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異世界転生したら吸血鬼にされたけど美少女の生血が美味しいからまあいいかなって。  作者: 只野誠
第五章:イナミさんが異世界に来て、世界の再生と海の魔神。

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異世界転生してまでひきこもり、気が付けば三百年。

 気が付くと三百年近い時がたっていた。

 途方もなく長い年月だった気がするし、以外と短かった気もする。

 魔王の封印を成功したおかげでこの三百年、新たに魔王が現れることはなかった。

 まあまあ平和な日々だったと思うよ。

 まずは……

 うーん、そうだなぁ。この世界がどうなったのかを説明しないといけない。

 この大陸で、魔境と呼ばれるような場所は大きく分けて三か所残っている。

 不浄の門と呼ばれる大地の裂け目があり絶えず穢れが湧き出ている魔王城跡地。

 妖魔王によって作り出された妖魔最後の砦がある腐れ沼。

 そして、吸血鬼たちが支配している吸血鬼の街だ。

 それ以外の、険しく人が踏み入れられないような世界山脈でさえ、穢れを纏う魔物と呼ばれる者が巣くう地はもはや存在しない。

 大英雄であるアレクシスさんと人類の守護神となった鋼鉄と大樹の神オスマンティウスが妖魔や魔神を倒して回ってくれたおかげだ。

 私? 私はこの三百年イナミ領から、いや、修道院からもまともに出ていない。全くで出なかった訳ではないけれどね。

 まあ、ひきこもりというヤツね。

 ただ、勘違いして欲しくはないんだけど、嫌なことがあったから引きこもっている訳じゃない。

 やることがあって引きこもらなければならなかっただけだ。

 私は幽霊になったシースさんと研究を重ね、アイアンウッドの品種改良にずっとやっていた。

 それはクサレヌマオオゼンチュウを傀儡兵に取ってこさせ、その生態を研究することから始まった。

 オオゼンチュウの名の通り大きな、何て言っていいのか、まあ、見た目は大きなミミズよね。

 正直気持ち悪い。なんせ体長も大きいもので人の三倍程度まで成長する雑食の魔獣だ。

 しかも本当に何でも食べる。有機物だけに囚われず無機物の物、それだけにとどまらずなんと霊体ですら食べる、口に入るならなんでも本当に食べる。そう言った生物だ。

 全てが腐れ落ちた腐れ沼に住んでいるんだから、餌の種類なんかにはこだわっていないんだと思う。

 その結果、生きとし生けるもの全てにとって邪悪とも言えるような瘴気すら食べて栄養に変換してしまえるらしい。

 なんていうか、生物の神秘、奇跡としか言えないそんな生物だった。

 瘴気すら栄養に変換できるメカニズムはいたってシンプルだ。

 物理的に、また霊的にも最小単位まで分解し、吸収しているだけだ。

 けど、クサレヌマオオゼンチュウの生態は想像をはるかに超える。

 体の構造自体は凄い単純で、口、腸、肛門、卵巣と精巣。それしかない。

 それらが強固な皮膚で覆われているだけだ。皮膚で振動を感知し、襲い掛かり口に入れる。それだけの原始的な生物だ。

 雌雄同体で違う個体で出会うと、同族同士ながら争い勝った方が負けたほうを丸呑みし、その際受精し糞と共に卵を産み落とす。そんな生態をしている。

 どのように瘴気を分解、吸収しているか。その原理がわかるまでに凄い時間を費やした。

 物質的な物は腸の壁面からにじみ出る強力な消化液で、霊的なものは呪詛、いや、純粋な破壊魔術ともいうようなもので最小単位の魔術的になんの意味も持たない純粋な霊子にまで破壊して吸収している。

 至極単純な話だけれども、妖魔や魔神といった存在ですらそんなことをしている連中は存在しない。

 しいて言えば、穢れを集め力を増すという魔王、そして、アンティルローデさんのつくった地下神殿くらいの物だ。

 ついでに魔王は瘴気から発する邪気を原動力にするように、精霊王と神々によって作られた存在だ。

 瘴気を水と捕らえるなら邪気は水蒸気のような物で、瘴気に比べ邪気は密度の薄い穢れとされている。

 その分扱いやすいともいえる。それを利用して魔王に邪気を消費させることで瘴気自体を間接的に消費させている。

 これが穢れに弱い精霊、その王が魔王という存在を作った一番の理由だろう。

 そして神々は人類がこの狭い世界で繁栄しすぎない制御装置として魔王を求めた。

 それがこの世界の真実だけれども、今はそんな話ではない。

 クサレヌマオオゼンチュウの話だ。

 瘴気の副産物である邪気を使って消費するのと、瘴気そのものを分解できるのとでは訳が違う。

 その性能はアンティルローデさんのつくった地下神殿に近い、というか、恐らくはアンティルローデさんも、このクサレヌマオオゼンチュウを元に地下神殿の瘴気を魔力に変換する仕組みを作ったんだと思う。

 ただアンティルローデさんですら完全にクサレヌマオオゼンチュウが瘴気を分解するプロセスを理解できていたわけではないらしい。

 もしそれができていれば、魔術でそれを再現できるはずなのだが、それをしていない。

 理解できなかった部分を魔術ではなく、世界の法則を捻じ曲げる魔法を使って無理やり再現しているようだった。

 だから魔力効率が低く瘴気の分解速度が非情に遅いし、瘴気を分解し作り出した魔力の大半を次の瘴気分解に回さなければならない。

 魔術より魔法のほうが魔力を圧倒的に多く消費してしまうこともそれに拍車をかけている。

 だけどクサレヌマオオゼンチュウの魔力変換効率は、地下神殿のものと比べて驚くほど効率がいい。

 特に瘴気を分解する破壊魔術とも言うべきものは、瘴気の分解に特化している。

 腐れ沼には腐った土と瘴気くらいしかない。だからそれに特化するように進化したんだと思う。

 先ほどから破壊魔術のようなものと言っているけど、そうなのだ、それは魔術どころか魔法ですらない。

 しいて言えば自然の奇跡とも、生き抜く過程で身に着けた能力とも言うべきものなのだ。

 だから、そのことに気が付くのに時間がかかってしまったんだけどね。

 この世界だから、魔術的な要因であると私やシースさんだけでなく、アレクシスさんやイシュなんかまでそう思い込んでた。

 だってクサレヌマオオゼンチュウの腸壁なんて一ミリから三ミリ程度しかないんだから、そこにそんな秘密が隠されているだなんて思わないよ、まったく。

 クサレヌマオオゼンチュウの腸壁から分泌される消化液。物質を分解するだけじゃなくて、霊的な存在をも分解というか、因果を断ち切る霊的な破壊因子のようなものまで含まれていたんだよね。

 まさかそんなもんをなんの厚みもない腸で作り出していただ何て思いもしなかった。

 けれどその破壊因子の効果はてきめんで瘴気どころか、霊的な物すべて何もかも破壊して最小単位にまでしてしまうみたい。

 なにも意味を持たない最小単位の霊的因子なら吸収し再構築して、それらを利用することはそれほど難しくはない。

 でも、それを、その機能を進化の過程で取得したというのなら、本当に恐ろしい生き物だよ、クサレヌマオオゼンチュウ。

 そして、それのメカニズムをアイアンウッドに組み込む。

 アイアンウッドの細胞一つ一つに瘴気を吸収し分解する仕組みを組み込む。

 それがまた大変だった。

 実のところ一世代だけなら割と簡単に再現できた。魔法でその特性を無理やりねじ込むだけだからね。

 けど、そのアイアンウッドが成長し、実を付け、その種から育てたアイアンウッドにはその特性は受け継がれていなかった。

 それでは意味がない。

 そう、意味がないんだ。

 一時期違うもの、例えば普通の木やその他の生物、地下神殿のような人工建築物、魔道具のような物にまで色々試してみたが、色々検討した結果、大樹のような長い間存在し、なおかつ自然に増えていくような物でないとならない。

 そういう結論に達してしまう。

 長い年月維持できないといけないことを考えると人工物だと、その作り方が失われてしまったら危険だし、なんだかんだでその人工物の手入れもいる。それに数が必要となってくるため作るにしてもそう簡単にいかない。

 それと同じように自ら増えるような草木でも絶滅してしまうような可能性がある品種でもダメなのだ。

 人の手が加えられなくても生き残るような生存率の高い物ではないといけない。

 それに加え大量に穢れを消費してくれなければならない。

 結局のところ、耐久面や繁殖性、そして瘴気の処理量を考えると、大樹にまで成長するアイアンウッドを元にしたものが、目的に一番最適だった。

 何もない荒れ地でも育ち、そのルーツも忘れ去られるほど放置されていても生き残ることができているアイアンウッドは最高の素材なのだ。

 しかも生み出した魔力で更に大きく成長してくれさえする。

 ただアイアンウッドは、教会の神が魔法を使いこの世界に無理やり作った物だ。

 なので、そこに魔法でとはいえ新たに何かを付け足すのは非情に困難なのだ。

 新しくアイアンウッドのような物を作ろうかとも思ったけれど、アイアンウッドは長い年月生き抜くことで得た魔術耐性とも言うべき物などがある。

 この耐性は魔術どころか瘴気にもある程度耐性を持つのでこれを捨ててしまうのはもったいない。

 瘴気はアンチ魔力とも言ってもいい存在で、正常な魔力を負の魔力へと転換してしまうようなものだ。それにより霊的な精霊は堕落し妖魔に成り下がってしまう。

 魔術どころか魔法でも魔力で動いていることには変わりないので、瘴気に耐性を持つということはそれだけでとっても稀有な物なのだ。

 それを捨ててまで新しく元となる物を作る価値があるのかというと微妙なところだ。

 いくら瘴気を分解できるからと言って、瘴気を触れ続ければいつしかその魔法や機能自体が狂ってしまうというのでは意味がないのだ。

 瘴気に対する耐性もまた必須となる。

 総合的に見てもアイアンウッド以外に選択肢はない。もしくはクサレヌマオオゼンチュウを改造していくほかない。

 ついでにクサレヌマオオゼンチュウ自体に瘴気に対する耐性はない。

 つまるところ、最初から狂っているような生物なので狂っても特に問題ないのだ。

 生きて繁殖していく上で必要なことはほぼ自動でできるように進化しているし、その体の構造自体単純なもので狂うことも少ない。

 振動を感じればそれに襲いかかり食らいつき、それが同族であれば受精し産卵する。それがこの生物のすべてなのだ。狂っていても問題はない、というか、脳らしき組織もないから本能というよりは反射反応だけで生きているような物なのかもしれない。

 まったく本当に恐ろしい生物だ、魔物とはいえね。

 瘴気を処理する媒体をクサレヌマオオゼンチュウにした場合、より巨体にした上でかなりの数を用意しないといけなくなる。

 そんなことしたら、逆にこの世界はクサレヌマオオゼンチュウの支配する世界になってしまう。

 色々探ってみたけど選択肢は結局ないんだよね。

 まあ、そんなこんなで私はアイアンウッドを品種改良するのに長い間ひきこもっていたわけ。

 この研究室と、後半は修道院内に作った試作用のアイアンウッドの植林場で実験と研究を繰り返してたよ。

 大体百年前くらいかな、やっとの思いで完成して今は様子見をしているところ。

 今のところ問題はない。

 世代を越えてもちゃんと瘴気を吸収し正常な魔力に変換してくれている。

 品種改良されたアイアンウッドはより大きな大樹へと成長する。

 しかも、成長に必要な鉄も従来のアイアンウッドより大分少なくて済む。

 その分鋼材としての質はかなり落ちてしまっているけれども。

 本来のアイアンウッドを木目のある強固な鋼鉄とするならば、品種改良されたアイアンウッドは鉄と木の混合物と言った感じだ。その分柔軟性に富みより錆びにくくはある。

 その完成したアイアンウッドに更に塩耐性の特性を組み込んだ。

 海でも育ってくれなければならないからだけど、こちらはオスマンティウスの塩の権能のおかげですんなりと出来た。

 これで海の魔神を倒すための準備が一つ終わったとも言える。

 ついでに品種改良されたアイアンウッドは世間一般では、オスマンティウスの木と呼ばれている。

 まあ、金属の木であるから、金木犀の名を持つオスマンティウスには合ってると思うけども、オスマンティウスの木と呼ばれている理由はそこからではない。

 それにこの世界に金木犀だなんてものはない。その言葉を知っているのも私だけだ。

 では、なんでというと、大樹にまで育った品種改良されたアイアンウッドを、オスマンティウスがゴーレム化し自分の使徒として使っているからだ。

 傀儡兵とは違う、従来のゴーレム魔術。教会の神達が石像を動かすために作った魔術。それをオスマンティウスが独自に再編して魔法で行い、アイアンウッドをゴーレム化したのだ。

