異世界転生して現地の常識を覆すようなことをできたけどよくわからなうちにできたので達成感も何もない!!
私自身の記憶はないので多分なんだけど、馬車という物に初めて乗った、と思う。
馬車は馬二頭で引くかなり大きなもので、御者が二名、荷台に私と隊長さん、エッタさん、親方の計六名。
荷台には念のための数日分の食料と水が多少積み込まれている程度で、荷台はほぼ空だ。
だからだろうか。荷が乗ってなくて馬車が軽いせいか揺れる揺れる。
それに道がまともに整備されてないこともありは跳ねる跳ねる。
私の席にだけクッションのような物が置かれてはいるけど、身が浮くほど揺れるのであんまり意味はない、かも。
まあ、吸血鬼の肉体は多少跳ねて、体をぶつけたからといって痛くもなんともないんだけど。普通に体ならお尻は痛いだろうし、あざだらけだよ。
でも気を抜くと馬車から放り出されるくらいには揺れて跳ねてはいる。
ついでに、私以外の隊長さん、エッタさん、親方さんは揺れはしているものの跳ねてはいない。
こいうの慣れてるのかしら。
あんまりにも私がぴょんぴょん跳ねるので、それを見かねた、いや、うん、多分見かねてくれたんだと思う、隊長さんが、
「イナミ様、馬車が揺れて危ないです、よろしければ私の膝の上にお座りください、お支え致します」
と申し出てくれたんだけど、顔が、あの、その、エロ親父のソレなんだよね、イケメン女子なのに。
魅惑の魔力使っちゃったせいなのかな? 私が悪いのかしら? まさか元からこんなんじゃないよね?
「え、えーと、だ、大丈夫で… あたっ、舌噛んだ」
「イ、イナミ様? 大丈夫ですか? はやり、私の膝の上へ!」
「だ、大丈夫です、こういうのも、あれです、あれ、旅の醍醐味ってヤツです」
「そ、そうですか」
と、残念そうな隊長さんを尻目に、私は綺麗な風景に目を奪われた。
なんというか、景色が綺麗。自然なのに色の発色が鮮やかなのよね。凄い綺麗に見える。
今日はよく晴れ、俗にいう晴天である、これで隊長さんが吸血鬼化することもないはず、シースさんも窓際のベッドに寝かされていたから多分平気… かな?
ついでに風景は、異世界だからと言って特に変わったものはなかった。
ただ、さっきも思ったけど色自体が鮮やかに思える。元々そういう鮮やかさなのか、吸血鬼の目の性能なのかは分からないけど。
地球の風景と、よく見れば違うのかもしれないけど、揺れる馬車から見た限りではそれほど違いなく思える。
酷い悪路ということ以外は、なんていうか舗装されていない森の中の道を進んでいる感じだ。
十年以上放置されていた道と考えれば、そう悪い状態でもないのかもしれない、元々はかなり手入れがされてた道なんだと思う、もしかしたらアンティなんとかさんの手下の魔物が今も手入れをしていたのかもしれない。
道は道と分かるほど開けていて、土の地面は露出してはいるが雑草が生えている様子はないし。
イシュヤーデさんが言ってた通り馬車がただ通るだけなら、問題はあんまりないのかもしれない。私は今も跳ねてるけど、その程度の話。
ついでに魔物が出るわけもなく、本当に何事もなく採石場へとたどり着いた。
しいて上げるなら、双子岩と呼ばれる大きな二つの岩が、ああ、本当に同じような岩なのね、と感心されられることくらいだった。
言ってしまえば観光気分だ。
だけど、観光気分も採石場の近くについたことで終わりみたい。
今まで通ってきたところとは違い、かなり広く開けた土地に出た。急に森が終わったような感じになっているのでもしかしたら、魔物たちによって開拓された場所なのかもしれない。
けど、今はそんなことはどうでもいい。
遠目でもわかる。
木の柵で囲われた場所、そして大きな門の入口に二体の巨像。
その像に魔力が多量に込められていることが私の目にはわかる。
「馬車を止めて、これ以上あそこに近づかないで」
そう言って馬車を止めさせた。
「イナミ様、どうかなされましたか?」
むろん他の人間にはまだゴーレムは見えていないだろうし、見えていてもただの大きな石像ぐらいにしか思えないに違いない。
私はゆっくりと採掘施設の門を指さした。
すぐに隊長さんが、荷物から何か道具を取り出した。
厚めの皮と二つの大小のコインのようなガラス。
皮とガラスを手際よく組み合わせ巻取り、それを覗き込んだ。
二つのガラスはレンズの代わりで、これは携帯用の望遠鏡?
「あれは…… あの像はゴーレムですか?」
「だと思います、これ以上馬車で近づくのは危険かもしれないですね」
「ゴーレムですか?
だから戦車でくればと、あれほどいったじゃないですか、隊長!!」
「ばか言え、あんなもの乗り物じゃないだろ。ここまで倍どころ時間じゃ済まないぞ」
「えぇ、でも、遠征でも使われてたじゃないですか」
「だから、余計に嫌なんだよ。私はもう二度と乗りたくない。今は戦車の話なんてどうでもいい。
しかし、どうしますか、イナミ様?」
「うーん」
(門番のあの二体は戦闘特化の特別製です。戦闘になればイナミ様以外の人間共は生き残れないでしょうな。
我なら問題なく倒すことは可能ですが……)
「あれ、そこそこ強いみたいよ?」
「かなりの大きさと、強力な魔力が込められていますね。イナミ様の言う通りで、かなり強そうだ。今の対策のない我々ではまず勝てないだろうな。
意思も持たないただ命令に忠実なゴーレムでは、イナミ様のお力でも恐れおののきはしないしな」
「どうするんで? このまま帰るのか?」
親方がどうするのかを聞いてくる。
「あれは相手がわるい、それなりの準備をしてこなければ返り討ちだろうな」
と隊長さんが答えた。まあ、事情を知らなければそうなるよね。
「せめてどんな施設なのかは見たかったが、命には代えられねぇか、それじゃあ、このまま引き返すんで?」
親方は深くため息をついた。
まあ、無駄足になっちゃったらそうだよね。
「私が一人でちょっと見てきます」
「はっ!? ダメです、イナミ様、危険すぎます!!」
「そうです、いくらイナミ様のお力が強いとはいえ、相手はゴーレムですよ?
実力差があろうとなかろうと襲ってきます!!」
聖歌隊の二人が必死に止めてくる。
「いや、うーん、なんていうか大丈夫かもしれないし、あ、馬車は反転させて待っててね」
心配して止めてくれるのはありがたいんだけど、そもそも襲われないどころか、あのゴーレムが従ってくれる可能性があるんだって!
「ダメです、さすがに容認できません、危険すぎます」
聖歌隊の二人は猛烈に反対してくる、御者の二人は指示を仰ぐように親方を見ている。
その親方は少しつまらなそうに聖歌隊と私のやり取りの様子をうかがっている。
「まあ、私だけならどうにでもなるから」
とはいえ戦いになったら私なにもできないよなぁ。
ただ魔力が強いだけで魔術が使えるわけでもないし、いくら吸血鬼の身体能力が高いからってさすがにあの巨像相手じゃ役に立たなさそうだし。
最悪イシュヤーデさんに頼るしかないけど、その場合は近くに人いて欲しくないしなぁ、どっちにしろ望遠鏡まであるから意味ないか。でもあの望遠鏡? あんまり倍率はよくなさそう?
いや、そもそも私も魔物なんだから、私だけなら襲われない可能性のほうが高いんじゃないかしら?
「いえ、この命イナミ様に捧げると誓いました、どうしてもというなら私だけでもお供いたします」
「た、隊長!?」
うーん、説得無理そうだなぁ、魅力の魔力で…… って、これ以上隊長さんの性格が歪んじゃったら大変だしやめておいた方がいいよね、どうしようかな。
「と、とりあえずもう少し近づいてみてどうにかできそうならするから、ダメそうなら全力で逃げる感じで?」
「どうにかって、ゴーレムは主人の命令に絶対忠実ですので、倒す以外には……」
その主人、体だけだけど、が、今ここにいるので試したいんだよね。
うまくいけばそのままあの採石場とやらを手に入れられるんだろうし、あー、ゴーレムが私の命令に従っちゃったときの言い訳考えてなかったなぁ、どうしよう?
