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異世界転生したら吸血鬼にされたけど美少女の生血が美味しいからまあいいかなって。  作者: 只野誠
最終章:イナミさんが異世界に来て、大団円はすぐそこで私のフィナーレにはまだまだ遠いのかも。

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異世界転生して、残っていた者と私がこの世界に残す物。

 結局、アレクシスさんが自信満々に「止めをさす」と言って甲板から飛び出してから何時間かかったのだろうか。

 それからゆうに三、四時間は戦っていたと思う。

 海の魔神シシャラシャウスを倒しきれたのは、太陽がちょうど真上に登るころになっていた。

 戦い始めたのは朝になってからすぐだったのでかなり長い間、半日くらいは戦っていたと思う。

 海水に少しでもつかれば即座に回復してしまうようなものなのに、海水を自在に操れる海の魔神をそう簡単に倒せるわけもなく、それも仕方なかったのかもしれない。

 かといってあの巨体を陸まで持っていくの一苦労だし、陸揚げして大津波でも呼ばれ世界山脈が崩壊でもしたら、その被害は尋常なものではない。

 なにせその海を創った魔神なのだ。近くに海が無ければ呼びよせるくらいのことをされても、なんら不思議ではない。

 天変地異そのもののような魔神だ、陸にあげてしまうと周囲にどれだけの被害がでるか想像もつかない。

 亜人特区まではそれなりの距離はあるが、この魔神相手にそんな距離は関係ないだろうし。

 なるべく陸から離れた海上で戦いを終わらせたいという気持ちがあった。それが止めを刺すのに手間取った一番の理由だったかもしれない。

 結局、最後は超重力爆弾で海と魔神との間に超重力空間を作って、完全に海の触れないようにさせてアレクシスさんが止めを刺したといった感じになった。

 特に語ることもないぐでぐでの延長戦のような物だったよ。

 けど、まあ、私の想像以上の相手だったことだけは確かだった。

 正直オスマンティウスが魔王を食べていなかったら倒しきるのも難しかったかもしれない。

 オスマンティウスが血肉と共に魔神の魔力を吸収していてくれたおかげで、弱体化することができて、はじめて海と完全に分断出来たようなものだ。

 海の魔神本来の力そのままなら、例え超重力爆弾を使っていても海と完全に分断することは不可能に近かったはずだ。

 なんせ最終的に海の魔神は無から海を創り出そうとまでしてたしね。たまったもんじゃない。オスマンティウスがその海も創るそばから飲み干してくれなかったらと考えると今更ながら怖くなる。

 とにかく往生際が悪くしぶとかった。そのせいで私は…… 私の予定は少し早まってしまったかもしれない。

 なんにせよ、完全に止めを刺した後も三人ともしばらく警戒を解かなかった、いや、解けなかった。

 いつ再生して襲いかかってきてもまるで不思議じゃなかったから。

 倒しきれたのがしばらく信じ切れなかったくらい、それくらいにはしつこい相手だった。

 まさかその再生力に圧倒されるとは思ってもみなかったよ。まあ、狂いすぎててもうまともに魔法やら何やら使えなかったというのもあるだろうけど、もし魔法を高度に扱う知性が残っていたと思うと金木犀号も無事ではすまなかったはずだ。

 これ、壊されると困るので本当に良かった。ちょっと原初精霊を侮りすぎてたかも。

 けど、何とか倒しきった。倒しきることができた。そして、それは海の封印は解かれてしまったことを意味する。

 オスマンティウスが魔王の力を受け継いでいるので、その影響か海の魔神の力を一部をオスマンティウスが受け継いでいる。これは海の魔神を直接食べていたってのもあると思うけども。

 なので、今すぐに海の封印が全て解ける訳ではないが、徐々にこの偽物の海は、世界山脈と同じくこの世界から姿を消していく。消えていく速度はもしかしたら世界山脈より大分速いのかもしれないけども。

 そして、本物の、どれくらい広いかは、私にもわからないけれど、今いる大陸とは比べ物にならないほど広い世界が海の底から姿を見せてくれる。

 大量の穢れと共に。

 けどそれは、オスマンティウスの木が、その森がどうにかしてくれる。

 徐々に森を広げていけば、人類が生存していける地域も増えていくことだろう。

 それを見守るのは、私やアレクシスさんでなくオスマンティウスの役目だ。

「オスマンティウス」

 と、アレクシスさんが優しく声をかけて何かを投げてきた。

 それは黄金に輝く剣であり、精霊王こと太陽の精霊アデュスワーズの魔法により創られた神剣だ。

 オスマンティウスは投げられたそれを空中で掴んで受け取った。

「この世界のことは任せたよ」

 アレクシスさんはオスマンティウスをまっすぐ見つめてそういった。

「ええ、任されたわ、何も心配することはないわよ」

 と、オスマンティウスは力強く応えた。

 ああ、そうか、アレクシスさんもオスマンティウスも馬鹿じゃない。

 魔王発生させている元を絶っても、既に存在している魔王の特性が消えないかもしれないことはちゃんとわかってたんだ。

 魔神をすべて倒した後なら、アレクシスさんにとって太陽の神剣は不要な物になる。それをオスマンティウスに譲ってくれるくらいのこと、私でも簡単に気づけただろうに。

 神剣はアレクシスさんの物っていう固定観念でもあったのか、まるで気が付かなかった。

 オスマンティウスは、体の上半身を塩にして崩し、体内に太陽の神剣を取り込んでいく。

 ちょうど背骨に立てかけるような感じでだ。

 感動的なシーンだったのかもしれないけどちょっとグロい。

 もう体内には色んな臓器がちゃんとできているので、肉体を包んでいた塩が崩れると内臓が丸見えになって正直グロい。

 あと、あんなもの背骨に立てかけるように置いたら体を動かしにくそう、なんてことを考えてしまう。

 オスマンティウスが太陽の神剣を取り込んだ後は、普通に背伸びやかがんだりしていたのであんまり関係なさそうだったけど。

 流石神様。常識が通用しない。きっと取り込まれた時点で剣の形を保ってないのかもしれない。

 そもそも海の魔神の血肉や創り出した海を大量に飲み込んでいるので、オスマンティウスの体内は普通の空間ではないのだろうけども。

 けど、これでオスマンティウスが穢れに侵されるようなことは恐らくなくなったはずだ。

 太陽の神剣は穢れを払う神剣だ。その特性をも取り込んだのだから。

 ただいくら太陽の神剣とて使い続ければその輝きが曇ることは分かっている。

 まあ、それくらいは私がどうにかしてやればいい話だし、なんなら楽園の杖の処理能力でどうにでもなるだろう。

 これでオスマンティウスが穢れに飲み込まれるようなことだけはなくなったはずだ。

 私の心配事はただの取り越し苦労だったわけだ。まあ、それでも今更、私のやろうとしていることは変わらないし、変えられない。

「いいの? 神剣をあげちゃって」

 私がおずおずと聞くと、

「ああ、もうボクにはもう不要なものだからね。

 それにグリアノーラがいる。ボクの剣になってくれる」

 そう言ってアレクシスさんは笑って見せた。

 清々しいほどいい笑顔だ。グリアノーラさんを信頼しているのがよくわかる。

 もしかしたらだけど、太陽の神剣はアレクシスさんにとって煩わしいものだったのかもしれない。

 魔神を倒せる唯一の力であるとともに、精霊王からの束縛そのものなのだから。

「そしてイシュがあなたの盾に?」

 私はわざと心配そうな表情を作って、そう聞いてみた。

「ああ、そうなる」

 そう答える表情は少しだけ険しい。

 攻撃を受けることになる盾のほうが危険は大きいからね。

 私はその危険を少しでも無くしてあげときたい。

「そう……

 太陽の神剣をオスマンティウスにくれたからね。これはお返しみたいなものかな、私からの贈り物だよ。

 これ…… 実は迷ってたんだ。

 ちょっと強力すぎるから。

 私の想像以上のものが出来てしまって、ある意味失敗したものなんだよね。

 よく考えて使ってね、私が渡すの迷うくらいの品物だってことを。

 でも、海の魔神がこの強さだとなるとね。理性を、正気を完全に失っている状態でもあの強さだったし……

 多分必要になるだろうから、渡しておくね。

 だから、イシュを…… 使い潰さないでよ」

 私はアレクシスさんに託そうかどうか、本当に迷っていた物を懐から出して手渡した。

 これはとても危険な物だ。

 私の想像を遥かに超えて危険な物だ。下手をすればこの世界そのものを喰らい尽くしてしまうほどに。

 そして、それはとどのつまり、私という存在そのものが危険という事も意味している。

「そんなつもりはもちろんないさ。

 にしてもこれは……?」

 アレクシスさんは私が渡したものを物珍しそうに見ていた。

 彼の博識の神眼をもってしても、その存在の全てを理解することは難しいはずだ。

 少しは説明しておいてあげないといけないかもしれない。


「このまま金木犀号で亜人特区の精霊門の上空まで行くよ。

 でも、高度は下げれるけど、亜人特区の精霊門の付近には着陸する場所はないけどいいよね?

