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異世界転生したら吸血鬼にされたけど美少女の生血が美味しいからまあいいかなって。  作者: 只野誠
第四章:イナミさんが異世界に来て泣きました。

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13/21

異世界転生してこの世界初となる精霊領のお祝いに偉い人が続々と来るんだけど、私は心配事だらけでてんやわんや。

 来る。来てしまう。アレクシスさんが、とりあえずではあるけれど一旦帰ってきてしまう。

 今は開領式の準備で皆忙しんだけど、私は幾つかの心配事で胃が痛い。

 吸血鬼でもストレスを感じるんだな、と実感させられている。

 まずは、世界の危機的な意味でのアレクシスさんに報告しなければいけないこと。

 本当の災いは海から来る、というテッカロスの残した言葉。

 魔神が褒美とまで言ったような内容であり、テッカロスからの盟友を救ってほしいという願いでもある。

 想像するに、海に魔神がいるって話なんだと思う。

 テッカロス並みの。

 いや、テッカロスの口ぶりからするに、テッカロス以上の魔神がいるってことだよね。

 でも、それに関しては、世界の危機なのかもしれないけどアレクシスさんに丸投げ出来てしまうのと、報告もグリアノーラさんの方からすでに伝わっているので、それほど私が悩む必要はない。

 もちろん私も出来る限り手を貸すつもりだけど、基本アレクシスさんの指示を待てばいいと思っている。

 だってそうでしょう?

 この間、実感したけど戦闘の素人の私が口を挟むことじゃないよね。

 私は力を持っていても、それを活かせた戦い方なんかまるでできないんだから。

 なので、アレクシスさんに丸投げできる事なので、それほど心配はしていない。

 荒事は英雄さんにお任せしちゃうのが一番だよね。

 それにほら、魔神を探しているアレクシスさんにとって魔神の居場所がわかることは朗報なはずでしょう?

 なので、この件に関してはそれほど私自身の心配がないわけじゃないけど、それほど気にはしていないのよね。

 だって、アレクシスさんだし、どうにかしてくれるはずだよね。

 で、次に世界の危機に関係するようで個人的にも心配ごとなんだけど、オスマンティウスの件ね。

 あいつが不用意にも、まあ、私も不用意にテッカロスが新しく創った心臓を持って帰ってきてしまったのがそもそも間違いだったのかもしれないけれど、まさかそのまま取り込むとは思ってなかったからさ。

 私は内臓が欲しいと言っていたオスマンティウスに、参考になればと思っていただけなんだけど、あいつを甘く見ていた。

 まさかそれをそのまま取り込むとは思ってなかったよ。

 いや、私の見通しが甘かっただけだよね。地球でだって心臓の移植とかはあったんだし、私が思いつくべきだったんだ。

 今のところオスマンティウスに変わったところはないけど、私ではよくわからないし、とにかく心配なのでアレクシスさんに一度見てほしい。

 見てもらった結果、オスマンティウスがテッカロスに乗っ取られてる、って判断されたりしたら気が気じゃない。

 けど、さすがにそのままにしておくわけにも行かない。

 邪気とか穢れなんかは感じないから、大丈夫だとは思うんだけどね。一応一回は確認してもらったほうがいいと思うの。

 万が一にもテッカロスがオスマンティウスの肉体を乗っ取って復活したなんてことになったら大事所の話ではない。

 世界存続に関わってしまう、肉弾戦が得意で生に執着するテッカロスが塩の権能まで使うだなんて多分悪夢だ。魔王なんて目じゃないくらい悪夢に違いない。

 とにもかくにも確認だけはしてもらわないといけない。

 その結果どうなるかは、まだわからないけどその時になってみないとわからない。

 で、続いてグリエルマさんの処遇。

 これもグリアノーラさんによって、もうグリエルマさんが吸血鬼になってしまったことは伝わっていると思うんだけど、それをアレクシスさんがどう思うか、だよね。

 でもアレクシスさんは、魔王と魔神以外には割と寛容ぽいから平気かな、とは思うのよね。そういう意味ではオスマンティウスのほうが危険度は高そう。

 グリエルマさんの件ももう伝わっちゃってるので、アレクシスさんの出方を待つしかないから、私からできることはないんだけどね、だからと言って心労が減るわけじゃないんだけど。

 で、でだ、一番の悩みの種、私の悩みと胃痛の元。

 アンリエッタさんが、ま、まだ本人から怖くて聞けてないんだけど、彼女がいたしちゃったこと、しかもお相手が恐らく精霊王なんだよね。

 それ自体は、まあ、まあ、まあ…… 個人の自由だから私がどうこう言うことじゃないんだけどさ。

 もし、もしもだよ?

 それで妊娠でもしていたらだよ?

 間違いなく次期魔王候補になるはずだよね?

 だとしたらさ、アレクシスさんがどう出るか、あんまり想像したくない。

 アレクシスさんはその信念というか、精神を、魔王と魔神を倒す、ということに精霊王によって固定されている。

 なので、魔王や魔神には容赦ないんだよね。

 それに私を信じて姪を預けてくれたエルドリアさんになんて言えばいいのさ。

 はぁ、気が重いよ。明日には到着するらしいから、それまでにはアンリエッタさんに確認しないといけない。

 本当にしちゃったのかどうか、いや、重要なのは相手が精霊王なのかどうか、だ。

 それだけでも確認しとかないといけない。

 気が重いけど、それだけは確認しないといけない。


「えっとアンリエッタさん、忙しいところ呼び出してごめんね」

「いえ、大丈夫です、イナミ様。

 精霊にお仕えするのが聖歌隊、しいては巫女の仕事ですので、そんなことはお気になさらないでください」

 自身に満ち溢れている。

 輝いておられる。

 私の秘密を打ち明けたときから、ずーと悩んで曇っていた表情も晴れ晴れしていらっしゃる。

 その悩みがまるで小さなことだったと、どうでもいいことだったと、感じれるようなことが起こったかのように。

「で、えーと、あのね、すんごく言いにくいんだけどさ……」

「なんでしょうか? 何でも言ってくださって大丈夫ですよ、全力で応じさせてもらいますので」

 ニッコニコの笑顔でアンリエッタさんが聞き返してくる。

 幸せそのものという表情を見せてくれている。

 それだけに聞きにくいし、聞いた後が怖い。

「う、うーん、あ、あのね、間違ってたら申し訳ないんだけどさぁ……

 アンリエッタさん、あの、その…… しちゃった?」

「しちゃった? とは?」

 意味が通じなかったのか、アンリエッタさんはきょとんとした表情を見せて聞き返してきた。

「あのね、前に言った通り、私の半身は吸血鬼だからさ、匂いでわかっちゃうのよね、その……

 好物か、そうじゃないか……」

 私がそう言うと、アンリエッタさんは急に顔を真っ赤にさせてうつむいた。

 ど、どうなんだ、これ、どういう反応なんだ! わ、私にはわからないよ!!

 けど、すぐに聞き取れないほど小さな声で、

「はい……」

 とだけ、返事が返ってきた。

 まあ、まあまあ、ここまでは匂いでわかっている話だから、ここまでは確定事項だからね。

 こっから先は憶測で、私の邪推かもしれないだけだからさ。

 お願いだからただの邪推であって欲しい。

 重要なのは、そのいたしちゃった相手が誰なのか、だ。

「で、その、お相手なんだけどもさ。あのー、えらい方だよね、すんごくえらい方だよね?」

「は、はい……」

 と、小さい声ながらも答えたがアンリエッタさんは、顔を赤くしてうつ向いたままだ。

 そかー、えらい人か、すんごくえらい人かぁ。

 そんな人、人間ではここにはあんまりいないはずなんだけどなぁ?

 もう直で聞いちゃうしかない。

「お相手さんは…… もしかしなくても精霊王様だったり……?」

 返事は返ってこない。

 けど、こくんと小さくアンリエッタさんは頷いた。

 あぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!

