表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したら吸血鬼にされたけど美少女の生血が美味しいからまあいいかなって。  作者: 只野誠
第一章:異世界転生することになったけれども。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/21

異世界転生して、あれ? 私また死んじゃった!?

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえる。

 私はいつものように豪華なベッドに寝転がりながら、暇つぶしに買ってきてもらった魔導書を読みふけっていた。

「はーい、どうぞー」

 と、間の抜けた返事をすると、隊長さんことミリルさんが、いつになく真剣な表情で入ってきた。

「イナミ様」

「はい、なんかあった?」

 目線だけ送ってミリルさんの顔色をうかがう。かなり切羽詰まっている感じはする。

「教会の…… いえ、十三英雄の一人がイナミ様に会いたいと尋ねてこられているのすが」

「十三英雄、あの魔王を倒した英雄っていう?」

「はい、教会の女神官、真実の聖女グリエルマ様です」

 まじか。話には聞いていた、というか暇だから話をいろいろ聞いているうちに話してもらったことの一つだ。

 魔王との最終決戦で挑んだ十三人の英雄、そのうちの四人は魔王との決戦で戦死し、九人のみ生き残ったっていう英雄様達だ。

 私に何のようだろう?

 あ、そういえば忘れがちだったけど私吸血鬼で魔王の四天王の肉体を使ってるんだった!

 それが、ばれた? そんなことはないよね? だって私ほとんど引きこもってるし。

「どうしますか? イナミ様が望まないなら私の方でお断りしますが」

 そう言ってるミリルさんの表情はわずかにだけど苦しそうだ。

 神殿側聖歌隊と、教会の神官戦士のパワーバランスはよくは知らないけど、相手は魔王を退治した大英雄の一人だ、無下に断れるものでもないのかもしれない。

「いえ、会います。魔王殺しの英雄の一人ですよね、私も興味があります」

「わかりました。パティ、ヴィラ、イナミ様の準備の手伝いを。それから謁見室に」

「はい」

 二人に世話されるのももう慣れて、ゆったりとした部屋着から、いつものドレスへと着替えさせられて謁見室へと。

 謁見室といっても普通の部屋だ。はじめは玉座的なものがあるのを親方が設計していたけど、そんなの私が恥ずかしいからと却下して普通の部屋にさせた、まあ、ようはただの応接室だ。

 私は一番奥の椅子に腰かける。

 その後、ノックがありミリルさんと、ラルフさん、それと金髪の物凄い美人の修道服ぽいのを着用した女性が入ってきた。この人が英雄?

 まだ若い、二十代前半って感じかな?

 そういえばラルフさんも教会の方の人なんだっけ。あんまり会わないから忘れてた。

 ついでに修道服ぽいといったのは、服と言っていいかもわからないけど、フォルムが修道服のそれだったからだ。

 金属で補強されている部分が多く鎧と言っても差支えのない。ただ全体的に見ればやはり修道服と表現するのが妥当かもしれない。

 それ自体に強い魔力を感じる。魔術で強化されたものなんだろう。もしくは伝説の武具とか?

 魔王を倒す英雄なんだから伝説の武具ぐらい持っていても、おかしくはないかもしれない。

 この世界にそんな武具が存在してるかどうか私は知らないけど。

 で、その英雄さんなんだけど、私を見たとき驚いたように目を見開いた。

 アン…… アンティ…… うーん? 例の魔女と思われたのか、それとも私の魔力にびっくりしたのか。もしかしたら吸血鬼って見抜かれたとか?

 私の魔力にびっくりしただけならいいんだけど。

「はじめまして英雄さん、私は血の精霊イナミです」

 英雄さんはしばらく目を見開いたまま止まっていたが、私が挨拶をしてから少しだけ間をおいて挨拶をし返してくれた。

「すいません、物凄い魔力の強さに気を取られていました。

 直に対峙した私が断言します、あなたの魔力はかの魔王をも凌いでいます」

「そう? ありがとうございます」

 魔力にびっくりしただけだったみたいだけど、何か違和感がある。

 この人は私を警戒しているようにも感じる。こういうのを感じ取れるのは吸血鬼ならではなのかしら?

「わたくしはグリエルマ、真正なる天秤もしくは真実の聖女と言った方が有名でしょうか。自分で言うのも何なのですが」

「ごめんなさい、どちらも知らないわ」

「そうですか、かまいません」

 私が通り名すら知らなかったことは本当にどうでもいいようだ。

 眉毛一つ動かさず僅かな喜怒も感じられない。警戒はされているけど、とりあえず敵意は向けられてはいないみたい、今のところ。

「今日はどういった理由で私に会いに?」

 率直に聞いてみた。まあ、私に化かし合いなんてことはできないし。

「お願い事があり尋ねさせてもらいました。

 申し訳ないが人払いをお願いしてもよそしいでしょうか」

 その言葉に一番驚いたのは、付き添いで来ていたであろうラルフさんだった。何も言わなかったけど、顔には驚きと落胆の表情が出ている。

 けれど、その言葉に反応したのはミリルさんだ。

「我らは聖歌隊です。英雄殿とはいえ……」

 ミリルさんの言葉の途中だったが、グリエルマさんの手に持っていた金属製の鈍器、メイスっていうの? それとも長いから杖? じゃらじゃらしてるのが付いてるから錫杖っていうのかな?

 まあ、それをミリルさんに差し出した。

「無論、この方に危害を加えるつまりなど毛頭ありません。

 それは教会が保有する神器の一つです、どうか預かっていてください」

「グリエルマ様、神器をそんな簡単に……」

 ラルフさんが驚いた顔、驚愕の表情っていうの? 本当に驚いた顔で言ってくる、が、

「ラルフ神官でしたか、あなたも退室お願いいたします」

 と、グリエルマさんはラルフさんにとりつく暇を与えなかった。それに有無を言わさない凄みもあった。

 ラルフさんは少しの間、項垂れて何も言わずに退室していった。あの長い階段を登ってきただろうに、少し可哀そうな。

 ミリルさんは少し困ったように私を見ている。

 まあ、襲われても問題ない、ここ数カ月で魔術をいくつか学んだし、そもそも人間相手なら魅惑の瞳の力を使えばどうとでもなる。

「ミリルさん、大丈夫です。申し訳ないですけど退室お願いいたします」

 と言ったところで、空いたままのドアからパティちゃんが顔をだし、

「お茶をお持ちしましたが、どうしますか?」

 と聞いてきた。かわいい、ちょっと和む。

「お茶だけお願いします、ありがとう、パティ。

 グリエルマさんも席へどうぞ」

 私はとりあえず、英雄さんを立たせっぱなしにするのもどうかと思ったのでとりあえず座ってもらった。


 そうして魔王退治の英雄の一人と二人っきりになった。

 吸血鬼という立場上、なんだか気まずい。

 とりあえず、パティちゃんが持ってきてくれたハーブティに口を付けて落ち着こうとすると、

「失礼を承知で質問させていただきます、あなたはアンティルローデ、その人では?」

 と、いきなりぶっこんできた。

 危うくお茶を吹きかけそうになるのを堪えた。

 冷静さを保ててたかはわからなかったけど、一息ついて冷静なのを装いながら返した。

「違うけど、なんでそう思うの?」

「私は真正なる天秤や真実の聖女という別名で呼ばれています。それは私には嘘か真か判断することができるからです」

 ん? ということは私が精霊じゃないってばれてるってこと?

 だから、初めに驚愕してた? あれ? 名乗る前に驚愕してなかったけ? どっちだっけ?

 にしても、これはまずい。

 とりあえず、私は指をパチンと鳴らした。

「これは……」

「ただの結界よ、外から盗み聞きすることはできないし盗み見ることもできないし、この部屋に簡単に入り込むこともできないだけのもの。出てくのは自由だけどね」

「指をはじいた音を媒介に? これだけの術を?

 本当にアンティルローデではないのですか?」

「真偽がわかるって言うなら、さっきの答えが嘘ではないことがわかるでしょ?

 私はその魔女ではないですよ」

「確かに嘘は感じ取れませんでした、いえ、逆にわからない、だとしたら、精霊でもないあなたは何者なのですか?」

 やっぱり精霊じゃないの気づかれちゃってるね、うーん、どうしたもんだろう、こういう時はイシュに相談だ!

(うーん、どうしよう、イシュ、正直に言っても平気かしら?)

 そうそう、私も念話の魔術使えるようになったよ、便利だよね。まあ、最近、念話自体使ってなかったけど。

 ついでにさっき使った結界の魔術は、私がイシュを呼び出すときによく使うもので、そもそもはイシュを見られないように会うために作った魔術だ。

(稀人とでも説明されるのですか? 相手の要件次第ではあると思いますが……

 もうご存じかもしれませんが一応は知識として、教会が崇めている神は、稀人のことなので神を信仰する教会の者ならば……)

 なるほどね、稀人ね。私は自分のこと稀人じゃないと思うけど。

「いえ、申し訳ありません。関係のないことでした。

 あなたが誰であれこちらの要件、いえ、懇願というべきでしょうか、それは変わりません。

 あなたが魔の者だろうと、アンティルローデであろうと、たとえあの魔王であろうともです」

 そう言ったグリエルマさんからは何か鬼気迫るものを感じる。

「んー? なんか穏やかじゃないですね、あなたは魔王を倒した英雄の一人なのでしょう?」

 私がそういうと英雄のグリエルマさんは、悲痛な表情をあらわにした。

 今まで隠してきたが、それがあふれ出てしまったかのように。

「私はこのまま死ぬわけにはいかないのです」

「死ぬ?」

 え、死ぬってどういうこと? なんかの病気とか?

 私に病気なんかは治せないと思うけど。

「はい、私には神より預かった神託があり、それをなさねばなりません」

「神託…… ね」

(確かこの世界の神様は、もうすでにこの世界から去ったって聞いたけど、ちがったっけ?)

(はい、その通りです。ですが、稀に神託などを下すことがあるという話は聞きます。その真偽のほどはともかくとして)

「神託の内容は言えません。内容を秘匿することも神託の一部なのです。どうかご理解をお願いします。

 ですが、それ以外の隠し事は致しません。ですからどうかお力をお貸しください」

 グリエルマさんはそう言って深く頭を下げた。

「ちょっと話がみえないのだけれど?」

 いきなり頭を下げられても困るよ。ぶっちゃけ暇だから人助けなんかはしてあげてもいいのよね。

 さすがに娯楽が少ないこの世界では、ひきこもり生活にも限界がある。

「イナミ様は、グレルボアの呪いを解いたと聞いています。魔神の呪いを解いた、そのことは事実ですよね?」

「ええ、まあ。解いたことは解いたけど」

 ちょっと困惑気味に私は答えた。呪いを解いたというよりは、呪いの効果を無効にするように書き換えただけなので、根本的な解決にはなっていないからだ。

 実際新しく生まれたグレイボアの赤ちゃんでさえ、生まれた直後から呪いにより暴れ狂暴になる。まあ、年月を経て呪いが強くなるようだから、赤ちゃんの時はそれほどでもないんだけど。

「その事実だけで結構です。あなたが何者かなども問いません。対価に何を求められても、できる限りのことはいたします。

 わたくし…… わたくしも魔神に呪いをかけられているのです。死の呪いを」

「え、死の呪い?」

 気のせいじゃないかしら、グリエルマさんからはそんな魔術の気配は感じられない。

 勘違いじゃないのかな、なにか不幸が重なって呪われてる、と思っちゃうような?

 でも、魔王を倒した英雄ならそんなことはないよね。

「はい、山の魔神テッカロス。やつの死に際に放った呪いにより、今もわたくしは死に迫られているのです。

 まだ、死ぬわけにはいかないのです。わたくしには神より授かりし神託を成就せねばなりません」

(テッカロス殿は、アンティルローデと同じ魔王四天王の一人、いえ、一柱ですな。

 人間たちに打ち取られたとは聞いていましたが、我にはにわかに信じられない話でした)

「なるほど。大体の事情はわかったわ。それで藁をもつかむ思いで私に会いにきたと。

 でも、あなたから呪いのようなものを感じはしないけど」

「はい、普段はこの霊装で隠し封じ込めています。ですが呪いは日に日に強くなりこのままでは……」

 なるほど、確かにその霊装とかいう服だか鎧だかには、強い魔術が込められているのは感じれる。

 魔術には呪いなんかの気配をも封じ込めれるものもあるのか。

 そう思って霊装にどんな魔術が込められているか覗いてみたけど、ちょっと複雑すぎる。

 恐らく何百年もかけて肥大化した魔術だ。ちょっとやそっと覗いたぐらいじゃ、その内容を理解するのは難しい。というか、構造が複雑で気が滅入る。

 まあ、今は霊装より呪いのほうか。

「ちょっと見せてもらっても?」

「はい、構いません。ただあまり長く霊装を脱ぐことはできませんので」

 そう言ってグリエルマさんは服を脱ぎだした、綺麗な肌してるなこの人。って、そんなこと気にしてる場合じゃないか。

 でも、英雄っていうからには、それなりに戦ってきたんだろうに、傷一つない綺麗な体。

 にしても、おいしそうな匂い…… ん?

 グリエルマさんの左腹部にそれはあった。

 どす黒い痣のようなもの。嫌な気配を放っている。

 グレルボアに掛けられた呪いとは桁が違うほどの邪気や穢れ、いや、死の気配とでもいうのか。

 しかし、これは…… ちょっと確認する必要がある。

「今から妖魔を一匹呼ぶけどいいかしら?」

「妖魔ですか? あなたはいったい、いえ、元より魔の者ともの取引も覚悟していました。

 この呪いは少なくとも教会の力では、どうにもなりませんでしたので。

 いまさら…… 妖魔の一匹や二匹など恐れはしません」

 決意に満ちた表情だった。たとえ魔の者の手を借りても、その神託とやらを成就したいのかしら。

「イシュヤーデ、出てきてこれ確認してくれる? そこだとさすがに分からないでしょう?」

「イシュヤーデですって? アンティルローデの懐刀というあの? あなたがアンティルローデじゃないとすると、本当に何者?」

 グリエルマさんが驚いているの横で私の懐の手鏡から煙のような物が立ち上りそのまま形になる、悪魔のような形相はそのままだ。

「直に会うのは一週間ぶりでしょうか、イナミ様、お久しぶりでございます」

 イシュヤーデは私に跪いて挨拶をする。

「挨拶なんかいいから早く見てあげて、これ、あれよね? 初めて見たけど魔法っていうやつよね?」

 私は花のような入れ墨の痣を指さしながらイシュヤーデに確認させた。

「ふむ…… 確かにこれは魔法です。我も数えるほどしか見たことはありませぬが、魔術とは根本的に違います」

 やっぱりそうか、魔術の構文と構造が違いすぎる。

 いや、構文ですらない。どちらかと言うと意味のある絵や記号、そういったような物に近い感じだ。

 いまのところ私では手の出しようがない。

「どうにかできる?」

「我には到底無理ですがイナミ様ならば、可能なのでは?」

「うーん、とりあえず術の書き換えは不可能ぽいのよね。解除? 解呪? は、それ関連の魔導書でもあれば、もしかしてって感じかな? 望み薄だけど。

 でも、どうだろう、こんなの私に解呪できるかな、下手するとぶり返しそうな感じがするけど。

 あー、うん、とりあえず今できる進行を遅らす術くらいなら、今でもできるけど、かけていい?」

「それはこちらからお願いしたいくらいですが、対価に何を求められますか?」

 グリエルマさんはまっすぐに私を見てくる。まるで私をここで見極めるかのようにだ。

 でもあれなのよね、対価と言われても死にかけの英雄さんからもらうようなものなどないよね。しいて言えば血かしら?

「対価、対価ねぇ…… うーん、ああ、そうだ、妖魔が精霊に戻る方法とかしらない?」

 ミリルさんにそれとなく聞いたことはあるんだけど、わかりません、と謝られた上に妖魔に堕ちた精霊を狩るのも聖歌隊の使命と言われてしまったので、以後詳しく聞けないでいるんだよね。

「イナミ様、我のために…… ありがとうございます」

 この頃イシュヤーデさんがどんどん人間味を増していくんだけど、コイツ精霊に戻るんじゃなくて、このままいくと人間になるんじゃないかしら?

