」

「え? は、はぁ……」

 エルドリアっていう名前は継ぐものなのね。

 ミリルさんの話だと、他の精霊に比べて、うちはかなり甘々らしいけど、どうなのかしら?

 ビシビシ鍛えることができるのかしら?

「そういえば施設の名前は、修道院? それとも学校がいいのかしら? 名前も決めてないのよね」

「修道院が学校や研究機関を兼ねることもありますので、修道院でもよろしいかと。修道院の名前はイナミ修道院で問題ないのでは?」

 エルドリアさんが返事をしてくれたけど、自分の名前の修道院ってなんか抵抗があるなぁ。

 村に自分の名前が付いた時もかなり恥ずかしかったよ。

「イナミ修道院、うーん、まあそうかなぁ。なんかパッとしないけど。

 あー、確か貴族の子達にマナーなんかを教えるのよね? 先生も雇わないと……」

「それならミリル隊長にやらせればよろしいでしょう。あれでも名家の出です、そういった教育も受けているはずです。

 学問のことなら図書館から派遣されているシースもいます。あの子の知識量なら相当なものですよ」

 エルドリアさんがテキパキとなんでも決めてくれる。

 これが上に立つ者なのか。と、思ったけど、さっきまで決めれないでいたのよね。やっぱり中間管理職的なアレなのかしら?

「そういえばミリルさんも貴族だったよね」

「密談の類はもう終わりでいいでしょうし、当人達を交えて話しましょうか」

「そうですね、結界を解きますね」

 私は再びパチンと指を鳴らして、この部屋に貼っていた結界を解いた。

 それを察したエルドリアさんがよく通る声で、

「アンリエッタ、ミリル隊長、シース、それとエッタもこちらにお入りなさい」

 呼ばれた四人が入ってくる。

 アンリエッタさんがエルドリアさんの姪かな?

 線が細くて利発そうな美形の娘さんだ。年のころはシースさん、エッタさんより少し若いくらいかな? それとも一緒くらいかな?

 この子もすごいおいしそうな匂いがする! って、これじゃあただの変態か、私。

「はい、失礼します」

 ミリルさんが代表して答えた。

 全員分の座る椅子はあるけど、誰も椅子に座ろうとしない。

「とりあえず全員椅子に座りなさい、イナミ様も困っていらっしゃれる」

 エルドリアさんがそう言った。あれ、私顔に出てたかしら? それともだしに使われただけ?

 まずはミリルさんが席に座り、アンリエッタさんが続く、そしてエッタさんが続くと思ったけど、エッタさんは立ちすくんでいた。

 シースさんが不思議そうに首を傾げたが、アンリエッタさんがシースさんに無言で着席を促すとシースさんが席に座った。

 その後一番の末席にエッタさんが座った。

 ん? なんかちょっと妙な雰囲気があるけどなんだろう?

 エルドリアさんはそんなこと気にもしていないのか話を続ける。

「まずはアンリエッタを除きますが、今までイナミ様を非公式とはいえ支え仕えていたことに感謝を。

 この度、人界側だけでなく精霊界からも正式に、イナミ様が精霊ということが認証されました。

 イナミ様の位は天上の二位となります」

「えっ、精霊界からもですか? しかも二位なのですか?」

 ミリルさんとシースさんが驚いた表情をする。

 ミリルさん達は私が言ってしまった嘘、混血なので精霊界に幽閉されていたというのを信じているから驚くのも無理はない。

 というか、割とヤバイ嘘をついてしまってたのね。

 エッタさんはうつむいて、テーブルを見つめているだけで反応はない。エッタさんもあの場にいたんだけど、今は話が頭に入ってない? なにかあったのかな?

「ええ、イナミ様、例をあれをお見せになってください」

 例のあれ? ああ、この金貨のことか。

 私は人を小ばかにしたような大笑いした太陽の金貨、金貨というには、まあ、大きい気がするけど、テーブルに置かれたままのそれを拾い上げて皆に見せた。

「そ、それは太陽の金貨ですか? 初めて見ましたが……」

「はい、そうです。しかも大変縁起の良い大笑いの金貨です。

 これが届けられてきた以上、イナミ様は精霊王様公認です、今後も誠心誠意イナミ様にお仕えするように」

「おめでとうございます、イナミ様。

 誠心誠意、今まで以上に仕えさせていただきます」

 ミリルさんが感激しながらそう言い、シースさんは物珍しそうに太陽の金貨をじーと見つめている。

 あとでゆっくり見せてあげるから、シースさん!

 そのままだと怒られないか心配だよ。

 エッタさんはどうしたんだろう、なんかずーとうつむいたままで心ここにあらずといった感じだ。

「アンリエッタ、挨拶をなさい」

「はい、大巫女様。私はアンリエッタ・ラウスハイゼルと申します。以後お見知りおきを」

「ラウスハイゼル? あれ、たしかエッタさんもそんな苗字だったよね?」

 私が言うとエッタさんはビクッとだけした。そして、下を向いてそのまままた黙り込んでしまった。

 それを見かねてか、代わりにアンリエッタさんが答える。

「はい、私とエッタさんは、同じ家の者です」

 その言葉にエッタさんが驚いたようにアンリエッタさんとエルドリアさんを交互に見つめている。

 その顔は驚き、というよりは恐怖で怯えているように見える。

「エッタ、今は家の話はいいです。話を聞いていてください」

「は、はい、大巫女様……」

 エッタさんはまた下を向いた。震えながらだ。

 なんだろう、すごい嫌な感じがするんだけど。

 ただ、エルドリアさんもアンリエッタさんからも負の感情は感じれず、どちらかというと心配しているようにも感じる。

 あとでこっそりミリルさんにでも聞いてみるかな? 事情知ってるといいけど。

「そして、この地に新しい領主が決まりました。

 新しい領主はイナミ様。この地は精霊領となり、代理領主にグリエルマが就任します。

 またこの地に精霊神殿はありませんが、今は精霊界への門が開いていません。

 そのため今は精霊神殿を新たに造ることはきません。ですので異例のことですが、この建築中の修道院をひとまず精霊神殿の代わりとして機能させます。

 この修道院には、イナミ様に血を捧げてもらうために貴族の娘や聖歌隊からも人を集めます。また学び舎としても機能させますので、あなた方には講師として後輩の育成をお願いいたします」

「講師ですか? 私が?」

 ミリルさんが自信なさそうにそういった。

「あなたもハイセンエム家の列記とした大貴族でしょう」

「それはそうですが、私はすでに継承権は破棄しています」

 その言葉にアンリエッタさんが驚いたようにミリルさんを見つめた。声には出さなかったけど眼を見開き驚いていた。

 本気で驚いていたようで、アンリエッタさんはしばらく我を忘れてミリルさんを見ていた。

「それは関係ありません、あなたは訓練校にも通っていましたよね、ならば、士官としても条件を満たしています」

「は、はい、喜んでお受けいたします」

 ミリルさんが観念したようにため息を飲み込んで講師役を引き受けた。

「シース、あなたは戦後の記録を取るために図書館から出向して貰っていましたが、これからはイナミ様の記録係も兼任してもらいます。

 またあなたは様々な学問に精通しているので学問の講師もしてもらいます。

 大変でしょうがよろしくお願いします」

「はい、わかりました。大巫女様」

 うへ、シースさんいろんなもの兼任させられて大変そうだな。

 というか、シースさんが図書館から出向? 正式な聖歌隊じゃないのかしら?

 たしかにミリルさんやエッタさんとはちょっと違った感じはしてたけど。

「あ、そういえば、その、わ、私の…… 領地でいいのかな? それってどこくらいまでなのかな?

 採石場ははいるよね? 入らないとちょっと困るんだけど? ダタムルまではさすがに入らないよね?」

 なんか私の領地って言葉に出すと、すんごいむずがゆい感じがする!!

「イナミ様が統治することとなる精霊領は、魔女が支配していた地、すべてになります。

 魔王は世界の半分を奪い、それを配下の四天王と五等分して治めていたようなので、世界の一割ほどです。

 有史以来、イナミ様は精霊でいらっしゃりますが、人類が統治する領地としては過去最大のものになります。

 ダタムルはおろか、ここら一体すべてがイナミ様が治める領地となります」

「へっ? 過去最大? ちょ、ちょっとまって、それって王様の持っている領地より広いってこと?」

 エルドリアさんとグリエルマさんが一瞬困った顔をしたが、それは本当に一瞬だけのことだった。

「イナミ様がご存じないのは仕方がないことですが、王が統治している領地は王都だけになります。

 現在、王より領地が小さい領主はおりませんので、その点はご安心ください」

 エルドリアさんが私の疑問に答える。

 王様の領地は王都だけ?

 でも、話を聞いていると精霊神殿本部も、教会の本部も王都にあるらしいよね?

 どんなところなのかしら?

「じゃあ、他の国とかは?」

 この質問には、エルドリアさんも、しばらく困った表情を見せた。

「他の国ですが…… まあ、そうですよね、イナミ様が疑問に思うのはもっともなことです。

 が、現在この世界に国と呼べれるものは一国だけです。しいて別の国をあげるならば、一昨年滅亡した魔王国とでもいうべきものがありましたが」

「そ、そうなんだ」

 いっ、一国しかない?

 全世界の一割が私の領地で私が法律作っていいってこと?