「その…… もしかしたらゴーレムを乗っ取れるかも…… しれない?」
「そんなことができるので?」
これは親方の反応。魔術ってものを知っている聖歌隊の二人は少し怪訝そうな表情を見せた。
どうも、二人の反応からゴーレムを乗っ取るようなことはありえないぽい。
「んー、あんまり自信ないけど……
だから、逃げるのも前提でちょっと近づきたいんだけど」
私がおずおずというと、決心したように隊長が
「分かりました、もしもの時は私が引き付けますので、イナミ様はお逃げください」
と、言った。死ぬ覚悟でもするかのような表情だ。
いや、実際そうなんだろうけども。
吸血鬼のこの体の身体能力なら、逃げるだけならたぶん余裕なんだけどなぁ。
(あれは門番なので門から離れれば、おそらくは追ってはこないでしょう)
ふむふむ、なるほどね。
「あれはたぶん門番だから、門から離れれば追ってはこない、と思うのよね。
それに私は結構身体能力は高いから平気よ!」
身体能力はかなり高い、と思う。運動神経には自信ないけど。
「分かりました、けど私も同行させていただきます、これだけは譲れません」
イケメン女子の隊長さんに真剣な表情で言われると、もうなんか断りにくい。
「は、はい……」
まあ、最悪魅了の魔力で隊長さんに言うこと聞かして先に逃げてもらおう。
使わないに越したことないけど。
これ以上隊長さんの性格を捻じ曲げちゃうのはまずい気がするよ。
馬車を先に反転させいつでも逃げれるようにしてから、私と隊長さん二人で門の方へと徒歩で向かった。特に急ぐでもなくゆっくりと歩いてだ。
まだかなり距離があるけどかなり大きい、ゴーレムは門の前に跪いていてその状態でも小屋くらいの大きさはありそうだ。
造形もかなり凝っていて、鎧をまとった巨人の戦士みたいな大きな巨像だ。筋肉までちゃんと表現されている。
武器などは持っている様子はないけど、あんなでっかい石の塊に殴られたら、さすがにひとたまりもなさそう。
まだ動きはしないものの迫力は抜群だ。
(イナミ様、ゴーレムの目に注目してください、青や緑ならセーフですが、赤色に近づくほど警戒色となります)
イシュヤーデさんが伝えてはきたけど、ゴーレムの目は現在閉じられていて今は見分けがつかない。
が、一つ分かったことがある。
ゴーレムの体の表面を文字のようなものが複数走っているのが見える。
いや、実際にはそんな文字らしきものは見えない。見えるというより感じると言った方がいいかもしれない。
けど、私には鮮明にわかる、ただ視覚で見えているわけではない、ということだ。
そして、ゴーレムの体の表面を絶え間なく走るというか飛び続けている文字のような文様のようなもの、これが魔術の構文で、それに従ってゴーレムが動いていることもわかる。
その意味も構文一つ一つも理解することができる。
なんで理解できたのか、どうしてそれが魔術の構文だと分かったのかは、それはわからないけど、見たら理解できて、それがどういった意味で、どういった動作をするのかが手に取るようにわかる。
更に驚くことに、それらを私が修正、改変できるという謎の確信があった。
それが理解できれば今は十分だ。
「あ、あれダメね、このまま近づいたら襲われるわ」
「はやりですか、イナミ様戻りましょう」
(まだゴーレムは反応していないようですが?)
イシュヤーデにしてみたらそうよね、反応を見るために近づいたんだもんね。
でも、私にはわかる。今の私、たとえ隊長さんがいなくても、が、近づいたらおそらく間違いなく攻撃される。そういう風に魔術の構文が書かれている。
「あ、待って、ここならまだ反応しないし、ちょっと試してみるね、あ、逃げる準備だけはしといて」
「は、はい」
(何をするおつもりで?)
ついでに隊長さんは逃げる準備をするどころか、私の前に守るように立ちふさがったので「ごめんなさい、ちょっと邪魔」とどかせた。
隊長さんが複雑な表情をしていたけど、今は気にしている時ではない。
私はゴーレムの表面を走っている複数の構文の意味を読み解き理解していった。
「よし、いける、これなら主を書き換えるだけで良さそう、うまく書き換わってくれるといいんだけど」
「書き換える?」
(魔術を書き換えるですと!?)
私は自分にまとっている魔力を触手のように、さらには糸のように長く伸ばして伸ばして片方のゴーレムにまとわりつかせた。
その瞬間、二体のゴーレムが起動し目を赤く光らせ立ち上がった。
こちらに地響きを鳴り響かせ近づいてくるが気にはしない、私の方が早い。
ゴーレムの表面を走っている文様の主の名前の意味だけを魔力の触手で捕まえて、私の名前の意味に書き直した。
「私の名はイナミ、私に従いなさい」
と、書き換えたゴーレムに命令する。書き換えられたゴーレムはその場で止まる。
けど、まだ一体のゴーレムが近づいてくるので、
「止めて」
と書き換えたゴーレムに命令する。
私に書き換えられたゴーレムは私の意図を理解すると、もう一つのゴーレムを後ろから羽交い絞めにした。
二体の巨像が組み合って争うため地震のように辺りの地面を揺らす。まだ距離はあるけど大迫力だ。
すぐに魔力の糸をもう一体のゴーレムに繋ぎ、同じように主人の名前の構文を見つけ、そこだけを書き換える。
どうしてこんなことができるのか、どうして書き換え方が理解できるのか、まったくわからないけど、やり方だけは理解できる。
本能で理解する、初めから知っていた? そう言ったほうがなんだかしっくりくる。そうだ、私はこの方法を知っている。
いつどこで? この体に転生したときに?
まあ、今はそんなことを考えている場合じゃないか。
「あなたも私に従いなさい」
そう言葉を発するとゴーレムはおとなしくなった。
(これは…… いったい何が…?)
「これは、何が起きたのです? イナミ様?」
「さっきも言ったでしょ、乗っ取ったのよ、うまくいったみたいでよかった。
ああ、隊長さん達はまだ近づかないでね、人間相手だと自動的に襲っちゃうから」
「た、確かに言いましたが…… これはいったい?」
隊長さんはただただ頬けている。本当に何が起きたか理解できていないように思える。
「簡単に言うと、主人の設定を私にして上書き保存?」
「いえ、すいません、わかりません。魔術を書き換えるなど、そんなこと前代未聞ですよ、いや、魔術の根本から変わるようなことですよ?」
(そんなことが…… 魔術そのものを書き換えたと? これが稀人の力、イナミ様のお力か!!
あの魔女にすらできないことを、いとも簡単にやってのけたのですか!)
そんなにすごいことなのか私にはわからないけど、自分でもなんで仕組みまで明確に理解でき、書き換えまでできたのか、それがよくわからない。
ただ方法をはじめから理解していたとしか言えないので、私にしてみれば達成感もなにもない。
まあ、驚いてまでほめてくれるのは悪い気はしないけど。
「隊長さん、とりあえずこの二体は私の支配下になったので、後から馬車でこっちに来てもらってくれる、呼ぶから。
まだ内部にゴーレムがいるみたいだから中には入らないでね。終わったら呼ぶからね、それまで外で待機してて。
ああ、中のゴーレムは戦闘用じゃないみたいだから、この二体のゴーレムがいれば心配ないからね、馬車の方へ行ってて、終わったら呼ぶから! 逆に人が居ると危ないからね?