 確定しちゃったー!!!!!!

 これ、どうするの、嵐よ、明日アレクシスさんに知られたら嵐になるよ!!!

 で、でも、妊娠したとは限らないし……

 と、私が内心てんぱっていると、

「ま、まだ安定というか、どうなるかはわからないのですが、一応、あの、さ、授かりました……

 術で確認したので、現時点ではですが、これからどうなるのかもわかりませんが、それは確かです……」

 と、細々とした声で伝えてきた。

「はっ? えっ? えぇぇえええええええええええええええええぇぇぇぇえええええええ!!!!!!」

 な、えっ、はぁ? えええええええ!!!!!

 まて、まって、まって、待ってよ、術で確認したって、そんなことできる魔術とか、まあ、あるか、あるよね、そうよね。

 医術系の魔術書にも普通に乗ってた気がする、私は興味がなかったからスルーしてたけど……

「ちょ、ちょっとまって、アンリエッタさんは魔王がどういう存在か知っているはずよね?」

「はい、人と精霊の子が堕落した存在です」

 彼女は私の眼を見ながら、はっきりしとした口調でそう言った。

 けど、彼女の眼はどこかおかしい、たしかに私の眼を見ているはずなのに、どこも見ていないような、そんな焦点が合わない眼をしている。

「なら……」

 私の言葉を遮って、アンリエッタさんが私の、仕えるべき精霊である私の言葉を遮ることなど、今まではあり得なかったのに。

 私の言葉は遮られた。その先は言ってはならないことのように。

「大丈夫です!!

 この子は精霊王様の子なのですよ? 堕落なんかするはずあるわけがないじゃないですか?

 きっとアレクシス様の様に、いえ、将来はアレクシス様の右腕として……!!」

 そう早口で言ってアンリエッタさんは、興奮でもしているのか席から急に立ち上がり、その勢いで結構な音をたてて椅子を倒した。

 今この部屋には私達以外に誰もいないし、久しぶりに内緒話の魔術を使っているので他の人に聞かれるようなこともない。

 椅子を倒したぐらいじゃ外にはなにも伝わりはしないし、アンリエッタさんが少々声を張り上げたくらいでは、他の人に聞かれるようなことはない。

 ない、ないのだけれども、誰か助けて欲しい。このどうしょうもない状況をどうにかして欲しい。

「とりあえず、落ち着いて、ね?

 ほら、落ち着かないと、体によくないよ?」

 私がそう言うと、アンリエッタさんは荒い呼吸をただして、倒した椅子を直し座りなおした。

 そのアンリエッタさんの顔から表情が消えている。まるで人形のようだ。

 イリーナさんといい、この家の人はテンパるとこういう風になる血筋かなにかなの?

 まるであの時の、ふさぎ込んでいた時のイリーナさんが戻ってきてしまったような気がしてならない。同じ家名なだけあって二人はどことなく似てるし。

「あのね、アレクシスさんと私が魔王化しないのは……」

 アンリエッタさんは再度私の言葉を遮った。

「知っています。神の力のおかげですよね?

 でもこの子は精霊王様の御子なのですよ? 神の魂を持っていてもおかしくはありません、むしろ持ってなければおかしいですよ?

 だって、そうでしょう?

 精霊王様は神の王でも在らせられるのですよ!

 伝承では教会の崇める神を、神として認めたのも精霊王様なのですよ?

 なのに、精霊王様の御子が神の魂を受け継いでいないわけがなく、魔王なんかになるだなんてことがあるわけがないんです!」

 そう言って再び立ち上がった。座っていた椅子は倒れはしなかったが、激しく揺れ動いていた。

 アンリエッタさんの目が血走っている。

 ダメだ、これ、たぶんダメな奴だ。

 精霊は神族なのだという。確かにそうらしい。でも、違うんだ。

 精霊の魂ではダメなのだ。ここで言う神の魂とは、稀人の魂であって、教会が崇めていた神様なんだよ。

 どういうわけか稀人の魂を持っていると魔王化しない、ということらしい。

 だけど、そんなことを今のアンリエッタさんに伝えることはできない。少なくとも私には出来ない。

 もし伝えてしまったら、そもそも聞き入れてもらえないか、もしくは完全に壊れしまうしか、そのどちらかになってしまう気がしてしまう。

「お、落ち着いて、落ち着いてね、あんまり興奮すると体によくないよ?

 ほ、ほら、お茶飲んで落ち着こう? ね?」

「はい。申し訳ありません」

 急に落ち着いて椅子に座った。

 まるでいつ爆発するかわからない爆弾みたい。それくらい情緒不安定なのが私でも見て取れる。

 彼女も魔王化の件、本当に、真剣に、ずっと悩んでいるんだろう、その結果、現実を見ていない、いや、見られなくなってしまったのかもしれない。

 断れるはずもない精霊王からの寵愛、次期エルドリアという周りからの期待、世界を滅ぼすかもしれない生まれてくる子、どれも十歳後半になろうという年齢の娘には重すぎることだったのかもしれない。

 そして、精霊王に求められ、精霊王の子を授かった。その子が魔王化することから目を背けて、それしか見えてない状態なのかもしれない。

 そうしないと自分が壊れてしまうのがわかっているから。

 事の大きさに現実を、事実を受け止められていないのかもしれない。

「と、とりあえずことがことだけに、アレクシスさんに相談しないといけないんだけど、いいかな?」

 恐る恐る聞いてみると、

「はい、問題ないです、私もご報告せねばと思っていました。

 アレクシス様の初の異母兄弟です、喜んで頂けるはずです!!」

 即座にそう答えが帰ってきた。

 アンリエッタさんは息巻いているんだけどさ。

 いや、うん、その異母兄弟、割といるって話で何人かは魔王化してるって話だよ?

 き、気が重い、気が重いってレベルじゃないぞ。

 血、血を見る、血を見るぞ、血を見ることになるぞ!! 明日は!!!!!

 吸血鬼なのにまるで嬉しくない血を見ることになるよ!!


 とりあえず、事実確認はできたので、アンリエッタさんは自室で休ませることにした。

 あんな精神状態のアンリエッタさんを働かせておけない。

 今まで普通に働いていてくれたけど、いつその爆弾が爆発するかわからないし、私がつっついちゃったせいで、爆発する危険度が大分上がってしまった気もする。

 そういう点では、見るからにヤバそうだったイリーナさんよりたちは悪いかもしれない。アンリエッタさんは見た目は活力がみなぎっているように見えて、いつ爆発するかわからない地雷のようなものだし。

 開領式の準備で忙しいけれど仕方がない。

 来春から修道院に入る予定の貴族のお嬢様方にまで、その作業を手伝ってもらってはいるけれども、その作業は終わりは未だに見せないらしい。

 まあ、大英雄のアレクシスさんがお忍びではなく、今までも別にお忍びってわけじゃないんだけどね、正式に訪問するという事もあって、貴族のお嬢さん方も進んでお手伝いしてくれているんだけど、どうにもこうにも、私もグリエルマさんも長い間いなかったせいか、進んでないことが多いようだ。

 そのしわ寄せが今も押し寄せてきている。

 本当は新年のお祝いの準備もしなくちゃいけなかったんだけど、そっちは泣く泣く取りやめとなった。まあ、新年のお祝いと開領式を同時にするっていう名目上はなっているけど、新年に関することは最初の挨拶くらいでしか触れられない。

