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異世界転生したら吸血鬼にされたけど美少女の生血が美味しいからまあいいかなって。  作者: 只野誠
第五章:イナミさんが異世界に来て、世界の再生と海の魔神。

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異世界転生して海の魔神と大決戦!?

「まずは魔王の処理からなのよね?

 でも本当に大丈夫なの? オスマンティウス?」

 私はいきなり聞かされたことにかなり動揺しつつも、不機嫌な気分を隠しもせずそう言った。

 なんでそんな重要なこと黙ってたんだ。

「問題ないし、これをこのまま放っておくほうが危険でしょう?」

 オスマンティウスはそう言って黒い宙に浮く球体を指さした。

 その球体からは禍々しい気配だけが感じられる。

 そりゃ、三百年物の代物だからね、禍々しくもなるよ。

「そりゃ、まあ、そうなんだけど……」

 ここは修道院の地下にある地下神殿。

 その最奥。魔王の空っぽの肉体が安置されている場所。

 三百年貯めに貯め続けた穢れの塊である。

 もはや人の形はしておらずただの球体のようにも見る。貯め続けられた穢れに押しつぶされたのだろうか。

 大きさ的には人の頭くらいか。なんだか表面の模様が苦悶している人の表情に見えなくもない。

 とても不気味に思える。

 あの可愛かったアリュウスくん本来の姿はもう微塵もない。

 これに、もしだけど、この肉体とはもはや呼べないコレに、見合うだけの魂が定着したら、それは最悪の魔王が誕生してしまうことを意味する。

 そんな魂はおいそれと存在しないだろうけども。ただし、存在しないとは言い切れない。

 そして、これを破壊してしまうと、新しい魔王の誕生を許してしまうことになる。

 どうにかしななくてはいけないことは確かだ。ただ単に破壊するだけでいいのらな簡単なことなんだけれども、そういうわけにもいかない。

「にしても、もう大陸には魔神が存在しないはずなのに、衰えを見せないほど穢れを集めてるのね。

 魔王って魔神の力を削ぐために作られたんでしょう?」

 私の疑問に対し、

「そのほとんどが海の魔神からのものだからね」

 アレクシスさんが困ったような表情を浮かべながら答えてくれた。

「で、これを本当にオスマンティウスに食べさせるの?」

 もう一度確認する。

 私は、少なくとも私は、これをオスマンティウスに食べさせるだなんてことはこの三百年、一言も聞いていない。

「ああ」

 と、答えたのはオスマンティウスではなくアレクシスさん。

 当然のこと、前から決まっていたことだ、そういう表情をしている。私に内緒で前から二人で決めていたのかもしれない。

「こんなもの食べたら流石におなか壊すなんてもんじゃないでしょう?」

 と、私が少し興奮気味に言うと、

「大丈夫よ、わたしに壊すお腹なんてないんだから」

 と、笑みを浮かべてオスマンティウスが答えた。

 いや、笑ってる場合じゃないでしょうに。

「いや、そういうこと言っているわけでもないんだけど……」

 私がため息交じり言葉をはくと、

「そのための準備はしてきたのよ、楽園の杖の能力を貰ったのも、実はこれのためだもの」

 オスマンティウスと言葉を返した。

 私の記憶だと別のことをなんかかっこつけながら言われた気がする。

 それは置いといて楽園の杖どうこうってことはやっぱり前から、それこそ魔王を封印する前からアレクシスさんは計画していたことって事なのかな。

 うーん、まあ、それも置いておいて、一度置いた楽園の杖の話に戻ろう。やっぱりあのとき、イリーナさんが亡くなった日に言っていたこととなんか違う気がするし。

「あれ? 魂を救うためとか言ってなかったっけ? 私そんなようなこと言われた気がするけど」

 確かそんなこと言ってたはずだ。

 あの頃は色々あって、あんまりよく覚えていないんだけれども。

 そもそも三百年も前の話だけど、そんな話だったはずだ。とても印象的だったから忘れもしない。

「それも、あるけれども…… 王子様がどうしたいか、この眼を受け継いだ時にわかっていたことだからね。

 えっと、ほら、悟りを開くって奴だっけ? 前にイナミが話してくれたやつよ」

 オスマンティウスが少ししどろもどろになりながら、そう答える。

 なんかあやしい。

「いや、確か事前に話しておいたはずだけれども?」

 と、アレクシスさんが真顔でオスマンティウスに突っ込まれた。

 それも聞いていないのだけれども、それを攻められはしないか、あの頃、私は酷く落ち込んでいたし。

 つまりは魔王を封印する前、三百年前からオスマンティウスに食べさせるっていうのは決まってたってことなのか。

 海の魔神戦で少しでも海の魔神と有利に戦えるように。

 なぜなら魔王の特性は魔神から力を奪って己の物にすることだから。

 だったら、魔王を封印した直後に食べさせればいい気もするけど、それはそれで大反対してただろうしね、私。

 だって、今はただの黒い球体だけど、本来はアリュウスくんの肉体なんだよ。それをオスマンティウスが食べるだなんて無理だよ。

 もしまだ落ち込んでいたあの頃に、そんなこと言われてたら発狂している自信がある。

 そんなんだから聞いてないもの無理はないのかもしれないけど。ちょっと疎外感は感じる。

 それとも生前のイリーナさんが楽園の杖のことをアレクシスさんに相談した、って事もあるしその否定はできないか。

 で、イリーナさんを吸収して記憶も得たオスマンティウスが、ってことになるんだけどね。

 でもアレクシスさんの口ぶりからオスマンティウスに直接話したような感じはするし?

「王子様は黙ってくれる?

 確かに当時、何か言われてた気がするけれども、言われた当時はなんのことかさっぱりだったよ」

 ああ…… やっぱり直接言われてたのね。

 けど当時は何のことか理解できてなかったのね、で、イリーナさんと同化して、そのことに初めて理解出来たってことなのか。

 イリーナさんが死んで同化したあの時、だから、急に楽園の杖の話をしだしたのね。なんだか納得だわ。

 なんか、あの時やけにかっこいい事言ってたような気がするけど……

 やっぱりこいつはオスマンティウスなんだなぁ……

「あー、もう、それはいいや。

 で、アレクシスさん的にも、これをオスマンティウスに食べさせて平気だと思ってるの?」

「問題はないだろう。元よりオスマンティウスはそのほとんどを魔神の元肉体から構成されているんだ。

 穢れの耐性だけなら、誰よりも強いよ。もはや魔神並みだよ。いや、ある意味、魔神の死から生まれ、死を乗り越えているから魔神以上と言っていいよ。

 それに今のオスマンティウスはこの地下神殿以上に、穢れを分解、吸収することができるんだ」

 確かにそうだけど、この後、海の魔神を倒そうっていうのよ? 

 その海の魔神を倒したら、その纏っていた穢れは全部、魔王を食べて特性を受け継いだオスマンティウスに向かうじゃない?

 それに確証はないけれども海の下にある大量の穢れも?

 いや、なるほど。

 アレクシスさんは海の魔神を倒したときの穢れを世界にばらまかずに、オスマンティウスに集めるつもりなのね。で、覚醒し人類の守護神となったオスマンティウスもそれに同意したと。

 それじゃあ、まるで体のいい人柱じゃない。

「でも、これ食べちゃったら穢れがオスマンティウスめがけて集まってくるんでしょう?」

「そうね。それが今やわたしと使徒の糧になるの。

 それに、イナミには言ってなかったけど、倒した魔神のほとんどをわたしは既に食べてきてるのよ」

「え? それも初耳なんだけど?

 ちょっと、どういうこと? アレクシスさん?」

 倒した魔神を食べた?

 そういえば、オスマンティウスのやつ、いつの間にかに心臓以外の臓器もいつのまにやら持っていると思ってたら……

 倒した魔神から奪ったってこと?

 ああ、もう、私の知らないところでどんどん話が……

 まあ、私も落ち込んでたり、研究に没頭しすぎてたってのはあるけれども。

「いや、口止めされてて……」

 そんな大事なことを苦笑して誤魔化そうとするな!

 人にアイアンウッドの研究押し付けといて、オスマンティウスになんてことを……

 いや、オスマンティウスのことだから自発的に食べそうなところは否定できないけど。

 多分自発的なんだろうなぁ……

 しかも、止める暇もなくぱくっと一口でいっちゃうんだろうなぁ……

 想像に難くないのが何とも言えない。

「簡単に言うと魔神を食べて来たのは、これを食べるための練習みたいなものね。いえ、それも少し違うわね。神として完成するにはやっぱり臓器は必要で神に近い魔神から奪う方が手っ取り早いのよ。

 それに、さすがに三百年物だもの、練習くらいしたいじゃない? 練習って意味はそっちの方の意味ね。

 大丈夫よ、わたしの計算だとかなり余裕があるわ。わたしにはわかるもの」

 けど、私にはわからないんだよ。

 心配なんだよ、もう……

 こんなもの食べるだなんて、しかもこれもとはアリュウスさんの元の肉体、人間なんだぞ。

 にしても、これを食べるのを今までしなかったのは、オスマンティウスが神として完成するのを待っていたってこと?

 それなら海の魔神を倒した後で…… それだと海の魔神の穢れが世界に一旦ばらまかれちゃうのか。

 この魔王の抜け殻を外に出すのは危険だし、穢れを集めるためだけに海の魔神戦に持っていくのも危険だよね。

 そう考えると、危険性がないのであればオスマンティウスが食べるのが確かに良さそうだけど…… けどなぁ……

 二人に安全だと言われようが、私にはよくわからないし不安なんだよ。

「二人共、神眼なんてもの持ってて、なんでもわかってるって言ってさぁ。なんかしたり顔しててやな感じよね」

 私が拗ねてそう言うと、アレクシスさんが本当に困った顔を見せてくる。

 美形な人の困り顔はなんかいい。とても絵になる気がする。私は割と好きかもしれない。

 まあ、困り顔を見るために困らすようなことまではしないけどね。

「大丈夫、海の魔神と戦う前にそんな危険な橋は渡らせないよ。

 それにこれをオスマンティウスが食べることで、海の魔神と対峙したときに、その力の一部を奪い取れるのも事実だよ。

 心配なのはわかるが、この神殿のおかげで、この抜け殻には穢れは思った以上に貯まってはいない、大丈夫だ」

「それでも十分に強い穢れよ。それにこれを食べるってことはさ、オスマンティウスに人柱になれって言ってることでしょう?」

 海の魔神の力を奪えるのは魔王としての特性か。

 確かに魔王は魔神を弱らすために、そして穢れを消費するために作られているはずだけれども。

「わたしは人類の守護神だからね」

 平然とオスマンティウスはそう言った。

 守護神が人柱になってどうするのよ!

 いや、役割的にはそれでいいの? あー、もう、わかんない!

「だからって、オスマンティウスをそんな防壁みたいな使い方……」

「どちらかというとおとり役というか的よね?」

「そうだけれども、ただの防壁にならないために彼女には無数の使徒達がいる。全ての穢れがオスマンティウスに向かうわけではない。

 文字通り、もはや穢れは今やオスマンティウスの糧になるんだ」

 アレクシスさんはそう力説する。

 確かにそれはそう。オスマンティウスの眼と私の魔術を解析できる能力を合わせて、この地下神殿に施されている魔法の解析さえももはや終わっている。

 今のオスマンティウスなら、穢れを魔力に変換することも可能だ。それはオスマンティウスの木の特性を更に進化させたようなものだ。

 けれど、いくら穢れに耐性を持っていようと毒は毒だ。

 毒が栄養になるからと言って、食べ続けていいわけではない。

 いくら周りにオスマンティウスを守り穢れを吸収する使徒が居ようと、それには変わりない。

 少量でも食べ続け長い年月を過ごせばいずれ害をなすのは避けられない。

「そうよ、イナミ。この大陸にどれだけ、わたしの木とわたしの使徒がいると思っているの?」

「それを作ったのは私なんだけどね?」

 その性能もその数も誰よりも熟知している。

 この大陸にはオスマンティウスの木が無数に植林されていて、さらに使徒化されたものも無数に点在するし、なんなら今はこの大陸を囲むように配置して植林もされている。

 そのための準備をしてきたのだから。

 どんなに濃い穢れが押し寄せても処理しきれるように計算されて十分な数を配置している。

 私達の想定では濃い穢れは内陸部に達することもないだろう。

 それと同時に完全に穢れを防ぐことも出来ないのもわかっている。

 だからこそ、この世界の精霊達を精霊界に帰させているのだから。

 雨の中で傘をさそうが、カッパを着ようが、長い間雨にうたれ続ければ濡れるもの濡れる。それと同じだ。

 少量の穢れでも、いくら耐性を持っていてもいずれ毒されてしまう。

「そうよ、だから平気なのよ」

 オスマンティウスは自慢げに、自信に満ちてそう言った。

「信頼してくれるのは嬉しいけどさぁ……」

 私がそう言ってため息をつくと、オスマンティウスは一度ニッコリと笑ってから真顔になった。

「それにね、イナミ。

 イナミが……

 イナミが海の魔神を倒した後、どうするかまだ聞いてないけれど、わたしも独り立ちしないといけないのよ?