 いや、え、ちょ、ちょっとまって。

 な、なんだこれ? 急になんで私が領主に!?

 あれ、少し混乱してきたぞ、落ち着け私!!

「イナミ様は精霊でいらっしゃるので、人の政に無理に干渉されなくて大丈夫です。グリエルマにすべて丸投げしてくださって平気です。

 要望がある時にグリエルマを呼び出して伝えてくださればいいのです」

 グリエルマさんはにっこりと笑って頷いてくれた。

 そ、それでいいの?

「詳細は後ほど詰めるとして、今日はこれくらいにいたしましょうか。

 久しぶりに、しかも、大笑いの太陽の金貨を見ることができ私も年甲斐もなく浮かれてしまっています、少し気を落ち着かせていただける時間を貰えれば幸いです」

 そんなにすごい金貨なのアレ?

 金貨の意匠の太陽の笑い方がさぁ、ほんと人を小馬鹿にしたような感じで、あんまり好きじゃないのよね。

 にしても私が領主で世界の一割が領地?

 うーん、やばい、脳の理解が追い付かない。

「お二方も王都からの長旅でお疲れでしょうし、ささやかながら、こちらで食事の用意をさせて頂いておりますが、いかがなされますか」

 私が混乱していると、ミリルさんがそう切り出してくれた。

 本来なら私が言い出さないとダメなことよね? 一応ここの主なんだし。

「噂に聞くグレルボアですか?

 大変美味と聞いていますが、我々は従者も結構な人数を連れてきているのです、その者達を省いて我々だけというのはいただけません。

 我々も通常の食事で構わないですよ」

「ご安心ください、大巫女様。イナミ様の計らいで皆様の分もご用意させていただいております」

 まあね、従者連れてくるのはこの間ので知ってたからね。ただ思ったより人数多かったよなぁ、用意させておいたお料理足りるかしら。

「まあ、それはありがとうございます。ご好意に甘えようと思います」

「ちょっと変わった趣向の会食になるけど、試してみてね」


 会食はバイキング形式を取った。

 ミリルさんの話では貴族でもテーブルマナーにそこまで厳しくはないとのことだったので。

 給仕してくれてるのは元からいた聖歌隊の子達と、町からヘルプに来てくれた村娘さん達だ。

 あとついでにメイド姿のイシュだ。メイド姿をさせていたので、その正体を妖魔と知らない町からきた人達に駆り出されて、そのまま給仕の真似事をしている。

 面白そうなので私はそのままにしている。本人もきっと奉仕だから、善行、しいては徳を積むことだ、と、きっと納得してやってくれてるに違いない…… たぶん。怒ってないよね?

 それはおいといて、魔王退治の英雄様が来るということで、ディラノ代表も喜んで人員を派遣してくれた。

 あれ? 私が領主は、まあ、置いといて、グリエルマさんが実質的な領主になるってことはディラノさんはどうなるんだろう?

 町長とか? いや、市長かな? そんな感じになるのかしら? 今いいか。

 会食の会場は、この日のために急ピッチで作業用ゴーレムさんに急がせて作らせた大食堂。

 百人くらいなら同時に食事をすることができるほどの広さだ。

 今日は予想より多かったけど精々20~30人程度なので会場的には余裕がある。

 ただお料理の量的には、少し足りないかもしれない。

 エルドリアさんご一行まで来ることは予想してなかったからね、仕方ない。

 今もとなりの調理場で、手伝いに来てくれた町の料理店のおじさん、いや、コックさんに料理を作っていただいている。ついでに名前も知らない。私は一度顔見世で挨拶しただけだし。

 バイキング形式ということもあり、初めは皆どうしたらいいのか、わからない風でしたが、好きなものを好きなだけ取って食べていい、という分かりやすい物なので、すぐに人気の料理には行列ができた。

 一番人気はやっぱり有名になってしまったグレルボアの腸詰だ。

 元が保存食なので遠くまで輸送しやすく、噂ともども広まるのが早かった。

 ついでにダタムルまで持っていくと、この町で買う腸詰の5倍の値段で売れ、さらにそこから別の町へもっていくとダタムルの2倍の金額、つまりはここで買うものの10倍の金額で即完売してしまうほどの人気らしい。

 元々や少ない原価なのにだ。この町でさえ普通の豚肉の三倍から五倍の値が付くのに。それを他所にもっていくと十倍になるっていうのだからとんでもない。

 しかもこれは卸値の話で、末端価格になるとそれはもうとんでもない値段だ。

 もはや腸詰なのに高級料理だ。まあ、グレルボアの家畜化に成功したとはいえ、まだ量産ってわけにはいかないから、希少価値もあってのことだと思うけど。

 なんていっても美味しいのよね。噛むと旨味が凝縮されや肉汁がブワッと口いっぱいに広がるの。

 それだけに数を食べると胸焼けしちゃうんだけど、なんだか妙に癖になる味なのよね。その時は胸焼けしてもういいやってなるんだけど、三日後にはまた無性に食べたくなるって感じで。

 マスタード的な物があればよかったんだけど手に入らなかった。なので塩胡椒で頂く感じになってしまってるけど、それでも十二分に美味しい。

 せめてケチャップくらい用意しときたいな。となるとトマトか。この世界にあるかな? ジャガイモがあるならあるよね?

 市場で珍しいものがあったら教えてもらうようにしとかなきゃ。

 続いて行列が多いのは、グレルボアのローストポーク的な料理。これは東か西か忘れたけど、どっかの地方の料理だって言ってたかな。

 これも大変美味。見た目も味もそのままローストポークって感じかな。

 続いて人気なのが、グレルボアのハムステーキと卵焼きセット。これはシンプルに美味しい。

 グレルボア、ハムにしてもまた美味しいんだ。こう、うま味に深みが増すって感じで。それをちょっと厚めに切ってフライパンで炙ってあげるだけで超絶美味しい。

 グレルボアからでた脂を吸った卵の白身も美味しい。この料理の問題点は、グレルボアのハムも鶏の卵も両方ともお高いってところかな。

 この地辺境だからね、鶏の普通の卵も高いのよね。

 それ以上に魚介類が高いけど。この辺、海も川もないし。

 四番目に人気なのが、グレルボアの冷しゃぶ。

 さすがにお肉を生のままだして、しゃぶしゃぶしてもらうのは、怖かったので冷しゃぶの形を取った。

 胡麻を磨り潰したものにお酢と塩胡椒で味を調えたタレをかけている。

 中々の美味だ。グレルボアは味というか旨味が濃いので量を食べるのは難しんだけど、これなら割とさっぱりしているのでパクパク食べれてしまう。

 ついでに肉を薄くスライスしてくれてるのは、作業用ゴーレム君だ。

 というか、この世界じゃ肉を凍らせるのも一苦労というかあんまり現実的じゃない。魔術を使えば不可能じゃないけど、わざわざ料理の一品、肉を薄く切るためだけに凍らせた肉を魔術で作るのは非効率的なのよね。

 ただ生のままだと、どうしても厚くなってしまったため、試しに作業用ゴーレム君にやらせてみたら、生肉をミリ単位以下で切り分けてくれた。

 グレルボアの解体作業も、作業用ゴーレムにやらせた方が無駄がないってくらい器用らしい。どこでも引く手あまたなのよね、このゴーレム君。

 で、五番目に人気なのはポテトチップス。

 油で揚げるだけかと思いきや、パリパリに作るのには結構試行錯誤した。しかも今日のは特製で揚げる油をグレルボアから取れた脂を混ぜた物で揚げたため、絶品の仕上がりを見せている。

 まあ、これも獣油を混ぜて揚げるわけだから、そこまで量を食べれるものでもないのだけれど、前菜の代わりに数枚パリパリと味わうくらいなら、本当に絶品!!

 あとは普通のこの世界の料理なんかを入れてレパートリーを増やしてもらっている。

 グレルボアを使った料理はどれも大人気ね。

 今度トンカツでも作るの挑戦してみようかしら、きっとおいしいよね。

 パンは普通にあるから、パン粉はどうにかなるし、ソース、ソースか。やっぱりトンカツにはソースが必要だよね。

 どうやって作ればいいのかしら? 私にはまったくわからないなぁ。

 でも、この世界にも地球と結構似たような料理や調味料もあるからどうにかなりそうかな。


 私も一通り料理を食べて満足。どれも美味しい。

 最初こそ面食らっていたようだけど、一度やり方がわかれば従者として付き添ってきていた、聖歌隊や神官戦士、騎士団の方々も楽しんでくれているみたい。

 まあ、好きなものを好きなだけ食べれるバイキング形式だしね。

 それに、英雄の二人がいるので従者の方々もお行儀がいい。

 少しでも揉めようなら、お二人のほうから不穏な気が漂ってくるので聖歌隊と神官戦士との間で小さなイザコザすら起きていない。さすがにわかりやすく分かれて纏まって入るけど。

 宮廷料理とかコース料理みたいな方が良いかと思ってたけど、そんなの作れる料理人も時間もなかったから、バイキング形式にしたけど、まずますの成功かな。

 けど、部屋の隅で少し不穏な空気を見つけてしまった。エッタさんとアンリエッタさんが話しているだけだけどね。

 少し聞き耳を立てると、

「さすがにあの態度は……」とアンリエッタさんが言って、エッタさんが「スイマセン、申し訳ございません、お許しください……」と永遠と震えながら謝っている感じだ。

 ただアンリエッタさんのほうも「私に謝れと言っているわけではないんですけど……」と言った感じで、エッタさんはそれに対してまた謝罪を繰り返している。

 良くない、良くないよ! こういうのは良くない!

