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異世界転生したら吸血鬼にされたけど美少女の生血が美味しいからまあいいかなって。  作者: 只野誠
第四章:イナミさんが異世界に来て泣きました。

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異世界転生して大都会王都へ行ってきました!

 今は春。私がイナミ領に帰るころには修道院がお嬢さん方の学校として機能しているハズの時期になるかな?

 入学式というか開校式にすら私は出席できないことになってしまうけど。この件でミリルさんを説得するの大変だったよ。

 でもね、そんな貴族のお嬢様方の前で演説するだなんてこと私には無理だよ。開領式の時だって私はただ座ってただけなんだから。

 別に皆の前で挨拶が嫌で逃げてきたわけではない。挨拶は嫌はいやだけど。

 それだけの理由でこんな遠出をしているわけじゃないよ、一応、そう、一応は訳あって遠出をしているんだよ。私はついでで付いて来たところが大きんだけどね。

 いや、ちゃんと用事がないわけじゃないし、他の人がね、王都に用事が出来たついでに私もと。だって王都は遠いんだもん。

 誰かが行く用事があるなら一緒に行った方が楽しいしね。

 それにしても、この辺りはいい気候だなぁ。

 イナミ領と違い世界山脈に囲まれている北側の地域は、穏やかな気候をしている。

 三方を山脈に囲まれているせいか雨は多いらしいけど、それは水源が多い事にも繋がるし、ちゃんと治水ができていて水害とかもないと聞いている。

 自然も豊かで南部のような荒野はまず見かけない。

 まあ、度々南部から魔物が攻めてくることを除けば住みやすそうな地域ではあるし、魔王がいない今はその魔物も鳴りを潜めている。

 そもそもイナミ領はその南部にあるんだから、イナミ領に住んでいる私としては欠点ですらない。

 とはいえ、今のイナミ領でも魔物に襲われること自体が稀になってきているけれども。

 この大陸の、ここを大陸と呼んでいいかはわからないけれども、北部の南、まあ大陸の中央寄りは、そんな魔物たちと戦うためか騎士団に所属している貴族が治める土地だ。

 私達は既にそこを抜けて北部の中心、王都までやってきている。

 ついでに大まかに分けて北部で西側が精霊神殿、東側が教会、そして南側が騎士団の三つの勢力が治めていると言っていい。

 どの組織もその上位は貴族たちによって運営されていてその貴族たちの領地となっている。

 一応、建前上は全て王様の物という事になっているらしいけれども、それは本当の意味で建前でしかないらしい。

 また大陸の南北を分ける境目には、東西に渡り巨大な峡谷があり、人や魔物を含め行き来できる場所は限られている。

 この峡谷があるおかげで、魔物も攻めにくく、人側も進出しにくい状況が作り出されている。

 また千年以上もの長い歴史を持つこの国で魔物たちの軍勢がこの峡谷を超えたことは、三度だけと言われている。

 峡谷の南側は自然のままだが、北側は人の手によりそのほとんどが要塞化されている。

 そのためか峡谷を挟んで南側から北側を眺めると永遠と続く壁があるようにも見えるくらいだ。

 峡谷を渡る場合は、西側にある険しい世界山脈に沿っていくか、途中にある幾つかの橋、そして地続きになっている中央部分から渡るしかない。

 もちろん空を飛べれば話はまた別だけど。

 私達は正々堂々中央の地続きになっている場所、言い伝えでは教会の神々が力を合わせ大地を引き伸ばしこの峡谷を一部地続きにしたんだとか言われている場所、を通って北側へ入っていった。

 途中、砦? お城? なんて言っていいかわからないけど、そんな場所を何度か超えたが、英雄の精霊であるグリアノーラさんがこの旅に同行してくれているので、砦や関所を運営している騎士団からの対応も手厚い。

 流石は騎士団に置いてアレクシスさんに次いで崇拝者の多い英雄の精霊さんだ。

 それでも書類の登録上は馬車、しかも荷馬車だけれども、どう見ても戦車でしかも引いているのが四つ足の鋼鉄のゴーレムである、ので訪れるとはじめはとにかく警戒される。

 更に二両編成の装甲車のように武装した戦車のような名目上だけ馬車である。正式な書類を出したからと言って警戒されないわけがない。

 でもグリアノーラさんがでっかいから私の所有している馬車だと、ゴーレムに引いてもらうこの馬車くらいしか乗れるような馬車がないのよね。

 しかも数週間も長い間、名だたる英雄の精霊さんを狭い馬車に閉じ込めておくわけにも行かず、結局このゴーレム力車を選ぶことになった。

 まあ、本人は飛んで帰れるんだけどね、わざわざ私達の道案内をしてくれるのに、そんな狭い馬車に押し込めておくのは失礼だよね。

 別に今回はお忍びではないどころか、王様からお呼ばれして正式にやってきているのだから、認識阻害の魔術も使っていない。

 なので、道中凄い人目を引く。戦闘用ゴーレムのように地鳴りを響かせて走らないけれども、はやり人目を引くし、検問所や関所なんかじゃほぼ止められる。

 その度に、グリアノーラさんに出張ってもらっている。

 そして、グリアノーラさんが馬車から顔を出せば、ほぼ顔パスになる。

 王都への案内役を買って出てくれてよかったよ。まあ、グリアノーラさんはグリアノーラさんで王都のとなりの聖都に帰るついでなんだけれどもね。

 この調子だとグリアノーラさんがいない帰りのほうが、色々めんどくさそうだ。

 そんなこんなで我々は王都までやってきた。

 わざわざ王都までやってきた理由は、さっきも触れたけど王様に呼ばれたから、オスマンティウスが。

 私はそれに便乗しただけで、今回はおまけだ。

 いや、私も一応襲われた報復の件で教会には用事があるんだけれども、それはあくまでついで。

 本当は王都にはもう一つ用事があるんだけれども、そっちは特に宛があるわけでもない。本当についでの話。

 

 で、王都なんだけど私が想像していた以上に都会だ、凄い発展していて地球で生きていた私の目から見ても近代的って言っていいかもしれない。

 確かに日本の街並みではないんだけど、ヨーロッパ辺りの観光地の街並みって言えばいいのかな、そんな感じなの。

 おしゃれで道もしっかり舗装されてて、壁とかもちゃんと化粧されていてファンタジーな世界とは思えない。

 写真を撮って情緒あふれる外国の街並み、って紹介したら日本でも疑う人は少ないくらいだと思う。

 それくらいしっかり整備されてて、街並みなんかもきれいだ。

 見ていて飽きないし、通りに並ぶお店も綺麗でかわいい。

 お店で売っている物も、プラスチック製の物や工場で大量生産したようなものはさすがにないけど、どれもクオリティが高いものばかりが売られてるの。

 日本でもどっかしらの観光地のお土産屋で売っていた物っていえば、そのまま通るくらいのクオリティなのよ。

 なんだ、この発展具合、ぜんぜんファンタジーでも何でもない。いや、でも、うーん、ギリファンタジーって感じ?

 街並みも遊園地のそういうファンタジーコーナーにでもある街並みと言えば、そうとも思えてきてしまう。

 まあ、とにかくすごい発展していて、文明がここに栄えてるって感じ。

 よくゲームとかである剣と魔法の世界って感じではないことだけは確かだ。

 イナミ領がどれだけ辺境で田舎なのか理解できたよ。これを見たらラルフさんが王都に戻りたいって発狂してたのも納得だ。

 文明レベルがまるで違う。

 まあ、思い返せば千年以上も歴史のある国だもんね。文明が発展していてもおかしくはないのかな。

 今は失われた技術だけど、鉄道とかも昔はあったらしいし。

 そんな綺麗で情緒ある街並みをガシャコンガシャコンと音をててゴーレムが馬車を引き、ついでに人目も引きながら馬車は進んでいく。

 今は新型ゴーレムに馬車を引かしている。最高速度でも、運転の安定性でも新型ゴーレムがもう勝ってしまっている。

 戦闘用ゴーレムは馬車を引く仕事からも今はお役御免となり、イナミの町でポーズの変えれるモニュメントとして観光スポット化されている。

 結局戦闘用で使うことは少なかったなぁ。

 作業用ゴーレムのほうは未だに引く手あまただけど。

 新型ゴーレムはまだ細かい作業を学ぶのにもう少し時間がかかるのよね。

 でも、私の作った新型ゴーレムは賢いのだ。自ら学んで自信を制御している術式の再構築とボディの更新案を提出してくれる。

 しかも、同じ作業を繰り返すことにより最適解を見つけどんどん最適化していってくれる。

 しかもしかも、それを全機体で共有しアップデートし合うと言う優れものなんだ。

 作業用ゴーレムを見て技術を学び、亜人特区で亜人と模擬戦闘をして戦い方も学んでいる。

 どんどん勝手に賢くなるし使い勝手も新しいことも覚えていくよ、凄いでしょう!

 私の力作だもの。つい自慢したくなっちゃう!

 まあ、見た目はなんていうか、人間の上半身のついた蜘蛛みたいな感じだけど。

 新型ゴーレムの量産体制が整えば、イナミ領の開発も一気に進むはずなんだけど、ネックはやっぱりアイアンウッドなのよね。

 アイアンウッド自体が貴重な収入源だし、アイアンウッドの植林場も広げてはいるんだけど、需要と供給が間に合ってないのよね。

 魔術自体を阻害し、魔術に対し高い耐性を誇るアイアンウッドは、魔術を使わない人にとっては最高の防具になる。

 しかも普通の鉄よりはるかに強靭で非情に錆びにくい。

 葉の部分はより貴重で、太陽の光を当てることにより魔力を精製してくれる夢のような素材だ。これは他に類を見ない性質を持っているのでより需要が高い。

 新型ゴーレム以外でも需要は山ほどあるんだ。

 ここで一つ新型ゴーレムの秘密をばらすと、新型ゴーレムはアイアンウッドの装甲を有するのに、基本魔術でその動きを制御している。

 アイアンウッドは魔術自体を阻害する力があるのにね。

 これは企業秘密? なんだけどアイアンウッドの葉、しかも葉脈の部分を材料にした鉄で魔術を使っている部分をコーティングすることにより、アイアンウッドの魔術阻害を防ぐことができるのだ。

 アイアンウッドの幹というか、木というか木材の部分は動的魔力に反応してその動きを阻害する。恐らくはアイアンウッドの防御反応だと思う。

 鋼鉄の木だもんね、魔術でも使わないと傷つけるのも難しい。だからアイアンウッドは魔術から身を守るためにそう言う風に進化したんだと思う。

 けど、アイアンウッドの葉は太陽の光を受けて魔力を精製し、それと地中の鉄分を糧にアイアンウッドは成長する。

 その時点で動的魔力が生まれているはずなのに生成された魔力は阻害されていない。

 アイアンウッドを見つけてからずっと謎だったんだけど、太陽光から光合成? で作られた魔力が葉の葉脈の中を流れていることを発見し試しに葉脈だけで作った筒の中で魔術を使ったところ正常に魔術は発動したのよね。

 原理はまだからないけど、それは葉脈の部分を製鉄してもその効果は変わらなかった。

 この発見のおかげで、今の新型ゴーレムがあると言っていい。

 まあ、アイアンウッドの葉から葉脈部分だけを抽出するのが大変なんだけどね。

 そのせいで新型ゴーレムの量産には至ってない。とはいえ順調に数は増えていっているんだけど。

 とと、苦労して作ったのんだからついつい新型ゴーレムの事に夢中になってしまう。

 今は…… なんだっけ? とりあえず王様に会いに行くのよね?

「グリアノーラさん、まずは王様に会いに行くんでいいのよね?」

「ああ、聖王な。まあ、王様でも構わないが。

 というか、そのために来たんだろう? 寄り道なら後でいいだろうに」

 今は誰にもついていないので、中性的な容姿と声でグリアノーラさんがそう答えた。グリアノーラさんは英雄たる人物につき、その英雄の別の性別になり英雄を助け戦うのだ。

 つまりグリアノーラさんに認められたということは、その人は英雄ということになる。まあ、英雄の精霊だからね。

 そんな英雄の精霊さんも長旅ということもあり何かない限りは大体馬車に揺られウトウトしている。

 ウトウトはしているが何か質問するとすぐにしっかり答えてくれるところを見ていると、転寝しているわけでもなさそうだ。

 ついでにこの馬車旅で退屈そうにしているのはグリアノーラさんくらいだ。

 オスマンティウスとアザリスさん、それと私もか、馬車の窓から王都の街並みを見て大はしゃぎだ。

 だって、こんな綺麗な街並みだよ、見ているだけで楽しくなっちゃうよ。

 そんな田舎者たちを優しく見守っているのがみんなの聖母イリーナさんだ。

 かなりの少人数での馬車旅。一応イナミ領に在中してくれるようになった騎士団の人達が、護衛を買って出てくれたんだけど、ゴーレムの引く馬車は日夜休みなく走る。

 普通の馬などでついて行くことは不可能だし、馬車内で男の人とずっと一緒、ってのは、ちょっとやなのですっぱりとお断りした。

 そもそも、この馬車に乗っている連中には護衛なんかいらない。魔王候補として亜人に育てられたアザリスさん、その気になれば生きとし生けるものを塩にできる新しき神オスマンティウス、英雄に付き自らも英雄として戦う英雄の精霊グリアノールさん、その神眼は魂をも見切ることができる新しき神の巫女イリーナさん、そして私だ。

 そして、アイアンウッドの装甲で守られ大型弓砲を何機も積んでいる装甲車のような馬車、それを引くのは四つ足の大きな鋼鉄のゴーレムだ。

 しかも、その車内からはアホみたいに大きな私の魔力が漏れ出してきている。

 天下の英雄アレクシスさんも「こんなものを好き好んで襲うのは魔王でも魔神にしても、この地にはいやしないよ」と太鼓判を押してくれたぐらいだ。

 私の魔力はどんどん大きくなってしまっている。血を吸えば吸うほど魔力が底なしに巨大になっていっている。

 魔力を少しでも感じれる人に取っては、大迷惑この上ないんだけどね。予兆もなしにいきなり嵐がやってくるようなものだ。

 王都に住んでいる人はほとんど魔力を知覚できる人だろうし、人も大勢住んでいる。迷惑この上ないって話。

 ただそう言われても、今回は王都に一応用事があるんだから仕方ない、仕方ないよね?

 私に対して苦情とか来たりするのかしら?

 その辺どうなの?

「そう言えば、イリーナさんも元は王都に住んでいたのよね?」

 この中で一番王都に詳しそうなのは、グリアノーラさんか、貴族の、元貴族? あれ? どうなってるんだろう? でも今はラウスハイゼルの家名は名乗ってないよね? もう貴族じゃないのかしら? その辺よくわからないわね。まあとにかくイリーナさんは王都にも詳しいに違いない、というか地元のはずだ。

 それにグリアノーラさんは精霊だし、イリーナさんに聞く方が良いはずだ。

 でも、だからと言っていきなり私の魔力に対して苦情が来ることある? とか流石に聞けない。

 なんか恥ずかしいし。

「はい、とはいえ、聖都寄りの場所でもう聖都と言ってもいいような場所でしたが」

「聖都、精霊神殿の本拠地、太陽の神殿がある所よね? そこもこんなに栄えてるの?」

 その聖都って場所には、私みたく魔力を制御出来ないほど大きな魔力を持った精霊いるのかしら?