 そんな気もしてくるんだけど。

「この大妖魔は精霊に戻りたいのですか?」

 驚いた表情を隠しもしないし、妖魔という魔物に怯んだ様子もない。さすが英雄、肝が据わっているってところなのかしら?

「みたい? 例の魔女に妖魔に堕とされたらしいのよね」

「我は精霊に戻りたい…… それゆえというわけではないが、今はイナミ様に真の忠誠を誓っている、嘘偽りはない」

「あなたたちは、本当になんなの……」

 実は肝が据わってるんではなくて、ただ単に困惑してるだけなのかしら?

 そうだとするとちょっとかわいそうな気もする。

「まあ、ここまで来て隠すようなことでもないけど、先に進行を抑える術かけちゃうよ、その霊装とやらの術式を更に強化する感じがいいのかな、こうやってこう、のこんな感じで……」

「ちょっ、ちょっとまって、今ここで魔術を作っているの? そんなこと……」

 グリエルマさんがそう言っている間に、魔術の術式は完成し黒い痣を取り囲むように記述された構文がグリエルマさんの綺麗な肌の上に配置される。

 一応進行を抑えてくれるし、呪いが広がることに対しての防波堤に多少なりともなってくれるはずだ。

「はい、できた。霊装を着てみて。とりあえずそれなりには楽になっているはずだと思うけど」

「え、あっ、はい? できたってそんなこんな一瞬で……」

 そう言いながらもグリエルマさんがいそいそと霊装を着込んでいる間、脳裏に焼き付けておいた死の刻印ともいうべき魔法の構造、その解呪の方法を考える、が、今の私の知識ではやっぱり無理だ。

 なにせ私は解呪の方法自体をしらない。解呪の基礎のき文字も知らない。そもそも魔術と魔法では構造が根本的に違うのもあるけど。

 グレルボアのは解呪しているわけでなく、魔術の書き換えで狂暴化するのを無効化してるだけだし。

 現にさっきグリエルマさんに施した術も解呪自体の効果はまるでなく進行を遅らせるためのものだ。

「どう? 少しは効いてくれてるといいのだけど」

「実感はないですが、確かに鬼気迫る感じは薄れた気はします」

「そう、でももって三カ月ってところね、早急に解呪する方法を見つけないと」

「三カ月…… ですか」

「私、解呪関係の知識がまるでないのよね、基礎でもいいんだけど解呪の魔導書持ってない?」

「はっ? えっ、今なんと言いました?

 解呪の基礎も知らない? これほどの魔術を即興で作っておきながら?」

「だって、私まだこの世界に来て数カ月なのよ、それに暇つぶしくらいにしか魔導書を読んでないし」

「この世界に来て……?」

 グリエルマさんの目が点になる。

「イナミ様は稀人だ。きさまら教会の者が崇める神たる者よ」

「稀人…… 異世界からの神……」

 グリエルマさんは神妙な顔つきになっている。疑っているわけではない、そもそも嘘が見抜ける人なのだし。

 たしか教会の定めている神は、かなり昔にこの世界にやってきた稀人の集団だったようで、その集団のみを指し示すもので、仮に私が稀人であったとしても、教会が信じる神には私は当てはまらないと思うのよね。

「イシュヤーデはそう思ってるみたいだけどね。私はあなた方が言うところの稀人っていうものかどうかは分かんないよ? とりあえずその自覚はないんだけどね。

 私がちょこっと調べた感じだと稀人ともなんか違うし。ただ異世界から来たってのは本当だよ、嘘かどうかは判断できるんでしょ?」

「は、はい、色々と納得しました……

 いえ、ではなんで血の精霊などと嘘を?」

「うーん、他言無用だよ?」

 言っていいものかどうか迷ったけど、私の直感がこの人は信用できると言っている。

 正直に話しちゃった方がたぶんすれ違いもなくなり良いと思う。

「それはもちろん…… です。ここまでしていただいたのに裏切るような真似は致しません」

「この体ね、そのー、例の魔女のもので、吸血鬼なのよね、なのでどうしても血を求めちゃうのよ」

「はぁ!? アンティルローデの肉体で吸血鬼?」

 グリエルマさんが似つかわしくないすっとんきょうな声を上げた。

 外に聞こえないように結界を張っておいてよかった。

「もちろん血は貰ってるけど吸血鬼化はさせてないし、人の命も奪ってないよ?」

「す、すいません、ちょっと衝撃の展開についていけないのですが……

 いえ、確かに理にかなっている? え? いや、どうなの?」

 英雄と呼ばれるような人が、慌てふためく様は少し見ていて楽しい。

 あれ、私性格悪い? ひ、暇すぎるのがいけないのよ。

「まあ、それは置いといて、グリエルマさんのその呪いは魔法でかけられたもので、今の私じゃさっき施した術で精いっぱい。

 ついでにその術をかけなければ、霊装の助けがあっても後1~2週間で命を奪われてたと思うよ、今、私を訪ねてくれて本当によかった」

「それは、私も薄々分かっていました。もう本当に時間が残されていないことは。

 ありがとうございます、少しでも時間が伸びたこと感謝いたします」

「できれば我にも感謝の念を送って欲しい」

 そう言ってイシュヤーデが一歩前にでた。

 私が適当に言った、徳を積めば、ってことを頑なに信じている。

「え? ええ、妖魔の身でありながらお力添えに感謝いたします」

 グリエルマさんも少し困惑はしていたが素直に感謝を述べた。

 礼を受け取ったイシュはにんまりと万遍の笑みを浮かべた。悪魔のような姿なので、ただただ不気味なだけだけど。

「うむ、また一歩精霊へと近づいた気がします、イナミ様」

「いや、うーん、徳を積めば戻れるかもって言ったけど、そういうことなのかしら?

 とりあえず手鏡に戻ってて?」

「はい、我が主よ」

 イシュは煙のように消え、手鏡へと帰っていった。

 慣れはしたけど、あの悪魔のような姿はやっぱり苦手なのよね。

「とりあえず、うーん、今日はもうできることがない、かな?

 ああ、そうだ、対価ね、対価は妖魔が精霊に戻った文献とかあったらお願いできる?」

「はい、いくつか心当たりがあるので、手配させていただきます。とはいえ、昔話程度のものですが」

「ありがとう、こっちも手探り状態だからね、あと解呪関連の魔導書もお願いしていいかしら?」

「はい、そちらはもちろんのことです」

「魔導書の解読には時間かからないから、届き次第試行錯誤になっちゃうけど試してみるわ」

「ありがとうございます。ここまでしていただけるとは思っていませんでした。

 しかし稀人とは…… しかも、アンティルローデの肉体で吸血鬼なんでしたっけ?」

「たぶん、精神と魂だけで転生してきたのかな?

 私に合う器がこの肉体だったっていうだけみたいなんだけどね」

「アンティルローデが姿を消したのは十年くらい前と言われています、今も生死が不明とは言われてましたが……

 魔女の正体が吸血鬼だったとは」

「んー、ちがうちがう、どうもね、その魔女さん、吸血鬼に転生しようとして失敗したみたい?

 イシュヤーデさんが言うには、一週間ほどで吸血鬼として目覚めるはずだったのに、十数年たっても目覚めなかったんだってさ。

 そこへ私が異世界からきて、この体に乗り移っちゃったっていうところかな?」

「な、なるほどそんなことが……

 もしかの魔女がその吸血鬼への転生に成功していたら、今頃人類は魔王に滅ぼされていたかもしれないですね。

 これほどまでに困惑したのは、生まれて初めてかもしれません……

 嘘ががわかるだけに、今の話が真実だということが頭ではわかっていても理解が…… とてもじゃないけど追いつきません……

 いえ、そんなことより今はお礼を言うのが先でした、すいません。

 ありがとうございます。私にできる限りのことはやらさせて頂きます」

「んー、とはいえ私の願いはすでに叶っちゃってるしなぁ。

 しいて言えば、悪いのだけど、やることなくて暇すぎることなのよね。

 それもあって、私が助けること自体は、まあ、気にしなくていいからね?」

「願いがかなった?」

「ひきこもりながら美味しいものを食べて平和に楽しく自堕落に過ごす、的な?」

「え? あ、はい?

 ……でも、確かに、それはすべての人に通じる究極の願いなのかもしれないです、ね」

 そう言ってグリエルマさんは微笑んでくれたけど、ちょっとだけ表情が不自然。

 ひきこもりはどの世界でもあたりがつらいのか!?

「け、けど、そのためにグレルボアの牧場作ったり、農地を広げたりで努力に余念はないよ!

 実際に働いてるのは村の人たちだけど、まあ、喜んでやってくれてるし。

 あ、そろそろ結界解くけど、私のこともイシュヤーデさんのことも他言無用でお願いね。

 確かに暇は暇だけど、面倒ごとはごめんだし。

 あなたの呪いのことも他言無用の方がいいのよね?」

「はい、もちろん他言は致しません。

 確かに妖魔は危険ですが忠誠は本物のようですし、その主人のイナミ様は信用に足る人物と理解しています。

 わたくしのほうも知られたら知られたで大事になり身動きもできなくなるので、お願いいたします」

「一応聖歌隊の子達には解呪関係の魔導書の話はしちゃうけど、詳しく話さないから」

「ありがとうございます、助かります」

 私はもう一度指をパチンと鳴らした。

 それで結界が解ける。

「ミリルさん、もう入ってきていいよ」

「はい、イナミ様」

 神器とやらを預かっているミリルさんとラルフさんが部屋へ入ってきた。

 ラルフさんはミリルさんが持っている神器を物欲しそうに見ている。ちょっと目つきがやばいくらいだ。

 協会の神器なんだっけ? 確かに強い魔力を秘めているけど、私にはグリエルマさんが来ている服だか鎧だかわからない霊装と呼ばれている物の方がはるかに強い魔力を秘めているように思える。

 まあ、私には関係ないことか。

「ミリルさん、その神器をグリエルマさんに返してあげて」

「はい」

 大事そうに抱えていたミリルさんは神器とやらをグリエルマさんへと返した。

 神器を渡し終わった後のミリルさんがホッとしたような顔をしているところを見ると、相当な物、まあ、神器って言われるくらいだから当たり前か、だったんだろうなぁ。

「どうします? しばらくここに滞在しますか?」

「いえ、お気遣いありがとうございます。

 ですが時間がありません、一度ダタムルへ戻ろうと思います。原本は無理ですが写本くらいならあるでしょうし」

「ダタムルですか、たしか流通の要でしたよね?」

「はい、そうですが」

「一度、私も…… いえ、なんでもないです」

 さすがに生死がかかっている人の前で、観光にでもしに行きたいっていうのは不謹慎かな。

「イナミ様、観光しに行きたいのですね?」

 けど、ミリルさんにはあっさり見抜かれてしまう。

「確かにそうですけど、今は私外でないわよ」

「ああ、今はまだ例の羽虫が多いですからね」

「羽虫ですか? 確かに白いのが外にはいましたが」

 と不思議そうにグリエルマが聞いてきた。

「いえ、ただ単にイナミ様は虫全般がお嫌いのようで」

「だって、なんか気持ち悪いし、あの虫結構大きいわよね? それなのに数もいるのよ?」

「そ、そうですか、できるだけ早く戻ってきますので、その時はまたお願いいたします」

 私とミリルさんのやり取りを聞いたグリエルマさんは困惑した表情をもう隠してはいなかった。

 私が虫苦手なのってそんなに変なことかしら?

「ええ、まあ、できる限りのことはやらせてもらうつもりよ」

 その後深々と頭を下げグリエルマさんは足早に去っていった。たぶんその足でダタムルへと向かうんだと思う。まだお昼前だしね。

 ラルフさんもグリエルマさんを追っていったけど、あの人はなにしに来たの?

「どんなご用件だったんですか?」

 ミリルさんが聞いてくる。

 顔は笑顔だか、目が笑っていない。神殿と教会には、なんか確執があるんだっけ。

「んー、まあ頼み事かなぁ、個人的なヤツね」

「そうですか……」

 ミリルさんは少し残念そうな表情をするが、追及はしてこない。

「あっ、なんか心配してる?」

「いえ、そんなことは」

「神殿と教会の関係はよく知らないけど、その辺の話じゃないわよ。

 ここからどこかへ移って欲しいとかそういう話でもないし、心配しなくていいよ。それにこんなに素晴らしい修道院を立ててもらってるのにどこかへ行くわけないじゃない」

 あんまり心配させても悪いので安心させるつもりで私はそう言った。

「申し訳ありません、この村はもうイナミ様なしでは成り立ちません。

 わ、私もイナミ様なしでは生きていくことなど!!」

 ミリルさんはなんていうか、私への依存度が高すぎる気がする。

「そう言ってくれるのは悪い気はしないけど、そんなこと言わないでよ」

「いえ、私はイナミ様の血の接吻をしていただくときを、今か今かと待ち望んでいるかぎりなのですよ!」

 これ、実は悩みの種の内の一つなんだよね。

 どうも私が血を吸うと、吸った女の子たちにえも言われぬ快楽を与えちゃうらしくって、ちょっとどうしようかと思ってるんだけど。

 特に酷いのが隊長のミリルさん。お仕事があるときは真面目でいいんだけど、暇になると肩を出して私を誘惑してくるようになっちゃったのよね。

 というか、ミリルさん、仕事モードとオフモードの落差がひどくて、なんていうかオフモードの時は盛りのついた犬みたいな、って言ったらいくらなんでも失礼か。でもそんな感じなのよね。

 まあ、そんな感じでヤバイ。あとシースさんとパティちゃんが次点で快楽にはまっちゃっててる感じかな。

 残りの聖歌隊のエッタさん、クロエさん、ミャラルさん、見習いのヴィラちゃんは、今のところそれほどでもないけど、うっとりしちゃってるのを見ると心配になる。

「ま、まあ、それはさておいて。

 仕入れて欲しい魔術書に解呪関連の物を追加してくれます?」

「解呪ですか。はい、わかりました」

 特に疑問もなく了承してくれた。ミリルさんの私に甘いところは好き。

「ああ、でも高いようなら無理に買うことないからね、グリエルマさんの方でも用意してくれるはずだから」

「はい、わかりました。行商人が来た時に合ったら買うくらいでいいでしょうか」

「うん、そんな感じで。

 しかし、英雄で聖女様でしょ? 一人でここまで来たのかしら? 付き添いがラルフさんだけって」

「いえ、教会の神官戦士数名と王国の騎士複数銘を連れ立って大所帯で来られてましたよ。

 それはもう村の方でも大騒ぎするほどに。

 ここにはお一人で来られる予定でしたが、ラルフが無理やりについてきた感じですね」

「ええっ、そうなの? 大所帯で来てたの?

 なんでそんな楽しいそうなこと教えてくれなかったの?」

「先週、羽虫が気持ち悪いからしばらく絶対に外に出ないと申されてたじゃないですか」

「うっ、それはそうだけど……

 騎士ってやっぱり甲冑とかで身を包んでるの?」

「ええ、そうですね。さすが英雄の護衛だけあって立派な全身鎧を身に着けていましたね」

「あーん、見てみたかったな。あの勢いじゃ早々に村出ていく気よね。引き留めるのも悪しなぁ」

「でもすぐ戻って来るとも言っていましたよね」

「その時は教えてね、私も騎士様見てみたいわ!

 やっぱり白馬に乗ってるのかしら?」

 私はなんとなくのイメージでそう言ってしまった。騎士と言えば白馬、あれ? 王子様だったっけ?