 特に精霊神殿では、精霊王が太陽の精霊だそうなので、初日の出は特別なものとして扱われるんだけど、それすら間に合っていないらしい。

 まあ、指示系統の一番上が、教会の聖女のグリエルマさんだからね。仕方がないのかもしれない。

 それでも、聖歌隊と巫女の子たちは、忙しい中をどうにかして個々にでも初日の出だけは拝みに行くって言ってたけどね。

 ミリルさんなんかは初日の出を拝みに行くために徹夜するとか言ってたっけ。

 そんな中、一応リーダー的立ち位置というか、まとめ役に抜擢されていたアンリエッタさんが抜けるのは非常に痛いんだけれども仕方がない。

 ミリルさんにもシースさんにも、もうこれ以上仕事を割り振れないし、クロエさんもミャラルさんも今現在も警備のほうを仕切ってもらっていて、今でも修道院中を走り回ってもらってるし状態だしで皆バタバタしている。

 これはもう私も作業をこっそりと手伝うしかない、荷物運びなんかの単純作業位なら手伝えはする、バレると怒られるというか全力で止められるんだけどね。

 まあ、仕えるべき精霊がそんなお仕事を手伝ってたら、自分たちがさぼっていますって言っているようなものだしね。

 なので後でこっそり認識をかえる魔術を使って、荷物運びくらいは手伝おうと思うの。

 こんなことならイシュを亜人の町へ返さなきゃよかったけど、イシュは妖魔だからなぁ。

 イリーナさんの話ではだいぶ変わってきていて精霊に戻ってきているそうだけどイシュは未だ妖魔だ。そこは変わらない。

 私は特に気にしてはいないけれども、妖魔は人類の敵で魔物の代表格のような存在で、精霊神殿に至っては仇敵だ。いくら私の支配下にいて、精霊に戻ってきているとはいえ、身近に置いておくのはあまり印象が良くないとのこと。

 そんなイシュをお偉いさん達がいっぱい来る時に、私のそばにおいておくのは良くないということで、イシュには悪いと思ったけど再び亜人特区へと戻ってもらっている。

 本人はもちろん気にしている様子はない、ただ私を祝えないのは口惜しいとは言っていたっけ。

 とはいえ亜人特区もまだ安定しているわけではないので、イシュのようなまとめ役がいてくれないと困るのも事実なのよね。

 適役はイシュくらいしかいないし。

 っと、話がずれた。とりあえずアンリエッタさんには体を大事にって言い聞かせて、自室へと幽閉、まあ、明日アレクシスさんに話すまでだけど幽閉させてもらっている。

 ミリルさんくらいには話しておかないとダメなんだと思ったけど……

 話せなかった。

 なんて話していいかわからなかったし、そもそもミリルさんには私が半分吸血鬼だってことすら、まだ伝えれてないんだから。

 そんな私はいたたまれなくなって、同じ吸血鬼の、いや、吸血鬼にしてしまったグリエルマさんのところへ逃げてきていた。

「で、イナミ様はどう考えているのですか?」

「どおって……」

 グリエルマさんもアンリエッタさんが処女で無くなっていることに匂いで気づいてしまっているし、他に相談できる相手もいなかったので相談してもらっている。

 彼女は私の相談に乗りつつ、様々な書類に目を通し、判子を押したり、一目見てゴミ箱に放り込んだり、その場で破いて燃やしていたりしている。

「わたくしは…… もう聖女ではないのです。吸血鬼となった今は、真実を見分けることができる奇跡の力を失いました。

 それはわたくしにとって、まあ、実は嬉しい事なのですが、それを置いておいても、アンリエッタさんの件については神殿側の問題ですので、あまりお力にはなれませんよ」

 私にちゃんと返事をしてくれつつも書類に目を通し、サインしたり、何かを書き加えていたりする。

 忙しいのに巻き込んでしまって申し訳ない。

 テッカロスに会いに行ったので仕事がだいぶ溜まっているらしい。

 あらかじめ仕事しながらでいいから話を聞いてほしいと、頼み込んで彼女の執務室に入れて貰っているけど、それで申し訳なさが消えることはない。

 それ以前にグリエルマさんだって明日アレクシスさんになんて言われるかわからないんだけどね。なのに、なんでこんなに落ち着いてお仕事してられるんだろう。

 下手したら魔物として討伐されるかもしれないのに。

 まあ、でも、多分、アレクシスさんは吸血鬼になったグリエルマさんに対して特に何も言わないと思うけど。

 私の見立てでは、はじめっからそうなる様に仕向けられた、って感じさえするし。

 グリエルマさん自身、アレクシスさんにどうこうされるとは思ってないと思っていそうだよね、そうじゃなきゃ流石にこんなに落ち着いていられはしないと思う。

「それはそうなのかもしれないけど、もう私はどうしたらいいのかわかんなくてさぁ」

「お気持ちはわからなくはないですが、アレク様はさすがにお腹の子をおろせ、なんてことをいう方ではないですよ。

 むしろ……」

 そ言って、グリエルマさんは一旦仕事の手を止めた。

 でもそれは一旦なだけで、すぐに再び仕事をし始める。

「むしろ?」

「いえ、これを言うとイナミ様の心労を増やしそうなので」

 こちらに目線を合わせず書類とにらめっこしている。

 私の心労を増やすってなによ!! 余計気になるなるじゃん!

「言って? そう言われると気になってしかたがないから、言って? ねえ?」

 私がそうせがむと、グリエルマさんは少し困ったような顔をして仕事の手を休めた。

「はい、では……

 恐らくアレク様なら最有力の魔王候補として、幽閉して育てて魔王化した時点で……

 そうすると思います。

 それが一番効率的で犠牲も少ないです。

 あの方は魔王、魔神もですが、そのことに関しては合理的に動きますので、むざむざ有力な魔王候補を失わせるようなことはしないと思います」

 そう言われて、ああ、確かに。と思ってしまった。

 そういえば前、魔王になる人物を見つけるのが難しいって言ってたもんね。

「ああ、うん、そうだよね。

 魔王は同時に二人は存在しないんだったよね。

 だから、最有力候補がいれば、それを最優先に気を付けていればいいのか……」

「それに、通例に当てはめたらですが最短でもあと大体十年、いえ、正確には八年くらいはですが、魔王化することもないはずです。

 その子が七歳くらいまでは平気なんじゃないでしょうか」

 七歳、七歳の魔王……

 あ、なんかちょっとかわいいイメージがあるんだけど、そんなこと考えちゃうのは不謹慎よね?

「そ、そうかな?」

「とりあえずは明日はそんな、イナミ様が言うような血を見るようなことにはならないでしょう。

 まあ、それとは別に修羅場の一つや二つくらいはあると思いますが」

 修羅場? 修羅場と申された? しかも複数とな?

「一つ? 二つ?」

 私がそう聞くとグリエルマさんは、キッと眉をひそめて表情を険しくさせた。

「大神官も来るのですよ?

 ズー・ルーを使いこちらを襲撃した、しかもイナミ様を狙っただなんて。

 それに対する報復について話し合わなければなりません。

 こういう時は、真実を見抜く奇跡を失ったのは痛いですね。普通の生活では邪魔なだけでしたが」

 グリエルマさんもなんだかんだで教会を敵視してるよね、自分の古巣なのに。あっ、いや、現在も教会の聖女って肩書は変わらないんだから、古巣って表現はへんなのかな?

 まあ、証拠は精霊鋼の刃くらいだけど、それ自体が確定的なことぽいんだけどね、私にはよくわからないが、この世界で精霊鋼の武器なんか扱えるのは教会くらいなのだとか。

 とにかくズー・ルーに実際に襲われたと確認してからは凄い息まいてる。

 多分、ちょっとくらい、いや、かなり? 私怨はいってるよね?

 教会とグリエルマさんの間にどういったやり取りがあったかわからないけど、色々あったぽいよね。

 そんなわけで教会の話は良くない。

 下手をしたら私の相談ではなく、グリエルマさんの教会への愚痴の話に発展してしまう。

 それはそれで悪くもないんだけど、生憎私の悩みは明日やってきてしまうのだ。今は時間がないの時間が!