 これだけの使徒を使役する魔力を自力で確保しないといけないのよ?」

「ああ、まだ盟約の効果があったんだっけ……」

 まだ盟約の効果は続いている。そういう意味ではオスマンティウスは私の従属神であり、日々私の魔力が流れていっている。

 その量もかなりの量の魔力だ、特に使徒を扱うようになってからその量は格段に増えている気がする。でも、私からすればそれすら微々たるものでしかない。

 もう自分でもどれくらい自分の魔力が強いのか認知出来ないほどだ。オスマンティウスに言われた通り、この吸血鬼の肉体ですら対応できなくなってきているほどには巨大な、巨大すぎる魔力量だ。

 いや、逆に本来、穢れを糧にする吸血鬼の肉体には強すぎる清廉な魔力は相性は悪いのかもしれない。

 この吸血鬼と精霊の混じり合った肉体の寿命もそう遠くない。

「そうよ、今のわたしの力のほとんどは、あなたの従属神であるからなのよ?

 あなたから流れてくる魔力のおかげで今の力を保って居られてるの。

 どうするか、イナミ自身が決めかねているにせよ、いつまでも盟約だよりというわけにはいかないのよ」

 たしかにそ……

 いや、そんなこともはない。

 おまえが使徒にしているオスマンティウスの木、誰が作ったと思っているの。

「でもそれ、使徒との魔力伝達網でどうにかなっているはずだよね?

 使徒を作り始めた時期ならいざ知らず、既に使徒から溢れた魔力を別の使徒経由で流して、最終的にかなりの量の魔力がオスマンティウスに流れてきているはずよね?」

 誰を言いくるめようと思ってるんだ。

 何度も言うけれども、そのオスマンティウスの木を完成させたのは私なんだよ。

 ゴーレム化の魔術を魔法に変換する作業だって手伝ってるんだから、私にそれがわからないはずないじゃないか、もう。

「うっ……」

 と、その言葉にオスマンティウスの表情が固まった。

 けど、それはちょっと嘘くさい。あからさますぎる。

 これは…… 見え透いた失敗で、なにか、もっと別の何かを隠そうとしている?

 魔王を食べる意味がまだ他にある? もしくはできた? いや、というよりも話の流れ的に魔力を、私を当てにしないで大量に魔力を確保する必要性がある?

「私に何か、まだ言ってないことがある? もしかして?」

「……」

「……」

 私の言葉に二人してだまった。

 私に目も合わせない。

「アレクシスさん!?」

「じ、実は……」




「そんな、ちょっと待ってよ、海の魔神倒したら終わりじゃなかったのぉ、もう……」

 眩暈がしそう。

 なんでそんなこと黙ってたのよ。

 一大事じゃない。

 いや、私がこれからどうするか伝えてないからか。私がどうしたいかを優先して隠してくれていたのかな? これはかなり好意的に考えてだけども。

「いや、そもそもそれ自体に危険があるわけではないと思うんだ。

 それに見つけたのも偶然だし、隠していたわけじゃないんだ」

 確かにそれ自体に危険はなさそうだけれども、そのまま放置もできない話よね。

「オスマンティウス、これは命令よ、盟約の命令!

 正直に話して!」

「うぅ……

 見つけたのは偶然っていうのは本当で、偶然ね、偶然。世界山脈に隠れ住んでいた魔神を追いまわしているときに見つけて……

 でもその時はどうしょうもなくて、関係のある魔王の特性を手に入れればどうにか…… 魔力も確保できるだろうし、特に海の魔神を倒した後ならとは……

 それに、イナミに隠していた訳じゃなくてぇ、相談の上、黙ってただけでぇ……」

「それって、隠してたってことよね?」

 二人が隠していたもの。

 世界山脈の一番北にあるもっとも標高が高くて例えオスマンティウスやその使徒ですらたどり着けないほぼ垂直の壁の遥か高み、雲すらかすむほどの高みに、それはあった。

 魔法により、それもとても強力な魔法により秘匿され、保護され、隔絶されている場所を発見したのだ。

 それは魔王を生み出すための魔法の設置点。ようは魔王を生み出している場所を二人は世界山脈に発見したそうだ。二人の神眼をもってしても、そこまで近づくことでやっと観測可能になった程の強固な結界が張られていたらしい。

 それを設置したのか教会の神々と精霊王だ。彼らが本気で隠していたというのならば、今まで見つけられなかったのも頷ける。

 ただ空気も薄くまともに呼吸すらできないほどの標高で、その上、超が付くほど強力な結界に覆われていて当時は二人でも手出しできなかったそうだ。

 二人は考えた末、オスマンティウスに魔王を食べさせ、まあ、食べさせるのはそれが発見出来ていない前から画策はしていたそうだけれども、食べさせることによりその場所と魔王としての特性も得たオスマンティウスには縁、いや、因果関係が生まれる。

 その力を利用して結界を突破し、魔王を生み出している、恐らくはその魔法自体を消滅させるつもりだったらしい。

 まあ、不可能じゃない話だ。この世界の縁というか、因果の力というか、運命力というか、そういった力は非常に強力だ。

 それに海の魔神を倒せば、その力の一部は間違いなく魔王の特性を受け継いでいるオスマンティウスに流れ込む。それも利用しようと考えていたんだろう。

「はい……」

「すまない……」

「それ、どうするつもりだったのよ。

 場合によっては海の魔神を倒す前にどうにかしたほうがいいんじゃないの?」

 確かに海の魔神戦では魔王の特性を持っている方が有利に進められそうだけど、その後のことを考えると先にどうにかしておいた方がいいんじゃないの?

 と私は考えるんだけど、二人はそうは考えていないらしい。

「海の魔神を倒した後、わたしがどうにかする手筈……

 海の魔神は元々王様と並ぶような強力な原初の精霊だから、魔神から力を吸収できる魔王の特性をも利用して有利にと……

 その後で、海の底の穢れが本格的に出る前に、魔王自体を発生させている魔法を消滅させてしまえば、わたしにもそれほど危険はないわけよ」

 と、オスマンティウスが言うが、どうにかってどうするつもりなのよ、もう。

 確かに海の魔神は他の魔神とすらも一線を画す存在らしいけど、少なくとも魔力量だけなら私のほうが勝っている。

 そんなに警戒しなくちゃいけない相手なのかしら?

 それに海の魔神を倒したらアレクシスさんはもう迷うことなくまっすぐ最速で精霊界へ向かわなくちゃいけない。

 つまり少なくともアレクシスさんはその時いないのに。

 せめて私に相談しておいてくれればいいのに。

 こんな今になって話されても……

 この二人のことだ、ぎりぎりまで話さないことでばれても私に選択肢を選ばせないつもりだったのね、もう……

 もうこの肉体が長く存在できないことも二人にはばれてるだろうし。

「そのためのに、これを食べるって訳だったのね……

 いや、まあ、その話はいいよ。

 アレクシスさんがオスマンティウスに任せるっていうのなら、それでいいのかもしれないけども……」

 本当に大丈夫か?

 当時二人でもたどり着けなかった場所へ、因果関係を持ったからってたどり着けるようなものなのかしら?

 でも、この世界の縁の力は強いからなぁ。不可能じゃないかもしれない。

 それでも私なら、今の私ならいくらでもやりようはあるのに。

 ああ、だから、だからこそか。二人は黙っていたのかもしれない。

 特にオスマンティウスは私には知られたくなかっただろうし。なにせ私なら、私が少し無理をすれば恐らくその結界すらどうにか出来ちゃうだろうからね。

 でも、これはちょうどいいかもしれない。

「いや、どちらにせよ、魔王はどうにかしないといけないだろう?

 オスマンティウスが食べることによって魔王は永久的に消滅する。

 その上で、魔王を発生させていた魔法自体も消滅させる。

 そして、それは今のオスマンティウスならそれが可能だ」

 確かにアレクシスさんの言う通りだ。オスマンティウスがこの魔王の抜け殻を食べることによって、魔王としての特性も引き継ぐことになり穢れを集める体質となる。

 それと同時に魔王ともなるわけなので、次の魔王は生まれてこないし、念のため魔王を産むシステム自体を潰すのも正しい。

 オスマンティウスがいる限り魔王は生まれることはなく、魔神の力を削ぐために作られた魔王の穢れを集める特性も、全ての魔神が倒された後ならば引き寄せる穢れもじきにになくなるかもしれない。

 ただし、それは海の底にある大量の穢れをも引き寄せないとは限らない。

 いや、恐らくは引き寄せてしまう。

 そうなった場合、流石に穢れに耐性があるからと言って、オスマンティウスが耐えれるかというと私にはわからない。

 特に一時的には平気だろうけれども、それが長期に渡って続くとなればいくら耐性があるとはいえオスマンティウスでも耐えれれる保証はない。恐らくオスマンティウスも魔神同様に狂ってしまうだろう。

 それを防ぐために魔王を魔王としてたらしめる魔法を破壊するのは必須なのかもしれない。

 ただ、既に発動され、魔王となった存在の特性まで同時に消滅するかと言えば……

 その答えは、現状では不明だ。

 その対処は私がなんとかしてあげないといけないのかもしれない。

「まあ、そうだけれども。

 本当に危険はないのよね?」

 そう私は二人に確認するけれども、答えが帰ってくる前にその答えはわかっている。

 危険はある。

 魔王を誕生させる魔法自体を破壊しても、既に生まれている魔王の特性が消えるとは限らないのだから。

 そうなってしまったら、オスマンティウスは必ず、遠い未来ではあるのかもしれないけれども、必ず原初の精霊のように狂ってしまうだろう。

 そうならないためには、私が、私の魔力を流してあげなければならない。

 オスマンティウスの目的はそれか? 私を否が応でもこの世界に縛り付けておきたいとでもいのかしら?

 アレクシスさんに至っては目的が人類の自立だからなぁ、長い目で見てしまうとオスマンティウスの存在は邪魔になりかねない。

 でも、そんなこと考えるような人じゃないだろうし、うう、色々疑心暗鬼になってきちゃったよ、もう。

「ああ、それだけは本当だ。

 十分な余裕はあるはずだし、イナミから魔力を供給できている今なら、その安全性は高いはずだ」

 アレクシスさんはそう言うが、それは魔王を食べたときだけの話で、海の魔神により封じ込められている大量の穢れが解放されたときの話ではない。

 確かに、海の穢れが解放された後でも、私が居て私の魔力がオスマンティウスに流れている間は平気だと思う。

 私の圧倒的な魔力が穢れを押し流して、洗い流せるから。

 オスマンティウスの木により得た魔力だけで、私の魔力供給の真似事ができるかと言えば……

 恐らくできない。魔力にも質や属性がある。

 自分でいうのもなんだけれども、私の魔力は非情に清廉で純度が高く最高の質を持っている。これは穢れに対してもっとも対抗できる魔力の性質だ。

 で、オスマンティウスの木や使徒から作り出された魔力というと、その魔力量はそれなりになるものの、質は悪く濁った魔力だ。元が穢れなのでそれは仕方がない。

 このような魔力を妖魔にいくら注ぎ込んでも精霊には戻れない、下手をしたら悪化してしまう可能性すらある。そんな魔力だ。穢れを打ち消したり浄化出来たりするものに全く適していない。

 魔力なら何でもいいというわけでもないのだ。

 使徒の活動維持には十分だが穢れを払う魔力としては、適さないどころか無力だ。

 そこで重要になってくるのが、魔力の浄化にも適した能力、楽園の杖の奇跡の力って訳ね。

 その力で質の悪い魔力浄化させて、質の良い清浄な魔力に変換していくって事なのか。

 確かに楽園の杖の能力は必須だったってことか。

 一応アレクシスさん達も無策ってわけではない。理論上は私の魔力が供給されなくても、穢れから作った魔力を楽園の杖の能力で浄化していけば可能かもしれない。

 それでも、長期にわたり穢れを吸い続けたり、一度に大量の穢れが流れ込んできたら、となると……

 その結果は誰にもわからない。

 となると私のやることは決まっている。

「そうだけども……

 もう隠していることはない?」

「ああ、ないよ」

 アレクシスさんはニッコリと笑ってそういった。

 くそう、美形はずるいなぁ、その笑顔だけで許せてしまう。

「オスマンティウスは……?」

「……あるけど、言えない」

 こっちは何か隠しているようだ。しかも顔があからさまに固まっているし、目が泳いでいる。

 まだ盟約の命令が効いているから私に嘘は着けないという事か。

 でも凄い動揺している?

 今更なに隠してるんだ、コイツ。私に言えないことってなんだろう?

「なにそれ?」

「わ、わたしにだって、イナミに言えないことはあるの。

 ただ今回の件とはまったく関係のない事なの!!」

「どんな類の?」

 私のその言葉に、オスマンティウスは目を見開いた。

 一瞬、私をじっと見つめたけれど、すぐに視線をそらした。

「わたし自身の事だけれども、危険とかじゃなくて、その…… ある意味、人間関係的な?」

 そう言ってオスマンティウスはアレクシスさんのほうをチラチラと見た。

「え? オスマンティウス……

 実は私のこと凄い嫌ってたの……

 ご、ごめん、私、気づけなくって……」

 と、とりあえず私がそう言うと、

「そ、そんなことあるわけないじゃない!!」

 むきになってオスマンティウスは否定した。

 私のことは今だに慕ってくれてはいるらしい。それは素直にうれしいけれども。でもなんだ、この必死さは。

 その後、またオスマンティウスはアレクシスさんの方を再びチラチラと見だした。

 アレクシスさんもその視線に、なにかを気づいたようにハッとして、それからアレクシスさんも私からの視線を避けた。

 え? なに? この二人でなにか隠している感はなに?