 まさに鋼鉄の大樹の巨人だ。

 見た目はただの動く黒い大樹なんだけどね。けど、その性能は凄まじい。

 まず鋼鉄の身体は如何なる攻撃も寄せ付けないし、強い魔術への耐性も持ち瘴気を吸収し魔力を高効率で作り出す。

 さらに再生術式が組み込まれ深手を負ってもたちどころに完治してしまう。この再生術式はミリルさんの術式を魔法で再現したものだ。

 その弱点である魔力不足も光合成と瘴気吸収で作り出された魔力で尽きることもない。

 なにより大きく育った大樹をゴーレム化しているのだ。その質量そのものが凄い。

 物凄く丈夫な上、凄い勢いで再生する超質量の物体だ。言ってしまえば倒しようがない。

 あんなの倒せるの私かアレクシスさんくらいしか、私の知る限りではいない。

 超火力の魔術か魔法で一気に倒してしまわないと倒しきれない。

 私の傀儡兵とオスマンティウスの使徒、一対一でなら勝負にすらならない。

 傀儡兵が踏みつぶされて終わりだ。まず大きさと質量が違いすぎる。

 オスマンティウスの使徒はその分、細かいことは苦手というか出来ないけどね。

 オスマンティウスとアレクシスさんはこの使徒を使い、この大陸に残っている魔神と妖魔を倒して回ったのよね。

 あんな倒しようがないもに永遠と追いかけまわされる妖魔も魔神も気の毒だ。

 そんなわけで、この大陸には魔境と呼ばれるような場所はもう三か所しかない。

 そのうちの二つは、現在進行形で腐れ沼はオスマンティウスが、魔王城跡地にはアレクシスさんが向かい浄化を行っている。

 まあ、魔王城跡地にはオスマンティウスの木を植林しに行っているだけなんだけどもね。

 不浄の門と呼ばれる大地の裂け目。地下から穢れが絶えず噴き出してくる。

 そのため魔王がいなくても人は寄り付かず、魔王が生まれると穢れを求めそこに居座る。

 なので、魔王の居城はおのずと大陸の南のその場所となる。

 アレクシスさんは裂け目を、オスマンティウスの木で塞ぐつもりだ。

 元よりあそこの土壌にも鉄分が多く含まれるので、オスマンティウスの木もぐんぐん育つだろう。

 でも、何度も大戦があったような地域に鉄分が多いのって…… ま、まあ、深く考えるのはよそう。

 魔王城跡地のほうは妖魔も魔神もいるわけではないので、ただの植林作業と言えばその通りだ。

 アレクシスさんが指揮し、傀儡兵が植林作業をしていくだけだ。特に問題もない。

 今となってはただ穢れが湧き出てくるというだけの地域というだけだ。

 それだけで魔境なのは違いないけれども。

 腐れ沼のほうは妖魔王が意図的に瘴気を呼び出した場所で、その瘴気自体は妖魔王が死んだいる今は有限ではあるけれども、魔王城跡地よりも断然に濃い濃度の瘴気を有している。

 そんな場所へオスマンティウスは使徒を率い攻め入っている。

 しかも数多くの妖魔が未だに存在する、妖魔最後の砦とも言うべき本物の魔境だ。

 とはいえ、オスマンティウス自体が魔神の肉体であった塩から生じ、魔神の心臓を有している。

 瘴気への耐性もずば抜けて高い。

 また、魔術どころか魔法すら扱い大英雄と共にこの大陸の魔神を倒して回ったことで実戦経験を積んだオスマンティウスは戦術という点では私よりはるかに上だ。

 さらに鋼鉄の大樹の巨人を何体も従えている。

 もはや主もいない妖魔が束になってかかってもどうにかなるようなものでもない。

 これはただの殲滅戦だ。

 一応、かなり前から再三腐れ沼の妖魔たちに向かい降伏勧告は呼び掛けていた。

 希望するならば、精霊に戻し精霊界に返すと。

 一応効果があり、十数体の妖魔たちがその勧告に応じた。

 それでも三十体近い妖魔がまだ腐れ沼に潜んでいるそうだけど。

 ついでに、その勧告に応じた妖魔たちは私が盟約の儀式を行い精霊化させ、アレクシスさんに全部受け渡しといた。

 いや、イシュ以外の精霊も妖魔もいらないので……

 中にはそのまま私の配下にって言うのもいたけどね、まとめてアレクシスさんに押し付けておいた。

 だって基本妖魔も精霊も高慢なのよね、人、というか人間のことを見下しているしね。いらないいらない。そもそも私はその頃アイアンウッド品種改良の佳境で忙しい時期だったし。

 まあ、そんなわけで近いうちにこの大陸上での魔境は、グリエルマが支配する吸血鬼の街のみになる。


 と、そのことを話す前にまず私の身近な人たちの話を。

 まずはアレクシスさん。

 魔王封印に成功した当初はイナミ領というか、封印した地下神殿の見回りをよくしてたけれども、そもそも地下神殿の近くは絶えず私が居る。

 つまり化物としか言い表せないほど巨大な魔力の塊がその番をしているし、仮に地下神殿まで侵入できたとして私とアレクシスさんで何重にも結界を張り巡らせてある。

 あれを解除できるのは精霊王くらいのものだけれども、その精霊王も今の魔王の状態は、精霊王にとっても都合のいいはずだ。

 なんせ魔王が活動する以上に穢れを消費できるシステムが構築できているんだから。

 そのため精霊王がどうこうしてくるとは考えにくい。

 つまり魔王を解放しようとしてくるような輩、違う、魔王を開放しようとしてそれができる存在は存在しなかったのだ。

 それがわかり暇を持て余したアレクシスさんは、人類の守護神となったオスマンティウスと妖魔や魔神退治の旅へと出ていった。

 そのついでに各地の精霊神殿に寄り精霊を精霊界へと返す作業も行っていた。

 これには精霊王の横槍が予想されてたんだけど、特に何もされずに精霊たちはアレクシスさんの説得により精霊界へと帰っていった。

 イシュは面白がって成り行きを見ているだけでは、と言ってたけど、私もそんな気がする。

 アレクシスさんは極めて怪訝そうな顔してたけど。

 まあ、まだ全部の精霊が精霊界へと帰った訳じゃないけどね。植林作業が終われば、今度こそ全ての、小精霊含めて全部の精霊を、精霊界へ帰す旅へと向かうんじゃないかな。

 続いてイシュ。鏡の精霊に戻ったイシュヤーデ。

 イシュは修道院の院長をしてくれている。精霊しかも精霊神殿の経典に載るくらいの名のある大精霊なので、イシュ自身は実務をしていない。

 イシュがしているのは仕事の指示だけだ。ただその指示は凄い的確であると評価は高い。基本的にイナミ領の代理領主も精霊神殿系の貴族さんが就くので、自然とイシュの傀儡政権が出来上がる。

 まあ、一言で言ってしまうとイシュが今のイナミ領を回していると言っても過言ではない。

 その手腕はグリエルマが仕切っていた時より上かもしれない。今は教会系の貴族もいなくなったので邪魔してくる勢力がいないっていうのもあるけれども。

 ついでに大繁栄していて、いまや王都なんかよりもイナミ領は栄えているし、大陸の南側も人が、人間が住む地域がどんどん増えてきている。

 問題があるとするならば、大陸の北側に比べて水資源が少ないと言ったところか。

 地下水がわかないような地域もあるので、南側の開拓は物資が運搬できる鉄道ができてからって感じ。鉄道と共に街が広がっていく感じだ。

 傀儡兵達がその作業も警備もしてくれるので、基本的には人は出来上がった新しい街へと移住していくだけで良い。

 ちょっと甘やかしすぎな気もするけど、出来る限りのことはやっておいてあげたい。

 それに傀儡兵が居なくても、それほど危険はもうないのよね。もう野良の亜人や魔獣なんかもほとんどいないから。

 野良の亜人や魔獣を見かけたら保護されて、亜人は亜人特区へ、魔獣は捕まえて魔獣保護園に送られている、そんな扱いだ。

 亜人特区へ送られた亜人は矯正所に一旦送られる。そこで私やアレクシスさん、オスマンティウスの魔力の残り香に触れさせられる。

 それで大体大人しくなる。亜人は基本的に強者に従うように作られているせいもあるし、亜人の主人的な立ち位置の妖魔の数が激減したことと魔王と言う圧倒的な支配者が長年いないことも大きい。

 後は豊富な資材と食料で、ある意味堕落させて狂暴性を抜いていく。その後再度教育して、道徳や向上心といった物を植え付ける。

 その後に、亜人特区での一般常識や知識、学問、生活の仕方などを教えた後、亜人特区で自由に暮らせるようになる。

 亜人特区もかなり発展していて、まあ、治安はよくはないけれども、表通りを人間が歩いているからと言って襲われるようなことはない。

 裏通りまで行っちゃうと、ちょっと危険かもしれない、と、そんな感じだ。

 文化形態も人の物とはまったく違ってて、たまに遊びに行くと見ていて飽きない。まあ、基本人が悪趣味と感じるような物が多いけどね。

 それは彼らの文化なので、ほっておいてある。そこまで矯正させる必要もないだろうし。

 魔獣保護園は言ってしまえば、ただのある程度柵で区切った広大な自然そのままの場所だ。

 そもそも魔獣と呼ばれる生物は生命力が異常に強い。劣悪な環境下でも普通に生きていけてしまう生物だ。

 世話らしい世話をしなくても勝手に生きていってくれるような存在だ。

 ただ単に魔獣を集めて放し飼いにされているだけだ。

 魔物の中には、それこそクサレヌマオオゼンチュウのような、特異な存在も多数存在する。

 それを魔物だからと理由で絶滅させてしまうのはもったいない。

 魔獣といっても、ちょっと、いや、かなりだけど、狂暴なだけで、後は特殊な能力を持ってたりする動物とそう変わりはない。

 あれ? やっぱり動物とはかけ離れているかな。まあ、いいや。

 基本穢れをはらんでいる生物だから、狂ったように狂暴なのは否めないだしね。

 それでも穢れが少ない場所で育てていれば、世代を越えていくごとに穢れも薄れていくので、野生化していくんだけどもね。

 それに有能な魔物は意外と多い。グレルボアや綿毛虫、それこそクサレヌマオオゼンチュウだとかね。

 そう言った種類の魔物はすでに家畜化されている。狂暴ではあるけれども家畜化できない訳ではないしね。

 そもそも亜人達は昔から魔獣を家畜のように扱っていたんだしね。それに習っただけだ。

 オスマンティウスの木が完成して、手の空いたシースさんが喜んで魔獣百科事典の執筆にとりかかってる。

 そんなわけで亜人も魔獣ももはや敵というよりは保護するような存在にまでなっている。

 流石に妖魔ともなるとそうとも言えないけど、仮にいたとしても、そこら辺にまでうじゃうじゃいるようになった傀儡兵がすぐわんさかやってきて袋叩きにしておしまいだ。

 魔境と呼ばれるような地域以外はもうそんな感じになってしまっている。

 後、ぶっちゃけ割と近代化までしてきている。工場とかビルとか普通に、いや、普通ってなんだろう? まあ、なんていうか、まだランドマーク的な感じではあるけれどビルぽいものも数軒立ってるくらいだ。

 私は歴史にそんな詳しくないからかわらないけど、日本の昭和初期の状態よりももイナミ領のほうが栄えているような気がするよ。実際にはわからないけれど。私は昭和初期何て知らないし。でも私のイメージ的にはそんな感じかな。