 私介入しちゃっていいかな? いいよね?

 私は二人の近くまですたすたと歩いて行って声をかけた。

「二人はどういった関係なの?」

「イナミ様、こんな素敵な会食を開いていただきありがとうございます。

 私とエッタの、いえ、ここではエッタさんは先輩ですね……」

 とアンリエッタさんがそういった瞬間、

「アンリエッタ様やめてください、私にさん付けなど……」

 と、飛び跳ねたように反応した。凄い必死の形相、いや、懇願するような悲痛の形相というべきか。

 アンリエッタさんはそれに対して困った表情を見せた。

「私とエッタは、親戚にあたる……」

 と言いかけたのをまたエッタさんが、

「いいえ、私はアンリエッタ様の使用人です」

 と、きっぱりと言い直した。

 それにまたアンリエッタさんはすごく困った顔をした。

 うーん、アンリエッタさんが引き金にはなってそうだけど、エッタさんがここまでおかしくなっているの原因はエッタさん自身にありそうなのかな?

「エッタさん、ちゃんと説明して?」

「は、はい、イナミ様。

 私の家は、アンリエッタ様のラウスハイゼル家、その分家で、末席の座を頂いて…… います。

 私の名前も…… アンリエッタ様の名前の一部を頂いた…… ものです」

 エッタさんはそういうが、アンリエッタさんは隠すようにして軽くため息をついた。

 困るというよりすでに辟易しているようだ。

「それは違うでしょう、そもそも、エッタのほうが先に生まれているし、私は無理やり名前を変えさせられたと聞いていますよ?」

「はい、アンリエッタ様のために、変えさせていただきました」

 その答えにアンリエッタさんは大きなため息をついた。

 私、というか仕えるべき精霊の前だけど、ため息をもう隠しきれていないようだ。

 うーん、なんだこれは。

 とりあえず今のエッタさんからは、まともな返答は返ってこなさそう、かな?

 完全に委縮して何かに怯えている感じで本人もなに言ってるか理解してないような?

 ただひたすらに自分を殺して、アンリエッタさんに慄きながらも仕えるために生きているような?

「エッタさん、慣れない給仕で疲れたでしょう、少し裏で休んでいて。

 アンリエッタさんは王都から来られたんですよね?

 王都のことも含め、少しお話を聞かせてください」

 とりあえず二人っきりにするのは良くなさそうなので、一旦引き離してみよう。

 そしてアンリエッタさんからまず話を聞こう。

「しかし、イナミ様……」

 珍しい、本当に珍しい。エッタさんが私に反論するようなことは今までなかった。

 私ために、私の指示を聞かないようなことはあったけど。

 今思うと、それも自分を犠牲にしても主人に仕えるっていう片鱗だったのかも?

 考えすぎかしら?

「エッタ、精霊様のご指示です、裏で休んできなさい」

 私の指示に反論しようとしたことに、アンリエッタさんが少なからず怒りをあらわにさせた。

 口調も表情も本当に厳しいものを見せた。

「はい……」

 と、下を向いてエッタさんは、うつむいた。

 そして普通は聞こえないほどの声で、謝罪の言葉を呪詛のように繰り返している。

 普段聡明なエッタさんからは想像もつかない様相だ。

 今はそっとしといた方が良さそう、これ以上私が構ってもエッタさんの立場を悪くするだけかもしれない。

 やっぱり私が介入するべき問題じゃないのかしら?

 私は適当に料理を取って、空いてるテーブルへとアンリエッタさんを案内した。

「あの、ちょっとエッタさんの様子がおかしいんだけど、どういうことなのか、アンリエッタさんは知ってるのよね?」

「はい、イナミ様、ご説明いたします。

 基本はエッタ、いえ、エッタさんの言った通りで、私が本家の人間で、エッタさんは分家の人間です。

 末席というのも、まあ、そうですね、本当のことです。エッタさんの祖父の代に、私も詳しくは知らないのですが何かをやらかしたらしくて。それは本来、分家自体のお家取り潰しになってもおかしくほどの事だったそうです。

 それを当時のラウスハイゼル家の当主である私の祖父が助けたそうなんです。

 それ以後、本家の人間に対し、必要以上に謙り卑屈になったと聞いています。

 エッタさんの親もあんな感じで、いえ、もっとひどいですね。本人達も貴族というよりは本家専属の使用人と言った感じ言い張っていて、本家に尽くすことが幸せと言わんばかりに。

 まあ、確かに下位の貴族を使用人として雇うこともあるにはありますが…… 分家といえどラウスハイゼル家に名を連ねています。それなりの大家なので私の使用人などになる必要はないはずなのですが。

 本人の希望あってというか、泣いて頼まれたので私の使用人として雇っていた時期があります」

「そ、そうなんだ」

 助けたお礼に強制したって感じでもなさそう?

 家自体が狂ってるって感じなのかな? うーん? 主従の盟約のような魔術?

 でも、エッタさんに変な魔術がかかってる様子もないしなぁ。

 何があったんだろう、でも、私が首を突っ込むことじゃないよね。もう半分突っ込んじゃったけど。

「以前、あまりにもエッタさんが卑屈というか、私を恐れるというか、あんまりにも恐る恐る接してくるので、彼女の家にそれとなしに言ってしまったことがあるんです。本当に失敗でした。

 次の日エッタさんは大怪我をしていて、さらに私を見ると地面に額を押し付けて謝り倒してきたんです。

 家で親に折檻というか教育といか、そういう名目で暴力を振るわれたと後から聞きました。

 それ以来、私もどう扱っていいものか…… 正直に言ってしまいますと、もう大勢が決している魔王大戦にエッタが駆り出されて、使用人を辞めてくれたことで、ほっとしたところもあるんです。

 私というか、本家に関わらない限り、エッタさんも普通にしていられるようでしたし……」

 なるほど、大体わかった。エッタさんはそういう風に育てられちゃった、ってことなのかしら。

 異常なまでに本家の人間に尽くすようにと?

 私の魔眼なら、その辺のトラウマ、トラウマではないか、洗脳って感じかな? その辺の歪んだ教育もなかった事にできるんだろうけど、うまく行かなかったときは廃人になってしまう可能性もあるしなぁ。

 エッタさんにおいそれと魔眼を使いたくはないっていうのも大きい。所詮は吸血鬼、魔物の力だもんね。この力には頼んないほうがいいよね。

「うーん、どうしたものなのかしらね」

 と私が悩んでいると、片手にワインの杯を持ったほろ酔いのミリルさんがやってきた。

 あー、やばい、ミリルさんお酒はいってるよ。上司がいるこの席で暴走しないといいんだけど。

「イナミ様、アンリエッタも、楽しんでおいでですか?」

「ミリル様!」

 とアンリエッタさんが目を輝かせて反応した。

 んー、これはアレかな。女子校とかでよくある、もてる先輩と後輩ってヤツなのかな?

 それは置いといて、とりあえずミリルさんは呂律がまだしっかししてるし、まだ大丈夫かな。

「アンリエッタ、次期エルドリア候補とはいえ、ここでは私の部下として配属されます、今は隊長と呼びなさい」

「はい、ミリル様!! いえ、ミリル隊長!!」

 やっぱりアンリエッタさんが目をキラキラさせてる。

 完全に恋する乙女の目だ。

 それより気になるのは、

「次期エルドリア?」

 って言葉よね。そういえば名を継ぐって言ってたっけ。

「はい、エルドリアという名は大巫女を継ぐと一緒に受け継ぐ名なのです、本来は地名なのですけどね。

 現在の大巫女様は、現役の巫女なので結婚もなされておらず、直系の後継ぎがいません。

 それで、魔術の才覚があるアンリエッタが次期エルドリア、大巫女の地位を継ぐ第一候補なのです」

 エルドリアさんやっぱりそうよね。匂いでわかっちゃうのよね、あの人も穢れなき乙女……

 まあ、実際の匂いじゃないんだろうけど、これも共感覚っていうやつなのかな。

 なんかそう感じるのよね。

 考えていることをそのまま口から出すとただの変態なので、まったく思ってもないことで返事をした。

「元は地名なのね」

「太古の昔、初めて精霊がこの地に降り立った場所の名が由来だそうですが、その場所は今もわかってはいません」

「ふーん、そうなんだ。

 あっ、そういえばミリルさんはエッタさんとアンリエッタさんが親戚なの知ってたの?」

 そういう逸話的な話も好きだけど、今はエッタさんの話が気になる。

「ええ、もちろんです。一応私も遠縁にはあたります。

 何代か前に政略結婚で血がつながったはずです」

 ミリルさんも貴族で、確か次女って言ってたっけ?

 政略結婚、やっぱり貴族とかそういう社会があると当たり前にあるのかしら?