何度も言うけど、まだ人相手だと襲っちゃうから外で待っててね?」
私は念入りに隊長さんに言い聞かせた。不用意にゴーレム近づいて潰されでもしたら目も当てられない。
なにせこのゴーレムは私を主としているだけで、人間は基本敵判定に設定されてる。
近づくだけで恐らくゴーレムの攻撃対象となってしまう。
「は、はい……」
頬けている隊長さんを尻目に、私は文字通り乗っ取った門番の戦闘用ゴーレムを引き連れ採石場へと乗り込んだ。
採石場の門の内部は広い広場に丁寧に切り出された四角い石材が並んでいた、
石材が置かれている所にはちゃんと即席の屋根と幕が取り付けられていて雨風を防ぐように設置されいる。
いつでも出荷できる状態に保たれているらしい。
採石場内のゴーレムは人ほどの大きさで単眼でずんぐりむっくりしたフォルムをしている。土木用の作業用のゴーレムなんだと思う、魔術の構文にもそれらしいものが書かれている。
一応戦闘を行えるようにも書かれているが、門番をしていたゴーレムに比べたら粗末なものだ。
私が門番のゴーレムを連れ立って採石場に入ると、その単眼を赤く光らせ襲ってきた。
やっぱり肉体だけ、姿を真似ただけではなんかでは誤魔化せないみたい。私の場合は肉体は本物だけど、このゴーレムは魔力の波動のパターンで人物認証をしているようで私は敵判定にされている。
魔物や人間どうこうではなく主人を除きリストに載ってない魔力の波動パターンが近づくと敵認定して襲ってくるようになっているぽい。
とりあえず襲ってきた作業用のゴーレムを門番ゴーレムに押さえつけせて乗っ取る。
馬力というか、まず大きさと込められている魔力の大きさが違うので押さえつけることは造作もない。
これを十数回ほど繰り返して採石場そのものを制圧した。
特にまとまって攻めてくるわけでもなかったので、あっさりと制圧することができた。
魔力を触手のようにさらに伸ばし辺りを探る。
地上付近には、もう乗っ取っていないゴーレムはいない、と思う。
ただ採石場とは別に坑道があり、そっちの内部はかなり深くまで続いていたので途中で魔力で探るのはあきらめた。
坑道の地下深く奥の方では、何か魔術的に稼働しているものが複数、そう多い数ではないけど感じられるので、まだゴーレムが2~3体くらいはいるんだろう、と思う。
とりあえず地下深くのそれなりに離れているみたいだし、近づいてくればわかるので今はほっておいてもいいかも。
「もう多分大丈夫だから入ってきて、あ、あそこの坑道にはまだ入らないでね、奥にまだ危険なゴーレムいるみたいだから」
そう大声で声をかけると、しばらくして隊長を伴って馬車が採石場へと入ってきた。
彼らが見た光景は、私を守るように二体の大きなゴーレム、さらに作業用のゴーレムが私にひれ伏していた、というものだ。
「あ、このゴーレムには近寄らないでね、人間が近寄ると襲っちゃうから。
あとで人間を襲わないようにしとかないとダメよね」
というか、事故を起こさないように早めにしといたほうがいいよね。
ええっと、人は人と認識できてるようだから、そこから……
「そ、そんなことまでできるのですか? イナミ様!?
私は、他人が作ったゴーレムを乗っ取るなんて御業を初めて目にしました」
(我ですら初めてです)
「んー、なんていうか、すごい綺麗で丁寧な構文だったからわかりやすかったのよね」
「さすがはイナミ様です、私も早くイナミ様に血を捧げたく思います」
エッタさんは私にあこがれるような眼差しが強くなってはいたが、隊長さんは完全に困惑している。
魔術を書き換えたことが信じられないのだろう。イシュヤーデさんの反応も見るからにして割と常識外れのことだったみたい?
「それは、まあ、嬉しいけど村に帰ってからね、明日にでも」
と、とりあえずエッタさんをあしらっておいて、人間を襲わなくする構文を頭の中で組み立てていく。
「これが精霊様のお力というものですか……
俺、いや、私も心から感服いたしました。さまに、壮観ってやつだな。
このゴーレムっていうのは、どうやって動いているんですか?」
魔術のことなど知らなそうな親方が訪ねてきた。
ああ、待って今、頭の中で色々と複雑なところを組み上げてるんだってば!
「魔力で動いているから、絡繰り? とか機械? とか、そういった技術的なものは期待しないでね。いや、作業用のほうはいろいろ魔術以外の技術も使われてるみたいだけど、私は詳しくないのよね」
実際にはゴーレムの可動部なんかは、魔術以外のすごい技術が使われていると思う。
消費魔力の削減のためか、機械的な稼働装置のようなものがいくつか組み込まれているぽい、が、今はそれを親方さんに説明している余裕はない。
もし説明でもして、親方さんが不用意にでも近づいてしまったら、私が止める前にゴーレムが致命的な攻撃をしかねないし。
それを防ぐために、頭の中で魔術構文の構築を急ぐ。
「そうですか、それは残念だ。俺にも魔術の才能があればもっと面白いことできるんだがな」
親方はそれ以前に魔力の出力が弱いから無理なんじゃないかな。
と思ったけど、口には出さなかった。
失礼とかどうとかというより、魔術構文が完成したからだ。
今は事故を避けるために、こっちを優先させなくっちゃ。
「ちょっと待ってね、今、人を襲わないようにする構文を追加するから」
「はっ? えっ? 今ですか? そんなことが可能なのですか…… イナミ様、あなた様はいったい……」
更に驚愕している隊長さんを尻目にゴーレム、今は作業用ゴーレムを動かしている構文に目をやる。
しかし、ほんと構文が綺麗でわかりやすいなあ、これならここに人間を攻撃対象から除外するようにさっき構築した魔術構文を追加で書いておけば…… っと、これで問題ないかな?
「今の子、ちょっとこっちにきて」
私に声に反応するように、人を襲わないように構文を追加された一体が私のところまで歩いてきた。
「隊長さん、この子を軽く殴ってみて」
この距離で敵対判定しないなら問題ないはず、でも一応すぐゴーレムを止めれるように身構えては置く。
「え? あっ、はい」
隊長さんはフルスイングで、ゴーレムを殴りつけた。
石でできてるであろうゴーレムがのけ反るほどの威力だったが、ゴーレムの目の色は緑のまま。
構文の動作もちゃんと攻撃判定から反撃へ移行したが、対象が人種のため反撃、攻撃対象からそのまま除外されたように処理された。
「うん、成功みたいね。隊長さん手、大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です、このくらいすぐに治りますので」
そう言いつつも手を痛そうに振っている。でも再生者というなら、あのくらいの打撲すぐに治るに違いない。
実際私の目には、ゴーレムの構文とはまた違った、魔術の構文、こちらの方はかなり複雑、というか雑で構文の量が無駄に多く読みずらかったので、どういうものか一目では詳細なことまではわからなかった、けど、怪我を再生していく構文が隊長さんの魔力を吸い動いていくのは感じれた。
たぶんあの程度の打撲ならすぐに治る程度には優秀な術。ただ無駄が多いせいか魔力の効率はあんまり良さそうに思えない。
しかし、目で見る、ではなく、目で感じる、っていうのは不思議な感覚。これは共感覚ってやつなのかな?
色を見て味や温度を感じるっていうやつ、多分それよね。
まあ、今はそんなことより他のゴーレムにもこの構文を同じように追加してっと……
「ふぅ、これでゴーレムたちは人を襲われないし、何されても攻撃対象にならないわよ」
「お、お疲れ様です、イナミ様。
な、なんというか、圧倒されてばかりで申し訳ないです」
隊長さんが頭を下げて謝罪してくるけど、謝罪されるようなことはなにもされてはいない。
「私はお世話されてばかりだから、これくらいのことはね。
それに私の修道院を作るための材料でもあるんだから。気にしないで。
あっ、そうだ、この門番のゴーレム1体は村に持って帰って村の守衛をやらせましょう。
もう魔物も襲ってはこないだろうけど、安心感は違うでしょう? この子一日中、年中無休で村を守ってくれるわよ!!
盗賊なんかにも対応できるように、色々変えないといけないだろうけどね」
「はは、それはいい、イナミ様は、なんていうか、もう何でもありですな。
驚きすぎで、なんていうか、語彙がなくて申し訳ないですが、いや、これでも本当に心底関心してるんです」
親方がそう言って私に深々と頭を下げた。
私にとってはそれほど難しいことじゃなかったけど、なんか気分がいいわ!