 まあ、ここまでイナミ領、というか、人類が進化できたのは教会が残してくれた資料とそれを上手く利用してくれたイシュの手腕であるところが大きいんだけどね。

 神々が残していった知識。人類が繁栄しすぎないように封印された知識、そんなものが資料としてたくさん残っているのよね。ほんと押収してよかった。

 かなり脱線しちゃったし話を戻さないと。

 えっと、次はシースさん。幽霊となったシースさんは、私の助手って感じで研究のお手伝いしてくれてた。

 幽霊であるシースさんは物体をすり抜けることも可能なんだけど、それが原因で彼女の左手を失ってしまっている。

 クサレヌマオオゼンチュウの内部に不用意に左手を突っ込んでしまった結果なんだけどね。

 身をもって霊体が破壊されるプロセスを体験してしまった。

 まあ、そのおかげで研究が進んだってことはあるんだけど、好奇心は猫をも、いや、好奇心は幽霊をも殺すってことになるところだったよ。

 まだ左手でよかった、頭でも突っ込んでたかと思うと今でも肝を冷やすよ。

 左手を失っても本人は、

「うわ、私の左手食べられちゃいましたよ! 幽霊だから痛みはないし不便でもないですけど、ちょっと嫌ですね」

 って笑顔で言ってて少し怖かったよ。

 シースさんは、まあ、幽霊になって三百年近く経ってもマイペースだよ。というかある意味狂人の類よね。

 今はさっきも言った通り魔獣百科事典の執筆で忙しいみたい。地下の禁書庫と魔獣保護園を行ったり来たりしているよ。

 そのために、他の人と会わないようにシースさん専用の鉄道まで引いてあげたんだから。まさに幽霊列車よね。あ、でも列車じゃないのか。機関車部分しかないから。なら幽霊機関車なのかな?

 ついでに、わざわざ修道院と魔獣保護園を行ったり来たりしているのは、幽霊は、少なくともこの世界の幽霊は死んだ場所から長い間離れているとその存在を維持できなくなるからだ。

 シースさんの話によると、死ぬとこの世とあの世がつながる穴が開くらし。その穴が空いているおかげで幽霊として魂だけで存在していられるんだとか。

 その穴は死んだ場所から動かせないため、幽霊は基本死んだ場所に留まるとのこと。またその穴は死んだ魂が通り抜けると自然と閉じるらしい。

 その穴からシースさん目指して穢れがやってきているんだけどね。おかげでシースさんが過労死した場所、旧院長室は院長室としては破棄されることになったよ。

 今ではオスマンティウスの木の苗の保管場所になってるよ。程よい穢れがちょうどいい。鉄がなければ成長しないので保管場所としてうってつけになってしまった。

 まあ、穴うんぬんの話は全部シースさんから聞いた事で裏は取れてないんだけどね。

 幽霊本人がそう言ってるんだからそうなんじゃないのかなぁ。

 ついでにその穴とやらはオスマンティウスの目にも映らないらしい。というか死んだ本人しか見えないんじゃないかと言われているよ。

 そんなわけで長期間修道院からシースさんは離れていられないらしい。

 そういう意味ではイリーナさんはどうなんだろう?

 完全に死んでるしオスマンティウスに同化しているから、もう関係ないのかしらね?

 次はそのオスマンティウスの話かな。

 まあ、もうだいぶ語ってしまった気もするけど、オスマンティウスは立派に人類の守護神をやっているよ。

 演じてるって言った方がいいのかな。

 たまに地が出てるのよね。特に私の前では。

 泣き言なんかもたまに聞いてあげているよ。なんだかんだでオスマンティウスはやっぱりオスマンティウスだったよ。

 本質は何も変わっていなかった。まあ、同化したのがあのイリーナさんだしね。

 とはいえ、オスマンティウスの神としての進化は目を見張るものがあったことだけは事実だよ。

 魔術どころか魔法すら巧みに扱い、人々を救い続けている。

 妖魔や魔神と戦うだけでなく、病に苦しむ人や貧困で困っている人なども救って回っている。

 そりゃ、泣き言も愚痴も言いたくなるよ、ってくらい神様をしている。

 私の前でくらい地が出ても仕方がないのかもしれない。

 ついでに聖堂教ことオスマンティウス教はこの大陸でほぼ国教とまで言っても過言ではない。

 もはや精霊神殿を抜き、もっとも信者の多い宗教だ。

 そりゃね、神様自ら人々を助けて回っているんだからね、神殿でふんぞり返って崇め奉られているだけの精霊とは違う。

 しかも聖堂教の教義は簡単でわかりやすい。オスマンティウスを信じ清く正しく生きよう、そうすれば神が守ってくれる、っていう感じだ。

 これが大衆にうけて大流行してしまった。

 ついでに精霊神殿を信仰している巫女の中にも聖堂教を信じている人もたくさんいるくらいだ。そして、それを咎める者もいない。

 聖堂教が流行った背景に、精霊神殿は巫女主体の宗教で、どうしても要職には女性が着く。というものがある。

 なので男性は信者にはなれるものの、それ以上にはなれない、という理由があり、これは教会が出来て一気に信者を伸ばした要因でもあるんだけど、その教会がほぼなくなりその受け皿に聖堂教が収まった感じである。

 ただ聖堂教は、教会や精霊神殿のように政治色の強い宗教ではない。

 貴族も平民も、王も亜人ですら等しく救うと掲げている。

 言ってしまうと、逆に貴族連中には今でもやや煙たがれている。

 とはいえ、相手は神様だ。どうこうできる人間だなんてもはやいない。それに貴族の権力自体この三百年の間に緩やかに下がってきている。

 なにせ南側の新天地は貴族も平民も大差ない世界なのだ。しかも、三大魔境の付近でもなければ魔物に襲われる心配もない。

 ともなれば、平民は皆、南を目指して移住する。北側では深刻な、とまでは言わないけど過疎化がじんわりと始まっている。

 民のいない領地ではさすがに貴族も何もできない。結果、民にとって居心地のいい領地が増えてきている。その結果貴族自体の力は下がってきているのだ。

 これから先、貴族も形骸化していき、形だけ残るようになるんじゃないかって話だ。

 大分オスマンティウスの話からズレちゃった気もする。話を戻さないと。

 次は、アリュウスさんとアザリスさんの子孫であるオスマンティウス家かな。

 彼女…… 未だに疑問に思うことがあるけど、やっぱり彼女って表現でいいのよね? そうよね。もう女性の時間のほうが圧倒的に長いんだけど、どうも美少年だった頃のアリュウスくんが忘れられない。

 彼女も精霊なので歳も取った様子もなく今も生きている。

 未だに主も精霊門も持たないので、大した力は持ってないんだけどね。

 オスマンティウス家は聖堂教の巫女を代々受け継ぐ家系として、聖王家に次ぐくらい格式高い御家柄になっていた。

 とはいえ、貴族的な感じではなく、一般的な、ちょっと裕福な一般家庭って感じなんだけどね。

 生活も割と質素だ。ただ家自体はかなり大きくなってるけどね。

 本家やら分家やらなんだで、たまに揉めたりしているくらいかな。

 まあ、巫女自体はオスマンティウス自身がなんとなくで選ぶので、人間側で揉める意味はあんまりないんだけどね。

 なんていうか、概平和というか、アザリスさんの大雑把なところが遺伝して割と皆大雑把な気がする…… あそこの家の人達は。

 たまに野心の強い外部の人が婿だか嫁だかで入り込むと、昼ドラのようにもめるくらいかな。

 それも私の娯楽の一つなのは内緒だけど。流血沙汰なんかには発展しないからね。安心してその様子を見てられるのよね。

 まとめ役というか、当主がずっとアリュウスさんだからね、そもそも、ね? って感じで。

 ついでに私と盟約の魔術を交わしていたアザリスさんは百五十歳くらいまで生きてたかな。

 旦那さんのラルフさんは、割と早くに亡くなってしまったけどね。

 なんだかんだで今でもよく家にお呼ばれするのがオスマンティウス家かな。家も修道院内にあるからね。

 お家で交流があると言えば、オーヴァルさん、親方さんって言った方がわかりやすいかな?

 親方さんの家系も代々職人ギルド組合の組合長を大体継いでいる。

 一応職人ギルド組合は世襲制ではなく、その時優れた職人が継ぐことになっているが、ほとんどの時代においてオーヴァルさんの子孫さん達が組合長を務めている。

 みんな腕のいい職人さんだ。

 まあ、今は自動化が進んで職人と言っても、工場の技師って言った方がいいのかしらね?

 教会の資料なんかは工場化? 自動化? っていうの? 私には未だによくわからないんだけど、それを行う上でとても役に立ってくれたよ。

 今の組合長もオーヴァルさんの家系の人なんだけど、質を落とさないでどれだけ効率を出すか、に命を懸けている人だよ。

 ここからかなり昔の話になるけど、まずはアンリエッタさん。

 彼女はイナミ領の代理領主をしばらくやった後、無事、大巫女エルドリアを継いでたっけ。

 大巫女になって王都だか聖都だかに帰っていったけど、ことあるごとにイナミ領まで来てたのよね。

 主にアリュウスさんに会いにだけどね。その頃には王都とイナミ領で直通の鉄道が出来ていたので移動は楽だったしね。

 アンリエッタさんは結局生涯独身だった。

 彼女は晩年大巫女エルドリアを引退した後はイナミ領に定住した、というか、オスマンティウス家に半ば強引に住みついてたっけ。

 その頃はアザリスさんは生きてたしね。

 お墓も修道院内のミリルさんのお墓の隣に彼女のお墓もあるだよね。

 ちなみにアンリエッタさんの先代エルドリアであるシャンタル・ラウスハイゼルさん。私も大巫女の役職を引退するまで、その名前を知らなかったんだけどね。

 大巫女の役職を引き渡した後、精霊神殿の巫女自体を引退し晩婚ながらも無事子供を出産なさっていた。本当にたくましい人だったなぁ。

 貴族の大家だからね、後継ぎが必要だったのかもしれない。あそこの家は後継ぎだったアンリエッタさんもイリーナさんもなんだかんだで後継ぎ居なくなってしまったからね。

 シャンタルさんががんばるしかなかったのかもしれない。

 確かその子も大巫女エルドリアになっていたはず。私との交流はあまりなかったけどね。

 クロエさんは生涯巫女として私に仕えてくれた。

 本当にありがたかった。私も色々助けられたよ。

 晩年は副院長としてまで働いてくれてたっけ。彼女もミリルさんのお墓の近くにお墓がある。

 イナミ修道院の三大巫女として、ミリルさん、アンリエッタさん、クロエさんが称えられているよ。

 修道院なのに巫女って呼ばれるのは、精霊神殿の名残りなのかなぁ。

 まあ、学び舎部分と精霊神殿部分で今もわかれてはいるからね。そもそもが修道院って言うのも便宜上、いや成り行きでそうなったようなものだしね。

 ミャラルさんは服飾ギルドの若旦那に嫁入りして幸せな家庭を築いてた。

 その子孫たちも職人を継いだり商人になったりとしている。

 今でも献上品という形で、季節の変わり目なんかに色々新作の服とかを持ってきてくれたりしているし、今の世代の子がちょうど服のブランドなんかを立ち上げたのを報告しに来てくれたっけ。

 まあ、毎年修道院の制服を今でも発注しているから向こうにとっては大のお得意様なのよね。

 パティちゃんとヴィラちゃん、この二人は結局ずっとちゃん呼びしてたな、は、二人共精霊神殿の巫女を辞め結婚していった。

 けど、その理由が自分の子孫たちを私に仕えさせるように、という理由でだよ、なんだか泣けてくる。

 今も二人の子孫は女の子が生まれれば精霊神殿の巫女として私に仕えさせてくれている。

 何ていうか、そこまでしてくれなくていいのに、って思ってしまうくらいありがたい。

 ミア、ミイ、ミウの三人は三人が二十歳を越えたありで皆バラバラになってしまった。

 ミアは修道院に残り、クロエさんを支え続けてくれた。

 ミイは、なんていうか、自分探しの旅に出る、と言って旅立ってイナミの街には帰ってこなかった。ただ手紙で旅先で結婚しました、と一度だけ知らせてくれてはいたけど。詳細はわからないしどこで結婚したかも不明のままだ。

 で、ミウは本当に数奇な道を選んだと思う。

 彼女はレビンさんがイナミの町にいたときにレビンさんとアザリスさんの稽古の様子を見ていたらしいんだけど、レビンさんの、なんというか技というものに見惚れていたらしく、聖歌隊を辞めた後なんと亜人特区に行ってズー・ルーに、というかレビンさんに弟子入りしたんだとか。

 そのことでズー・ルーの頭目から、二十歳過ぎの大人が弟子入りとか迷惑なだけだから辞めさせてください、と抗議を受けたのを覚えている。

 その抗議を受けるまでミウが亜人特区に行ったことすら知らなかったんだけどね、私てっきりイナミの街で暮らしているもんだと思ってたよ。

 その後も何度か、私の知り合いなので手が出せないから好き勝手やっているミウに対して、ズー・ルーから度々苦情が着ていたので元気にやってたんだと思う。

 流石にその後の詳細まではわからないけど彼女の選んだ道だしね、でも本当にズー・ルーになってたら嫌だなぁ。

 亜人特区の話がでたついで亜人達の話も。

 少し前に亜人特区自体のほうは話のついでで話したよね。

 じゃあ、亜人のほうを少し詳しくね。

 亜人達は徐々にだけれども人に戻りつつある。戻りつつ、といよりかは人に近づきつつ、かな?