「じゃあ…… なに?」

「い、言えない。お願いだから言わせないで……」

 オスマンティウスはその虹色に輝く瞳でじっと私を見つめてくる。

 少し涙目に見えるようにも思る。

 なんだ、これ?

 なにを必死に隠してるんだ、盟約の命令と明言したからにはオスマンティウスは私に嘘は着けないはず。

 今回のこととは関係ない、っていうのなら無理に聞き出す必要もないのかもしれない。

 けど、ある意味、人間関係? なんだろう? 

 凄い気になるけど、無理やり聞き出すっていうのは流石に悪い気がする。

「もう、そんな泣きそうな顔しないでよう、もう。

 本当に危険なことじゃないのね?」

「それだけは本当だから信じて」

 どういうことなのかと、アレクシスさんに視線を送るが、アレクシスさんも私と目を合わせようとしない。

 なのに、オスマンティウスとアレクシスさんは何度もお互いをチラチラと確認し合っている。

 あれ? あれれ?

 もしかして、この二人ってできてるの?

 ああ、そういう事ね。なるほど、それを無理やり言わすっていうのは確かに野暮よね。

 そうかぁ、一緒に長い間、二人っきりで旅してたもんね、そういう間柄になってたって不思議じゃないよね。

 と、私がそう勝手に思い込んで、これ以上詮索するのも、かわいそうというか失礼か、と、これ以上詮索するのをやめた。

 二人はもうすぐ別れ離れになっちゃうんだし可哀そう、悲恋って奴よね。などと思っていたけれども、これは私の勝手な思い込みだった、かもしれない。

 まあ、オスマンティウスにはイリーナさんがついているんだし、大丈夫よね。

 それに初恋は叶わないものよ。

 心の中でイリーナさんに慰めてもらいなよ。と、声には出さなかったけど心の中で思っておいた。

「わ、わかったわよ。

 どっちにしろ、これをこのまま放置してられないっていうのも事実だし、オスマンティウスに危険がないっていうのなら良いわよ」

「イナミの魔力が流れ込んできている今だから大丈夫なのよ、それに加えて楽園の杖の浄化能力もあるのだから」

「もう……」

 まあ、この魔王をこのまま放置出来ないのも事実なので、最初から選択肢はないんだけれども。

 一番いいのはその魔王を発生させている場所を先に叩いちゃうのがいいとは思うんだけど。

 ああ、でもそうすると海の魔神の纏っていた穢れがすぐに世界に拡散しちゃうのか。

 結局は魔神を言う存在を倒す上では、魔王というシステムは必要だったってことなのかしら。


 魔王のなれ果てを食べたオスマンティウスは、念には念をという事で一週間ほど様子を見ることとなった。

 アレクシスさんとオスマンティウスの言う通り、確かに大丈夫そうではあった。

 時より胃もたれしてそうな様子は見せてたけど。胃はないんじゃなかったのかよ。

 まあ、問題はなさそう。

 私の魔力もそれなりに吸われは吸たけどね、だから安心できる。想定の範囲内の魔力量を吸われていただけだから。

 その一週間の間に私達は別れの挨拶をして回った。

 流石に王都までは行っている時間はないので、現聖王様と現エルドリアさんには手紙でご報告になってしまったけど。

 これで精霊神殿もその長かった歴史に終止符を打つことになる。

 まあ、すぐにではないんだろうけど、仕えるべき、崇めるべき、そして尊ぶべき精霊がこの世界から居なくなるのであれば、その道は変わらないだろう。

 私も名目上は精霊界に帰るという事で盛大にお別れ会、というか、一大祭りが開かれた。

 それは私達が送り出される七日間ずっと盛大に続けられた。

 これでイナミ領とも、この修道院ともお別れと考えると考え深い。


「亜人特区にはグリアノーラとイシュヤーデが先行している、他の精霊達もね」

 必要な物をチェックしながら列車の座席についたアレクシスさんが誰に言うでもなくそう言った。

「あれ? 魔神戦には精霊たちは連れてかないんじゃなかったけ?」

 それに私が疑問をぶつけるとすぐに返ってきた。

 最近、アレクシスさんとオスマンティウスの二人は計画の詳細を私に伝えないことが多い。

 これは、私が海の魔神を倒した後、どうするのかをはっきりさせていないせいなのだけれども。

「ああ、そのつもりだよ。普通の精霊が海の魔神相手に何ができるわけでもないし、下手をすればまた堕落してしまう。

 彼らには亜人特区に作った帰還用の精霊門の守護のためだよ。

 あれを壊されたら、他の精霊門のある場所まで移動しなくちゃいけないし、その時間があればいいがどうなるかわからないからね。

 なんせ海の魔神を倒したらボク達はなるべく早く精霊界へと向かい、精霊界からすべての門を破壊しなければならない。

 今の精霊界に穢れを持ち込むのは得策じゃないしね。

 最終確認だ、イナミはどうしたい?

 ボクはキミに対しては、好きにしていいと思っている。キミはそれだけのことをこの世界にもたらしてくれたからね」

 私がこの世界にもたらせたもの。そんな大層なものをもたらしたわけじゃない気がするけれども。

 まあ、特別扱いしてくれるのは助かる。

 きっと私の肉体がもう長く持たないのもばれているからなんだろうけど。

「わ、私は……

 とりあえず精霊界には行かない…… と思う」

 と私が答えると、私の後ろに控えていたアリュウスさんが私の肩からそっと覗き込むように、アレクシスさんを見ながら話しかけた。

「私も行かないでもいいでしょうか? できれば末代まで子孫達を見守りたいのですが?」

 そう言われたアレクシスさんは苦笑していた。最近この表情をよく見る気がする。

 本当は強制したくないんだろうけども、この世界のために色々無理を言っているのを理解しているんだろう。

「アリュウス、すまない。キミは元の力が強いので是が非でも精霊界へ来てもらう。特別なのはイナミだけだ。

 出来る限りこの世界に、魔神や妖魔はもちろん、精霊も残したくはないんだ。それは小精霊も含めてね」

「そうですか、アレクシス様にそう言われては従うほかありませんね。

 ああ、さようなら、私のかわいい子孫たちよ……」

 そう言って泣くようなしぐさをアリュウスさんは見せるが、まあ、演技だと思う。

 オヨヨ、オヨヨって口で言ってるくらいだし。

「別れは済んでいると思っていたが」

 その様子をみてアレクシスさんはまたも苦笑を見せる。

「済んでいますが、別れを惜しまないわけはないですよね?」

「すまない……」

 苦笑ではなく真面目な顔でアレクシスさんがアリュウスさんに謝る。

 そうされてしまうと、異母兄弟で弟、いや、妹? に当たるアリュウスさんも従わざる得ない感じだった。

 確かに、魔神も魔王も、妖魔さえいなくなるのであれば、この世界に精霊はいらないのかもしれない。

「最近の王子様、謝ってばっかりね」

 オスマンティウスはすました顔でそう言った。

「本当にすまないと思ってるんだ……」

 アレクシスさんは何とも言えない表情を見せてくれた。恐らく本当に心苦しいのだろう。

 もしかしたら、魔王や魔神を倒すことを強制されてきたアレクシスさんは、人に何かを強制させること自体が嫌なのかもしれない。

 けれども、しなければならないことはある。

「いいわよ、この世界のことはわたしとイナミに任せてよ」

 と、なぜかニコニコしているオスマンティウスはそう言った。

「オスマンティウスは上機嫌じゃない?」

 と私が言うと、

「え? そんなことないわよ」

 と、言っているがオスマンティウスが隠しきれないほど喜んでいるのは誰が見ても明らかだった。

 なんだ、こいつ、そんなに私といたいのかな。じゃあ、悪いことしちゃう事になるなぁ。

「まあ、私のことは…… 色んな意味で心配しないでください。

 アレクシスさんの計画を邪魔するようなことはしないので……」

 私がそう言うとアレクシスさんは「ああ」とだけ返事をし、逆にオスマンティウスは先ほどの上機嫌とは打って変わって真顔で私の方を見つめてきた。

 その視線が痛い。長い付き合いだし、私のしようとしていることは薄々感づいているんだろうなぁ、とは思う。

 というか、大分前から私は私の行く末をひっそりと決めていたりする。誰にも言ってはいないけれども。

 それこそ、オスマンティウスがこの世界の新しい神になると知った日からだ。

 その在り方もちょうどいいのを見つけた。後は実行するだけだ。

「とりあえず忘れ物はないな?

 なら、列車に乗ってくれ。

 押し寄せる津波が日に日に大きくなってきているらしい。いつ世界山脈が津波に飲み込まれるかわからない。

 特に亜人特区のほうの世界山脈はもう霊的力をほとんど失ってしまっている。いつまで持つかわからないんだ」

 長く住んだ修道院を後にした。

 恐らくもうここに帰ってくる事もないだろう。

 色々と名残り惜しいけれども。

 この場には私を見送る人がたくさん来てくれていたので、この場にシースさんはいない。

 幽霊である彼女は死の縁を振りまいてしまう可能性があるから人前にはおいそれと出てこれないのだ。

 まあ、事前にお別れの挨拶はしていたけれども、寂しいものはある。

 なんせ私を初期からさせてくれた聖歌隊の皆の最後の生き残り…… いや、幽霊だから生き残りではないか。


 亜人特区に着くとイシュやグリアノーラさんをはじめとしたアレクシスさん配下の精霊たちが駅で出迎えてくれた。

 こうしてみると皆、純精霊、人との間にできた混血種でない精霊達は皆、人型をしているがどこかやはり人とは違う。

 動物や物の造形が少し混じり込んでいたりして、どうも非現実的な感じがする。けど亜人達のような不愉快さはまるでなく、だれも皆洗練された美しい調和された造形をしているのだから不思議だ。

 こんなものが現れたらそりゃ神様と崇めたくなったりするはずだ。

 私が見ても神話に出てくる神様と言われればそう思えてしまう姿なのだから。

 それが三十から四十体くらい、今は集まっている。流石に荘厳なものがある。

 この世界に残っている精霊は今ここに居るのが最後とのことだ。

 結局どの精霊もアレクシスさんの呼びかけで精霊界へと戻っていったらしい。

 まあ、プライドが高い、いってしまえば傲慢な精霊達だからね、、精霊門が完全に閉ざされれば、原初の精霊と呼ばれるような存在でもない限りその力は弱まる一方だし、今後穢れが押し寄せてくると知れば皆逃げ帰るよね。

 もしかしたら姿の見えない変わり者の小精霊が数匹くらいは隠れて残っているかも知れないが、実体がない彼らを探し出している暇はもうない。

「はい、イシュ。あなたの鏡持ってきてあげたよ」

「ありがとうございます、イナミ様」

 イシュに鏡、私の部屋に飾ってあった、もっと古く言えば、アンティルローデさんの神殿跡地でイシュが潜んでいた鉄鏡、それをイシュに渡した。

 一抱えもある大きな鏡だけど、吸血鬼の私にとっては重荷でもなんでもない。

 言うまでもなく、これがイシュが小精霊だった時に憑いていた鏡で、精霊としてこの世界に戻ってきた時に見つけてイシュが大事にしていたものだ。

 イシュにより魔術で保護されているその鉄の鏡の鏡面は普通の鏡とまるで変りないほど磨かれている。

 精霊界にも持っていくつもりらしい。

「アレクシスよ、我らは本当に精霊門を守るだけでいいのか?

 本当に三人であれを倒すつもりなのか?」

 英雄の精霊グリアノーラさんがアレクシスさんに腕組みしながら問いかけてきた。今はアレクシスさんについているので雌型だ。その姿は凛々しく美しい。

 英雄の精霊としては、魔神との最終決戦ともいえる海の魔神との戦いに参加したいのかもしれない。

「ああ、予想以上に海の魔神の穢れが濃い。純精霊である者は堕落してしまう可能性が高い。

 ボクやイナミのような混じりものであれば、平気だけどね。

 オスマンティウスについては穢れの耐性については魔神並みだしね」

 まあ、そうよね。ただでさえ一度堕落した精霊は、再度堕落しやすいらしいし。

 今更堕落したら、もう精霊に戻してあげられる時間はない。

 そう考えると海の魔神戦に精霊達を連れていくわけにはいない。

 というか混じり物って、神の魂のおかげで堕落しない訳だけれども。でもそれも謎よね、何で稀人の魂は堕落しないのかしらね。

「それはそうかもしれないが……」

 とそういうグリアノーラさんは少し不満気、いや、心配をしているのかな。そんな表情を見せている。

「それにグリアノーラ、イシュ、そして他の精霊達、キミ達には精霊界に行った後で一仕事してもらう予定だ。

 ここに残っているものはもう知っていると思うけれども……」

 アレクシスさんはそう言って、精霊達を一人一人見つめていった。

 ここに居る精霊のほとんどが元妖魔だ。一度も堕落していない精霊はグリアノーラさんと数人の精霊だけだ。

 一つ言えることは、ここに居る精霊は全員アレクシスさんに盟約の魔術とは関係なく忠誠を誓っている。

 そもそも他人になにかを強制することを好まないアレクシスさんだ。

 いくら妖魔から精霊に戻してやったからと言って、強制するような真似はしていない。まあ、戻してやったのは私だけどね。

 精霊に戻った者でアレクシスさんの計画を聞いて、賛同できないものは既に精霊界へと送り出している。

 どうせ計画のことは覗き見している精霊王に筒抜けだしね、隠してても意味はない。

「ああ、問題ない。我らの出番はそちらが本番という事だな。任せろ、お前の剣となりてこの身が朽ち果てようとも目的だけは必ず成し遂げる」

「はい、アレクシス様。心得ています」

 と、グリアノーラさんとイシュが返事した後、その場にいた精霊達がそれに続いていく。

 士気はとても高いようだ。精霊王はあんまり人徳ないのかしら?