「ミリル様、いえ、すいません、ミリル隊長のハイセンエム家とラウスハイゼル家は共に、古くより精霊神殿にゆかりのある貴族なのです」

 そのアンリエッタさんの説明にミリルさんは苦笑しつつ付け加えた。

「私はすでに継承権を破棄していますがね」

「そういえば先ほども言っていましたよね、ミリル様はお家を継がないんですか?」

 アンリエッタさんが心底不思議そうに聞き返してきた。

「隊長です、隊長と呼びなさい」

 ミリルさんは笑顔で注意しているが目は笑っていない。ただ私の視線に気づくとその笑顔は本物になった。

 そして、その視線は熱い視線となって私に送られてくる。少し酔ってるせいかミリルさんの自制がなんだか緩そうだ。

 いや、うん、ちょっと怖いんですけど。

「す、すいません」

 アンリエッタさんは素直に謝った。なにかに照れているのか顔を赤くしている。

「私の家には出来のいい兄と姉がいますからね。

 魔王が倒された今、下手に継承権を持っているとお家騒動に巻き込まれかねないですからね。

 私はそんな面倒事は嫌なので、継承権を廃棄して聖歌隊の一隊員として開拓村に行くことを希望していました。

 とはいってもまだ貴族という身分を捨てきれてないのですけれどもね」

「そうなんだ、貴族って大変なのね」

「それは、ミリルさ、いえ、ミリル隊長が魔王大戦で戦果を挙げたからですよ。

 あれだけ戦果をあげたのです、そのまま家に残っていればミリル隊長が家を継いだのでは?

 私聞きましたよ、最後まで勇敢に戦っていたって」

「いや、私はただ雑兵を相手にしていただけだよ、エルドリア様やグリエルマ様のように魔王と直接対峙した訳じゃないし、私がその場にいたら、ただの足手まといだったでしょうし」

「そんなことないです、ミリル隊長なら魔王相手にだって活躍なされたはずです!!」

 そう語るエンリエッタさんの顔は完全に恋する乙女だ。

 はっきりさせるべくもう聞いちゃったほうがいいよね?

「アンリエッタさんはミリルさんのことをずいぶんと慕っているのね?」

「はい!! 見習い時代の訓練校でミリルさ……、隊長は花形でしたし、皆、ミリル隊長のことを慕っていましたよ!」

 そう言ってアンリエッタさんは何かを思い出すようにうっとりとしてほほを赤く染めている。これ完全に恋する乙女的な奴だよね? アレだ女子校にいる同性に持てるタイプの先輩とそれに恋する後輩の女子的なアレで確定だ!!

 でも、ミリルさん、たしかに女子にもてそうだよね。身長高いしイケメンだし。ちょっと変な性格してるけど、根はまじめだしね。

「エッタさんも同じ訓練校に?」

「いえ、エッタは…… うーん、なんていいますか当時は魔王との戦時中なので、訓練校に行けるのは一握りの上流貴族だけでした。

 訓練校というのは名ばかりで実際には士官学校ですね。隊長格を育てるための育成機関です。

 私の隊で訓練校に行けたのは私、それとアンリエッタくらいです。

 他の者はほぼいきなり実戦でした、クロエとミャラルなんかは私より先に戦場にいましたしね。戦闘経験は私なんかよりも豊富なので何かと頼ってしまっています。イナミ様が来られるまでは本当に苦労を掛けてしまいました」

「ん? 戦争当時なら二人は、今のヴィラちゃんやパティちゃんくらいか、それよりも幼いんじゃないの?」

「あの二人は、その…… 戦争の孤児でしたので……

 魔術の才があったので、家族の仇を取るために聖歌隊へ自ら志願したと聞いています。

 当時は最終決戦も近く魔術が使えるなら誰でも駆り出される様相でしたし」

 うわー、やっぱり戦いは悲惨なのね。しかも相手が魔王なら滅ぼすか滅ぼされるかしかないだろうし。

 道理であの二人、なんか目が据わっているのよね。口数も他の人と比べて少ないし。

「エッタさんは聞いたから、シースさんは?」

「シースは元々は神殿図書館の司書だったので戦後の様子を記録として残すために私の隊に派遣されて、そのままって感じですね。

 二人とも立場上隊長補佐とかやらせていますが、クロエとミャラルには頭があがりません。魔物との戦い方はあの二人から教わりましたからね」

 シースさんは他の聖歌隊の子とはちょっと違ってる気はしてたけどやっぱり違うのね。精霊より魔物の生態に興味ありそうだし。

「ミリルさんは再生能力にかまけて、体で実戦で覚えていったんじゃない?」

 私は冗談のつもりで言ったんだけど、ミリルさんが一瞬真顔になった。

 ちょっとミリルさんの真顔は怖いんだけど。

「いえ、まあ、私の場合、即死じゃなければ魔力が残っていればどうにかなるので」

「たしかにミリルさんの能力も強力ですけど、あんまり過信しすぎるといつか痛い目見ますよ」

「はい、気を付けます」

 ミリルさんは再生能力の魔術を代々受け継いているらしいんだけど、かなり年季の入った魔術で優秀な再生能力であることは間違いない。そうなんだけれども、長い年月受け継いできたせいか、かなり複雑な構造してるのよね。

 正直、私からしたら複雑すぎて燃費があんまりよくない。即死以外平気と言っても魔力が切れたらそれで終わりだしね。過信しすぎは良くないと思う。

「エッタさん、なんか落ち込んでいるようだけど…… 大丈夫かな?」

 話がズレたし軌道修正だ。

 一応ミリルさんにも聞いておきたいのよね、アンリエッタさんが嘘を言ってるとは思えないけど。

「私と叔母様がいるからですね」

 けど、それに答えたのはアンリエッタさんだった。

 アンリエッタさんは特に悪びれる風ではないが、原因は私だとばかりに言い切った。

 それをフォローするようにミリルさんが続いた。

「うーん、エッタの家は、まあ、なんていうか、しつけが厳しいというか、厳しすぎるというか、ちょっとラウスハイゼル家の本家に対して卑屈になりすぎているところがあるので……」

 ミリルさんにしては歯切れが悪い。言いにくいことだったのかな。

 けどやっぱり家の問題なのね。

「私もエッタのことは以前から知ってはいましたが、王都にいたときより戦場にいたときのほうが生き生きしていましたからね。

 本当は戦争が終わって王都に帰らなくてはいけなかったところを、私が無理やりここに連れてきました。ラウスハイゼル本家と親しい私が言えばあの親達は喜んで首を縦に振りますので。

 他の家のことに口を出すことはあまりよくないのですが、あの家はエッタには毒です。

 それでもエッタはあの家の一人娘で大事な後継ぎなので、いつかはあの家へ帰らないといけないのです。

 それまでにここで精神的に成長してくれればと思っていたのですが、まだ駄目なようですね」

 うーん、これは私がどうこうできる問題じゃないか。

 私にできるのは、しいて言えば、アンリエッタさんとエッタさんを合わせないことくらい?

 それはそれで、問題があるような? 根本的な解決になってないし。

 ん? そうだ、たしか精霊都市って私が法律決めていいんだよね。

 根本的な問題は解決しないけど、多少はエッタさんの洗脳? 間違った教育? それの軽減できるかもしれない。

「ちょっとグリエルマさんに用ができたので、行ってきますね。二人とも食事を楽しんでいってね」

「はい、わかりました」

 ミリルさんはうなずいてくれたけど、ちょっと不安げに私を見ている。

 考えていることを見抜かれてはいないけれども、なにか感づかれたかもしれない?


 グリエルマさんはエルドリアさんと一番奥の席で食事をしていた。

 その前には武装こそしてないものの騎士の人が二人ほどしかめっ面で立っていた。食事もできないとは可哀そうな、後で差し入れでも入れてあげようかしら?