 それと…… アレクシスさんはその後も大変なんだから、せめて着くまでは休んでいてよ」

 私がそう声をかけると、

「ああ、着陸のほうは気にしなくていいよ。

 それと、そうだね、流石にボクも少し疲れた、お言葉に甘えさせてもらうよ」

 と、アレクシスさんも素直に休むようだった。

 まあ、全力で長い間、戦っていたからね、疲れないほうがおかしい。

 そのまま船内に向かい休憩するようだ。

 あの大英雄さんの本当の戦いはこれからだもんね。

 金木犀号の甲板には私とオスマンティウスだけが残った。

「で、イナミ。どうするつもりなの?」

 アレクシスさんが完全に船内に入った後、真剣な眼差しでまっすぐ私を見つめて、オスマンティウスが聞いてきた。

 その虹色の眼は私じっと、不安そうにじっと見つめている。それはなぜか、不思議と悪いことをして怒られるかと心配している子供のようにも思える。

 私はそんなオスマンティウスに向かいニッコリと笑いかけた。

「私もオスマンティウスに二つの贈り物があるの」

 私がそう言うと、オスマンティウスはすぐに反応した。

「贈り物? そんなのはいらない、いらないから……」

 と、私にすがりつき、既にわかっていると言わんばかりの反応だ。

 わかっているなら、大人しく聞いてくれ、っていうのは酷なことなのかしら。

 まあね、オスマンティウスはこれから長い事生きていくことになるだろうけれども、もう彼女に長く寄り添える人はほとんどいないのだから。

「一つはこれ、金木犀号」

 私は足元の鉄の塊を指さしながらそういった。

 もはや無用の長物であるけれども、それでも役割はある。本当に海の魔神戦で壊されなくてよかった。まあ、大事なのはその核で、それはそう簡単に壊れないようにはつくっているんだけれどもね。

 というか、元からオスマンティウスに渡すつもりで作っていたっていうのもある。

 私もオスマンティウスにその肉体の限界が訪れるから対策しろと言われた通りに、実は対策はしてきたんだ。

 ただそれは自分の体にではないけれども。

「こんなもの貰ったって、わたしには操れないし、いらないわよ」

 そう言って、イヤイヤと言わんばかりに左右に首を振るオスマンティウス。

 まあ、そうだよね、流石にオスマンティウスでもただ浮くだけの戦艦貰っても意味ないよね。

 こんな動力もついてない物を無理やり動かせるの私くらいだものね。

 でもね、別の使い道があるんだよ。

 それにしても、最近、別れが多くなるせいか、大分幼児化してる気がするんだけど、大丈夫なんだろうか。こんな調子で神様をやっていけるのか心配になってしまう。

 仮にイリーナさんと同化していなくても三百年以上生きているはずだし、半精霊の頃から含めるなら、それ以上に生きているはずなのに。

 いつまでたっても寂しがり屋の子供みたいなんだから。

「もう一つは私の魔力。

 この金木犀号を受け皿にして、私が死んだ後オスマンティウスに流れ込むようになっていの」

 私の魔力は強大過ぎて直接渡すことはできない。なので魔力を一回受け止めるための受け皿が必要なのだ。

 私はそれにこの金木犀号を選んでいた。

 特に隠す意味もなかったんだけど、なんとなく黙っていたし、言いづらかった。

 私の魔力の受け皿になるようなものは、それなりのものでないとならない。

 かなり気合を入れて作らないといけないんだけど、そんなもの別に作ってたら気づかれちゃうしね。

 で、アレクシスさんに頼まれていた決戦用の沈まない足場を、戦艦にして作り込んでおいたの。

 この金木犀号を作るのに関わっているのは、ほぼ私と傀儡兵だけだ。その心臓部に私の魔力をたんまりと使い創られた核があり、これが私の魔力の受け皿になる。

 そのための魔法も仕込み済みで既に発動までしている。私が死んだ後、私の魔力をいったん全部引き受け、適量をオスマンティウスに流すようにと。

「いや、いやよ、死ぬだなんてそんなこと!」

 オスマンティウスは悲鳴のように拒絶の言葉を言い出すが、私はしがみついていたオスマンティウスを優しく抱きしめて語り続ける。

「でも、私の魔力も魔王と一緒なのよ。どうにかしないといけない。

 この世界には大きすぎるの。

 そして、私が生きている限り、この魔力は減ることはないどころか、肥大化し続けてしまう。どこまで大きくなるか見当もつかない。

 もしかしたら、いつしかこの世界そのものを飲み込んでしまうほど強大に膨れ上がってしまうかもしれない」

 流石にそこまで肥大化することはないだろうけれども、どこまで大きくなっていくか見当が付かないのは本当のことだ。

 既に自身で制御できないほどには大きい。大きすぎる。

 私から溢れる魔力の大半は既に私のコントロール下にない。

「そ、そんなことにはならない、わたしが保障する!! わたしにはなんだってわかるんだから!!」

 その言葉が嘘だという事がすぐにわかる。盟約なんか関係はない。付き合いは長いんだから。

「じゃあ、私の魂、私の魔力は今どれくらいの大きさなのか正確にあなたにはわかるの?」

 と、優しい口調のまま強く問う。

「そ、それは……」

 答えられない。

 既にオスマンティウスでも認識しきれていない。

 私の魂は既にオスマンティウスの神眼ですら完全に観測することすらできなくなっているほどなのだ。

 万能だと思っていた神眼ですら、私の魂を把握できないのだ。もはやどうしょうもない。

「そう、既にもうあなたの神眼にすら収まらないほどなのよ。

 この大きすぎる魔力をどうにかするには、私が死んで完全に滅びるしかないのよ。

 そうしないとこの巨大すぎる魔力は、この世界にどう影響を及ぼしてしまうか見当もつかない」

 確かに魔力、つまり魂のエネルギー自体は悪いものではない。

 寧ろ世界に取って本来は良い物はずだ。

 けれど、水が植物に取って必要不可欠なものと同時に、与えすぎれば根腐れを起こしてしまう。

 それと同じように強すぎる魔力は、この世界にとって必ずしもいいものではない。

 いつだって過ぎた力は滅びを招いてしまうものだ。

「そ、そんなこと…… あっていいわけが!!」

 と、叫びにも悲鳴にも似た声でオスマンティウスは言ってくれるが、これはこの世界にとって必要なことで仕方がない事なのだ。

「でも、薄々わかっていたことでしょう?」

 私がそう言うと、オスマンティウスは黙ってしまった。

 オスマンティウスを抱きしめる力を強める。

「……」

 ゆっくり深呼吸をして、まずは私自身を落ち着ける。

 これは私自身が前から決めていたことだ。その用途は色々迷っていたけれども、決めていたことには変わりない。

「それに太陽の神剣だって万能じゃない。穢れを払い続ければその輝きは鈍り、その力は失われていく。

 それを浄化するには清浄な魔力がいる。私の魔力なら打って付けでしょう?」

「そんなものどうにでもなるのよ、イナミが死ななくていいように、わたしは努力を……」

 そうね、そのために臓器を創り、力をつけ、楽園の杖も取り込んで、完璧な神になろうとしていたんだもんね。

 私が無理しないでいいように。私がこの世界に居られるようにと。

 でも、私の魔力はオスマンティウスの想像を越えて大きかった。

 巨大過ぎた。どうしょうもないほどに大きく手の出しようがなかった。

「でも、結局、私の魔力の肥大化の解決方法なかったのでしょう?

 オスマンティウスは、あなたはその眼を得て、想像以上に強くなった。本物の神様になった。

 それでも、私の魂をどうにかする方法を見つけれなかった……」

「それは……」

 オスマンティウスにとって残酷な言葉ったのかもしれない。

 オスマンティウスは必死に努力して来たはずだけれども、それでも届かなかった。

 それを私が、私から突きつけなければならないのだから。

 今なら…… 今ならやっとアレクシスさんとオスマンティウスのやってきた行動が理解できる。

 私になるべく負荷をかけないようにしてくれていた。

 大陸の魔神退治だって、本来なら私も参加していていいはずだった。けど、私はアイアンウッドの改良という名目でそうはならなかった。

 確かにそれもしなくちゃいけないことだったけどね。

 海の魔神戦だって本来、私の役目は足場の維持だけでいいと言われてたし、余計なことをしないように計画の詳細も直前にしか教えてもらってなかった。

 魔王の生成の魔法の設置点の話を黙っていたのもそうだ。

 二人は私に負荷をかけないように気を使ってくれていたんだ。

 もう私が自分の魔力を完全に制御できていないことに気づかれていたから。

 何をするにも高出力の魔力にどうしてもなってしまう。魔力を絞ることが出来なくなってきていることに。

 内からとめどなく湧き出てくる、あふれ出る魔力に、この肉体が耐えきれなくなりつつあることに。

「はじめはこの魔力を使って、出来る限りこの世界の穢れを洗い流しておこうと思ったのだけれども。

 オスマンティウスにあげることにしたの。その方が良さそうだから」

 そう、私ははじめ自分の魔力を使って海の底から出てきた穢れを出来る限り浄化して、この世界から去ろうと考えていた。

 それでその後、もし許されるのなら、地球にでも戻って普通の人として頑張ろうと思っていた。

 でも、その考えは変わった。

 だから、ただの足場ではなく金木犀号を作った。私の魔力の受け皿にするために。

 私の魔力をオスマンティウスに受け渡し、使ってもらうために。

「いらない、いらないから…… そんなこと言わないでよ」

 そう言いながら、オスマンティウスは涙を流していた。

 私の知っている限りじゃ涙を流すことは、まだできなかったはずだけれども。

「あら、泣けるようになったのね。

 海の魔神の血を大量に取り込んだからかな?」

 あれだけ大量の血を吸ったのだ。今のオスマンティウスの肉体には海の魔神の血潮が流れていてもおかしくはない。

 本来なら危険なことかもしれないけれども、穢れに耐性を持ち、太陽の神剣を取り込んだオスマンティウスにとってそれは、完全なる神へとなるために必要なことだったのかもしれない。

 オスマンティウスはきっといい神様になる。だってコイツは寂しがり屋だもの。

 誰かいないとダメなんだ。だからオスマンティウスは人を見捨てないだろう。

「……」

 答えは返ってこない。

 いや、オスマンティウス自身、私に言われて涙に初めて気が付いたみたい。

 自分の頬を触り、そこにあふれ出ている涙に驚いている。

 それを見て、私は自分の選択が間違っていなかったとなんとなくそう思う。

 大丈夫、オスマンティウスはきっとこの世界をいい方向へと導いてくれる。

「それに大丈夫。お別れにはならないわよ。

 アレクシスさんの話でも私はこの世界に貢献してるはずだし、あなたに私の魔力を渡すことで更に貢献出来ていると思うの」

 そう、魂の質と総量。これは転生する上でとっても重要なことだ。

 なによりあの管理者は私に言った「いずれまた」と。

「なに…… なんの話よ……」

 泣き顔のオスマンティウスが顔をぐちゃぐちゃにさせながら、聞き返してくる。

 もったいぶるのもかわいそうだ。全部話してやらなければ。

「私はそれで管理者に交渉するわ」

「なにを……?」

「もう一度この世界に転生できるように。

 今度こそ、イレギュラーでなく普通に、正規の手順で転生できるように、ね」

 そう、これが私の考え直し決めていたこと。

 この強大な魔力を捨て、もう一度この世界に転生する。ミリルさんだってしているんだし、私だってできるはずだ。

 しかも私はその転生を管理しているであろう管理人に直接会える算段が高い。交渉もできるはずだ。

 そもそも、この転生自体イレギュラーって管理人自体が認めていることだしね。

 多少のお願いくらい聞いてくれてもいいはずだ。

「……」

 言葉は返ってこなかったけど、オスマンティウスは驚いたように眼を見開いていた。

 魂が見れるオスマンティウスなら、それくらい思いついてても良さそうなものだけれども。

 まあ、通常の転生では別人のようなものだしね。

 ミリルさんだって生まれ変わって…… ミリルさんはミリルさんだったなぁ。

 そのまんま生き写しのような人に育ってたよね。まあ、なんていうか、あれは周りの人がそう育ててしまったと言うのもあるんだけど。

 でもね、私はただ単に別人として転生するつもりはないんだ。記憶だって、この思いだって持ち越してみせる。

 そもそも、精霊の記憶は肉体にではなく精神に記憶される。

 それを考えれば肉体を失っても記憶を保てる算段も高い。混血種のアリュウスさんが肉体を変えても、その記憶を受け継いだように。

「多分、今度はなんの力も持たない普通の人間として私は転生すると思うの。

 だから、探してオスマンティウス。あなたならわかるでしょう? その眼なら探し出せるでしょう?