 でも、これまでの話を聞いてる限りだと居なさそうよね。

「聖都は、多くの精霊様が住む都です。そのせいか王都よりも、なんていうか牧歌的といいますか、そんな感じですね。

 精霊様は自然を好む方が多いですので、自然を多く取り込んだそんな街になっています」

「なるほどねぇ。

 聖都は精霊主体の都市だもね、そりゃ精霊さんの趣味の都市にもなるか」

 聖都は王都のすぐ隣にあるって話だけど、私の魔力に反応している精霊は居そうだなあ。

 やっぱり苦情言われたりするのかしら?

 そうよね、どちらかと言うと人より精霊のほうから苦情言われるんじゃないかしら?

 そう考えると、聖都の観光は無理っぽよなぁ。一度いろんな精霊と話してみたかったんだけど。

「精霊は皆、我儘で自己顕示欲が高いからな、良くも悪くも自分を前に出したがるものだ」

 とグリアノーラさんが会話に入ってきた。

 そう言う性格なら、やっぱり精霊のほうから苦情が着そうよね?

 騒音公害じゃないけど、魔力駄々洩れ公害とか言われて?

「そんなこと言っている二人も精霊じゃない」

 と、オスマンティウスも会話に入り込んできた。が、まあ、確かにその通り。

 私もグリアノーラさんも精霊だ。けれども、私とグリアノーラさんは特例中の特例な気もしなくはないけれども。

 私はとりあえずおいておいて、グリアノーラさんからは我儘とか自己顕示欲が強いって言った印象はないよね。

 魔力駄々洩れ公害の件は考えても仕方がないので考えるのはやめておこう。

 それに、オスマンティウスに言われっぱなしはなんか悔しかったので言い返す。

「そんなオスマンティウスも元は半精霊だったじゃない」

 そう言われたオスマンティウスはきょとんとした表情を見せた。

 オスマンティウスは更に育っていて、今はもうイリーナさんと同じくらいまで成長している。

 容姿はイリーナさんとうり二つで以前の面影はほとんどない。

 オスマンティウスの肌は本当に白く、髪の毛と瞳だけが濃い翡翠のように翠色をしている。まるで髪も瞳も宝石のようだ。動かなければ美術品の彫像にも見えてしまう。

 イリーナさんも肌白い方だけど流石に白さが違う。オスマンティウスの肌は塩そのまんまの本当に真っ白なのだから。

 イリーナさんの銀髪もオスマンティウスの影響でか若干緑がかってきてはいるが、まだ銀髪と言っていいレベルの物だし。

 まあ、何が言いたいかと言うと容姿は似ているからと言って見分けが付かない訳はない、と言うことが言いたい。

 一目見ればどっちがどっちかすぐに判断が付く。

「ああ、そういえばわたし半精霊だったのよね、完全に忘れてたわ」

「まだ半年くらいしかたってないじゃない?」

「うーん、そうよね、でも、半精霊の時の記憶が既に薄いのよね。

 鋼と若木にはかなり関心があったはずなんだけど、今はそうでもないし?」

 と、オスマンティウス自身が不思議そうにしている。

 完全な物理的肉体を得たことで、もしかしたら記憶の保管場所も変わってきているのかもしれない。

 とは言っても、本来霊的な存在の精霊のどこに記憶が保管されているかなんてわからないけど。

 そもそも肉体を乗り換えても記憶を保持できている連中だ。脳に記憶を保存しているという可能性すら少ない。

「やっぱり塩の体を手に入れたときに、色々変わっちゃったのかしらね?」

 私がそう言うと、オスマンティウスは少し迷ってはいたが、すぐに何か割り切れたのか、

「んー、でも、わたしはわたしよ!」

 と、元気よく発言した。

 相変わらず悩みはなさそうだ。実際にはあんなんでも色々悩んでいるのは知ってはいるけれども。

「うんうん、そうだね。

 とりあえずこのまま王宮へむかって、その後エルドリアさんに挨拶すればいいのよね?」

 遠くに薄っすらと白く巨大な王宮が見える。

 一見変わった形のビルにも見えるそれはどこか近未来的にすら思える。

「ああ、そうだな。

 私とはそこで一旦お別れだな」

「ええー、ここの観光案内してくれるっていう話は?」

 そんな話は一度も出てないが、オスマンティウスが非難がましく叫んだ。

 が、グリアノーラさんはめんどくさそうに、

「エルドリアにでも頼むと言い」

 と言い、オスマンティウスを切って捨てた。

 本人は忘れてたみたいだけど、二人とも元半精霊だ。

 グリアノーラさんはアレクシスさんに助けられしっかりと英雄の精霊になり、オスマンティウスは私のうっかりでへんてこな神様となった。

 どっちがいいのかわからないけど、まあ、なんか通じるものでもあるのかもしれない、一方的に。

 よくオスマンティウスがグリアノーラさんに絡みに行くのはこの旅の最中にも見かけた。

 グリアノーラさんは適当にあしらってはいるけれども、兄と妹の関係性に近いものを感じる。

 二人とも性別は不明だけど。いや、男にも女にもなれるのグリアノーラさんと、オスマンティウスは少女ぽいけど一応は無性なのかしら?

 まあ、精霊と神様だしね。性別なんかに縛られるような存在ではないのかもしれない。

 とにかく、少なくともオスマンティウスはグリアノーラさんになついてはいるようだ。

 グリアノーラさんのほうは少しめんどくさがっているようだけど。

 

 聖王こと王様の住む王宮。

 なんて言っていいのかわからないけど、不思議な建物だ。

 普通にイメージするお城とかとは、かなりかけ離れている。

 なんだろう、未来的なのに古い感じ。

 ほら、あるじゃん、〇〇年後の未来はこうなっているっていうイメージ図のヤツ。

 けど、そのイメージ図自体がもう古くなってしまっているの。

 そんな感じの建物だった。

 どこか近未来的なのに古臭い。

 すんごい昔のチープなSF映画で出てきそうな建物。

 でも、いや、それでも十分に時代錯誤な建物なんだけどね。

 しかも、かなりの年月が経っている感じはするのだけれども、風化は一切見られない。

 不思議な建物だ。

 私がぼけっと王宮に見とれていると、フッ、とグリアノーラさんに鼻で笑われた。

「この建物は、教会の神が建てたと言われるもので、聖王への友好の証だったそうだ。

 神の魔力で今も動くこの王宮は夜になっても明るく、いたるところから飲み水どころか湯まで湧き出でて、気温すら快適に保たれるというぞ」

 そう聞くとなんかやっぱり近代的。まるで地球の建物のようだ。

 まあ、地球、特に日本では一般的な事なんだけど。

 それを異世界でとなると結構難しい。魔術で代用は出来なくはないが、そんなこと一年中やってられるのは私くらいだ。

 普通の人間だとすぐに魔力が尽きてしまう。

 いや、アイアンウッドの葉を使えば日が出ている日中だけならいけなくはないか?

 ソーラー発電ならぬ、ソーラー発魔。これはまた金の匂いがする。

 イナミ領に戻ったら早速親方と相談だ。あっ、でもこれアンティルローデさんがしようとして失敗してたやつだっけ?

 私に作れるかしらね?

「何を頬けている。いくぞ」

「え、あっ、うん。

 あっ、この馬車で王宮に入って行っていいのかしら?」

「ああ、王宮の中に広い馬車庫があるはずだ。そこに停めておけばいい」


 馬車庫。驚いたことに地下馬車庫だった。

 地下駐車場かよ、って、思いっきり突っ込みたくなっちゃったけど、雰囲気は似てた。地下駐車場のイメージだ。ホテルとかにあるような感じの地下駐車場だよ、これ。

 そこに、場違いのようにお馬さんの世話ができる用具とかが置かれている感じだ。

 何とも不思議で異質な空間だ。

 地下なのに明るい。しかも蛍光灯のような明るさだけど、どこから光が来ているのかもわからない。光源がどこにも見当たらない。建物全体が光を発しているようにも思える。

 オスマンティウスとアザリスさんは、目を丸くして驚いてた。ふっ、田舎者め!

 まあ、その田舎者達のお飾りの領主は私なんだけど。

 イリーナさんは慣れているのか、落ち着いた様子だ。

 流石は大貴族の家系だ。

 ただ未だに魔眼封じの包帯を眼にまいているけど。

 ちょっとあの包帯黄ばんでいる上に、妙な呪いの文字みたいな紋様が書かれていておどろおどろしいのよね。

 流石に王様に会いに行く前には取るって言ってたけど、大丈夫なのかしら?

 私を見ると眩しいって今でも言ってるし。

 王様に呼ばれたのはオスマンティウスだけだけど、その巫女のイリーナさんもついて行かないわけにも行かないしね。そもそも二人共離れ離れになるのを極端に嫌がるし。

 私がついて行かなければいいんだけど、ほら、あの、その、ほら!!

 王様って人、一度は見てみたいじゃん?

 ここまで来て、会いに行かないわけにもいかないじゃん?

 お飾りだけど一応は領主なんだし、私。

「武器とか置いてったほうが良いんですよね?」

 私がそんなことを考えていると、アザリスさんが腰につけていた曲刀を鞘後と外しながらそう確認してきた。

 そう言えば、グリアノーラさんも剣のようなものを持ってはいるが、抜いたところをそう言えば一度も見たことがない。

 私の代わりにグリエルマさんの命を絶ってくれた時は、私の意識は今際の際の空間にあったし。

「ああ、お前はそうしたほうがいいだろうな。

 私のは体の一部のようなものだ。置いていくわけにもいかぬし、聖王もわかっている。

 そもそも精霊相手にそんなことを言ってくるような輩はここにはいない」

 まあ、精霊を神様として崇めている宗教があるだしね。

 精霊が特別扱いなのは王様相手でもそうなのか。

「聖王、王様じゃなくて聖王ね、聖王様ってどんな人?」

 一応自分でも事前に知識として調べては来てはいたけど、なんだかイメージが纏まらなかった。

 グリアノーラさんに向かい聞いてみる。私も王様に会うってなるとやっぱり緊張するし。

「いまさらそんなことを聞くのか?

 ふむ、なんて言っていいのか、気の毒な人物ではある。それとそうだな、毒にも薬にもならない人間だ」

「え? なにそれ? それが王様に対する評価なの?」

 余計わからなくなった。

 王様の評価で、毒にも薬にもならないってなんだよ。

「うむ」

「えぇ…… どういうことなのよ、それ。

 と、とりあえずみんな武器っぽいものは全部置いて行こうね。

 あ、アザリスさん、冷蔵車両からお土産出しといてね」

 とりあえず失礼があってはいけない。手土産を忘れないようにしないと。

「はい、イナミ領珍味お土産セットで良いんですよね? 何箱持っていきます?」

 と、既にアザリスさんが冷蔵車の扉に手を駆けながら聞き返してきた。

「うーん、騎士団の総大将もこの王宮にいるのよね?」

 グリアノーラさんに向かい確認する。

「ああ、今いるかは知らないが、特に用事がなければ王宮勤めのはずだ」

「でも割と高いからなぁ、総大将に三箱、王様に五箱くらいで良いかな?」

 そう、このイナミ領特製珍味お土産セットは高いのだ。

 私的には千円二千円程度のお土産程度の物として、作ったつもりだったんだけど、色々詰め込んでいったら凄い値段になっていた。

 グレルボアのハムとソーセージセット、ガーの卵の燻製、ムーの乳で作ったチーズ、バターなどの乳製品、緑茶を含めた修道院で育てた茶葉セット、修道院で作った手作りジャム、それにアイアンウッド製のナイフとフォークなどの食器セットと綿毛虫の糸で造ったナプキン等々。

 そんな食に関する物を一箱にまとめたら凄い値段になった。イナミ領の職人さん半月分の給料ぐらいの値段だ。

 この世界でそんなセット販売自体珍しいらしく、とんでもない値段なのに割と在庫がいつもないくらいには売れている。

 ついでになんだかんだで一箱一抱え程の大きさになるので、一人で八箱持つのは割ときつい。はずなのだけれども、流石は元魔王候補だったアザリスさん、運動神経が私とは違うのか器用に八箱を重ねて一人で持ち歩いている。

 ついでのついでに、アザリスさんは一応イリーナさんとオスマンティウスの護衛と言う名目でついてきている。

 実際アザリスさんの腕は確かな物らしい。ズー・ルーの刺客とやり合えるのは彼女くらいだったとかミリルさんからも聞いている。

 もう襲われる心配はないだろうとは思うけど念のため連れてきているんだよね。

 私を襲ったあの襲撃者を撃退できるのなら私の想像以上の強さだよね、アザリスさん。

 まあ、そもそも護衛なんかいらない気はするんだけね。

 それはそれとして、アザリスさんなんだけど、オスマンティウスの護衛にしてからか、なんていうか、その、すんごいイメージが変わってしまった。

 私の中では、亜人に育てられた孤高の寡黙な剣士ってイメージだったんだんだけど、なんかオスマンティウスに預けてからイメージが、こう、下っ端というか、召使というか、使用人というか、ヤンキーの使いっ走りというか、そんなイメージに変わってきてしまっている。

 うん、召使とか使用人と言うと、礼儀正しい感じがするけどアザリスさんはなんていうか未だに粗野だ、ヤンキーの使い走りと言ってしまう方がしっくり来てしまう。

 良いイメージじゃないことは私もわかっているんだけども、オスマンティウスとアザリスさんのやり取り見てるとそんな感じだ。

 美味しそうな露店を見かけると、オスマンティウスが「あれ食べてみたいわ」と言い、すぐにアザリスさんが「なら、私買って来ます!」とすぐさま馬車から飛び出していく光景を何度か見た。

 買ってきたものは、オスマンティウスは物を食べれないから、結局別の人が食べることになるんだけど。

 なぜかアザリスさんも仕事を成し遂げたという爽やかな顔つきを見せている。

 なんかいつの間にかに、オスマンティウスの使いっ走りになっていたのよね、使いっ走りと言うよりかは舎弟っていえばいいのかしら?

 そう言えばイリーナさんの時も気が付けば、イリーナさんを誑し込んでたよね。

 オスマンティウスにはそういった才能でもあるのかしら? 曲がりなりにも神様だしなあ。そう言ったこともあるかもしれない。

 そんなことをぼーと考えていると、

「好きにしろ」

 少し呆れたようにグリアノーラさんは言い放った。

 色々と物思いに耽ってしまったせいか、一瞬なんのことかと思ったけど手土産のイナミ領特製珍味お土産セットの話か。

 えー、ダメかな。お土産持ってくの、ダメなんかなぁ?