 世代を重ねた魔獣が野生に帰っていくように、亜人達も世代を重ねるごとに徐々に人へと近づいてはいるようだ。

 特に精神面、その狂暴性は徐々に薄れ暴力より平穏を求める声が大きくなってきてはいる。

 まあ、それでも普通の人と比べれば血気盛んなんだけどね。それに見た目もまだまだ人間とはかけ離れている。

 ただそれでも、色んな種類の亜人同士の混血が進むと、その見た目も平均的に人に近くなっていくようで将来的には、それこそ気の遠くなるような未来の話だろうけど人と変わらなくなるのではないかと言われてはいる。

 それだけでも亜人特区というものを作って良かったよ。

 もう特区というよりは、一つの領地ほどの大きさだけどね。立場的にはイナミ領の一地域なんだけどね。

 今でも一応ズー・ルーの頭目が裏から統率してくれているはず…… はずなのよね。最近、というかここ数百年連絡してないんだけど。

 海の魔神の討伐作戦の時に亜人特区は通るはずだからその時にでも? 挨拶くらいはね?

 というか、未だに名前すら知らないあの頭目さん、これからどうするのかしらね?

 精霊化するにしてももうあんまり時間はないんだけどな。そもそも精霊化を進んでするような人、というか妖魔ではないんだけど。

 まあ、なるようになるか。

 んで、まあ、最後の魔境の話に戻って、吸血鬼の街の話ね。

 最後の魔境って言ってもそれは大陸上の話で、この世界のほとんどを占める広大な海は今も海の魔神の物だけどね。

 あー、うん、あんまり話したくないんだよなぁ、吸血鬼の街の話。

 結論から言うと、私は結局決心が着かなかった。

 色々考えた時にシースさんが幽霊になってしまって、なし崩し的にクサレヌマオオゼンチュウの研究が急遽始まって……

 気が付いたら凄い時間がたっていた。

 一度きっかけをなくして時間が経っちゃうとさ、なんか触りにくくなるじゃん?

 そんな感じで、三百年近くグリエルマのことは放置しちゃったよ。

 いや、悪いとは思ってるけどさ。

 結局のところ、意気地なしなんだよ、私。

 そもそも教会人達、その残党がどうなったのか。

 人類にとっての教会は跡形もない。もはや歴史の学問の中に存在するだけのものだ。

 けれど、その生き残りは今も存在している。グリエルマの手で吸血鬼となった教会の方々は今も東の一部地域で傀儡兵に囲まれ生き続けている。

 オスマンティウスの腐れ沼の攻略が期限だと、呆れながらアレクシスさんにも言われてしまった。

 当時の聖王様はとっくに亡くなられたけど、三百年という膨大な時間を貰い浪費させてしまったけど、そろそろ終わらせてあげなければいけない。

 少なくともそれは私の役目だと思う。






 深いため息をついた。

 ここには何もない。暇、暇、暇。

 暇というものは時に人を思いもよらないことを実行させる。

 が、傀儡兵に囲まれた村とも言えるこの吸血鬼の王国には、できることは限られている。

 ついでに主な娯楽は共食いで同じ吸血鬼の血を吸って吸血衝動を紛れさせる行為。

 何とも野蛮で非生産的な事か。

 そんな吸血鬼の王国の王は自分である。名は……

 久しぶりに自分の名前がグリエルマ・クラークだったことを思い出す。

 にしても王だなんて滑稽過ぎる。精々猿山の主がいいところ。

 その猿山の主は教会の最後の大神官の姪にあたる。

 その叔父にあたる元大神官は今もふてぶてしくも自分の隣にいる。

 とても嫌いな人物。今でも吐き気がするほど嫌い。自分が大神官となるために実の弟である父を蹴落とし、聖女としての自分も利用したような人物だ。好きになれるはずがない。

 それでも…… それでもこの吸血鬼の国では貴重な意識が残っている存在。

 普通の者は吸血鬼になると獣のごとき存在になり、人を襲い血を啜るだけの狂った存在になる。そこに意志のかけらもなく、意志の疎通などもってのほか。

 例外があるとするならば、自ら儀式を行い吸血鬼化した存在だ。精神は多少穢れに汚染されるものの意識を保ち狂人にまではなることはないと聞く。

 そのような存在はこの吸血鬼の街には存在しない。

 なぜって? ここに居る吸血鬼は全部自身の手で血を吸い吸血鬼にしたのだから。

 よって一部の例外を除き、ここに居る吸血鬼は獣以下のただ狂った存在のはずだった。

 例外である元大神官の叔父。なぜこれは正気を保っていられるのか、それはわからない。

 ただ自分にとって救いだったのは、狂った吸血鬼はより力の強い吸血鬼の命には従うという事だけか。

 そうでないなら、今頃吸血鬼同士で殺し合いに発展して、この王国も自分一人になっていただろう。

「どうした、そんな深いため息をついて」

 叔父である、ニコラウス・クラークが話しかけてきた。

 その気になれば、このいけ好かない叔父にもどんな命令でも下すことはできる。

 この地獄のような王国という名ばかりの地獄で吸血鬼として一番力が強いのは圧倒的なまでに自分なのだから。

 でも、そんなことももう飽きた。この長い時の中で呆れるほどしてきた行為。

 最初の頃はその行為に愉悦していたものだけれども、気が付けばみじめな自分がいただけだった。

 正気を失わずこの環境下で死ぬこともできないのは、本当に辛い罰だと今更ながらに噛み締めるしかないし、その罰も否が応でも受け入れるしか道はない。

「暇ですからね。この地獄に閉じ込められてどれほどの時が経ったことか。

 罰というには……

 さっさと殺してくれると思っていたのですが、これほど長い間捨て置かれるとは心外でした」

 あの方も本当に人がいい。それだけに意気地がなさすぎる。

 流石に開拓村とはいえ、そこを一つ潰せばすぐにでも殺しに来てくれると思っていましたが、まさかの無反応。

 その代わりにやってきたのは大神官率いる教会の残党達。

 可哀そうなのは付き合わされたこの開拓村の人達と討伐に付き合わされた神官戦士達か。

 教会の残党を返り討ちして初めて、あの方からやられたことが一体の傀儡兵の破棄だけ。

 その数か月後くらいですか、気づけばこの辺り一面を傀儡兵で囲まれ身動きが出来ない状態になっていました。

 その後はずっと放置です。

 教会が最後の力をふり絞って作った開拓村なのでかなりの広さはあるのですが、それでも長い年月閉じ込められ続けるのは辛い。

 それに気ままに散歩でもするものならば、辺りそこらで吸血鬼同士の終わらない共食いを見続けることになります。

 その光景はまさに地獄。気が滅入るだけです。

 そんなわけでこの領主の館にこもりっきりの生活です。暇を存分に持て余していまし、ため息の数を数える日々をただ無意味に過ごしています。

「ふん、あの人外の化物の考えることなどわかりはしない」

 元大神官がはき捨てるように言いましたが、その気持ちはわからなくありません。

 時にあのお方の考えは理解出ないのだから。

「あの方はとても人間らしい方ですよ」

 ほんと世間知らずで、穢れのない、ただ優しいだけの、小娘。

 聞いていた話であの方の元の世界は、大層平和な世界だったそうなので、それは仕方のないことかもしれないですが。

 ですが、ここまで放置されるとさすがに恨みたくもなります。

 いっそこの地から離れられるなら、返り討ち承知で襲いに行きたいと思えるくらいには憎たらしい。

 やはりわたくし自身既に狂っているのかもしれませんね。

「人間らしい? あの化物が?

 こうやって我らを嬲って喜んでいるのだろう」

 あの方にそんな趣味はないでしょう。ただ嫌なものに蓋をして捨て置いてるだけではないのでしょうか。

 ただこの男に少しでも同意するのは不愉快なのでここは反論でもして見ましょうか。多少の暇つぶしにはなるでしょうし。

「あなたは知らないでしょうけど、いえ、わかろうともしないでしょうけども。

 あの方が元居た世界は、素晴らしい世界だそうですよ。

 普通の、平民でさえ、平和に暮らし、飢えることなく、食料を奪い合う事もない平和な世界です。

 みな高い教養を有し高い道徳を持っているそうです。

 わたくしたちとは精神も考え方も、その基盤が違うのです。 

 それに、そもそもそのようなことを考えいたる方でもないですし」

 わたくしも……

 転生というものが本当にあるのならば、そんな世界へ一度でいいから行ってみたいものですね。

 わたくしがいくのは間違いなく地獄ですが。天国には間違っても行けはしないでしょう。

「どうだかな」

 元大神官はそのいかつい顔を、吸血鬼となり更にいかつくなった顔を訝し気にしかめた。

 この顔をするときは言いたいことを飲み込んだ時の表情であることはもう熟知しています。

 それを横目で見ていると自然と笑みがこぼれてしまう。まだこんなことで笑みをこぼせるだなんて思ってもみませんでしたが。

 然しもの大神官も手ひどく長年にわたり、わたくしに痛めつけられた記憶が残っているでしょうね。

 もはや言い争いにも発展せず、軽口を叩くことでしか抵抗できない。

 軽口くらいはもちろん許しますよ。だって、ここは暇しかないのですから。

 それすら許さなかったら、暇という怪物に押しつぶされてしまいそうですよ。

「あなたが恋焦がれた神の世界ですよ? 否定しなさるのですか?」

 返事するのも気だるくはあるのですが、それ以上に暇というものは嫌気がさします。

 本当は喋りたくもない相手なのですが、それ以上にこの地獄には暇しかない。

 眠りすら必要ない吸血鬼の肉体がこれほど憎らしいとは考えもしませんでしたよ。

「同じ世界だとは……」

 やっぱり認めないのですね。

 自分の都合の良い事しか認めない。都合の悪いことは屁理屈をつけて否定し、認めることはない。

 とはいえ、少し歯切れは悪い。それは少しイジメすぎたためですか?