 私を見つけ出して」

 私は懇願するようにオスマンティウスに、神様に願う。ただ願う。真剣に。この神様と再会できることだけを。ただそれだけを。

「わ、わかった……

 必ず見つける…… 見つけ出すから……」

 オスマンティウスは叶えてくれる。それが純粋な願いであればあるほど。

 だって、こいつは神様だもの。

 私に抱き着くオスマンティウスの力が強まる。

 正直、思って以上にオスマンティウスは力強く痛いけど、今はそんなこと気にしているときでもない。

 かなり久しぶりに感じる感覚なんだけどもね。

「見つけ出した私を特別待遇して可愛がってよね。

 知っているでしょう、私は本来ぐーたらなんだからさ」

 私も泣きながら笑顔でそういった。

「うん…… 誰よりも優遇するから……

 必ず返ってきてよ…… 必ず見つけ出して見せるから……」

「うん、うん……」

 オスマンティウスと私は抱き合ったまましばらく泣き続けた。

 力強く抱きしめられた感覚が心地よく、それでいてとても痛い。


「後、魔王を発生させている魔法は、私がどうにかするから」

 オスマンティウスが落ち着きを取り戻してきたころ、私はそうぽつんと漏らした。

 もうそろそろ亜人特区に着くしゆっくりしている暇はやっぱりもうない。

「どうにかするって……?」

 未だに私にしがみ付いているオスマンティウスは見上げるようにして聞き返してくる。

「まあ、簡単に言うとこの命と引き換えにって感じ、かな?」

「そんなことしなくても……」

 と、私にしがみ付いているオスマンティウスが上目使いで見上げてくる。

「ちょうどいいのよ。私が死ぬというか滅びるには、この肉体をどうにかしないといけないんだけど……

 それこそ元は海の魔神の再生力並みなのよ。

 ただ私の肉体は既にかなりガタが来ているんだけどね。

 塩の魔神を覚えている? 肉体と魔力のバランスを崩した状態。

 今の私はあの状態に近いの。

 ただ元々は精神生命体だった魔神とは違って肉体が完全に滅びたら、私は復活できない。

 太陽の神剣で貫かれた時とは違い、今度は完全に肉体は滅びて、おそらく再生することはないと思う。

 その証拠に、予備で取っていた髪の毛とかも先に私の魔力に耐えきれずに塵になってしまっていたしね。

 肉体を失うことで、彷徨える魂だけの存在となって死を迎えることができる。

 更に肉体が滅んだ後に、私の魔力を金木犀号に全部預けることで、それはより確実なこととなる、違う?」

「うん……」

 と、少し不安そうにオスマンティウスは頷いた。

「まあ、金木犀号は私の魔力に耐えきれなくてつぶれて、恐らくあの魔王のように球体状に押しつぶされちゃうけどね。

 どれくらいにまでなるかは検討が付かないけど、重力遮断の魔法がかかってるから重くはないし、その方が持ち運びやすいでしょうしね。

 オスマンティウスにしか魔力を引き出せないようにしてあるから、出し惜しみはしないでガンガンつかっていってね。

 その方が結果長持ちするだろうし」

「わ、わかった……」

 逆に出し惜しみして使わないでいられると、逆に金木犀号のほうが魔力の圧に負けて完全に押しつぶれてしまう可能性もある。

 まあ、それもちゃんと考えてて、そうなった場合、当初の予定通り私の魔力はこの世界の穢れを押し流すことに使われるように魔法で設定してあるけど、出来ればオスマンティウスに全部使ってほしい。

 使いきれるかどうかは別としてね。

「あとあれよ、私が死ぬとまず間違いなく魔力が暴走しだして辺り周辺を吹き飛ばすことになるから立地的にもちょうどいいのよ。

 本当なら、この大陸から出来る限りはなれた方が良いんだろうけどね。

 あんまり離れすぎると、魔力の受け渡しも難しいからね。

 世界山脈の北の果てなら、まあ、住んでる人もさすがにいないだろうしね」

「確かにあの辺りは、動物どころか魔獣すら生きていけないし、もう世界山脈はいらないと言えばいらないけど……」

 魔力の受け渡しをするには少し離れすぎてはいるのだけれども、多少ロスした方がちょうどいいくらいには、私の魔力は大きいからね。

 そういう意味でも遠い北端の地という場所はちょうどいい。

「まあ、そんな感じかな。後のこと頼んだよ」

「うん……」

 と、神妙な顔をしてオスマンティウスは頷いた。

「あと…… シースさんによろしくね」

「うん……」

「あと、あと…… ズー・ルーちゃんとも仲良くするんだよ」

「うん……」

「あと、あと…… なんだろう……

 独りにさせてごめんね、必ず帰って来るから……」

「うん…… 必ず見つけるから……」

「うん……」

 その後、特に喋ることもなく金木犀号は亜人特区へと進んでいった。




 ほどなく金木犀号が亜人特区へと着いた。

 巨大な鉄の空飛ぶ船に、亜人達がざわめきだすが、まあ、仕方ない。こんな巨大なものが空中に現れたんだから。

 着くとほぼ同時に船室からアレクシスさんが出てきた。相変わらずせっかちさんだ。

 この調子ならすぐにでも精霊界へ向かうつもりかもね。

「イナミ、今までありがとう。

 そして、ボクとはここでさようならだね」

 アレクシスさんが右手をだしそう言ってきた。

 私はその手を取り強く握り返す。

「ええ、そうね。アレクシスさんとは、もう会うことはないんでしょうね。

 さようなら、アレクシスさん。この世界の英雄様。長い間お疲れさまでした、そして最後の大仕事、負けないでください」

 この英雄が、本当に真の英雄が、この世界のことを想っている、想っているが故にこの世界を去る英雄に、これから最大の試練へと向かうことになる英雄に。

 幸あらんことを願う。

 あれを渡した、いえ、渡してしまったことにより、もう勝敗は関係ない。

 あれを精霊界へ持ち込んだ時点である意味、アレクシスさんの願いは達成されたと言っても過言ではない。

 でも、そんな物を渡してしまった私を後悔させないでよ、大英雄さん。

 必ず勝って、大団円を精霊界で迎えてよね。

「ああ、必ず勝つさ。

 イナミ、オスマンティウス。

 だから、この世界のことを頼んだよ」

 その言葉から、こっそりと私とオスマンティウスのやり取りを聞いていたのかもしれない。

 まあ、アレクシスさんはこの世界のために精霊界へ行くのだし、その気持ちはわからなくもない。

 アレクシスさんは私に対して自由にしていいと言ってくれているけれども、今やこの世界で一番危険なのは大量の穢れをも抜かして私なのかもしれないのだから。

 この巨大すぎる魔力が全て暴走したら、間違いなくこの大陸は吹き飛んでしまう。それくらいのエネルギーは既にあるはずだ。

 そうならないために金木犀号が受け皿として役に立ってくれるんだけどね。

 私が死ぬと同時に、魔法が起動されて大部分の魔力は金木犀号へと移される手筈になっている。

 それでも、渡しきれなかった残った魔力は暴走して辺り一帯を吹き飛ばしてしまうことになるだろうけども、最小限には抑えられるはずだ。

「ええ、任せて、必ず守るから……」

 オスマンティウスの涙のあとが残る笑顔を見て、満足したのか、アレクシスさんは颯爽と金木犀号から飛び降りた。

 まだかなりの高度を維持しているようだけれども、気にしてはいないようだ。

 魔術か何かで緩和するのかと思っていたけど、アレクシスさんはそのまま何もせず落ちていって物凄い勢いで地表に着地した。

 強い衝撃音と土煙が地表から見えた。

 そして、それをものともせず、精霊門へと向かい勇ましく歩くアレクシスさんが見えた。

 やっぱり化物だよね、あの人。今までは人々を怖がらせないために極力隠してただけで。今はそれをもう隠してはいない。

 いや、精霊界へ向かうからか、最後にこの世界の感触を直に感じたかっただけかもしれない。

 精霊門の前で、こちらを見上げ、最後に大きく手を振った。

 私もオスマンティウスも手を振り返した。

 それをしっかりと確認してからか、アレクシスさんは精霊門の中へと消えていった。ここでもやっぱりせっかちだ。

 イシュやグリアノーラさん、その他の精霊達も手を振り返してくれた。

 そして精霊門の中へと、一人、また一人と消えていった。

 イシュは最後まで私に手を振り、最後に深々と一礼をして、名残惜しそうに私を見ながら精霊門へと消えていった。

 イシュともこれでお別れか。

 なんだかんだで精霊に戻った後も大分助けてもらったよね。イナミ領が今でも、この世界随一の都市なのはイシュのおかげなんだしね。

 感傷に浸っていると、精霊門がその力を失い、ただのなんの変哲もない、ただの石でできたアーチへと変貌した。

 あの門が開くことはもう未来永劫ないだろう。そして、この世界の各地に設置されている精霊門も同じように、その力を失っていくはずだ。


 金木犀号でそのまま修道院上空へと向かう。

 金木犀号ならすぐに着く。ついてしまう。

「イナミ……

 あの…… あっ、シース! シースとのお別れはいいの?