「白馬ではなかったですが……」

 ミリルさんも少し困った表情だ。

「やっぱり騎士とか白馬に乗った王子様とか、無駄に憧れない?」

 私は素直にそう聞いてみたけど……

「イ、イナミ様? な、なにを仰ってるんでしょうか、な?」

 と、片方の繭だけをヒクヒクとさせながら聞き返してきた。

 ミリルさん的にはダメだったらしい、まあ、ミリルさんは男嫌いなところあるからなあ。

「えぇ、でもミリルさんは憧れたりしない? 騎士とか王子様に?」

 更にダメもとで一応聞いてみた。

「で、では、私が騎士になりますので、イナミ様!!」

 そして予想外の答えが返ってきた。

 いや確かにミリルさんは騎士とか超似合うと思う。聖歌隊は一応巫女の集団だから、ミリルさんも巫女なんだけど、巫女と言うよりは女騎士と言った方がぴったりのイメージだ。

「えっ、女騎士! ミリルさんならすんごい似合いそう!! 見てみたい気がする! 絶対かっこいいよ!」

「はい、こう見えて貴族の出なのでイナミ様が望めば、騎士として身を立てることもやぶさかではないですよ!!」

「え、ミリルさん貴族なの、おお、すごい!!」

「はい、まあ、私は次女なので家は継がないと思いますが」

「ねえねえ、貴族のこと聞かせてくれる? 私、そういうのちょっと興味あるのよね」

「はい、喜んで!!」

 この後しばらく貴族の生活の様子なんかを聞かせてもらった。

 聞いて思ったことは、貴族も実際はそんな優雅な生活じゃないのねってことだった。

 まあ、割と最近まで十数年にも及び魔王と戦争していたそうだし、貴族とはいえ優雅な生活なんてできるはずないか。



 それからちょっとしたごたごたがあったけど、一週間ほどでグリエルマさんは戻ってきた。

 妖魔が精霊に戻った話の写本数点、しかもこれは後からまだ追加で送られてくるらしい。

 それと解呪関連の魔導書も数点。

 入門向けから上級のものまで。

 入門向けのを読んだ時からなんとなく予想はついていたけど、グリエルマさんが持ってきた魔導書、いや、通常の解呪の魔術ではどんなものでも、あの呪いは消せない。

 魔法と魔術差のとも言うべき根本的な違いがそこにはある。

「全部魔導書に目を通したけどダメね、どれもその呪いを解くには至らないわね。

 通常の魔術ではやっぱり根本的に解決方法が違うみたい」

 今も私は応接室で例の結界魔術を使い、グリエルマさんと密談している。

「やはりそうですか、この呪いが魔法と聞いた時からそんな気はしてました」

「でも遅らせる方法はいくつか。あと、再度見せてもらって解決にはならない解決方法なら二つほどわかったよ」

「と、いうのは?」

 グリエルマさんは少し不思議そうな顔をしている。

 解決にならない解決方法って言われたらそんな顔をするかもしれない。

「まずは呪いをかけた本人、この場合は山の魔神テッカロスでしたっけ? ならこの魔法を解くことが恐らくできる」

「それは……」

 グリエルマさんは目を伏せた。

「そう、もう討伐され死んでしまっているので実質無理。

 そして、もう一つも意味がない。その呪いは役目を果たせば成就され消える、はず」

「死ぬことで呪いから解放されるということですか」

 グリエルマさんは深いため息をついた。

 私に対して、ため息をついたわけじゃない。ただ単に自然と出てしまったのだろう。

 本人からも余裕がないのは見て取れる、まあ、今のは伝えなくてよかったことだしね。

「うん、この世界には死者をよみがえらせる魔法とか、まあ、魔術でもいいけど……」

「そんなものは聞いたことがありません」

 やっぱりそうよね、ゲームなんかでは蘇生魔法はメジャーだけど、それはゲームだからで、実際にはここが異世界だろうと、そうあるもんじゃないんだろうなぁ。

「ですよね、となると呪いの進行を抑えつつ、別の方法を探るしかないかなぁ」

「別の方法、そんなものがあるかどうか。

 イナミ様は、私が会ってきた精霊、魔神、魔王、そのどれよりも強い魔力をお持ちです。

 その上魔術の上書きなど神業にも等しいことをやってのける方です。そのイナミ様が現状無理なのでは…… もう……」

 絶望、落胆、その一歩手前の表情だ。あんまり状況はよくはないが、延命だけなら確実なのはある、もう少しイシュと検証してからしたかったけど、グリエルマさんの精神が持たなそうだ。

「もう知ってる通り私はこの世界のことあんまり知らないから知識はがないのよね。いくら力が強くても方法がわからないんじゃやりようがないのよ。

 そんなわけで、別の方法もあっさり見つかりそうな気もするんだけど」

「そう…… ですか、そうだといいのですが」

 そうは言っているが、グリエルマさんはあきらめの表情がとても濃い。

 やっぱり今伝えないとダメそうだなぁ。

「ついでに一番確実な延命方法はあるといえばあるんだけど……

 それも恐らく寿命が尽きるまで有効なヤツが」

「それは?」

 少し信じられないといった表情だ。嘘がわかるだろうに。

 そこまで英雄である彼女ですら、この呪いに追い込まれているんだろう。

「多分、私の吸血行為を定期的にすることでかなりの延命ができると思う」

「それは、どうしてですか?」

 ほんの少しだけ説明するのをためらった。それはまだ確証はないけど、私の吸血行為自体に寿命を縮める効果があるかもしれないからだ。

 けど、それを隠すわけにもいかないか。

「その呪いね、左わき腹を起点としているように見えるけど、実際にはあなたの魂に結びづけられているのよね。

 その痣は植物で言うところの花の部分ね、呪いを増やすというか、進行させるために機能しているんだけど、呪いの根幹はあなたの魂に絡みついている感じ、言うならば植物の根ね。その根をどうにかしないと何度でも浮き出てくるはずよ」

「その通りです。エデンバラの神官、ああ、教会の最上位の神官集団です。彼らに頼み一度はこの痣を消せたのですが、数日で再び浮き出てきました。

 それ以来教会からは見捨てられた状態です」

 この痣自体消すのも相当大変なはずだけど、教会の最上位集団は伊達じゃないってことか。

 んー、もっと魔術について勉強しないとダメかもしれないなあ。まあ、魔術の勉強は面白いからいいんだけど。

 だって、覚えれば便利で、すぐ実践できるんだもの。

「やっぱりそうなのね。

 で、吸血鬼の吸血行為はね、血とともに魂も吸ってるみたいなのよね」

「魂を吸う、ですか?」

 グリエルマさんはさすがに神妙な顔だ。魂を吸う、そんなことは魔の者のすることだ。

 実際邪気や穢れがないとはいえ、私は吸血鬼なので魔の者なことには変わりないんだけどね。

「これは何度かイシュヤーデさんにも観測してもらってわかってきたんだけどね。

 血とともに魂も少量吸っているみたいなのよね、でも、失われた血が体内でまた作られるのと一緒で魂自体も時間を置けば回復はするの。

 肉体が血を失って一時的に貧血になるように、魂も一時的に弱るけど時間を置けば回復していくみたいなのよね。

 でも、まあ、長い目で見ればやっぱり体に良くないことは事実よね、うーん、もしかしたらみんなの寿命を縮めちゃってる可能性もあるの。まだ可能性の話だけど。

 ああ、今はそんな話いいか、その解決策もわかってるし」

 これは、グリエルマさんの呪いの解く方法をあれやこれやと私なりに探しているときに、見つけたというか気づいたことだ。

 まあ、気が付いたのは私ではなくてイシュなんだけどね。イシュは人の寿命がそれとなく見えるらしい。

 正確に見えるわけじゃなくて感覚で見えているだけらしいけどね。

「その解決策というのは?」

「血を吸う人数を増やして一人当たりの負荷を減らせばいいだけかな、少量であればほとんど誤差の範囲にまで落とせるはず」

「つまり修道院に人を増やせばいいわけですか?」

「まー、そうなるかな?」

 まあ、急ピッチで建築して貰てるけど、修道院の完成まではもうしばらくはかかるんだけど。

 とはいえ、聖歌隊の子たちはほぼ修道院のほうで生活し始めてるし、もう住もうと思えば住めるのよね。工事の音がうるさいけど。

 そろそろ修道院に人を呼ぶ方法を考えねばいけない。

「それならお力添えはできると思います。一応わたくしも元は貴族ですし、それなりに顔は広いので」

「え? いいの?」

 おお、渡りに船っていうんだっけ、こういうの。

 人助けはしとくもんだね。

「はい、貴族の次女や三女などならおそらくは、せいれ…… いえ、イナミ様の運営する修道院ということであれば集めれるかと。

 ここで教養や貴族としての立ち回り方などを学ばせてやればいいでしょうし」

 なるほど、教育機関、学校ってことか。

 そうなると教える先生とかもいるだろうけど、悪くないよね。教える人、ようは先生なんかの手配をミリルさんにでも相談しておこうっと。

「学校ってことね。なんか悪いね、でも助かるよ。聖歌隊の子ばかりに負担かけちゃうのは忍びなくってさ。

 ああっと、ごめんなさい、少し話が脱線してた。話を戻して……」

「概の話は予想が付きます、吸血行為により魂とともに呪いの根幹そのものも吸ってしまえると?」

「まあ、そうだね。私の見立てでは表面上の痣を消すよりも遅延効果は望めると思うけど。

 ただね、吸血行為自体が、まだ未検証なところが多くて、最悪さっきも言った通り寿命を削ってしまう可能性もあるので、何とも言えないころもあるんだけどね。

 しかも、グリエルマさんの場合は吸う量を減らしてしまったら、そもそもが意味がないわけで。

 ただその呪いに対して現状では一番効果はあると思う。なにせ魂にがっつり絡みついているからね。

 それに呪いの根幹のサンプルを手に入れることができるかもしれない。それによって別のアプローチもできるかもしれないし。

 後、その呪いはね、加速度的に強さを増していくみたいだから、外側から遅らせるだけじゃいくら遅延や延命にもどうしても限界があるの」

 そう、霊装とやらで今はある程度抑え込んでは居られているけど、それもいつまで持つかわからない。

 呪いは日に日に強くなっている。何か対策をするにしてもできる限り早い方がいい。

「では、早速わたくしの血を吸っていただけますか?」

 即座にグリエルマさんはそう言ってきた。現状では選択の余地はないんだろうけど、決断が早すぎる。

「けど、いいの? 寿命を逆に削っちゃうかもしれないのに」

「あなたの言葉に嘘偽りがないことは、わたくしが一番わかりますから。

 それに、もはや時間が残されていないわたくしからしたら、多少の寿命程度は気にも留めない問題です」

「ああ、そういえば真偽がわかるんだっけ。

 難儀ですね、私も先日思い知らされました。人の思ってることを正直に話させちゃいけないって」

 話がまたずれちゃってるけど、少し愚痴りたい。いや、まあ、私が悪いんだけど、ねぇ……

「ラルフの件ですね、話は内々に聞いてはいます」

「ええ、あ、私の瞳には人を魅了することができるんですけど、まさかあんなことになるなんて、反省はしてるんです」

「ラルフ神官のしたことは、教会の落ち度です。ラルフの罪は教会できっつり……」

「あ、大丈夫ですよ、心を入れ替えた、というか、無理やり入れ替えさせちゃった、というか、そうな結果になっちゃったので……

 周りにもあまり知られていないし、事情を知ってる人には緘口令、って、出してたんだけど伝わっちゃってますよね。

 でも、一応は出したので、そこまで公になることはないかと」

「申し訳ございません、あのような者が教会関係者にいたということ自体が……」

 まあ、元はラルフさんが悪いと言えば悪くて、身から出た錆なんだろうけど、結果は見ているとちょっと心が痛む。

「いや、まあ、焦りや嫉妬は誰にでもあるから仕方がないのかしら…… ね?

 それにあそこまで暴走しちゃったのは私のせいですし」

(すべてはイナミ様が規格外の強さだったのが原因だったのでしょう)

「もう規格外とか言わないでよ」

 と、普通にイシュに返してしまう。

 いきなり念話を飛ばしてくるな!

「?」

 ほら見ろ、グリエルマさんがきょとんとしていらっしゃる。

「ああ、イシュヤーデさんが私のことを規格外だっていうから」

「なるほど、いえ、でもわたくしもそう思います。あなた様はまさしく規格外です」

「グリエルマさんまで規格外とか言わないで下さいよ、もう。

 ああ、また話がズレてた。

 ラルフさんの件はもう解決しちゃってるので、できればあのままで」

「はい、イナミ様がそう望まれるのでしたなら。本来なら断罪されるべきところでしたが、イナミ様はお優しい」

「ただのひきこもりで、ことなかれ主義ですよ」

 実際私が介入しなければ、ラルフさんは結果的に破滅していたし、その命もおそらくなかっただろう。

 けど、現状はただの廃人で見ていて痛々しい、あの結果が良かったかどうかは、私にはわからない。

「はい、ではお願いいたします。

 その前に、この呪いを吸うことでイナミ様に害が及ぶことは?」

 そういや考えもしていなかった。

 けど、あの魔法は恐らくグリエルマさんにしか影響を及ぼさない。だからそれだけに強く根深く解除も容易にはできない。

 まあ、普通の人間があの穢れの塊に触れれば、気分が悪くなるくらいはするだろうけど。

 今こうやって普通に話せているグリエルマさんの精神力が強靭なだけで、あの呪いを、穢れと邪気の塊をその身に宿していられるグリエルマさんは、常人ではなく紛れもない英雄だ。

 普通の人間なら、魂にあんなものに絡みつかれていたら、発狂し狂人になっていてもおかしくはない。

 まあ、私に、というか吸血鬼には意味ないけど。本来なら穢れや邪気そのものを身にまとう存在なのだし。

「んー、その可能性はないかな。この呪いは対象者のみに、それだけに確実に効くように構成されてるので」

「安心しました。

 やはり首からですか? それともこの痣の部分ですか?」

「その痣は穢れを感じるけど実態はほとんどないの。ただの印みたいなものかな。

 あんまりその痣にこだわらなくていいかも。

 そうね、やっぱり首かしら」

 なんだろうね、やっぱり首にかぶりつきたくなるのよね、吸血鬼の性なのかしら?

「はい、では」

 そう言ってグリエルマさんは綺麗な金髪をかきあげ、霊装の胸元まではだけさせ首筋をあらわにさせた。

 うわー、おいしそう。髪の毛をかぎあげたときに、ふわっといい匂いが香る。

 人間には嗅げない類の甘い匂い、まるで熟れた禁断の果実のような。ああ、本当に美味しそう。早く血を吸いたい。けど、その前に一応……

「なんかすんごい気持ちいいらしいけど、気をしっかり持ってね」

「え? はい、わかりました」

 その答えを聞いて、私は我慢できなくなり、私はグリエルマさんを抱き寄せ牙を突き立てた。

「なっ、んっ!! はぁっ、んっ……」

 グリエルマさんが体を震わせて私に強くしがみついてきた。こんな美人に力強く抱き着かれて、もし私が男の人だったらそのまま、げふんげふん。いけないいけない。

 私は軽く抱き返すだけにしといた。もう慣れたものだ。

 芳醇な血の甘い香りが口いっぱいに広がり、私の乾いていた喉を潤す。

 やっぱりすごい美味しい。ミリルさんのよりもなんていうか、高純度、そう旨味の純度が高い感じだ。旨味に純度があるかどうかは知らないけど、とにかく旨味と甘味の純度が違うのだ。

 けど、後味に引っかかるものがある。苦みやえぐみだ。

 これが呪いの部分かな?