「ねえ、イリーナさん、これ手土産としてふさわしくないかしら?」

 と、貴族でもあるのかないのかもうわからないけれど、イリーナさんに話を振ってみたら、イリーナさんは明らかに動揺していた。

「え? えーと、き、騎士団の総大将様は喜んでくれるんじゃないでしょうか。

 聖王様も、多分喜んでくれるかと…… は、思いますけども」

 あれ? なんかイリーナさんの反応までいまいちだ。

 王様に持っていくような品じゃないのかしら?

「せっかく持ってきたのに、あんまりふさわしくない?」

 と、私が聞くと、

「いっ、いえ、そんなことはないと思いますけども……」

 慌てて否定してくれて入るけど、こ、この反応は明らかにダメそうだ。ならイナミ領を出発する前に言ってほしかったなぁ。

 まあ、持ってきちゃったものは仕方がない。

 王様とやらに、私の自慢の珍味セットを押し付けて帰ろう。

「あっ、そうだ。一応低温を維持できる魔術もかけて置くかな。たぶん一週間くらいは持つだろうし」

 そう言って八箱全部に低温維持の魔術をかけて置く。

 低温維持と言うか温度の伝達を遮断してるだけだけどね。

「ふむ…… それ、土産の品なのよな?」

 と、グリアノーラさんが不思議そうに訪ねてきた。

「え? うん?」

「一週間程度しか持たぬものが旅の土産になるのか?」

「ああ、低温の魔術が持つのが一週間ってだけだよ。中身は常温でももっと長持ちするのばっかりだし大丈夫よ。ハムやソーセージは一応この中で塩漬けにもされてるしね。

 でも、ほら、偉い人に持ってくのに、万が一にも痛んじゃったらと思ってさ」

 念には念をって、感じよね。本当は低温維持なんて必要ないんだけどね。

 箱の中身は缶になっていて、詰めた後に魔術で滅菌処理されてるし、後も菌なんかを繁殖させない仕組みも仕込まれてるからね。真空パックなんかよりもよりも持つはずなのよね。

 たしか中の酸素を消費して殺菌成分、ようは人体に害ない毒ガスを発生される植物の葉が緩衝材に使われているのよね。

 毒ガスと言ったらイメージ悪いけど、せいぜい殺せても小さな虫くらいのものだけれどもね。

 この葉と一緒に食材を密閉して保存するのが、こっちの世界では割と有名な保存方の一種らしいよ。

 これで飛躍的に食材が痛まなくなったのも事実で便利なものがあるもんだ。ついでに笹の葉みたいな葉っぱだよ。

「今の一瞬でかけた魔術が一週間も持つのか。

 魔術に関しては、破格の才を、それこそアレクシスよりも秀でてるのではないか?」

 グリアノーラさんが神妙そうな顔をして聞いてきたけど、さすがに買い被りだよ。

 この珍味セットに詰め込まれている長持ちさせるため知恵のほうが私は凄いと思うのよ。

 まあ、それはさておき、アレクシスさんのような全知全能な人とを全てにおいて素人の私を比べられても困る。

「ど、どうだろう? アレクシスさんこそ底が知れないよ?」

「そうか?

 とりあえず奴でも即座に新しい魔術を作る芸当など出来はしないぞ」

「あー、そこだけはそうかもね。それ以外はアレクシスさんのほうが凄いんじゃないかなぁ」

 何が凄いと言われると、わからないけれどもアレクシスさんはとにかくすごい。底が本当に知れない。

 実際に魔術の話とかを話してみると分かるけど、魔法と魔術の成り立ちと根底を知っているアレクシスさんと、とりあえず作って使えるってだけの私ではその知識と応用力の差が歴然なのだ。私なんかと比べるのは失礼だよ。

 千年以上生きている神様で英雄なのだから、当たり前と言えば当たり前なんだけどね。

「まあ、そう言うことにしておこう」

 グリアノーラさんは納得いかない様子だけど、実際のところもアレクシスさんの方が凄いと思うよ。

 伊達に千年以上生きてないって。

 私と違って隠してるだけなんだよ。私は自分の力も隠せない未熟者なんだから比べるまでもない話なんだけどなぁ。

「イナミ、今度私にも魔術を教えてよ」

 私の魔術を見て、と言うよりは、グリアノーラさんが私の魔術を見て感心した所を見てかな、オスマンティウスが私に抱き着きながら言ってきた。

 コイツが私に抱き着いてくるときは、なにか頼みごとをするときだけだ。

 誰だ、オスマンティウスにこんな甘え方を教えたやつは。悪い気はしないけど。

「えぇー、私はなんかこう、感覚でやってるからなぁ……

 人に教えられるかどうかわからないよ。

 あっ、そうだ、オスマンティウスもこれから始まる修道院で授業を受けようよ、魔術の授業もあるはずだから」

 少なくとも魔術の術式を文字として認識できるような人でなければ、私は他の人に魔術を教えようがない。そしてそんな人に教えられることは私にはない。寧ろこっちが教わりたいくらいだ。

 それなら別の誰かに教えてもらった方が良いはずだ。

「おおっ! それはいいわね!

 エッタ! その授業とかいう日には予定を開けておいてね、授業とやらを受けに行くわ」

 私も心配だからオスマンティウスが出席する日は、その授業を見学しに行かなくてはならなくなった。

 しまった墓穴を掘った。神様のオスマンティスを止められるのは、私かイシュかアレクシスさんくらいのものだ。

 何かと暴走しがちのオスマンティウスだ、心配だし私がついて行くしかない。

 ま、まあ、魔術の授業なら楽しそうだしね。

 授業か、学校で授業受けたのはいつが最後だったか…… 思い出せないなぁ。

「はい、神様、承知いたしました」

 そう返事をしたイリーナさんは既に魔眼封じの包帯を取っていた。

 イリーナさんの瞳が虹色に輝いている。ゲーミング眼球かよ。ちょっとかっこいい。

 でもやっぱり私のことは眩しいらしく、私に対し視線は伏目がちだ。こればっかりは仕方がない。

「では、いくか。聖王の元へ」

 いつまでたっても行こうとしないで喋っている私達をグリアノーラさんが急かした。

 もう連絡もいっているはずだからね、王様を待たすのは良くないよね。


 王様に会うのに、会う? こういうの謁見っていうのかしらね?

 ともかく会うのに、身体検査のようなことをされていた。イリーナさんとアザリスさんだけだけど。

 残りの人は、ほら、人外で精霊とか神様だから。特には検査何かはされなかったけど、ここでも私は驚愕の表情で見られたよ。

 そんなに私の魔力が怖いのかしらね。

 自分だとどんなもんかわからないから、よくわからないのよね。

 でも、あとで聞いた話というか、言い聞かされた話で、王都の隣の聖都でそこにいる精霊達が挙ってざわついてたらしいから、やっぱり相当な物なのかもね。

 時間があったらついでに精霊の都、聖都も観光していこうと思ったんだけど、精霊達が騒ぎだしていたらしいので今回は泣く泣く見送ることになったのよね。

 もし聖都まで観光に言ってたら本当に魔力駄々洩れ公害で苦情が来ていたかもしれない。

 認識阻害の魔術でどうにかできなくはないんだけど、とりあえず人の多い王都じゃ無理なのよね。

 認識をかえる魔術で、私の魔力を感じても、大したことがないって風に認識を置き換えることはできる。

 それどころか、私の魔力を感じた時点で私の配下になるように認識を変えることも理論上は不可能ではない。

 けど、実際可能と言うわけでもない。

 まずこの認識阻害の魔術は記憶障害を起こす可能性があり、いらぬ混乱を招くことがある。

 認識を変えるってことは記憶を変えるって事だからね。辻褄が合わなくなるのを一度でも認識してしまうと、一気に混乱が広がってしまい術が解ける、それどころか最悪発狂状態になってしまう。

 そして、その可能性は変える認識が複雑なほど、認識している事実とかけ離れているほど、またかける相手が大人数なほど飛躍的に上がっていく。

 つまり人の多い王都では不特定多数相手には使うに使えない、というか、こんなところで私の魔力を感知した人に対して魔術を行使すること自体が無差別テロ行為のような事だ。

 まあ、認識を置き換えるとはいえ、記憶を変えてしまうことには変わりないんだから、それは攻撃されたって取られても言い訳できない。

 人がいるかどうかも定かではない荒野を馬車に使うのとは訳が違う。

 少人数相手なら割と万能なんだけれども、相手が多数の不特定となると話が変わってくる。

 私の魔力が強すぎるって話は、どうにもならない事だし私の特徴みたいに伝わっているところもあるみたいだから、これはもうあきらめるしかない。

 そして、やってきました謁見の間。ここは想定していた通りの部屋だ。

 豪華で煌びやか、王様のいる場所だけ数段高くなっている。そのステージのような場所の中央にこれまた豪華な王座があり、そこに一人の老紳士が座っている。

 座っている姿勢も良く清潔な印象を受ける人だ、グリアノーラさんは薬にも毒にもならないと言ってたけど、とっても品がある高潔そうなイメージを私は感じる。

 部屋の中央に赤い絨毯がひかれ、それを挟むように武装した騎士団、衛兵? それとも近衛騎士? まあ、そんな人達が睨み合うように並んでいる。

 武装した騎士に見られながら進むのはさすがに緊張する。

 王様からそれなり離れた位置で、イリーナさんが片膝をついて畏まった。

 私もそれに習おうとしたけど、グリアノーラさんに止められた。

「我らは人ではない。人の作法に縛られることはない」

 そ、そうなの?

 このまま立ってるのも、なんか場違い感があって緊張するんだけど。

「けど、アザリスよ、お前は畏まれ」

「え? あっ、はい……」

 一番後でボーっと突っ立っていたアザリスさんが慌ててイリーナさんの後に跪いた。

 そして、それを確認してからイリーナさんが口を開いた。

「我らが聖王よ、この度はお呼びいただきありがとうございます」

「エッタ・ラウスハイゼル、いや、今はイリーナ・エッタ・オスマンティウスだったか。

 よくぞ予の願いを聞き届けて新たなる神との邂逅の機会を与えてくれた、感謝を申そう」

「いえ、とんでもありません。

 また事前にお伝えしていた通り、私の目には奇跡の力が宿りました。

 特に害はない力ですが、万が一のため、目線を下げさせていただいております、ご容赦ください」

 イリーナさんが頭を下げ目線を下にしたまま答えた。

「うむ、心得ておる。

 予を思ってのこと、気にするようなことではない。

 英雄の精霊グリアノーラも案内、ご苦労であった。英雄アレクシスも息災であるか?」

「はい、聖王よ。今抱えている件の区切りが付き次第、挨拶には行くと言っていた」

「そうか。挨拶か。いよいよ決心がついたという事か」

 そう言って王様。正確には聖王は何かを考え込んだ。

 聖王。聖王には名がない。聖王は聖王であり、世の中に一人しかいないので名は必要ないとのことだ。

 聖王になるときにその名を捨て聖王になる。

 聖王は聖王であり単一であるとされる。そのため第何代目の聖王などと呼ぶことは不敬に当たるそうな。

 また、絶大な権力と騎士団という力を持っているが、聖王自身はこの王都から出ることを許されなし、基本政治にも口を挟めない。そう言う昔からの決まりなんだとか。

 聖王は世襲制であり、代々王家が聖王を務めていくらしい。

 私が事前に王様に関して調べた情報はそれで全てだ。

 うーん、確かにこれだけ考えれば、毒にも薬にもならないって話は納得できなくはないかな?

 ようは私と一緒でお飾りってことよね? もしくは象徴?

「では、新たなる神オスマンティウスよ」

 王様の視線がグリアノーラさんから外れ、オスマンティウスに注がれる。

 オスマンティウスは跪いているイリーナさんのスカートをギュッと握ってイリーナさんの隣に立っている。

 この物々しい雰囲気に飲まれているんだろうけど、あんまりイリーナさんのスカートを強く握ってやるなよ。

 色々見えちゃいそうだぞ、こんな場所で。

 オスマンティウスは襲撃の一件以来、かなり人見知りになった。いや、初めて見る人を警戒するようになった。

 慣れ親しんだ人であれば普段通りではあるのだけれど、知らない人が多いとイリーナさんの陰に隠れがちだ。

 まあ、気持ちはわからないではないが、その襲撃で一番被害受けたのはイリーナさんだぞ、その陰に隠れてやるなよ、とは思うんだけどね。

「わっ、わたしがオスマンティウスよ。

 で、こっちがイナミよ!

 わたしのことはイナミに聞いて!!

 わたしのママみたいなもんだから!」

 緊張しているのか、こいつ全部私に丸投げしてきたぞ、こいつ。私だって緊張しているのに。

 威厳も何もない。ただの怯えている少女にしか見えない。少なくとも神様らしさは皆無だ。それにお前のママはイリーナさんだよ、巷で聖母様って呼ばれてるんだからね。

 そんなオスマンティウスに王様は優しそうな声で語りかけた。

「お会いできて光栄至極にございます、新たなる神よ。

 本来なら予が跪いて挨拶せねばならない所ですが、予は聖王であるがゆえに何に対しても王として振舞わねばなりませぬ、ご容赦を」

 良かった。私に話振られないで。

 オスマンティウスのことなんて、私に聞かれても正直答えれないのよね。

 多分本人でさえわからないと思う。衝動で生きてるからなあ、オスマンティウスは。

「え? ええ、ゆっ、許すわ。で、なんで人の王様がわたしに会いたいと思ったの?」

 そう、そうなのだ。

 なんでか知らないけど、新しい神様にお会いしたい、と王様のほうから申し出があったのだ。

 まあ、確かに新しい神様が現在の主神のような存在に、認められて宗教を発足し、その勢力を急激に拡大していっていると言えば、その人となりというか、神となり?を確認したくはなるか。

「申し訳ないが、その理由を今、予の口から申すわけにはいきません。

 時が着たら、英雄アレクシスの口より語られましょうか」

「そ、そう?

 じゃあ、王子様から聞くわ。

 中々楽しい旅だったし」

 そう言ったオスマンティスを見て、王様はニッコリと微笑んだ。

 まるで孫を見守るおじいちゃんのようだ。

「そうですか、ならば我が都を存分に楽しんでいってくだされ」

「でも、その、わたしに会いたいって、なにか用事でもあったの?」

 オスマンティウスはそれでもはやり気になったのか、上目使いでもう一度同じようなことを聞いた。

 言い方変えて上目使いしたからって、同じような質問するんじゃないよ。

 凄いあざとくなったな、オスマンティウス。誰から学んでいるんだろう、こんなこと。

「いえ、ただ、そう、ただ一目その御姿を、予、自らの眼で確認しておきたかっただけです、お気になさらず」

「え? じゃあ、もう用済み? わたし用済みなのね?」

 オスマンティウスの発言に少し気まずい雰囲気が流れる。

 まあ、たしかに王様の言葉通りならその通りだけど、用済みって言葉は少し違う気がするよ。

 それでなにか納得したのか、オスマンティウスは黙り込んだ。

 少しの間があってから、王様は私に目線を合わせた。

「貴方が血の精霊イナミですかな?」

「はい、王様。呼ばれもしないのについてきてしまい、誠に申し訳ございません」

 か、噛まずに言えた!!