 こ、ここまで来たんだから、もうついでみたいなものでしょう?」

 とオスマンティウスは私にまだしがみ付いたまま上目遣いで甘えるように言ってくる。

 最後、かもしれなだろうか、凄い甘えてくる。ずっとこんなに素直だったら可愛いのに。

「私も一応は精霊界へ帰ったことになってるんだから、人に見られたら不味いでしょう」

 私がそう言うと、オスマンティウスはすぐに反論してきた。

「この魔力でバレないわけないでしょう?」

 確かにそれもそうだ。

 魔力を感じれる人なら、既に私が修道院に帰ってきていることに気づかないわけはない。

 けど、どうせこの魔力はもうすぐオスマンティウスの物になるのだから言い訳はどうとでもなる。

「この魔力はもうすぐオスマンティウスの物になるんだから、問題ないでしょう?」

「で、でも…… も、もうちょっと、もうちょっとくらい!!」

 そう必死に頼まれると私も辛い。それにシースさんとももう一度話たい気持ちもある。

 けどね、私もそう悠長にしてられなくなってしまったんだ。

「実を言うとね、もうあんまり時間残されてないんだ」

 そう言って自分の左袖を幕って見せる。

 そこには黒くひびの入った腕があった。自由に動かせている、まだ制御できている魔力で必死に蓋をしているが、蓋をしていなければ凄い勢いで魔力がそのひびから噴出してきてしまう。

 痛みはないし、血が噴き出すようなこともない。

 ただそこにあるのは、肥大化した魔力の負荷に耐えれなくなった肉体が再生と破壊を繰り返している痕跡だけだ。

 いつ肉体の崩壊が本格化してもおかしくない。そして、それが始まったら今制御できている魔力も制御できなくなり…… 止められない魔力の暴走が始まってしまう。

「海の魔神が想像以上に粘ってくれたせいで、この有様よ。

 本当だったらもう少し時間が取れると思っていたんだけどね。直接魔法やら何やらを結構使っちゃったしね」

 そう、あの魔神が酷く粘るもんだから、結構無理をしてしまった。

 そのせいで想像以上にこの肉体の寿命が近い。

 実はすでにこのヒビ以外にも体は硬く結晶のようになりはじめ、思うように動くのもままならなくなってきている。

「だから…… この船の武器を使っていたの?」

 そう、わざわざ金木犀号に兵器を創り込んだのは、私は魔術や魔法の制御が難しくなってきている、というのがある。

 メテオのような遠距離を攻撃するものならまだいい。

 近くで使うような魔術などはえらく気を使う。制御に失敗すれば私だけでなく近くにいる人達まで巻き込んでしまうことになるから。

 もう私自身魔力を絞り込むといったそういう動作は、ほとんどできないでいる。

 言ってしまえば水圧が強すぎて水道の蛇口を閉めようものなら、水道管自体が破裂してしまうようなものだ。

 いつでも蛇口を最大にして水を流し続けなければ、すぐにでも壊れてしまいそうなほどにボロボロなのだ。

 そんなボロボロの状態だ。もう時間は残されていない。そのことだけは事実だし、修繕のしようもない。

「うん、まあ、それもあるけど、一番の理由は、もう魔力の出力の制御が出来なくなってきてるのよ。

 全部高出力になっちゃうのよね。もう簡単な魔術だと逆に暴発しちゃうの。

 だから攻撃はほとんど金木犀号に任せるつもりだったんだけど、ビーム砲は最初に壊れちゃうし、結局、魔術も魔法も何度も使わされるしで散々よ」

「やっぱりそうなのね……」

 と、オスマンティウスは何か納得したような表情をしている。

 名残惜しいけど、ダラダラしている時間は本当にない。

 私が死ねば、内包されていた魔力が一気に炸裂して、その周辺は全部吹き飛んでしまうことだけは確かだし、それを防ぐ手立てもない。

 いくら大部分の魔力を金木犀号へと受け渡せるようにしているとはいえ、その残り香の魔力ですらとんでもない量の魔力なのだ。

 少なくともここで、修道院の上空で死ぬわけにはいかない。

「じゃあね、オスマンティウス。

 次ぎ会うときは、もしかしたら記憶を失っているかもしれないけど……

 でも、なるべく残してもらえるように交渉してくるから」

 そう言ってぎこちなく笑顔をつくった。

 上手く笑えない。

 表情ももうまともに作れないのか。

「うん、大丈夫よ、記憶を失ったってわたしがどうにか取り戻させてあげる。

 だってわたしは神様だもの。

 だから、必ず見つけるからね、必ずよ?」

 再度涙を流しながら、オスマンティウスは笑って見せてくれた。

「うん、必ず帰って来るから、それまでちょっとの間だけ、バイバイ、オスマンティウス」

「またね、イナミ……」

 そう言った後、ぎこちない笑顔を見せたくなかった私は北の空に目線を移した。


 重力遮断魔法を起動した。

 高出力の魔力は燃費の悪い魔法のほうが負荷がまだ少ないからだ。

 とにかく北へ、世界山脈の一番高い頂を目指せばいい。

 世界山脈はこの大陸の三分の四くらいを覆っているので迷うこともない。世界山脈が見えたら北側へ沿って移動すればいいだけだ。

 魔力で私自身を弾き、打ち出す。

 凄いスピードで打ち出される。魔力の制御が出来ないから仕方がない。

 金木犀号から打ち出された弾丸のように、私は北へ向かって飛んだ。

 飛行機でもなく、ましてや金木犀号でもなく自身だけで空を飛んだの初めてだ。

 まあ、空を飛んだというよりは打ち出されただけだけども。

 再度魔力で打ち出すことで、方向転換もできるし、重力を遮断しているので高度も下がることはない。

 どれくらいのスピードが出ているかわからないけれども、物凄い勢いで眼下の景色が変わっていくことだけはわかった。

 こうやって地表を眺めていると、本当に神様にでもなったような気分になる。

 しばらくして眼下に大きな都市が見えたと思ったら、次の瞬間には通り過ぎていった。

 あれは王都かな。摩訶不思議な建物が見えたし。

 そういえば、王都より北は来たことなかったっけ。

 続いていた街並みが次第に疎らになり、畑や放牧地帯が多くみられるようになり、すぐにそれも見えなくなった。

 森林地帯が少しだけ続いたと思ったら、岩場が見え壁が迫ってきた。

 世界山脈だ。体感で一時間もかかってないと思うけど、想像以上にスピード出ているのかも。

 衝突だけはしないようにしないと。

 世界山脈は創られた山脈だけあって急こう配な場所が多い。場所によっては垂直な壁にしか見えないようなところも少なくはない。

 世界山脈に激突する前に、魔力網で私自身を受け止めて激突を防ぐ。

 とりあえず一番高い場所を目指せばいいのよね?

 詳しいその場所は知ることができない。

 魔法で秘匿されていて、アレクシスさんやオスマンティウスですら地図で場所を指し示すことすらできないほどだ。

 恐らく方向感覚などを狂わされているんだと思う。

 神眼をも欺く様な魔法に私の魔力網がどこまで通じるか、まあ、試すしかない。

 最悪イナミ領まで戻ってオスマンティウスに案内をしてもらうという恥ずかしい手段もなくもないが……

 それは最終手段だ。

 さすがに恥ずかしくて出来やしないし、今からイナミ領まで戻るのはリスクがありすぎる。

 それに、恐らくこの辺り、という場所はある。

 そこの場所だけまどろむように魔力網でも情報を掴みにくいので逆にわかりやすい。

 ただかなりの広範囲に影響を及ぼしているようで、詳細な場所の特定にまで至らない。

 とりあえず一番高い場所らしいからそこを目指せばいいはずだ。

 けれど、世界山脈の高い方を目指しているはずなのに、いつの間にかに下山方向へと向かわされていたりと侵入を拒んでいるようで埒が明かない。

 その場所は、まず認知が出来ないようにされ、その上で空間も認知も捻じ曲げられているように思える。

 非常に手の込んだ結界なことだ。

 迷っている時間もないし、この辺り一帯を焦土にしてしまうしかない、か。

 多少生き物を巻き込んでしまうけど、魔王生成の魔法を残しておくよりはいいだろうし。

 私自身をメテオにでもして高高度から突っ込めばどうにかなるかしらね?

 私がそんなことを考えていると、不意にこの辺り隠していた違和感のようなものが消えた。

 そして眼前にはほぼ垂直の壁が急に現れていた。

 隠匿していた結界が消えた?

 でもなんで急に?

 考えてもわからない。

 まあ、行けばわかるってことよね?

 私は自身を打ち出すではなく、魔力で移動させるように、金木犀号を動かしていた要領で高度を上げていく。

 魔力の触手を使って蛸のように動くような感じだ。その触手は八本どころではないけれども。

 雲を突き抜け更に高度を上げていく、空気が薄くなる。

 呼吸はできないが、そんなことで私は死にはしない。

 けど、ある高度を迎えたところで、呼吸が楽になる。

 空気がある?

 それに先ほどまで凍えるほど寒かったのに、今は心地よい、まるで春の陽気のような気温をしている。

 不思議に思ったが今はそのまま世界山脈の頂きを目指すしかない。

 そして、ついに壁とも言うべき世界山脈を登りきると、そこには……

「え? 村?」

 と、つい声に出してしまった。それくらいには驚いた。

 そこには確かに小さな村のようなものがあった。

 遠くに動いている人のような物も見えるが、あれは人型をしてはいるが人じゃない。

 あれはゴーレムだ。何か作業をしているようだけど。

 とりあえず平面になっている、村の入口のような場所に降り立つと、そこには石碑のようなものがあった。

 文字が刻まれている。

 とても、とても懐かしい文字。

 日本語だ。日本語で書かれた石碑だ。

「市立…… はしら……しゃ? いえ、ちゅうとって読んでいいのかな? 柱社中学三年八組慰霊碑……」

 そして、ずらっと二十八名分の日本人らしき名前が刻まれていた。

 これは…… 教会の神様達?

 それくらいしか思い当たらないけど。

 けど、慰霊碑ね……

 やっぱり死んでこの世界に来たってことなのよね。しかも一クラス単位で。

 名前を一人一人確認していくけれども、心当たりのある人物はいない。

 そもそも私は私個人の記憶は失われたままで、イナミという名も本名かどうかも定かじゃないんだけどね。

 とりあえずその中に、イナミという名の苗字も名前もない。やっぱり教会の神様達は私とは関係がないのかな。

 私は確か…… 高校生くらいだったはず…… よね?

 なんとなくの感覚でそう感じるだけで確証も何もないんだけど。

「よくわからないけど、名前にキラキラネームがないし、やっぱり私より過去の人達ぽいかな?」

 と、声に出してみるが、辺りからはなんの反応もない。

 少しだけこの状況を説明してくれるナニカの存在に期待してはいたんだけど期待外れか。

 ここに居ても埒が明かない。

 この村を調べるしかない。

 しかし、予想外だ。

 こんな所にこんな、教会の神様達の遺跡があるだなんて。


 村自体はそれほど広くない。

 そのほとんどが畑で占められていて、その世話をゴーレムたちが行っている。

 畑だけじゃない、なんなら鶏まで飼われている。牛舎の址もあったけども、今は廃屋となっているようで牛の姿はどこにもなかった。

 ただ現状でも数人の人数なら永遠と暮らしていけそうな感じもするくらいだ。

 今のところ人の気配も魔王生成の魔法も見当たらない。

 ゴーレムたちは私を見ても無反応だ。

 魔術ではなく魔法で動くタイプでその術式を覗き見ることも書き換えることもできない。

 けど、ゴーレムは基本この村の維持だけをしているように思える。

 何軒か家があるが、どれもきれいに掃除が行き届いている。ゴーレムが掃除までしているんだろうか。

 それだけに人の気配も痕跡もよくわからない。

 異物があるとすれば、村の中心に台座があり、そこに生々しい生首、男性というよりは少年の生首が、ガラスか何かのケースに入れられ設置されているという事くらいか。

「これが魔王生成の魔法の設置点?