 その部分だけを器用に舌でぬぐい取って飲み込まず口の中に残した。

 名残惜しいけど血を吸うのをやめ、念のために用意しておいた宝石、たぶんアメジストかな、その中にフーっと息を吹きかけるように、口に残しておいた呪いを吹きかけ、宝石の中に閉じ込めた。

 念のために用意しておいた特別製の宝石。これならばあの呪いの一部だけなら、この宝石留めておくことができるはず。

 グリエルマさんは上気した顔で息も絶え絶えながら、その様子を見ていた。

「その宝石は……」

「一応用意しといた隔離用の宝石かな。元は採石場で発掘されたやつね。

 魔術で離隔できるように作っておいたの。成功してよかった。

 見えるかな、これが呪いの根幹の一部」

 それは少量ながらもすごい穢れを含んだ塊だった。

 こんなものが魂に絡みついていて正気を保っていられるグリエルマさんはさすがとしか言えない。

「もの…… すごい…… 瘴気の、塊としか……」

「やっぱり魔法そのものは見えないか。こんなものが大量に魂にまとわりついているの。

 でも、その一部でもこうやって離隔できてるのだから、必ず効果はあるはずよ。

 それにしても、ちょっと血を吸いすぎちゃったかしら?」

「いえ、その……」

 そう言ってグリエルマさんはほほを染めうつむいた。

 この反応はあれだ、シースさんクラスだ。気を抜くと虜になっちゃうやつだ。ま、まずいなぁ。

「凄い気持ちいいらしいけど、うーん、考え物よね。

 まあ、それは置いておいて、呪いが少しでも減った感じはしてる、かな?」

「いえ、あの…… 今は余韻が…… すごくてその……」

 美人さんは乱れてても絵になるなぁ、すごい扇情的だ。

 いやー、私が女じゃなかったらどうなっちゃうのよ、これ。

「うん、まあ、今日はゆっくり休んでね、ああ、日に当たるのも忘れないでね、吸血鬼になっちゃったら大変だから。私はこれをしばらく研究してみるから。

 あ、明日また私を訪ねてきてくださいね、そっちの残っている呪いがどう変わってるかチェックしたいので」

 私は宝石に封じ込めた呪いを覗き込みながら言った。

 漏れ出してはいない、封じ込めには成功した。

 今はサンプルだから残しておくけど、そのうち消滅させる方法も考えないとね。

「は、はい、わかりました。今日はこれで失礼させていただきます……」

 と、立ち上がろうとするけど、うまく立ち上がれないでいる。腰砕け状態ってやつね。

「んー、結界は、もうちょっとこのままにして置くので、服の乱れを直してから、ちょっとそこで休んでてくださいな」

 しばらくグリエルマさんは腰砕け状態でいて、立ち直るまでにしばらくかかっていた。


 宝石に閉じ込めた呪いの根幹ともいうべき部分を直に観察してわかったこと。

 一番痛感したのは通常の魔術とは根本的に違うことだ。思ってた以上に違う。まさしく根本的に違う。

 魔法という物は恐らく、その魔法単体で常識がそれぞれ異なってくる。

 まさしく魔の法ともいうべきもので、それ自体が一つの独立した法則のようなものだ。それこそ、それ一つで完結している世界のような代物。

 これを私が自力で解くのは、不可能じゃないかもしれないがあまり現実的ではない。

 長い年月をかければいけるかもしれないが、それこそ気が遠くなるほどの時間が必要となる。

 恐らくグリエルマさんが呪いにかかっていなくても、先に寿命のほうが尽きてしまうレベルの話でさすがにどうにもならない。

 まあ、もっと時間をかけて調べなくちゃ詳しくはわからないけど。

 グリエルマさんが落ち着いてから、結界を解いて部屋の前に待機してたヴィラちゃんにグリエルマさんを村まで連れて行くように頼んだ。

 そこでふと思い出す。そういえば騎士とか神官とかそういった人たちが来てるんだっけ。

 うーん、まあ、興味本位なんだけどね、見てみたい。せっかく異世界に来たんだから、騎士様とか見てみたいじゃない?

「あ、私もたまには村まで行ってみようかな」

 と、ボソッと漏らしたら、

「えっ!? た、隊長!!!」

 と、グリエルマさんに肩を貸していたヴィラさんが大声でミリルさんを呼んだ。

 近くの部屋に待機してたミリルさんが颯爽と現れ、

「どうした、ヴィラ」

 と、声をかけた。あれ? やば、なんかまた大事に?

「イナミ様が村へと……」

 それを聞いて、ミリルさんは少しほっとした顔をした。

「ああ、騎士団を見たいんでしたよね?」

 ミリルさんは確認するように私に尋ねた。

「ええ、そうだけど、なんか大事ごとじゃない?」

 まあ、この間話してたし、いいよね? なんでこんな大事そうな雰囲気になるのよ!!

 ちょっと見学に行くくらいいいじゃない。

「村もだいぶ変わってますし、私たちも付いていきましょう、グリエルマ様は私が。ヴィラは他の者たち全員を呼んできてくれ」

「はい、わかりました」

 そう言ってヴィラちゃんは走って行ってしまった。

「え? やっぱり大事じゃない? 全員でって」

「いえ、これは神殿と教会の確執が原因ですから、イナミ様には関係ありません」

「えぇ、見に行くのやめたほうがいいかしら?」

 そう言われると悪い気がしてしまう。私の暇つぶしと好奇心に巻き込むのはよくないよね?

「いえ、そんなことはありません。全員で行くのはただの見栄のようなものです。確執も昔ほどひどくはないですし。

 それに村、というかすでに町の規模になっていますが結構変わっています。様子を見に行かれるのもよろしいかと」

 そんな変わったのかな?

 まあ、ここに移り住んでから台地の下まで降りていくことは、グレルボアの呪いを解きに行くときだけだしなぁ。

 グレルボアの農場も村のほうにはないし、だいぶ変わっているんだろうけど。

「そういえば名前も結局イナミ村になったのよね、自分の名前の村とか恥ずかしいなぁ、もう」

「嫌なら断ればよろしかったではないですか」

 ミリルさんは不思議そうに聞いてきた。

「そうなんだけど、ディラノさんにどうしてもと。

 ああ、そういえば、まだあの白い毛の生えた羽虫まだいるよね?」

 ぱっと見は白くて綺麗な虫なんだけど、ぱっと見でも吸血鬼の目にはしっかりとそれが虫ってことが細部までわかっちゃうのよね。

 綿毛のような虫で本体はほぼ真っ黒で、蚊よりは大きくミツバチよりは小さい、また蚊のように人の血を吸い酷いかゆみをもたらすらしい。

 私は刺されたことないけど。

 で、つぶすと緑色の汁をぶちまけるんだけど、血を吸った後の個体だと、緑と赤が混ざり合って気持ち悪い色になる。

 けど、私にとっては血の匂いをさせてるわけだから、何とも言えない気持ちになるのが、また嫌なのよね。虫の体液と人の血が交じり合っちゃってるし。ほんと何とも言えない気分になる!!

 その虫を見たとき、殺虫の魔術を使ってやろうかと思ったんだけど、どうも幼虫が良質な糸を作るみたいなのよね。

 カイコみたいな感じ?

 まあ、血を吸う虫が作る糸はどうなのって思うけど。

 とはいえ、血を吸うのは産卵期にある雌だけで、やっぱり蚊と同じらしいけど、なんだかなぁ。

 蚊とカイコを合わせたような虫なんだよね。

 シースさんの話では魔物が野生化した種らしいけど、今は野生化しすぎてただの虫に成り下がっているみたいで危険はない、らしい。

 血を吸うのも魔物時代の名残なんだとか。

 近々この虫の幼虫が作る糸と布も交易品として扱う予定らしい。なので、殺虫どころか、追い払うこともできない。

 そのうち、どうにか隔離してカイコみたく家畜化させるしかない!!

「はい、相変わらず上の方は多いですね、村のほうまで行けばそうでもないですが。

 パティ、ヴィラ、クロエ、ミャラル、お前たちでイナミ様の蚊帳を作ってお連れしろ」

「「「はい」」

 クロエさんとミャラルさん、聖歌隊の平隊員。平隊員といっても、隊長補佐、見習いも2名ずつなので実質一番苦労してた実務担当のお二人さん。

 今はしてないけど、私が来るまで村の見回りをずーとしてくれていた人たちだ。

 年の頃もエッタさんとパティちゃん達の間位、イメージ的にはアレだ!!

 ミリルさんが大学生で、エッタさんとシースさんが高校生くらい、クロエさんとミャラルさんが中学生でパティちゃんとヴィラちゃんが小学生くらいの感じかな?

 正確な年齢知らないけど、それくらいじゃないかな?

 まあ、そんなわけで、クロエさんとミャラルさんはともかくパティちゃんとヴィラちゃんは背がまだ低いので蚊帳を作るために精一杯手を上にあげてくれてる。

 さすがに可哀そうだったので、

「うーん、まあ、私は刺されないから蚊帳はいいよ」

「いいのですか?」

「うん、大丈夫大丈夫。どっちにしろ、この虫も飼うことになるんでしょ?

 じゃあ、慣れないとね」

「イナミ様が望むのであれば、あの虫などは……」

「良質な糸や布が作れるんでしょ?

 そっちの方が重要よ、私からすればちょっと気持ち悪い虫がいっぱいいるってだけの話だし」

「ですが……」

「ああ、もう、いいってば。それにまだ夕方まで時間があるし、日の出ている今ならそんなにはいないでしょ」

「はい、わかりました。皆、蚊帳はなしだ、行くぞ」

「「「はい」」」

 私はしばらくぶりに外に出た。

 あれ? 一週間ぶり? それよりもっとかな?

 うーん、日にちの感覚がよくわからなくなってるなぁ。

 ついでに、まだ日差しは強いけど雪が舞う、といいよりは、綿が舞うと言った感じで、その羽虫は結構いた。

 確か名前は、そのまま綿毛虫だったような。

 羽虫にしては結構大きいからキモイんだよなぁ。

 そんなことを思いながら、長い階段を何度も折り返しながら村へと降りて行った。


 村まで下りたのは、いつぶりかしら?

 下手したら一ヶ月近く降りてきてなかったかも、あれ? もっとかな?

 そしてびっくりした。

 ちょっと見ぬ間に、村は村じゃなくなっていた。

 大通りには石畳がひかれ、所狭しと露店が立ち並んでいた。

 人も私が来たときは30人程度だったと思っていたけど、今は数える気が起きないほどいる。

 ざっと見まわしただけで100人や200人程度はいそうだった。

「ちょっと見ない間にだいぶ変わってるのね」

「はい、これもすべてイナミ様のおかげです。人も物も大量に流れてきています。

 何よりあのゴーレムの建築速度が尋常ではないので、あっという間に発展していきました」

「やっぱり連れてきてよかったね、ゴーレム。

 そういえばシースさん、ゴーレムについてなんかお話とかはないの?」

「す、すいません、イナミ様。

 ゴーレムについての逸話とかはあんまりないんです。作る者によって性質も機能も違ってしまうので。

 今度なにかないか調べておきます」

「ああ、別にいいわよ、なんか面白い話でも見つけたらくらいで、そのときは教えてね」

「はい!」

「にしても私が来た時の村の感じが見る影もないわね」

「まあ、あのゴーレムなら半日もかからず、立派な家を一軒立ててくれますからね。

 あの頃あった既存の家はもうすべて建て直していますね」

 そんなのが年中無休で休みもせず働いていれば、街並みも変りもするか。

 でも村? もう町? で稼働してるのは一体だけなんだけど、すごい活躍だなぁ。

 ゴーレムの魔術構文をコピペできればなぁ。ああ、でもそれだけじゃダメか。

 特に作業用ゴーレムには魔術とは別の技術、機械? 絡繰り? よくわかんないけどそういった技術も使われてるから、私じゃ作れないのよね。

 魔術の部分は多少時間かかるけど再現はできそうだけども。ゴーレムの体のほうの、絡繰り的な技術は再現不可能だし。

 その部分を魔術で補うとなると…… 一筋縄じゃ行かなそうだなあ。でも割とヒマだしその辺も追々やっていかなくちゃ。

 そのゴーレムも今は、サブマスターとでもいうの、私じゃなくても命令ができるように設定し直している。

 ディラノさんが一体、これは主にダタムルの町との流通に使われている。

 さすがにゴーレムだけに任せられないから、村の人間と一緒だけれども、作業用のゴーレムとはいえ、そこらへんにいる低級な魔物よりはだいぶ強いので護衛代わりにもなる。

 まあ、便利だよね。護衛代わりと言ってもゴーレムが襲われた様子はまるでないけど。イシュの伝令がダタムルの町のあたりにまで届いてるのかしら?

 んで、残り二体を親方さんに貸している状態。

 一体は修道院を作るの専属で、残る一体が村で雑用に使われている。

 さすがに戦闘用のゴーレムは危険なので私が直で管理している。

 あれが暴れたらこの村なんかは一瞬で滅茶滅茶になっちゃうし。

 そんな戦闘用ゴーレムは今日も今日とてグレルボアを生け捕りに森へと散策に行かされてる。

 村の護衛用に持ってきたのに、魔物はもう姿を見せないしね。飾りで村の入口に置いておくよりはいいかもしれない。

 グレルボアの家畜化もうそろそろ軌道に乗るって言ってたから、そろそろ入口の飾りに戻してもいいかもしれないけど。 

 それはそうと、今は騎士だよ、騎士! 異世界の本物の騎士を見たい!

「そうなんだ、なんだかすごいね。

 ああ、それで騎士の方々はどこかしら?」

「中央の集会場をお借りしています、そこで待機しているはずです」

「集会場、そんなものまでいつの間に」

 まったく知らない施設だった。いや、一応報告は受けてるはずだけど、たぶん興味ないから聞き流してたと思う。

 その証拠にミリルさんは少し困った表情をしている。もちろん私が知らなかったことに対して言及したりはしない、けど。

「本当にすごい勢いで発展しています、これもひとえにイナミ様のおかげです」

 村、というかもうすでに町? 私には村と町の区別はつかないけど、もう村というか町な感じだよね。

 中心には、井戸、というか噴水に近い形で水汲み場があった。

 どういう用途で使うかはわからないけど、二段に分かれているところを見ると、上が飲み水用で、下側に流れ落ちているのがそれ以外の雑多に使う水ってことかな?

 うーん、でもこれを見ると、上下水道完備なのは、さすがに私の家だけかな?

 上下水道は早めに施工したほうがいいんだっけ?

 そんなこと聞いた気もするけど、後で親方にでも言っておこうかな。

 まあ、ゴーレムも上下水道も今は置いておこう、今は騎士だ!! 騎士様を見に来たんだ!!

「集会場ってあの建物?」

 一番大きくて立派な建物を指さした。

「いえ、あれは役場兼ディラノの家ですね。家というか役場の一室に住み込みで働いている感じになっていますが」

「忙しそうよね、ディラノさん」

 そういえばラルフさんの件であった時も疲れた表情してたなあ。

 私が無駄に大事にしちゃったせいもあるんだけど。

「これだけ急激に発展してますからね。今は寝る暇も惜しんで働いているそうですよ。

 あちらが集会場となっています」

 敷地は役場より広いけど、建物は至ってシンプルで平屋建てだ。役場は少し見栄を張っている感じで、集会場は機能性重視といった感じかもしれない。

 集会場の門から中を覗くと、馬の世話をしているゴツイ筋肉質のおっさんが一人。

 そして、それを眺める全身鎧を身にまとった、やはりゴツイ筋肉質のおっさんが一人。

 ああ、違う、私が想像してたのはこういうのじゃない。

 そう思っても口に出す勇気は私にはなかった。

「エド騎士長」

 と、グリエルマさんが全身鎧のゴツイおっさんに声をかけた。

 呼ばれたおっさんはグリエルマさんの方を向き、ミリルさんに肩を借りていることに気づき急いで、ドスドスと重そうな音を立てながらやってきた。

 なんかごつくて怖い。

「グリエルマ様、どうかなされましたか」

 声が大きい。身振り手振り、というかいちいち動作が大きい。

「いえ、大したことではありません」

「しかし……」

「そうですね、隠すようなことでもないですので。

 イナミ様に頼んでいたことが一部ですが達成できたので、お礼として、わたくしの血を捧げただけですので、ご心配なく」

「そういうことでしたか、では、こちらの方が?」

「はい、血の……」

 グリエルマさんが言いよどんだ。彼女の嘘を見抜けるという能力上、彼女自身も嘘を言うのが嫌なのかもしれない?

 いや、その能力の強さからして、彼女自身嘘を付けないという制約か何かがあるのかもしれない。

 ただの私の憶測だけど。

「血の精霊のイナミよ、よろしくね」

「おお、あなた様がうわさに聞く。

 確かに素晴らしい力の精霊様だ。吾輩はグリエルマ様護衛を任されているエド・エガートンと申すものです。以後お見知りおきを」

 いつの間にかに馬の世話をしていたゴツイ男もエドの後に来ていた。

「これは我が家に仕えている使用人のレスリーだ」

「エガートン家に仕えさせて頂いております、使用人のレスリーと申します」

「はい、よろしくね」

 私がそう言って微笑みかけると、レスリーは顔を真っ赤にさせて照れた。

 ふふ、やっぱり美人って得よね。

「しかし、精霊様がわざわざ足を運んでいただけるとは、なにか大事な要件でも?」

 私には一応、礼を尽くしてくれているエドさんだけど、聖歌隊のみんなには一瞥もしない。

 まるで視界に入らないかのようだ。

 聖歌隊のみんなも、気は張っているようだけど、私の手前か特に何も言わない。まるで騎士ともめなくはないようだ。

 あれ、やっぱり来ちゃいけなかったかな?