 なんだかすごい緊張するなぁ、あっ、王様じゃなくて聖王様って言った方が良かったかな?

「話には聞いていたが、想像以上の魔力だ」

「あっ、ごめんなさい。アレクシスさんのように上手く制御できないので」

「謝る必要などありません。予は感動しているのです。

 これほどの強く鮮烈で清く美しい魔力、そうそうお目にかかれるものでもありません。

 貴女にもお会いできたことに感謝を。

 本来なら、予自らお会いしに行かねばならなかったのですが、予は聖王ゆえこの都から一歩たりとも出ることは許されません、こちらこそ、どうかご容赦を」

 物腰柔らかで人の良さそうな王様だ。

 なんか全然偉そうでもないし、確かにグリアノーラさんの言う通り毒にはなりそうにない。

 なら薬にはというと、権力は持ってはいるがそれを行使することはないし、政治にも口を出せない。そうなるとやっぱり薬にもならない、のかもしれない。

 確かにグリアノーラさんの言った通りなのかもしれない。なんとなくだけど気の毒な人物って言うもの納得できる。だって持っている力はどれも使えはしないのだから。

 なるほどね、会えばわかるか。

「さて、これで予の憂いは晴れた。

 これからのご予定などは?」

 憂い? 何か心配事があったってこと?

 王様の言葉に私が少し引っかかっていると、みんなの視線が私に向いているのに気が付いた。

 予定を決めるのは私…… なのか。やっぱり。

「エルドリアさんに挨拶しに行って、その後教会に報復しにかな?」

 とりあえず包み隠さず今予定が確定していることを言った。

 もう一つ用事があるんだけど、そっちはここでいうようなことではないし黙っておこう。

 なにせ、まだその要件の場所すら知らないのよね。

「大巫女エルドリアならすぐ近くの本神殿にいるでしょう。

 報復の件も聞いています。どうぞお手柔らかにお願いします」

「ええ、そのつもりよ」

 王様は本当にオスマンティウスを一目見たかっただけなのかしら?

 うーん、オスマンティウスとは本当に二言三言話しただけよね、わざわざ会いたいと呼ぶようなことだったのかしら?

 そう思っていると、やっぱりそれだけではなかったみたい。

「最後に、新しき神オスマンティウスと二人のみで話したいことがあるのですが、構わないですかな?」

「え? エッタもダメなの?」

 と、明らかに不安そうな表情でオスマンティウスが即座に聞き返す。

「はい、お願いします。近衛の方も下がってください」

 王様がそう言うと、近衛騎士たちは何も言わず部屋から規則正しい動作で出ていった。

 心配そうにオスマンティウスを見ながらイリーナさんと私達も謁見の間を後にした。

 謁見の部屋の前で近衛騎士の人達と、王様とオスマンティウスの密談が終わるのを待つ。

 私なら聴き取れちゃうけど、王様がわざわざ呼び出してまでオスマンティウスだけに伝えたい事と考えると、聞かない方がいいのかしらね?

 私は明後日の方向に意識を集中させて、内部の会話を聞かないようにした。つもりだった。

 すぐにオスマンティウスは謁見の間から出てきた。それに合わせて近衛騎士たちが謁見の間へと戻っていく。

「王様となに話したの?」

 と私が聞くと、

「よくわからなかったわ」

 と、難しい顔をしたオスマンティウスがそう答えた。

 でしょうね、と私は思いつつ、ちょこっとだけ聞こえてしまった内容を考えると、アレクシスさんそれ本気かよって正気を疑ってしまうんだけど、王様がオスマンティウスに会いたいって理由は納得できた。

 けど、そうかぁ、アレクシスさんそんな計画を考えてたのか、まあ、そのうち本人から聞かしてくれるまで私の胸の内に留めておこっと。

 それでそのまま、あっけなく王様との謁見は終わった。


 王宮を挟んで向かい合うように、本神殿と本教会と言う大きな建物がある。

 精霊神殿の本拠地は隣の聖都にある。ここにある本神殿はただの出張所のようなものでしかない。それにしてはかなり大きい施設だけど、神殿には欠かせないはずの精霊はいなく精霊門はない。

 ただなんかの手続きなんかはこちらでやるほうが手間がないらしく、エルドリアさんはこちらに居ることが多いんだとか。

 それに対して本教会と言う施設は、教会の心臓部ともいう場所らしい。

 教会の本拠地は神都と呼ばれる場所で、王都からかなり東にある都だそうだけれども、そっちの方が飾りでこの本教会と呼ばれる施設が教会の中心なんだとか。

 王宮の地下駐車場に馬車を置いたまま、本神殿へ向かいエルドリアさんに挨拶にしに行き、イナミ領の珍味詰め合わせギフトセットを手渡した。

 ついでに、ちゃんと王様と騎士団の総大将にもお土産は渡しておいた。

 王様には直接渡せなかったけど、渡しといてと近衛騎士の人に押し付けておいた。さすがに近衛騎士の人も苦笑してた。

 やっぱり王様に送る物じゃないのかしら?

 でも、総大将はグレルボアが入ってると聞くと大喜びしてたけどね。まあ、ドングリで育てたやつは流石に入っていないけれども。

 まあ、いいや。私はイナミ領の珍味詰め合わせギフトセットを一箱だけ持ち、一人本神殿を後にした。

 向かう先は本教会。

 教会の心臓部である。

 そんな心臓部であるその本教会とか言う場所に、襲撃者を送り込まれた報復に来たのだ。

 私は報復協定の権利から、なんだかんだあって同じように襲撃者を送り込める権利を選んだ。

 そして、送り込む襲撃者は私だ。


 本教会のドアをノックしてから開ける。

 ドアを開けると、表情を強張らせた受付の神官戦士のお姉さんがいた。

「せ、精霊? 精霊の方ですよね?

 精霊が教会に何の御用でしょうか?」

 私の魔力に完全に委縮してしまっている。

 普段、私の魔力は大きくても人を無差別に委縮させたりはしない。受付のお姉さんが委縮してしまっているのは、私が一人で敵地に乗り込むので緊張しているからだ。

 私が緊張しているから、魔力が反応して対峙する相手を委縮させるまでに攻撃的な雰囲気を持った魔力に感じさせてしまっている。

 そんなことを露知らないお姉さんは少し可哀そうな気もする。だって、いきなり敵意を持った強大なナニカが現れたような物なんだから。

 私は肩掛けのポーチから一枚の書類を出した。

 報復協定の書類だ。王様のサインもちゃんと入っている正式なものだ。

「あー、うん。報復に来ました、よろしくお願いします!」

 書類を見えるようにひらひらさせながら言った。

「え? 報復!? せ、精霊が!? 正面から!?」

 神官戦士のお姉さんの表情が引きつる。頬がぴくぴくと痙攣している。

 実力差は比べるまでもない。私の魔力を感じただけで委縮しているような相手なのだから。

 それ以前に教会には精霊に有効的な攻撃を加えれる手段を持つ者は少ない。だから最終手段、奥の手として教会は精霊鋼の武器を作るのだとか。

 残念ながら私にはそれすら通じないのだけれども。

「はい、血の精霊イナミって言えばわかる?」

「イ、イナミ!? イナミ領の!? 魔王より強い魔力を持つと噂の……!?

 ほ、報復、ですか……? 血の精霊自らが!?」

 恐怖で引きつった顔が原型を留めていないお姉さんに若干のショックを受けながらも、私はここで引くことはできないと、自分を叱咤する。

 いやね、荒事自体があんまり好きじゃないんだよね。少なくとも私の中じゃ、受付のお姉さんを恐怖に引きつらせてまでやるようなことじゃないのよね。

 でもね、グリエルマさんに報復の件を一任すると、絶対大神官の首を差し出せようとするに違いないから、さすがに任せられないんだよね。

 お金で済まそうとは私も思ってたんだけど、それじゃあ甘すぎるってグリエルマさんが顔を真っ赤にして言うし、それなりの報いを受けさせないとって息まいてるのでね、私自ら報復するって形でグリエルマさんに納得してもらったんだよね。

 だから、それなりの被害を教会側にもこうむってもらわないと、いけないっていうか、私がグリエルマさんにお小言言われちゃうっていうか、まあ、そんな感じなので大人しく報復されて欲しいのよ。悪いとは思うんだけど。

 死傷者は出さないようにがんばるから、あんまり抵抗しないでくれるととても助かる。

 でも、そんなことは表立って言えない訳で、私は仕方なく笑顔を作って口を開いて、

「うん、悪いとは思うんだけど、ボッコボコにしに来たよ!

 あ、あとこれ、手土産ね。うちの領地の珍味セットだよ、会えるかどうかわからないし大神官に後で渡しといてね」

 そう言って、珍味セットの箱を手渡しながら私は微笑んだ。


 通常、人間が魔術を行使する際には儀式が必要だ。

 聖歌隊のように歌、というよりは詩のような、まあようは呪文よね。呪文を唱えることや、祈りをささげること、印を結ぶこと、長い時間をかけて願掛けのように続けるものや、それこそ生贄の儀式のようなものまで、その様式は様々だ。

 けど、それらは結局のところ足りない魔力を補う目的だったり、術式自体を構成と制御の補助をするための手段の一つでしかない。

 もちろん魔術を発動するためのトリガーとしても機能もある。

 けれども、術式そのものが文章として認識できて自由に編集でき、魔力も有り余るほどある私にとって、補助するような儀式は必要ない。

 私の場合トリガーとなるきっかけだけがあればいい。それこそ指をパチンと鳴らした音であったり、足を軽く踏み鳴らすだけでも代用が可能で魔術が発動できる。

 なんなら瞬きだけでもいい。

 教会の魔術は祈りを捧げ祝詞を唱え指で印を作る。祈りと祝詞、印の三つの儀式を組わせた複合型形式のようだ。

 異なる儀式を組み合わせることで、術式を簡略化させ素早く発動させることもできるしその逆もできる。教会は術式の簡略化のために組み合しているみたいだけど。

 また口に出して唱える祝詞と指で印を結ぶことで、術式のイメージをしやすくしているのだろう。神にささげる祈りは魔力の増強のためか。

 祝詞と呪文は、まあ、宗教的に見れば意味は違うんだけど、魔術的に見れば意味合いは一緒かな。

 ただ簡略化している分、魔術の効果は低くなるけれども、それは恐らく発動の速さを優先しているんだと思う。

 また教会の魔術は神への祈りが尊いほど、その術の効果が高くなると言われているのは祈りが魔力を高めるための儀式なのだからと推測もできる。

 どうも教会の魔術は対人用を想定しているように私には思える。

 それほど威力はないが普通の人間なら、無力化することはたやすいし、魔術の発動を簡略化しているので発動も早い。

 攻撃に使う魔術も汎用性がきく衝撃波を飛ばす魔術がメインのようだし。

 正直、教会の人達が使ってくる魔術は、どれだけ直に当たっても私には害をなせる術ではないのだけれど多少は痛い。痛いものは痛い。吸血鬼だからと言って痛覚がないわけではない。

 なので無駄に当たってやる通りもない。

 発動する前に術式を強制破棄させて術自体を無効化するのも、もう手慣れたものだ。

 私だって頑張っているんだ。なんとひきこもりの私がアレクシスさんに頼んで戦闘訓練に付き合ってもらったんだから。

 相手の魔術を即座に無効化するのだなんて、アレクシスさんに何度注意されやらされたことか。

 多少は戦い方と言うものがわかってきているんだからね。

 付け焼き刃って言うのは否めないけど。

「な、術が、魔術が発動しない!? な、何が起きてるんだ!?」

「なんであんな大精霊が攻め込んできた!?」

 と、大混乱が起きている。当たり前だ。通常人間が魔術を使えるようになるには、何度も同じ魔術を使い手足のように感覚で扱える様になるまで練習するのだから。

 それが急に使えなくなるとなれば、手足が急に無くなるようなものだ。しかも、私以外はそれを認識すらできない、混乱しない訳がない。

 混乱している神官戦士達が私に何もできないでいるのを横目に教会内部へと堂々と突き進む。

 この世界の教会は地球にある教会の建物とはまるで違う。

 どちらかと言うと、本がたくさんあり図書館や役所を思わせる作りだ。もちろんお祈りする礼拝堂のようなものはあるけれども、それ以上に役所のような場所に近く感じる。

 それらはいわゆる学術書や歴史書ではない、それどころか宗教関連の本ですらない。言ってしまえば帳簿とのことだ。

 どこの世界も金勘定は大事なのかしらね。

 後、教会の本拠地と言われるだけあって、神官戦士さんたちもたくさんいるし、内部は迷路のように入り組んでいる。

 襲撃されることをある程度想定して建てられているのか、それとも建てた人の趣味なのか。

 にしても、神官戦士さんたち多い。わらわらそこかしこから出てくる。

 だれもかれも人間にしてみたら、達人だか歴戦の戦士なのかもしれないけれど、私から見たら有象無象でしかない。

 そもそも神官戦士は癒しと守りの術を得意とし、攻撃するための魔術はそれほど扱えるわけでもない。

 そして得意の守りの術、結界や障壁なども私には意味がない。発動する前に無効化できるし、発動した後ですら術式をいじって無効化できる。どっちにしろ意味がない。

 それでも戦士と付いているからには、棘々のついた鋼鉄の棍棒のようなもので、直接私に殴りかかってくる者もいる。

 今も曲がり角に待ち伏せをされ殴りかかられたところだ。まあ、魔力の触手ともいえる魔力網を伸ばしているので、先に気づいてはいるんだけどね。

 それを片手で受け止めて握るように少し力を込めたら、その棘々棍棒は割れた。金属なのに割れた。

 金属だからグニャっとなるのかな、って思ってたけどなんか割れた。

 それを間近で見た神官戦士の恐怖の表情は、やっぱりへこむものがある。

 怖がられるってやっぱり嫌よね? こんなにカワイイ姿をしている私を怖がるだなんて。

 まあ、美人さんが笑顔で鋼鉄の棘々棍棒を目の前で握り割ったら、そりゃ怖いよね。

 それにしても、ヒィって感じで腰を抜かしちゃって、可哀そうに床でがくがく震えちゃってさ。

 でも、こんな物で殴りかかってきたのは、あなたのほうだからね。

 何かしら声をかけようとしたけど、目を閉じて震えながら神様にお祈りを始めちゃったので、そのままにしておく。

 これ以上なんかしたらイジメだよね。

 私は鋼鉄の棘々棍棒で殴りかかられたっていうのに。私のしたことはそれを握りつぶしただけで、殴りかかってきた人に対しては何もしてないのに。

 震えながら神頼みされるほど怖がられるとか少し悲しくなる。

 すぐに奥から数名の神官戦士が追加で現れ、一人が同じように棘々棍棒で殴りかかってきて、後の数名が魔術を展開している。

 そのまま魔術を発動すれば、今床で腰を抜かして祈っている人にも当たっちゃうでしょうが。

 まずは魔術を強制破棄させる。

 それだけはアレクシスさんに叩き込まれたからね。何の術であれ、とにかく魔術は先に潰せとしつこく言われた。

 振り下ろされた棘々棍棒も同じように右手で受け止めて掴み握りつぶす。

 柔らかい、火を入れないただ乾燥させただけの、土器のように簡単に握り潰され砕けた鋼鉄の棘々棍棒を見て、戦意を無くす神官戦士。

 魔術が発動しないことに混乱を隠せない神官戦士達。

 彼らが既にこちらに対して戦意を失っているのを確認し奥を目指す。

 もちろん中には素手で掴みかかってくる怖いもの知らずの猛者達もいる。

 個人的にはそれが一番厄介だ。

 どう対処していいかわからない。

 だって無理に引きはがそうとして、骨とか砕いちゃいそうだし。気持ちが高ぶっていると、この肉体の力加減はとっても難しいのよね。

 ほら、だって金属の棘々棍棒を握りつぶせるくらいの握力でるのよ? そんなんで人を掴んでみなさい。

 もう、骨なんてバッキバキになっちゃうわよ。

 普段は普通の人間と変わらない程度の力だけど、どこまでも力を絞りだせる感じなのよね。

 だけど、今みたく気持ち高ぶっていると、一気に力がドッと出てしまって制御がとても難しい。

 だって普段、私に甘い人たちに囲まれて、好きなことだけしてひきこもり生活を満喫している私よ?