 でも、どうも雰囲気が違うわよね……」

 しばらく生首を見つめるが答えは出ない。何かしらの魔法が施されているが、魔王生成の魔法ならかなりの大規模な魔法になるはずだが、この生首にかけられているものはそんな大掛かりなものではない。

 ただの生首を保存するためだけの魔法、そんな規模の魔法でしかない。魔王を生み出すような、大それた物でないことだけは確かだ。

 けど、それらしいものは、これしか村に見つからなかった。

 これを壊すしかないという事なのかしら?

 でも、まるで生きているかのような生首で、なんだか少し気が引ける。

 どうしようか迷っていると、不意に背後から声がした。気配も何も感じれなかったのに。私の魔力網の範囲内なのに気づけなかった。

 急にその存在が現れた様にしか思えなかった。

「はぁ、やっぱりあの子はここには来てくれなかったのね」

 驚いて振り向くと、質素なローブに身を包んだ少女が立っていた。

「あなたは……?」

「私は地母神。いえ、野田千鶴と言った方があなたにはいいですか?」

 野田千鶴。村の入口にあった慰霊碑に乗っていた名前の一つだ。

 いや、それよりも地母神ということは……

「あなたがアレクシスさんの?」

「ええ、あの子は私が産みました」

 野田さんの見た目は私より幼い感じがする少女だ。それこそ中学生そのものだ。

 なんだか、そんな子が産んだとか言うとすごい犯罪臭がする。

 けど、それ以上に確信的なことがある。

 魔王生成の魔法はこの人自身だ。私にはそう感じる。

「わ、私はイナミ…… それしかわからないわ」

「本来、前世の記憶は消されるものですからね、名前か苗字か…… わからないけど、それだけでも覚えていただけでも凄いことですよ」

 野田と名乗った少女からは感情をまるで感じれない。まるで人形のように思える。

 それが千年以上ここで生きて来た神様だからなのか、本当は人形だからなのか、見当もつかないけれども。

 それにしても村を見回った時には出くわさなかったのに、急に大物が出て来たわね。

「でも、あなたは、あなたたちは…… 覚えていたんですね?」

 そうじゃなきゃあの慰霊碑や、この世界に伝わっている地球の技術が残っているわけがない。

「それは、前世の記憶を特典として選んでくれた人がいただけのことです。

 彼のおかげで私達は前世の記憶を取り戻すことができました」

 特典…… 転生する際の特典のことよね。

 特殊な能力をもらえるって話の中で前世の記憶を選択するなんて、かなり奇特な人よね。恐らく死んだときの記憶とかも思い出すんだろうし。

 まさかそれがこの生首?

「え? それってこの生首さん?」

 と、生首に指をさしながら言うと、

「違いますよ。彼は…… 織田君、いえ、あなたには預言の神と言えば伝わりますか?」

 特に気にするでもなくそう教えてくれた。

 織田の名前も確かにさっきの慰霊碑に乗ってたね。にしても預言の神様か、あのいけ好かない預言書を書いたのこいつか。

「預言の神…… あの教会の預言書を書いた?」

「そう、あの本を書いたのも織田君です」

 表情の変わらない虚ろな目でじっと生首を見ているが、やっぱり感情を野田さんから感じることはできない。

 まるでこの生首になんの思い入れも無いようにすら感じる。

「でもなんで、生首に?」

 私がそう聞くと、ほんの一瞬だけ野田さんは迷ったみたいだけれども話し始めてくれた。

「彼はね、あれでも本当にこの世界のことを思っていました。だから首だけでも残ってくれたのです。

 世界の節目に、選択を誤らないための神託を残すためにです」

 ああ、だから神託は存在してたのか。

 自分の世界に帰ったって話なのに神託だけは、稀にしてくるって変だと思っていたけれども。

 まあ、でも、ここに一人? 実際に残ってる所を見ると、自分の世界に帰ったって話もどうなのかわからないけれど。

「神託…… グリエルマさんが言ってた、神託よね?

 その発信元がこれ?」

「そうですね。最後に発信したのは…… 随分前、三百年くらい前でしたか……

 発信するときは眼を見開き喋りだすから、すぐにわかるんですよ。

 あの時は、魔王との戦いが始まってて、あの子が活躍している最中なのに、早朝からうるさかったですね。

 私は夢の中からしか、あの子を見ていられないっていうのに……

 それを起こされてしまって、たたき割ろうかとも思ったのですけれどね、何とか思いとどまりました」

 夢で……? あの子ってアレクシスさんのことよね。

 夢でアレクシスさんの活躍をここから見ていたってこと? にしても叩き割るって……

 この人、変よね? 実は狂ってたりする?

「三百年前というとグリエルマさんの神託かしら……

 結局どんな神託かわからなかったけど……」

 私がそう言うと、野田さんは何かを思い出すように、少し目線を上にあげた。

 神託の内容でも思い出しているんだろうか。

「たしか…… いえ、内緒の神託だったはずです。伝えるのは良くないですよね」

 そう言った野田さんの表情は、珍しく表情があった。けど、その表情な何か腑に落ちないと言った感じだ。

「どちらにせよ、叶わなかったはずよ、私のせいで」

 そう、私が吸血鬼にして、あんな場所に閉じ込めてしまったせいでグリエルマさんは、神託の内容を叶えることができなかったはずだ。

 それを叶えるために吸血鬼にまでなったようなもなのに、それが原因となって、私に長い間閉じ込められるようなことになってしまった、いや、私が、私がしてしまったんだ。

「ふーん、それはどうですかね?

 あれが正しかったかと言われれば、確かに疑問ですが……」

 それも知っているってこと?

 でも、口ぶりからするに、グリエルマさんは神託を、何らかの形でどうにか叶えれたってこと?

 それなら、まあ、良かったかもしれないけれども……

 じゃあ、閉じ込められて、しばらくしてからかな?

 預言の神の予言は、精々百年先くらいしか預言できてなかったはずだしね。

 それなら、まあ、良かったのかしらね……?

 でも、何か引っかかる。

 ので、

「どういうこと?」

 と聞いてみる。

「内緒ですよ。そういう神託ですもの。

 織田君の思いを私の一存でどうこうするつもりはないということです」

 そう言われてしまうと、もう問いただせなくなる。

 まあ、もうどの道、終わっていることだ。

 それに一応、叶えられた、という事にしておけば私の気も少しは楽になる。

「それよりも、野田さん、でいいかしら?」

「ええ、いいですよ」

 と、野田さんは無表情に戻って返事を返してくれる。が、少なくとも人と話している感じはまるでしない。

 やっぱり人形と話しているように思えてくる。

「野田さんはずっとここで魔王を創ってきたの?」

「あら、さすがですね、分かっちゃうものなのですね。

 そうよ、私はあの子を見守りながら、あの子のために、ためにためにためにためにためにためにためにために……

 ずっとここであの子の敵を創って来たのです。あの子は勇者だから、あの子の活躍を見たいから。

 ここ三百年は魔王を創りたくても創れないでいたけれども、それはそれで、平和で安らいでいるあの子が見れていたんですもの」

 これを無表情で抑揚のない声で、淡々といられるのは少し恐怖を覚える。

 この人、いえ、この神様、やっぱり狂っている…… よね?

「でも、アレクシスさんはもう精霊界へ向かったよ、もうこの世界には戻って来ないと思うけど?」

「みたいですね、私も先ほど夢で知りました。あの子が…… 私の愛しいあの子が……

 あの子が最後に来てくれるなら、私も素直にこの世界から去ろうと思っていたのだけど……」

 素直に去る、ね。

 一応自分の役目が終わったことは自覚してくれてるみたい?

 けど、これって、素直に去らないってことよね。

 ああ、もう、ここにこんな人、いや、神様? が、いるって言うならアレクシスさんを無理にでも連れてくるんだった。

 なんで最初に見つけたとき、無理にでも行こうとしてくれなかったのか。

 そうすればこんな面倒ごとにはならなかっただろうに。

「私じゃご不満だった?」

 と冗談ぽく言ってみるけど、

「ええ、最後に意地悪してから去ることにします」

 と返されてしまった。

「はた迷惑ね!! あなたも精霊王も!!!」

 ああ、もう、はた迷惑だな、ほんと。

 私がそう本音を漏らすと、表情のないまま野田さんはニィと笑った。背筋にゾクゾクッと悪寒が走る。

「そんなこと言わないでくださいよ、私にはさぁ…… 選択肢なんてなかったんですからぁ……

 心の拠り所はあの子だけだったんですよ?

 ずっとここから見てたの、ずっとずっとずっとずっとずっとずっと、気が遠くなるほどずっとぉ……」

 ダメだ、この人、やっぱり狂っている……

 まあ、千三百年もこんな場所に閉じこもってたら狂いもするよね。

 そりゃ気が遠くなりはするし、唯一の心の拠り所だった息子のアレクシスさんに執着するようにもなるか。

「教会の神様たちは故郷へ、地球へ帰ったって話じゃないの?」

 私が気圧されつつ質問すると、

「ええ、そのはずですよ。私はその行く末がどうなったかまではしらないですけれども。

 彼らは魂だけの存在になり、世界を越えて地球に戻って行ったはずですよ」

 と、返ってきた。

 良かった。嘘じゃないとすれば、少なくとも他の神様達は伝承通りに、この世界にはいなさそうだ。

「あなた、野田さんだけが残ったの?」

「送り出す役が必要だったのですよ、あの子のことも気になっていたし、私が送り出す役を名乗り出たわ。

 そして魔王を創る役も精霊王から押し付けられたんですけどね。

 はぁ、ねえ、聞いてくれる?」

 送り出す役が必要?

 しかし、地球に帰れる方法が本当にあったのかしらね?