「いえ、イナミ様が一度騎士の方々を見てみたいと……」

「なぬ、そういうことでしたか! グリエルマ様がお世話になったお方、我ら護衛隊全員で出迎えなくては不作法というものですな」


 その後騎士様全員で集合し隊列、騎士の宣誓を聞かしてもらい、さらに模擬戦まで見せてもらった。

 気が付けば日が暮れていた。

 ついでに教会の神官たちからは一応挨拶らしきものはあったが、あんまり歓迎されてないようにも感じた。

 神殿側は精霊信仰をしていて、教会側は神を信仰している。崇めている者が違うのだから、まあ、そういうことなのかな。

 ミリルさんの話では、騎士は神殿や教会とはまた別の勢力、とのこと。

 私が思っていたのとは違うけど、騎士に満足し帰るとき、エド隊長はずっと私を見ていた。

 見送ってくれているのだろうけど、なにか違和感があった。

 

 グリエルマさんは次の日も呪いの様子を見せに来ていた。なんか患者を診察する医者の気分だ。

 予想通り若干ではあるが、呪いが弱まっている。

「実感できるほどじゃないと思うけど、呪い自体が弱まってると思う。少なくともここ数日分の呪いの進行くらいは抑えられてると思うわ」

「確かに今朝は気分が楽でした、この呪いが発現して以来、朝起きるのも辛かったですから、こう、活力を全部吸い取られていく感じで」

 低血圧の朝みたいなものかしら?

 私も朝苦手だった、気がする。記憶がないけど、そんな気がする。

「そういう意味じゃ私の吸血行為も似たようなものですけどね」

 良かった、予測通り効果は十分にあった。

 これなら吸血行為を続けていれば、グリエルマさんが呪いで死ぬようなことはないだろう。

「それは、そうですが、イナミ様のは、なんていうか、その、ちょっと癖になりそうです……」

 あ、あなたもか。自分じゃ体験できないけど、どんな感じなのかちょっと気になるな。英雄様まで虜にする吸血行為だなんて。

 これはこれで問題なのだけど、どうにもならないしなぁ。そもそも自分の体の魔術構文はなぜか見れないし。

「とりあえず一週間に一度くらいのペースで吸血して、様子を見ていくしかないですね」

「その頻度でも大丈夫なんですか?」

 ちょっと残念そうな表情なのは見なかったことにしよう。

「何日も続けて血を吸うのは体、肉体の方への負荷が大きいので」

「その辺は大丈夫です、魔術で回復させますので」

 そういや、この人も魔術使えるのよね、まあ、当たり前か。魔王退治の英雄様の一人だし。

 ちょっと聞いた話だと、神殿側、聖歌隊の魔術は攻撃寄りで、教会の魔術は防衛寄りって聞いたっけ。

 ということは、グリエルマさんはゲームでいうところのヒーラーなのかしらね。

 確かにイメージには合ってるけど。

 ついでに聖歌隊の魔術が攻撃寄りなのは、妖魔に堕ちた精霊を狩るのも彼女たちの仕事というか使命なんだそうだ。

 また聖歌隊が精霊に尽くすのは信仰対象だからだけじゃなくて、精霊を妖魔に堕とさせないために尽くすんだとか。

 吸血鬼ってばれないようにしないとなぁ。

 あとイシュのこともばれないようにしないといけない。

「いやー、実際問題、魂も血と一緒に頂いちゃっているわけだから、どーなんだろう?

 魔術で魂の再生もできるか、って言われると、難しいんじゃないかなぁ」

「確かにそうですが……」

 そんなに血を吸われたいのか、うーん、ほんとどんな快楽を与えちゃってるんだろう、き、気になるなぁ。

「あとね、勘違いしてたら悪いんだけど吸血行為、たとえ魂すべて吸い尽くすまで血を頂いてもその呪いすべてを吸い出すことはできないと思うの。

 あくまでこれは延命処置でしかないからね、その点気を付けてね」

「そう…… ですか……」

「グリエルマさんの神様から頂いた使命っていうの、ここに居ながらじゃ叶えられないようなものなの?」

「そうですね、雲をつかむような、なんの手掛かりもないようなことなので、何とも言えません。申し訳ありません。

 でも、そういった意味ではここにしばらく滞在するのも問題はないです、というより今は手掛かりがほとんどないんです。

 秘匿することも含まれている神託なので人にも相談できずにいます。それもまた試練なのだと思ってはいます」

「うーん、私がすんなり直してあげられたら良かったんだけど……

 普通の魔術なら大概どうにかできるけど、魔法となるとさすがにね」

「そんな滅相もないです。

 イナミ様がいなければ私は今日明日にも、この呪いに命を奪われてたでしょうし、本当に感謝しかありません」

「そう言われると嬉しんだけど、今のところ延命処置しかできないからなぁ、その間に根本的な解決方法を探すしかないか。

 やっぱり魔法には魔法で対抗しないとダメだよなぁ、そうなると私もあんまり自信ないのよね」

 魔法となると私もさっぱりだ。

 というか、グリエルマさんに掛けられている呪いしかわからないが、どういう効果があるかはギリギリわかる。けど構造の理解となるとまったくわからない。故に書き換えもできない。

「いえ、それこそ、わたくしのほうは本当に手詰まりでしたので、魔神の呪いを解いた精霊様がいるという噂を聞き尋ねることができたのは本当に運が良かったです」

「ああ、グレルボアのね。あっちは簡単な魔術で、でも結構大規模な魔術よね、生まれてくるグレルボアすべてを呪うように設定されてるなんて。さすがは魔神っていったところかしら」

「その呪いは今も?」

「ええ、この間生まれてきた赤ちゃんボアの呪いを解いたよ、解いたというより無効化しただけなんだけどね」

「魔神グレル…… 塩の魔神でしたか。まだ倒されたとは聞いてませんが、かの魔神ならこの呪いも……」

 何か思いつめたような表情をしている。魔神との取引も辞さないつもりなんだろう。

「イシュ、どうなの?」

(解くことはできたとしても、それを素直にしてくれるとは思えませぬ。

 それこそどんな条件を吹っ掛けられることかわかりませぬぞ)

「解けるかもしれないけど、素直にそれをしてくれるどうかはわからないってさ」

(あのアンティルローデめも、調伏したとはいえ、その後も手を焼いていましたからな)

「イシュも居場所は知らないのよね?」

(はい、アンティルローデの最後の切り札でしたからな、我もほとんど見かけることもなく、普段から所在も不明でした)

「グリエルマさんは、グレルがアン…… あの魔女に調伏されてたって知ってる?」

「いえ、そんな話は聞いたことはないですね。

 ただここはアンティルローデが支配する以前は、魔神グレルの住まう土地として有名だったので推測はできますが。

 やはり魔神をも従えるほどの魔女だったのですね」

(奇襲というか、ほぼ罠に嵌める形で無理やり調伏させたのですがね。あの時は我も死を覚悟していました)

「ふーん。

 呪いの状況から見て、魔神グレルは恐らく生きているんだとは思うけど、そんな相手じゃ危険よね?」

(はい、魔力の強さではイナミ様に遠く及ばないでしょうが、太古から生きる魔神達は我もしならないような秘術をいくつも持っているはずです)

「じゃあ、逆に可能性があるんじゃない?」

「?」

「ああ、ごめん、イシュがね、太古から生きる魔神達は秘術をいくつも持っているっていうから、グリエルマさんの呪いを解く方法も、と」

「なるほど、やはり超常の者に頼るしか方法はなさそうですね」

 私も割と超常の者だと思うのだけれど、役に立てなくてごめんなさい!!

 今までは暇つぶし程度に魔術書を読んでいたけど、もっとまじめに勉強しないとダメかしら?

 ああ、魔術書があるのだから、魔法書とか…… ないかな? 後でイシュやミリルさんに聞いてみよう。

「うう、ごめんね、私にもう少し知恵があれば」

「い、いえ、すいません、イナミ様がいなければ、わたくしはすでに死んでいた身です。感謝こすれ、そのようなことは……」

 何度かしたやり取りだ、と思っていると、ここで扉を力任せに開けようとし、開かなったのかその後ドンドンドンっと乱暴に扉をたたく音がした。

 結界の魔術を張ってはいるので、力任せに乱暴にされようがその扉が開くことはないが。

 聖歌隊の人達はそんな乱暴なことはしないはず? それとも急用? 急用でも先に声をかけるよね。

 ちょっとグリエルマさんとの話に夢中になりすぎたかしら? いや、この結界張ると少し外の気配を感じにくくなる弊害のせいかしら、私も扉を開けられようとするまで気づけなかった。

 そう思ってると、争うような声が聞こえる。内容的にはミリルさんが抗議しているようだが押され気味みたい。

 外で何か起きてるみたいのは間違いがない。

 パチンと指を鳴らして結界を解く。

 そのとたん、扉が乱暴に開かれる。

 扉を開けたのは騎士団のエド隊長だ。他の騎士達もいる。

「なにごとです! イナミ様に失礼でしょう」

 グリエルマさんがエド隊長に食って掛かった。

 が、エド隊長は気にせずグリエルマさんに近寄り、そっと耳打ちをした。

 普通は聞こえないほどの囁きだったけど、私には聞き取れてしまう。

 教会からの密書が来た、と。それだけだった。

 それを聞いたグリエルマさんは驚きの表情を一瞬だけ見せた。

 そして「今頃どうして」と小さくつぶやいていた。

「イナミ様、お話の途中で申し訳ございません、急用ができたので、今日はこれにて失礼させていただきます。

 また御所を騒がしていまい申し訳ございません。この侘びはいつか致します」

「いいのよ、気にしないで。また会いに来てね。一週間後くらいにはね」

「はい。今日は申し訳ございませんでした、では」

 そう言ってグリエルマさんとエド隊長は足早に去っていった。

 去り際にエド隊長が私を見る目は、やはりなにかおかしい。でもあからさまな敵意と言うわけではない。

 って、そうか、アンティなんとかさんが、活動してたのは十数年前、グリエルマさんはまだ若いから直接会ったことないだろうけど、エド隊長くらいの年齢なら……

(ねえ、イシュ、あのエドって人とアンティなんとかさんは、会ったことあると思う?)

(ふむ、その可能性は低いかと。アンティルローデは非常に用心深かかったので、安易に人前に姿をさらすようなことはしませんでした。

 我もあのような人間に会ったことはないです、人共の中で、アンティルローデの姿を知っているのはアレクシス様くらいでしょう)

(アレクシス様?)

(魔王退治の英雄、人がいうところの勇者という人物です)

(ふーん)

 元魔王四天王の配下のイシュがなんで勇者に様付け? まあ、いいか。

 うーん、なんか嫌な感じがする、魅惑の瞳の魔力を使うかぁ、でもラルフさんの件で痛い目を見てるしなぁ。

 ああ、ラルフさんの件っていうのは、簡単に言っちゃうと、うーん、ラルフさんが私に対して、なにか感じが悪い、というか当たりが強くなってきてね、そうグリエルマさんが初めて訪ねて来た時から急にね。

 それだけなら良かったんだけど、村の発展の妨害までするようになってきて、それどころか、それこそ人の生死にかかわるような揉め事を起すようになってきたので、瞳の魔力を使って、本心を言わせたら「こんな辺境に来たくなった、けど精霊が来たのでここに神殿を作れば、この村は神殿の勢力下になるので教会関係者の俺はこの村を追い出され王都へ戻れるはずだった。

 だけど、あの大精霊はなぜかいつまでたっても神殿も作らない、それどころか発展しないはずの辺境のこの地は精霊のおかげでどんどん発展していく、そんな中、神殿の聖歌隊の連中は精霊の力を借りてどんどん発言権を増していく。

 村がこれほどまで発展してしまった今、このまま王都へ戻るものなら無能者の烙印を押されてしまう」っていうようなことを、結構な人数の前で言ってしまい、言った後に本人もなんでこんなことを、といった感じになっちゃったのよね。

 やっぱりおいそれと使うべきじゃなかったなぁ。

 その後、完全に自暴自棄になったラルフさんが私に襲いかかろうとしたところを、取り押さえて再び瞳の魔力を使い善良な一般市民になるように少し強めに暗示をかけちゃったのよね。

 まあ、なんていうか、揉め事を起したとはいえ、悪いことしちゃったなぁ、と私も反省してる。

 そんなこともあったから、あんまり瞳の魔力には頼りたくないのよね。

 無理やり更生させちゃったラルフさんは、世捨て人みたいな感じになっちゃって、見ていて痛々しいし。

 本人の意思はあると言えばあるけど、私のせいで性格がねじ曲がっているというか、ただただ善良なだけの廃人という感じだし。

 はぁ、もうこれ以上このまま何事も起きなきゃいいけど。


 そして、そのまま何も起きなかった。

 そう、何も起きなかった。

 あれから一週間すぎてもグリエルマさんは私を訪ねてこない。

 村を去ったのかと思ったけど、まだ集会場にはいるようだった。

 そのまま日数がすぎ最後に会ってから9日間たっても、グリエルマさんは訪ねてこなかった。

 呪いのことがある、しばらくは大丈夫だろうけど心配になる。

 一度様子を見に行ってみるののいいかもしれない。

 ミリルさんにそれとなく話すと全力で止められた。

 なんでも騎士と神官戦士で集会場にこもっている状態で、誰も近づけないらしい。

 向こうは大神官の名の元に行動しているらしく、下手に動けば神殿と教会の遺恨になると。

 それでも、どうしてもと言えばお供します、と言ってはくれたがさすがに、そこまで無理はさせられない。

 なら、夜にでもこっそり? と思ったけど、下手にミリルさんに話しちゃったせいで夜見回りされてる始末だ。

「うーん、どうしたもんだろう」

 そう自然とつぶやいてしまった。

(いかがなされましたか? 我が主よ)

(グリエルマさんの様子を見に行きたいんだけど、見回りされてるし、瞳の魔力は使いたくないしで……)

(ふむ、では我が様子を見てきましょうか)

(イシュ、あなた目立つじゃない?)

(我は鏡の妖魔ですぞ、我が主よ。姿などいくらでも変幻自在ですぞ)

(はぁ? えっ、なんでそんな悪魔みたいな恰好しているの?)

(これは確か…… アンティルローデめの命でこのような姿を取っていたはずです。

 鏡の妖魔、いえ、これは鏡の精霊も含めですが、元々の姿などないのです。

 それゆえ一度でも我の宿った鏡に映った姿ならいくらでも変幻自在となるのです)

(なんでもっとはやく教えてくれなかったの、知ってたらずーと手鏡に閉じ込めておくようなことしなかったのに)

(我は元より鏡の中の住人、とくに不便はなくむしろ鏡の中のほうが……)

(うーん、そういう問題じゃなくてね)

(すみませぬ)

(いや、謝らなくていいんだけど、じゃあ、あれね、私の代わりにもなれるってことよね?)

(イナミ様は鏡に映らない故、完璧にとは言えませぬ。

 見るものが見れば見破られてしまいますでしょうな。例えばあのミリルとかいう再生者ならば恐らく見破ってしまうでしょう)

(でも、ベッドで寝ている分にはばれないでしょう?)

(それは、まあ、そうですが。それなら例の結界の魔術だけこの部屋にかけておけばよいのでは?)

(それもありと言えばありかもしれないけど、私の寝室に入れないし返事もないってことはいないって言ってるようなもんじゃない?

 ああ、そういえば似せれるのは姿だけ? 声真似とか受け答えは?)

(無論できますぞ)

(ああ、うん、イシュ、今日の夜になったらここに残って私になって寝てるふりしてて)

(ご命令とあらば。ですが、あの英雄とやらに会いに行くのでしょう、少々危険なのでは?)