 が、その最後の返答に異物が混じっていた。

「で、私はどういたしますか、英雄殿」

 声を発せられるまでその存在にほとんどの人が気づけなかった。 

 急にその場にふっと湧いたように感じるほどだった。

「あっ、頭目」

 と、私は声をかけたが、それが場違いだったことにすぐに気づく。

 アレクシスさんの気配は既に臨戦態勢だった。

 ズー・ルーの頭目。恐らくこの世界に残された最後の妖魔だ。アレクシスさん的には…… この世界に居て欲しくない存在だ。

「今まで逃げ回っていたのに、今頃随分あっさりでてきたね」

 アレクシスさんが剣の柄に手をかけながらそう言った。

 まあ、あのレビンさんの師匠ともいえるような人だしね、警戒しないといけない。

 私も念のため二、三個魔術用意しといた方がいいかしら?

 とはいえ、今もこの妖魔は主を持っていない。

 と言ってももうこの世界に妖魔の主になる様な魔王も魔神も存在はしないけれども。

 海の魔神はいるが狂いすぎてて対話ができるような存在でもない。妖魔と言えど近づいただけで滅ぼさんとしてくるほどだし。

 主がいないため、その魔力は妖魔にしては非常に低いのだけれども、それはこの妖魔にとってはいつものことだ。

「はい、精霊に戻るのはまっぴらごめんでしたので」

 頭目はそう言って少し大げさにおどけて見せた。

 アレクシスさんやたくさんの精霊の前にいるというのに余裕綽々だ。

「妖魔のまま精霊界に連れていくことはできない」

 アレクシスさんはそう断言した。そして、口にはしていないが、この世界に妖魔を残していく気はない、とも言っているような気迫だ。

「行くつもりもございません。私は人殺しの妖魔ですよ?

 人のいない精霊界に行ってどうするのですか?」

 と、頭目は更に大げさなリアクションをして見せた。

 それは少し人を小ばかにしているように思わせるほどの大げささだ。

 精霊界なんかに行くはずないだろう、ってことなんだろうけど。

「じゃあ、なんで今頃出てきた?」

 アレクシスさんの眼が鋭くなる。

 これはやる時の眼だ。ああ、もう、出てこなければ……

 アレクシスさんには悪いけど、見逃せたかもしれないのに。

「まずはこの子、ズー・ルーの最後の生き残りにして、イナミ様のご友人の子孫。その名もズー・ルーをお預けしたく参上いたしました」

 頭目がそう言うと、頭目の陰からスゥと一人の少女が現れた。

 頭目の言葉を信じるならミウの子孫ってことなのかしら?

 しかし、その容姿は人の範疇ではあるが…… 恐らく亜人の血が少なからず混じっている。

 容姿についてはあまり良いとは言えない。身の毛もよだつ程ではないが、生理的に受け付けない人は多そうな容姿をしている。

 まあ、亜人特区で長年暮らしていたのなら仕方がないことだ。ここでは普通の人間のほうが稀だ。

 けども、その子が出てきたことで、アレクシスさんの殺気も少しばかり抑え気味になる。

「ミウの子孫で、名前がズー・ルー?

 称号とか、通り名じゃなくて? 本名がってこと?」

 と、私が確認すると、

「はい、ついでに言ってしまうとレビンさんの子孫ではなく、アロクドさんとの子孫になります。

 イナミ様には、笑顔の張り付いた男と言えば、よろしいでしょうか?」

 と、答えた。

「ああ、あの……

 レビンさんを追っていったと聞いていたけれど、レビンさんの子孫というわけじゃないのか。ミウはふられちゃったのね。あんなにかわいい子なのに」

 そうか、歳の差が凄すぎるもんね。

 それにしても、あの笑顔が張り付いた男とくっついたのか。無理やり…… じゃないわよね?

「レビンさんは腐れ沼の毒にやられていたので、あの後はこちらに帰ってきてからは寝たきりがながかったのですよ」

「え? 嘘! 戻ってきた後もピンピンしてたよ!

 それに穢れに対する汚染はなかったはずだよ」

 そうだ、腐れ沼から戻ってきた後も少しイナミ領に滞在していったけど、ピンピンしてたはずだ。

 穢れにも毒にも侵されてなかったはずだ。

「はい、穢れには全く汚染されていませんでした。それは流石ですね、私も感服する次第です。

 まあ、腐れ沼の毒を甘く見ていたのですね、我々もあなたも。

 ミウさんが亜人特区に来た時は、もうレビンさんはすでに寝たきりでした。子孫を残すだなんて事は出来ませんでしたよ。

 毒というよりは…… 腐れ沼の風土病ともいうような、そう病に侵されたと言うべきですかね」

「そんな……」

 風土病。細菌やウィルスか。確かにそっちは…… 直接的な毒や穢れにばかり注意を払ってしまってて、そこまで気が回らなかったかもしれない。

 あの全てが腐っている沼地だ。なんか質の悪い病原菌が居ても不思議ではなったはずだ。

 そこまで気が回らなかった。私の落ち度だ。

「ああ、安心してください。こうなることも私もレビンさんも予想も覚悟もしていたので。

 殺し屋が一人ダメになっただけです。それが希代の殺し屋だっただけのことですよ。

 そもそも、死ぬ覚悟もない奴が殺し屋などやっているわけないでしょう?

 まあ、レビンさんは殺し屋らしくなく病死という事になりますけども、最後は穏やかに眠ってくれましたよ」

 頭目は平然とそう言うが、私はショックを隠しえない。

 少なくとも私の依頼で人を一人死に追いやってしまったわけなんだから。それが殺し屋でも。

「いや、でも……」

 私が何か言うよりも早く、

「さあ、ズー・ルー」

 と、全てを遮るように頭目は言った。

「はい、頭目」

 と、ズー・ルーという名の少女は頭目に向かい跪いた。

「あなたは…… そうですね、あそこの神様に、これからは誠心誠意お仕えなさい」

 頭目はオスマンティウスを指さしながらそう言った。

「はい、わかりました」

 と、ズー・ルーちゃんも頷き、立ち上がりオスマンティウスの前まで行き、今度はオスマンティウスに跪いた。

「むっ、エッタを傷つけた男の子孫…… でもミウの子孫でもあるのよね……」

 と、オスマンティウスは微妙な表情を見せた、けど、そこに嫌悪の気配はしない。

 どうやら受け入れるらしいけど。

 まあ、信頼のおけるおけないは置いておいて、オスマンティウスに新しい知り合いができることは、悪い事じゃないかもしれない。亜人の血を色濃く引いているなら多少は長生きするだろうし。

「正確にはイリーナ様を傷つけた男の弟の子孫ですね。可愛がって上げてください。

 私の持てる殺しの技術、全て叩き込んであります。

 殺し屋としては、まあ、まだまだ未熟ですがその技術は一流ですし、ズー・ルー最後のズー・ルーです。

 殺し屋として使って頂かなくても結構ですし、殺し屋として使っていただけるなら幸いですね」

 そう言われたオスマンティウスは、凄い嫌そうな顔をした。

 この妖魔は本気で、純粋に先ほどの言葉通りのことを、神に、オスマンティウスに祈ったのだろう。

 すべての人類の守護神となったオスマンティウスには、何とも言い難い祈りだろう。でも相手は人類じゃないぞ。妖魔の願いは無視してもいいんだぞ、オスマンティウス。

「そのズー・ルーってどういう意味なの?」

 私がそう聞くと、

「ズーは殺す、ルーは全ての人という意味です。古代精霊語を元にして私が作った造語ですが」

 と、答えた。造語だったのか。道理でいくら調べてもわからないはずだ。

 そう思いつつ、心の中でレビンさんに、御免なさいと、祈っておいた。

 流石に三百年も前の話だ。私でも今更そこまでは気にするわけではない。

 いや、割とショックはショックだったけども。

「なんかもう、そのままなのね」

「はい、わかりやすいのが一番です」

 と、頭目はニコニコ顔でそう言った。本当にいい笑顔だ。まあ、妖魔なのでその笑顔に意味はない。

 そもそも人の姿をしているが化けているだけだろうし。

「で、キミはどうするつもりなんだい?」

 と、アレクシスさんが割って入ってきた。

 その目は、やる気だ。もうアレクシスさんの中では決定事項らしい。

 本当はこういうことも嫌なんだろうに。人のため、人類のために、その決意は固いようだ。

 だから、早く終わらせたいのかもしれない。

「はい、英雄殿。一手お手合わせお願いしたいのですが?」

 けれど、それは頭目の望むところだったらしい。

「死ぬつもりなのか?」

 と、逆にアレクシスさんが面喰らってしまったくらいだ。

「そうなるつもりはないですが、そうなるでしょう。

 ただ、千五百年以上磨いてきた技術、最後に試したくなるのは仕方がない事ではないでしょうか?

 私自身は、驚くほど人を、直接は殺してはいないのですよ。殺させるという点では誰よりもしてはいますが。

 もはやこの世界は私にとって息苦しいのです。かといって精霊界へ戻るだなんてもってのほかですからね。

 ならば、最後に長きにわたり磨いてきた技術、誰かに披露したくなるものが人情というものでしょう? 私は人ではないですけれども。

 そのために、この三百年は大人しくこの亜人特区を治めていたのですから、その我儘くらい聞いてもらっても良いと思うのですが」

 そう身ぶり手ぶりで大げさにしながら頭目は語った。

 それに対し、アレクシスさんは少し考え、

「ああ、わかった。相手になろう」

 と、そう言った。

「おお、さすが英雄殿。話が早い」

 そういう頭目は心底嬉しそうに見える。

 やっぱり嬉しそうなのも意味はない、のだけれども、本当に嬉しそうには見える。

「一対一で?」

 アレクシスさんがそう言うと、頭目はゆっくりと首を左右にふった。

「いえ、私の得意とするのはやはり暗殺です、私一人対多数でも問題ないですよ。

 とはいえ、一対一であるならば、それは嬉しくないわけではありませんが」

「キミの好きにするがいい。だが、海の魔神と戦うまでには終わらせてくれ」

「それはあなた次第ですよ」

 頭目はそう言い残した後、その場から消えた。

 姿だけではない、気配もなにもなく消えた。

 私は魔力で辺り一帯を感知出来てしまうし、アレクシスさんとオスマンティウスは、その神眼でわかるだろうけども。

 今のはただ単に隠してあった地下通路から逃げていっただけだ。この駅は私が傀儡兵に作らせたものなんだけど、いつの間にこんな隠し通路作っておいたんだか。

 ただその隠し通路に逃げ込む動きは素晴らしく手際が良く、知っていても消えたようにしか見えない。

 私達三人と、恐らく隠し通路を知っているズー・ルーちゃん以外には本当に消えたようにしか見えなかっただろう。

「消えた? いいのかアレクシス。

 あれは紀元もわからないほど古い精霊だぞ」

 グリアノーラさんがそう叫んだ。

「千五百年ということは、恐らく原初の精霊達と共にこの世界に降り立った精霊の一人、もしくはこの世界で育った第一世代ではないでしょうか。

 私よりよっぽど古くから存在する精霊、その堕落した妖魔です、主はいないようですが一筋縄では行かないのでは?」

 イシュもそう進言した。

「だろうね、ボクもあの身のこなしには肝を冷やしたよ。

 ただこの三百年、この亜人特区を裏から支えてくれていたことも事実だ。その最後の願いくらい叶えてやらないとね」

 相手はあのレビンさんの師匠のような存在なのよね?

 アレクシスさん、大丈夫かな?

 まあ、百戦錬磨の大英雄に私が心配するようなことじゃないんだろうけど。

 相手はその大英雄より長い間、人殺しだけを考えてきたような存在だし……

「えっと、ズー・ルーちゃんでいいかな?」

「はい」

 と、まだ幼さの残る少女は素直にうなずいた。

 ミウの面影があるかと言われれば、はっきり言ってしまってまるでない。

 けど、なぜか懐かしいものは感じずにはいられない。ミウの子孫というのは本当なのだろう。

「あなたはそれでいいの?

 あなたにとって頭目って師匠? 親? そんな存在じゃないの?」

「はい、その認識であっています。

 ですが、本人がそう望むならそうしたら良いです」

 ズー・ルーちゃんはそう言った。そこになにか含みや隠し事があるような感じは感じ取れない。

 まあ、育てたのがあの頭目だしね。

「あなたはどうしたいの?」

「特に何も? 頭目がそう望んでその望みが叶っただけです。

 そして、私は新しく仕える主を得ました。それだけのことです」

 ズー・ルーちゃんは本気で、心の底からそう言っているようだ。

 まあ、特殊な環境下で育てられた子だしそうなのかもしれない。

 なんとも人間味のない子だこと。

「うぅ、うーん……

 オスマンティウス、大丈夫? その子?」

 とオスマンティウスのほうに向き直りそういうと、オスマンティウスは今だに何とも言えない表情を浮かべたままだった。

 なんとも凄い非情に後味の悪い食べ物でも食べた後のような顔だ。

「え? うん、まあ、アザリスとそうかわらないんじゃない?」

 と、その表情とは裏腹に、もうオスマンティウスは既に受け入れる気満々だ。

 悪い事じゃないけどね。さっきも言った通り、オスマンティウスに知り合いが増えるのは良い事だと思う。

 もし仮にこの子がオスマンティウスに敵意や殺意を持ってたとしても、オスマンティウスをどうにかできる存在ではないことだけは確かだ。

 にしても、アザリスさんとそう変わりない…… か。

 じゃあ、オスマンティウスがそういうのであれば相性はいいのかもしれないね。

「そんな認識でいいの……?