 今の私の知識ではまるで思い及ばないけど、私は一人に対して相手は二十人以上だしね。

 知識の量では敵いっこないか。

「な、なにかしら?」

 野田さんからの妙な圧力に聞かなければならない感じがしてならない。

「私ね、あの子、アレクシスとほとんど話したことすらないんですよ。

 あの忌々しい精霊王が私からあの子を取り上げて、あんな風に育ってしまって……」

「アレクシスさんは立派な人でしたよ」

 あんな風にって、かなり立派に育ってますよ、あなたの息子さん。

 とはいえ、それは一番気高い志を抱いていた時に、精霊王に精神を固定されてしまったせいなのかもしれないけど。

 そういう意味では、あんな風に、と言われるのもわかる。

 精神を固定するだなんて、その必要性があったにしても酷いことをするよね。

「当たり前ですよ、私の愛しい子ですもの……」

 ん? あんまり関係ないことだけど、精霊には苗字って概念はないから、アレクシスさんの苗字は野田になるのかしら?

 つまり、野田アレクシス?

 んっ、うーん…… まあ、その…… 悪くはないと思うけど…… ね?

「どうしたんです、ぼぉーとして?」

 私が漠然とそんなことを考えていたら、何かを察したのか聞かれてしまった。

 そして素直に私は答えてしまう。

「いや、アレクシスさんの苗字が野田になるとしたら、野田アレクシスになるのかなぁって……」

 無表情だった野田さんの顔が、疲れた表情へと変化した。

 やっぱり表情がないわけじゃないのよね。それが乏しいだけで。

「この期に及んでそんなこと考えているんですか?

 緊張感のない娘ですね。私やっぱりあなた嫌いです」

 嫌われてしまった。

 まあ、私もこの期に及んで、嫌がらせをすると正面切って言ってきた相手に、好かれようとも思わないのだけれども。

 そうだ、そんなことよりも私にはあんまり時間がなんだ。

 まあ、私がここで死ねば、魔王生成の魔法も間違いなく吹き飛ぶだろうから、それでもいいんだけどね。

 野田さん巻き込まれるけど。

 でも、このまま残しておくと、オスマンティウスの障害にはなりそうよね。

 じゃあ、ここでいっそ……

「魔王生成の魔法、破棄してもらえないですか?」

「あの子が来ていたら、やぶさかではなかったんですけどね、嫌ですよ。

 今まで人を殺すことを避けてきたあなたに最後の嫌がらせをさせていただきますね。

 この魔法は、魔王を生み出す魔法は、私を殺せば解除されますよ? さあ、殺して見せてください!」

 なんて人だ、嫌がらせに自分を殺させるだなんて。

 まあ、千三百年以上もこんな場所に引きこもって、アレクシスさんだけを見ていたみたいだし、狂ってもおかしくはないのかな。

 でもね、私もさ、今回は色々と決意を固めて来たんだよね。この世界、やっぱり好きなんだよ。もう地球よりもね。

 だから、容赦はしない。

 高出力の魔力を生かし、魔術も魔法を使わないで、魔力網だけで超高出力、超高圧力にして握りつぶすようにした。

 野田さんと織田君だっけ、その生首を巻き込んで魔力で握りつぶした。

 必要ないほど強力に。今の私には手加減もできないんだけど、だから、迷いようもない。

 織田君の生首はすぐにつぶれ血が吹く出すことなく、灰のように崩れ潰されていった。

 野田さんはかわされた。でも少なくとも上半身は巻き込んだはずなのだけれども。

 平然とそこに立っている。

 またこのパターン? 再生? ではないよね? だって最初に巻き込んだ野田さん、そこに土塊になって倒れているし。

 なのに以前と同じように平然と立っている。複数体いる感じなのかしら?

「あれ、見ていたのと違って容赦ないですね?

 人の前だったから、あの子の前だからって、猫でもかぶっていたんですか?」

 野田さんはケタケタと笑ってそう言った。

 私は無言で魔力を使いその場を薙ぎ払った。

 今度こそ完全に野田さんが粉々に吹き飛ぶ。その様子をこの眼で確認する。

 けど、次の瞬間私は背中に強い衝撃を受ける。

 痛みはない。いや、私に痛覚はもうない。

 そういえば、痛覚はもうないはずなのに、オスマンティウスに抱きしめられたとき痛みを感じていたな、とちょっと前のことを思い出す。

 とはいえ、今は思いにふけっているときでもないか。

 後を見ると、地面から太い杭のような物が突き出ていた。

 私の体を貫くほどの威力はなかったけれど。

 土でできた杭? いや石? 材質はよくわからない。

 そして、その杭の出元の少し先に、いつの間にかに野田さんが立っている。

 その野田さんは特に負傷している様子もない。やっぱり別個体?

 私の魔力網で感知できないとなると、途端にどういう状況か把握し難い。

「思ったより固いですね……

 違いますね、あふれ出てくる魔力で無意識に強化され…… 

 いえいえ、それだけじゃないですね。強化はされていますが、自分の魔力に耐えきれず自壊して、それを無理やり再生させられているんですね……

 ねえ? それ、痛くないんですか? 激痛とかそういうレベルじゃないはずですよね?」

 そう言って気味悪く野田さんは気味の悪い笑みをこぼした。

 まるで私が激痛に悩んでいることが楽しくて仕方がないようだ。

 けど、もう私に、大分前から痛覚など存在していない。

「もう痛覚なんてないのよ、とうの昔に壊れちゃったから」

「そうなんです? ふーん、自己防衛の一種なんですかね」

 そう言って少し残念そうな表情を見せた。稀に見せる表情がこんな嫌な気分にさせるものばかりの神様だなんて、どうなのよ。

 海の魔神が私のラスボスだと思ってたら、こんな隠しボスがいたのね、まったく嫌になるなぁ、もう!!

 にしても、また倒しても死なない敵だよ。

 どういう仕組みなのかしらね。

「悪いけど、この村だか隠れ家だかしらないけど、ここも無事じゃすまないわよ」

「気にしなくていいですよ、どうせもう必要のないものですから。

 私もあの子がいないのであれば、どうでもいいですし、そもそもこの世界がどうなろうと、私は知ったとこではないですしね」

 その言葉で、私は地母神野田千鶴を容赦しないと心に決めた。

 地母神と言われることだけあって、大地を操ることに長けているみたい。

 野田さんの攻撃は大体地表からだ。

 その攻撃を私は避けはしない。

 攻撃が効かないからじゃない。運動神経が元からない上に、肉体がもう余りいうことを聞いてくれないからだ。

 想像以上に肉体の限界が近い。体を動かすのも、魔力で持ち運びしたほうが楽なほどだ。

 それなのに野田さんは得体が知れない。

 本人、いえ、本人らしきものをいくら潰しても、すぐに別のところに現れる。

 潰した物を見てみたら、それはただの土塊があるだけだ。

 土で人形でも創ってそれを操っている?

 それにしては、人形とは思えない妙な存在感がある。なんというか、間違いなくそこに野田さんの魂があると感じられてしまう。

 その証拠というわけではないんだけど、野田さん自体は必ず一人だけしか現れない。

 複数人で襲ってくることもない。

 結局よくわからない。

 確かに、野田さんの魂はそこに感じるのに。

 わざわざやられるたびに土人形に自分の魂を込め直しているってこと?

 そんな面倒なことをしているのかしらね?

「ほらほら、どうしたんです? 魔王生成の魔法を解除しに来たのではないのですか?」

 と、煽られる始末だ。

 もう、この辺り一帯を焦土にして終わらせてしまおうか、とも思う。

 けど、それもなんか悔しいし、どうせ私の肉体が壊れたら、そこからあふれ出る大量の魔力でこの辺りは吹き飛ぶ。

 それこそ何も残らないほどに。

 それまでは、まあ、千三百年暇をしていたであろう、この人に付き合ってあげるのも、悪くはないのかもしれない。

 と、いうか、悔しいから自力で種明かしをしてみたい!!

 まあ、もう勝敗はどう転んでも私の勝ちで決まっているイベント戦みたいな物だし、楽しんでもいいでしょう?

 とりあえず目についた野田さんを即座に破壊していく。土人形と分かっていれば心も痛まない。

 無駄かもしれないけれど何かわかるかもしれない。

 野田さんが現れるのは相変わらず一度に一人だけだ。

 そしてこの存在感、やっぱり魂をその都度土人形に込めてるってことなのかしら?

 この速度でそれができるとなると、厄介極まりない。

 不意に、足元から尖った大地が迫り来た。珍しく気づけたので魔力で押し返す。

 妙な抵抗があったけど、無理やりと押し返した。

 地母神、大地の女神、豊穣の女神とかもそう呼ばれることあるんだっけ? 大地を操る能力?

 私より神眼を持つオスマンティウスのほうが倒しやすそうな相手だったわね。

 オスマンティウスなら一目で正体も、このカラクリも見破れてただろうに。

 そして、完全なる神様になるために、この教会の神様も食べちゃったり?

 ま、まさかね……

 あり得そうだから怖いなぁ、もう。

 まさかあいつ、本当は私まで食べる気だったんじゃないだろうなぁ……

 今頃食べ損ねたって思ってたりしないよね?

 なんてことを考えてたら、大量のいしつぶてを投げつけられていたけど、どれも私の魔力に阻まれ届きはしなかった。驚きはしたけれども実害は何もない。

 そもそも、それなりの攻撃じゃなきゃ私に届かないはずなんだけど、それでもあの地面から出る大地の棘とでも言うべきものは私に直接当たりはする。

 かなり魔力を込めていた攻撃ってことか。流石は神様と言われるだけはある。

 魔力だけなら私の圧勝どころか、足ものとにも及ばないはずなのにね。

「とんだ化物ね、魔力だけで押し返したり防いだり……」

 嫌がらせをするって割りには向こうも決定打を打てないでいる。

 打てちゃったらそこで、ここいら一体が吹き飛んで終わりなんだけどね。

「そっちは地母神という割には、大した攻撃はしてこないのね」

 私のその言葉に怒ったのか、なにか今までにしてこない動作を野田さんはしている、力を貯めているような?

 それを私は冷静に観察する。

 魔術? 違う、魔法かな。魔力の流れは……

 地面、いや、地下から来ている。少なくともあの土人形からではない。

 やっぱり地面や地下に秘密があるみたいね。

 そう思っていると、地面が光った。

 いや、痛みがないからわからないだけで地面が爆発したんだ。

 思いのほか強い爆発で私は簡単に空中に投げ出される。

 そしてそのまま空中に留まる。

 重力は遮断したままだ。空中にいたほうが安全かもしれない。今のところ攻撃は地面からがメインのようだし。

 下を、私が先ほどまでたっていた場所を見てみると、少し大きめの穴が地面に開いている。

 魔力と地脈の力を使った爆弾みたいなものか。爆発範囲は狭いけどその威力はかなりのもので、私の高圧力の魔力を突き破って私の体に届いている。

 なんか違和感を感じで左腕を見ると左腕がなかった。

 地面からの攻撃なら足は? と思ったけど、足は両足とも無事だった。

 完全な真下からではなく少し左から狙われた?