 それが、一人で敵地に乗り込んでるんだから、気持ちが高ぶらないわけないし、内心ではかなりドキドキなんだからね。

 そんなわけで力の加減があんまりできるとは思えない。

 相手も一応身体強化や結界などで守られてはいるけれど、私にとってはないも同じ、薄い紙を纏っているようなものでしかない。

 正直どう扱っていいものか困る。

 だからと言って、何人もの人間にしがみ付かれるのは嫌だしね。

 服がしわになるし、やぶけでもしたらショックだ。なにせ今着てるのはお出かけ用の服だし。

 仕方がないので、その嫌な気持ちを魔力に込めてみる。

 凶悪なまでに強大な魔力が私の感情に反応し、壮大なまでの、なんていうのか、不穏な空気? もしかしたら人間にとっては絶望的なまでな不吉なオーラにでもなってか、それが私中心に辺りに解き放たれる。

 それでしがみ付いてきた人間もおのずと私から手を離す。というか、硬直したりしているし、中にはそのまま泡を吹いて気絶している者までいる。

 やっぱり大きすぎる魔力っていうのも考え物よね。簡単に不機嫌にもなれないんだから。

 しかも血を吸っているだけで、どんどん強大さが増していくんだから困ったものよね。

 まあ、修道院にいるときは、すんごい甘やかされるので、不機嫌になるときなんて、そんなにないかな? ないよね?

 色々悩みはするけど、基本嫌な気持ちになるようなことは少ないハズ!!

 不意に何か感じる。私からすればそれほど強い力じゃないけれども、それでも人間個人で行使できる術式と魔力量ではない。

 何人かで大規模な儀式を行い強力な魔術で仕掛けて来たか。

 突き当りの奥の部屋、手前に数人の神官戦士たちが守っている。

 その奥の部屋。恐らくはなんだかの大規模な魔術的儀式をおこなうための部屋の中からのようだ。

 その部屋自体魔術でしっかりと結界が張ってあり隠され守護されているけれども、私にとっては逆にここが重要ですよ、と言っているようなものでしかない。何かを隠す術式自体が見えるし、守護する結界など蚊帳のようなものでしかない。

 それ以前に神官戦士たちが部屋の前で死守するぞって感じで、待ち構えているしね。

 けれども、そんな結界や死守しようとしている人たちをあざ笑うかのように、私の魔力網はその部屋の中で数名の人間がいて必死に術式を展開しているのどころか、術式の内容まで把握できてしまう。

 その魔術も却下して…… と思ったけど、そのまま発動まで待つ。

 ほどなく私の頭上に光り輝く球体が生じ私に向かって降りてきた。

 それと同時に誰かが吹き抜けになっている上の階から私を見下ろして、

「天罰を喰らうがいい!!」

 と叫んだ声が聞こえる。

 その術が発動した後の光の球体を私の魔力の触手で包み込んで、そのまま圧倒的な魔力の圧で握りつぶす。

 ついでに軽く障壁も張って周りに被害が及ばないようにしてあげる。

 ひときわ眩しい光りを放った後、音もなく光の球体は何もできないまま消え去った。

 人に当たれば塵も残らなかっただろう魔術。私でも直接当たればただ痛いじゃすまされなかったかもしれないけど、発動まで時間がかかるし発動してからでも今のようにどうとでもなる。

 それでも直撃すれば腕一本くらい持っていかれたかもしれない。まあ、纏っている魔力に阻まれてそもそも直撃もしないんだけれども。そしてもし直撃して怪我してもすぐ治るけども。

 そんな感じの魔術だ。

 これが天罰? ちょっと物足りない威力じゃないかしら、とも正直思う。

「へっ?」

 と、上の方から情けない声が聞こえた。

 絶望したような表情で一人の男が、私を見下ろしている。

 名前は覚えてないけれども会ったことはある。開領式に来ていた神官の一人だ。エデンバラの神官の一人のはずだ。

 会った神官たちの中では、割と若かった、それでも二十代後半くらいだろうけど、イメージがある人だ。

「今のが天罰なの?」

 と、下の階から私が問いかけると、

「そんな…… 馬鹿な……」

 と言って姿が見えなくなった。

 けど、その場から動いてないのは感じられる。どうも腰が抜けてその場にしりもちでもついたようだ。

 ちょっといたずら心が芽生える。

 軽く床を蹴って跳ね上がり、吹き抜けを一っ飛びする。その際床が盛大に壊れていたけど気にしない、だって今の私は襲撃者なんだもの。

 腰の抜けたエデンバラの神官のすぐ横に着地する。

 それを見てエデンバラの神官の表情が恐怖と絶望に染め上がっていった。

「今のが天罰なの?」

 と、もう一度問いかける。

 エデンバラの神官はじたばたとしなが、私から逃げるように床を這いずり回る。

 さすがにちょっとやりすぎた?

 この人は、さっきの魔術のトリガー役と目標を目視で見定める役と言ったところかな。

 まあ、さっきの魔術の歯車の一つだけど、ここまで精神が恐慌状態に陥ってしまえば、その役目もしばらくは果たせない。

 これ以上はもう何もできないだろうしかわいそうか。戦意ももうないみたいだしほっておいてもいいかな。

 吹き抜けに面した手摺を飛び越え一階へと落ちて戻る。

 目指すは儀式を行った部屋だ。

 その部屋の前を固めている神官戦士たちは、恐怖に顔を引きつらせながらもまだやる気のようだ。

 一人が金属の棘棍棒を持って殴りかかり、その他の者が魔術で攻撃する。

 結果はさっきと大差ない。

 魔術を却下して金属の棘棍棒を握りつぶす。

 それでも戦意を失わないものには、その苛立ちを魔力に込めて放出する。

 それだけで戦意は失われる。

 やっぱり私は強いよね? 圧倒的なまでに強いよね?

 あのズー・ルーの暗殺者が異常だったんだよね?

 そもそも魔力も持たないということは身体能力を魔力で強化できないのに、なんであんな動きができるかも不思議だ。

 あのレベルの人がたくさんいたら、さすがに相手にも死傷者出るかと思ってたけど、流石にあんな達人みたいな人はいないみたいね。

 一応、あの襲撃者にも有効そうな対策用の魔術も幾つか作って来たけど無駄になったみたい。

 神官戦士と言っても聖職者だもんね、この人たち。

 あんまり戦闘向きじゃないのかしら?

 奥の部屋、分厚い木製の両開きの扉の前に立つ。

 扉には魔術で保護され施錠されているけど、それを魔術の上から蹴破った。

 蝶番というか、扉を固定していた枠ごと壁から引きはがされて、盛大な音を立てて、その扉としての機能を失った。

 部屋の床には大きな魔法陣が描かれている。様々な術に対応している素晴らしい魔法陣だ。これはちょっと参考にしたい。この魔法陣の術式は忘れないで覚えておこうっと。

 部屋の中にはその魔法陣を囲んで、エデンバラの神官達とそれに囲まれるように立ちはだかる大神官がいた。

「極光球輪の術も適当にあしらえるのか……」

 と小さな声で大神官がそうつぶやいたのを私は聞き逃さない。

 そして、あっけにとられている他の神官達にはすでに戦意はなさそうにも見える。

 ざっと見渡しても十人ちょい。その人数で大規模な儀式をしてなお簡単に魔術をあしらわれたら、さすがに手の打ちようがもうないのかもしれない。

「うーん、この数人がかりで、この大規模儀式であの威力なの?」

 と私は素直な感想を述べた。煽っているように思えるかもしれないけど、正直な感想だ。

 攻撃的な魔術はあまり持たない、っていう話は嘘じゃないらしい。

 それでも隠し奥義的な魔術でもあるのかと思っていたけど、さっきのがそうだったのかしら?

 まあ、でも、その問いがダメ押しとなり、大神官以外は完全に戦意を失ってしまったようだ。

「攻撃用の魔術など……」

 と大神官も吐き捨てたが、その次の言葉は出てこなかった。

 その割には暗殺者を差し向けたりしているけど、そのことは言わないであげておこう。

 魔術の破壊的な威力だけなら聖歌隊の子達のほうが高そうだ。

 彼女たちの魔術は対妖魔用の魔術だから威力重視だしね。

「わしの首が欲しいのならそう言えば差し出したものをわざわざ取りに来るとは」

 凄い形相で睨みながら大神官は怒気を隠しもせず、けれど静かに、それでいて半ば意気的には叫びながら言った。

 その激しい怒りがビリビリと伝わってくる。

 いや、その顔が今日一番、私が恐怖した事だよ。

 わざわざ死傷者なしでここまで来てあげて、手土産まで持ってきたのに、そんな顔されるだなんて。

「いや、首なんかいらないし、取るつもりもないんだけど」

 と素直に思っていることを述べる。

「では何が目的だ。本教会を襲撃など許されることか!」

「ほら、許可証はあるよ? これがあれば一度は襲撃していいのよね?」

 許可書をひらひらと見せながら言ってみるが、大神官はこちらを睨んだまま、同じことを聞いてきた。

「なにが目的だ」

 改めてそう聞かれると、確固たる理由は実はない。

 なんとなく、と言われればそうかもしれない。いや、なんとなくと言うかは成り行きで私が襲撃することになったんだけど。

「んー、ただの嫌がらせ? ちがうかな。ただの成り行きなのかな?

 ほら、イリーナさんが割とひどい怪我しちゃったし、グリエルマさんは報復に燃えてるしで、なんかしないと示しが付かないっていうか?」

 嘘のようだけど、これが私の本心で本当のことなんだけど、さすがに信じてくれないよね。

「それだけでこの本教会に攻め入って来たのか」

 信じられないと言った顔をした後、怒りで大神官の顔がみるみる赤くなっていくのがわかる。

「うん、あとあれ、預言書っていうの、読んでみたいし?」

 私的な理由を付けるとすれば、それが一番の理由かもしれない。

 教会の秘蔵する神が残したという預言書。読んでみたいじゃん?

「門外不出の預言書を差し出せと?」

 怒りで顔に血管が浮き出ている。なんかそのまま血管が破裂しそうなくらい浮き出ている。

 怒りすぎじゃない? それほど大事なものなのね。

 やっぱりダメかな? でも、この許可書があれば無理やりにでも持ってけるのよね。

 でも、本気で拒否するなら無理やり持っていくようなことはしないんだけど。

「あと、できればその他の秘蔵の資料なんかもくれないかなーって?」

 ついでに思いついたことを、せっかくだから述べてみる。

 うんうん、これくらいは言っておかないと。イリーナさん、下手をすれば死んでたんだし、それにグリエルマさんも納得してくれないだろうし。

 まあ、拒否してくれたら、少しだけ粘って適当に引くからどっちでもいいんだけど。

「ふざけたことを……」

 顔を真っ赤にして怒っている大神官は、今にも頭から蒸気でも噴き出しそうだ。

 けど、その怒りを私にぶつけるのは無謀でしかない。

 行き場のない怒りが大神官に溜まっていく。

「でもね、報復協定の本にはさ、ある程度の略奪も許可されてるって書かれてるし?

 冗談で預言書でも貰ってこようって言ったら、グリエルマさんなんかあり得ないほど笑い転げてたよ」

 それがそのまま採用されたんだけどね。やっぱり成り行きで、なのかしらね?

 いや、冗談だったんだよ、お金で済まそうと思ってて、それをグリエルマさんに言ったらかなり不服そうだったからさ、それで冗談のつもりで言っただけなんだよ?

 まさか、名案です! だなんて言われるとは思ってなかったよ。

「ぬぅ!!」

 眼が凄い血走っている。

 怖い怖い。

「後アレクシスさんも笑って、それもいいかもしれないって言ってくれたよ?」

 私がそう言うと、大神官の表情から急にすっと怒りが消えていった。

 あれ? 急に冷静にならないで? 心配になるから。

「アレクシス様がそう言ったのか?」

 急に冷静になった大神官が静かにそう聞いてきた。さっきまでの怒りの感情がまるで感じられない。

「え? ええ」

 急に憑物でも取れたように冷静になった大神官に、嫌なものを感じつつも私もここでは引く気はない。

「ならば良し、時が来たというだけの事だ。はやりあの預言書こそ救いの道なのだ。

 持っていくがよい」

 と、大神官は自らに言い聞かせるように言った。

「え? なに? これも預言書に記されてたってこと」

「いかにも。

 だが貴様のことは記されてはいない、はやり貴様はどうという事ではない、何者でもなかった、そういうことよ。

 はやり我らが主は偉大である! 貴様とは格が違う!!」

「何その言い草。

 ちょっと傷つくな、もう。

 預言書だけ貰って帰ろうと思ってたけど、その気になれば、この建物くらいすぐにでも木っ端微塵にできるんだからね?」

「ならばしてみるがいい」

 大神官はそう言って勝ち誇ったように嘲笑した。

 かなりムカッときた。

 よーし、わかった、やってやろうじゃない。後悔してもおそいからね。

「とりあえず預言書ちょうだいよ、あと隠してた資料もついでにちょうだいよ!」

「ふん、ついてくるがいい」

 流石は大神官と言うべきか、普通の人間なら私の怒気に反応した魔力に当てられるだけで、絶望したような表情を浮かべている。

 事実、大神官以外のエリート神官さん達は、今も茫然と立ち尽している。

 そんな彼らを後に大神官はずけずけと、さらに奥の部屋へと一人進んでいく。

 仕方がないので私もそれに続く。

 儀式用の魔法陣の部屋からさらに奥へ進み、階段を何階分か登り、厳重そうな部屋を一つ抜け、窓のない廊下を進み、窓のない螺旋階段を今度は降りていく。

 魔術で作り出された明かりがあるが光量は足りず薄暗い。とはいえ私は吸血鬼。夜目は利くので問題ない。

 螺旋階段はかなり長く続くが、途中に踊り場どころかどこかの階に繋がることすらない。ただ円柱形の部屋をひたすら降りていく。

 登った段数より降りた段数の数がかなり上回る。要するに地下へと突入しているという事なのかな。

 ちょっと隠し通路ぽくてワクワクしちゃう。

 ついに螺旋階段が終わり、長く広い廊下に出る。

 ここには明かりすらないが、凄い洗練された空間だという事がわかる。まるで美術館のようだ。

 途中にも色々飾られている。服だったり、ただの布のようなものだったり、ただのノートだったり、帽子だったり靴だったり。色んなものがケースの中に飾られている。

 どれもが教会の神様関係の遺物なのだろうか。私にはよくわからないけど。

 飾られている物に特に芸術性はないけれども、本当に美術館のように思える。いや、博物館か? それとも郷土資料館的な感じ? 美術館よりはそっちの方が近いかもしれない。

 そのまま進むと、大きな頑丈そうで豪華な装飾された扉があり、そこに大神官が懐からだした鍵を使い扉を開けた。

 中は少しかび臭くここも明かりは全くない。真っ暗なんだけど、この暗闇で大神官はよどみなく動いている。夜目が利くのか、それとも何度も来ていて見なくてもその配置を覚えているのか。