 私が近づくと、騎士達はそっと身を引いた。

 私は騎士さん達に軽く会釈をして、グリエルマさんとエルドリアさんのテーブルへと向かった。

「これはイナミ様、このような珍しい食事をありがとうございます」

 エルドリアさんが席を立ちあがり深々と頭を下げた。

 グリエルマさんもそれに続く。

「ああ、いいのいいの、席に座って」

「あの、イナミ様、私この料理がとても気に入ったのですが、これはどういうものなのでしょうか?」

 エルドリアさんは豚しゃぶモドキを気に入ってくれたようだ。

 さっぱりしてて美味しいもんね、味が濃厚しすぎて胸焼けしがちになるグレルボアの肉も、しゃぶしゃぶなら割と量もいける。

「たいしたものじゃないですよ、グレルボアを薄く切って、熱湯でしゃぶしゃぶしたものです」

 そう言って私は指を二本並べて下に向け、波を描くように動かせた。

 しゃぶしゃぶというと、なんかこう言った動きをしたくなる。

「しゃぶしゃぶですか? それだけなのですか? このソースがとてもよく合います。これは…… 胡麻でしょうか?」

「ええ、胡麻をすりつぶしてお酢や塩などを加えて味を調えたものですね、手軽な割には美味しいですよね」

「ええ、とっても。湯通ししてあるせいか、しつこくなく、いくらでも食べれてしまいます」

 本当に気に入ってくれてるみたい。よかった。

 さっき話していた時とは違ってなんか親しみやすいような。

 こっちが本来のエルドリアさんなのかしら。

「気に入っていただけて良かったです」

「この料理は、その……」

 大ぴらに聞くこともできないけど、きっと私が元居た世界の料理かってことよね。

「ええ、そうですね、あちらの世界の料理の一つです」

「そうなのですね、これは大変美味ですね。

 でも、これなら王都へ帰っても作れるかしらね」

 まあ、ここまで美味しいのはグレルボアのお味が優れているっていうだけなんだけどね。

「これは先に湯通ししちゃったものですが、この料理本来は自分でお肉を火にかけた鍋で湯通し、つまりはしゃぶしゃぶして食べるんですよ」

「生肉からですか?」

 その言葉にエルドリアさんは少し驚いたようだ。

 ああ、そうか豚肉、これはイノシシ肉だけど、生で出すのはこの世界でも怖いのかしら。豚さんでも寄生虫やらなんやらいるっていうよね。イノシシならなおさらだよね。

「ええ、向こうの世界はかなり衛生管理が行き届いていましたので。

 もしやられる場合は、よく熱を通すことをお勧めいたします。よろしければ後でレシピを持ってこさせます」

「ええ、是非にでもお願いしたいです」

 グリエルマさんは、私とエルドリアさんのやり取りを見ながら、ポテチをフォークに器用に乗せて食べていた。

 料理として出してるし、手ではさすがに食べないよね。そもそもグリエルマさんは貴族なんだし。

 お箸があればいいんだけど、そんなものもないし。そもそもお箸なんか皆は逆に使えないか。

 でも、気に入ってくれてるみたいね、というか、止まらないみたね。一枚口に入れてはしっかりと味わい、しばらくして、また一枚とお口に消えていく。

 たしかにポテチって一度食べだすと止まらないよね。

「ところでちょっと質問があるんですけど、いいですか?」

「はい、もちろんです」

 エルドリアさんが答え、グリエルマさんも無言でうなずいた。

 グリエルマさんが無言でうなずいたのは口にポテチが残ってるせいかな?

「精霊都市ということで私がある程度法律決めていいのですよね?」

「もちろんです、いかなる法も、とは言えませんが……」

 そう答えたのはグリエルマさんだ。口元をナプキンで抑えながら答えてくれた。

 ちょっと不安そうな顔をしているところを見ると、なんか察しているのかもしれない。

「例えば、そうですね、イナミ領だけは貴族とか平民とか、そういったものの身分差をなくすとかできます?」

 エルドリアさんとグリエルマさんの動きが止まった。

 エルドリアさんは表情は変わらないけど、ほほをゆっくりと汗が滴っていくのが見て取れた。

 グリエルマさんは、なんていうか、目を点にして表情がなかった。

 あれ、やっぱりダメか。

 直後グリエルマさんが、テーブルの下で何か、魔術的ななにかを起動した。

 この術は…… 私の内緒話の術に似ている?

 私の術は部屋という場所に対して行使するけど、グリエルマさんが今使った術は、この付近の空間にかけているようだ。

 私の術より使い勝手が良さそう。

「この術は?」

「ふふ、どうです、イナミ様。便利そうなので、わたくしも頑張って似たものを覚えてみたのですが」

 グリエルマさんは、いたずらぽく笑って見せた。

「さすが! 数度見せただけなのに。私のより格段に便利そう!」

 私が素直に感想を言うと、グリエルマさんは今度は少しばつの悪そうな顔をした。

「いえ、実はアレク様から教わった別の魔術なのですよ、覚えるきっかけは、さきほどのものですけどね。

 魔術の発動には魔術具を使い発動を気取らせないようにしてあるんですが、気づかれてしまいましたね、さすがです。

 この術の効果は話し声を聞こえなくするだけなので、お気をつけてください」

「なるほどー、今度詳しく教えてください!」

「教えるも何も、イナミ様なら即興でこの程度の魔術を作れてしまうではないですか」

 グリエルマさんは少し呆れたように答えた。

 実際にこの世界で新しい魔術を作るとなると、短くても数年がかりで行うものらしい。

 さらにそこから、試行錯誤し、手探りで改良し形を整えていき使えるものにする。

 そういった苦労の末完成させる。

 その試行錯誤の軌跡を記したものこそが俗にいうところの魔術書なのだ。

 魔術の構文も私のように見える人などいなく、基本魔術の構築は長年の経験と勘で行わなければ行けない。

 魔術書を何度も読み、頭の中にどういった手順を行うかを完全に畳み込む。

 そうやって記憶した魔術も何度も実際に行使して、体に覚えさせることで初めて実戦レベルで使えるものになる。

 そりゃ魔術の書き換えなんて不可能に近いよね。

 目にも見えない、感じれもしない、そんなものを感覚と経験だけで使ってるんだから。

 私にはそっちの方が凄いと思えるよ。

「で、ええっと、何ておっしゃられました? イナミ様?」

 笑顔だけど、グリエルマさんの顔は張り付いた笑いになっている。もちろん目は微塵も笑ってない。

「ええ、だから、貴族とかの身分をなくすようにはできないのかなって?」

「できなくはないですが、理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

 そう言ったのはエルドリアさんだ。

「え、えーと、エッタさんがなんかかわいそうで?」

 隠しても仕方がないので正直に言ってみた。

 エルドリアさんが、ため息をついた。たぶん安堵のほうだと思う。

「理由はわかりました。

 我が家の分家との問題に巻き込んでしまい誠に申し訳ございません。ですが、さすがにそれだけを理由にと言われますと……

 それに余計こじれてしまう可能性もあります、ご一考いただけはしませんか?」

 一理ある。どこまで卑屈なのかはわからないけど、私が話を聞いた限りではそれもあり得るよね。

「それにさすがにその理由では、賛同を得られるのは難しいかと、それでもイナミ様が強く望めば通せないこともないですが」

 グリエルマさんも、遠回しにやめてって言われてるよね、これ。

 そっか、やっぱりダメか、と思っていると、急にグリエルマさんが考えこみ、少し間をおいてから。

「いえ、先ほどの言葉は撤回いたします。

 これはこれでいいのかもしれません」

 と、言い出した。

「グリエルマ、何を言っているのですか」

 これにはエルドリアさんも驚いたらしく、珍しく目を丸くしてグリエルマさんを見ている。

「これは貴族だけでなく、宗教間のしがらみを一気に断ち切ることができるのでは?」

 グリエルマさんは少し意地悪そうな笑顔を見せてそういった。

「ああ、なるほど貴族の身分差だけでなく神殿や教会での立場もなにもかも全部無効にと?」

 そう言ってエルドリアさんもしばらく考え込んだ。

 あれ? あれれ? なんか凄いことになってない?

 いや、でも、そうか、貴族の身分差をなくすってこと自体が結構な大事だよね、やっぱり私、考えなしだなぁ。

 私はただ分家とか本家とかそういうのなくしちゃえば、なあなあにならないかな、と思っただけだったんだけど。

「はい」

「けれど、そううまく行くでしょうか?」

 頭の中で考えをまとめ終わったエルドリアさんは懐疑的だ。まあ、そりゃそうだよね。

「少なくとも大神官様が直接乗り込んでくるようなことは防げるかと思います。

 正直、わたくしでは大神官様に太刀打ちできるとは思えないので」

 その言葉に、少し考えるぞぶりだけ見せてエルドリアさんは答えた。

 恐らくもう答えは最初からでていただろうけど。

「たしかに、それは防げるでしょうけど。

 まあ、私があんまり干渉しても大神官の爺と変わらなくなってしまうので、ここはあなたに任せます」

 最終的にはグリエルマを認めたのかな、なんだかんだで信頼されてるのね。

 共に魔王を倒した仲間なことは事実だものね。

「ええ、教会の人間の私が言うのもなんですが、今の教会には不審しかないです。

 今回の呼び出しも不当な物でしたし。

 しかもイナミ様は神の魂を宿していらっしゃります。

 それを考えれば教会側が強行してくる可能性もあるので、それを防ぐには良い方法なのではないかと」

「あの爺なら確かにやりかねませんけども。

 大戦では大教会に引きこもっていたくせに、教会の権力を取り戻すことだけには躍起になっていますからね」

 エルドリアさんも心配そうに頷いた。

 そういえば今は神様この世界にいないんだっけ?

 だとしたら神の魂を持つ私を、教会側は喉から手が出るほど欲しいってのはそうかもしれない?

「それに恐らくアレク様なら、こちら側についてくれるはずです」

 グリエルマさんが自信をもってそう言った。

「それも、そうですね。

 あの方なら今の教会よりはこちら側、というかイナミ様についてくださるでしょう」

 エルドリアさんも同意のようだ。

 アレクシスさんが味方なら心強いよね。ぶっちゃけ神殿と教会が崇める存在双方の子供なんだから、その発言力は絶大だよね。

「イナミ様、申し訳ないのですが、この件もアレク様が帰ってきてからでも、この返答はいいでしょうか」

「え、ええ、というか、さっきのは例えばだからね? 貴族の位とかそういうのをなくせば、エッタさんも多少は普通にふるまえるのかとって思っただけだから」

「いえ、しかし存外いい策かもしれないので。

 実は、どうにかして教会の影響力からこの領を守るか、エルドリア様とも相談していたところでもあったので」

「策?」

「案、案ですね、案です!!」

 グリエルマさんがそう言いなおした。

 あれ、私勝手に、グリエルマさんは嘘を付けないって思ってたけど、そうでもないのかな?