 いや、初めから頭でも狙われてたんかな?

 それを無意識にかばおうとした左手に当たったのかな。

 頭部を今壊されると厄介だなぁ。もう再生しないだろうし、魔力が完全に手放しになるから暴走する量も増えるだろうし。

 もう一度受けた被害をちゃんと確認する、左手の二の腕の辺りから先がない。

 痛覚はもう機能してないので痛みはない。

 死ぬつもりだったとはいえ少し悲しい。なんせこの体は私の理想の姿と言っても過言ではないほど素敵ななんだから。それを壊されるのは少し腹立たしい。

 そして、陶器が割れた跡のような表面になっている左手の断面からは、恐ろしいほどの高圧の魔力が吹き出ていた。

 もう私に止めれる規模のものではなく、この傷からどんどんこの体は崩壊していくに違いない。それも私には止めることはできない。私のコントロール下にある魔力だけではもうどうにもならない。

 ちょっと油断しすぎたかな。

「どうです? 少しは効きましたか?」

 と、野田さんは言ってくる。

 その土人形に左手を向けると、「ぶぇ」と言って、消し飛んでいった。

 私から吹き出る魔力の濁流に飲まれたようだ。

 既に恐ろしい量の魔力が吹き出ているのだけは確かだ。

「御覧の通り左手が吹き飛ぶくらいには効いたけど、もう大体わかったよ」

 私は空中に留まったまま地面に向かって語りかけた。

 そうすると地面から、にょきにょきと土人形が生えてきた。

「そう? で、どうするのです?

 大地と同化している私をそう簡単に倒せるとおもっているんですか? まだまだ嫌がらせは続きますよ」

 あぁぁぁぁあああああぁぁぁ!!!!!

 自分でネタ晴らししやがった、こいつ!!!

 にしても大地と同化してたのか、私はてっきり地中に本体でもあるもんだと思ってたけど。

 あー、もうネタバレやめてよね、ほんと。がっかりだよ。

 一気に私のやる気がしぼんでいく。最後の謎解きくらい自力で解きたかったのに、まさか敵自らばらしてくるとか、なえちゃうよ、本当に。

「あのね、あんまり嫌がらせになってないのよね、そもそも私もここへ死にに来てるんだし」

 私がそう言うと、何か攻撃を仕掛けようとしていた野田さんも手を一旦止めた。

「だから何です、すんなり綺麗に終わらせるとでも思っているのですか?

 私抜きで何もかも進んでいって、私は見守ることしか出来なくて、そんな中、初めてあの子が近くまで来たから結界を緩めて招き入れようとしたのに、精霊王には邪魔されますし!!!」

 そう言って野田さんは狂ったように地団駄を踏んでいる、よほど会いたかったのね。

 でも、そういう事だったのね。

 アレクシスさんとオスマンティウスが偶然見つけたんじゃなくて、実は野田さんが招き入れていたのか。

 でも、精霊王に邪魔されたって二人は結局ここへたどり着けなかったと。

 そして、アレクシスさんに会えなかった鬱憤を私にぶつけてるって感じなのか?

 やっぱりはた迷惑だ。同情はするけれどもね。

「そんなにアレクシスさんが気になるなら、再度転生でもして追いかければ?」

「へ?」

 私の言った一言で、野田さんは完全に固まった。

 まさか考えもしなかったのか?

「そ、そんなことが……?」

 と、そんな言葉が返ってきた。

 嘘でしょう? 千三百年も生きていて、しかも一度転生していて、その答えにたどり着かないとか。

 あり得るの?

「管理人次第でしょうけどね。この世界のために千三百年以上頑張って来てたって言うんなら、その可能性もあるんじゃない?」

 野田さん、というか土人形は急に感情が戻ったかのようにソワソワし始めた。

 そんな野田さんを私は冷ややかに見つめて、物騒なことを考えていた。

 大地と同化してるって言ってたけど、この辺り一帯を吹き飛ばせばいいのかしら?

 この村を? もう少し広い範囲?

 どの道私が死ねば、この辺一帯は吹き飛ぶから一緒か。

 でも左手を壊された恨みはあるのよね。

 私も少し憂さ晴らしでもしていこうかな?

「あの、転生の話、もう少し詳し…… ブベッ」

 野田さんが何か言うよりも早く魔力で押しつぶした。

 そして魔術を起動する。それも複数、高出力で。

 とりあえず教会の神様は魔術を乗っ取ったり書き換えができたっていう話は聞かないし、これでいいか。

「光よ!」

 私がそう言葉を媒介にして魔術を起動する。

 アンティルローデさんの奥の手と記されていた魔術。原理としては気圧や電圧で高温の空気、いや、言ってみれば小さな小規模の太陽のような物を上空で作り出し、打ち出して攻撃する魔術。

 教会の神官たちが複数人で使ってた、極光球輪の術とかと少し似たような物だけれども、こっちのほうが精度も威力も段違いに高い。

 それを複数起動して、地面に向けて叩き込んだ。

 複数起動した魔術のうち、一つか二つ制御を失敗して空中で大爆発を起こしているがもはや気にしない。

 そもそもこの魔術は制御失敗した時のリスクもその術に組み込まれている。

 アンティルローデさんにとってもこの術は制御が難しかったのかもしれない。

 なので、空中、しかもかなり高い位置で術の核となる、小規模な太陽のような弾を生成するのだ。

 失敗し暴発しても最悪自分に影響がないようにね。そして生成に成功したらそれを打ち出すだけでいい。

 それが、打ち出された小太陽の残像が光の柱に見えるだけだ。

 その威力は魔術にしては破格の威力で大地そのものをえぐり傷つけることなど容易い。

 数本の光の柱が大地に突き刺さり爆炎を上げた。

 神の隠れ里とも言うべき村のほとんどが吹き飛び焦土と化した。

 働いていたゴーレムも恐らく今の攻撃で全部破壊されただろうし、おそらく飼われていた家畜も畑も今ので全滅だろう。可哀そうだけどごめんね。

 手加減が出来なくなってるとはいえ、やっぱりなにかを破壊する行動は私にとってストレス解消にはならないかもしれない。

 何か物を壊しちゃったという罪悪感の方が強く余計にストレスになってしまう。

 なにせ眼下には酷い惨状が広がっている。最悪な気分だ。

 やっぱり心が痛む。やりすぎてないか不安になる。

「ちょ、ちょっと、なにするですか!

 今ので私、六割方吹き飛んだではないですか!」

 今ので六割なのか。じゃあ、全部吹き飛ばすのも苦労はしないかな。

 と冷静に判断する。最悪私が死ぬことで確実に消滅させられることだけは間違いない。

「私の左腕だって、もう戻らないのよ?

 この体、凄いお気に入りだったのに」

 そうだ、この肉体は私の理想の美少女像そのまんまだというのに。

 最後の一瞬までも完全な姿でいたかったのに!!

 次ぎ生まれるときも、こんな美少女でありたいものだ。

「そっちこそ死にに来たって言ってたじゃないですか!」

 そう言い非難しつつも、もう野田さんは私に攻撃する意思はなさそうだ。

 かなり隙を見せているのだけれども攻撃してくる様子はない。

「それとこれとは話は別」

 と、私が言うけれどもそれを聞いている様子は野田さんにはない。

「そんなことどうでもいいですから、転生の話詳しく…… ミギャッ」

 うるさいので魔力が激しく噴き出している左手を向けて吹き飛ばした。

 ちょっと突っ込みには便利ね。問答無用で突っ込める。普段からこうだと流石に不便だけど。

 そうこうしているうちに、左手の二の腕部分から肩にかけて割れるようにはじけ飛んだ。

 野田さんの攻撃ではない。激しく吹き出てくる魔力に肉体が耐えきれなかったんだ。

「ちょっとお願いよ! 転生の話聞かせてよ!!」

 どんどんこの美しい体が壊れていくことに心を痛めていると、そんなことお構いなしとばかりに、野田さんいつの間にかに新しい土人形になって現れていた。

 私から話を聞きたいらしく、しきりに私ににじり寄ってくる。

 こんなのに追いかけられたらアレクシスさんも大変そうだなぁ、とか思ったらダメなのかしら? 母の愛ってヤツよね。

 生まれてすぐに精霊王に取り上げられたぽいし、同情の余地はあるのかな?

 でも、転生のことって言われても、もうすでに転生特典のことを知っているようだし、それほど詳しく話すようなことはないのよね。

 それにこの世界のことをどうでもいいと言ったこの地母神を私は容赦しない。

「死んだ後で、管理者から詳しく聞けばいいですよ」

 そう言って、その言葉をトリガーにして再び魔術を起動する。

 再び天空からの光が大地を薙ぎ払う。

 もう村は全く残っていない。あるのは複数のクレーターが重なり合うような凄惨な大地だけだ。

 その大地から、ゆっくりと土人形が生成されていく。

 大分ゆっくりだ。もう力があまり残っていないかのように。

「ちょ、ちょっと待って、もうほとんど私の残ってないんです!

 転生の話を……」

 確かに弱っているように見える。

 が、元から魔力を感じれない。恐らくは秘匿する魔法で、魔王生成の魔法と共に野田さん自体の存在が秘匿されているせい?

 だから、私の魔力網でも反応できないのか。

 土人形は本体と別個体扱いなのか、その範疇にないから、認識できるってだけなのかしらね?

 もしかしたら本来、この土人形は外部のものとの接触手段のためにつくられたとか、そんな感じなのかしらね?

 流石に永遠と秘匿されたままって言うわけにも行かないんだろうし。

 野田さんをここに縛り付けて、隠して、魔王を生み出す装置にしたって、精霊王の仕業よね。

 しかも子供まで産ませて。

 やっぱり精霊王ってロクな奴じゃないよね。そこだけは同情しちゃうよね。

「大丈夫よ、あなたが本当にこの世界に貢献してたと言うのなら、あの管理人は……

 たぶん、きっと…… 恐らくは…… だけれど。

 その願いを叶えてくれると思うから」

「そ、それ本当…… なのです?」

 野田さんは既に人の形を保てていない。その割には声はしっかりと発音されているみたいだし、こちらの声も聞こえているようだけど。

 初期のオスマンティウスのように、あの土人形に臓器のような器官は存在などしていなく形だけのものなのだろう。

「私にだって確証はないのよ」

 それは私にだって当てはまる。

 私だってもう一度この世界に生まれてきたいけれども、そのつもりでいるけれども、その保証はどこにもない。

「じゃあ、もう用済みになったこの魔法、解除します……

 それで私は死んでしまうけど……

 あの子の元へ行けるのなら本望です……」

 魔王生成の魔法を解除すると野田さんは死ぬ?