 なので、今はこう返そうと思う。

「嘘がわかるのは嫌だったの?」

 私がそう言うと、少し驚いたようにグリエルマさんは私を見据えた。

 それから少し微笑んで一息ついてから口を開いた。

「正直言ってしまいますと否応なしにわかってしまうので。

 わたくしの周りにいるものは正直者の皮を被った狂信者か、愚か者か、曖昧なことしか言わない者しかいませんでした。

 そうでないものは、皆一応にわたくしから距離を取っていましたからね。

 イナミ様くらいですよ、何か悩んでいるからと言って、わたくしとこうして会いに来てくれる方は」

 そう言って私に再度微笑んでくれた。

 私は、まあ、なんていうか、嘘をつけるほど頭良くないからね。

 それにどちらかというと、嘘を思いつけずに黙っちゃうタイプだからなぁ。

 にしても、嘘がわかるっていうのは考えると割と嫌ななのかもしれない。

 私だったら間違いなく人間不信にはなりそうよね。

「私はどちらかというと、愚か者の類だから。

 だから、今もこうしてグリエルマさんを頼って相談しに来てるのよ?」

「愚か者は自らを愚か者とは認識していませんよ。

 イナミ様は本当の意味で、正直者なんだと思いますよ。

 明日は、アンリエッタのことだけに限定するなら、それほど何か起きるとも思えませんが、そんなに心配なのですか?」

 なんでみんな私に対してそんなに信頼を置くんだろう?

 私、ここに来た時は、嘘に嘘を塗り固めてたんだけどなぁ。

「だって、エルドリアさんの姪だよ? 私を信じて預けてくれたのに」

 私がそう言うと、グリエルマさんは再び書類に眼を通し始めた。

 それはまるで私にそんなことは悩むことじゃないですよ、と言っているかのようだ。

「あの方は…… 喜ぶんじゃないですか?

 お相手が精霊王なら?」

「そ、そうかな?」

 そう言われればそんな気もする。

 エルドリアさんに取って精霊王は絶対的な存在だしね。

 その精霊王が自分の姪としちゃったからって、怒るようなことはないのかな? ないよね?

「ええ、多分大喜びですね。

 生まれてくる子が魔王化するかもしれないということを、とりあえず置いておけばですが」

「結局はそこなのよ……」

 そう、結局は生まれた子が魔王になるかならないかで、恐らく高確率で魔王になるってことなのよね。

 誰が魔王化するかは決まってはいないんだけど、力の強い者が選ばれる傾向があるらしい。

 次期エルドリアと呼ばれ、魔術の才もある若き天才アンリエッタさん、そしてその相手が最高の精霊である精霊王なのだ。

 もうぶっちぎりで、その生まれてくる子供は魔王化の条件を満たしていると言える。

「それは結局どうなるかわからないじゃないですか、魔王の最有力候補だとはわたくしも思いますが、あくまで候補であって確定ではないのです。

 なると決まったわけではないんですから」

「そ、そうよね?」

 ならない可能性だってあるんだもんね。

 でもそれは、別の誰かが魔王化すると言うことであって、確率は低いらしいけど二世代目のアザリスさんが魔王化する可能性だってある。

 実際彼女は亜人達にそう思われて育てられたらしいし。

「それにです、アザリスの母親のように魔王化しない可能性だってあるのですよ」

 アザリスさんのことを考えていたら、不意にアザリスさんのことが出てきたので少しびっくりする。

 吸血鬼化して人の心が読めるようになったとか!?

 そんな訳はさすがにないか。

「それは既に魔王が存在していたからでしょう?」

 魔王はこの世界の邪気や瘴気を一点に集めて強くなる、らしいので、それが同時に現れるようなことはない。

 それだけが救いで、とりあえず既に魔王が存在していれば、混血種でも魔王化することはないそうだ。

 なので混血種のアンティルローデさんは魔王が存在している時代にしか起きてはいなく、魔王が倒されると仮死状態となって隠れて眠っていたそうだ。

 そうやって長い年月魔王化から避け続けていたらしい。

「ええ、そうですが、恐らくアザリスの母親も精霊王の子ですよ。ですが彼女は魔王にはなっていません」

「は?」

 その言葉を聞いて思考が停止する。

 え? なんていった?

 相談しに来たら問題は増えた気がするんだけど、今なんて?

 思考を停止してしまった私を置いておいてグリエルマさんは続ける。

「わたくしの調べではですが、アザリスの祖母に当たる人物は神殿の高位の巫女で、アン・グラリエータという人物が濃厚です。

 神殿の巫女の仕事は精霊門を維持するために祈りを捧げることですが、彼女が祈りを捧げていた門は聖都にある精霊王の門です。

 またその人物は他の精霊に仕えていた記録上ではないです。

 それに、ある時期を境に実家に幽閉されていたそうですが、その時期がアザリスの年齢と母親のだいたいの年齢を逆算していくと一致していますので、この方がアザリスの祖母であることは恐らく当たっていると思います。

 今は手元にないですが肖像画も観ました、印象は違うものの目鼻立ちはそっくりでしたよ」

「え? そこまで調べたの?」

 い、いつの間に?

 アザリスさんがこっちに来てそれほど時間もなってないのに、いつの間にそんなに詳しく?

 さ、さすが…… というかなんというか。

「まあ、さすがに調べないわけにも行かないので、新宗教の教祖となったイリーナ様の護衛を任せているのですよ?

 とはいえ亜人と共に育ったという時点であまり意味はないかとも思っていましたが、一応保険として調べさせてもらった感じですね」

「そのことはアザリスさんには?」

「ええ、つい先日ですが、調べた結果は全部伝えました。でも、実家もうないと知るとあんまり興味がないようでした。

 彼女の証言とも合うことは多いので、その点でもまず間違いないかと。

 グラリエータ家は貴族の家柄でしたが、突然のアン・グラリエータの幽閉、その後十四年後に庭師の息子が夜逃げしたとの記録があります。それをきっかけにして、なぜかグラリエータ家は没落して、その後のグラリエータ家の一族の行方も不自然にわからなくなっています。

 恐らくは秘密裏に育てていたアンの娘と庭師の息子が駆け落ちでもしたのでしょうか、ここは想像に息をでませんが、それでアザリスが生まれたのではないでしょうか。

 それがどこかにバレて没落した、いえ、お家の取り潰しになったのかと。庭師の息子が夜逃げしただけで貴族が没落などあり得ませんので」

「ええ、それだけで貴族の家なのに取り潰されちゃうの?」

「隠して育てていたことが問題だったと思いますね。当時は魔王も健在でしたので黙っていれば平気と考えていたのかもしれません。

 神殿側の貴族なので、わたくしには当時のことをそれほど詳しく調べることはできませんでしたが。

 でも、貴族の当主なら魔王がどのようにして誕生するか、知っていてもおかしくはないはずです。

 いえ、知っていたからこそ、アンを幽閉し、その娘を秘密裏に育てていたのでしょう。

 精霊王の娘ならと、一縷の希望を抱いていたのかもしれません、なまじ神殿と所縁のある貴族ならそう思ってしまっても仕方がありません」

「あー、んー、とりあえず精霊王は迷惑極まりないなぁ……」

 思っていたことをそのまま口にしてしまった。ミリルさん達の前でそんなこと言ったら、どんな顔されるかわからない。

 精霊王、魔力の感じからしてはそんな悪い存在には思えないんだけどなぁ、でも、イシュやアレクシスさんの話しぶりだとロクな存在じゃなそうってのは感じ取れるんだけどね。

「わたくしもそれには同感です。

 何かしらの意図はあるのでしょうが、現状では迷惑極まりないですね。

 いえ、精霊王からしたら魔王を作ることが人類を存亡の鍵なのかもしれないのですが……」

 そう言ってグリエルマさんは深いため息をついた。

 精霊王と神様が結託して魔王を作り上げたとか、それが人類を存続させるためと言われても早々に納得はできないよね。

 そうだよね、精霊王は教会の神様と組んで、人類を長く存在させるために動いてくれている、でいいんだよね?