 今のはただの言い間違いってだけかもしれないけど。

「それとイナミ様のいた世界のお話もお伺いしたいのですか?」

 私の世界の話かぁ……

 確かに私自身に関する記憶は消されちゃってるけど、世界自体の知識とか一般常識とかはまだちゃんと覚えてるし、答えられはするけど。

「どういったことを? 私、なんていうか、むこうの世界でも割と無知だったからね?」

「そうですね、法とか統治の方法とか、稀人様の世界なら、なにか参考にできるものがあると思うので」

 グリエルマさんは顎に指を当て、考えながらそう言った。

 美人さんがそういう仕草すると絵になるなぁ。ああ、今の私の姿なら私も絵になるかもしれない。なんせ見た目はすんごい美少女だもの! 中身はポンコツだけど。

「統治、統治ねぇ、うーん、三権分立とかかな? たしか、立法、行政、司法を分けるんだっけ?」

「自ら権力を分散すると?」

 エルドリアさんが少し不可解そうにしている。

「そうじゃなくて、お互いに監視し合って暴走を抑制するとかそんな目的だったはず?」

「なるほど、公平性を優先させているのですね。我々の世界とは情勢がだいぶ違うのでしょう、さすがは神々の世界です」

「でも、この世界がどんな風になりたってるかまだよくわからないけど、精霊とか神とか宗教の存在が大きんでしょう?

 そううまく行くのかしら?」

「そうですね、そう簡単にはいかないでしょうが。

 しかし、分けて監視し合う点なら、やはり三つは理想的ですね。

 ありがとうございます、これだけでも参考になります。また後日にでもお話を伺いたいと思います。

 もうそろそろ魔法具に込められていた魔力が切れますので、今日のところはこれくらいでお願いいたします」

 あんなんで本当に参考になったのかしら?

 と言っても政治のことなんて私にはわからないよ。

「はい」

 そうこうしている間に、グリエルマさんの張った結界の魔術が解かれた。

 魔術具とやらにため込んでいた魔力が切れたのだろう。


 私がエルドリアさんとグリエルマさんに相談しに行っている間に会食は終わっていた。というか食材が先に尽きてしまった。

 料理がなければそれはもう会食ではない。泣く泣くお開きとなった。

 バイキング形式と従者さん達の食欲を甘く見ていた。

 うちの食糧庫がほぼ空になったらしいので、明日から少し質素な食事になるかもしれない。

 覚悟しておかなくちゃ、ちょっと見え張りすぎたかな?

 まあ、私は特に食事をとる必要もないのだけれど。

 完全に味を楽しむための趣味って感じ。

 なんていうのかな、おなかはすくことがあっても飢餓感まで感じることはない。

 ついでに血は今のところほぼ毎日貰っているので、血をもらわなかった時どうなるかはわからない。


 その後、グリエルマさんの領主就任、ちがう、一応、私が領主就任からのグリエルマさんの代理領主、ということで職人ギルドの親方ことオーヴァルさんを呼び出して、領主の館の設計を頼んだ。

 はじめはまだまだ土地はいっぱいあるので、台地の麓にお城でもって話だったけど、館くらいでいいとのグリエルマさんの要望があり、台地の麓に館を作ることになった。

 多少畑なんかは移設しないといけないけど、概問題はない。

 表向きの領主は私で、実質の領主はグリエルマさんがやるわけだし、なにかと近いほうがいいしね。

 というか直通のエレベーター、いや、エスカレーター? うーん、自動で登る動く床? それともゴンドラっていうのがいいのかな? それはさすがに違うか。

 台地の斜面部分を昇り降りする小部屋的な物、というものを実装してもらう予定。

 斜面部分にレールを敷いてそれをゴーレムで動力を生み出しての部屋ごと昇り降りしてもらうというものだ。

 実は少し前から用意をしてもらっていて、一応模型サイズではうまく行っている。実寸大にしてもちゃんと動いてくれればいいけど。

 うまく行ったら一般客用にもう一セット作ってもいいかもね。あの階段は長すぎるよね。

 作業するのは奪ってきた作業用ゴーレム君達だし、労働力を考えなくていいのは楽だ。

 作業用ゴーレムも数は増えた。

 他の魔女の拠点だった場所から、強奪…… じゃなくて、接収してきて、その数もずいぶん増えている。まあ、居れば居るだけ需要はあるんだけどさ、あの子達。

 建材費は…… ど、どうにかなってくれるはず!

 町の財政って、今どうなってるんだろう?

 潤ってないはずはないよね?

 金属類は今は買い付けているはずだけど、買わずに用意できるようにしとけば、いいのかな?

 鉱山的な物を探すのもありかしら? この辺山も多いから探せばあるんじゃないかな? いくらなんでも素人考えかしら? でも鉱山っていうからには山にあるのよね? あれ? 違う?

 木材は、まあ、この辺一体が深い森ばっかりだから、しばらくは困ることはないかな。

 でもその木材が建築に使えるかどうかは別問題なのかな?

 あとで金属関係、あと一応木材もか、イシュにそういった場所に心当たりがないか聞いておこうっと。


 日が落ちてからグリエルマさんが独り私を訪ねてきた。

 何かと思ったけど、忘れてた。血を吸ってあげないと。

 いや、違う違う、血を吸うことで呪いを吸い出してあげないと。

 グリエルマさんが跪いて首筋を露にする。

 相変わらず綺麗なお肌なこと。

 そして甘い良い匂いがたまらない。

「それじゃあ、いただきます」

「はい……」

 かぷりと首筋に噛みつく。

 上品で濃厚な旨味。やっぱりこの人の血は格別に美味しい。

 グリエルマさんが身をよじり、しまいには私に抱き着いてくる。

 その口から何とも甘美な喘ぎ声すら聞こえてくる。

 うーん、えっちぃ。私が女じゃなかったらどうなっちゃってたことか。

 グリエルマさんの血は確かに美味しいけど、すぐに雑味、いや、えぐみといった物が口に広がってくる。

 血と共に吸い出した呪いの一部だ。

 その部分は、飲み込まずに口にとどめておいて、ある程度のところで名残惜しいけど、その綺麗な首筋から口を離した。

 首筋についた噛み傷はすぐに治っていき傷跡になることはない。これも吸血鬼の特性だそうだ。

 用意しておいた呪いの離隔処理した宝石に息とともに吹き込んだ。

 私の目には黒い塊が確かに見えるのだけれど、私以外にはそれは何も見えない。ただ穢れの塊としては感じ取れるらしいけど。

 一か月半ぶりくらいの呪いのサンプルだ。

 目に意識を集中させて呪いの内部を探るが、呪いの根幹の一部といえ吸い出せるのは末端なので大したことは分からない。

 やっぱり前に吸い出した呪いと大差ないようだ。

 これなら今日取り出した分は処分してしまってもいいかもしれない。

 私は意識を集中し仮組しておいた魔術を起動させる。

 用意しておいた離隔した呪いを消去させる魔術だ。

 白く強い光を放ち宝石の内部に離隔された呪いは消滅した。

「よし、成功した」

「今、穢れが消えました?」

 力なくソファーに倒れこんでいるグリエルマさんでも呪いの一部を消せたことに驚きを隠せなかったのか起き上がった。

「うん、大量の魔力で無理やり押しつぶす感じで消すこと自体は可能みたいね。

 これも一つの成果と言えなくはないけど」

「それなら……」

 そういうグリエルマさんの表情はいつになく希望に満ち溢れていた。

「グリエルマさんに、人に向けてはダメだよ。魂そのものを吹き飛ばしちゃうくらい魔力を込めないといけないの。

 大量の魔力を高圧縮するようなものだから……」

 そう言って離隔していた宝石だったものを持っていた掌を見せた。

 そこには白い粉のようなものだけが残っているだけだった。宝石の跡形もない。

「こうなっちゃう」

 グリエルマさんはそれを見て落ち込むかと思ったけど、

「でも、イナミ様ならいつかこの呪いをどうにかしていただけると今ので確信しました」

 そう言ってくれた。

 まあ、期待してくれるのはいいけど、できるかしら? 私に。

 実際、今の魔術を人に使おうものなら跡形も残らないほど凶悪な物だ。攻撃魔法として十二分に機能できるものだ。

 破壊が目的はないので魔力効率は悪いんだけどね。

「そういえばお昼には聞きそびれたけどアレクシスさんはいつ頃こちらに来れそうなのです?」

 血をそれなりに吸われて、いや、血を吸われたことにより押し寄せてきた快楽の余韻に浸るようにソファーで身をよじらせながらもエルグリマさんは答えてくれる。

「あの様子だとどうでしょうか、王と大神官様に捕まっていますし、助け船をだせるエルドリア様は今ここにいますかね、もうしばらく先になるかと。

 まあ、言ってしまうと絶対的な権力の中心人物ですからね、平時では何かと身動きのできない方なのです」

 少しけだるそうだけど、しっかりとした口調でグリエルマさんは言ってくれた。けどそれだけに、ソファーでけだるそうにしているのを見るとなんだか逆に色っぽい。

 大人の魅力ってやつなのかな。なんかこう色香がプンプンと漂っている。

「そうなんだ、勇者さんも大変だなぁ」

 と、他人事のように私はつぶやいた。


 それから数日、エルドリアさんとグリエルマさんとの会議、会議、会議の日が続いた。

 新しい領地を作るということは決めなければいけないことが山ほどあるらしい。

 日によってはエルドリアさんやグリエルマさんの従者、それに騎士団の人たち、ディラノさん、オーヴァルさんなどを交えて会議だ。

 うんざりするほど毎日一日中会議だ。ついでに私はほぼ居るだけで、たまに聞かれたことを答えるだけだ。

 私居なくていいよね。会議はもう嫌だよ。

 あの張り詰めた空気の中、何もすることもなく、ずーと椅子に座っていないといけないのはつらい。

 なんか全員超まじめに話し合っているから、私だけだれることもできないのよね。


 そんなわけで私は決行した。

 イシュに相談して聞き出した話で、金属、主に鉄、と、木材、いや、木材と言っていいのかわからないけど、でも一応、木材なのかな。

 それがいっぺんに取れるというアイアンウッドの植林場なるものがあるらしい。

 アイアンウッド。

 確かに地球にもそう呼ばれる木がある。私が何で知ってるかというと、私がやってたゲームの素材でそんなものがあったから、気になって調べてみたんだよね。

 でも、まあ、なんだかんだ言って実際の地球にあったアイアンウッドは普通の木だ。別に鉄でできているわけじゃない。

 ゲーム内のはさすがに違うかもだけど。実際にあったのは木なのだ。

 でも、こっちの世界のアイアンウッドは、本当に鉄でできている。さすが精霊と魔術の異世界! ゲーム内のアイテムにも負けず劣らずファンタジーだ!