たぶん私前世じゃこんな風に、呆れるほど関心されることなかったんだろうなぁ。
(我も心底関心しています、魔術そのものを書き換えるなど、本当に前代未聞の話です。もはや魔法の領域です。それに即興で魔術を変更するなど魔術の常識を根本から覆すほどのことですぞ)
今なら、イシュヤーデさんを縛っている盟約の呪詛とやらも今なら解除できるかもしれないけど……
もうしばらく私の手下で居てもらおうかな? やっぱり便利だし。
私の生活が落ち着いたら、解放してあげて、精霊に戻るのを手伝ってあげるからね。
今の私なら、精霊に戻る手段も少しはわかるかもしれない。
まあ、実際は見当もつかないけど。
「さてと、肝心の採石場は、っと」
一言で言ってしまうと、大きな穴、穴というよりかはくぼみ、そんな感じ。
それなりに岩を切り出した後はあるが、それだけで、ほぼ手付かずで残っているよう感じだ。
「これはすごい、しかも、まだまだ埋まっているな。大理石の質もいい。最高級のものだ、見ろ、この綺麗な表面を、磨けばそれだけで高く売れるぞ」
「これらはイナミ様の神殿…… じゃなかった、修道院を作るの使うんだ、売るだなんて」
エッタさんが親方に食って掛かるが、ハイテンションの親方はあまり気にしている様子はない。
「いや、大神殿を作ったって有り余る埋蔵量じゃないかこれは、ははっ、この採石場だけであの村はみんな大金持ちになれるぞ。
この量を運搬する心配をした方がいいってくらいだよ」
その言葉に作業用ゴーレムの魔術構文を読み取っていた私が答えた。
「あ、村までならこの子たち、ゴーレムさんが運んでくれるから、運搬の心配はないよ。
あと在庫が無くなれば勝手にこの子たちが石を切り出してくれるし、ここに人を在中させる必要もないかも。元々ゴーレムたちだけで運営できるように作ってあるみたいだし」
「へっ? それは本当なんですか? なんていうか、笑いが止まりませんな、そりゃ。
ああ、そうだ、これだけは約束します、我ら職人ギルド、精魂込めてイナミ様の修道院を、最高の修道院として建設させていただきます、お約束いたします」
そう言って親方は私に跪いた。
「あ、ありがとうございます、親方さん。
ああ、そうそう石灰の方は?」
大の大人に跪かれてもそんなことに慣れてない私は戸惑いしかない。
悪い気はしないけど、いい気もしない。ただ申し訳ない気にはなるので正直やめて欲しい。
「へい、石灰も十分な量あります、どちらかというと石灰は副産物みたいですがね。
あと、これらは宝石の原石ですかね、詳しく調べないと断定できませんが。それらもかなりの量があるようです」
「宝石? なら坑道の方かな? あっちはまだ危険だから行くなら、私も同行しないと」
「坑道って、危険じゃないですか?
魔物やなんかは、イナミ様の障害にならないでしょうけど、落石とか、ガスとか、大丈夫でしょうか?」
エッタさんが心配そうに進言してくる。
言いたいことはわかるよ、でも大丈夫!!
「大丈夫大丈夫。魔力だけでとりあえず探るから」
「もう何を言われても驚きませんが、本当になんでもありですね、イナミ様」
エッタさんが感嘆と畏怖を織り交ぜたような表情で答えた。
改めて魔力を伸ばし坑道を調べる。
坑道は横穴が少し続くと、すぐほぼ垂直な縦穴につながっていた。かなり深くまで穴は続いている。
空気が酷くよどんでいる、恐らく酸素は少ない。人が呼吸できるかどうか怪しい。換気などが行われいる様子がないがゴーレムなら問題ないんだろう。
思ってた以上に深くまで掘られているので、私は途中で魔力の触手を伸ばすのをあきらめた。
「だめね、深すぎる。
エッタさんが言ってたようにガスじゃないけど、空気は薄いみたい。人はあの中じゃ活動できないよ。
ただゴーレムがこの先に2体、もしくは3体くらいはいるみたいなのよね。
底で掘ってるのとそこで手出来たものを上まで運んでくる子。
運んでくる子のほうはここで待ってたら乗っ取れるけど、底で作業しているのはどうしましょうかね。
まあ、乗っ取った子と乗っ取ってない子でケンカしないみたいだし」
「その底で掘っているっていつヤツ、ここまで来ることはあるんでしょうか?」
「んー、さすがに見てみないと何とも言えないけど……
まあ、あれよ、ここに人がいる必要はないから、心配ないと言えば心配ないんじゃないかな?」
「ああ、なるほど、ここは全部このゴーレムたちに任せてしまえばいいのか。
こりゃ予想以上の収穫だ、笑いが止まらないレベルの話ですぜ?
しかも村まで石材を運んでくれるってんだからな、本当に笑いがとまりませんぜ?」
「ついでにこの子たち、作業用ゴーレムも二、三体村まで連れてて労働力にしちゃいましょう、土木関係なら何でもできるみたいよ。力仕事はもちろん、建築も緻密な作業もお手の物よ」
「へっ!? いや、なんていうか、ほんとになんでもありなんですなぁ、もうどこになにを感心すればいいかわからないですぜ」
もう親方はなんというか、完全に私の舎弟みたく、私にへこへこしてくる。
いや、まあ、それだけのことはしたのよね、たぶん。
「これは作った人は本当に優れた人だったのね」
「作ったのは恐らく世界最悪の魔女です。魔術の腕だけなら折り紙付きだったのでしょう。
ですが、それを上回るのがイナミ様です」
隊長が力強くそう言ってくれた。なんか歯がゆい。
「どうだろう、私こんなわかりやすくて綺麗で、効率のいい構文書ける気がしないよ」
「ですが実際に、このゴーレム達を乗っ取っていらっしゃるじゃないですか?」
「んー、まあ、それはそうなんだけど、一から作るのと、すでにある物を改変するのとじゃ技量が違うと思うのよね。
とりあえず、ここにはゴーレム以外魔物もいないみたいだし、お昼にでもしません?
念のため地上まで宝石を運んでくるゴーレムは乗っ取っておきたいんですけどいいかな?」
「はい、イナミ様の仰られる通りに」
ここにいる全員が私の提案に同意してくれた。
その後お昼を軽くすまし、採石場を親方とともに見て回った。
親方はしきりにこの採石場に使われている技術に関心を示していた。
魔術以外でも知らない技法などがいたるところで使われていたみたい。
実際にこの採石場を作った、アンティ…… アン…… むぅ、魔女さんは魔術はもちろん超一流だけど、それ以外の技術にもかなり精通していたぽい。
私が見てもよくわからない機械や稼働部分なんかがあり、親方さんがしきりに感心していた。
どういった機械なのかも私にはさっぱりだ。
しばらく採石場見学をしていると2体のゴーレムが坑道から出てきたので捕まえて乗っ取った。
坑道の底で作業しているゴーレムが、まだいるみたいだけど、どうも地上に出てこないようなので、放置して採石場を後にした。
念のため、坑道の前には危険なので近寄るなという看板を立てておいた。
作業用の土木ゴーレムは全部で13体、内、まだ乗っ取っていなく地下の底で作業しているのが1体、その採掘されたものを地上に運ぶのが2体、地上で採石をしているのが10体。
採石作業には5体必要なようなので、その5体と採石場から村まで運搬用に2体と門番用の戦闘ゴーレムを1体で計8を採石場に残し、作業用ゴーレムを3体、戦闘用ゴーレムを1体を村に連れていくことにした。
荷馬車にいくつかサンプルの石材や石灰、宝石を積み、ゴーレム一体に引かせる。ここまで頑張ってくれたお馬さんは御者の二人に乗ってもらって、作業用ゴーレム2体にも多少石材を運ばせる。
ゴーレムが馬車を引くので御者自体がいらない。
とりあえずこれだけ持ちかえれば、文句も言われないだろう。
「今から戻れば日が暮れる前には村に戻れそうですね」
「ですな、このゴーレム達も何気に足が速いようですしな。その上馬よりも安定して走ってくれるので素晴らしいですな。
魔女の遺物と考えると複雑なものもありますが、まあ、使えるものは使わないと」
「この子達は善悪もなくただ命令に沿って動いてるだけだからね」
「私はね、イナミ様。正直この開拓村に行くことになった時、絶望していたんですよ。
せっかく魔王が倒され平和になったというのに、ほぼ孤立無援の魔物だらけの地で一から村を開拓させなくちゃいけないってんでね。そりゃ、もう嘆き悲しみましよ。
王命であるから断ることもできませんしねぇ。どうにか生活の基盤はできたが、魔物におびえながら暮らしていけるだけの貧しいだけの村です、発展の可能性がまるでなかったのですよ。
そこに現れてくださったのがイナミ様です。まさに神、女神様ですよ、いや、精霊様にそんなこと言っても申し訳ないだけですが。
ですがこれで、村は発展できます。月一で、命令でしょうがなくやってきていた行商も掌返してきます、これからは人も物も増え、あの村は発展していきますぞ」
「あ、そういえば私あの村の名前、聞いてなかったけど」
「えっ、ああ、まだ名前すらないのですよ、仮ですが第十二開拓村としかないですしね。
そもそも魔物の土地だったので、まだ領主様すら決まっていなく、ここら一帯の正式な名称自体がないんですよ」
「そーなんだ」
(一応我らの間では、グレル原台地というのが、地名でしたな。ただグレルというのは魔神の名からきてるものなので人どもは、良しとしないでしょうな)
「いっそのこと、イナミ様から名を取って、イナミ村としたらいかがでしょうか?」
「え、イナミ村? エッタさん、冗談ですよね?」
「いえ、冗談じゃないですよ、この村にお越しに頂いて二日目で、これだけのことをしていただいたのです! 名を頂くには十分かと。もちろんイナミ様のご許可をただけるならの話ですけど」
「確かにイナミ様は尋常なざる魔力と魔術をも書き換える御業を持っていらっしゃる、ゆくゆくは村どころかイナミ市、いや、イナミ領とも!!」
「た、隊長さん、私一応お忍びなので、あんまり有名になっても困るのですけど」
「あっ、す、すいません、私もイナミ様のお力に未だ興奮を隠せないでいて」
「イナミ様のお力はまさに奇跡です、早く私の血を捧げたいと思うばかりです」
いや、なんかここまで、しかも一日で狂信的な感じで褒められるとちょっと怖いのだけれど。
でもまあ、親方の話を聞く限りじゃわからなくもない話かな。
これで美味しい食べ物なんかも行商から買えるっていうなら、私は大満足かな。
「あ、そういえば修道院っていつくらいにできる感じ?」
「そうですな…… あの台地の上という話でしたな、俺、いや、私も行ったことないのでどれくらいの広さかもわからないので、何とも言えないですが、現状ですと人を増やしても十数年はかかるかと。
もちろん、イナミ様のお住まいは早急に作らさせて頂きます、今の仮住まいにいつまでも住まわせておかれるのも失礼でしょうし」
「十数年かぁ、やっぱり結構かかるのね」
「す、すいやせん……」
「あ、いや、せめてるわけじゃやないよ」
まあ、仕方ないよね、地球にいたこととは違うんだから。
(作業用ゴーレムを総動員すれば、規模にもよりますが一ヶ月ほどで完成できるかと。
奴らは休みを必要としない上、そのために作られたゴーレムです。ただ確か設計図というか図面は必要でしょうが……)
「このゴーレムちゃんたち使えば、きっと早く作れるよ!