 そうだよね? そ、そうだよね? そう言う話なのよね? そこは間違ってないんだよね?

 ううっ、疑いだすときりがない。

 今は精霊王のことはいいや。私がどうこうできる話でもないし。

 今は気になるのはグラリエータ家がお取り潰しになったってほうが気になるかもしれない。

「あの…… じゃあ、アンリエッタさんの家も取り潰されちゃうの?」

「ラウスハイゼル家ともなると取り潰せるのは王…… いえ、王でも難しいくらいですので平気でしょうし、それにアレク様にお伝えさえすれば、そもそも問題はなかったのです」

「え? それだけでいいの?」

「はい、アレク様に隠していたことが問題なのですよ。魔王に対抗できるのはアレク様だけですので、それが大問題なのです。

 まあ、特にそういう罪があるわけではないのですが、世界の命運を分ける話ですからね、そんな存在を黙っていただけで大問題ですよ。

 そんな中でアザリスの母親は逃げ出したわけですからね、追手も激しかったはずですし人を頼ることもできなかったのでしょう。

 人間を見限り亜人達を頼りたくなるのも、まあ、寛容しかねますが理解はできる話です」

 確かにそれはそうね。人は皆敵だっただろうし、藁をもつかむ思いだったのかもしれない。

 それに確かにその存在をアレクシスさんが知っているか、知らないかで対応も大分違うし。

 そもそも年齢的には、というか、混血種の第一世代は精霊と位置づけられることもあり、その寿命も長命どころか寿命すら存在しないので、外的要因がなければ永遠と生き続けることができる。

 なので魔王が倒された後、魔王化する可能性も十分にありえる。

 アザリスさんの母親は病気で死んでしまったそうだけど、生きていれば今だに現在のアザリスさんと同じような姿だったはずだ。

 下手すれば、娘のアザリスさんより若く見える可能性すらある。

 そう考えていくと世界の命運を分ける話なのよね。

 ひっそりと隠して育てていた子が、いつの間にかに魔王になっていたとか洒落にならない。お家取り潰しってのも案外納得できなくはない話なのか。

 一応、生まれてくるアンリエッタさんの子を、その肉体から魂を抜き取り仮死状態になることで魔王化を防げる方法がある。

 これはアンティルローデさんが実際にやっていた方法で、魔王化を長い間防いでいた実績ある方法だ。

 その後、他の誰かが魔王化したら起きて、魔王が倒されたら、再び肉体と魂を分離させて魔王化を防いでいく

 けど、この方法は解決方法ではなく、ただの一時しのぎで、魔王がいない平和な時代を休眠して過ごさないといけないというものだ。

 それを永遠と繰り返して生きていかないといけない。つまりは生涯永遠と乱世を生きていくという事だ。そりゃ擦り切れもするし、最終的にロクな人間にはならない気がする。

 やっぱりあんまりいい方法とは思えない。

「わかった、とりあえずアレクシスさんには全部打ち明けてどうするか相談することにするね。

 アンリエッタさんも元々そのつもりだったみたいだし。

 相談というか愚痴…… でもないか。とにかく話聞いてくれてありがとう。

 グリエルマさん自身のこともあるのに……」

「いえ、平気ですよ。

 わたくし自身のことは…… 気にならないわけではないですが、あの方が、アレク様が吸血鬼ごときでどうこう言ってくるとは思えませんので、多分平気でしょう。

 イナミ様の時ですら、あまり気にしてなかったのですから。わたくしごと気が吸血鬼化したからと言って問題はないと思いますよ。

 それに、こちらこそ仕事をしながらで申し訳ないです。せっかく訪ねてきていただいたのに。

 今日中に終わらせなければならないことがどうしても山積みでして。

 そういう意味では寝なくてよくて疲れ知らずの肉体は便利ですね。

 もう三日は休憩すらしてませんが血を頂いていれば疲れすら感じません」

 正直、私もアレクシスさんがグリエルマさんをどうこうするとは、やっぱり思えないんだよね。

 まあ、それは予想だから、実際明日になってアレクシスさんがなんていうかはわからないんだけどさ。

「うう、ごめんね、そんな方法でしか救えなくて」

 ついでにグリエルマさんももう列記とした吸血鬼だ。毎朝血を飲んで貰っている。

 私は血の精霊という事で、直接噛みついて血を吸わせてもらっているけど、さすがにグリエルマさんが直接噛みついて血を吸うのは言い訳のしようがないので止めてもらっている。

 なので、特製の保存用の杯に血を注いでもらって、それを飲んで貰っている。

 名目上は私が直接飲むのは限りがるので、それ以外での私への献上という形でね。

 それをこっそりグリエルマさんに横流ししちゃってるのよね、悪いとは思うんだけど。

 献血みたいな感じで少しづつ血を分けてもらっているの。

 まあ、血のブレンドになっちゃうけど。

 多分血液型を合わせないといけないんだけどね。この世界では中々難しい。

 なんか色んな血液型が混ざると味が格段に落ちるぽい?

 後、吸血鬼の本能的には、やっぱりこう、首筋に噛みつきたくなるのよね。

 その辺は申し訳ないけど、我慢してもらうしかない。

「いえ、おかげで自由に神託を調べる時間も、永遠とは行かないでしょうが、人のそれより長い時間を得ることができました。

 感謝しています。本来なら神託の成就を諦めなければならないところでしたので」

「神託ねぇ…… 内容も伝えちゃダメなんだっけ?」

 そもそもグリエルマさんはそのために生きようとしてるんだったよね。

 神託の件がなければ呪いで死んでも悔いはないって感じだったよね。

 魔王を倒せたから死んでも悔いはないってことなんだろうか、英雄の考えは私には理解できないなぁ。

「はい、頂いた神託自体に秘匿せよともありますので、申し訳ないですが、イナミ様にもお伝えすることが出来ません。

 ただ、そうですね、本当に雲を掴むような内容なので、長い時ができたことは感謝いています」

「そう言ってくれるなら、私も救われるよ。

 あんまりお仕事の邪魔しちゃ悪いからもう行くね、ありがとう、グリエルマさん」

「はい、イナミ様。また何かあれば気にせずに来てくださいね」

 そうは言ってくれるが、これ以上邪魔しちゃ悪いよね。

 だって机に書類の山がまだまだあったし……

 目を通すだけでも明日までには終わらないよ、あの量は。

 さて、覚悟を決めるか。

 明日は大晦日だ。

 アレクシスさん達がやってくる日だ。


 そして何事もなく明日である今日は、今日となってやってきた。

 早朝から豪華な馬車が列をなしてやってきている。

 エルドリアさんが来た時も豪勢だったけども、それとは比のもならないほど人数も豪華さも段違いだ。

 アレクシスさん、エルドリアさん、大神官、それに有力貴族達がやってきているらしい。

 けど、今の私にはいの一番にやらなければならないことがある。

 とりあえず急いでアレクシスさんとグリアノーラさんだけを即座に呼んでオスマンティウスとイリーナさん、それとグリエルマさんと共に会議室に篭った。

 後の来客された方々には申し訳ないけれども、少しだけ待ってもらっている。

「お久しぶりです、アレクシスさん」

 私が頭を下げてそう言うと、頭を上げてと仕草をして返事をしてくれた。

 今日は正式に、というか祝いの席に出席するという事で、服装が綺麗で豪華だ。

 太陽の神剣だけはもってはいるけれど、鎧などはつけておらずなんか豪華な礼服を着てらっしゃる。とてもお似合いでなんていうか、こう、王子様って言いたくなるような感じだ。