 正確には成長する過程で地中の砂鉄を吸収し、鉄分をふんだんに含んだ大樹となる木らしい。

 アイアンウッド自体が強い魔力を持つ木で、その魔力にさらされている鉄は魔力を含んだ良質な鉄になり、しかもとても錆びにくいとか。

 それと、このアイアンウッド、砂鉄さえあれば成長も早いとかそんな話である。

 新しい収入源、金の匂い、い、いや、新しい特産品の匂いがプンプンする。

 その植林場がある場所もゴーレムがいるらしいので一石二鳥だ。この場合は鉄、木材、ゴーレムの一石三鳥かな。

 まあ、いや、アイアンウッドが木材として使えるかどうか私は知らないんだけどね。実際に職人ギルドの人に現物を見せてみて判断してもらうしかない。

 そんなわけで、エルドリアさんとグリエルマさんを残して私は早速捜索へ。

 もちろん、二人には私が出かけることは言ってない。

 会議はもう嫌なのだ。

 そのかわり、人身御供ってわけじゃないけど、イシュを私に化けさせて置いてきた。

 聞かれたらちゃんと正体をばらして全部正直話していいよ、って言ってあるから、問題はないはず。ないよね?

 多分距離的に念話の術の、ギリギリ範囲内のはず…… なので、連絡も取れると思うのよね。

 さすがに聖歌隊の子達にまで黙って出ていくわけにもいかないので、連れていくというか、ついてくるんだけどね。

 今回のメンバーは、私、ミリルさん、アンリエッタさん、ミャラルさん、クロエさんの五人。

 エッタさんはなんだかんだであの後精神的にまいってしまったらしく、アンリエッタさんとエルドリアさんがいる修道院にいるよりは心安らぐかと思って、今は町のほうの診療所で休んでもらっている。

 ラウスハイゼル家の本家の人間と引き離すとやっぱり安定して落ち着きはするみたいなのよね。

 けど大丈夫かしら? こっちの問題もどうにかしてあげないとなぁ、でも私にできることあるのかしら。

 ついでに、この子達にも会議をさぼってお出かけすることは説明していない。

 大丈夫よ、安心して! 怒られるときは私が矢面に立つから!!

 今日、今日だけは会議はもう嫌なの!

 職人ギルドの人達は今回呼んでない、というか、最近は安全を確保した上で、その攻略済みの拠点へと職人ギルドの人を、後から派遣していくのが通例になりつつある。

 それとは別に職人ギルドの親方であるオーヴァルさんは、割と好奇心というか趣味というか、知識欲的なもので個人的に同行したがる。

 まあ、今回は領主の館の設計に入ってもらっていて、しばらくは缶詰状態なので同行はしていない。

 アイアンウッドのことを話したら、興味津々で羨ましがってたけど。

 お土産持ってきてあげるから仕事しててね。私はさぼるんだけど!


 アイアンウッドの植林場までの移動は戦闘用ゴーレム君に馬車を引かせていく。

 作業用ゴーレムと違って繊細な動きは苦手なので、馬車はひどく揺れるけど仕方がない。

 その分護衛としては最適だ。結構大きいので狭い場所にははいれないけどね。

 大型の荷馬車を引かせるから、見た目はスケール感が壊れた人力車みたいな感じになってる。

 この馬車は一応新造された最新型の荷馬車なんだけど、馬車は馬車なのよね。

 ようはゴーレムが引くようには作られてないってこと。

 ましてや巨人と言っても差支えもない戦闘用ゴーレムが引いていくような構造にはなってない。

 何が言いたいかというと、先ほども言っていた通りアホかってくらい揺れるってこと。

 私が初めて乗った馬車とは比べ物にならないほど揺れる。

 もちろんそんな中で喋ろうものなら、舌を噛むくらいでは済まされない。

 それでも私はもう慣れた。

 作業用ゴーレムを強奪に、いえ、捕獲に行くときは大体この人力車ならぬゴーレム力車だから。

 元からいた聖歌隊の子達はすぐ慣れた。私より、精霊で吸血鬼の私より早く慣れてる気がする。あの子ら運動神経が私とは違うんだ!

 ミリルさん曰く、馬の種類によっては似たような感じにはなるので、慣れているのかもしれません、とのこと。

 それほんとか、と思うくらいこのゴーレム力車は揺れけど。

 でもなんだかんだで結構なれるもので私は馬車にしがみついていれば意外とどうにかなってる。人間とはそもそも出せる力が違うしね。本気で馬車にしがみつけば私でもどうにかなる。力を籠めすぎると馬車を壊しちゃうけど。

 問題は、アンリエッタさんだ。

 彼女、実は訓練校という名の士官学校には通ってはいたものの、箱入り娘同然に育てられており、王都からこれほど離れた地に来たのはこれが初めてだったとか。

 そんな人が、この人力車もどきの荒れ狂う馬車に乗ったらどうなるのか、想像に難くない。

 魔術でどうにかしようとと考えたんだけど、不規則な揺れを緩和するのは意外と難しく実用段階まで術を完成できていない。

 まあ、難しいのは事実だけど、真面目に作ってはいないってのが本音かな。

 ちょっとこの移動方法がジェットコースター的な感覚で、好きになり始めている自分が居たりするので。

 それに人を巻き込むのはいささか悪い気もするけど。

 私もね、悪いと思ったんだ。

 だからさ、アンリエッタさんをミリルさんの膝上に座ってミリルさんに支えて貰うようにしてもらったんだ。

 ミリルさんは、あんまり部下を甘やかさないでください、って言ってたけど従ってくれた。

 エンリエッタさんは顔を真っ赤にさせて照れてて可愛かった。

 それくらいで特に何事もなくアイアンウッドの植林場にたどり着いた。


 アイアンウッドの植林場は、採石場の東側、イナミの町からは南東らへんの荒れ地のど真ん中だ。

 植林場なのに荒れ地と思うかもしれないけど、アイアンウッドは砂地などに生える木で、本来は砂漠や荒れ地といったそんな土地に生えている木らしい。

 砂鉄を吸収して成長するっていうなら、そうなるんだろうけど。

 砂漠に生えるってことは水もそんなに必要ないのかな?

 そんなわけで着いたアイアンウッドの植林場はなんて言ったらいいのか、あんまりファンタジーな雰囲気がない、近代的とも少し違う、ある意味工業的とでもいうんだろうか。

 なんというか効率重視な作りになっていた。

 碁盤のようにマス目で区分けされていて、マス目が二個、そして屋根付きの通路、またマス目が二個で屋根付きの通路、とそれが縦横と規則正しく並んでいた。それはかなり遠くまであるようだ。

 マス目の中には黒い砂がまかれている。そしてそこから黒い大きな、ブナの木のような木が生えている。

 シルエット的には普通の木だ、ただ色が全体的に黒いせいが威圧感がある。

 アイアンウッドは聞いていた通り、木自体が強い魔力を帯びている。

 葉は黒く光沢があり、反射した光が若干七色に見える。そして風が吹くたびに、ドス、ドスッと音を立てて葉が舞いもせずに落ち、砂地に突き刺さってる。

 なるほど、通路が屋根付きなのは、この葉から身を守るためか。

 通路の屋根も柱も黒い。触ると冷たい金属でできているようだった、また木目があることから、これがアイアンウッドなんだと予想が付いた。

 柱や木材にされてもその魔力は失われてはいないようで、魔力を感じることができる。

 また雨ざらしにされているはずなのに、錆びていることもなさそうだ。

「これがアイアンウッドね、本当に鉄の木ね」

「こちらの屋根もアイアンウッドで作られているようですね。

 これは葉除けのために作られているのか?

 あの落ちてくる葉にでも当たったら大怪我しますよ、イナミ様お気を付けを」

 あの葉が直撃しても吸血鬼のこの肉体ならたいしたことにはならないけど、痛そうは痛そうなのであえて当たりはしない。

 近くに落ちて、いや、砂地に突き刺さっている葉を一枚拾い上げた。

 黒く重い。葉の艶が、鉄というよりは黒曜石を思わせる。

 太陽にかざすと、淡く虹色の反射する光が見て取れる。それと同時に微弱ではあるが葉から魔力が溢れてくる。

 これは光合成で魔力を作ってるのかしら?