(かもしれないけど、あの人たちが持ってた武器は確かに魔術で強化されてたけど、私に傷を負わせれるようなものはないよ)

(いえ、我が心配しているのは、あの英雄のほうです。あやつはかなりの使い手に思えます)

(グリエルマさん? うーん、彼女と戦うことにはならないと思うけど。そもそも彼女には私が必要だし)

(そうですが、ならいらぬ心配でした)


 そうして私は深夜になるのを待って、自分の部屋を抜け出した。

 イシュヤーデの奴、本当に私そっくりに変身しやがった。

 はたから見ても美少女だったよ。しばらく眺めて見とれちゃうくらいかわいかった!

 あとで、いろんな人に変身させて遊んでやる!!

 ま、まあ、それは置いといて、これは親方と私しか知らないのだけれど、あの部屋には実は隠し通路があるのだ。

 神殿跡地から持ってきた鏡の裏に実は抜け道があって、表からは見えない隠し裏口へと出れるのだ。

 でた場所も、私が目覚めた神殿跡地。この場所は無理いって残してもらっている。

 理由はなんとなくかな?

 まあ、せっかく残ってたんだし跡地だけでも残しておきたいなって気持ちがあっただけかもしれない。

 それもディラノさんの案で、伝説の魔女の最後の場所として禁足地兼観光名所にする予定なのだけれど。

 私の部屋のほぼ真後ろが観光名所にされるのはちょっと嫌だけど。

 あちら側に窓はないし、お客さんが入れる場所からはそれなりに離れているから問題もないと思うけど。

 今はそんなことはどうでもいい。

 グリエルマさんが心配だ。まだ余裕があるとはいえ、減った寿命は元に戻らない。処置は早い方がいい。

 明かりもなく真っ暗ではあるが、吸血鬼の私には光など元々必要はない。

 遠くで作業用ゴーレムが作業しているのが見える。夜は音を出さない作業をやらされてるんだっけかな。

 ゴーレムとはいえご苦労様なことだ。

 村へと、いや、もう規模だけなら町だよね、続く階段を飛ぶように降りていく。

 本気で走ると地面に足を付けている時間のほうが短い。まるで体の重さを感じれないかのように飛ぶように走れる。

 町だか村だか、いや、そういえば、まだ町の認可は降りてないっていってたかな、じゃあ、正式には村なのかしら、まあ、どっちでもいいや。

 村の明かりはまだ多少ついているところがある。

 酒場だったり夜のお店だったりと。

 にしても、いつの間に、こんないかがわしいお店できたんだろう。

 さすがに私にまで報告は上がってないと思うけど。無許可営業のお店なのかしら? まあ、わたしの許可なんか元よりいらないんだけどね。

 ま、まあ、今はいい、ちょっと覗いてみたい気もするけど、今はいい。イシュがいれば、これからいくらでも抜け出せる。

 一度そういう綺麗なお姉さんが接待してくれたり、オカマがやってる飲み屋さんとか行ってみたかったのよね。

 ここはそういうお店ですらない可能性もあるけど。

 まー、今はいいのだ! いつだって機会はある。

 今は集会場へ急ごう。

 明るい通りを避け、真っ暗な夜道を走り集会場前までたどり着く。

 集会場の入口には松明がたかれ門番とばかりに二人の騎士が立っていた。

 できれば、争いごとは避けたい、というか、こっそりグリエルマさんと会って吸血行為だけでもして呪いの遅延だけでもしときたい。

 そのためにわざわざ夜に来たんだし。

 魔力を伸ばし辺りの様子を探る。

 騎士が8名に、神官戦士と思しき人間が7名。それと個室に一人、この個室にいるのがグリエルマさんかな。微小ながらも結界の類を張られていて断定はできない。

 騎士は見張りの二人がいるので、個室以外の建物内、大広間にまとまっているようだ。騎士6名と神官戦士が7名。

 全員この時間にも関わらず起きている。

 なんか警戒されてる?

 グリエルマさんと思しき人がいる個室には窓があるけど、木の板を内側から打ち付けている。

 この部屋にこっそり入って結界の魔術でもかけちゃえばいいかな?

 血を吸って、できれば事情も聴いて、後はばれないようにこっそり帰ればいいよね。

 音をたてないように部屋に入るのは難しいけど、音を立ててもばれないように、というか聞こえないようにする魔術はいくらでもある。

 音を吸収する魔術を展開し、集会場の壁を一っ飛びで乗り越える。そこそこ高い壁だけど、吸血鬼の運動能力の前には意味はない。

 入口の門番役に気が付かれた様子もない。

 そのまま個室までいき、個室の窓の開き、打ち付けられている木の板をそっと外す。

 もちろん普通の人間にはできないことだけど、吸血鬼の力の前には容易い事だった。

 そうやって部屋に入ると、一人の女性がロープで縛られ寝かされていた。

 ただすぐに分かった、この人はグリエルマさんじゃない。臭いでわかる。

 勝手にグリエルマさんだと思い込んでて気が付くのが遅れた。

 その女性が私に気が付くと、縛られてるはずの縄を自ら解き、

「やはり来たか、魔女め」

 と言った。

 私は真顔で、

「いえ、魔女じゃないです」

 と返し続けた。

「グリエルマさんに会いたいのだけど、難しそうなのよね?」

「魔女が戯言を……」

 というところで、私は観念して瞳の魔力を使い黙らせた。

 魅惑の魔力で朝まで眠れと命令しといたので、朝までは起きないと思う。

 まあ、もう疑いようもない。私を魔女と呼ぶということは、そういうことだろう。

 誤解を解きたいけど、解けるかしら?

 魅惑の瞳の魔力を使えば、できなくはないだろうけど、この魔力はとても強力で手加減が難しい。

 最悪私の言うことを聞くだけの廃人にしてしまう。できれば使いたくはなかった。

 とはいえ、神殿と教会の対立問題に発展させるわけにもいかない。

 なるべく穏便に解決しなければならないし、そのためなら瞳の魔力でどうにかしないといけない。やっぱり来るべきじゃなかったかな?

 とりあえず名も知らない、確か神官戦士にいた一人だと思う、女の人を部屋に設置してあったソファーに寝かせた。

 思ったより大事になっちゃっうかな、と思いつつ、部屋の扉を開けた。


 部屋の扉を開けるとそこは集会をする広間だった。

 中央にこちらを向いて器用に大きな剣を持ちつつ腕組みをしているエド隊長がいた。

 その後ろには臨戦態勢の騎士と神官戦士たちがいる。

 私の隠密行動はバレバレだったのかしら? ちょっとショックだけど、まあ、私素人だし。

 グリエルマさんもいて、手を、魔術で何かしらの強化がしてある手錠のような物で拘束されて、丁寧に猿轡までしている。

 ここで手錠の魔術がなんなのか確かめてる余裕はさすがに私にはない。

 グリエルマさんが私に気が付いて声を出そうとしてくれてるが、くぐもっていて声にはならない。

「はやり今宵に来たか、ならば魔女というのも確信が持てるというもの……」

「いえ、先ほども言ったけど、違います。

 さっきもそんなこと言われたけど、明日になにかあるの?」

「知ったようなことを。

 まあ、いい、明日にはアレクシス様が到着する。貴様がグリエルマ様を洗脳しようと、我らを殺そうと、あの大英雄は貴様を殲滅してくださるはずだ」

 えぇー、アレクシスって勇者のことよね、イシュの話でもアンティルなんとかさんと面識があるようなこと言ってたし、まずいのでは?

「ふふ、どうした、焦っているようだぞ」

「ええ、ちょっと焦ったけど、まあ、勇者様っていうなら話し合えばわかってくれるかも? なんて希望的観測かしら?」

「ほほう、あくまで魔女ではないと、そう言うのであるな?

 ならば、なぜ、今宵、明日アレクシス様が来るという、今になってここに参られた? 護衛もつけずに」

「それは…… まあ、色々とあるんだけど、今日来たのはただの偶然なんだけど、一番はグリエルマさんが心配で」

「なぜ貴様がグリエルマ様を心配する必要がある?」

 呪いのことは言えないよなぁ。

 うーん、どうしよう。

「まー、明日、その勇者さんとともに、どうせ私のところに来るんでしょ。

 その時に色々話すようにするわ」

 私のことは、まあ、うーん、でも、この人たちに私のことを包み隠さず話すのはさすがに危ない気がする。

 その勇者さんには話すしかないかなぁ、話の分かる人であればいいのだけれど。


 この時の私はまだ知らない。

 大英雄アレクシスは本物の勇者である。

 彼は善人であり、公平であり、人情深い人間であり、話の分かる人間であった。

 ただ、彼には、早とちりなところがある、それが唯一の欠点とも言っていい、そのことにこの時の私はまだ知らない。


「グリエルマさんには悪いけど、明日勇者さんが来たらなるべく速く私を訪ねてね」

 私がそういうと、グリエルマさんは涙ながらにうなずいてくれた。

「今日はお騒がせして申し訳ないけど帰るわ、また明日に勇者様と一緒に」

「このまま帰れると?」

「別に帰らなくても私はいいんだけど、大騒ぎになるわよ?」

 主にミリルさん辺りが大騒ぎすると思う。

「まさか逃げるつもりではあるまいな」

 そう言いつつもエド隊長は冷や汗を流している。

 騎士の隊長なんかやってる人だ。力量差がわかるんだと思う。正直私からすれば戦いにもならない。

 彼らの持っている武器は魔術で強化された優れた武器ではあるが、私に害をなせるものだと一つもない。

 素手で受け止められるし、直撃してもちょっと痛い程度だ。私からすればハリセンを持っているようなものだ。

「そのつもりなら、あなたたちをそのままにしていくのはおかしくなくて?

 言っては何だけど、実力差がわからないって、わけじゃないでしょう?」

 エド隊長は少しだけ迷う、が、すぐに迷いを断ち切るように首を左右に振った。

「いいや、ダメだ、アレクシス様を待つというのであれば、このままここで待ってもらう」

 エド団長さんの決心は硬いようだ、ここで私と一戦交えることになっても引く気はないらしい。

 戦いになったら面倒だし、聖歌隊にも迷惑かけちゃうよね?

 じゃあ、おとなしく待ってるかな。

「まあ、それでもいいけど……」

 イシュヤーデに朝になったら隠れるように念話で……


 ドンっと音を立てて正面の入口の扉が唐突に開かれる。

 そこには青年と言ってていい年齢の男、しかもかなり精鍛な顔立ちをした男が抜き身の剣を持ち立っていた。

「アンティルローデ!!」

 男はそう叫ぶと異常なまでに速い速度で距離を詰めてきた。


 えっ、と思う。

 本能があの剣はまずい、と訴えかけてくる。

 剣にかかってる魔術、もしくは魔法を読み解く時間はない。けれども、あの剣はまずいと私の直感が告げてくる。

 けど、吸血鬼の動体視力は男の動きを見切れるし、この肉体ならどうにか避けれる、そう確信した直後、


 ─── 避けろ、このうすのろめが!!! ───


 そう、どこかから声をかけられた。

 私はその声に驚き、一瞬迫りくる青年から目を離してしまう。

 あっ、と思って視線を戻した次の瞬間、剣は私を串刺しにしていた。

 そして、その青年は、

「アンティルローデ、すまない、キミは危険すぎるんだ」

 そう耳元で言った。

 私は剣に貫かれた胸を見ながら、

「いえ…… だから、人違いですぅ……」

 と言って、その後、すぐに灰のようになって崩れていく自分の肉体を見ながら視界は暗転した。




 気が付くと私はまた何もない真っ黒な空間にいた。

 あ、私また死んだ。今度はちゃんと死ぬところを確認してしまった。

 そう思っていると、目の前に私がいた。

「あれ、私がいる」

 今度は声がでた?

「私じゃない、これは妾じゃ」

 その姿は自信に満ち溢れ、傲慢と気品の両方を併せ持っていた。

 それと同時にもの悲しさも漂わせている。

 なんだか不思議な感じだ。でもこの姿はいつも見ている私の姿だ。

「え、でも私だよ?」

「貴女、妾の肉体を完全に奪った気じゃな?」

 そう言って目の前の私は私を見下し、あざけ笑った。

「ん? というと、あなたがアンティルローデっていう魔女さん?」

「今頃…… なぜ今頃…… 妾の名を呼んでも、もう遅い!!

 なぜ頑なに…… いや、それは大体予想がついている」

 なんか一人で怒って一人納得している。

「んー? よくわからないんだけど」

「まあ、よい、今ので妾の肉体との縁も完全に切れた。妾の復活ももう望み薄か……

 程よい区切りではあったがな、名残惜しくもある」

「えっ、復活って?」

「肉体との縁が結ばれている間に貴女が妾の名を一度でも呼んでいれば、言霊の力で縁を手繰り寄せ、妾は肉体を取り戻せていたのじゃが」

「えっ、そうなの? なんだか知らないけど覚えれなくて……

 って、覚えれなくてよかった!? のかしら?」

 その場合、私はどうなっちゃうのかしら? 私あの体から追い出されるの?

「貴女にとってはそうでしょうね。大方、奴がなにか手心を加えたのでしょうけど」

「奴?」

 聞き返してみるけど、一応心当たりはある。というか、それしか思い浮かばない。

「管理人とかいう胡散臭い奴よ」

「ああ、やっぱりそうなのね。

 ん? だとしても話が見えないのだけれど」

「いや、妾も貴女に聞きたいことがある。お互いに一つずつ質問しあっていきましょう?

 まずは妾から。妾が精霊と人のハーフと言う話は、誰から聞いた? まさかイシュヤーデから聞いたわけではあるまい? そもそも、あやつも知らないはず」

 まあ、なんていうか、いきなり出てこられて困惑はしてるけど、話を聞かしてくれるというのではあれば嬉しいけど……

 いや、それよりこれよ、これ。

「え? 本当に精霊と人間のハーフだったの!?」

 そう返すとアンティルローデさんは何が残念そうな表情を私に向けた。

 んー、でもこれでわかった。彼女は私を観察していたけど、それは表面上のことで思考や念話の内容までは分からないみたいね。

「あぁ、もうよい。ただの偶然か? いや、必然か? これも奴の介入なのか? 疑いだしたらきりがない。

 次は貴女の番よ、妾が知ってることならば滅多にないことだが正直に答えてやろう」

 聞きたいことはいっぱいある気がするけど、とりあえずは現状把握よね?

「ここにいるってことは私やっぱり死んじゃったのかな?」

 この返答次第ではその後の話の方向性が全然違ってくるもの。

「そんな質問でいいのか?

 まあ、いい。ここは今際の際、死と生の間、そんなような空間じゃ。なので正確にはまだ死んではいない。

 それに、貴女はあの世界との縁はまだ切れていない。

 ここは貴女が奴と会っていた空間、そこに至るための空間、準備段階の場所といったところか。

 では、今度はこちらから、貴女、妾の魔術を書き換えていたがあれはどうやって?」

 縁は切れていない? 正確にはまだ死んでない?

 いや、でも、剣で貫かれて塵になってったよ?

 あそこから復活できるわけはないよね?

 うーん、まだ死んでないってことはこれから死ぬってこと? えぇ、なんか答えになってないよー!!

 ええっとなんだっけ? 魔術の書き換えか、答えにくいこと聞くなぁ、自分でもよくわかってないのよね。

「うーん、なんとなく構文が見えて、魔力でそれを書き換えることができるっていうのが、なぜか理解できてて……

 うまく説明できないんだけど、とにかくできそうでやってみたらできた? みたいな?」

「ああ、それも奴の仕業か、これは間違いなく確実にそうじゃな。そうでなければいくら何でもあんなことできるわけがない。

 妾が介入した仕返しに奴も色々してくれたようじゃな、おかげで計画が全部台無しじゃ。

 ここまで介入してくるのは予想外じゃった。こちらの世界に引き込んでしまえば奴なら見て見ぬふりをしてくると思っておったわ。

 ちと甘く見すぎていたのじゃな」

「介入?」

 あ、つい聞き返しちゃった。

 もっと考えて質問しないとダメだよね。

「ん? ああ、貴女を妾の肉体に乗り移させたのは妾じゃ」

「なんでそんなことを?」

 って、なるほどだからあんな感じで目覚めたのか。

 管理人との話もなんか途中だったものね。

「連続で貴女の質問か? いや、まあ、いい。

 踏ん切りがついたことだしすべてを語ってやる。なにせこの十数年、しゃべり相手と言えば奴のみじゃったからな。

 あやつは物知りじゃが機械的で話していてつまらん。聞き返してくることもないしな。

 そんなわけで、順番など面倒じゃ! この際だもう全部話してやるわ。

 どうせ貴女に何か聞いても、なんとなく、偶然、とかそういう言葉が返ってくるだけじゃろうしな。

 さてさて、妾が吸血鬼として生まれ変わろうとしていたのは知っているな?」

 あれ、なんか全部話してくれるみたいな流れに?