村の開拓と並行して働いてもらってもそんなにかからないと思うよ」
「そうなんですか? このゴーレムは、実際どのようなことができるんですか?」
そう言われてから、再度詳しく作業用ゴーレムの魔術の構文を確認する。
色々多岐にわたって細かく設定されている。大まかなところだけ確認して、親方の質問に答えた。
「んとね、元々はこの子たち採石用じゃなくて土木や建築用みたいなのよね、大規模建築、おそらく魔女さんの神殿? を作るのに使ったんじゃないかな」
(まさにその通りです、さすがイナミ様です)
「だもんで、神殿やら修道院って言った大掛かりな建設が得意みたいなのよね、図面さえあれば勝手に作ってくれるようになってるみたいだし、ただしかなり正確な図面じゃないとダメだけどね」
「へぁ? 勝手に作ってくれるって、いや、もう驚かないと思っていましたが、なにがなんだか」
「いや、これは私が凄いんじゃなくて、これを作った魔女さんが凄いんだよ」
「そりゃ、まあ、そうなのですが……」
そこで不意に私の感覚に触れるものがいる。
猛々しく荒々しいものだ、知性の欠片もないような野獣の本能、それでいて死も恐れないほどの狂暴性。
(イナミ様、申し訳ございません、魔獣の類が近くにいるようです。イナミ様の魔力に煽られてかなり興奮しているようです)
「気を付けて、なんかいる、多分魔獣よ」
そう言って感じ取った方を指さす。
まだ何も見えないが、私にはしっかりとした怒気が感じられる。私に魔力の強さにも怯みも恐れもしない。
「魔獣!? 隊長っ!!」
「エッタ、歌の用意を。御者の二人は馬を連れてゴーレムの後ろへ」
しばらくすると周囲の木々をなぎ倒し轟音を立てて、何かがこちらに凄い勢いで近づいてくる。
まだ肉眼じゃ見えないけど、それが大きなイノシシだと私には感じれた。
「イノシシ、大きなイノシシがこっちに向かってきてる」
「イノシシ!? ということは、あのグレルボアか、魔神の名を冠する魔獣だ、エッタ気合を入れろ、私がどうにか引き付けるから、隙を見て歌を叩き込め!!」
「はい、隊長!! 獣なら火系統? それとも衝撃系がいいですかね?」
「やっちゃえ、戦闘用ゴーレムさん」
隊長さんとエッタさんの必死なやり取りを尻目に、私は戦闘用ゴーレムに命令を下した。
戦闘用ゴーレムは巨体を揺らし森の中へ入っていき、何度か大きな地響きを起した後、しばらくして巨大なイノシシを抱えて戻ってきた。
「ふう、無事に終わったみたいですね」
私が素直な感想を述べると、なんか表情のない顔で隊長さんが、
「え、あ、はい、そうですね」
と、答えた。
呆気に取られている感じだ。
「しかし、魔獣ってのは厄介ね、かなわない敵にも襲ってくるだなんて、この子連れてきてよかったなぁ」
「え、ええ、やはりグレルボアですね、これは。この魔獣は縄張り意識が強く、死も恐れず縄張りを守るという話です」
隊長さんがイノシシを確認しながらそう言った。このイノシシはもう絶命しているようだ。
「けど、魔神の名前を冠する魔獣って割にはあっさりゴーレムさんに倒されちゃったみたいね」
「魔神の名を冠するといっても所詮は魔獣というか、猪突猛進なところが似ているってだけだったはずです、この辺の話はシースが詳しいのですが、まあ、魔神とは直接関係はないはずです。
というか、そのゴーレム、恐ろしいほど強いですね、この巨体のグレルボアをいとも簡単に仕留めてくるとは。戦わなくて本当によかったです」
「だから、かなり強いって言ったじゃない?
なのに隊長さん前に出ようとするから、あの時はひやひやしたよ」
「す、すいみません……」
(我でも少々手を焼くくらいには強いですぞ。まあ、我は空を飛べるので一方的な戦いにはなりますが)
イシュヤーデさんの強さがどれくらいか実はよくわかってないんだけどね。
魔王四天王の腹心なんだから、弱いわけはないと思うけど。
ゲームで言うと、序盤の難所の中ボスくらいの強さなのかしら? いや、わからないけど!!
「ねえ、これイノシシだよね? ようは豚さんでしょ?
食べれるの?」
「その辺もシースなら知っていると思いますが……」
ちょっと隊長さんは困り顔で答えた。
「あ、たしか美味って言ってた気がしますよ、イナミ様。
美味しいけど狩るには危険すぎるって残念がっていた気がします」
逆にエッタさんは無邪気に教えてくれた。
「おおー、食べれるんだね、これだけ大きければしばらくお肉にも困らなさそうだね」
「調べてみないとわかりませんが、毛皮も大量に採れるでしょうな、イノシシの毛皮なのであんまり上等なものじゃないでしょうが、この大きさだ、量だけは取れるでしょうし」
親方が荷馬車からそう言ってきたが少し腰が引けてるようにも見える。まあ、職人さんだしね。
何より背丈だけでも親方さんより高いほど大きいんだから、怖がるのも無理はないか。
「あ、血抜きだっけ? しといた方がいいのかしら?」
「そうですが、この大きさだと皮も相当分厚く脂肪の壁を貫けるかどうか……」
「んー、多分大丈夫だよ、どの辺?」
「喉元あたりの太い血管があれば、そこを……」
「はいはい、んじゃやっちゃってくださいな」
そういうと戦闘用ゴーレムが魔獣の後足を持ち吊るした。
そこへ荷物を降ろした作業用ゴーレムが駆け寄り、手というかゴーレムの腕の部分から、なんていえばいいんだろう、丸鋸とでもいえばいいのかな、おそらくは石材を切り出すのに使っているモノが出てきて、ビシュっとイノシシの喉元を掻き切った。
おびただしい量の血が流れだす。
吸血鬼である私はその血に…… なにか感じるかと思ったけど、特に感じなかった。
いや、血の臭いを嗅いで思ったことは、あんまりおいしそうじゃない。ということだった。なんか臭そうだし、まずそう、無理に飲んだら胸焼けしそう、っていうのが私の印象だった。
「やっぱりイノシシの血は美味しそうじゃないのね」
「イナミ様は高貴でいらっしゃるから」
「人の血を貰うよりは、良いかと思ったのだけれど、あんまり興味を惹かれないのね。
というか、頼まれてもあの血は飲みたくないなぁ」
「どういう基準なんですかね? いや、ただの興味本位なのですか」
これは親方。
「んー、やっぱり若くて綺麗で穢れのない娘がいいのよね」
「まるで吸け…… い、いえ、滅相もない」
「いや、自分もそう思っちゃうのよね、実は」
というか、吸血鬼だもんね、そりゃそうだよね。
動物の血で満足できるなら、それに越したことはなかったんだろうけど、正直吸う気にはなれない、というか多分あの血を吸っても何もならない、意味がないだと思う。
それに臭いからして無理そうだ。吸血鬼というのも難儀なものだなあ。
まあ、人の命を奪うことなく血を得られる環境にいるから、それに甘んじるしかないよね。欲を言えばもっと血を飲みたいんだけれど。
だってものすごく美味しいのよ? あんなに美味しいの地球の世界でも味わったことないよ。
「で、ええっと、血抜きってこれでいいの?」
「本来なら川にでもさらしておきたいところですが、この辺りに川はないですからな、このまま血を抜いて荷台にも積んで行きましょう。
解体は村に帰ってからのほうがいいでしょう」
「またお土産が増えちゃったね」
「イナミ様、すでにお土産ってレベルを超えてますよ、もはや宝の山ですよ」
「にしても、そのゴーレムの強さとというか、なんというか、凄まじいですな」
「ほんとよね、ちゃんと乗っ取れてよかったね。魔女さんの本拠地もこんなのがわんさかいたのかしら?」
(いえ、戦闘用のゴーレムはいなかったですな、普通の雑務などをこなすゴーレムや館を形成するゴーレムどもはいましたが。
拠点の守備にはそれ以上の魔物、特に我のような妖魔がいましたので。
本拠地から離れた拠点にはゴーレムを配置していたようですな)
「たしか勇者様が攻め入ったという話ですね、長きにわたる魔王との闘いの終わりの始まりとされている戦いです。
とはいえ十数年も前のことなので私も詳しくは知らないのですが」
十数年前ってことは、その勇者さんももう結構な年よね。少なくても中年くらいにはなってそうなんだけど、なんか中年の勇者って、なんか嫌だなぁ。
いや、ほら、勇者っていったら若者のイメージあるじゃない? 少年、もしくは青年みたいな?