 まあ、力関係はわかりきっていますからね。

 吸血鬼に取って上位種の命令は絶対みたいですね。

 おかげで、「苦しんで」と、言われたわたくしも、もう何年たったかも定かではありませんが、もう長い事実際に苦しみ続けていますよ。

 あれは、命令ではなかったとは思いますが、逆らい難いものを感じずにはいられませんね。

「いいえ、同じ世界で同じ国だそうです。年代は…… 少し違う、と仰っていましたね」

「だとしても、あの化け物は預言書には……」

 深いため息が出る。

 最終的には預言書、預言書、預言書。あんなもの預言書でも何でもないじゃないですか。

「またその話ですか。

 あんなもの預言書でもなんでもないじゃないですか。あんなものに踊らされてあの方にケンカを売らなければ、教会は失われず人として死ねたのではないですか?」

 自分でも失言だと言うのはわかっている。

 その預言書は主が残した物なのだから。

 しかし、その内容はというと目のそむけたくなる内容すらあるものだった。

 これを書いた存在を自分は神と崇めていたのかと、言いたくなるくらいだ。

 確かに叔父である大神官は嫌っていたが、教会とその主たる神々のことを嫌ったことはなかった。

 アレク様から語られた神々の人類を長く生き延びさせるための魔王の話も、ショックは受けたものの、時が経てばまだ納得はできる内容だった。

 実際、大陸の北側では人口増加問題は密かに長い間ささやかれ続けていた問題だ。それを現実の問題となるまえに解消していたのは魔王の存在において他ならない。

 だけれども、そうなのだけれども、預言書に書かれている預言以外の内容はというと……

 正直言ってしまうと幼稚すぎる。

 書いてあることは正しいのかもしれないが、まるで遊びか何かのルールのような物しか思えない。

 とてもではないが、少なくとも自分はそれを書いた者を神として崇められるかと、問われると即答は出来なくなっていた。

 そんな物をよくもこの男は信じ切れていたものですね。まさに狂信とでもいうのでしょうか。

「……」

 返事は帰ってこない。

 わたくしの怒気を感じて押し黙ったのか、ケンカを売る相手を間違えたのは理解しているのか。

 まあ、どちらでもいいですけど。

 せめて、ケンカを売る前に一目でも自分の目でその存在を確かめていれば、このような結果にはならなかったのに。

「あの方たちは海の魔神を倒すそうですよ。もしかしたらもう倒しているかもしれないですね。

 それだけの時間はたっているでしょうし。

 ここからでは外の世界がどうなっているかわからないですが。

 アレク様の指揮の元に動いているので、未来であれ過去であれ、それは間違いないでしょう」

「我らが主でも手出しできなかった海の魔神をだと?」

 そう言われて少し自分が苛立つのを感じます。

 まだ、自分の中にも信仰というものがまだ残っているのでしょうか。

「違いますよ、倒せなかったのではなくて、当時は倒してはいけなかった、のです。

 そこは履き違えないでください、ね?」

 そう、海の魔神と呼ばれるその存在を、神々であられる主が倒せなかったわけではない。

 その理由は、アレク様より聞かされることなったけれども。

 そう言った意味では、あの方、イナミ様とオスマンティス様はアレク様の待ち望んでいた存在なのでしょうね。

「それは今でも変わらないだろう?

 あの海の下に何があるのか、預言書を読んだお前なら知っているのだろう?」

 確かに海の底にあるおぞましいもののことは預言書にも書いてありました。

 それ以前にアレク様から聞き及んではいましたが。

「ええ、もちろん知っていますとも。そのためにあの方たちは色々なさってましたからね」

 知ったのは預言書からでなくアレク様の口からでした、と、それをわざわざ訂正する気は面倒で起きない。

 少々この暇つぶしにも飽きてきたという事でしょうか。

 何と言ってもこの男と話すのは、無条件に苛立ちますから。

「あれは人であろうと神であろうと、どうにかできるものではない。あれ自体が地獄の蓋のようなものだ。

 ワシはあれを一度海で直接見たからわかる。

 あれは人がどうにかしていいものではない。

 現にあの精霊王でさえ尻尾を巻いて精霊界に引きこもっているではないか」

 地獄の蓋とは。その表現だけは確かですね。

 何の準備もなしに倒してしまえば、この世界は滅びるだけです。

 そう、海の魔神は地獄の蓋そのものです。

 それに、なるほど、この男は海の魔神とやらをその目で見たことがあるのですね。そういえば東部にある神都は海から割と近いのでしたっけ。海の魔神が東側の海に現れることは稀と聞きますが、現れないわけではありませんしね。

 それを見て預言書にすがりたくなったと言われれば…… まあ、理解はできませんが納得行くかもしれませんね。

 アレク様の話を聞いた限りはですが、その容姿は想像を絶するほど巨大な海竜とのことですので、直接目にすればそういう言葉が語られるのもわからなくはないですけれども。

 まあ、それ以上に問題なのがそれを倒した後なのですが。

「それをどうにかしようとしているのが、あの方たちなのですよ。

 どちらにせよ、吸血鬼となった今の私達には関係のない話ですよ」

「人が滅亡したら血を吸えなくなるではないか。

 ワシはまだ生血を啜ったことはないのだぞ?

 その渇望だけが今もこの身を焦がしてやまない」

 それは人として幸せなことなのでは? と返そうとして口を噤んだ。

 それを言える権利は自分にはもうない。

「それでも栄えある教会の大神官ですか」

 今でも吸血衝動には耐えがたいものがあります。一度でも味わってしまったら、それは味わう前の衝動とは比べ物にならないほどの。

 その誘惑に負け現在こうしているわたくしが、そのことに対してどうこう言えはしませんが。

 それでも、それを知らないのは人として幸せなことだと思います。

 が、どの道ここではどうにもならないですし。

「今のワシはただの吸血鬼だ。大神官もクソもあるか、この衝動だけはどうにもならん」

「はぁ、なんでこの人でなしだけ意識を保ってしまったのですかね。

 もしかして負けることを想定していて吸血鬼化の儀式を済ましてきていたんですか?」

 ほんと嫌になる。別の人であれば、多少は気が楽だったのですが。

 この嫌いな男と何年こうしているのでしょうか。本当に。

「その問いには何度も答えて来たであろう?

 そのような儀式流石にせんよ。

 ワシが意識を保てたのは、それこそ神の思し召しという奴だろう、信仰のなせる業よ。

 そういえば、お前はあの化け物によって正気を保っていたんだったな?」

「ええ、あなたのような人と二人で長い時を過ごさなければならないだなんて、何て酷い罰なのでしょうか。

 せめてデフロット師匠が意識を保ってくれていれば良かったのに」

 師匠も師匠でめんどくさい方でしたが、この男よりは大分ましでしょうし。

 あの方の領地がどれだけ、自分にとっての理想郷だったか、今になって思い知らされる。

 吸血衝動にさえ打ち勝てれば、自分は今もあの理想郷にいられたと思うと…… 後悔しても後悔しきれませんね。

「あやつとて腹の中は真っ黒だそ。自分の保身のことしか考えておらぬヤツだ。

 今の奴を見てみろ、本性がすすけて見えておるぞ。

 中庭辺りで弱い吸血鬼を自分の餌として確保しているぞ、あの卵頭めが」

 それもまあ、事実なのですが、それでもあなたよりは何倍もマシですよ。

 そう口にしたかったけど言わなかった。

 別に気遣いしたわけではないし、そもそもこの男に気遣いする必要など微塵もない。

 ただそんなどうでもいい事よりも、疑問が一つ浮かび上がってきただけだ。

 その疑問をそのまま口にする。

「吸血鬼が吸血鬼の血を吸っても吸血衝動は収まりませんのに、なんで皆共食いをするのでしょうかね」

 何度も試したことですが、気がまぎれるくらいにしかなりません。

 まあ、ひと時の暇つぶしくらいにはなることはわかりますが。

「気が紛れるからだろう、それ以外になるがある?」

 やはりそれですか。

 だとしても、狂っている吸血鬼に気を紛らわせるだなんてこと意味があるのでしょうか?

 実のところ、深層心理では人の心の根幹が残っていたりはするのでしょうか?

 わかりませんね。

 にしても、せめて人として意識を保てているのがこの男以外にいてくれれば、何度そう願ったことか。現実は厳しい。

「気が狂っていても、気晴らしですか。

 そのようなことがあるのですかね?」

「正気を保ち続けている我らにはわからぬことよ」

 ハッ、笑わせないでください。

 あなたが正気を保っている? あなたは人間の時から、大神官の職に着く前から、あなたは狂っていました。

「一緒にしないでくださる? わたくしはあなたほど狂っていません」

「フフッ、どうだかな。おまえこそ自分が正気を保っていると勘違いしていないか?

 ワシの目からすれば、お前も相当狂っているぞ」

 そんなこと言われるまでもなく百も承知です。

 こんな状況下に長い間置かれ正気を保てる人間などいましょうか。

 あの方が施してくれた結界は嫌になるほど強固です。

 人である、例え吸血鬼の身であったとしても、この魔術を解除することは出来ない。

 例え、エデンバラの神官達が全員意識を保っていようと、この穢れを断絶する結界の魔術を解除することはかなわないでしょう。

 魔術としての構造が、理解の深さが違いすぎて人知では手の出しようがありません。

 こんなもの一瞬で一から作り出すのですから、まさしく次元が違います。

 恐らくあの方とわたくし達では精神構造そのものが違うのでしょうね。

「ところで、吸血鬼ってなんなんでしょうね。

 怪我してもたちどころに治り、人の生血に強い執着があるにもかかわらず、結局は血を吸わなくても生きて行けてしまう。

 どう言った原理で活動しているのでしょうか。もう少し詳しく調べておくべきでしたか」

 今となっては遅いですが、シースにもう少し協力して吸血鬼の生態を調べてもらって置けばよかった。

 体中無遠慮に調べられるのは嫌でしたが、今となっておけば彼女の研究対象になっておけば多少は違っていたでしょう。

 そうすれば、もしかしたら自ら死を選ぶ選択もあったでしょうに。

「一説には太古の呪い。穢れを糧として生きるアヤカシの類とのことだ。

 魔王も元をただせば吸血鬼が元だったという話もある」

 魔王の元は吸血鬼? 吸血鬼を元にして魔王が作られたと考えるべきですかね。

 どちらも穢れを糧にするわけですから、それはあり得そうですね。

「にしても、穢れを糧にですか。

 ふむ? それならわたくしたちが生きながらえることで穢れを少しでも消費できるのであれば、役に立っているのではないのかしら?」

「今更、人の役に立ってどうするというのだ。

 それこそ海の魔神を倒してしまえば、この世は穢れに飲み込まれる。

 多少我らが消費したところで、それは誤差でしかない」

「ですから、それをどうにか……

 まあ、どうでもいいことですね。

 私達が望むのは早く滅ぼして頂くことだけです」

 完全に放置されていますからね、もしかしたらもう忘れられているのかもしれませんね。

 流石にこの凄惨な様子をご覧になれば、どうにかしていただけると思うのですけどね。あの方はお優しいので。

 この屋敷の外では今も吸血衝動による共食いが昼夜問わず起きていてまさに地獄です。

 縁はまだつながっているのにあの方の気配を感じれないという事は、意図的に見ないようにしているんですね。

 はぁ、本当に情けないほど臆病な方。

「念話で懇願でもしたらどうだ」

「そんなこととうの昔に何度もやってますよ。

 経路が閉じられてます。わたくしからでは無理です」

 かなり昔に何度か終わらせてほしいと懇願の念話を何度も飛ばしましたが、完全に遮断されているのか反応なしです。

 こちらからでは、わたくしの魔力ではそもそも念話の届く距離にいないのかもしれないですが。

「ならば、あの木偶人形どもに特攻でもしかけたらどうだ」

「半殺しにされて放置されるだけですよ。

 ちゃんと殺されないように設定されいます。剣の腕だけでも達人級以上の傀儡兵に挑むんですか?

 傷が癒えるとはいえ、痛いものは痛いのですよ?

 こちらの魔術など意にも解しませんし、だいたい何体いると思っているんですか?

 百体どころではないですよ。一体だけでもあなた方を壊滅出来たというのに」

 そう言うと大神官は心底悔しそうな、苦虫を噛み潰したかのような顔を見せてくれました。

 これが今日一番の、ささやかな幸せですね。

「トンネルはどうだ?」

「それ。十年に一度くらいのペースで試していますよね?