 もう、大きな戦いの前だっていうのに!」

 とりあえず一旦は落ち着いたのかしら。

 と、頭目が一度引いたと思っていた。ここに居た全員が。

 次の瞬間、頭目はアレクシスさんの目の前にいた。

 いつのまに? 私にも気づかれずに? 私の魔力網をどうやって避けてきたの?

 頭目は私が報酬で渡した精霊鋼の短刀を手に持っていた。

 私が何かいうよりも早くアレクシスさんは太陽の神剣を抜き放ち一閃した。

 そして、切り捨てられた頭目はまるで手応えが無いように虚空へと消え去っていった。

 その場で反応できたのはアレクシスさんくらいだ。英雄の精霊であるグリアノーラさんやイシュですら動けなかったほど刹那の出来事だった。

 が、おかしい。頭目は消えたはずなのに、精霊鋼の短剣がどこにも落ちていない。これも幻術?

 けど、幻術で神眼を持つアレクシスさんを騙せるわけが……

 と思った瞬間、誰かしらの陰から頭目が再び躍り出る。

 展開が早すぎて私の理解が及ばない。

 グリアノーラさんやイシュが動こうとした瞬間、

「ボクだけでやる」

 と、アレクシスさんが短く叫んだ。

 それで臨戦態勢に入った他の精霊達も動きを止める。

 何度か、目に見えないほどの鋭く早い斬撃が繰り返される。

 私には精霊鋼が見せる虹色の軌跡と、太陽の神剣が見せる金色の軌跡だけが見えていた。

 早すぎるとかそう言ったレベルじゃない。

 私には金属と金属が打ち鳴り合う甲高い音しかわからない。

 次第に目が慣れていくが、それでも理解には到底及ばない。

 人ってこんなに早く動けるのね、というのが私の感想だった。

「オ、オスマンティウス!? あなたには見える? どっちが勝ってるの?」

「え? えーと…… 王子様が優勢かな?

 肉体強化の魔法まで使ってるし、容赦ないわね……」

 と、オスマンティウスは他人事のように言った。

 まあ、一緒に戦ってきたからアレクシスさんのことを信頼しているのはわかるんだけど。

 魔法まで使っているとなると、やっぱり本気なんだろう。

 攻撃を魔術や魔法でしないのは、配慮というよりは、まず当たりそうになさそうだからなのか。私にはそれすらわからないけれども。

「そうですね、流石は大英雄。口先だけでほとんど人殺しを他人任せにしてきた頭目では数手及ばず、といったところでしょうか」

 と、ズー・ルーちゃんが付け加えた。

 この子、自分の主人だった頭目に厳しくない?

「そ、そうなんだ、さすがズー・ルーちゃん、これがわかるのね」

 私には早送りにしてみているチャンバラにしか見えない。

 頭目はなんというか、動きが最小限なのだけれども、一所に留まることはなく、滑るように場所を移動しつつ、手を変え品を変え責め立てているように見る。

 対するアレクシスさんはそれらを完璧に防ぎつつ要所要所で反撃している、ように思える。

 吸血鬼の、人とは比べ物にならないほどの性能を持つ眼で見ていてもそれだけしかわからない。

 細かい動作や、剣筋なんかはもはや別次元だ。

「はい、私はすでに頭目より強いですから。ぶっちゃけ、頭目は雰囲気だけでそれほど強くはないのです」

「ズー・ルー! それが育ててやった私にいう言葉ですがッ!!」

 頭目からそんな言葉が飛んでくるが、ズー・ルーちゃんは特に気にした様子はない。

 あれ、もしかしなくても頭目よりレビンさんのほうが強くない?

 私の記憶の中のレビンさんはある意味トラウマだからかもしれないけれども、あの人の動きのほうが洗練されているような気がする。

 そんな私を後押しでもするかのように、ズー・ルーちゃんが愚痴とばかりに口を開いた。

「最高の殺し屋はレビンって人だと、今でも言っていましたからね。三百年前の人物ですよ。

 そして自分よりもレビンの方が殺し屋として上と、いつもいい聞かされてましたからね」

「あー、あの人は凄かったからなぁ」

 私も同意せざる得ない。あの人本当に普通の人間なのに規格外だったよ。

 というか頭目より、やっぱりレビンさんのほうが強いのか。

 結局何者だったの、レビンさんって。

「あれは人間辞めてたと、わたしも思うよ」

 と、オスマンティウスまで言い出した。

 それだけじゃない、

「魔力を持たない人間で唯一認めざる得ない存在でした」

 と、イシュまで認めた。

 えぇ、イシュまで認めてたの? そんなに接点なかったはずだけど。

 ああ、でも、レビンさんを腐れ沼まで連れてったのは、まだ妖魔だったころのイシュだったけ。

「イシュヤーデが認めるだと? そんな人間が、しかも魔力を持たない人間がだと?」

 とグリアノーラさんまでこっちの話に入ってきた。

 死闘をよそに三百年前の人の話が盛り上がった。

 ちょっと必死に、文字通り必死に最後の戦いに赴いている頭目さんがちょっと可哀そうだ。

 まあ、凄い闘いなんだろうけど、魔術主体で戦う精霊にとっては剣技なんか興味ないのかもしれない。

 視線を戻しても、相変わらず凄い速度で切り合っている。

 何度かアレクシスさんの剣が頭目を捕らえるが、捕らえたと思ったそれは黒く霧散していき、次の瞬間にはどっから渇いて出た頭目と再び切り合いが始まる。

 永遠に続くとも思える、まるで原作に追いついてしまったアニメが時間稼ぎをしているかのように繰り返される斬撃の応酬。

 本当にいつまで持つ続くのではと思っていた次の瞬間、アレクシスさんがいきなりその身を反転させて、なにもない虚空を斬った。

 次の瞬間、黒い人型の、非情に痩せた妖魔が虚空より崩れ落ちた。

 これが頭目の真の姿なのか。

「流石ですね、大英雄殿。私では相手にもなりませんでしたか」

「いや、主もいない妖魔がよくもここまで、その技術を身に着けたものだ。感嘆に値するよ」

「それは…… 良かった。長い間、教えるためとはいえ、殺しの技術を…… 磨いてきたかいがあったもの…… です……

 ああ、口惜しい…… レビンさん…… あなたがいればこの英雄をも、殺してしまえたでしょうに……

 ああ、あああ、本当に口惜しい……」

 そう言って頭目は霧散していった。

 幻術などではなく、本当に頭目は消えていった。そこには精霊鋼の短剣だけが残っていた。

 それが、名前も知らない、この世界で最後の妖魔の最後だった。

 アレクシスさんは少しの間、黙って、黙祷でもしたのか、目をつぶり祈るような仕草をした後、

「さあ、海の魔神との決着だ。二人共準備はできているか」

 そう言った。


 その後、特に何もなかったかのように亜人特区から世界山脈側に伸びる鉄道へと乗り換えた。せっかちなアレクシスさんに急かされて休む暇も亜人特区を観光する暇もない。

 まあ、休むのは列車の中でいいし、観光はもってのほかだけれども。

 その列車は直走りそのままトンネルへと入っていく。

 列車に乗っているのは、私とアレクシスさんとオスマンティウスだけだ。

 他の人というか、精霊達とズー・ルーちゃんも加えて、亜人特区に作られた帰還専用の精霊門の前に待機している。

 まあ、帰るための門だからね、守ってもらわないとアレクシスさん的には困るだろうし。

 このままトンネルを丸一日かけて走る。

 トンネルの中なのに窓ガラスを強い風が叩いている。

 換気をするために魔術で風を送っているからだ。

 外はもちろん真っ暗だ。車窓からは何も見えない。いや、吸血鬼の眼には見えている。ごつごつとした岩肌と転々と立つ柱が。

 時より横穴も見えるのは何か有用な鉱物でも出た後だろうか。そんな景色とも言えないようなものが永遠と続いている。

「ねえ、イナミ。ふと思ったんだけど、これ穴ほるんじゃなくて山の上を行くんじゃまずかったの?

 これだけの穴掘るの大変よね?」

 もっともな話で海まで行くというだけなら、トンネルなど掘る必要はない。

「ここに穴掘ったおかげで大量の鉄やら宝石やら見つけれたんでしょう?

 そもそも最初はそれも目的だったんだし。

 海は、まあ、私が思っていた海とは違ってたけどね。そもそも偽物の海だし」

 そう、この世界の海と認識されている海は自然にできた海ではない。まだ海の精霊であった存在がこの世界にあふれ出た穢れを抑え込むために、海を創った。

 いや、あふれ出る穢れを抑え込むために海で覆いかぶさったと言うべきか。

 だから海の下には本来の世界が広がっている。私が知っている世界とは違う、この世界、本来の世界が。

 それと同様に、この創られた海の底には穢れも封じ込められている。

「そうなの?

 本物の海はどんなのよ?」

 と、オスマンティウスは興味津々に聞いてくる。

「まあ、見た目はかわらないけど……

 うーん、なんだかんだで生物がいっぱい、いや、うーん……」

 まあ、確かに私の知っている海には生き物はたくさんいる。

 けれど、この偽物の海にも一応は生き物も生息しているのよね。

 それってあんまりかわらないんじゃないかしら?

 明確な違いと言われると、それほどない気もする。

「はっきりしないわね」

 とオスマンティウスはため息をついた。

 海の精霊だか魔神だかが創ったその海は、流石というべきかよくできている。

 しいて言えば、余り磯臭くないという事くらいか。

 やっぱり生物は全体的には少ないんだろうなあ。

「はっきり言えるのはこっちの偽物海のように生き物がほとんどいないって事はないかな」

 確かに生き物はいる。が、その数は疎らだ。

 やっぱり底に穢れがたまっているせいなのだろうか。

「まあ、穢れを封じ込めるための海だものね。生き物なんてそうそういるわけないじゃない。

 あっ、でも、結構お魚はいるみたいよ。わたしの使徒の足元とかに結構群れてるし」

「やっぱりなんだかんだで魚はいるのね。まあ、あの腐れ沼にでさえ生き物がいたくらいだしね。どこにだっているよね」

 そうか、オスマンティウスの使徒の足というか根っこが良いお魚さんの家になっているのかもね。

 と、私がそんなことを考えていると、トンネルの出口のほうを黙って見つめていたアレクシスさんが口を開いた。

「少々不味いな」

「どうしたの、アレクシスさん」

 私が声をかけても、トンネルの出口のほうを見たままアレクシスさんは答えた。

「海の魔神がかなり遠い海にいるようだ。

 このまま海へ出ても我々に気づかない可能性がある、そうなるとボク達も追いかけて遠くまで海を渡っていかなければならない」

 まあ、それはそうよね。この世界はこの大陸以外、全部海の魔神が作った海しかないのだから。

 海の魔神は西側の海にいると言われてはいるが、実際はその縄張りは海全体なのだから。都合よく近くにいるほうが幸運なのだ。

「トンネルの前で出待ちされてるよりはマシでしょう?」

 と、オスマンティウスがそういった。

 確かに出待ちされてたらなすすべがない。それよりはましだろう。

「本体が居なくとも津波は襲ってくる。悠長に待っていられるかと言われるとね」

 と、アレクシスさんが答えた。

 確かにそれもそうだ。

 もうこの辺りの世界山脈はただの山に過ぎない。

 海の魔神が起こした津波に耐えられるだけの強度はないのだ。

 海の魔神が遠くから永遠と暴れて津波を起こしてしまえば、あの大陸は遠くない未来にそのほとんどをこの海に飲み込まれてしまう。

 けど、私はそんなことわかっている。

 海の広さというものを理解出来ている。

 この大陸しか知らない、いや、知りようがないアレクシスさんやオスマンティウスとは違う。世界の広さって奴を理解している。

 つまり想定済みで対策済みなのだ。

「ああ、それなら問題ないよ。そのための魔法だったんだもの、メテオ」

「メテオ?」

 と、オスマンティウスが聞き返してくる。

「隕石っていう意味ね」

「隕石?」

 またも聞き返してくる。しかもぎこちない発音でだ。

 まるで聞いたことのない言語を無理やり発音しているようだ。

 この世界の言葉に、隕石を意味する言葉はない? もしくは失われた?

 その可能性はあるかもしれない。

 少なくともこの世界に来てから流れ星すら見たことがないし、その記録もない。

「えーと、流れ星って言ってもわからないよね。うーん、星を落とす魔法?」

「ああ、あの凄い威力の奴?」

 理解してくれたようだ。

 そういえば、こいつあの爆心地というか、クレーターになってるところを見て来たって言ってたっけ。

「そう、星と言っても星にしたら凄い小さいもので、しかも私が作った偽物だけどね。

 高高度から狙い撃ちできるからかなりの範囲を攻撃することができるのよね。

 それで海の魔神なら術者の位置くらい特定して襲ってくるでしょう?」

 と、自分で言ってみたが、本当に私の場所を特定できるのか?