一度会ってみたい気もするけど、私は合わないほうがいいよね、アンティなんとかさんと見間違われて討伐されちゃっても文句は言えないだろうし、うん、辺境のこの地でつつましやかに生きていこう。
村の近くまで来た時に、馬に乗っている御者達に先に村へ先行させ報告させた。
そりゃこんな石の巨人であるゴーレムとともに、いきなり帰ってきたら騒然としちゃうからね。
なので先に馬を走らせて報告しに行ってもらったの。親方さんの指示だけどね。
そして村に帰ると、住人総出で出迎えてもらった。
昨日の宴でもどこか浮かれた様子はなかったが、今日はなんていうか、村の人たちすごい笑顔だ。
希望に満ち溢れた顔をしている。
早速ディラノさんが駆け寄ってきて、親方から報告を受けている。
報告している親方も報告を聞いているディラノさんの顔も終始興奮しているようす。
むしろ笑わずにはいられないっていう顔をしている。
見習いの子、たしかパティちゃんだったかな? に、肩を借りながらシースさんがやってきた。
「イナミ様無事おかえりなさいませ。
あ、あの、グレルボアを捕まえたというのは?」
「ああ、うん。もう広場の方で解体するって言ってたよ」
「ちょ、ちょっと見学してきてもよろしいでしょうか」
「うん。わざわざ許可なんか取らなくていいよ、見てきなよ、後で私も行くから」
「ありがとうございます、パティ、私の代わりにイナミ様のお世話をお願いします」
「は、はい、お任せください」
そういってシースさんはフラフラしながらも、何か楽し気に広場の方へと歩いて行った。
「シースさん、魔物が好きなのかしら?」
「好きというか研究対象だったのですが、敵である魔物のことを調べていくうちにどんどん詳しくなって行くと同時に興味を持って行った感じです。
と、パティ、何かわかりはあったか?」
「巡回中の先輩方も魔物の姿がさっぱり消えたと、言っておりました」
「あの二人は、この時間だとまた巡回に行っているか」
「はい」
「イナミ様への挨拶は明日になってしまうか。申し訳ございません」
「え? ああ、いいのよ、私への挨拶なんて後回しで、村の安全の方が大事大事」
「ありがとうございます。しかし、あのゴーレムが門番として機能するなら、あの二人にも休養を与えることができます」
「え、今は休みなしで働いているの?」
「まったくの休みなしというわけではないですが、十分な休養を取らせていられなかったのは事実です。
イナミ様が来られるまでここは本当に魔物の多い土地でしたので」
「そうなの? あの魔女の本拠地があった丘だか山だかの近くのここいらは魔物が少ないって聞いたけど」
「他と比べれば少ないっというだけで、少ないか多いかでいったら魔物は多いのです」
「そうです、イナミ様が来られる前は、待機所にも私とヴィラしかほとんどいない状態で村を守っていてくれたのです、たった5人でですよ?
見習いの身分がどれだけ歯がゆかったことか……」
「そ、そんな大変な中、血をもらったり採石場へ付き合わせちゃったりしてごめんね」
「いえ、とんでもない、イナミ様のおかげでそもそも魔物自体がいなくなりましたし、あのゴーレムが村の警備に回ってくれるなら、我らもイナミ様のお世話に集中できるというものです」
「えっ、いや、うーん、ほどほどにね? 私のことはあんまり構わなくていいからね?」
「我ら聖歌隊の本分は精霊様を奉ることですので」
「ああ、うん、そうみたいね。
うーん、報告は親方に全部任せちゃっていいよね?」
「そうですね、ですが一応私も立ち会います。
エッタ、パティ、イナミ様をお願いします」
「はい、隊長、お任せください」
「んー、じゃあ、あの豚の解体でも見に行く? シースさんもいるはずだし」
「そうですね、シースなら色々解説してくれると思いますよ、イナミ様をほっておいて魔物を優先してるような子ですし」
「エッタさん、まあまあ、そもそもあんなにフラフラしてるような人にお世話とかさせられないでしょう」
「それはそうですが」
「はいはい、それじゃあ、解体ショーを見に行きましょう。まあ、喜び勇んでみるようなものじゃないんだろうけど」
グレルボアはちょうど腹を掻っ捌かれ、内臓を取り出されている最中だった。
正直グロい。
ついでに戦闘用ゴーレムくんが未だにグレルボアの後ろ脚をもって吊るしている状態になっている。戦闘用なのにごめんよ。
そして一番前でシースさんが、地面にへたり込みながらも目を輝かせて見学しているのを見つけた。
ちょっとした人だかりができていたけど、私が近づくとささっと道を開けてくれた。ちょっと気分がいい。
解体しているのは、農家のおっちゃんことゴルダウさんと数名のゴツイ男達だった。作業用ゴーレムたちにも解体はできるだろうけど、私の命令が必要だしね。
なにより今は親方がディラノさんに作業用ゴーレムについて説明をしているので、あの場所にとどまってもらっている。
シースさんが私に気が付くと、無理に立ち上がろうとしたので、それを手で制した。
「立ってるのは辛いでしょう、そのままでいいですよ」
「で、ですが」
「イナミ様がいいと言っているから、いいんですよ、シース」
「エッタさん、すいません」
「はぁ、もう少し聖歌隊としての本分を理解して欲しいわね、シース」
「まあまあ、お小言はそれくらいにして、魔物に詳しいと聞きましたよ、あれはグレルボアっていうんでしょう?」
「はい、本来はグレルズボアというのが正しいのですけど、グレルボアの方が有名ですね」
「グレルズ?」
「はい、魔神グレルのイノシシということです」
「あれ、そうなの、隊長さんがその魔神と関係ないって言ってたような」
「諸説ありますからね、ただ猪突猛進なところから名前が付いたというのは間違っていると思います。
そもそもグレルという魔神は本来狡猾な魔神で、猪突猛進という性格だったという記述はないです」
「うーん、そうなんだ、じゃあなんでそんな魔神の名前の付いた魔獣なの?」
「美味しかったからです」
「ん?」
「元々グレルズボアは、大変美味で魔神グレルに献上されていたと言われるこの地域特有の獣でした。
そのころのグレルズボアはそこまで狂暴な性格でもなく、どちらかと言えば魔獣よりも野生の獣にに近い存在だったんです。
で、あまりにも美味しいので乱獲され、数が減っていまい魔神グレルに献上される数も減ってしまったそうです。
それに怒った魔神がグレルズボアに呪いをかけ死を恐れないほど狂暴になり乱獲されなくなったと言われています。グレルズボアの美味しさを堪能できるのは、それを倒せる者のみということです。
その倒せる者の筆頭が魔神グレル。
そのようないきさつから、魔神グレルのイノシシ、グレルズボアと呼ばれるようになったと言われています」
「ふーん、面白い話ね」
(その後、その魔神グレル殿もアンティルローデめに調伏され軍門に下っています。
かの魔神が今どうしているかは我もわかりませぬが、そうやすやすとやられる魔神ではありますまい)
なんか意外なところでつながった。
そういえば配下に魔神が一柱いるって言ってたのを聞いたような気がする。
ふーん、魔神、魔神ねぇ…… どんな存在なんだろう?