 大神官が燭台のような物の近くまで行き小さく何かを唱える。魔術だ。それに反応して部屋が明るくなる。

 そこは展示室と倉庫を合わせたような空間だった。

「ここが教会の保管庫だ。主の残した物が保管されている」

 大神官は誇らしげに言ったが、丁寧に展示されてなければただの倉庫にあるような物にしか思えないものがほとんどだ。

 まだ外の廊下に飾ってあったもののほうがまだ見栄えがいい。

「預言書以外の物も?」

「ああ、主が直接残したものはそう多くは現存してはいないが、主が世界に与えた影響ある物事を記録した物、主の軌跡なども保管されている」

「これ全部持っていっていいの?」

 と私が聞くと、大神官は何も言わずに凄い目つきで私を睨んできた。

 えぇ…… さきにケンカしかけて来たのそっちじゃん。

 でも何も言わないってことはいいってことよね。

「一人で持ち出すの大変だから、後でエルドリアさんにでも言って人手を借りようっと」

 激しい怒りを感じるので、わざと眼を合わせないようにしている。

 だって、大神官の怒ってる顔、物凄く怖いもん。

「大事なものは全部地下のここにあるのよね?」

 確認をする。

「ああ、そうだ」

 確認が取れた。

「じゃあ、地上部分は無くてもいいよね?」

「何を言っている?」

 大神官が眼を見開き私を見るが、私は大神官の顔が怖いので眼を合わさない。

「やれるもんならっていったじゃん。

 私は、実際に、やれるんだよ?」

 その言葉をトリガーにして「ならばしてみるがいい」と言われてた時から用意していた魔術を展開し行使する。

 ちょっと間をおいて上の階から悲鳴と怒声が聞こえてくる。

「なにをした!?」

 視線を合わせないでいた私の視線に入り大神官が聞いてきた。

 顔怖いんだよ、なんだそのゴツイ顔。怖い怖い、怖いってば。

「大丈夫よ、私は優しいから命までは奪わないから」

 と、ニッコリ微笑んで言った。

 微笑んだのはただのごまかし。

 だって、大神官の顔怖いんだもん。この人の顔怖い、迫力ありすぎ!!

「だから、なにをしたのだと!」

 と、少し懇願するように大神官は言ってくる。

 本当はすぐに上へと確認しに行きたいんだろうけど、この宝物がいっぱいの部屋に私一人残すのは嫌なんだろう。

 私にとっては、別に宝じゃないんだけど。

「言った通りよ。建物を木っ端微塵にしてるの」

 事実を伝えてあげた。

「なにっ?」

 それを聞いた大神官が慌てて走り出し螺旋階段のところまで走って行って唖然とした。

 私もそれについて行く。

 螺旋階段があった円柱状の部屋を見上げると、そこには既に空が見えていた。

 そして、石材が砂に、木材が木屑に、建物の上部から粉々になっていく様が見て取れた。

「な、なんだこれはッ!!」

 崩れ落ち膝をつきながら大神官は叫んだ。

「私のさっき創った安全に建物解体の魔術よ。

 上側からゆっくりと粉々になっていくし、粉々になった物もゆっくりと落下するようにしてるから生き埋めにもなりにくわよ。

 しかも家屋だけを粉々にして、家具はそのまんまという親切設計な魔術よ! 凄いでしょう?」

「こ、こんなことが!? この魔術を今創っただと? バカな! あり得ない!!」

「今と言うか、やれるもんなら、って言われてから創ってたよ。

 即席で作ったけど中々便利ね、古くなった建物壊すときにこれからは使っていこうっと」

 うんうん、中々便利な魔術だ。

 次は人なんかの落下物もゆっくり落ちるように改造しておかないといけない。

 何人か落下して尻もちついているようだし。

「こ、こんなことが!! 許されると思っているのか?」

 私を見上げながら大神官は、はやりここまで来ても怒りの表情をしていた。まるで怒り以外の感情がないかのようだ。

 正直ここまでするつもりは私にもなかった。

 だって、私にとってはただの怖い顔のおじさんだし。

 いや、違うか。この人はイリーナさんに大怪我をさせた、しかも悪意を持って大怪我をさせた原因の人だ。

 それを考えれば、これくらいしてもいいかもしれない。

 もしオスマンティウスがここに襲撃して来ていたら、間違いなくこの建物にいた人全員、塩の柱になっていただろうし。

 それに比べれば、まだましだよね?

 死傷者を出さないためにわざわざ私が来たんだから。そのためにアレクシスさんに訓練までしてもらったのよ?

「だって、してみるがいいってしたり顔で言ったじゃん」

 でも、ちょっと後ろめたい気持ちもあるので、言い訳のような感じで答えてしまう。

「な、なんていうことを……」

「そっちが意味の分からない理由でケンカ仕掛けて来たんだからね」

 崩れ散り散りになっていく本教会を見て大神官が完全に崩れ落ちた。

 ちょっとやりすぎだったかな、と思ったけど、これくらいしないとグリエルマさんから何か言われそうな気がしたし。

 それにほら、私は誰の命も奪ってないけど、イリーナさんは本当に死にかけてたし、これくらいは、ね?

 そうこうしている間に、螺旋階段も地上の位置まで分解され、砂と木屑がゆっくりと降り積もってき来た。

 そこで魔術の効果が終わる。粉々にする指定を地上のみで終わらせておいたからだ。

 歴史ある本教会が文字通り塵となった。

 崩れ落ちた大神官を後に私は、螺旋階段を登り地上まで上がった。

 そこには、百名に満たないくらいの人間が砂と木屑、それとたくさんの椅子や机、本棚なんかの家具に埋もれ茫然としていた。

 そして空からは、まだ続々と砂と木屑がゆっくりと降り注いでいた。


 その後エルドリアさんに人手を借りて、教会の貯蔵してた資料を運び出してもらったけど、エルドリアさんもこの惨状を見て茫然としていた。

 ついでに大神官は、医療施設へ運ばれていったと人伝に聞いた。倒れたまま(うな)され目が覚めなかったんだとか。

 やっぱりやりすぎだったのかしら?

 押収した資料なんかは私の修道院に送るように手配してもらう。

 さすがに全部持って帰るには量が多すぎる。

 それと、エルドリアさんに一つの質問をする。

 彼女はその答えをすぐに答えてくれた。エルドリアさんに聞くまでもなく、王都では割と有名な話だったらしいけど。

 大神官が倒れてしまって聞き出せなかったけど、これでもう一つの要件もどうにかなるかな?

 

 王都のはずれにある場末の酒場。

 この辺りは王都のはずれではあるが王都は王都である、なのに、その酒場以外の目立った建物もなく酷く寂れている。

 その理由はその酒場があるからだ。

 ズー・ルーの拠点。古くからある歴史ある酒場。

 王都では割りと有名な話で、好き好んでこの辺りに住もうとする者はいない。

 そのためかこの辺りだけ王都というのに、この酒場以外なにもないし、土地自体が安いのだが買い手はいないのだという。

 誰も手出しができない殺し屋たちの名もなき酒場。それがズー・ルーの拠点。

 私がエルドリアさんから聞いた事で、大神官から聞きたかった事でもある。でも、そんな偉い人たちに聞かなくてもちょっと裏に詳しい人や土地を管理している貴族にでも話を聞けばすぐにわかるようなことだったらしい。

 そこまで一般的なことではないが、特に秘密という事でもないんだとか。

 私は今その酒場の扉を開けた。

 酒場の客、つまりそれは超が付くほどの一級の殺し屋たちの視線が一斉に私に突き刺さる。

 オスマンティウスとイリーナさんは馬車の中に残してきた。

 危険というよりは、オスマンティウスがイリーナさんの件で怒って暴走して相手を塩にしちゃう可能性が高そうだったから残してきただけ。

 あの子、イリーナさんの事になると暴走しがちだからね。

 念のためアザリスさんだけは連れてきた。一応彼女にも関係ある話だし。

 言っておくと、彼らに対して私は別に報復しに来たわけじゃないし、私の持っている報復許可書も彼らに対しては効果がない。というか、もうあの許可書はなんの効力はない。もう報復は終わってしまったのだから。

 じゃあ、なんでこんな場所を訪ねたかというと、言っていた通り要件があるからだ。

 私は遠慮もせず、ずけずけとカウンターまで進む。その後ろをかなり緊張した感じのアザリスさんが続く。

 カウンターには私の目的の人物、私を襲った男が酒を飲んでいた。

 隣にはにやついた笑顔の優男がいる。こいつが話に聞いていたオスマンティウスを襲った笑顔の男か。

 確かに嫌な笑顔だ。

 カウンターの向こう側に細目で長身の男、この酒場の店主ぽい男がグラスを磨いている。

 けども。

「なんで妖魔がこんなところにいるの?」

 と、私は疑問を声に出した。

 ついでに、笑顔の男は笑顔の顔のまま固まっているが、私を襲ってきた男は、我関せずとばかりに今もゆっくりと酒を飲んで味わっている。

「おや、流石ですね。やはり見る者が見るとすぐ見抜かれるものですね」

 と、酒場の店主は言った。

「あら、内緒だったの?」

 と、私は返した。

「いえ、私は聖王より許可を頂いています。故にここに居ます。隠しているわけではありませんよ」

「ふーん。まあ、いいけど、頭目って人は今いるの?」

「はい、私がズー・ルーの頭目をやらさせて頂いております」

 そう言ってその妖魔は軽く会釈をした。

 見てすぐ妖魔とはわかるのだけれども、その力は弱い。

 ほとんど魔力を持っていないと言っていい。恐らく魔力を供給してくれる主がいないに違いない。

 それでも人間よりはその魔力は高いんだけれども。

「え? そうなの? なんで妖魔が殺し屋の親分やってるの?」

 殺し屋の親分が妖魔とな。

 しかも、妖魔を目の敵にしている精霊神殿の目と鼻の先で、のうのうと殺し屋家業を営んでいるとは。

 これも王様の許可って奴の効果なのかしら。

「私が精霊でいたとき、私は殺人の精霊でした。

 そのような精霊ですので、私としては妖魔のほうがやりやすかったので妖魔に身を落としました」

「いや、そういうことではないんだけど、って、自分から妖魔になったの?」

 私が聞きたかった返答の内容と違うけど、その返答の内容には妙に納得できてしまった。

 人殺しの精霊とか、たしかに嫌だよね。生贄を求めるようなものだし。

 いや、人殺しではなく殺人ってわざわざ言っているってことは、生贄とかじゃダメなのかな?

 もしそんな精霊だったとしたら、そりゃ辛いよね、妖魔のほうがやりやすいっていうのも納得できる。この世界で妖魔は人類の敵の代表格みたいなものだし。

 それに殺生を重ねると穢れが貯まりやすいとも聞くし、結局は妖魔化してしまうのか。難儀な精霊だったのね。

「はい」

 と言って妖魔はにこやかに笑った。

 まるで精霊を捨て妖魔に身を堕としたことに、なんの杭もないようだ。

「精霊神殿の人に狙われないの?」

 私がそう言うと、その妖魔は酒瓶が並べられている棚の一カ所に飾られている表彰盾のようなものを指さした。

 それはガラス、いや、水晶製なのかな、透明な鉱物で作らられていて、その中には一枚の皮のようなものが入っている。

 その皮にはなにか文字がかかれている。

「聖王の直筆の許可証です。確か三代目でしたか、ご本人から頂きました。

 内容としたしましては、主を持たないこと、私自身が人を殺さないこと、所在を明らかにしこの王都から出ないこと、この三つを守るのであれば王都にてその存在を許可するというものです」

「あっ、いーけないんだ、王様に第何代目とか言っちゃいけないんだよ」

 私が調べて得た知識を披露する。

「それは割と後になってから言われ始めたもので、実は根拠も何もない話なのですが、今現在はそれが当たり前となっているようですね」

 と返された。

 はやり付け焼刃の知識は火傷する。

 恥ずかしさで顔が赤くなる。

 もしかしたらこの妖魔が言っていることが嘘なのかもしれないが、ここで嘘を着くメリットはないと思う。

「え? そうなの?」

「はい」

「ふーん、でも殺人の妖魔なのに人を殺したくならないの?」

「正確には、私は、人が人を殺す行為の妖魔、なので、私自身が人を殺すことに衝動はないのです。

 なので、殺人組合を作り、そこに所属した人物に殺人の仕方を伝授しています。

 それに、ここでは暗殺の需要は山ほどあります、持ちつ持たれつ、というやつです」

「なるほど、天職だったってことね」

 まあ、今までの話を聞いている限り、表立って争わないけど暗殺なんかは割とポピュラーな世界みたいだしね。しかも元殺人の精霊であって王様の許可付きともなれば繁盛もするか。

「職ではなく性と言うべきなのでしょうが、まあ、その通りです。

 で、お得意様の教会を完膚なきまでに破壊した血の精霊様、ズー・ルーに何か用事でしょうか?

 殺しのご依頼なら喜んでお受けいたしますよ」

 と、妖魔はそう言って再び頭を軽く下げた。

「殺しじゃないんだけどね、依頼があるの」

 と私が言うと即座に、

「では、お帰りください」

 と、返された。

「え、要件も聴かずに?」

「ここはズー・ルーの拠点なのですよ? それ以外に要件があるとは思えませんが?

 まさか襲られた報復に来たとでも?」

「いや、それはないけれども。

 でも、無下に断るっていうならそれも辞さないよ?