 星を魔力で作って、場所を指定してそこに落とすだけだしなぁ。

 まあ、その星から魔力をたどれば私にはたどり着くか。

「確かに。海の魔神は攻撃したものを必要に攻め立てるから、恐らくは大丈夫だ。ボクも以前ちょっかいを出したとき酷い目を見た」

 と、アレクシスさんが答えてくれたが、どうやってちょっかいだしたんだろう?

 近海まできているときに、魔法でなにか攻撃でもしたのかしら?

 まさか船に乗り込んで剣で切りつけたりはしてないよね?

「なら好都合じゃない。あのすんごい魔法で近づく前にバンバンやっちゃえばいいじゃない?」

「いやぁ、この世界への影響を考えるとそういっぱい打っていいものじゃないみたいね。

 あんまり打ちすぎると確か塵か何かで太陽を隠しちゃうらしいし、それ以前に私の魔法の余波でも津波はやってくるだろうから」

「それほどの余波が?」

 と、心配そうにアレクシスさんが聞いてくる。

 基本、海は魔神の縄張りだものね。

 この世界の人にとっては、海は津波が定期的にやって来るもの、くらいの感覚でしかないのかもしれない。

「うん、多分ね」

「足場は大丈夫なのか?」

「その足場、誰が作って誰が維持すると思ってるの? 私が作って維持するのよ?

 寧ろその足場だけでもある程度は戦えるのよ!」

 私は自信満々に答えた。

 オスマンティウスの木と共に平行して作っていた沈まない足場。

 アレクシスさんがなにを考えて足場を私に要求してきたのかわからないが、まあ、私の作ったもので問題ないと思う。

 なにせ私の最高傑作だよ。あれは。ちょっとロボットにワクワクする男の子の気持ちがわかっちゃう位には精魂込めて作ったよ。

 まあ、実際にあれを作ったのは傀儡兵だけどね。

 でも、設計から何まで全部私が一人で考えた、私の最高傑作だよ!

「わかった、足場のことは任せるよ」

 と、詳しくは聞いてくれなかった。

 私としては詳しく説明したかったんだけど、まあ、現物をその目で見て驚いてもらおう。

 その方が楽しみだ。

「随分と自信満々だけど、イナミのことだから……」

 と、少し心配そうな表情をオスマンティウスは見せてきた。

「ことだから何よ?」

 と、私が言うと、オスマンティウスはニッコリ笑って、

「またとんでもないものでも作ったんじゃない?」

 と言った。

 まさにどの通りで、とんでもないものを作ったよ。このファンタジーに似つかわしくない物をね。

 有り余る魔力と魔法の力でね!!

「うふふ、それはついてのお楽しみよ!

 今も傀儡兵にメンテナンスはさせてるもの」

 私が不敵に笑みを浮かべながらそう言うと、心配になったのかアレクシスさんも、

「整備? 何を作ったんだい?」

 と、聞いてきた。

 私は不敵に笑って自慢げに言った。

「ご希望通り、沈まない足場よ」


 私の作ったものは沈まない足場、というより沈まない鋼鉄の船。

 オスマンティウスの木で作ったゴーレムをオスマンティウスの使徒だというのなら、この船は私の使徒とでも言うべき物。

 私の魔力を動力源とした対海の魔神用最終兵器・不沈艦…… 名前決めてなかったなぁ。

 名前か、なんて名付けようかしら?

 活躍の場もこの一度くらいしかないからなぁ、うーん、かわいい名前がいいなぁ。

 絶対沈まない号、かわいくない。

 不沈艦シズマン、ただのギャグ?

 あれも大体はアイアンウッドでできてるのよね、じゃあ、そうね、金木犀でいいか。

 金木犀。オスマンティウスと同じ意味の言葉。

 でもよくよく考えると私、あんまり金木犀知らないのよね。文字のイメージだけで名付けちゃったけど。

 どんな花、植物? だったっけ? オレンジ色をしてた気がしたけど。

 アイアンウッドの木とはイメージかけ離れてた気がするけど、まあ、いいか。

 名前は、金木犀号にしよう!!


 大陸の端、世界山脈の向こう側の駅についた。ここには特に何もない。

 傀儡兵が列車から荷物おろし運搬している。

 食料とかをアレに積み込んでくれている。

 駅の正面には両開きの分厚い大きな鉄の扉が開きっぱなしにされている。

 そこから見える景色は、海ではなくオスマンティウスの木の森だ。

 というか、津波が定期的に来るのに、海に向かって扉をつける訳はない。

 扉を出て右手に、オスマンティウスの大樹の森の先に、それは見えた。

「え? イナミなにこの鉄の塊は……」

 オスマンティウスが眼をまんまるくしてそう言った。

 無理もない。

 トンネルを抜けた先にあるのは、入り江に浮かぶ巨大な黒い鉄の塊だ。

 船ではあるけれども、一般的な船とはかけ離れている。

 アニメや漫画で出てくるような宇宙戦艦といった方がイメージに近い様相をしている。

「フフフッ、凄いでしょう!」

「これは船? なのか?」

 と、信じられないものを見るようにアレクシスさんが口を開いた。

「というか、こんな鉄の塊が浮くの?」

 それに付け加えるようにオスマンティウス疑問を投げかけるが、現に既に浮いてるじゃないか。

 が、それどころではない。

「浮くどころか飛ぶわよ!」

 と、私は自慢げにそう言った。

 テスト飛行はしてないけれども。

 なにせ私も実際に目にするのは今日が初めてだ。

 まあ、傀儡兵を通して何度も見てはいるのだけれども。

「飛ぶ?」

 と、アレクシスさんが聞き返す。

「空をね」

 と、私は答えた。そして心の中で理論上は。と付け加える。

 まあ、重力を遮断して私の魔力で無理やり動かすだけだから失敗はないけれども。

「は? こんな鉄の塊を?

 あっ、いや、イナミの魔力なら問題ないだろうけどさぁ」

 オスマンティウスは呆れたように言った。

「確かに空を飛べば沈みはしないが、海の魔神と戦えるのか?」

 アレクシスさんは眉をひそめて少し考え始めた。

 まあ、剣を振って戦うのは考えてなかったけど、一応甲板はあるからできなくはない。

 というか、アレクシスさん、剣で切りかかるつもりだったの?

 ま、まさかね?

「大丈夫よ、武装もばっちし積んでるから!」

 しかも凶悪な兵器よ!

 地球の科学ですらなく、地球の想像上の科学を元にした兵器を私が魔法で無理やり再現した恐ろしい兵器の数々が実装されているんだよ。

 言うならば漫画の中の兵器を悪いノリで無理やり作ってみたの!

 魔法で無理やり再現しているだけだから、魔力効率はすこぶる悪い。けど、魔力なんて私は有り余っているし、これが最後なのだ。

 出し惜しみしなでやりたいだけやってみたい。

 結局のところ、何ができると言われれば、まずビームがでる!

 ビィーって何千度もの高温の光線が出たりするし、弾が私の魔力から生成される弾数無限の機関砲とか、なんかよくわからないなんかすごい爆弾なんかを発射したりするよ!

 あと逃がさないように特大の返しというか、打ち込んだ後で抜けないように内部からとげとげ状に変化する銛を打ちだしたりもするよ。

「いや、キミが戦うのか?」

 私がこれの性能をどう紹介しようかと考えていると、アレクシスさんが心配そうに私を見ながら言ってきた。

「最後だもん、私もがんばるよ」

 と、私は意気込むんだけど、その言葉を聞いてオスマンティウスが、

「最後?」

 と繰り返した。

「最後の戦いっていう意味ね」

 と、一応フォローしとくけど、もう気付かれてるよね。

「そう……」

 と、悲しそうにオスマンティウスは小さくつぶやいた。

 やっぱりもう気付いているよね。

「いいのかい?」

 と、アレクシスさんは心配そうにもう一度私に問いかけた。

 まあ、グリエルマさんを終わらせてあげるのにも三百年かかっちゃったし、あの後も随分と落ち込んだからね、心配されるのもわかるよ。

 でも、この戦いは私にとってのラスボス戦だもの。

 それくらいは参加しないと。せっかく異世界転生してきたんだもんね。私ほとんど研究の毎日だったもの。

 最後にそれくらいはたっちゃけたいじゃない?

「問題ないよ。今回は私も割り切って戦うから!」

 そうだ、相手はどうあっても倒さないといけない相手だ。

 そして、恐らく海の魔神自体も狂って自我はもうないはずだけれども、山の魔神テッカロスと同じように終わることを心の奥底では願っているはずだ。

 まあ、あと、なんていうか、相手がどう見ても怪獣だから、良心の呵責が痛まないっていうのも、実はあったりする。

「なら、太陽の神剣の出番はなさそうだな」

 アレクシスさんは打って変わって冗談でもいうかのようにそういったけれども、あの怪獣相手に本当に剣で挑むつもりだったの?

「例え沈まない足場があっても、海の中にいる相手には近づけないでしょう?」

「それもそうかもしれないが、そうなると決定打がね」

 そう言われて思い出す。

 金木犀号に興奮していたけれど、魔神の止めは太陽の神剣で行わなければならないことを。

「ああ、そっか、太陽の神剣じゃないと魔神や魔王相手だと決定打にならないのか。

 でも弱らすことくらいは…… 弱らすことができなくても怯ますくらいならできるはずだから、その時に船ごと突っ込むよ」

 確かに魔神や魔王は、太陽の神剣でないと確実に倒すことはできない。

 その他の方法で一度倒しても、不滅の魂を持っているので時を経て穢れを吸収し復活してしまう。

 太陽の神剣には穢れを払う力が込められているため、太陽の神剣で止めを刺された魔神は穢れ共々魂まで散り散りになりやっと殺しきることができるのだ。

 とはいえ、それくらいの魔法も今の私には作れるんだけどね。

 でも困ったことに用意はしてないのよね。

 魔術とは違い魔法はすぐに作れるようなものではない。

 やっぱり最後は太陽の神剣に頼らなくてはいけないかもしれない。

 もう少し時間があれば色々用意できたんだけどなぁ。

 オスマンティウスが腐れ沼から帰ってきてから慌ただしったし。

 お別れのお祭りも急だったしね。

 もう、アレクシスさんは本当にせっかちだよね。

 まあ、亜人特区が危ないってのはわかるけれども。あと三カ月くれれば穢れを払いつつ止めを刺せるような魔法も出来てたかもしれないのに。

 でもそれで亜人特区が津波に飲み込まれてしまったら元もこうもないのか。

 もうこの辺の世界山脈はただの山だものね。

 まだ山の精霊だった頃のテッカロスが、その持てる力の全てをつぎ込んで、海の魔神から守るように作ってくれた世界山脈。

 力を使い果たしたがゆえに、魔神化し世界山脈にこもったテッカロス。

 テッカロスが滅んだ今、一部オスマンティウスがその力を受けついだとはいえ、世界山脈はゆっくりと崩壊を始めている。

 オスマンティウスがあの時テッカロスの心臓を取り込まなかったら、今頃は世界の半分は津波に飲まれ海の底だっただろう。

 今考えるとあれも世界の意志だったのかもしれない。

「まあ、とりあえず乗り込んでよ。くつろぐスペースくらいはあるからさ」


 金木犀号に乗り込んでくつろぎながら、作戦の最終確認をする。

「まず私がはるか遠くの西の海を泳いでいる海の魔神のメテオでちょっかいを出す。

 そして怒った海の魔神を金木犀号で空からボコボコにする。

 で、ボコボコにした海の魔神を最後に太陽の神剣で止めを刺す、って、ことよね?」

「ざっくりだな」

 と、ちょっと呆れられたようにアレクシスさんに言われた。

 そこへ追撃とばかりに、

「ちょっとイナミって、なんだかんだで雑よね?

 凝りだすと細かいところに永遠とこだわりだす癖に、肝心なところはいつも雑よね?」

 と、オスマンティウスまで言ってくる。

「え? そ、そうかな……

 まともに戦う魔神戦なんて初めてだよ、というか、面と向かって相手と戦うだなんて教会に殴り込んだ時以来だよ?」

「イナミってなんだかんだで戦いと無縁よね」

 とオスマンティウスは言う。まあ、確かに。

 塩の魔神も山の魔神ともなんだかんだで戦わなかったし。

 そういう意味じゃレビンさんに襲われるのが最初の私の戦いなのかしら?

 いや、本の妖魔のグントニールさんが最初なのかな?

 でも、私が戦いに縁がなかったことには少し思い当たることがある。

「あー、そういう約束だったから、そうなってるのかもね」

「約束? どういうことだい?」

 と、アレクシスさんが興味ありげに身を乗り出してきた。

「ほら、前にも話した世界の管理者の話」

「ああ、転生する条件に平和な世界ってあったって話か。

 まあ、確かに魔王が存在していた時期よりは断然平和だったが。

 確かにイナミほどの力を持っていながらまったく大きな争いごとに巻き込まれなかったのは不自然ではあるな。

 じゃあ、海の魔神戦も何事もなく終わるのかもしれないな」

 と、アレクシスさんがそういったが、冗談の割合の方が多そうだ。

 その表情からはそんな簡単に行く相手ではないと言うのが読み取れてしまう。

「なんかその世界の管理者っていうの胡散臭いわよ」

 と、オスマンティウスは気に入らない様子だ。まあ、胡散臭いのはわからないではないけれども。

「んー、私が言うのもなんだけど、私から見てもとんでもない存在よ、まさしく次元が違うって感じの」

 今際の際で再度会った管理者のことを思い出す。

 私のことを凄い凄いと手放しで褒めてくれる人達があれを見たら……

 どう思うんだろうか。泡吹いて倒れちゃうんじゃない?