まあ、今はいいか。
グレルボアだか、グレルズボアだかも、今はもう見る影もない。
枝肉にまで解体されている。
数人がかりとはいえ、あの巨大なイノシシをこんなに手際よく解体するなんて、やっぱりこの世界の人たちは慣れてるのかしらね。
「しかし、すごい量の肉ね、さすがに余らせちゃうかしら?」
「そうですね、ほとんどハムや干し肉として加工されるでしょうね」
「ソーセージとか?」
「えっ?腸詰? ですか、イナミ様?」
あれ、ハムはあってもソーセージはないのか。あと、ソーセージって言ったつもりだけど、シースさんには腸詰って伝わっている?
まあ、ソーセージってたしか、腸に詰めるんだっけ? そういえば腸詰ともいうんだっけ?
「いえ、なんでもないです、忘れてください」
「その、腸詰というのは調理法? 料理? でしょうか、イナミ様がご希望されるなら、伝えてきましょうか?」
そう言ってくれたのはエッタさん。
でもね、取り出された腸を見てわかったのは、かなりあのイノシシの腸、かなり太いしでっかい。
私の太ももといい勝負って、この体のキレイな太ももだと腸のほうがだいぶ太そうなのよね、あんなのに肉を詰めても火通らないでしょうし、なにより今その腸の中にう〇こが詰まっているのを実際に見てしまうとね。
それをソーセージに加工して食べようという気にはならないのよね。これは文明人だった性なのかしら?
「いいのいいの、忘れて、お願いだから忘れてね」
「はい」
「腸詰…… 腸詰ですよね、えーと、待ってください、たしか北のエランシア地方の郷土料理にそんなのがあったはずです、ち、ちがいますか?
腸に肉を詰めて燻製にする料理だったような…… 保存食の一種ですよね?」
「さすがシースさん、物知りですね、でもほら、あの腸は大きすぎるので、ね?
それにほら、ええーと、腸の内容物を実際に見てしまうとね、ね?」
「たしかにあの腸はおっきいですね、グレルズボアの体躯からしてもかなり大きいです。
きっと大食漢なんですね」
そう言ってシースさんは感心しながら解体されているところに見入っている。
う、うーん? イノシシの解体に見入るところなんてあるのかしら?
「腸詰ですね、私いってきましょう」
エッタさんが遠慮なしに、まあ、遠慮する必要もないのかもしれないけど、言いに行こうとするのを必死で止めた。
「いや、いいってば。あの腸の大きさだと、ね? 無理だからね?」
「グレルズボアは雑食でしょうし、もし作るなら草食動物の腸を使った物がいいかと。
羊や牛なら、ある程度いるはずですし、そっちのを」
と、シースさんもいらぬこと言わないで。
ただ何の気なしにソーセージと言ったばっかりにこんなことに!?
「二人ともちょっと聞いて、私別にそこまで望んでないから、ね?」
二人とも聞いてくれないので、ちょっと強めに言ってしまった。
「は、はい…… 申し訳ありません」
かなり落ち込ませてしまった、私のためにやってくれてたのに。
ちょっと悪いことしちゃったかな?
と、ちょうどそこでディラノさんがかけよって来た。息を切らしてだ。
「イナミ様、採石場の件、本当にありがとうございます」
「あら、ディラノさん、親方とのお話はもういいので?」
「いえ、少々イナミ様に聞きたいことがありまして、と、その前になにかもめごとですかな?」
「イナミ様が腸詰を……」
「エッタさん!!」
「す、すいません……」
と言いつつも上目つかいでエッタさんは私を見つめている。
この子わかってて言ってるな。いや、私のためになんだろうけど、そこまでしてソーセージを食べたいわけじゃないんだってば……
「腸詰、ああ、確か北の方の保存食でしたな。ん? ゴルダウからでも聞いたんですか?」
「いえ、そういうわけでは」
「たしか、ゴルダウの故郷でも作っていたと記憶しております。
この肉の量です、保存食なら作っておいて損はないでしょう。
ゴルダウさん、手が空いていたら少しいいですか?」
「はい。
おお、これは、イナミ様にディラノ代表、どうしたんで?
いや、しかし立派なグレルボアですな、私も食べたことはないんですが、とっても旨いと聞いていますよ。
石灰の方もありがとうございます、本当に助かります」
「いえいえ、とんでもない」
「ゴルダウさん、たしか北の方の出身で腸詰という保存食を昔振舞ってくれましたよね」
「皆、気持ち悪がって食ってはくれませんでしたがね、食べた連中は美味い褒めてくれましたよ」
「このイノシシでその腸詰とやらは、作れそうかな?」
「んー、ちょっと腸が太すぎますな肉を詰めたら人の胴ほどはなるので、さすがに火が通りませんな、こいつの腸を使うのは無理だと思いますよ」
「そうか、ちなみに、それは保存食としてどれくらい持つんだ?」
「んー、燻製しただけじゃ一ヶ月ってところですかね、塩漬けにすれば一年くらいなら」
「結構持つのだな、ふむ、家畜の、例えば羊の腸でもいいのか?」
「ええ、そちらの方が食べやすくて、ちょうどいいと思います」
「羊を数匹くらいならかまわん、腸詰とやらを作ってくれないか」
「え、構いませんが……
いいんですか? ただでさえ肉は余りますぜ?」
「イナミ様がご所望だそうだ」
「そりゃ、気合を入れて作らさせて頂きます、では早速準備してきます」
「ああ、頼む」
「あの、良かったんでしょうか?
肉余っちゃいますよね? それなのに羊まで……」
「羊などこれからはいくらでも買えますからな、問題はないですよ。
今まで足元を見ていた行商人を、今度はこちらが足元を見てやれますよ」
そう語るディラノさんは本当にいい、いや悪い? とにかくそんな笑顔を見せてくれた。
今まで本当にその行商人とやらに足元見られてたんだろうな、っていうのをひしひしと感じる。
「はぁ…… まあ、その…… ほどほどに?」
「それはそうと、本当にありがとうございます、イナミ様。
想像をしていたはるか上のことに、私も年甲斐もなく浮かれていますよ。
で、です、採石した石材の分配なのですが……」
「んー、よくわからないので隊長さんにお任せしてます!」
その言葉に、ディラノさんの眉がピクッと動くのを私は見逃さない。
隊長さんのことだから、きっと私の修道院の方を最優先で進めてくれてるんだろうと想像はつくしきっと隊長さんは折れないんだろう。
それで私に直接交渉しに来たんだろう、と。
まあ、けちるわけじゃないけど、その辺のことは隊長さんに任せた方がいい気がする。
そのためにさっきはあの場に立ち会ってくれたんだろうし。
「そ、そうですか。
では、その、石材のことですが、ゴーレムで運搬可能とのことですが、それはどこら辺まで運搬可能なのでしょうか?」
「んー、今は私が主人なので、私から離れすぎるとダメかしらね」
実際には私から離れても問題ないんだけどね。元の制作者の魔女さんがいなくなっても稼働してるくらいだし。
ただあんまりにも距離が離れちゃうと私の命令が届かなくなってしまう可能性が高い。それはさすがに怖い。
ただ命令を下していかせるだけなら距離に制限はないと思う。
まあ、魔力切れを起して動かなくなる可能性はあるけれども。
「ふむ、それはどれくらいまで可能でしょうか?