 いつもバレバレじゃないですか。穴をほったくらいで傀儡兵の目を欺くことなど出来ませんよ」

 そもそも傀儡兵は目で見るのではなく、ごく少量の魔力を飛ばしそれの反射でものを認識しているんだとか。

 よくもそんなものを作り上げれるものです。本当に脱帽しますよ、あの方には。

 まあ、おかげでこの地獄に閉じ込められているわけですが。

 死角で隠れて何かしようがあの傀儡兵には全てお見通しなのですよね。

「いや、より深くだ。時間なら腐るほどある」

「それも忘れたんですか? ある程度穴を深くしたら傀儡兵が攻め込んできて埋め戻されてたじゃないですか」

「むう、そうだったか。最近は記憶がな……」

 そう言って大神官は頭に手をやっている。

 もう嘘かどうかを見抜ける力はもうないが、嘘をついている風でもない。

「ボケが始まってるんじゃないですか? それとも正気を失い始めているんですか?」

「そうやもしれぬ。おまえと違ってワシが正気を保てている理由はわからん」

 確かに大神官がなぜ正気を保っている理由がわからない以上、いつこの大神官が正気を失い獣のようになってもおかしくはない。

「先ほどは信仰のたわものとおっしゃってたじゃないですか」

 こんな相手でもここでは唯一の会話相手だ。いなくなられたら気が滅入るというものだ。

 もう色んな意味で限界だ。

 自決すらできない。

 一度吸血鬼どもに肉片となるまで自分を喰わせたことがあるが、数日で意識が戻った。

 その後は地獄だった。

 ゆっくりと肉体が再生してはいくものの、痛みがないわけじゃない。

 激痛の中、肉体が完全に再生するまで一ヶ月以上かかった。

 あれはそう何度もやれる苦しみではない。

「本当に、この地獄はいつになったら終わるのかしらね……」

 また一つ深いため息をつきそれを数える。

 数えた数はもう覚えていない。






 オスマンティウスの木が完成し、その後のデータを確認するくらいしかなく、そのデータも今のところ特に問題は見られない。

 オスマンティウスの木は世代を重ねても付け加えた特性が失われる様子もない。それどころか世代を増すごとに穢れの吸収率が徐々に増えていっているまである。

 また海でも問題なく大樹になるまで成長することも確認されている。

 特に海底が砂地であれば砂鉄を吸収しやすいようだ。より大きく育ってくれる。

 とりあえず私の役割の一つは終わったと言ってもいい。

 海に植えた何本かは海の魔神にへし折られながらも、この大陸を取り囲むように植林していく作業も着々と進められている。

 海の魔神との決戦ももうすぐだ。

 その前に、私はしなくてはいけないことがある。

 ずっと考えないようにしてきた。

 グリエルマのことだ。もう三百年近くも前のことになる。

 もうもしかすると死んでいるかもと思うが、繋がった縁はその存在が確かに存在していることを知らせてくれる。

 私が直接血を吸い吸血鬼にした唯一の存在である彼女は吸血鬼としても破格の不死性を保っているとのことだ。

 されに三百年近くほっておいたことにより、穢れを吸収し絡み合いその肉体の不死性は更に上がっているはずだとアレクシスさんは言った。

 完全に滅ぼすにはそれなりの、大規模な魔術を行使する必要がある。

 もう傀儡兵に命令どうこうの話ではない。

 私自身が、敵意を持って、意志を持って、殲滅しなくてはいけない。

 とはいえ、魔術の、いや、魔法の候補は幾つかある。

 その中でも最も確実なのは……

 コンコンと、扉をノックする音が聞こえる。

 返事をすると世話役の巫女の子が、

「アレクシス様がおいでになられました」

 と、仰々しく伝えてきた。

 もう魔王城の植林も終わったのか。

「お連れして」

 私がそう言って世話役さんが返事をする前に、アレクシスさんが部屋に入ってきた。

 相も変わらず気が早い。

「イナミ。腐れ沼のほうも制圧が終わったよ」

「えっ、そっちも終わったんだ。

 じゃあ、最後に私の番…… ですよね」

 そう言って私は苦笑することしかできなかった。

 なんせ三百年も放置してしまったのだ。言い訳できるわけがない。

 にしても、オスマンティウスのやつ、私にも報告してくれればいいのに。どうせ念話で報告したんだろうし。

「ああ。聖王との約束の三百年も経つし、そろそろグリエルマを許してやってはくれないか」

 アレクシスさんも少し困った表情でそう言ってきた。

 そしてそれは、とてもまっとうなことで、もっと早く蹴りをつけてあげなければならないことだったはずだ。

「分かってます。私もそろそろ決心しないととは、思ってたんですよね。オスマンティウスの木も完成したことだし」

 ちょうどそのことを考えてただなんては言えないけれど。

 そのための魔法、とは言えない。どちらかと言うと海の魔神相手を想定して考えていた魔法だ。

 魔法にしては構造が簡単なので失敗もないだろう、けど、本番前に試射しておきたい気持ちがある。

 それに、この魔法ならどんな吸血鬼だって確実に葬れるはずだ。

「ボクはもっと早く蹴りがつくと思っていたんだけどね」

 アレクシスさんはそう言ってため息をついた。

 その表情は困った、というよりは少し苛立ちすら感じれてしまう。

 まあ、当たり前だ。アレクシスさんに取ってグリエルマも大切な仲間のはずだしね。

 罰にしても三百年という時間はあまりにも長すぎる。

「アレクシスさんでも嫌味言うんですね」

 この英雄さんが嫌味を言うだなんて。いや、私に失望してないだけまだましなのかしらね。

 だって三百年よ、三百年ほったらかしにしてしまったんだから。

 これくらいで、嫌味を少し言われるくらいで済んでありがたいくらいだ。

 大声で罵倒されて、暴力に訴えられても少しも問題のない年月を放置してしまった。

「いや、すまない。悪かった。

 グリエルマのことを考えるとね。

 まさかここまで引っ張るとは思っていなかったからな」

「ただ、タイミングを逃して…… いえ、言い訳よね。

 今、すぐにでも…… そこで見ていてください」

 もう迷わない。

 今すぐにでも終わらせてあげる。

 このタイミングを逃してしまったら、また決心が揺らいでしまいそうだ。

「今すぐ? ここらか?」

 アレクシスさんは少し驚いたようだ。

 まあ、吸血鬼の街は大陸の反対側だ。相当距離がある。

 けど、今の私なら、これから行う魔法ならその距離もそれほど意味はない。

 特に今から使うのは逆に威力が高すぎて自分の近くには使えないほどの物だ。

「はい、あっ、でも近くに人がいないかだけでも確認しとかないと……」

「もう急かしはしないが」

 少し慌てた風にアレクシスさんは言うが、このタイミングを逃すと本当に決心が鈍りそうだ。

 そんな予感がする。

 なぜならすでに逃げ出したくなっている。もう今日は日も落ちているので明日にでも…… と言い出してしまいたい自分がいる。

 人を、吸血鬼にしてしまった人を、友人だった人を、私のせいで大勢吸血鬼になってしまった人達を殺さなければならない。

 三百年この世界で生きてなお、私はそれが怖い。

「それなりに強力な魔術でないとって言ったのはアレクシスさんですよ。

 初めて使うので威力がどれほどか見当がつきにくいんですよ。今、傀儡兵の目を使って付近一帯に人がいないか検索しているので。

 ああ、今から行うのは魔法ですけどね」

 元々吸血鬼の街の辺りは立ち入り禁止の区域だ。恐らく人はいないだろう。

 それでも、万が一にでも関係ない人を巻き込みたくはない。

 傀儡兵に念入りに、できるだけ広範囲を調査させる。

 なんせどれくらいの威力になるか、私にもわからない。

「どんな?」

「んー、禁呪的な?

 海の魔神相手にも先制攻撃として使う予定ですし、早々試せる規模の魔法でもないので、こんな時にでもないと。

 さすがにここから放てる魔術や魔法で確実性があるのは、手持ちの中でも少ないので。

 それに着弾してしまえば一瞬で痛みもなにもないと思う」

 そうだ、ある意味間接的な魔法だ。それだけに一度発動してしまうと私にももう止められないんだけども。

 今すぐにでも逃げ出したい私には打ってつけの魔法かもしれない。発動させてしまえばもう止められない。

「着弾? いや、まあ、もう決心しているなら任せるよ、そういう話だったしね」

 アレクシスさんは少し悲しそうに笑ってそういった。

 なんで悲しそうにするのか、私には理解できなかったけど、私に向けられた表情でないことだけはわかった。

「任せた結果が三百年ですよ。自分でも驚きですけどね……

 確認が取れました、付近に人もいません。

 今終わらせてあげるね、グリエルマ……」

 私は心を殺して魔法の構成を作り出した。


 この魔法は言ってしまえばメテオだ。隕石を降らせる魔法。

 ゲームなんかでも最上位に位置することも多い魔法。

 ただこの世界に、少なくともこの星の上空に月はあっても、落とせるような、衛星のような物は存在しない。

 流石にどの程度の大きさなのかわからないけど、月を落とすとなるとこの星自体が滅んじゃうよね?

 そんなもの落とす訳はないし本末転倒だ。

 けれど、落とす手ごろな物がない。

 なら作ればいい。

 アレクシスさんの太陽の神剣。あれも魔法で作り出された物で元々は魔力から作られた物質だ。

 そう、魔法であるならば魔力だけで形も質量もある物質を作り上げることだって可能なのだ。

 まさにこの世界の法則を捻じ曲げている代表だと言ってもいい。

 物質的にはだけれども、無から有を生み出しているわけだから。

 この魔法はただ高高度の上空に質量のある物体を作り出して狙った位置に落とすだけの魔法。

 それだけの簡単な魔法だ。

 痛い思いはさせたくない。そのために今回はちょっとだけアレンジはするけれども。

 吸血鬼の街一帯の穢れ自体を霧散、いや、一度、ひと時だけでも完全に消滅させなくてはいけない。

 純粋な魔力塊。それに質量を持たせる。

 重い方が威力が増すんだっけ?

 どうだっけ、もう昔過ぎて物理なんてもの覚えてないよ。そもそも授業を受けていなかった気もするけど。

 まあ、物質的なエネルギーはそれほど問題じゃないか、穢れを消滅させる上で重要なのは霊的エネルギー、要は魔力だ。

 その霊的エネルギーもいやってほど凝縮させて込めてあげる。これだけあれば問題ないだろう。

 私のはるか上空に魔法を使い魔力できた結晶のような存在を作り出す。

 純粋な魔力塊だけれども実体と質量を持った塊でもある。それに念には念を入れて破壊因子の属性も付与する。

 これで穢れだろうがなんだろうが、綺麗に消滅させてあげれるはずだ。

 ちょっと過剰威力な気もするけれども、下手に生き残るよりはましなはずだ。

 どうしようか迷ったけど、別れの挨拶くらいしておかないといけないし、これから私が犯す罪もちゃんと自覚しておかないといけない。

 人殺しの罪を。

 ちゃんと自覚しておかなければならない。

 閉じておいた縁の経路を開く。

 恐らく過去に送られてきていただろう念話の残滓が届くが、どれも古いものでもう読み取れるものは存在していなかったけれど、どれも「殺してください」という強い念だけは感じ取ることができた。

 悲痛なほど終わりを求めているそれを感じるともっと早く終わらせてあげるべきだったと後悔することしかできない。

 なんで私はこんなに弱虫なのだろうか。

 メテオの魔法を維持しつつ、念話の魔術を発動させる。

 今の私なら、三百年間魔力が膨張し続けた私なら、縁の力をかりなくてもこの距離の念話も可能だ。

(グリエルマ……)

(イナミ様? ですか? 本当にご無沙汰していますね。今頃になって念話を送っていただけるだなんて)

 すぐに返ってきた来た念話の言葉から感動と希望と絶望、それと恨みの感情を感じることができた。

 どれほど長い間絶望し、私を恨み、そして私からの連絡を切望していたのかが簡単に読み取れるほどだった。

(待たせてごめんね、今終わらせてあげる)

 私は心の底からそう思い、もっと早く終わらせてあげるべきだったかと再度後悔した。

 もう迷わない。迷えない、こんな感情を感じてしまったら、一刻も早く終わらせてあげなければならない。

(ああ、長い間この時をお待ちしていました)