「そんなの本当に存在するの? イナミだって十分とんでもないのに!」

「ボクもぜひ一度会ってみたいと思っているよ」

「死なない限り会えないんじゃないかなぁ」

 世界に必要以上に干渉しないと言うけれども、私の魂、つまりは魔力はこの世界にとっては大きすぎる。

 十分に干渉してるんじゃないのかしらね。

「意味あるの? それ?」

「なにってるの、私も死んでこの世界に転生してきたのよ」

「そうだったわね……」

 ちょっとオスマンティウスは理解できていないようだった。

 なまじ魂が見えて、生まれ変わりをも理解出来ているだけに異世界に転生するっていう話があんまり現実的ではないのかもしれない。

「大丈夫よ、いい方向へ向かうと思うから」

「だと…… いいんだけどね」

 寂しそうにオスマンティウスはそういった。


 金木犀号の中で一夜を明かした。一応長期戦も考えて仮眠室的な寝泊りできる施設があったり、食糧なんかも十分に積み込んではいる。

 一夜明かしたのは、視界のことを考えて朝を待っていたからだ。

 とはいえ、三人とも夜目が効くのであんまり意味はないけれども、念には念をってことでだ。

 今はオスマンティウスとアレクシスさんは金木犀号の甲板に出ている。

 危ないから中で待機してて欲しいけど、まあ、仕方ないか。

 この金木犀号の性能を知らないんだから。

 この船なら宇宙にだって行けるレベル…… のはず……

 いや、私の知識が足りなくて本当に行けるかはわからないけどね。行くことはできると思うけど、気密性がたぶんないので息はできないかもしれない。あと酸素を作り出す装置なんかもない。

 まあ、私も他の二人も多分それくらいじゃ死なないでしょう、多分。

 そんなことより今は最終決戦を始めないといけない。

「じゃあ、海の魔神……

 ねえ、アレクシスさん、海の魔神の名前なんて言うの?」

 相手の名前も知らないんじゃいけないよね。

 私にとってのラスボス戦なんだから。

「海の魔神、いや、海の大精霊シシャラシャウスだ」

「じゃあ、その…… シシャラ…… シャウス? さんを呼び出すよ!」

 でも、なんか長くて覚えにくい名前だった。

 そんなことは置いておいて、メテオの魔法を構築する。

 遥か上空に私の魔力をふんだんに使って魔力の結晶とも言うべき物体を作り出す。

 魔神にも効果があるように、一応破壊因子の属性も付与しておく。

 多少は穢れも分解してくれる効果はあるはずだ。

 次はウシャラ いや、シシャラシラス? あれ、もう覚えにくい!!!

 せっかく名前を聞いたのに。悪いけどちょっと言いにくい。頭の中で思い浮かべるだけでも曖昧だし、口に出して何度も言ったら、そのうち噛みそうだ。

 海の魔神。で、いいよもう。

 海の魔神の場所を探し出す。グリエルマさん時のように私と縁でつながっているわけではないので、魔力網をひたすら伸ばして探し出す。

 今の私の魔力なら相当遠い位置でも正確に把握できるはずだ。

 でもこれやると精神的に疲れるのよね。情報が入りすぎて。ここいら辺はまだ海だけだからましだけど。

 いた。想像以上にでっかい。傀儡兵を通して何度か見たことはあるけれども、実際に魔力で触れてみてその強大さと纏っている穢れの強さ、その魔力量に私でも驚きを隠せない。

 私の魔力に触れられた海の魔神は吠え盛り、メテオを打ち込む前に私に向かって猛スピードでこちらへ向かってきているようだ。

 慌てて、メテオを打ち込む。

 ある程度誘導できるので外しはしないが、着弾点はなるべくこの大陸から離れていた方がいい。

 この世界の太陽も東から登る。

 つまり今いる西側から見る海で朝焼けの空を見ることはできないはず。

 なのに今は朝焼けの空と同じような物を西側で確認できた。まるで朝焼けの太陽が二つもあるようにだ。

 私のメテオが着弾したからだ。

 グリエルマさんの時のように、手加減した物ではない。陸地ではなく海に落とすので手加減はしなかった。相手も相手だし。

 数時間後には私のメテオが着弾したときの津波にここら一帯が襲われるかもしれない。

 が、それより先に、かなり先に、それは来た。かなりの距離があったはずなのにすぐに来た。

 海の魔神が怒り狂い、ものすごいスピードで咆哮しながらやってきた。

「イナミ、来たよ!!」

 と外からオスマンティウスが叫ぶ声が聞こえる。

 甲板を見ると、アレクシスさんが太陽の神剣を抜き両手で構えていた。

 やっぱり剣で戦うつもりだったのか。

 慌てて金木犀号の重力を断ち切る魔法を起動する。

 ふわっと、奇妙な感覚に襲われる。

 ちょっとした無重力感だ。実際に無重力になっているのは金木犀号だけで、それに乗っている私やアレクシスさん、オスマンティウスや傀儡兵が実際に無重力になるわけではないが、その影響を少し受けたりする。そのせいかもしれない。

「金木犀号上昇!!」

 私がそう叫ぶ。

 その後、自分で魔力を使って金木犀号を上空に持ち上げた。

 ちょっと悲しい。

 こう「金木犀号上昇」って、私が言ったら自動で動いてくれるようにしたかったな。

 今は「金木犀号上昇」って言いつつ、手の代わりに魔力で持ち上げているだけだ。言ってしまえば子供のごっこ遊びのようなものだ。

 まあ、規模は違うんだけどね。

 そうこうしている間にも、既に目視できるくらいまで海の魔神は迫っていた。

 恐ろしい速度だ。直進するスピードだけなら金木犀号なんかよりも大分速そうだ。

 よくもまあ、海中をあんなスピードで泳げるものだ。

「まずはこれでも喰らえ! ビーム砲うてぇ!!!」

 私がそう叫んで今度は傀儡兵に命令を飛ばす。

 ビーム砲に待機していた傀儡兵が照準をつける。

 照準のつけ方は割と単純で左右と上下二つのハンドルを回してそれに砲台を連動させているだけだ。

 なぜって? 私に理解できた機構がそれだけだったからだよ!

 こんな危険な場所に職人ギルドの人達を派遣できる訳もなく、傀儡兵は器用だが、まだ傀儡兵が学びきれていない特殊な動作にはある程度命令する側が理解してないとその作業を行えない。

 そんなわけでこの金木犀号は割とシンプルな作りになってたりする。それだけに頑丈で壊れにくいっていうのはあるんだけどね。

 そもそも空を飛べるんだから、海の上に作るんじゃなくて、修道院の近くで作ればよかった。

 まあ、はじめはこんな宇宙戦艦作る気はなくて、本当に沈まない足場を考えてたから海で作り出しただけなんだよね、そのまま色々構想を練ってるうちに宇宙戦艦になっちゃっただけで。

 そんなことより今は戦闘中だ! 集中しないと。

 照準を合わせるのは傀儡兵だ。その作業は正確で早い。

 私の希望通りにオレンジ色の熱線が海の魔神を薙ぎ払った。

 海が破裂し爆発して燃えた。火はすぐに消えはしたが、私が想像してた以上の熱量を含んだ光線だったようだ。

 海が瞬間とはいえ燃えるくらいだ、当然海の魔神も激しく燃えた。

 想定では五千度くらいのはずだけども、それ以上出ているようにも思える。

 あれ、私の魔力、想像以上に高出力になってる?

 遠隔で魔力を送るのと、間近で魔力を出力するのでは、その出力にかなりの差があるようだ。それに加えて最近魔力の出力の歯止めが効かないってのもある。そっちのほうが要因的には多そうだけど。

 とにかく遠隔でテスト動作したときの数倍近い威力が出ている。

 おかげでビーム砲という名のレーザー兵器の砲身が焼ききれて使い物にならなくなった。

 目玉兵器の一つだったのに!!

 私の自爆で兵器の一つを失っていると、海の魔神が発した超重低音の咆哮が辺りに響き渡る。

 海の魔神は全身を燃え上がらせながらも、スピードを落とそうとはしない。

「再度、金木犀号上昇!!」

 少し悲しくなりつつもそう叫んで、金木犀号をさらに上空へと自分で押し上げた。

 今まで金木犀号をいたところを、海の魔神が物凄い勢いで通り過ぎていった。

 それなりの高度を維持してたつもりだけれども、海の魔神は想像以上の巨躯でかなりの高度を維持しなければならないようだ。

 それに加え恐ろしいほどのスピードだ。海の魔神の攻撃が届く範囲にいるのは得策ではないのは素人の私でもわかった。

 生物ではないのかもしれないけれども、その巨体もその動くスピードも生き物とはまるで思えない。

 海の魔神の姿は、なんていうか、怪獣だ。

 竜にもみえなくはないが、恐竜のほうが近い。あの首長くて、亀のひれみたいな手足してるやつ、名前なんだっけ・・・?

 プレシオサルスだっけ? そんな感じ見た目、いや、シルエットだけだけれども。

 その表面は爛れた様に赤白く、血がにじみ出たような赤い染みが点々と不規則に見える。

 またその表面はぬめぬめとした粘膜のような物で覆われているようにも見える。なんていうのか、人の内臓、しかも病変したような気持ち悪い物に見えなくもない。

 あまり直視はしたくはないかもしれない。なんというか生理的嫌悪を引き起こすような見た目をしている。

 海の魔神はかなり上空にまで上がった金木犀号に向かい低く唸って威嚇している。

「無限機関砲、用意! そのままうてぇ!!」

 傀儡兵に命令を飛ばす。三対六門の機関砲モドキが海の魔神に狙いを定める。

 次の瞬間、ドドドドドドッと耳をつんざく轟音が鳴り響き、短く激しい振動が金木犀号を揺らす。

 その振動と轟音を聞いて、少し演出が過ぎたか。と私は反省する。

 この機関砲、別に火薬を爆発させて打ち出しているわけではない。魔法で超高速の弾頭を連続して投げ出しているだけだ。

 それには本来、振動も轟音が鳴り響くこともない。

 ただ、それだとなんか寂しかったので、魔術を使い、轟音と振動を後付けで追加したのだ。

 特に振動のほうはいらなかったかもしれない。振動により照準がずれるという報告が今も傀儡兵から多数上がってきている。

 まあ、そのおかげで多少照準がずれランダムな広範囲に雨のような銃撃を浴びせられるというのはあるけれども。

 なにせ一発一発の威力は折り紙付きだ。かすりでもすれば全てを粉砕する。

 試射で岩場に打ち出したところ、岩場そのものが一発で粉々に砕け散ってしまうほどの威力だった。

 しかも魔法で生成した超硬度の結晶体に、強い衝撃を与えると爆発する属性を付けた特殊弾頭だ。

 海の魔神をハチの巣にてズタボロにしていく。

 海の魔神周辺に赤い血煙、まさに血煙のごとく血が噴き出た。いや、血の爆発と言っていい様な有様だった。

 海の魔神の首から上が簡単に吹き飛んだ。そのままその巨体が海へと沈んでいく。

「打ち方一旦止め!」

 そう言って傀儡兵に命令を飛ばす。

 時間があったら、この辺自動化したかったなぁ。そこだけが悔やまれる。

 別に口に出して言わなくてもいいし、命令飛ばすだけでいんだけど、雰囲気も大事にしたいじゃん?

「アレクシスさん、どんな感じ? こっちの攻撃効いてる?」

 と甲板にむかい大声で反応を聞いてみた。

 この辺もスピーカーとかマイクとか、その辺用意したかったなぁ。

 もう少し時間があれば、色々凝りだせたのになぁ。

「効いてるも何も、何この破壊力……

 イナミたらなんてもん作ったのよ!」

 と、帰ってきた返事はオスマンティウスからのものだった。

 アレクシスさんは両手に剣を構えたまま、海をじっと睨んでいる。

 そして、小さいけどよく通る声で私に向かって警告を飛ばしてきた。

「いや、まだだ、これからが本番だ、来るぞ!」

 これからが本番?

 と思っていると、海から、ドバシャンと何か巨大ななにかが飛び出してきた。

 それは先ほどとは違った、人型をしていた。

 さっきまでの恐竜のような姿ではない。吹き飛んだ首から上の部分が人の上半身のようなもの、しかも女性とわかるような形のものがついていた。

 巨大な人魚と言えば、あっていることはあっているが、その姿はあまりにもおぞましい。

 再生? 変化? それともこっちが本来の姿?