 私、こう見えて、アレクシスさんに戦闘訓練付けてもらったんだからね」

 と、気持ち魔力を強めて軽く脅してみるが、そんなことで反応する人はここにはいなかった。

 しいて言えば、アザリスさんが冷や汗をダラダラと流し始めたくらいだ。

 いや、もう一人反応した人がいた。

「ほぅ?」

 私の言葉に、目を布で覆った初老の男、私を襲った襲撃者の男が私に興味ありとばかりに反応した。

 私はこの男に用事があるんだけど、下手に興味を持たれて再戦でも申し込まれたら困る。

 ので、

「まあ、三日で音をあげたんだけど」

 と本当のことを付け加える。

「なんでぇ、そりゃぁ」

 と言って、私を襲撃した男は、私に興味がなくなったのか再びお酒を飲みだした。

 ついでに、私と妖魔の頭目、そしてこの私を襲った襲撃者以外は、みんな微塵も動かない。

 さすがに私も緊張を隠せないでいるので、その魔力が伝わっているのかもしれない。

 アザリスさんも冷や汗をかいていてはいるが、それをぬぐいもしない。

「で、殺しの依頼ではないと?」

「うん、それはそうなんだけど……」

「では、お帰りください」

 やっぱり取り次ぐ暇もない。

「ちょ、ちょっと待って、そこの私を襲った人に話があるの?」

「レビンさんですか? ふむ……」

 妖魔の頭目は少し考えるそぶりを見せた。

 多分ふりなだけだけど、それでも一考の余地ありともとれる。

 だって、今まで取り付く暇もなかったし。

「俺かい? やめてくれ、あんたにも言ってただろう?

 俺は辞めたんだよ、もう引退したんだよぉ」

 こっちを見向きもせずにそう言って、手だけであっちへ行けと言わんばかりに振って見せた。

「引退したんだ、つまりもうズー・ルーってやつじゃないのよね?

 なら殺し以外の依頼をしてもいいのよね?」

 と私が言うと、

「そうですね」

 と頭目も同意してくれた。

「あっ、まて、こんなクソ爺になんの用があるっていうんだよぉ」

 襲撃者、レビンとか言われてたっけ?

 にわかに焦りだしているのを感じた。めんどくさいことは御免だっていう雰囲気を全身から醸し出している。

「ちょっとね、あるものを取りに行ってほしんだけどね。

 腐れ沼にある妖魔王の拠点まで」

 と、一気に要件を言い切った。隠しても仕方がないので。

「はぁ? 俺に死ねって言っているのかよぉ、やめてくれよぉ」

 心底いやそうにレビンさんはそう言った。

 まあ、嫌だろう。人だろうと精霊だろうと、蝕み毒し堕落させる毒が今も蔓延している地域だ。

 しかも、今もなお数多くの妖魔が存在している地域でもある。

 そこへ向かえという事は、すなわち死ねと言っているようなものだ。

「なるほど、そういう事ですが。ですがレビンさんは今うちの技術指南役をして頂いております」

「お金は払うわ」

 と、即答する。せっかく掴んだとっかかりを失うわけには行かない。

「なるほどなるほど」

 と、妖魔の頭目が頷く。

 案外うまくいきそうな感じもしてくる。

「おい、頭目! おめぇ俺を売る気かよぉ?」

 と、レビンさんは妖魔を非難するが、妖魔はその細い目をニッコリとさせるだけでまともに取り合おうとはしない。

「いえね、こちらもお得意様の教会があの様なので、稼げるときに稼いでおきたいわけですよ、うちは何かと風当たりが強いので」

 と、困りました、とわざとらしいジェスチャーをしながら妖魔はそう言った。

「おぃおぃ、まじかよぉ……」

 と、レビンさんも悲壮そうな表情をするが、なぜか口元は不敵に笑っている。

 もしかしたら難易度の高い依頼に、心浮かれているのかもしれない。もしくは、私なんかからはいつでも逃げ切れる自身があるんだろう。

 そして、たぶんこの男にとって私から逃げきるだなんってことは朝飯前に違いない。

「大丈夫、ちゃんと腐れ沼の毒の対策の品はあるからさ」

 その言葉にレビンさんは口角を更にあげた。

 まるではじめっからわかっていた、もしくは予想通りっだって感じだ。

「だとしても、あそこは数少ない妖魔の巣なんだぜ?

 俺には無理ってもんさぁ」

 と、わざとらしくおどけて見せる。

 まるでこちらが用意している物をはじめっから知っているように。

「これがあっても?」

 私は後に手を伸ばした。

 周りの視線からかなり緊張しているアザリスさんがぎこちない動きで、それを私に手渡した。

 それは見た目は少し大きめの鉈だ。

 私も見たことのある鉈だ。

「そりゃぁ……」

 と、レビンさんにも予想外だったらしく口をぽかんと開けた。

「私を襲った時の精霊鋼の鉈よ。これがあれば妖魔だって倒せるでしょう?」

 レビンさんが無言で手を出して来たので、ちょっと怖かったけど精霊鋼の鉈を手渡した。

 後でアザリスさんが生唾を飲む音が聞こえた。

 鉈を受け取ったレビンさんは鞘から抜き放ち、その鉈の刃を眺め状態を確かめている。

「にしてもなんで俺なんでい?」

 と、虹色に輝く鉈の刃を見ながら、と言ってもこの人に目はなさそうだけど、言ってきた。

「適任者がいないのよ。

 あの腐れ沼の毒。精霊というか魔力を持つ人を浸食して堕落させちゃうから」

「おめぇんとこの妖魔をつかえばいいじゃねーか」

 まあ、もっともな話で、イシュもはじめは自分が取りに行く、って言っていたっけ。

 けど、それはアレクシスさんに止められたんだけどね。

「イシュは精霊化がもう始まってるのよ、あんなところ行かしたらまた妖魔に完全に戻っちゃうじゃない」

 そんなわけでイシュが行くことは却下された。

 中途半端に精霊化している今のイシュが再度堕落すると、揺り返しで更に深くまで堕落してしまうことがあるんだとか。

 そんなことを聞いたら、イシュに取りに行かせるわけには行かない。だってイシュの望みは今も昔も精霊に戻ることなんだから。

「ケッ、だからって俺に……

 あんたが行けばいいんじゃないか? あんたには腐れ沼の毒も効かなかったじゃねーかよ」

「え? あっ、あの投げナイフに塗ってあった毒、やっぱり腐れ沼の毒だったのね!!」

 あのナイフだか短剣だか、持って帰って保存してたらアレクシスさんに凄い嫌な目で見られたよ。

 凄く危険な毒が塗ってあるって。処分したほうがいいと言われたけど、こっそりしまって研究に材料にしちゃってるけど。

「ああ、そうだよ。あの毒が効かないんだから、あんたなら行ってこれるだろう?」

「もう!!

 それもアレクシスさんに止められてるの!!

 もし万が一私が堕落したら世界が滅びるって」

「そいつは、ちげーねぇなぁ。ハハッ!

 でも、俺が行く理由にはならねぇな?」

 レビンさんは飽きたのか鉈を鞘にしまい、カウンターの上に名残惜しそうに置いた。

「行ってきてくれたらその鉈あげるわよ?」

 元々そのつもりで持ってきたものだ。教会の保管庫から正式に略奪したもので一応今は私の物のはず。

 あげちゃっても問題はない。

「マジか? 孫は居ねぇけど孫どころか末代まで遊んで暮らせる代物んじゃねぇかよ!!」

 目隠しで目は見えないけど、目が輝いているのが見えるくらいには喜んでいる。

 結局はお金なのかな?

 うーん、職業的な殺し屋だったんだから、そりゃ心を動かすとなるとやっぱりお金なのかしら?

「それとは別に頭目さんにもちゃんとお金も払うわよ」

「ふむ、助かります。

 それなら私のほうからは拒否することはないですね。

 あとはレビンさんと話し合ってください。

 この場所くらいは提供いたします」

 と言って、妖魔は一歩下がり止まっていた手を動かし再びグラスを磨き始めた。

 でも、この酒場にあるグラスは妖魔が磨いているもの一つに思えるけど、なんのために磨いているの?

「ええっと、レビンさんでいいのよね?

 あなたへの報酬はその鉈。頭目さんへは、まあ、後で相談でお金ね、を支払うという事でいいかしら?」

「んー、まあ、その鉈くれるっていうんなら、無下にできねぇよなぁ。

 まあ、話を聞いてからだけどな」

 そう言いつつもレビンさんも前のめりだ。

 かなり乗る気らしい。まあ、教会が秘蔵していた精霊鋼の中でも最大級に大きな物だしね。

 後割と業物らしい。私には刃物の良し悪しはわからないけれども。

 お金にしたらいくらになるかは見当もつかないほどの品物だ。

 研究材料にもしたかったけど、その頼みたい内容を考えると手放してもおしくはない。

「とりあえずレビンさん、あなた目、見えないのよね?」

「ああ、生まれたときから眼球はねぇ、ぽっかりと穴が開いちまってる。見た目が良くないんでこうやって隠してはいるんだがな」

 といって、目隠しを上げて見せた。

 そこにはぽっかりと穴が開いている。眼球らしきものはない。

「それで音…… で良いのかな? それで場所を特定しているのよね?」

「ああ、そうだよぅ、秘密なんだがなぁ」

 と、ちっとも秘密そうな雰囲気を見せもしない。

「ちょっと聞きたかったんだけど、私を襲ってた時、認識を変える魔術で私の場所をわからなくしたのに、なんでわかったの?」

 これ、凄い疑問だった。もし次あったらそれだけは聞きたかったのよね。

 私は確かに音の認識を変える魔術を行使した。実際音は全く逆の位置に聞こえるように認識するはずだったのに。

「いや、だって、おめぇ、ただ単に位置を反転させただけじゃねぇかよ、やることなすこと単純なんだよぅ」

 なっ、うそ? 反転しただけ見抜かれてたの?

 記憶では一回攻撃を外されただけで…… でも確かにあの時何回か「オイ」って、声かけてた気もする。

 それで特定したっていうの? にわかに信じられないんだけど?

「確かに急だったから、反転くらいしか出来なかったけど、そんな急に対応できるもんなんなの?」

 私がそう言うとレビンさんはニヤッと笑った。

「それを言ったら、あんただって戦いの最中に、新しい魔術ぽんぽん作り出しやがってよぉ、やってらんねぇえよなぁ?」

 よくわかんないけど、この人が凄い、凄まじほどの技術の持ち主って事だけはわかった。

 体術というか、戦闘のセンスというか、そういうのだけならアレクシスさんよりも上じゃないの? もしかして。

「と、頭目、この人たち本物の化物ですよ、言ってること全部本当のことなんですよね?」

「私達には関係のないことです。幸い、一度失敗していますので、血の精霊様がもう一度ズー・ルーの対象に選ばれることはありません。

 良かったですね、ズー・ルーの皆さん」

 隣でヒソヒソと話している二人に一応釘を刺しておく。

「あっ、今度私の知り合いに手出したら、ここも完膚なきまでに潰しに来るからね?」

 その言葉に酒場中の視線が集まるのを感じる。

 殺気めいたものまで感じるが、それを行動に移す者はいない。そしてそれを実行出来る者も幸いここにはいない。

「わかりました。依頼を受ける際はその覚悟を持って受けるようにいたします」

「頭目、マジですか?」

 と笑顔の男が、笑顔のまま悲壮な表情を見せた。器用な奴だ。

「ズー・ルーは報酬さえちゃんと支払っていただければ、殺しの依頼を断ったことはありません。

 ただし一度失敗している方であれば、お断りさせていただいております。

 それは私が居ようが居まいが変わりませんよ」

 と、妖魔はそう断言した。

 ずっと昔からそうやって来たんだろうな、それこそすんごい昔から。

「むぅー、とりあえず攻めてきたら、ただじゃおかないからね?」

 私が睨みながら言うけど、妖魔の頭目は気にも留めていない。

 妖魔なのだから表情などどうにでも操作できるだろうけども。

 ただ、私には心底、本気で、そう思っているようには思えてしまう。

「まあ、経験から言わさせてもらえば、あなたのお仲間を狙うような人達はもういないでしょう。

 教会でさえあのありさまですからね。教会本部をあそこまでされるとなれば、誰も手出しはできないでしょう」

 と妖魔はグラスを磨きながら断言した。

 そういう意味じゃ、派手に本教会とやらを塵に変えた意味はあったかもしれない。

「そう? 本当にそうなってくれることを祈るよ、ほんと。

 人に怖がられたり、悲壮な表情を見せられるのは、意外と心に来るんだからね?」

「それは心中お察しします」

 私がそう言うと、妖魔はニッコリと笑いそう言った。

 よくわからない妖魔だ。

「おい、依頼の件はどうしたんでぇ?」

 と、レビンさんに急かされる。確かに依頼の件全然話してなかった。

「あっ、ごめんなさい。えっとね、妖魔王の拠点にね、とある人の亡骸があるんだけど、それを取ってきて欲しいのよ」

「亡骸だぁ?」

 と、隠しもせず怪訝そうな顔をした。まあ、無理もない。

 妖魔が亡骸を後生大事にするだなんてことは、嫌な理由しか思い浮かばない。

「うん、アザリスさんのお母さんの亡骸をね」

「アザリスっていえやぁ、そこの姉ちゃんじゃねーのかい?」

 と、アザリスさんに顔を向けレビンさんは怪訝そうな顔を更にしかめた。

 とうのアザリスさんは冷や汗の量が増えるだけで、身動き一つしていない。

「そうよ。

 病気で死んだってことにされてたんだけど、どうも嘘で、いや、病気で死んだのは本当らしいんだけど、その後その遺体を保存して隠してあったらしいのよね」

 精霊の肉体は乗り換えることができる。

 魂が肉体から離れても、混血種の肉体が残っていれば、それに新しく精霊の魂を入れさえすれば、再び魔王の器として機能する混血種が出来上がるのだ。

 確かにその亡骸は病に犯されてはいるが、死後無理やりにその病とやらを治療してしまうことはできる。というか妖魔なら実際にそうするんだと思う。

 まあ、病の治療まではされているかどうかわからないけど、私なら恐らく病の治療はできる。そこは問題にならない。

 アザリスさんの母親も精霊王と人との混血種だと予想されている。アンリエッタさんの生まれてくるお子さんの代わりの肉体、もしくは魔王化し封じ込めるための肉体としては打ってつけなのだ。

「ふむ、その辺の詳しい話はどうでもいい。俺はその亡骸を取ってくればいいわけだ?」

「うん」

「で、腐れ沼の毒はどうやって防ぐ?」

「これ」

 そう言って私は一つのペンダントを出した。

 ペンダントには宝石が一つつけられている。

 宝石は綺麗な光を称えている。私がこれでもかってくらい魔力を注ぎ込んだ逸品だ。

「これで防げるのか?」

 レビンさんは疑わしいように、そのペンダントを指で突っついた。

「ええ、計算では一週間は持つはずよ。

 原理としては私の魔力で腐れ沼の毒をこのペンダントに集中させ、その上で中和するって感じ。一応実験済みよ」

 人ではまだ試したことないけど。

 これは言わないでおこっと。

「ふむ、一週間であの広い沼の中から妖魔王の拠点を見つけ出して、そこから遺体を抱えて来いと?