 その声からは、恨みは消え本当に終われるという歓喜の念だけが伝わってくる。

 そこまで思いつめて…… 本当にごめんなさい。

(痛みも何もないと思う。けど、怖いなら西の空は見ないでね)

(終わらせていただけるのなら、何でも構いません。ここは地獄です)

(ごめんなさい…… 本当に待たせてしまってごめんなさい)

(謝られても困ります。最初に罪を犯したのはわたくしなのですから。

 さあ、終わらせてください。それこそがわたくしの悲願です)

 長く話していると辛くなる。

 色々思い出してしまう。

 強くない私の心は終わらせてあげたい思いと、逃げ出したい思いでせめぎ合っている。

 これ以上、何かを話すものなら、逃げ出したい気持ちが勝ってしまうかのように思えるほどに。


 だから私は魔法を発動した。

 強大な破壊因子を伴った実体化した魔力塊は指定された場所へと落ちていった。






「ハハッ、やっとです、やっと終わりの時がきました。

 わたくしは許されたのですよ」

 全身を歓喜が駆け巡り気分が向上する。

「どうした?」

 その様子にあっけにとられたように元大神官が反応するが、きちんと説明するほど時間もないでしょうし、そもそも説明できることもない。

「あの方が今我らを終わらせてくれます。

 西の空を見に行きましょう、そこに終わりがあるそうですよ」

 恋焦がれるように走り出し、いえ、床を蹴り飛び上がり、そのまま天井を突き破って屋根まで出ました。

 続くように元大神官も開けた穴から屋根へと這い上がってきました。

 無様に這い上がる姿、これがこの男を見た最後の姿でしたね。まあ、どうでもいいですが。

 時刻は夜でした。

 夜空には月だけが煌々と輝いて、いえ、それ以外にも、西の空に一際大きい星が輝いているのが見えます。

 あんな星は記憶にはなかったはずですが。

 それが確実に、輝きが大きくなって来るのが見えます。

 星? 星が降ってくる?

 少なくともそう思えました。

 そのことを理解したとき、先ほどとは比べようもない程の、狂わしい程の歓喜が体の駆け巡りました。

 まさか、ここにきてこんなことがおこるだなんて、もう諦めていましたが、主より預かった神託まで最後に叶えて頂けるなんて!!!

 信仰を失いつつあることも事実でしたが、気がかりでもありました。

 わたくしにとって唯一ともいえる主との邂逅だったのですから。


 秘匿せよ、秘匿せよ、秘匿せよ。

 星を汝が手に。

 これを汝が試練とする。必ず達成せよ。

 これは運命である。


 これが主より頂いた神託のすべてです。

 夜空に輝く数少ない星をどうやって手にするのか。

 そんな方法は思いも着かなかった。

 だけど、まさか、あの方は夜空に輝く星をも降らして下さるだなんて。

 そんなことすら可能だなんて、ああ、あぁあ、イナミ様、貴女はやっぱり…… わたくしにとっての神です……

 次第に大きくなる光に向かい必死に手を伸ばす、その手で掴み取るように。






 東の地平線に光が灯った。

 それは夜なのに昼間のように、数舜ではるのだけれど、夜空を明るくともした。

 その光をみてアレクシスさんが、

「何を?」

 と私に問いかけてきた。

「星を落としました。魔法で作った星ですけどね。

 それに破壊因子を持たせて、すんごい高いところから落としました」

「そこまでしなくても……」

 本当に驚いた表情でアレクシスさんは私を見つめている。

 確かに、隕石はこの世界ではとても珍しい。

 そもそも夜空に浮かぶ星も地球と比べると圧倒的に少ない。数えたことはないけれど、恐らく数えきるのに一時間もかからない程度の数しかない。

 そのせいなのか、それともこの惑星のほとんどが海だからなのか、この大陸に隕石が落ちたという記録すらない。

 流れ星、という存在すら認知されていない。

 月はあるんだから、ありそうなものではあるんだけどね。

 だからなのか、星はこの世界にとって地球よりも神聖視されている。

 そんなものを疑似的にでも落とすんだからやっぱり禁呪なのよね。

 でも、これ以外だと向こうまで行かないといけないし、時間がかかってしまう。そうすると、また決心が揺らぎそうに、何か理由を付けて逃げ出したくなってしまう。

「痛がらせるのは嫌だったから……

 確実に…… し、死んで、くれる…… ように……」

 喉に何かが詰まったように、言葉がでなくなる。

 自覚してない訳じゃないが、それをはっきりと言葉にしてしまうには、やっぱり私は強くないらしい。

 私は三百年たった今でも、やっぱり強くはないんだ。

 まあ、三百年と言ってもそのほとんどはひきこもって研究に費やしていただけだからね。

 精神的も成長何てしているわけない。

「イナミ、すまなかった。やっぱりこれはボクがやるべきことだったのかもしれない。

 キミには……」

 私が思った以上に落ち込んでいるのが見て取れたのか、アレクシスさんから後悔しているようだけれど、それはお門違いだ。

 全部元は私のせいなのだから。

「いえ、私のせいですから。私がしでかしたことですから……

 すみません、しばらく一人にしてもらってもいいですか?」

 誰かといるのが耐えれなかった。

 人を、以前は友人、大事な人と思っていたその人を、私は今、殺したんだ。

「ああ、わかった。オスマンティウスが戻って来るまで、まだしばらくかかるだろうし、それまでゆっくり休んでいてくれ」


 殺した。グリエルマさんを。

 殺した。何の罪もない開拓村の人達を。

 殺した。私のせいで吸血鬼なった教会の人達を。

 私が殺した。人を殺した。

 この世界に来て、初めて何かを意識して殺したのは妖魔のグントニールさんか、いや、グレルボアなのかな?

 グレルボアはともかく、少なくとも意思疎通ができて人型をしていたグントニールさんを殺したときは……

 あの時も落ち込んでいたっけ。

 今回は人を、吸血鬼になっていたとはいえ人を殺した。

 私を何度も助けてくれた人を。私を頼ってくれた人と。私の友人だと思ってた人を。

 直接殺したわけではない。私は星を作ってそれを落としただけで、その最後の姿も見ていない。

 ただなぜか、繋ぎぱなしだった念話の経路から感謝の念が私に届いていた。

 それも感極まる様な感謝の念だ。あまりにも感情が高ぶりしすぎてて言葉にはなっていない。

 ただただ狂気にも近いほどの感謝と歓喜の念だけが私に届いていた。

 そこまで地獄だったんだろうか。そこまでして終わりたかったのだろうか。

 そんなところに私は三百年も閉じ込めていたのだろうか。

 そういえば、グリエルマさんは受けた神託を完遂することはできたんだろうか。

 その内容は結局わからなかったけど。

 私が逃げていた三百年の間に終えられていたらいいのだけれど、あんな場所に閉じ込めておいてそれは出来ないよね。

 ごめんなさい。遅くなって本当にごめんなさい。約束を守れなくてごめんなさい……






「凄かったわよ、まるで火山の火口みたく大地が抉れて大地が燃えていたわよ。

 周りの傀儡兵も表面溶けててもう使い物にならないでしょうに。

 一体何をしたの?」

 腐れ沼を鋼鉄の大樹の森に変えて帰りがけに、激しく大地を鳴らし衝撃が大地を駆け巡ったのを直に体験したオスマンティウスが興奮気味に語った。

 それでそのまま星の着弾跡を見に行ってきたらしい。

「星を落としたそうだ」

 完結に答えた。

 ボクにも詳細はわからない。ただ魔力で星を作りそれを落としたと言っていたが。

 イナミには星がどういうものなのか理解出来ているよう思える。ボクにはあまりにも遠すぎてこの眼をもってしても見切ることはできないのに。

「星って夜空の? 数少ない星を落としたっての?

 星って割と人類にとって大切なんじゃなかったけ? そんなもの落としちゃったの?」

 オスマンティウスが心配そうにそう言った。

 その表情は、とても分かりやすい。大事な星を落としたことでイナミが非難されないか心配しているのが、簡単に読み取れてしまう。

 隠してはいるけれども、人よりイナミのほうがやっぱり大事なのだろう。

 となると、やっぱりもう彼女の中にはいないのかもしれない。

「いや、作って落としたそうだ」

「星って作れるのものなの?」

 オスマンティウスは安心したと同時に、目を輝かせて驚いている。

 いや、その気持ちはわかる。

 星を作って落とすだなんて、ボクもいまだに理解が追い付いてない。

 そもそも星という存在を理解できていない。ボクの認識が間違っていないならば、それははるか遠くに存在する物のはずだから。

「さあ? ボクにもわからないよ。イナミの魔法や魔術は既定の物には収まらないからね」

「王子様にもわからないことはあるのね、で、イナミはまたふさぎ込んでいるのね?」

「いや、二、三日部屋に篭っていたが、今はそんなこともない。

 今日もミリルの墓に行っているんじゃないのかな」

 ここ数日は毎日通っていた。もちろん今日もだ。

 午前中には出ていってもう夕暮れ時だ。いつも通りなら、そろそろ帰っては来るだろうか。

 この近くにいることは間違いないが、イナミの魔力は想像を絶するほど大きくなりすぎていて、もはやその魔力からでは大体の位置、方向位くらいしか特定できないほどだ。

 それは、あんまりにも馬鹿げた魔力量だ。それなのにその本人自体は驚くほど普通の少女だ。

 人を殺した罪に今も苛まれていることだろう。

「敵討ちの報告でもしに行ってるのかしら?」

「そういうわけじゃないだろうが、まあ、報告…… なんだろうな」

 恐らくは、確かに報告と、いや、懺悔をしに行っているんだろう。

 なにを懺悔しているのか、それまでは深く知るつもりはないが。

 彼女はその持っている力とは裏腹に、ただの善良な人間でしかない。

 それを考えるとこの計画に巻き込んだことに少し後悔の念がないわけではないが、彼女なしにこの計画はなしえなかっただろう。

 元から選択肢はない。

「そう、まあそれならいいんだけど。

 いや、良くないのよ。イナミったら、わたしが忠告しておいたのに何の対策もしていないのよ?」

「ああ、それは……」

 しないでくれたほうが都合がいい。

 けど、それを口に出すほどボクも愚かではない。

「聞きたくない」

 そう言ってオスマンティウスが耳に手をやってふさぐが、その耳は元々何か音を聞き取れるわけじゃない。ただ人を模倣した飾り物でしかない。

 耳を手でふさぐ行為自体も人の模倣なのだろう。

「わかってくれとは言わないが」

 こんなことも言わなくてもいい。

 この神は既に全てを知っているのだから。

「わかってるわよ。でも嫌なものは嫌なのよ、あなただってわたしを置いていくつもりなのでしょう?」

「ああ、すまないと思っている」

 それは本当にすまないと思っている。

 全てをこの神に、神を演じているだけの彼女に、全てを託さなければならない。

「まあ、いいけど。いいけど、嫌なものは嫌なのよ」

 本当に寂しそうな表情を見せてくれる神様だ。

 ボクも色んな人と出会い、別れてきた。

 その感情は理解することができる。別れはいつだってつらい。

「オスマンティウス。キミには本当にすまないと思っている」

「別にいいのよ、それはエッタの望みだったし。でも一人は寂しいのよ」

 一人。やっぱりそうなのか。

 イナミはまだ気づいていないようだけれども。

「やはりもういないのかい?」

 ボクのその問いに一瞬驚いたような表情を見せた。

 でもすぐに納得したように頷いて、いつもの、神様を演じているときの表情を見せた。まるで取り繕うかのように。

「ええ、人の魂はどう頑張っても四百年程度しか持たないわ。

 エッタのはこの眼のせいで、もとから大分擦り切れてたからね、かなり早く…… ね。

 それに…… これは絶対にイナミには言わないでね?