誰か地図を持ってきてくれないか」
そうディラノさんが声を上げると村人の一人が急いで羊皮紙に書かれた地図を持ってきた。
「ありがとう。
この辺りが我々の村です。で、この辺りが双子岩、そして親方の話ではこの辺りが採石場となっています」
ディラノさんが地図を的確に指さす。
が、私にはちんぷんかんぷんだ。けど、ここで頭にはてなマークを付けるわけにもいかない、気がする。
「ふむふむ」
と、わかったふりをしておく。
「で、東の方のこの辺りにダタムルという都市があります。元々は魔王戦争の際、拠点としてつくられた砦の一つですが、今はここいら一体の一番大きな都市で流通の拠点となっております。
この都市まで送り届けることは可能でしょうか?」
「試してみないとわからないけど、多分平気だと思うよ」
少々距離はあるけど問題はなさそうな距離だ。どこまで私の命令が届き、私が知覚できるか知っておいて損はないし。
一度知覚してしまえば意識の端にとらえておくことができる。
私の意識の隅っこで、採石場に残してきたゴーレムたちが今も作業をしているのがわかる。
今もあの採石場で持ち出した分の石材を補充するために働いているようだ。
「そうですが、では、作業用のゴーレムを一体だけでも流通用にお貸しいただくことは……」
「んー、隊長さんがいいというならいいよー」
と答えた。たぶんこの答え方でも、隊長さんはしぶしぶ了承してくれるだろう。
村が裕福になることは私にとっても悪い話じゃないはず。
「左様ですね、ありがとうございます。
では、ミリルさんとオーヴァルさんと再度打ち合わせをしてまいります。
イナミ様はごゆるりとしていてください。
腸詰の方も楽しみにしていてください、では、失礼をして」
ディラノさんはルンルン気分でこの場を後にしていった。
隊長さん相手にでもゴーレムを貸してもらえる算段がすでにあるんだろう。
この村の代表だけあって、話をまとめるのは上手いのかもしれない。
「あのゴーレムをお貸ししてもいいんですか?」
と、エッタさんが少しばかり不安そうに聞いてきた。
「まあ、村のためだしね、一体くらいいいんじゃない?
村が豊かになることは、私にとっても悪い事じゃないしね」
「腸詰、おめでとうございます」
こちらはシースさん。
「いや、そこまで欲しかったわけじゃないからね?
ちょっと口を滑らしただけなのに……」
「いえ、そもそも石材も肉も、ゴーレムだってイナミ様のものですので、そもそも遠慮などいらないのですよ」
「そう、言われるとそうかもしれないけど」
「イナミ様は大変お優しいのですね、しかし、よく腸詰などご存じでしたね、とても博識でいらっしゃられます」
「まあ、えーと、うん、あはははは」
あんまり余計な事いうとすぐ大事にされちゃうなぁ、うかつに何も言えないなぁ。
採石場の件もちょっとした冒険心、ゲームで言うところの脇道のお使いクエスト的な感じでいたのに、まさかこんな大事になるとは。
ちょっと慎重に行動したほうがいいかもしれない。
その後、特に特に何事もなく数カ月が過ぎた。
慎重に行動した結果私はひきこもり生活になった。
あれ? これってわざわざ転生した意味あるのかしら?
まあ、それはおいといて、ひきこもり生活に拍車をかけたのは、私の修道院の私の住む部分だけは完成したせいもある。
修道院自体はまだだけど、大きなお風呂場のある大きなお家である。いや、お家というかお屋敷?
職人ギルドの親方さん自らが気合を入れて設計してくれた大変豪華な作りになっている。
ここは台地の上だけど、麓まで大理石の階段まで完備されている。
百段どころか千段近くある心臓破りの階段ではあるけど。
元来はひきこもりな性格の私が村に行くこと自体が少ないので、まあ、私は苦労はしないかな。
あの階段を一番利用してるのは、聖歌隊のみんなと、私になんだかんだで用があるディラノくらいだ。
毎回汗だくになって階段をあの階段を上ってくるのは少し可哀そうな気もする。
エレベーターってどういう原理なんだっけ? 私に知識があれば作ってあげられるのだけれど、残念ながら私にはない。
でも上下するだけなら、今の私なら作れる気がする。
ゴーレムの構文を元にうまく魔術構文を作れないかしら? うーん、たぶん作れるよね。
今度親方が来た時に相談してみようかな。
ととっ、話がずれた。
そうそう、今、修道院は私以外が住む、ようは私に血を提供してくれる乙女たちが暮らす部分を作ってくれてる。
こちらも急いでくれているし、丁寧に作られてる。
完成したらミリルさんの伝手で、聖歌隊見習いの子を数人、呼んでくれるらしい。
魔王との戦争も決着がついたので、聖歌隊の規模も縮小の傾向があり行く当てがない子の受け口として聖歌隊としても助かります、と言ってたけど。
実際はどうなんだろう。魔王との大戦で結構な数の被害者が出たって聞いたけど、各地の復興の方がいいんじゃないのかしら?
ああ、でも王命でいくつも開拓の命令が出てるみたいだし、平気なのかしら? その辺私にはよくわからないけど。
とりあえずこの修道院は親方が張り切りすぎて相当大きな修道院を設計してしまったので、完成はしばらく先だと思う。
ディラノさんもゆくゆくは観光地の目玉にと考えているみたい。
ミリルさんはそれをうけて、男子禁制にすべきと、訴えてるし。
私的にはどっちでもいいけど。一応、修道院内に畑どころかハーブ園なんかも完備される予定らしい。
今も家庭菜園程度にはいろいろお試しで育てられてはいるけど。
まあ、丘ではなく台地というだけあってかなり面積も広いし、その土地全部を余すことなく修道院として設計してくれているので完成までゴーレムを使っても数年って話かな。
完成したら修道院の中だけでも、しばらく自給自足で暮らしていけるだけの設備が揃う感じだ。
ちょっと楽しみ。
ああ、そうそう、ソーセージ、ソーセージ。
ここだと腸詰って言った方がいいのかな。
あれね、この村の特産品になったのよね。
グレルボア、死を恐れないほど狂暴になってたのって呪いのせいって話をシースさんからきいたじゃない?
あれ、どうも本当のようで、生きたまま捕まえて、私がその呪いを解いて、というか書き換えてあげたら、穏やかな性格とは言えないものの、飼いならすこともできるほどには狂暴性はなくなったみたいなのよね。
大きなイノシシだから、危険と言えば危険なんだけどね。
でも、そしたらやることは一つでしょう。グレルボアの家畜化だよ。
今は野良のグレルボアを戦闘用ゴーレム君で捕まえて来て、私が呪いを解くってやり方だけど、つい先日出産も成功したようで順調に増やせて行けるみたい。
いやー、しかし、あのイノシシほんと美味しいわ。
特にソーセージは絶品だった。
保存食なのに、作ったそばから無くなっていったのよね。
なんか東にある都市でも大人気らしいし、かなりの収入源だってディラノさんがほくほく顔で言ってたなぁ。
大理石の方もすごい高値で売れてるって聞いている。
どんどん村が豊かになっていくのは、なんか村を発展させるゲームをやってるみたいで面白い。
しかも、私の意見は第一に反映されるし、なんか、本当に勘違いしちゃいそうになる。
だって、あれよ、みんなほめたたえてくれるし、なんでも言うこと聞いてくれるし、ちやほやしてくれるしで。
誰だって勘違いしちゃうって。
一応天狗にならないように気は使ってるけどね。
それよりも私が今一番の悩み事、それは暇つぶし。
私がここに来てから数カ月なにか出来事があったのは、本当に採石場にお出かけしたくらい。
次が仮の家から、ここへ引っ越すのがあげられるくらい。
あとは、朝起きて、血をもらって、家の中でぼけーとして、寝て、起きて、血をもらって……
という、そんな生活を数カ月していた。たまにグレルボアの呪いを解いたり、してた程度で、この私の住居ができて以来は、ほぼひきこもってる。
まあ、普通の精霊も基本神殿にひきこもるらしいから、精霊らしいと言えば精霊らしいのかもしれないけど。私は吸血鬼だけど。
でも、さすがに暇だ。
そろそろイシュヤーデさんが精霊に戻る方法を調べたい気もするけど、ほとんど手鏡に閉じ込めたままだ。
特にイシュヤーデさんからは文句はないけど。
ああ、それとイシュヤーデさんが元々潜んでいた鏡は無理いって私の家に移設してもらった。
いわくつきの鏡とか、あの魔女の姿見だから、なんだと反論はあったけど、気に入ったので、と無理を通してもらった。
あの鏡はイシュヤーデさんにとって大切なものみたいね。
鏡の前に立つと私はぼやけてしまうんだけどね、それはほら、鏡の妖魔イシュヤーデさんがいるから、どうとでもなるみたい。
偽りの鏡と同じ要領で、私の姿をくっきりと見せるようにしてもらってる。
ほんと便利だねぇ。
と、まあ、そんなことがあるかないかぐらいのことで、本当に数カ月何も起きなかった。
今日までは…… ね。
この章は全部執筆済み。
近いうちに公開していきます。
物語自体の大筋も決まっています。
たぶん5~6章程度。
誤字脱字は多いと思います。
教えてくれると助かります。