 何てえげつないことを…… 一時期精霊王と教会の神は協力関係にあったって話だけど、それも怪しいわね。

 アレクシスさんなら…… あれも渡してあるし平気よね。

 その報いはあなたの息子がきっと果たしてくれるよ。

「さようなら、えっと……」

「イナミよ」

「そうそう、イナミですよね、そんな名前でしたね。こんなんだけど久しぶりに人と話せて楽しかったですよ。

 良い事を教えてくれてありがとう、私も転生して精霊界へ……」

 次の瞬間、辺り一帯が白く光る。

 いや、地面が、大地が光っているんだ。

 そして、それは天に上るように光の粒子となり少しづつ消えていく。

 光が全部消えた後、そこにはただのえぐれた岩肌が見えているだけだった。

 すぐにこの辺りの様子が魔力網でわかるよになる。

 野田さんにかけられていた秘匿する魔法も消えたのだろう。

 同時に辺りから空気も薄れていくのがわかる。ここを維持している魔法が一切合切なくなったということかな。

 魔王生成の魔法もなくなったのかな? 私は確証はないけどなんとなくそう思うし、あの状況で野田さんが嘘をつくとも思えない。

 私はほっと一息つく。

 これでとりあえず、今世での私の役割は終えたはずだ。

 私は岩肌に寝っ転がり空を見上げる。

 綺麗な青い空だ。雲一つない。あたりまえだ、ここはもう雲なんかよりもずっと高い場所なのだから。




 イナミが去って半日が過ぎたくらいか、金木犀号が大きな音を立てて軋み始めた。

 すぐにそれは見えない力に押しつぶされるように、一点へと集まっていった。

 物凄い魔力の圧により圧縮された物体は、光も返さない真っ黒な点となってわたしの元へと降りてきた。

 ちょうど掌に収まるくらいの小さな黒い物体。

 物体というよりは黒い穴のように見える。

 これがイナミが残してくれたわたしへの贈り物で、イナミ自身の魔力そのものだ。

 イナミのその清らかで優しく暖かい魔力が、いつもと同じように、生きていた時と同じように、その黒い玉から流れてくる。

 この魔力が流れてくる限り、わたしは穢れに飲まれることなど決してないだろう。

 そして、それは人類が穢れに負けることがないという事だ。

 わたしは人類の守護神なのだから。

 いつになるかまではわからないが、イナミはきっと帰ってくる。約束してくれた。

 わたしはそれを、帰ってきたイナミを見つけ出さないといけない。

 そして、わたしの受けた恩を数倍にも、数十倍にもして返さないといけない。

「イナミ様、行かれてしまったのですね」

 いつの間にかにわたしの隣にいたシースがそう語りかけてきた。

「ええ、でもすぐに戻って来るわ。

 わたしが見つけてあげないといけないのよ」

 見つけ出す自信はある。わたしにはエッタが残してくれたこの眼があるのだから。

 それにイナミが生まれ変わればすぐにわかる、そんな気がする。

「ところでオスマンティウス様、頼みたいことがあるんですよ」

 と、シースが珍しく神妙な趣でそう言ってきた。

「なに?」

 この子は…… 人類なのかしらね?

 自問自答してみるが答えはでない。

 どちらかと言えば、人類ではない。それどころか人類にとっては害悪の類かもしれない。

 でも古くからの友人であることには変わらないし、ある意味最後の友人とも言えなくもない。

「あの…… ですね。

 私もイナミ様にもう一度会いたいのですよ。

 なので、出来ればいいんですが、オスマンティウス様の中に私の居場所を間借りさせていただけないでしょうか?」

「あんたねぇ……

 いや、まあ、いいんだけどさ、でもね、あなたなら分かっているとは思うんだけど、素直にあの穴へ入って生まれ変わった方がいいわよ?」

 そう言いつつも、わたしの中に居場所を作ってあげて間借りさせてあげることは別に嫌じゃない。

 なにせシースはエッタの親友だったのだから。

 けど、幽霊でいるという事は、あまり良くないことで、そもそもその存在が世界の理に反する。

 死の縁を振りまくだけでなく、シース自身の魂にとってとても良くないことなのだ。

 このままでは、エッタのように生まれ変わることすら出来なくなってしまう。

「それもわかるんですよねぇ。私、このまま幽霊続けてたら生まれ変われなくなるだろうし……」

「それがわかってるならなんで?」

 それがシースには、分かっているのか。

 人の魂は生まれ変われる。それがわたしにはわかる。

 けど、それは魂自体に力が残されている場合だ。

 幽霊という魂と精神だけの状態は、魂にとって正常ではなく良い状態ではない。

 この状態では魂は擦り切れ、どんどんやせ細っていく。

 肉体、精神、魂。三つそろって初めてそれらは互いに成長し合っていける。

 どれか一つでも失われば、もう成長することはなく、たとえ生き残れていたとしてもどんどん消滅へと向かっていくだけだ。

 素直に彼岸へと渡り、生まれ変わるほうが長い目で見ればいいのだけれども……

「生まれ変わるとやっぱり記憶は引き継げないですよねぇ?」

「ええ、そうね。それは決まりだもの」

 そもそも人間の記憶や知識は肉体に保存でされる。

 わたしにはシースのように、幽霊の状態で記憶や知識を引き継げているのが不思議でならない。

 もしかしたらシースも一応薄くはあるが精霊の血を引いているので、その影響で幽霊の状態でも記憶を引き継げているのかもしれない。

 それか、イナミの影響で意識と記憶を引き継げていただけか。

 普通の幽霊なら、生前の一番強い思い残しにのみ囚われて、こんな風にまともに会話などもできないはずなのに。

 それを考えると、やっぱりイナミの魔力の余波を受けて、こういった特異的な幽霊でいられたと考えたほう納得がいく。

 イナミがいなくなった今、イナミの魔力は金木犀号を通してわたしにしか流れてこない。

 シースは今までのようにはいられないのかもしれない。そう言った意味ではわたしの中には、イナミの魔力が溢れているので、間借りさせておけば今のシースを保てはするだろうけども。

「私の宝物はやっぱりこの知識なんですよ。得てきたこの知識、失いたくないんですよねぇ。

 これを失うくらいなら、生まれ変われなくてもいいかとも考えているんですよ」

 それが本音か。

「イナミに会いたいっていうのは?」

「あっ、それも本当ですよ。

 あの方は色んな意味で魅力的でしたからねぇ」

 そう言って照れて笑うシースが嘘をついているとも思えない。

 まあ、多分イナミにもう一度会いたいっていうのも本当ではあるんだろうけど、一番は蓄えた知識を失いたくはないってことなのかしらね。

「……まあ、そこまでわかっているなら、別にあなたの居場所くらい私の中に創ってあげてもいいのだけれども」

「同化とかではなくてかまいませんので」

 という。

 一度でも同化してしまえば、その魂はわたしの中に溶けていく。

 エッタの魂がそうであったように、もう生まれ変わることもできない。

 エッタの魂は確かにわたしの中に溶けていったけれども、それは未来永劫失われたという事だ。

 それがエッタの願いであり、わたしも受け入れはしたけれども……

「同化は、エッタ以外したくないから嫌よ。イナミにもそう言ってるんだし。

 それに多分だけど、私の中に居ても、あと百年も持たないわよ?

 それでもいいの?」

 ちょっと考えもしたけれども、エッタ以外と同化するのはなんか嫌だ。明確な理由はない。けど嫌だ。受け入れたくない。

 食べるのなら、まあ、いいけれども。同化は文字通り一体化し、混じり合うことだ。わたしはエッタ以外と、例えイナミとだってしたくはない。

「このままでいるよりは長持ちすると思うので。

 あと私の知識を渡しますので、オスマンティウス様の中で保存させてください」

「ああ、なるほど。それが本当の目的なのね?」

 シースの集めた膨大な知識。そのほとんどが魔物の生態についてなんだけど……

 役に立つときがあるのかしらね?

 まあ、役に立つ立たないは、別にいんだけどさ。

 わたしの中で無駄な知識が山のように保存されていくってことよね。三百年分のために貯められた魔物たちについての知識が……

 いや、まあ、うん、良いんだけどね。

「ええ、私が怖いのは私の知識が完全に失われることですからね」

 そう言って照れたようにシースは笑っている。

「仕方がないわね、まあ、一緒にイナミの帰りを待ちましょうか」

 このうるさいマイペースの娘がわたしの中にいれば、しばらくは寂しくはないだろうし。

 そうよね、それくらいいいわよね。

「そうですねぇ、私が消える前に帰ってきてくれると助かりますけど」

「あっ、シースあなた、帰ってきたイナミの力をあてにしてるの?

 帰ってくるイナミは恐らく、普通の人間でなんの力も持っていないわよ?」

「いやぁ~、あの人ですよ。より力強くなって帰ってくるかもしれませんよ?」

 そう言ってシースはまた微笑んだ。

 確かに、それはそうだ。

 あのイナミだもの。普通の人間になって帰ってくるだなんてあるわけなかったわ。

「それは…… 否定できないわね、イナミだもの」

「そうですよ、イナミ様ですからね」

「まあ、いいわ。エッタの…… 親友で同僚の頼みだもの。

 理由がなんであれ、叶えてあげるわよ。わたしは神様だから」

 シースは…… やっぱりもう人類じゃないんだけどいいよね?

 元人類ではあるんだし、その願い、叶えちゃってもいいわよね?

 わたしも寂しいのは嫌なのよ。一人は寂しいもの。

「一緒にイナミ様の御帰りをお待ちしましょう」

「ええ、そうね。だから、イナミ。早く帰って来てよね」

 イナミに貰った魔力で最初にしたことは、シースの居場所を魔法でわたしの中に創ることだったけど、これならイナミも怒りはしないよね?

 早く、早く帰ってきてよ、イナミ……




 とうとう最終章で後二話でこの物語も終わる予定です。

 続きはたぶん一ヶ月後くらいです。


 誤字脱字は多いと思います。

 教えてくれると助かります。

 指摘してくださった方ありがとうございます。



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