 この人がアンティルローデって言うなら、この空間に十数年もいたことになるし、もしかして本当に寂しくてお話したいだけなんじゃないかしら?

「ええ、イシュからそう聞いてるよ」

「じゃが、それはエデンバラの神官達により阻止された。なぜ奴らが妾の転生のことを知っていたかは疑問じゃがな。

 吸血鬼になると劣悪な精神汚染、いや、魂の汚染と言うべきか、それが発生する、それを防ぐために妾は一度魂を肉体から隔離させ、この今際の際に魂と精神だけを一時的に避難していた、その隙をつかれエデンバラの神官達にしてやられたというわけじゃ。

 失恋の衝動的な行動だったにせよ、少し考えがなさすぎたものじゃな」

 エデンバラって教会の神官だっけ?

 いやそれより今はこれよ!

「失恋!?」

 失恋って、こんな美少女なのに失恋しちゃうんだ。

 やっぱり外見が良ければすべてうまくいくっていうわけじゃないのね。

「ふん、いや…… まあ、いい。

 妾と同じ精霊と人、いや、あの方は精霊と神とのハーフと言うべきか、選ばし存在、唯一無二の存在、絶対的勇者。

 アレクシス様じゃ。

 妾は…… 恋をした。一目惚れだったし、初恋だった。初めて愛というものを知った。まさに衝撃的だった。

 妾は思いのたけを告白した。受け入れてくれるなら魔王を裏切ってもいいとさえ言ったのに、結果は…… なにも得られなかった。

 じゃから、妾は吸血鬼に身を堕としてでも、その魅惑の瞳でアレクシス様を我が物にしようと、半ばやけになって行動した結果が、エデンバラの神官なんぞに後れを取ることとなったのじゃ」

「えぇ…… 失恋のショックで吸血鬼になって思い人を自分の物にって、それどうなの?」

「心神喪失ってやつじゃな。今思うと我ながら間抜けな話じゃ。

 ただ思い通りにしたいだけなら、似せて作った操り人形でも作れば良かったしな。

 はぁ、我ながら馬鹿なことをしてしまった。

 まあ、初恋ゆえの暴走というやつじゃな。今思い返しても、なんであんなことを我ながら思っている。

 恋は人を狂わせる、それは女天魔とまで言われた妾とて例外じゃなかったのだの」

「いや、まあ、初恋で暴走するのはちょっとはわかるけど」

 その暴走した人が下手に力と権力を持っていて、止める人がいないとこうなっちゃうのかな?

 まあ、愛しい人を手に入れたいっていう気持ちは、わからなくはないけど。

「そんなわけで妾は、いや、エデンバラの神官のせいでこの今際の際に離隔され、自分の肉体へ帰れなくなったわけじゃ。しかも、この何もない空間で十年以上じゃぞ?

 しかも肉体がないので精神状態は更新されず失恋直後の心情のままじゃ。

 気が狂ってもおかしくはあるまい?

 今も妾は失恋の痛手と孤独と虚無を抱えている。こうして貴女と話していること自体が一種の救いにすらなる、そんな状況下だ。

 わかるか? 肉体とのつながりがないため、精神が更新されないずーと同じ気持ちでこんな場所に永遠と閉じ込められていた妾の気持ちが。

 そんなところにこの世界に転生してくる馬鹿がおったので、そやつの魂を妾の肉体に憑依させ、そやつに妾の名を呼ばせ、縁と言霊の糸をたどり妾の肉体へ戻れる算段を付けていたのじゃが、うまくいかないものじゃ」

「え、その場合私はどうなるの?」

「妾に魂を喰われ、妾はその馬鹿みたいに強い魔力をも得ることができたじゃろうに本当に残念だ。

 その馬鹿みたいな魔力があれば、アレクシス様をも、いや、それではやはり意味がない。

 あの方を操っても、ましてや屈服させてしまうのでは意味がない。

 あの方はあのままが一番素敵なのじゃ。

 ほんに手に入らないものほど愛おしく欲しくなるものよ。

 けれど、今となっては無意味なことよ。

 アレクシス様に肉体ごと塵にされてしまっては、さすがにもう戻れぬ。肉体との縁が完全に切れてしまったわ。

 まあ、最後にアレクシス様に会えたことだけは貴女に感謝するわ。

 ああ、妾に止めをさしたのがアレクシス様というのもかしらね、ふふ、相も変わらず凛々しいお姿……

 迷いも慈悲も一切ない、ああ、ほんとうに素晴らしい……」

 確かにかっこよかったね、アレクシスっていう人。

 思ってたより若かったけど。精霊と神様のハーフっていうなら、実年齢は結構上なのかしら?

 いや、まって、イシュからきいた話では神様はかなり昔にこの世界から去ってるはず?

 えっ? 何歳なの? あの勇者様?

 でも、まあ、そんなこと考えてももう意味ないか。

「縁が切れたってことは、もう戻れないのよね。

 私も戻れないのかぁ」

「あら、貴女はまだ帰れるわよ、これも、奴の仕業かしらね。なにせ色々うまく出来すぎてるもの。

 何が過度な干渉はしないよ、この娘には激アマで干渉してるじゃないの、クソっ、髪の毛一本から再生できるとか、ちょっと出来すぎじゃないかしら」

「私が帰れるってどうやって? 肉体は灰みたいに白くなって崩れちゃったし」

「まあ、もう再生が始まってるし、そろそろ時間だわ、妾はもう行くことにするわ」

「え? 再生?

 それに行くってどこへ?」

「貴女が蹴った世界よ、海原の世界とか言ってたかしら?

 アレクシス様以外の子を産むのは癪だけど、アレクシス様と出会ったおかげで子をなすってことにも少し興味が湧いたわ。

 そういうこともしてこなかったので試してみようと思うの。中々高度な文明を持ってる世界らしいし、ちょっと楽しみではあるわね。なんにせよ、何もないここは飽き飽きよ」

「えぇ、いや、うん、そこまでわかってるならいいけど」

 この子わかってるのかな? 蜂とか蟻の生体…… まあ、私が心配することじゃないか。

「じゃあね、もしまた出会うことがあったら」

「え、あ、はい、また出会うことがあったら……?」

「その時は八つ裂きにしてあげるわ、じゃあね」

「ひっ」

 そして、アンティルローデの姿は薄く闇に溶けるように消えていった。

「ああ、まって、グリエルマ! グリエルマさんの呪いの解き方を教えて!!」

 私はこの黒い空間にただ一人残された。

 もし縁が切れていない、と言うことがあの世界に戻れるということなら、グリエルマさんのことを聞いておきたかったけど、遅かったか。


 けど、ちょっとだけ間をおいて、それも掻き消えるかのような声で、


 ─── 神殿の地下、地下神殿を探しなさい、それでも解けるとは思えないけどね、今度こそ、さよなら、もう二度と会いたくないわ ──


 そう、どこからともなく聞こえてきた。

 神殿の地下? って、私が目覚めた場所の地下に地下神殿があるってこと?

 しかし、彼女、魔女アンティルローデは、こんな空間に十何年も一人で…… って、ん?

 なんでアンティルローデは、私がこの世界に転生することや、海原の世界を蹴ったことを知ってるの!?

 覗き見られてた!?

 そうよね、そうしないと私を自分の肉体に憑依させるなんてことできないものね。

 あれ、ちょっとまでって、色々疑問が!!!


 と言うところで、痛みが走った。

 痛みどころではない。今まで感じたことのないような激痛だ。

 頭が痛い。血が流れる血管が痛い。とにかく痛い。何もかもが痛い。

 今はとにかく頭部が痛い。それ以外は今のところ何も感じない、いや、ない、頭部以外は今はないんだ。

 痛みを訴える声も出せない。

 闇しかない空間が、急に赤く染まり、そして赤い色はすぐにぬぐわれ外の景色を映し出す。

 ここは、私が初めて転生、いや、憑依させられて目覚めた神殿跡地?

 髪の毛? ああ、そうだ、確か日光が怖くて髪の毛一本抜いた、ってあの時抜いた髪の毛から肉体を再生してるの!?

「ヴぁぁあ、ぁああぁ」

 痛みで声にならない声を上げる。

 声にならないのはまだ喉まで完全に再生できてないからだ。

 どこからともなく血が流れ出てそこから血管ができ、肉を作り骨を作り皮で覆う。凄い勢いで肉体が再生されていくが、とにかく痛い。

 どうしようもなくその痛みに耐えてるとフサッと音がして、目の前にコオロギのような虫が飛んできた……

「ヒィィィィ、助けて、イシュヤーデ!!」

 もう喉が再生仕切っていたので声がでた。

 その声を聴いて、颯爽とイシュヤーデが私の元へはせ参じた。早い!! さすがイシュだ!!

「イ、イナミ様!? そのお姿は!? 一体何が!?」

「それは後、後でいいから、虫、虫をどけて! いや、顔を、私の顔を持ち上げて!!」

「え、あ、はい、仰せのままに」

 私は私、いや、アンティルローデさんの姿をしたイシュヤーデに抱えられる。

 今は頭と肩の付近まで再生されているみたいだけど、絶えず激痛が襲う。

 血がしたたり落ちその軌道がそのまま血管となり再生していく。激しい痛みを伴いながら。

 しかし、こんな状態でも声が出るんだなぁ。

 そして、肉体を再生し続ける私を完全に持て余しているイシュヤーデがいる。

「とりあえず自室へ連れてって」

 と、痛みを我慢してそういった。このままじゃ裸だしね。


 全身が再生するまでそう時間はかからなかった。

 全身すんごい痛かった。いや、まあ、再生し終わったところは痛くはなかったんだけど、なんかもうどこが痛いかわからないくらいの勢いで痛かった。

 全身再生し終わると嘘のように痛みは消えていた。

「ふぅ、痛かったぁ……

 とりあえず全身再生できたかな、イシュ、何か着るものあるかしら?」

「はい、こちらに」

 そういえば、恐らくだけど、イシュヤーデさんとの主従関係切れてるのよね、あれはきっと本物のアンティルローデさんとつながってたから、残っていたんだと思う。

 そのつながりももうないってことは、そういうことなんだと思う。

 まあ、今はとりあえず触れないでおこう。イシュも気づいてないっぽいし。そもそも、イシュが私を裏切る姿はもう想像できない、気がする。気を許しすぎ?

 この世界に来てずーと一緒だしね、気も許せるようになるさ。

「さて、もう一度会いに行くわよ、勇者様に」

「勇者…… アレクシス様が来ておられるので?」

「うん、今度は話す時間があればいいけど」

「!? イナミ様、まさかアレクシス様に?」

「んー、まあ、そうなるかな? 私をアンティルローデさんと間違えたみたい」

「ぬぅ……」

 イシュヤーデが密かに怒りをかみ殺しているのがわかる。

 私に危害が及んだことを怒ってくれてるのかしら? それならいいんだけど。個人的な恨みでもあったら話がややっこしくなりそうだけど。

「まあ、これも向こうで話すけど、一度肉体を滅ぼしてくれたおかげで色々助かったのよ、私」

「どういうことでしょうか、我には何もわからずじまいです」

 そりゃそうだよね、でも今は先に戻った方がいい。そんな気がする。

 今度はちゃんと話す機会があればいいんだけど。

「とりあえず、勇者様に会って色々話さなくちゃいけない気がするの。

 イシュは…… とりあえず当たり障りのない人にでも変身して」

「はい」

 すぐにイシュヤーデが姿を変えた。本当に当たり障りのないような中肉中背で若いのか年を取っているのかもよくわからないような男だ。

 印象が薄く特徴もない。記憶にとどめておく方が難しい気さえする。

「じゃあ、イシュも一緒に行くわよ!!」

 私は再び夜の闇の中を駆け、村の集会場へと直走った。

 ミリルさん達に気づかれる心配はあったけど、そんなことを気にしている暇はない。

 よくよく考えるとそこまで急ぐ必要もない気もするけど、今は急ぎたい、そんな気分だった。


 私が集会場につくと、全員項垂れていた。

 恐らくグリエルマさんが自分の呪いのことを話したんだろう。

 そこへ颯爽と私が現れ、迷うことなく魅惑の瞳の魔力を開放し、声高らかに上げた。

「そこの騎士と神官戦士の人たち、私を見なさい!!」

 その場にいた全員が私を見て驚く。

 グリエルマさんとアレクシスさんも私を見ているが、この二人からは魔力の対象から除外する。

「今夜見聞きしたことは忘れなさい、そして今夜はゆっくりと朝まで眠りなさい!!」

 私の目が怪しく赤く輝き、魅惑の、いや、支配の魔力を解き放つ。

「はい、仰せのままに……」

 騎士と神官戦士達は一瞬にして私に支配され言いなりになる。

 あまり実験してないので、この瞳の魔力にどれだけの力があるかわからない。

 ようは、見聞きしたことを忘れろ、と命令はしたものの、本当に効果があるかどうか不明だ。最悪、誰にも言うなと上書きで再度魅了しなおさないといけない。もう魅了と言うより本当に支配の領域だけど。

 でも、まあ、今は問題はない、とりあえず今はこの場から除去できればいい。なんやかんやするのは勇者様と話を付けた後でいい。

「イナミ様!? ご無事なのですか?」

「神剣に刺されたはずなのに、キミはいったい!?」

「全部説明するし、私はアンティルローデではないし、敵意もないし、一度肉体を滅ぼしてくれたおかげで私自身助かったので恨んでもない、とりあえず話をしたいのだけどいいかしら?」

「え、あっ、ああ、キミがアンティルローデではないことは、グリエルマから聞いたが……

 って、後ろにいるのはイシュヤーデか?」

「はい、アレクシス様、お久しぶりでございます」

 やっぱり知り合いか、この二人。

 イシュの怒気が静かに漂っているのがわかる。空間を痺れさすほどの怒気だ。普通の人間が正面から浴びればそれだけで腰を抜かしてしまうほどのものだ。

「イシュが怒ってるのは私のため?」

「い、いえ、そのような……」

 言葉をかけると怒気が霧散していくのがわかる。やっぱり私のためなのかな?

「まあ、結果的に私のためになったし、それをこれから説明もするから、とりあえずここにいる人は私の話を聞いてくれるかな?」

「わかった、話を聞こう。だがその前に、キミはアンティルローデではないということでいいんだよね?」

 そう言いつつも勇者様はいつの間にかに抜いていた剣を鞘に収めた。

 こわっ、この人何時剣抜いたのよ、私がイシュとここに来た時は剣は鞘に収まってたのに。

 ちょっとそのことにビビりつつも私は続けた。

「ええ、それだけは確かよ、危うく乗っ取られるところだったみたいだけど」

「乗っ取られる……?」

「まあ、一つ一つ説明していくわね。

 まず私はアンティルローデその人じゃない、この肉体はアンティルローデさんの物だったけど、髪の毛一本から再生した今は、もう完全に私のもの、ね、多分」

「髪の毛一本から再生した? いくらなんでも無茶苦茶すぎる」

 勇者様が叫ぶ、が、私もそう思う。髪の毛一本から再生って、いくら何でもやりすぎじゃない?