 一度イナミにエッタの魂を分けて見せたことがあるの。凄く落ち込んでいるときにね。早く立ち直って欲しいっ願われて。

 その行為自体、エッタの魂の寿命を短くする行為だったんだけど、エッタがどうしてもって、ね。

 わたしは神様だからあんなに切実に願われたら、それが純粋な願いなら、わたしが嫌でも叶えなくちゃいけないの。神様だからね。

 それにエッタの記憶は今もわたしと共にあるわ、だから寂しくはないのよ……」

 そういうオスマンティウスは物凄く寂しそうだ。

 自分自身が味わってきた孤独を今度はこの神を演じなければならない少女に全て押し付けなければならない。

 ボクがやろうとしていることは精霊王とそう変わらないのかもしれない。

「そうだったのか。わかった。約束するよ。イナミには伝えないようにする」

「お願いよ? もしイナミがそのこと知ったらまた落ち込むかもしれないし、それに迷ちゃうわよ?

 それでもいいの?」

 そう言って悲しそうに微笑むが、実際はイナミに迷ってでも少しでも長くいて欲しいのだろう。

「あまり良くはないが、選択の自由くらいはあってもいいと思っているよ」

 イナミが……

 イナミが強く願えば、それもいいのではないかと最近は思うようになっている。

 それ以前に今のイナミはボクよりも確実に強い。

 倒そうと思って倒せるような存在では既にない。

「それ。場合によってはイナミを敵に回すってことよね?」

 オスマンティウスの目が鋭くなる。

 イナミを敵に回すなら自分もボクの敵に回ると脅しているかのようだが、そんなつもりは元から毛頭ない。

「そんなことにはならないと思うよ。

 それにあんな魔法を使われたらボクだってどうしょうもない」

 実際そうだ。

 しかもイナミの魂の本体は未だにあの器に収まり切れていない。

 未だにその片鱗だけなのだ。本来どれだけの魔力量なのか、どれほど偉大な魂なのか、想像すらつかない。

「たしかに。

 星を落とすだなんて、どうやったら思いつくのかしらね」

「さあね。もしかしたらイナミの元居た世界では割とよくあることだったんじゃないか?」

 イナミの言動から推察すると、そうなんだろう。

 やはり神の世界なのか。

 この世界でもいつしか星がどんなものなのか、理解される時期がくるのだろうか。

 そのためにもやっぱり計画は実行しなくてはならない。

「そうか、そうよね……」

「ともあれ、とうとう最後の魔神退治だ。

 オスマンティウスは準備終わっているのかい?」

 ボクのほうの準備はもう終わっている。

 何かとそそっかしいボクだけれども、流石に抜かりはない。

「ええ、昨日も一体配置しておいた使徒をへし折られたけど、まあ、問題はないかな。

 使徒ならへし折られても再生できるしね。

 それより星を降らす魔法をぶつけちゃえば、海の魔神も一撃なんじゃないの?

 あんなの耐えれるとは思えないけど?」

「どうだろう、相手は精霊王と並ぶ原始の精霊だからね、そう簡単には行かないと思うよ」

 太陽の精霊、海の精霊、大地の精霊。

 原初の精霊の中でも三大精霊と呼ばれる強大な存在の一体だ。

 確かにあの星を降らす魔法は凄まじい威力だったが、それだけで終わりはしないだろう。

 それでも心強い戦力であることは変わりない。

「私達三人でかかるのよね?」

「ああ、と言ってもイナミの役割は足場の維持だけどね、ボクとキミが攻撃役だよ」

 それ以外の戦力は今は温存しておきたい。

 それに海の魔神相手では並みの精霊では無駄死にさせるだけだ。

 魔神の纏う穢れに汚染されても厄介だ。

「私よりイナミのほうが攻撃役に向いているんじゃない?」

 たしかにそうだ。もはやボクよりも、いや、誰よりも向いていると思うよ。

 それでも、

「イナミは、ほら、命を奪うことに責任を感じてしまうからね」

 無理に何かを殺すことをさせる必要はない、ましてやなれさせる必要はもってのほかだ。

 イナミは純粋なままでいい。それこそがイナミだ。

「それが敵でも感じちゃうのよね」

 オスマンティウスはため息を着く。

 でもその表情は柔らかく笑顔だ。

 彼女も同じことを考えているのかもしれない。

「それより、イナミが戻ってきたら魔王の封印を解く。そっちの準備は?」

「もう地下神殿自体の魔法も解析出来てるし、楽園の杖の力もあるわ。平気よ」

 何とも頼もしい返事だ。

 ボクとイナミだけではここまで順調にことは運ばなかっただろう。

 予想だにしなかった新しき神。それがここまで成長してくれることも予想してなかった。

 今では本当に頼もしい存在だ。

 それは一緒に旅をして来たからわかる。彼女はなんだかんだで神以上の神様だよ。

「本当に感謝しているよ。

 キミとイナミがいてくれたことに」

「ん? それはいいけど、精霊のほうはどうするのよ?」

「それは問題ない、イシュヤーデに頼んで知識の環にも知らせておいてもらっている。

 もしかしたらキミに迷惑かけることになると思うけど……」

 キミとイナミには迷惑をかけてしまう。

 精霊という存在は本当に愚かだ。

 いや、精霊も必死だったんだろう、三大精霊の一体を犠牲にまでしている。

 それがなければこの世界はすでに存在していなかっただろう、それは事実だし精霊たちの功績はとても大きくそれは認めないといけない。

 だからと言ってこの世界をいつまでも自由にしていいわけではない。

「どういうこと?」

「もう事前に海の魔神を倒したら永久的に精霊門が閉じることは伝えてある。そして、この世界に穢れが大量にあふれ出ることもね。

 そこまでしてこの世界に居たいのであれば、ボクには強制出来やしないよ」

 それも一つの選択肢だ。それまで奪うようなことはしたくはない。

 その先に破滅が待っていてもだ。

 精霊であれ人であれ、最後は自分で選ぶべきだ。

「わたしには居残ることを強制するのに?」

「ああ、だから、すまないと思っている」

 ボクがそう言うとオスマンティスはニッコリと作り笑いをした。

 やっぱり本心は寂しいのだろうか。

 この寂しがり屋の神から、何もかも奪っておいて、後の面倒ごとまでも押し付けなくてはならない。

 本当にすまない、心からそう詫びる。何度も何度でも。

「口では何とでも言えるわ。

 まあ、良いわよ。今残ってる精霊がそのままでも妖魔になっても今のわたしの敵ではないから。

 もう全部話はついてるってことでいいのよね?

 海の魔神を倒してしまったら、もう迷う時間はないのよ?

 そもそも山の魔神が完全に消滅して世界山脈が年々低くなって来ているのよ。元々標高が高い北側はまだいいとして南側はもうあんまり時間ないでしょうに。

 最初に被害を受けるのは、亜人特区になるんだろうけど」

 そもそもが山の魔神が下山して魔王の配下になったのがイレギュラーだった。

 けれど、テッカロスのあの惨状を見たらほっては置けなかった。終わらせてあげたかった。狂気の中にありながら、長い年月世界山脈を維持してくれていたテッカロスを。

 本来なら、山の魔神はもっと後で倒さねばならなかった、世界山脈を維持できなくなるから。

 それでも、オスマンティウスが山の魔神の心臓を取り込んでくれたおかげで、世界山脈の崩壊はゆっくりとなり三百年という時間を貰うことができた。

 もしそれがなかったら、世界山脈は今頃、跡形もなく多くの人が襲い来る津波に飲まれ、海の藻屑として消えていったに違いない。

 それでも海の魔神は、こちらの準備が終わるまで倒すことが出来なかっただろう。

 そうしなければ人は間違いなく滅びる未来しかないのだから。

 ボク一人でも間違いなくそうなっていた。

 そういう意味では、イナミもオスマンティウスも、本当の意味でこの世界の救世主に違いはない。

 作り物のボクとは大違いだ。傲慢な神達によって役割を与えられただけのボクとは違う。

 それなのにボクは……

 この大陸を海の脅威から守る世界山脈。その維持のために下山しないでいたテッカロスを見過ごし続けていたボクはイナミを責める権利など初めからない。

 グリエルマを見過ごしたからと言って人類の脅威にはなりえない。事実この三百年、吸血鬼の街と呼ばれる魔境で新しい被害は一件も出ていない。

 魔境などと呼ばれてはいるが、噂が噂を呼びそう呼ばれているだけで、あの悲劇が起こった後はその街の外観すら確認した者はいないのだから。

 そもそも、テッカロスを倒してしまった、その事実に、世界山脈が無くなってしまうその事実に、悔いて隙を作らなければ、テッカロスがグリエルマに魔法をかけるのも防げていたはずだ。

 結局のところ、一番の元をただせば、ボクが甘かった。

 それを体よくイナミになすりつけたようなものだ。

 まあ、それらももうすぐ終わる。

 全てが報われる形で終わってくれればいいんだけどね……

「ああ、流石のボクも何度も確認したさ。

 後はあの魔王の抜け殻を処分すれば、ここともお別れだ」

「本当? 王子様、あなた本当にそそっかしいからね?

 本当に千三百歳を越えてるの?」

 気づけばそんな年齢なのか。未だ精神の大部分を固定されているせいで歳を重ねた感覚が薄い。

 いや、ただ単にもうろくしてしまっているだけなのかもしれないが。

「もう自分が何歳かなんて当の昔に覚えてないよ。

 そそっかしいのも自覚してるさ。大丈夫、全部準備万端だよ、何度もこの眼で確認した」

「博識の神眼だっけ? それも奇跡の一つよね?」

「ああ、神がこの世界に持ち込んだ力の片鱗の一つだよ、血縁とは関係なしに発現するようだね。

 恐らく稀人がこの世界に誕生するたびに、この世界の理がわずかに変化するんだと思う。

 イナミの話と照らし合わせると、その管理者から貰った稀人の奇跡とやらが、この世界の法則を少しづつ変えているんだろうな」

 イナミは血縁による遺伝を疑っていたが、ボクはそう思わない。

 この世界の法則自体が少しづつ変わって行っているんだろう。

 なにせボクの母親の地母神様は少なくとも神眼の持ち主じゃない。とはいえ、稀人の血筋が奇跡の力の発動条件であるのは合ってはいそうだけれども。

「じゃあ、イナミが来た時もそうだったのかしら?

 だとしたら凄い変化があったんじゃない? あれだけでっかい魂なんだもの」

 確かにあれだけの魔力量だ。この世界への影響もかなり大きかったに違いない。

「だろうね。ただ……」

「ただ?」

「いや、なんでもない。

 イナミがこの世界になにかをもたらしたこと自体は間違っていないんだし」

 そうだ、それは間違いはない。そしてそれは間違いなく良い方向へと動いている。

 その事実だけで十分だ。

「あっ、イナミ戻って来るわよ、エッタのこと言ったら許さないからね?」

「言うわけないだろ? 伝えろって言われてもボクは遠慮したいくらいだよ」

 もしイナミがイリーナがもうすでにいないと知ってしまったら……

 それだけでもしかしたらボクの計画は破綻してしまうかもしれない。伝えるわけがない。

 そして、それを今のイナミに告げるのも酷というものだ。オスマンティウスの本心は、置いておいてだけれども。

「そう? そうだと良いけど、そそっかしいから」

「またその話か、確かにそうだけども……」

 オスマンティウスも今日はやけに絡んでくる。

 まあ、もう時間があまりないのだから仕方がない。別れの時はもうそこまで来ている。

 会議室の扉が開きイナミが部屋へと入ってきた。

 考え事でもしていたのか、オスマンティウスの存在にも気が付いていなかったようだ。

「あら、オスマンティウス、帰ってたのね」

 イナミはぼーっとした表情を見せながらそう言った。

 もう少し時間をやりたいが、その時間が今は惜しい。

 少なくとも亜人特区を救うには、もうのんびりしていられる時間は少ない。

 せっかくイナミが救ってやった亜人達だ。彼らも良い方向へと向かっている。

 簡単に滅ぼされていい訳はない。

「海の魔神討伐作戦の最終確認をする。大丈夫かい?」

 ボクはそう言って一つ一つ丁寧に確認をしていく。

 この世界を救うために。そして、この世界を始めさせるために。



続きはたぶん一か月後くらい。



誤字脱字は多いと思います。

教えてくれると助かります。


この部分(章)と次の部分(章)で、この物語は当初の予定通り終わりです。

話的には後四話です。

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