 未だに妖魔がうじゃうじゃいるようなところでか?」

「うん、さすがに無理?」

 と聞くと、レビンさんはニィと笑った。

 けど、その返答は自信あふれるものではなかった。

「ネックは場所だ、その拠点の場所さえわかれば、出来なくもない」

 出来なくもない。レビンさんはそう言った。

 自信がないわけじゃないだろうけど、完遂できる確証もないのかもしれない。

 確かに腐れ沼は人間に取って地獄そのもののような場所、魔王の拠点があったと言われる最南端よりも、今は危険地帯なのだ。

 この大地で最も過酷で最も危険な場所、それが腐れ沼という場所だ。

 妖魔王が倒された今もなお、その呪いは大地を毒し蝕み続けているという。

 しかもその沼の範囲はこの大陸の南東側一帯でかなり広範囲を浸食しているという。

 妖魔王が倒されている今、その沼が広がることはもうない、と言われてはいるが、浸食された地が正常な地へと戻る気配もないのだという。

 そこで生きていけるのは妖魔のみで、妖魔の子の亜人ですら生きてはいくことはできない。

 妖魔王と呼ばれる妖魔ジュナハザストスは大勢が決しこの大戦において魔王が負けると悟ると、自分の命を削り腐れ沼を凄い速度で広げていったという。

 恐らくは魔王の死後、妖魔を集め戦力を温存し次の魔王が現れるのを待つつもりだったのではと聞かされたけれども真相は不明。

 けど、それを良しとしない精霊神殿とアレクシスさんの手により超遠距離からの魔術狙撃、もしかしたらアレクシスさんの使った魔法だったのかもしれないけれども、で、妖魔王を倒したんだとか。

 瘴気を孕む腐れ沼の毒はアレクシスさんにとっても脅威だったらしい。

 神と精霊王の子であるアレクシスさんですら近寄れない場所。

 それが腐れ沼と呼ばれる生きとし生けるもの全てを拒むこの世の地獄とも言うべき場所である。

 そこへただの人間であるレビンさんを派遣しようというのだから無理意地はできない。

 けど、私の知る限り適任者はこのレビンさんしかいない。

 なぜなら、魔力を持たない者にとって腐れ沼はただの毒沼でしかないからだ。

 魔力を持たないから瘴気で堕落することもない。正確には堕落するだけの、魂の属性を反転させるだけの魔力を持っていない。

 もちろん腐れ沼の毒は魔力を持たない人間にとって猛毒ではあるが、私の魔力で毒自体は中和はできる。

 毒自体は中和できても瘴気による魔力、いや、魂の浸食を止めることはできない。

 それは魔力を持たないレビンさんも一緒なのだけれども、瘴気が魂を浸食する際、魔力を呼び水に浸食していく。

 魔力を持っていないレビンさんは瘴気による浸食されにくい、というか、ペンダントに込めた私の魔力が尽きない限りはペンダントの魔力に向かい浸食し続ける事になるので、レビンさんの魂に瘴気が向かうことは避けれるのだ。

 あほみたいに魔力が溢れている私にしかできない芸当だけれども、一応この方法で腐れ沼に生物が入ることはできる。

「拠点の場所ならある程度はわかるはずよ、あくまで人づてというか、妖魔づてに聞いた話なんだけれども」

 イシュから聞いてる程度だけれども、おおよその位置は既に絞り込めている。

 けどそれはおおよその位置でしかない。

 同じ妖魔でもアンティルローデの配下だったイシュには、正確な拠点の位置を妖魔王は教えなかったらしい。

 同じ魔王四天王と呼ばれたとはいえ、曲者であるアンティルローデの配下の者に自分の拠点の位置など教えるわけはない。

「ふむ……」

 と、レビンさんが考え込んだ。

 その口元から笑みは完全に消えている。

 まあ、これで断られたら素直に引き下がるしかない。

 実際のところ死にに行けと言っているのと、それほど変わりのないことを頼もうとしているのだから。

「妖魔王の拠点の場所なら私も聞いたことがります。

 ですが、その場所は腐れ沼が今のようになる状態より前のこと、ですので、その場所が変わっていなければ、にはなりますが。

 けれど、二つの情報を照らし合わせれば、多少は正確になりましょう」

 と、妖魔の頭目は提案してきた。

 そして、その顔はわかりやすいくらい嬉しそうだ。

 ああ、こいつ追加で報酬を増やせと無言で言っているのが私でもわかる。まったく強欲な妖魔だ。

「場所わかるんだ?」

 と私が聞くと、

「はい、追加というか、レビンさんをお貸しする代金の代わりに、精霊鋼の刃物をこちらにも一本でも頂ければお教えいたしましょう」

 と言ってきた。

 レビンさんをお貸しする代金がどれくらいの価値かはわからないけれど、精霊鋼の刃物がとんでもなく高価というのは私でもわかる。

 また実際取りに行き道中でも妖魔の相手をしないといけないレビンさんに精霊鋼の武器をあげるのはまだ理解できる。

 その情報が、精霊鋼の刃に匹敵するかと言えば、恐らくは匹敵しない。

 けれども、目が飛び出るほどの値段だという事は理解出来ているけれども、ここでレビンさんに依頼を断られたら、結局イシュが行く羽目になる。

 せっかく精霊化が始まっているイシュを再び妖魔に突き落とすようなことはしたくはない。それを考えれば精霊鋼の刃物など安いものだ。

 けど、

「それって、それで精霊を襲撃するってこと?」

 それと、これは別の話だ。私の渡した精霊鋼の刃物で精霊が殺されたとなると寝覚めが悪い。

 まあ、レビンさんに渡すと約束している時点で、もう遅い事なのかもしれないけど。

「ご依頼があれば、ですが」

 対象は人じゃなくても依頼は受ける。

 人殺しの妖魔じゃなくて、もう殺し屋の、ズー・ルーの妖魔と言ってもいいかもしれない。

 もしかしたこの妖魔なりに、ズー・ルーとしてのプライドみたいなものがあるのかもしれない。

「なくても受けるのよね?」

「はい、精霊鋼だけが精霊の弱点ではないですから」

 色々と思考を巡らせる。精霊鋼、精霊の暗殺、アレクシスさんの計画、魂が空の精霊の肉体。

 理由は幾つかあるけれど、やっぱり踏ん切りはつかない。

 けど、ここでレビンさんにこの依頼を断られるのは、イシュの件を抜いてもできるだけ避けたい。

「アザリスさん、修道院にまだ精霊鋼の投げナイフみたいなのまだあったよね?」

「は、はい。え? 渡す気ですか?」

 と、アザリスさんは少し驚いたようにしている。

 当たり前だ、イリーナさんを傷つけたのも精霊鋼なのだ。

 精霊鋼は肉体とその魂まで傷つける。それは精霊だけでなく、人間にとっても致命的であり精霊鋼で傷つけられた傷は治りにくい。

 対人用の武器としてもその殺傷度は限りなく高い。

「どうせ、この人達は依頼が来れば受けるし、それこそ腐れ沼の毒とか使う人達よ?

 それで下手に精霊が妖魔化でもしたら、そっちの方がって思たけど、まずいかな?」

 自分にもそう言い聞かせる。

 本心ではこんな殺人集団に精霊鋼は渡したくはないが、アザリスさんの母親の亡骸はキーになる存在なのは確実、今のところ魂だけ存在しない精霊の肉体など他にあてもない。

 もちろん精霊王の隠し子が他にいるのかもしれないが、それを探すのも難しい。

 というか、恐らく今の時代にはもうこれ以上は精霊王の直接の子はいない、というのがアレクシスさんの会見でもある。

 精霊王の目的は、あくまで次なる魔王の候補を作ることであって、自分の子孫を残すことではないのだから、とのこと。

 自虐的にそうだと思いたい、とも言ってたけど、ただの女好きじゃないんだと。

 まあ、そんなわけで精霊王と人の混血種なんて長い歴史で見れば、そこそこ存在するものの、短期間で複数確認されることはすくない。今回アンリエッタさんとの間に子供を作ったのも、恐らくアザリスさんのお母さんが死んでいたからだろう。

 そういう意味では、アザリスさんのお母さんの亡骸は凄く貴重な物なんだ。だからこそ妖魔たちも予備として保管しておこうと思ったのだろう。

 そして、それ以上に貴重なものが魂が空の精霊の肉体。って話なのだ。

「えっ、いや、そう言われたら確かにそう言う気もしますけど……」

 アザリスさんも納得はしてないが、私の決定にはしぶしぶなのかもしれないが従うと言った感じだ。

 私だって本心では渡したくはないんだよ。

「頭目が言うなら正確な情報なんだろうけどぉ、頭目的には俺は生きて帰れると思うかぁ?」

 こっちが悩んでいる間に、向こうは向こうでなんか話し始めた。

「はやり場所次第な気はしますね。

 さすがに腐れ沼があそこまで広がった後のことは私にもわかりかねますので」

 この妖魔的には、妖魔王の拠点の場所さえ変わってなければレビンさんは目的を果たしてくれるって思ってるってことか。

「ん? 腐れ沼ができた、というかあんな広範囲になったのって割と最近なのよね?」

「はい」

「で、それ以前にあった妖魔王の拠点の場所はわかるってこと?」

「はい」

「それって、ほぼ場所がわかってるんじゃないの?」

 だって妖魔王は、今回の魔王軍の負けが濃厚になったから腐れ沼を作ったって話よね?

 いつかは知らないけど、ここ二、三年の話なんじゃないの?

「腐れ沼自体ができたのはかなり昔ですが、そのころは対岸から目視できる位置に妖魔王の拠点はありました。

 今のように広大な広さの腐れ沼になった後、拠点が移動した可能性は否定できませんし、さすがに腐れ沼内の内情を得る機会も方法も私にもありませんでしたので」

 と、しれっと答えた。

「でも、それってほぼ確定って話じゃないの?」

「おめぇなぁ……

 ズー・ルーの頭目ともあろう奴が、そんな適当な情報を売るはずないだろうがよぉ?

 しかも、対価に精霊鋼を要求してるんだぜ?」

 とレビンさんは呆れたように言ってきた。

「うーん……」

 つまり場所はほぼ特定できているっていう事なのか。

 確かにそれだけの価値のある情報と人材なんだろうなぁ。

「んまぁ、頭目は胡散臭いからなぁ、信じれないって話なら、納得はするがなぁ。

 頭目の情報を買うって話なら、俺はこの話受けてやってもいいぜぇ?」

「ほんと?」

「ああ」

 むぅ、精霊鋼の刃か。渡すって言ったらミリルさん達は大反対するだろうなあ。

 でも、色々考えていくとレビンさんに断られる方が大変なんだよ。

「ただね、アザリスさんのお母さんの亡骸、魔術で作られた氷に入れられてるって話なんだけど、持って帰ってこれる?」

 まあ、さすがに無理だよね。

 人が丸々入る氷の塊を持ってくるってだけでも大変なのに。

 妖魔がうじゃうじゃいるような場所で、しかも一人でって話だもんね。

「はぁ? そんなもん抱えて妖魔がうようよいる中を帰って来いって?」

「だよね、ちょっと待ってもらえれば、ゴーレムを加工して荷物持ちくらいにはできるけど。

 さすがに戦闘とかそんな激しい動きは無理だろうけど、亡骸を持って走らすことくらいなら出来なくはないよ、多分だけど。

 あとアイアンウッドがあの沼の毒にどれくらい持つかも確かめないといけないけど」

「ゴーレムって外で馬車引いてるアレかぁ? あれはうるさすぎるだろう? ここに居ますよって言っているようなもんだぞ?」

「あれは石畳の上を壊さないように動いてるからだよ。足音じゃなくて石畳を壊さないように動くための装置が音立ててるの。ガシャコンガシャコンって。

 沼地なら足を取られないようにそれ用にして、静音の魔術…… 魔術は危険か、そうなると制御用魔術も探知されないようにしないといけないし……

 けど、どうにかなる。うん。実験は必要よね、ちょっと時間貰わないといけないけど。

 それに要望を言ってくれれば、そう言う風に改造するから」

「あんた、なんでもありだなぁ、ほんとによぉ」

 と、レビンさんは呆れたように言った。

 まるで自分で行けよ、とも言っているようにも思える。

「レビンさん、観光がてら精霊領でも行ってきたらどうです?

 ついでに精霊鋼の武器も受け取って来てください」

 妖魔の頭目はさも私の依頼が特に問題ないというかのように言っている。

 まだ迷ってはいるんだけど。でもすでに精霊鋼の鉈は渡しちゃうんだし、今更よね?

「おぃおぃ、頭目。さすがに五分五分ってところじゃねーかぃ?」

 と、レビンさんはおどけて見せた。

 あれ? もしかしてこの人達、この依頼楽勝とか思ってたりしない?

 そ、そんなことないよね? 割と難しい、いや、限りなく難しい依頼のはずよね?

 あれ? 足元見られてるだけ?

 わ、わかんない。私にはわからないけど、うん、依頼を成功してくれるなら、なんでもいいや。

 精霊鋼でもなんでもあげるわよ。

「いえ、魔力を持たない人間という括りですが、レビンさんは間違いなく私の見て来た人間達の中で最強ですよ。

 魔術、魔法を使わないという縛りなら、あの英雄にも打ち勝てるんではないんでしょうか」

「それほんとかよぅ? 過大評価されすぎじゃねーのか?」

 と言われてレビンさんは満更そうでもない表情を見せる。

 けど、実は私もそう思う。このおじいちゃんが人類最強と言われても納得できちゃう。

 アレクシスさんはそもそも人類ですらないしね。あの人は神だもの。

「いえ、かの英雄の暗殺には既に失敗しているので、もうその依頼は受けれないですがレビンさんなら可能性は十分にあると思いますよ」

 オイオイ、人類の希望を暗殺とか、どこのどいつだよ依頼したの。

 人間じゃないだろ、依頼したやつ。

 こんな奴らに精霊鋼渡すのやっぱり危険かなぁ?

「どっちにしろ、俺は暗殺業は引退済みでい。

 ふむ、しかし、頭目がここまで押してくるってことはかなり勝算はたけぇんだなぁ。

 まあ、受けてやるよぉ、地獄に行ってそこの母ちゃん連れてくれば良いだけだろう、俺に任せなってぇ」

 レビンさんはお酒を煽りながら、そう言った。

 その様子はただの酔っ払いに見えなくもない。

「ねえ、もしレビンさんが私の依頼を成功させたら、精霊鋼の鉈をそのまんまレビンさんに。

 で、もう一つをズー・ルーにっていうのじゃダメ?」

「成功報酬というわけですか。

 本来は前払いが基本なのですが、殺人の依頼でもありませんですし、今回は特別にそれでもかまいませんよ。

 血の精霊様を信用いたしましょう」

「約束は守るよ」

「俺もそれでいいよぅ、まっ、俺の場合は生きてなきゃ報酬もクソもねえんだがよ」

 そう言ってレビンさんは笑いながらまたお酒を飲んだ。

 こうして帰りの馬車は、英雄の精霊の代わりに、暗殺者、いや、元暗殺者で現無職になるんだろうか、人類最強の男とやらが乗ることとなった。


続きはたぶん一か月後くらい。



誤字脱字は多いと思います。

教えてくれると助かります。


次に話でまた話が大きく動く予定です。

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