 実際精霊王の息子なんだから王子様ではあるんだけど。

「イナミ、久しぶり。

 色々こっちでも大変だったみたいだけど、大丈夫だったかい?」

 既にもう情報はいろいろ伝わっているんだろうけど。

 色んなことが思いついてしまい、声が上ずってしまう。

「え、ええ、それで色々と相談が…… あるんですけどね」

「うん、聴こう」

 アレクシスさんはわかっていたかのように頷いて、そのまま席についた。その後ろにグリアノーラさんが仁王立ちするように立つ。

 いつもの私とイシュのようだ。

 さて、どこから行こうか。

 まずは今ここに当事者がいるコレからかな。

「まずグリエルマさんが…… 呪いは解けたんだけど吸血鬼化しちゃった」

 頭を掻きながら私はそう言った。

 なるべくね、重い話じゃないよ、ちょっとした報告ですよ、っていう感じをだしたつもりなんだけど。

 アレクシスさんはそんなことを気にする様子もそもそもない。

 グリエルマさんは私のすぐ近くに立ち、下を向いて何も言わないでいる。さすがに緊張はしているのかもしれない。

「ああ、聞いている。見たところ精神汚染もされてないし大丈夫だろう」

 アレクシスさんは即座に答えた。

 この人、やっぱりある程度予測してたな。

 グリエルマさんが厳かに、本当に厳かに、いや、ひっそりと息をついていた。

 なんだかんだでやっぱり心配だったんだと思う。まあ、これで一安心だよね。

「で、次なんだけど、グリアノーラさんの報告にもあったテッカロスの心臓なんだけど……」

「ああ、それは少し気になってたんだ。まだ現物があるなら見せてもらっても?」

 アレクシスさんは少し考えこむ仕草をした後、そう言ってきた。

 私はイリーナさんに抱き着いているオスマンティウスをチラ見した後、精いっぱい、精いっぱい平気な顔をしたつもりだけど、この超が付くほど美形な顔をぐしゃぐしゃにしながらなんとか口を開いた。

「オスマンティウスが取り込んじゃった……」

 私がそう言うと、アレクシスさんの眼が点になった。

 その後ろのグリアノーラさんが眼を見開いた。

 さすがのアレクシスさん達にも予想外だったらしい。

 この人でもこんな表情するんだ、と感心したくらいだ。

「え? 取り込んだ? 魔神が創った心臓を?」

「う、うん」

 私がそう答えると、オスマンティウスが自分の話になったことに気づいたのか、私とアレクシスさんの間に割って入ってきた。

「なに? 王子様、わたしの自慢の心臓みたいの?」

 自慢の心臓じゃないよ、そもそもオスマンティウスのじゃなくてテッカロスの心臓だぞ。

「え、ああ、見せられるものなのかい?」

 少し困惑しながらアレクシスさんがオスマンティウスに聞いている。

「ええ、問題ないわよ」

 そう言ってオスマンティウスは自分の服をだけさせ、胸元を露わにさせた。

 イリーナさんが慌てて止めるよりも早く、そのままオスマンティウスの胸に穴が空いた。

 まるで砂でできた人型が崩れるようにオスマンティウスの胸部を構成している塩が崩れ落ちた。

 そこにはドクンドクンと力強く脈打つ心臓と細く張り巡らされている血管があった。

「どう、わたしの初めての内臓よ!

 素敵でしょう!」

「こ、こんなんなっちゃってるけど、オスマンティウス、大丈夫かなぁ?」

 ぐちゃぐちゃの顔をして、泣きたいのを我慢してアレクシスさんに聞いてみた。

 私にそう聞かれたアレクシスさんもなんだか難しい顔をしている。

「これは、いや、でも、う、うーん……

 ボクも判断が着かないが、とりあえずテッカロスの思念などは存在しないようだけど……

 これは…… この件はしばらく時間をくれないか、今すぐには判断はできない。

 時間をかけて結論を出さないとダメだと思う、とりあえず差し当たって危険はなさそうだけど、今度どうなるかはボクにもわからないよ」

 ア、アレクシスさんでも判断が着かないって、なんてことしてくれたのさ。

 いや、うん、不用意にお土産にして渡しちゃった私が悪いかもしれないけど、まさかノータイムで体の中に取り込むとか思ってなかったし……

 そもそも何の説明もしてないのよ、説明する前に手渡したらノータイムで胸に取り込んじゃったのよ?

 私の中では、手渡して、オスマンティウスが「なにこれ?」って言って、それは魔神の心臓よー、自分の臓器を作るのに参考にしてね!

 っていうやり取りがあったはずなんだけど、実際は手渡した瞬間、胸の中に取り込みやがった。

 まるで心臓のほうからそうしてくれとでも言ったのかのように、即座に取り込みやがった。それがなんなのかわからないはずなのに。

 その上、私がほうけた顔で、それ魔神の心臓なんだけど、って言ったら、なるほどよくなじむわね、って返してきたんだから。

 その後のイリーナさんの慌てようと言ったら凄かったんだから。

 イリーナさんから、なんてものを渡すんですか! って、怒鳴られちゃったんだから。

「オスマンティウス、今自分の中に自分ではない誰かがいるとか、なにか変わったようなことはあるかい?」

「特に何も?

 わたしはわたしよ?」

「そ、そうか。

 現状では特に問題はなさそうだけど……

 定期的にボクに診断させてくれるかい?」

「ええ、王子様だもの。特別に許しちゃうわ」

 そう言ってオスマンティウスは科を作るが、胸に大穴が開いており心臓が丸見えなので、ただのホラーでしかない。

「その心臓を得て、他の臓器ができたとかあるのかい?」

「今のところはないわね。これ以外は相も変わらず塩のままだけど。次は脳みそが欲しいわ。

 だってわたしバカだもの。考える力が欲しいのよ。

 知恵があればエッタを救うのも人任せにしないですむし」

 オスマンティウスはそう言った。

 なんだかんだでオスマンティウスは彼女なりに考えているのよね。

 イリーナさんを自分で救えなかったことが、かなりこたえてるみたいだし。

「そうか、今はまだ塩のままなのかい?」

 アレクシスさんがそう言うと、オスマンティウスの顔、というか頭部がズサァと音をたててサラサラの塩へと変化した。

 そして崩れ落ちたそこにはなにもない。

「まあ、こんなところね」

 と、口どころか喉までなにもないのに、口辺りの位置からオスマンティウス声が普段と同じように聞こえてきた。

 これもちょっとしたホラーだ。

 でも小精霊もこんな感じで声だけの存在だし、この世界ではそれほど不思議なことじゃないのかもしれない。

「ありがとう、もう戻ってくれていいよ」

 アレクシスさんがそう言うと、まるで逆再生のように塩が戻っていき、オスマンティウスを形作り構成していった。

 即座にイリーナさんが、オスマンティウスに服を着せた。

 アレクシスさん相手でも、異性? 異性になるのか? そもそもオスマンティウスは女性、雌型でいいのかな? そこも疑問だよね。

 それもわからないけど、イリーナさんはオスマンティウスの素肌を人目に、特に男性に見せつけるのは嫌らしい。

 次はそうね、ちょうど近くにいるしイリーナさんの眼もついでに見てもらった方がいいかな。

「じゃあ、ついでになんですけど、イリーナさんの眼も見てもらっていいかな。

 イシュが言うには素晴らしい奇跡の目を開眼したとかなんだけど……

 私にはなんだかよくわからなくって」

「奇跡の目?