 あ、今は忘れたけど、これからは髪の毛を数本抜いて予備にしまっておこっと。

「おお、さすが我が主!」

 無駄に褒めてくれるイシュ。でももうあなたの主じゃないのよね。

「ああ、あともう私はイシュの主じゃないはずよ? 盟約も切れてるでしょ?」

「そんなまさか…… 確かに切れています、今になってなぜ?」

 人の顔だと絶望しているのがよくわかる。こいつ意外と表情豊かよね、悪魔の姿で表情がわかるくらいには。

 やっぱりアンティルローデさんの魂と縁でつながってたから主従関係も引き継いでたのね。

「それも説明するからまって、ええっと、何から説明すればいいのかしらね」


 私は私が異世界から転生してきたこと、この体は元はアンティルローデのもので吸血鬼化していること、今際の際でアンティルローデ本人に会ったこと、危うくアンティルローデに乗っ取られるところだったこと、一度神剣により肉体を完全に破壊したことで縁が切れてその心配がなくなったことを話した。


「グリエルマ、彼女が言っていることは本当なのかい?」

「ええ、イナミ様は嘘を言ってはいません。そして、わたくしが操られていないことは、アレク様ならおわかりでしょう?」

「ああ、それはわかる。だとしたらボクはとんでもないことを」

 勇者様は項垂れている。

 本気で反省している、いや、悔やんでいるように見える。

「いえ、だから、一度肉体ごと滅ぼされたおかげで私は助かったんだってば。まあ、管理人とやらの便宜はかなりあったみたいだけど」

「なるほど、我がイナミ様を主と認識していたのは、アンティルローデの肉体にその魂がぶら下がっていたからだと……

 しかし、我は主を失ってしまった今どうすれば……」

「いやじゃないなら私の元に精霊に戻れるまで居ていいから」

「イ、イナミ様!! 我は妖魔に身を堕とした身なれど、盟約など関係なく忠誠を誓わせていただきますぞ」

「精霊に戻りたいなら、確かにそれが早い気がするが、しかし、あのイシュヤーデがここまで心酔するとは」

 さらっと勇者様が凄いこと言ったよね。

 この人は妖魔を精霊に戻す方法を知ってるぽい?

 あとで聞いてみよう。今はイシュが感極まって、ただでさえうるさいから嫌だ。

「やっぱり二人は知り合いだったのね」

「精霊において、この方を知らぬ者などおりません」

 イシュヤーデが自信たっぷりにそう言った。

 やっぱり個人的な恨みとかはなさそうね、どちらかと言うと元は好意的な感情を持っていた?

 そういえば、アンティルローデさんがなんか言ってたよね、確か……

「ああ、確か精霊王と神様との間の子なんですっけ?」

 みんな知っているものとして、口を滑らしてしまったが、

「ど、どこでそれを…… って、アンティルローデからか」

 勇者様の精鍛な顔が苦虫をかみつぶしたような表情へと変わる。

「え、ええ、そうだけど言っちゃまずかった?」

「アレク様が精霊王と神の……

 か、神と言うのはど、どちらの!? どちらの神なのですか?」

 これらの反応を見るに、口を滑らしていけない感じだったのかしら?

 グリエルマさんが目を輝かしていらっしゃる。

「いや、それは……」

「あ、まずかったみたいね、どの神様かまでは知らないけど、もう他言無用にするので許してね。

 にしても、魔王を倒した勇者様が精霊王と神様のハーフだなんてできすぎよね」

「いや、まあ、うん、それは……

 キミだって、その肉体がアンティルローデのものだというなら、母方は月の女王のものだし、異世界から来たというのであれば、キミは間違いなく稀人で神そのものだよ。

 キミのほうが出来すぎている」

「は!? アレクシス様、今なんと?」

 なんか今度はイシュヤーデが凄い反応した。どの言葉に? って、月の女王って言葉にだよね?

 それ以外はもう知っているはずだし。

「あっ、イシュヤーデ、な、なんでもない」

 勇者様はあからさまに動揺していた。

 売り言葉に買い言葉で、勇者様も口を滑らせたのかしら?

 しかし、月の女王って何者?

「アンティルローデの母君が月の女王ですと……」

 イシュヤーデが目を見開き驚愕している。今は人の姿をしているから、ほんと表情がわかりやすい。

「月の女王って?」

「精霊王の奥方様で、夜を統べる月の精霊です」

「えっ!? じゃあ、アンティルローデさんとアレクシスさんは兄妹?

 あれ? まって、異母兄弟でいいの? ん? いや、どうなの?」

「いや、まあ、ボクとアンティルローデには血のつながりはないよ。

 それぞれの浮気相手の、というか、月の女王様は浮気した精霊王への当てつけに、人と交わりアンティルローデを産んだらしいけどね」

「その話、我も初耳なのですが……」

 イシュは完全に呆けている。

「アンティルローデがイシュヤーデ、キミを重宝していたのは有能であるのもあるけども、夜の眷属の上位精霊であるキミを手元に置いておきたかったのもあるかもしれないね。

 どこか親しみを持てたのかもしれない。彼女は精霊界では忌み子として扱われていたから。

 それにしても吸血鬼、吸血鬼にか。あれからすぐに吸血鬼に? これもボクのせいなのか。

 でも、ええっとイナミだっけ?

 キミの場合はほぼ吸血鬼化してない、きっと稀人の力、神の力のおかげだと思う。

 まさに血の精霊と言っても過言じゃないよ、いや、吸血鬼の精霊というべきかな。

 ボクの見立てでは精霊のハーフということで間違いないよ、肉体的にはね。ただ魂は神のそれだよ。

 ただキミに血を吸われたものは吸血鬼化する可能性は捨てきれないけどね。

 吸血鬼の力を神の圧倒的な魂で押さえつけているだけの状態だからね、その点だけは気を付けて」

「だから邪気やらなにやら、なにも感じれないのですか……

 神の、稀人の魂…… 色々納得がいきます」

「いや、それよりもまず最初に、やらねばならないことがあった。

 結果、無事で事態が好転したとはいえ、ボクの早とちりで、本当にすまなかった、この落とし前は、いつか必ずつけさせてもらうよ」

 そう言って勇者アレクシスは私に深々と頭を下げた。

「いえ、こっちこそ、下手したら乗っ取られた身ですし」

「いや、それはないだろう、いくらアンティルローデでも、キミの魂、神の魂を乗っ取ることはできなかったはずだ、逆にキミに吸収されるのが落ちだよ」

「ええ、そうなの? 今際の際であった彼女はなんか強そうだったけど……」

「とはいえ、吸収したことで人格に影響が出る可能性もあったから、縁が切れたというなら、それは良かったかもしれないが。

 そういえば、アンティルローデの魂は?」

「ああ、私と同じように別の世界へ旅立っていったみたいよ。女王様になれる世界かな」

「そうか、彼女の境遇には同情する余地はある、けど、彼女は危険すぎた。それこそ次世代の魔王候補そのものなんだ。

 転生したというのであれば、次の世界で幸せになってくれることを願うよ」

「ああ、そうそう、グリエルマさん、もしかしたらその呪いの解く鍵が分かったかもしれない」

「ほ、本当ですが!?」

「ええ、アンティルローデさんがね、地下神殿に手掛かりがあるって言ってたけど。

 イシュ知ってる? 地下神殿」

「いえ、我も知りませぬ。

 ご存じの通り神殿も含め建築をしたのはゴーレムが担当して自動で作業しておりましたので、誰にも、我にも知られずに建築していた可能性は十分にあるかと。

 だとすると……」

「だとすると?」

「いえ、我の取り越し苦労ならそれでいいのですが、その地下神殿に、魔神グレル殿がいてもおかしくはないかと」

「塩の魔神か。テッカロスほどではないが、強力な魔神だ。魔神なら狩らなくちゃいけない。地下神殿へ行くときはボクも同行しよう」

「それは助かります! 勇者様が一緒なら心強いです!!

 それにしても、塩の魔神ねぇ、だから井戸水がしょっぱいのかしら?」

「その可能性はあるかもしれません。

 しかし、なるほど、我はアンティルローデが嫌われてたから、この辺りに下等種の魔物共がいないと思っていたのですが、魔物どもは本能でグレル殿から逃げていたのかもしれませんな」

「何事にも理由があるのね。

 あ、そうだ、グリエルマさん、血を吸っておく?

 とっ、その前に、勇者様からみてこの呪いどう思います?」

「グリエルマの呪いか。この魔法はボクにも解くことはできない。魔法にしても相当高度なものだよ。

 あの場に居ながらグリエルマにこんなものがかけられていたことすら気づけなかった、すまない。

 さらに言ってはなんだけど、地下神殿に手掛かりがあると言うのも、希望は薄いだろうとボクには思えるよ、この魔法は本当に強力なものだ」

「確かに、アンティルローデさんも解けるとは思わないけど、とは言ってたなぁ」

「そ、そうですか……」

 私と勇者様に否定されてグリエルマさんは落ち込んでしまう。

 けど、勇者様がすかさずフォローを入れる。

「だが逆に、イナミの吸血よる呪い除去は効果的だと思う。

 吸血鬼化に気を付けてさえいればだけどね」

 やった、勇者様のお墨付きだ。

 あとは寿命の問題よね。

「勇者様から見て、吸血行為で寿命が縮む可能性ってどう思います?」

「うーん、ボクにも確かなことは。でも、寿命が縮むとは思えないけど。確かに吸血鬼は魂も血と共に吸収するけど、キミの場合は事情が違うから。

 試しに測定してみるかい?」

「寿命をですか?」

「ああ。目の前で血を吸ってもらえれば、ボクの目なら見て取れると思う」

 私が言うのもなんだけど、このアレクシスって人も大概だな。

「ア、アレク様の前で、イナミ様に血を吸われるのですか……

 それは…… 少し気が引けます」

「ん? なんでだい?」

 勇者様は何も分かっていないご様子。

 まあ、乱れちゃうところは、異性に、特に勇者様のような人には見られたくはないよね。

「なんかすんごい気持ちいいらしくて、少し乱れちゃうのよね」

「イ、イナミ様」

 少しなにかを訴えるようにグリエルマさんが見つめてくる。

 グリエルマさんはやっぱり勇者さんのことが好きなのかしら?

 はたから見たら…… 見た目はグリエルマさんの方が少し年上だけど、お似合いの美男美女のカップルに見えなくはない。

「え、ああ、寿命のほうに集中するから、現視のほうは情報としてあまり入ってこないから、気にしなくて平気だよ、グリエルマ」

「そ、そういう問題では……」

 と、怒りつつもグリエルマさんは首筋を出す準備を始めた。


 寿命の減り具合を見てもらった結果、問題になるほど寿命を減らしてるわけではない、とのことだった。

 勇者様が言うには、私は吸血鬼ではあるけれども、神の魂ともいうべき強力な魂のおかげで、吸血鬼とはかなり違った存在になっているぽい。

 そもそもこの世界の吸血鬼は、俗にいうところのアンデットとは違い、精霊が妖魔になるように、人が魔に堕ちたもので魔物ではあるが、ゾンビや幽霊などのアンデットとは違うらしい。

 またアンティルローデは半精霊半人であり完全に吸血鬼化することはないとか。

 そんな肉体に、稀人と呼ばれる神の魂の持ち主である私が憑依したため、本来の吸血鬼とかかなり異質化していて、言ってみれば、血の精霊、いや、吸血鬼の精霊。もう少し正確にいうと、精霊と人のハーフの吸血鬼の精霊と言った感じのよくわからないものみたいね。

 これはあくまで勇者様談だけどね。


 あとこれはちょっと後日談なんだけど勇者様がこの村を訪れた理由も公には、アンティルローデが生きていた、から、魔神グレルがいるかもしれない、に、いつの間にかにすり替わっていた。

 誰かが意図的にすり替えたのかしら?

 勇者様が訪れるだけで、色々騒がしくなるし何かしらの理由もいるらしい。

 そのことをアレクシスさんに聞いたら、そういうのが得意な仲間がいる、って言ってたっけ。

 大英雄というか、勇者だもんね、イメージは大事よね。

 騎士と神殿戦士達もいつの間にかに、アンティルローデらしき人物を発見したから、魔神グレルの痕跡を発見したということになっていた。

 これは私の瞳の魔力を改めて使ったわけじゃない、いつのまにかにそうなっていたし、なぜか、あの夜のことを覚えている騎士も神官戦士もはいなかった。エド隊長を含めてだ。

 これもアレクシスさんいうお仲間のおかげだろうか?

 さすがにちょっと怖いレベルで手際が良すぎない?

 色々分からずじまいだけど、まあ、私を疑わなければそれでいいや。


 魔神グレルがいるかもしれない、夕闇の魔女の地下神殿。

 実はまだ見つけていない、というか、探してすらいない。

 というのも、グリエルマさんに教会から密書が来ていたことは事実で、グリエルマさんはアレクシスさんと共に、教会本部がある王都へ一時的に帰っていったからだ。

 その際、勇者様に魔神は倒さなければならない、地下神殿を探索する件はしばらく待って欲しいと頼まれたのだ。だから探してすらいない。

 現状ではなんだかの封印が施されていて、その封印を外から解かない限りは、たとえ魔神でも中から何かが出てくることはないだろうって、勇者様が言ってた。

 勇者様が言ってるんだからその通りだと思う。なんか色々凄い人だし。

 でも、本当に魔神はいるのかしら?

 大きな力を持った存在なら、私でも気が付きそうだけど。

 って、アレクシスさんの接近を気づけなかった私が言うのはアレかしらね。

 気配や魔力自体を消す魔術があるから、感覚だけで探すっていう方法は限界があるみたいね。これからは気を付けないといけない。

 でも魔神はともかく地下神殿自体あることはある、そのはず。

 さすがにあの状況で、アンティルローデさんが嘘を言うとも思えないし。

 せっかくファンタジーな世界に来たんだから、冒険ぽいこともしてみたいのも事実よね。

 特に私の場合は、髪の毛一本からでも再生できちゃうほどだし、気楽な気分で冒険を楽しめちゃうなんて素敵じゃない?

 あの激痛を耐えるのは嫌だけどさ、そうそう私がやられるようなことも少ないだろうし。

 早く勇者様達帰ってこないかな。今から地下神殿の探索が楽しみだ。

 その前に、冒険に必要そうな魔術を片っ端から覚えないと!!

「イナミ様、おやつの用意ができました」

 そう言ってメイド服姿の美少女が、ティートロリーっていうの? なんかほら、よくお嬢様のおやつなんかで紅茶とかお菓子を運んでくるワゴン、あれを押して部屋に入ってきた。

「ありがとうイシュ」

 と、私は言った。

 そう、この美少女はイシュヤーデさんなのだ。

 いろんな姿になれるというところから、私のお気に入りの着せ替え人形になってもらっている。

 ついでにはじめはダンディーな執事になってもらったんだけど、ミリルさんからのあたりが強くて今は美少女になってもらっている。

 あの人、精霊フェチだけじゃなくて、そっちの趣味があるんじゃないのかしら?

 執事の時とメイドの時で態度があからさまに違ったんだけど。

 ああ、そうそう、聖歌隊の皆にはイシュヤーデさんが妖魔で、私の元で精霊に戻るために修行をしているってことになっている。

 まあ、事実だからね、嘘はついていない。

 最初は驚いていたけど、勇者様のお墨付きもあり信じるしかないし、妖魔のことを見逃すというか、監視すると言う名目になっている。

 王都へ戻った勇者様は、ついでに神殿本部にイシュのことと、ついでに私のことも、伝えておいてくれるらしい。

 でもどう伝えるんだろう? 悪いようにはしないから、とは言ってたけど。

 ついでに勇者様ことアレクシスさんの出生について、精霊王の息子ってことは一般に知られてはいないものの知ってる人は知っているくらいの話らしい。

 精霊王と神の間の子というのはほぼ知られていない、知っている人物はこの世界で片手で足りるくらいのことで秘中の秘らしい。

 これからはうっかり口を滑らさないようにしないといけない。


 私はイシュが持ってきてくれたお菓子を頬ぼりつつ、早く地下神殿の探索をしてみたいな、などと、のんきに自堕落な生活を送るのでした。

 まあ、地下神殿は地下神殿で厄介なことが起きたんだけど、それはまた別の機会にでも。


 今は勇者様達が帰って来るのを呑気に待ちながら自堕落な生活を楽しんでおこうかなっと。

とりあえず第一章はこれで終わり。

次の章は章自体を書き終わってからなのでしばらく先です。


物語自体の大筋も決まっています。


たぶん5~6章程度。




誤字脱字は多いと思います。


教えてくれると助かります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