「グオォォォォォォォォォォォォンンン!!!」

 海の魔神が甲高くもありながら超重低音でありながら金切り声とも取れるような相反する不愉快な不協和音を伴った咆哮をあげた。

 それに呼応するように水面が荒立ち、渦を巻き、それを空中へとうねり上がっていく。

 水の竜巻だ。

 激しくうねり狂った大質量の水流だ。金木犀号とはいえ、直撃すれば破壊されかねない。

 それに大量に恐ろしいほどの魔力が込められた水流だ。ただの押し寄せる水流と思っていたら痛い目を見る。

「絶対無敵な障壁バリア展開!!」

 私は、そう言って金木犀号とはまるで関係ない魔法で障壁を作り出す。

 この金木犀号にはバリア機能なんてもんはついていない。

 作れなくはないが自分で魔法を使って障壁を作った方が早いし確実だからだ。

 というのは建前で、バリア機能の装置を作る時間がなかっただけだ。

 武器を数点作る時間しかなかったからだ。

 薄く虹色に光る幕のような障壁が、襲い来る濁流を阻む。

 想像以上の質量と、それが作り出す威力に、金木犀号が更に上空へと押し上げられる。

 まともに喰らっていたら金木犀号ではひとたまりもない。

 いくら魔力を込めて材質を強化しても物体には限界はある。

 こんなことなら一から十まで私の魔力で作った物質で構成しておけばよかったかも。

 今は基本となる骨組みの部分しかそういった規格外の、この世界の法則外の私の魔力から作った物質は使っていない。

 私の魔力から物質を作り出せば、この世界の法則を無視したような、まさにファンタジーな金属とか作れる。

 それも要所要所では使ってはいるものの、全部を作るにはやはり時間が足りなかった。

 オスマンティウスの木の開発に時間をかけすぎたというのと、海の魔神戦が急だったというのもある。

 あと魔法で大量に物質を作るのは時間がかかる。メテオの時のような使い捨ての物体でないならなおさらだ。

 そもそも、この金木犀号がとりあえずの完成したのも割と最近だし。

 何もかも時間がなかった。海の魔神戦までもう少し時間があると私は思ってたのになぁ。

 まあ、魔法の障壁で水の竜巻を障壁で防ぐのは問題ない。というか、自前の魔法の方が確実だし。

 が、金木犀号からの攻撃は障壁があるので打ち出すことができない。

 もし次の機会があれば、障壁を使いながら金木犀号からも攻撃できるように障壁のほうを改造しておかないといけない。

 けれど、そんな機会はない。これが私にとっての最終決戦なんだから!!

 魔法で障壁を張りつつ、別の魔術を複数起動する。

 アンティルローデさんの奥の手の魔術、光の柱だ。

 超高圧電流と大気圧を操って光を打ち出す魔術で、魔術としては破格の威力を持つ術だ。

 アンティルローデさんはこんな魔術どうやって作りだしたんだか。

 魔法ではなく魔術でってところが凄いところだ。つまりアンティルローデさんはこの術の原理を完全に理解しているってことなのだから。

「光よ!」

 私がそう叫ぶと、空が光り数本の光の柱が天から瞬時に降って来た。

 それは水の竜巻の根元に当たり大爆発を起こした。

 吹き飛んだ海水と水蒸気で、辺り一帯の視界がまるで見えない。

 もっとも私に視界など関係ないが。

 それにこれから使う超兵器は一瞬でも相手の攻撃が止んでくれればそれでいい。

「超重力爆弾、投下!!」

 そう、一応叫んでから、傀儡兵に命令を飛ばす。

 金木犀号の船の底の部分から、パカッと両開きに開き、どくろマークのついた如何にも爆弾ですよ、というものが海の魔神めがけて投下された。

 そう、ただ投下されただけだ。

 あとは私の魔力で手動で誘導するので……

 いちいち手動なのが、なんかなぁ……

 も、もう少し時間さえあれば、自動で誘導する誘導弾とか作れたのに!!

 一時的に障壁を解き、爆弾だけを外にだし、すぐさま障壁を張り直す。

 放り出された爆弾を魔力の触手で掴み、遥か上空に迫り来ようとしている海の魔神にぶち当てた。

 次の瞬間、空間が揺らぐ。

 光すら逃さないほどの超重力が生み出される。

 それは黒い穴となって全てを飲み込み、全てを一点へと集中させる。

 海の魔神の肉体を容易くねじ切り吸いこんでいく。

 自分で作っておいてなんだけど、何て言うえげつない兵器だ。

 数瞬の間を置いて、黒い穴は消滅した。

 あまりにも強力な爆弾なのでその範囲を限定的にしていたせいか、海の魔神の体全体を吸い込むことができなかったが、その三分の一程度は吸い込みねじ切っている。

 海の魔神は頭部も含めた上半身をすべて失っており、下半身からは強大な噴水のように鮮血が噴き出していた。

「流石にどう?」

 と、私が甲板に声をかけ返事が返ってくるよりも早く、海の魔神の下半身が膨らみ始め、それは無数の瘤を作るように膨らみはじけた。

 瘤がはじけた後には、海の魔神の新しい肉体が既に出来上がっていた。

「嘘でしょう……」

 流石に絶句するしかない。

 私が絶句しているのを感じてか、アレクシスさんが剣を天に向かってかかげた。

 それと同時に恐ろしいくらいの魔力が感じられ、黄金に輝く竜巻を発生させた。

 それは炎の竜巻、火災旋風とも言うべきもので全てを飲み込み焼き付くさんとする魔力と炎の嵐そのものだ。

 それを見た私は瞬時に、張っていた障壁を解除した。

 障壁の解除と同時に、アレクシスさんは剣を振り下ろした。

 炎の竜巻はまるで意志あるかのように海の魔神へと向かい全身を飲み込み燃やし尽くす。

 海の魔神は、水の竜巻を作り炎を消そうとするが、それすらをものともしない。

 これがアレクシスさんの本気の力か。

 炎と水がうねり合い、凄い量の水蒸気を発生させ爆発していく。

 炎と水がせめぎ合う様子を見てアレクシスさんが一人呟くのが聞こえた。

「これでも仕留められないのか」

 その言葉通り炎と水の渦の中には、既に焼き斬られた傷すら再生し終わっている海の魔神がいた。

 なんだこの海の魔神の再生力、尋常じゃない。

 やられた次の瞬間には傷が回復している。

 相手の射程外からほぼ一方的に攻撃しているというのにまるで倒しきる感じがしない。

「アレクシスさん、どうなってるのよ、あれ!!」

「ボクも海の魔神をここまで追い詰められたのは初めてだよ、ここまでしぶといとはね」

 と返事が返ってきた。

 しぶといとかそういうレベルじゃない。私並みの不死性なんじゃないか、これは。

 肉片ひとかけらすら残さず消滅させるぐらいのことしないと倒せそうにない。

 厄介なのはその倒し方では、海の魔神はじきに復活してしまうことだ。

 太陽の神剣で止めを刺さないといけない。

 ほんと厄介な相手だ。

 ただ肉片一つ残さず消滅させるのなら、制限解除した超重力爆弾でここいら一帯を消滅させてやればいいだけだ。

 まあ、それはちょっと危険だけど。

 下手したら、暴走してこの星自体が消滅しちゃうから。

 どちらにせよ、太陽の神剣で止めをささなくちゃいけないから、それもできやしないのだけれども。

 何ともめんどくさい。

「どうするの? 一旦倒すくらいならできるとは思うけど……」

「その前に次は私の番でしょう?」

 と、オスマンティウスは言った。

 さらに舌なめずりしたオスマンティウスは続けた。

「ここには…… 塩がたくさんあるみたいだし、試してみたことがあるのよ!」

 試してみたい、という割にはオスマンティウスは自信があるように見える。

 確かにここは海だ、つまりはたくさん塩がある。

 さすがに魔神そのものを塩化はできないと思うけれども、オスマンティウスの自信はなんといえない頼もしいものがある。

 アレクシスさんの起こした炎は通常のものとは違うのか、未だに海の魔神にまとわりつき燃え盛っているがその勢いは徐々に弱まっていっている。

 弱まっているのだが、いくら海に魔神が潜ろうがその炎が完全に消えてしまうことはない。

 その炎に海の魔神が苦しみ水面から、その大きな体を跳ね上げた瞬間のことだ。

「今だ!」

 と、オスマンティウスが右手を振り上げた。

 それと呼応するように海が凍った。

 そして氷の刃が海から伸び海の魔神を貫いていた。

 炎に焼かれ串刺しにされ海の魔神は悶え苦しんでいる。

 けど、それは違った、私が氷と思ったそれは、氷ではない。

 塩だ、塩の結晶が海を凍らせたように見せた。

 塩がたくさんあるからって、ここまでの結晶を一瞬で作り出すだなんて、流石は神様だ。

 辺り一面の水面が塩の結晶で覆われ、塩の氷柱とも言うべきものが海の魔神を串刺しに宙にとどめている。

「やっぱり」

 と、オスマンティウスは海の魔神を甲板から見下ろしながら呟くように言った。

 私も目をやると、串刺しにされ炎に焼かれている海の魔神が見える。ある意味強大なバーベキューに見えなくもなくはないが、美味しくはなさそうだ。

 塩味はすんごい効いてそうだし。

「海の魔神が再生しない……?」

 アレクシスさんが呟いた。

 えっ、と思い再度確認すると確かに再生していない。

 なんで? 水揚げしたから?

「海と切り離したらあいつは不死身じゃなくなるみたいね」

 と、オスマンティウスが呟いた。

 なるほど、海の魔神が作ったこの偽物の海に浸かっている限り奴は不死身だったということなのか。

「でかした、オスマンティウス。これで希望が見えてきた」

 アレクシスさんがそういった瞬間、塩の刃は海の魔神に折られ、海の魔神は海中に投げ出されていった。

 いや、あの巨体をしばらくの間とはいえ、串刺しに出来ていたオスマンティウスはすごいよ。

 海に投げ出された海の魔神は串刺しにされ空いていた傷は既にふさがっていた。

 何て言う再生能力だ。

 けど、もう倒し方はわかった。これならどうにかなる。

 と、思った矢先に金木犀号に凄まじい衝撃が走った。

 いつの間にかに吸盤のある触手が海面から忍び寄り障壁に絡みついていた。

 慌てて金木犀号を魔力で支える。

 いつの間にこんな触手を生やしたんだ。

 海の魔神は金木犀号を海の中へと沈めようと物凄い力で引き込んでくる。

 障壁でなく直接船体を触手で捕らえられていたら簡単に金木犀号をへし折られていたかもしれない。

 障壁を張っておいてよかった。

 こうなると海の魔神の力と私の魔力の力勝負だ。

 まあ、こと魔力の強さだけにおいては負ける気はしないんだけど!!

 私は本気で魔力を操作する。この世界に来て初めて必死になったとも言ってもいい。

 障壁を強く維持しつつ、金木犀号を更に高みへと押し上げる。

 海の魔神も水底へと引きずり込もうと抵抗するが、相手が悪かったね!

 この力勝負は私に分があるみたい。

 徐々に海の魔神を引き上げていく。

 海の魔神が諦め、触手を障壁から離した瞬間、障壁を解き、金木犀号に仕込んであった超巨大な銛を海の魔神めがけて打ち込んだ。

 この銛とそれにつながる鎖は私の魔力で作り出した常識外の物体だ。

 しかもこの銛は打ち込んだ後、凄いとげとげとした毬栗状に変形する。そう簡単に銛は抜けないし、鎖ももちろん千切れたりするほどやわな作りじゃない!!

 海の魔神は再び触手を伸ばしてくるが、それを無限機関砲で吹き飛ばす。

 甲板から、

「イナミ、そのまま海から引き上げて、あとできるだけ血を流させて!」

 と、オスマンティウスの声がする。

 何か考えがあるのかしら。

 私はそれに従い触手を無限機関砲六門で迎撃しつつ、全力で海の魔神を釣り上げる。

 海の魔神も必死で水流を作りそれを空に巻き上げて、どうにか海と繋がろうとする。

 アレクシスさんがそれを先ほどの炎の竜巻で阻止する。

 そしてついに、海の魔神が海から水揚げされた。

 その姿は、超巨大な人魚がイカの触手のスカートを履いているような奇妙な姿に変化していた。

 海から切り離した途端、何度打ち払っても再生してきた触手が再生しなくなる。

 触手を迎撃しなくてよくなった無限機関砲で、オスマンティウスの希望通りより血を流させるように胴体を狙い集中砲火を浴びせた。

 海の魔神の断末魔ともいうような咆哮が辺りに響き渡る。

 その咆哮を聞いた後、オスマンティウスは言った。

 確かに言った。

「いただきます」

 と。

 次の瞬間、海の魔神より流れ出た血がオスマンティウスの口に吸い込まれていく。

 その量はすぐにオスマンティウスの質量を越えていくが、まるでその胃袋は無限だと言うかのように、海の魔神の血を吸いつくしていく。

 海の魔神の力が、魔力が、みるみる削られていき、それが回復することはない。

 魔王としての特性を、無理やり強化して海の魔神から血を喰らいその力を奪うつもりか。

 確かにこれなら魔王を食べたかいがあるはずだ。こうでもしないと海の魔神を倒しきれはしなかったかもしれない。

 無限機関砲に打ち尽くされどんどんボロボロになっていき、そしてオスマンティウスが海の魔神の血と肉片と魔力を吸い上げ食べた。

 流石に再生できなくなった海の魔神は虫の息のようだ。

「止めをさす」

 と、アレクシスさんは金木犀号の甲板から走り出し、大空へと飛び出した。

 空中へと飛び込んだアレクシスさんの全身が燃え、まるで火の鳥のように燃え盛り羽ばたき、空を舞い、海の魔神シシャラシャウスへと突っ込んでいった。

 

続きはたぶん一か月後くらい?



誤字脱字は多いと思います。

教えてくれると助かります。


次の部分(章)で、この物語は当初の予定通り終わりです。

話的には後三話です。

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