 わかった。イリーナ、その包帯を取ってもらっても?」

 その言葉にイリーナさんはゆっくりと首を横に振った。

 そしてゆっくりとした口調で、

「お二人共、光りが強すぎるので、この包帯を取るのは怖いのですが……」

 と言った。

 それを聞いて、アレクシスさんは包帯の上からイリーナさんの瞳を覗き込むように見つめた。

「そうだね、特にイナミの力は強すぎる。

 どういう眼を開眼したのかわからにけど、今は包帯の上から見るほうがいいのかもしれない。

 この包帯は?」

「イシュが用意してくれたそうです」

 私がそう答えると、少し納得したように頷いて、アレクシスさんは包帯の上からイリーナさんの瞳がある場所を、じっと見続けている。

 アレクシスさんは超が付くほどの好青年だ。普通の女子なら、見つめられただけで顔を真っ赤にしてしまいそうだけど、イリーナさんはアレクシスさんすら眼中にないのか、そもそも見ていないのか、特にそういった様子は見られない。

 まあ、精霊王のお誘い、しかも命を助けてくれる特典付きを、いとも簡単に断るイリーナさんだ。その息子のアレクシスさんであれ対応は変わらないんだろう。

 彼女の頭の中はオスマンティウスのことしかない、ある意味狂気だよね。

「イシュヤーデが?

 これは、なるほど。いい判断だね、流石はイシュヤーデだね。

 確かにこれは…… これがなければ、イナミを見て目を潰してしまう可能性もあったね。

 だけど、これはすごい、すごい眼だ、神眼と言ってもいいものだよ、イリーナ。

 さすがは新しき神に選ばれた人だけはある。

 ボクもこんな物を見るのは初めてだ」

「神眼ですか……?」

 と、イリーナさんが少し戸惑いながら聞き返してきた。

「ああ、本当にすごい。魂を様子を直接見ることができるだなんて本当に奇跡だよ」

「魂を直接見る?」

 私がそう聞き返す。

 なんでこの人はそんなことがわかるんだろう。私は包帯の上から見てもさっぱりわからなかったのに。

「ああ、まだ使いこなせてはいないが、使いこなせるようになれば本当に素晴らしくも恐ろしい物になるよ」

「お、恐ろしいって?」

 私が再度聞き返すと、

「今は魂の様子を見て取れる程度のことしかできない、いや、それだけでも十分凄いんだろうけど、それに術を合わせることで魂に直接作用する術を魔術の範疇で扱えるようになるかもしれない。

 それはもう神の領域だよ、この目のことは他言無用にしておいた方がいい、悪用でもされたら大変どころの話ではないよ」

 アレクシスさんはそう答えてくれた。

 魂に直接作用する?

 それって下手したら、グリエルマさんの呪いもイリーナさんなら将来的に解けたってことにも?

 いや、いまさらそんなこと聞けないけれどもさ。グリエルマさんはすでに人間やめちゃってるんだし。

 でも、確かにそれなら本当に神の領域っていうのも納得よね。

「そんなことが…… わかりました」

 そ、イリーナさんも表情は包帯で見えないんだけれども、神妙な趣で頷いた。

「さすがエッタね、わたしもその目好きよ。

 他言無用なのよね、忘れないようにメモしとくわ。

 最近メモを取ることを覚えたのよ、エライと思わない?」

「と、とりあえず今のはメモには残さないでね?」

 私がくぎを刺しておくと、

「ええ!? なんで!?」

 と、オスマンティウスは驚愕していた。進歩しているんだけどやっぱりどこか足りない。

 確かに脳というか考える機関があった方が良さそうだ。

「むしろその目でオスマンティウスを見てどう感じている?」

 アレクシスさんが真剣な眼差しでイリーナさんを見ながらそんな問を投げかけた。

「え? 神様をですか?

 神様は相変わらず平坦な色合い、いえ、確かにあの心臓のようなものを取り込んでから、まったく平坦といった訳ではなくなりましたが、概平坦です」

「平坦? 色?」

 と、アレクシスさんが聞き返す。

「はい、普通の方は色がついていて、それがこう、ぼおっと光っているのですが、色と光具合に斑があるんです。

 神様は斑が全くなく平坦、うーん、こう、どう言っていいのか難しいですが、一色だけで、色合いが見にくいと言いますか、そんな感じなんです。

 ただ心臓を取り込んだ後は、多少ですが胸のあたりだけ斑が見えるようにはなりました。

 斑のあることのほうが、私には正常に思えるんです」

「なるほど、イナミはどう見えている?」

「イナミ様とアレクシス様は、なんといいますか、お二人共光りが強すぎて色も斑も眩しくてよく見えないのですよね。とにかく光りの総量が多くて包帯ごしにでもまともに見れません」

「ボクもなのか。隠し様がないという事か。本当にすごい眼だ」

 アレクシスさんはそう言って感心している。

 普段アレクシスさんは自分の力を隠してるけど、やっぱり私と同等かそれ以上に強い魔力を持っているのよね。

「あ、あと、妖魔。あの、イシュヤーデ… は、色がついていないというか、黒く暗い部分が大部分なのですが、三分の一くらいは色がつき始めていました。

 それと見比べても神様に、心臓を取り込んだからと言って問題があるようには思えません。色の斑は多少できましたが、黒く色を失っているような部分は神様にはありませんので」

「なるほど、もう三分の一か。イナミの力が強いからな。

 ありがとう。もしオスマンティウスに何か変化があったらすぐに教えて欲しい。

 ボクも力になるようにする。早ければ早いほどどうにかできるはずだ」

「ありがとうございます」

 あー、なるほど、オスマンティウスの様子、というか監視はイリーナさんに任せておけば良かったのか。

 魂を直接見れる訳だから、オスマンティウスの魂に異物が紛れ込めばすぐわかるってことだもんね。

 で、ええーと、グリエルマさんは平気、オスマンティウスもとりあえずは平気、ついでにイリーナさんの眼は凄い。

 あとは、あれだ、海の災いとアンリエッタさんの件だ、どちらも気が重い。

 アンリエッタさんの件は、本人とエルドリアさんも呼んでからだから最後だ。

 先に海の災いの件だ。

「次はアレクシスさんも聞いてると思うけど、海からくるっていう災いの件だけど……」

「ああ、海神の件か……」

「海神?」

 海神? 海の神様ってこと? 魔神じゃないの?

「海の魔神、海神、母なる海の女神。世界山脈が作られた理由。

 狂える水底の神、津波と共に現れる者。

 色んな呼び名はある。ボクが魔神相手とはいえ手も足も出なかった唯一の相手だ」

「え? アレクシスさんが?」

 それは予想外だった。

 アレクシスさんが手も足も出ないって、どんな奴なのよ、それって世界の危機なんじゃないの?