 だとしたら凄い木だけど。

 これを使えば太陽光で永久機関が作れるんじゃないかしら? こういう場合は永久機関って言わないんだっけ? じゃあ、太陽光発電? いや、太陽光発魔?

 その辺のことを深く調べるのは落ち着いてからでいいかな。

 それはそれとして、アンティルローデさんの拠点にしては作業用ゴーレムなりなんなりが、襲ってきてもいいころ合いだけど、一向に現れない。

「作業用ゴーレム来ないね。私も一応魔力で知覚を伸ばしてるけど、気を抜かないでね」

「はい」

 徐々に魔力で知覚できる範囲を広げていくが一向にアイアンウッド以外発見できない。

 というか、ここで魔力を触手のように伸ばすのが妙に重い。

 何か阻害されている感じがする。それでも私が意識を集中し圧をかけるようにすると魔力の触手をいつものように動かせないことはないけど。

 その割にはずーとマス目上の植林場が続いているだけだ。

 ゴーレムはおろか、そのほかの生物、虫すら見つからない。

 まあ、餌になるような物もないからか。鉄の木じゃ虫も寄り付かないだろうし。

 恐らくこの中央付近にであろう場所に、大きなアイアンウッドの大樹があり小屋もある。が、それ以外目立ったものは何もなかった。

 どうもそこゴーレムもまとまっているらしい、しかも稼働もしていないようだ。

「んー、ここのゴーレム動いてないかも? 中央付近に小屋があるんだけどそこにまとまっているみたい?」

 さらに詳しく調べようとしていると、私の伸ばした魔力が変なものををとらえる。

 なんだこれは。

 まず存在が希薄である。続いて人型で浮いている。また微弱ではあるが魔力がある。

 何が一番近いかと言われれば、私が知っている中では小精霊という存在だ。また穢れや邪気、そういった悪いものは感じれない。

 小精霊というのは精霊の幼体ともいえるもので、感情があったりなかったり、知恵もあったりなかったりもする。

 普通に話せるものもいれば、本能だけで生きているようなものもいる、ようは千差万別だ。

 ただ実体は完全になく精霊であってしてもその姿を見ることはできない。ないものは見れないのだ。

 ちゃんとした精霊になるには一度精霊界へと戻り精霊の器となる肉体を得ないといけない。

 私が今感じ取った謎の物体との小精霊との違いは、実体があるかないかくらいだ。

 今感じ取った謎の物体は実体は希薄ではあるが一応肉体らしきものがあるようなのだ。

 新手の魔物? にしては、実態が希薄すぎるし、そもそも魔力も微弱なほどしかない。

「んー、なんだろうこれ。変なものが中央付近にいるけど」

「魔物ですか?」

 ミリルさんが聞いてくるが、正直なんて言っていいか私にもわからない。

「敵意は感じない、穢れや邪気も。魔物ではないと思うんだけど、なんだろうこれ?

 そもそも動いてもないみたい。微動だもしないで空中に浮いてるのかな、コレ。

 なんかね、人型で希薄な存在が浮いてるのよ?」

「小精霊では? いえ、そうですね、そもそも小精霊では人型とは認識できないですよね。

 シースでも連れてくればよかったですね」

 ミリルさんも考えこみはするが答えはでないようだ。

「幽霊とかですか?」

 アンリエッタさんが誰とになく聞くが答えれるものは誰もいない。

 ついでにクロエさんとミャラルさんは無言で周囲を警戒していて、そもそも会話には入ってこない。

 基本この二人は話しかけても最低限の返事しかしない。無口なのだ。

 この二人ともいつか普通におしゃべりしてみたいな。

「一応魔力は持ってそうだけど、大した力ではないみたいだけど」

「イナミ様のたいした力がないは、あんまりあてにならないですよ」

 そういってミリルさんはおどけて見せた。

 ミリルさんは公式の場だとちゃんと従者を演じてくれるけど、人の目がない場所では割とこんな感じで接してくれる。

 まあ、私がそう望んでいるのを汲んでくれているだけの可能性もあるけど。

「えぇ…… んじゃ、一応イシュに聞いてみるから待ってて」

(おーい、イシュ聞こえる?)

(は…… 我…… い…… なさ……)

 念話でイシュに話しかけると返事は返ってくるものの、うまく聞き取れない。

「げ、念話の魔術の範囲外だ。一応繋がりはするけど何言ってるかまでわからないや。

 仕方がない、直接に確かめにいくか」




 我は鏡の妖魔にして、我が主の第一の下僕イシュヤーデ。

 先ほど主よりなにやら連絡がきたのだが、念話の範囲外からのようでうまく聞き取れない。

 ここは、はせ参じるべきであろう。

 我は席を立ち、外へと向かう。

 それを二人の人間が制した。

「どこへ行こうと?」

 魔王殿を倒したという英雄と呼ばれる二人の人間の女だ。

 魔王殿を倒したと言っても、この者達はアレクシス様のおまけのようなものだ。

 いや、まて。こちらの精霊神殿の巫女のほうは、確かこの地へと攻め入ってきた者の一人で、アンティルローデの屋敷を吹き飛ばした本人ではないか。

 あの時の魔力は人としては称賛に値するものだったが、今はその半分も感じられない。人間の老いというものにしてもこの減衰は不自然だ、何か理由があり魔力の大半を失ったか。

 まあ、我には関係ないことだ。

「我が主から連絡がきたが、うまく聞き取れない、主の元へは急ごうと思うのだが」

 正直に話せと命を受けているので正直に話した。

「イナミ様から? ええっとアイアンウッドの植林場へ行っているのですよね?」

 教会の聖女のほうが確認を取ってきた。

「そう申された」

 我はそれに正直に答えた。

 正直に言って今は早く主の元へ行きたい。だが、この者達は主の友人のようにも思える。

 無下にすることはできない。それにこの者達を助けられることがあれば助けるようにとも命を受けている。

「そこに危険はないと言ったのはあなたでは?」

 今度は神殿の巫女か。次から次へと面倒な。

「イナミ様に害をなせるものなど、我を含めこの辺りには存在しない」

 もしいるとすれば、それはこの地下の神殿に封印されているかもしれない魔神であるグレル殿だ。

 が、正直グレル殿でも今のイナミ様には遠く及ばないだろう。

 イナミ様の魔力はまさに常軌を逸脱している。それは力ある者に仕えるようにと堕とされた我にとって、イナミ様に仕えることは計り知れないほど甘美なることだ。

 その上、我が精霊に戻る手助けまでしていただいている。前の主人であるアンティルローデとはえらい違いだ。

「いえ、質問を変えます、その植林場に敵性となるものは?」

「ゴーレムの類がいたはずだ。戦闘用ゴーレムなどはいなく、いるのは作業用だけだ」

 我はアンティルローデの腹心であったがゆえに、この地から、当時のあの魔女の館があったこの場所からあまり出たことはない。

 なので、我の知っているのは伝え聞いた話であり、記憶や記録に残っているようなものばかりだ。つまりは憶測なのだ。

 その憶測にあてはめるなら居るのはゴーレムくらいだ。あとあの拠点には他の勢力、特に亜人達との取引があったくらいか。

 もし仮に亜人の残党がいたところで、亜人などは物の数ではないし、そもそも亜人どもは食料もないあの植林場にはいつかないだろう。

「あの方に心配は無用なのでは?」

「我が主はお力こそ比類なきものだが、魔物の特性を熟知しているわけではない。

 そこの人間が一緒なれば、我が心労も減るのだが」

 そう言って、確かシースとかいう名の人間を指さした。

 最近よく話しかけられる。我が主に構ってあげて、と頼まれているため、これまた無下にすることもできないが、あれこれ質問攻めにされるのは、なにかと疲れる。

「私も行きたかったのですが会議の記録を取らないといけないので」

 そう答えるシースとかいう娘を英雄二人が厳かに睨んだ。

 娘はそれ以後、下を向き言葉を発しなくなった。

「とりあえず、イナミ様の恰好だけはやめてもらってもいいでしょうか、その姿で邪気をまき散らされるのはいい気がしません」

 教会の聖女のほうが口を開いた。

 その言い分には一理あるが、我は主の命にてこの姿になっている。

「我は我が主の命を優先する、故に否」

 教会のほうの英雄がムッとした表情を見せる。が、このことにはもう言及しなくなった。

 聖女と呼ばれていようと所詮は人。我が主の代わりに残っていると知ると、用心してか神器を呼ばれる杖を持ってきている。

 あの杖は厄介だ。あらゆる害悪を妨げる結界を瞬時に張ることができ、その結界内では傷や病が達どころに癒えるという。

 その名を、楽園の杖と言ったか。神々が残していった、まさに神器の一つだ。

「どうしても向かうと? あなたはここに居ろと命令されたのではなくって」

 神殿の巫女が苦し紛れにそういうが、我はそれに取り合うつもりもない。

「押し問答をする気はない」

 我はそう言って、無駄な話し合いの場を後にした。

 我が主が辟易するのもわかる。あれは時間の無駄だ。堂々巡りの話を永遠とされる、一種の拷問だ。

 まだ何やら言っているようだが無視し、背中から翼を生やし大空へと飛び立った。

 心配はもちろんないが、万が一ということもある。急がねばならない。

この章は全部執筆済み。


近いうちに公開していきます。




物語自体の大筋も決まっています。




誤字脱字は多いと思います。


教えてくれると助かります。

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