 ここに居る全員が初めて聞いた事らしく、グリアノーラさんも含め驚きの表情を見せた。

「うん、まあ、相手は海の中にいるからね、手が出したくても出せないんだよ。

 どんな大型船でも、船なんか簡単に沈めてしまう相手だからね、手も足も出ないというか戦いようがないというか」

 ああ、そういう事か。

 海の中にいるから手の出しようがないってことか。

 確かにそれは手の出しようがなさそうだ。

「というか知っていたんだ……」

 あの山の魔神め、何が褒美だ。褒美でも何でもないじゃないか。

「ああ、こう見えてけっこう長生きだからね。知らないことのほうが少なくはなるさ。

 ただ、イナミ。キミがいれば恐らくは倒せる相手ではあるよ、準備は必要だけどね。

 そうだね、うん、それは春以降、もっと先の話でもいいかな、今すぐどうこうできる相手ではないし、世界山脈があるうちは脅威も少ないし先にやるべきことがある」

 そういえばアレクシスさんは千年以上生きてるような存在だった。そりゃなんでも知ってるよね。

 それと世界山脈が作られた理由がその海神だか、海の魔神って言ってたよね。世界山脈はテッカロスが作ったって話もあるし、ますますよくわからないなぁ。

 まあ、とりあえず今すぐどうって話じゃないから、いいか。

 当初の予定通りアレクシスさんに丸投げしちゃおう。

「は、はあ……

 じゃ、じゃあ、最後の報告? 相談? 報告… だよね。報告があるんだけど、いいです?」

「うん」

 と、アレクシスさんが笑顔で答えてくれた。

 爽やかな笑顔だ。この笑顔を曇らせたくはないんだけれども、伝えないわけには行かない。

「アレクシスさん、怒らないでね?」

「怒る? ボクが?」

 と少し不思議そうな顔をした。

 まあ、あんまり怒るような人じゃないよね、この人。

 そもそも精神を固定されているんだから。

「と、とりあえずアンリエッタさんとエルドリアさんも呼んでから、ね?」


 少し緊張した顔のアンリエッタさんと、まだ何も知らないエルドリアさんが部屋に入ってきた。

 私も凄い緊張してるので、この部屋にいる全員が緊張している。

 私の緊張に連動して魔力が少し粗ぶっているせいだ。

 アレクシスさんの話だと私の魔力は抑えようがないほど強く量が多いので、こういうことになるらしい。

 私が魔力で化け物や怪物とか言われているせいもそのせいだ。

 普通は、というかアレクシスさんなんかはちゃんと魔力の制御が出来ていて、普段はそこまで強い魔力を感じなかったり、感じさせなかったりしているらしい。

 けど、私の魔力は制御などできないので、常時膨大な魔力の塊のように感じれるらしい。

 ついでに下手に制御しようとすると、肉体のほうが持たなくなるのでこのまま垂れ流しのほうがいいとのこと。結局魔力の化け物ってのは当たっているのよね。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

「えっと、あのー、私から言う?

 それとも……」

「私から、私の口からご報告させてください」

 と、アンリエッタさんが私を遮って答えた。

 そのことにエルドリアさんが凄い形相でアンリエッタさんを睨んだけど、アンリエッタさんは気にも留めていない、いや、気づいてすらいない。

 それでさらにエルドリアさんが怒りをため込んでいるようであったけど、私がそれと手だけで抑えて、と伝えた。

 その後すぐに、アンリエッタさんが勢い良く立ち上がり、

「私は選ばれました」

 と、言った。

 事情を知っている私とグリエルマさん以外は皆、事情がわからず疑問符を頭上に浮かべたような表情をしている。

 それを受けてか、

「精霊王様に選ばれました」

 と、アンリエッタさんは続けた。

 すぐにアレクシスさんが額に手を当ててうつむいた。思い当たるところがあったらしい。

 続いてイリーナさんが思い当たったのか、顔を皆から背けた。

「え? ええ、あなたは確かに精霊王様に選ばれましたが……?」

 エルドリアさんが不思議そうな顔でそう言うと、

「いいえ、違います。エルドリア様。

 私は精霊王様の寵愛を受け、御子を授かりました」

 そう言い切った。

 私とグリエルマさん以外の顔が歪む。

 いや、アレクシスさんは未だ額に手を当ててうつむいているので、どんな表情をしているのかわからない、が、小刻みに震え出した。

 だ、大丈夫なのか、これは。

 はらはらしつつ、どうしていいかわからないのでとりあえず助けを求めるようにグリエルマさんの顔を見るが、彼女は特に何も思うところがないらしく、すました表情をなさっていた。

 流石、もう元ではあるけれども教会の聖女様。って、こういう場面で聖女様もなにも関係ないよね?

 なんでこの人こんなに肝が据わっているのさ。

「ア、アンリエッタ、貴女、今なんて?

 子? 精霊王様の御子ですって?」

「はい、エルドリア様」

 エルドリアさんが何とも言えない、歓喜と怒りと嫉妬が織り交ざったような表情を見せた。

 そして、その表情のまま、指示を待つようにアレクシスさんを見つめた。

 そこから、しばらくしてアレクシスさんが視線をあげた。

「エルドリア。キミは確か、ここに精霊門がないにも関わらず何人かの巫女を残していったね?」

 その声はいつも通りの優しい声だったけれども、何とも言えない圧を感じる。

「はい、一応形式上だけでも巫女を残しておかないことにはなりませんので」

 と、少しだけ狼狽えたエルドリアさんが答えた。

 こんな圧に晒されてたら、私なら間違いなく緊張して舌を噛んでしまいそうだ。

「なるほど。確かにそれはそうかもしれない。

 イナミ。その巫女達は毎日祈りを?」

「え? ええ、祈ることが仕事って言ってたので、特に止めることはしなかったけど?」

 急に話を振られてドキッとしたけど、なんとか噛まずに答えれた。

 やっぱり内心はかなり怒ってるのよね? アレクシスさん。

「だから、アイツは門もないのに顕現できたのか。

 いや、巫女の祈りを頼りに、壊れていた精霊門を通って来たのか、それとも寄越した金貨を道しるべに?

 そこまでして女漁りがしたいとは……」

 そう吐き捨てたアレクシスさんの表情はかなり厳しい。

 殺意とかそう言う類ではないけど、嫌悪感は並々と漏れ出していてもう隠しもしていない。

 アレクシスさんから漏れ出した気に皆押し黙り静寂が、張り詰めた静寂がその場をしばらく支配した。

 それを破ったのはイリーナさんだ。

「すいません。私も、恐らく瀕死の状態で精霊王様に声をかけられました」

「イリーナ、キミもか?」

 イリーナさんの言葉にその場にいた全員、いや、私とオスマンティウス以外が驚きの表情を見せた。

 オスマンティウスはイリーナさんにしがみ付いたままで、気楽そうにしている、もう少ししたら鼻歌でも歌いそうな雰囲気すらあるんだけども。

「私も、その…… 寵愛を受ければ助けると、言われたのですが、私はオスマンティウス様の物ですので、失礼とは思いましたがお断りいたしました」

 その言葉に、アンリエッタさんとエルドリアさんが驚愕の目を向ける。

 が、何か言いたそうにしてはいるが、何も言えないでいる。

 彼女はもう精霊神殿の関係者ではないのだから言えることもないのだろうけど、その信仰対象の誘いを断るという行為には何か思うことがないわけがない。

 それ以前に、精霊王のお誘いを断れる人間がいたことに驚きを隠せないのもあるのかもしれない。

「そうよ、エッタはわたしだけのものなんだからね、王様にだって渡したりしないわよ!」

 と、オスマンティウスがそう付け加えた。

 ややっこしくなりそうだから、オスマンティウスはちょっと黙っていてね、と心の中で願う。

 いや、なんかそんなこと口に出して言える雰囲気じゃないって、今は。

 すんごいピリピリしてるよ!

 アレクシスさんの魔力がピリピリとこの場の空気を震わしているのがわかる。

 なるほど、普段みんなが私に感じていたものはこういうものなのか。これは確かに魔力の化け物とか言われても仕方がない。

「イリーナ…… 様が、襲われた日…… ちょうどその日の夜です。

 私が精霊王様より寵愛を受けたのは……」

 アンリエッタさんがイリーナさんを直視したまま、茫然としたようにそう言った。

 表情は無表情だけど、その視線には自分より先に? しかも断った? というような嫉妬に近いものまで感じてしまう。

「た、確かイリーナさんの話では、精霊王、精霊王様は助けようとしてくれてたのよね?」

 と、私が咄嗟にフォロー、そうフォローだよね、少なくとも私はフォローのつもりでそう言った。

「はい、しかし、助けるには寵愛が必要という話だったので、申し訳ないですが……」

 と、イリーナさんは本当に申し訳なさそうにそういった。

 イリーナさんも元々は聖歌隊だもんね、精霊の巫女だもんね。オスマンティウスに出会っていなかったら断らなかっただろうし。

 そもそも、イリーナさんをオスマンティウスの巫女に任命したのも精霊王だよね?

「生と死の狭間での話か。

 確かにその空間なら、何らかの因果関係を持たなければ干渉しにくいのはあるが……

 それもやむなしの話か?

 はあ、とはいえ、違う方法もあっただろうに。

 しかし、アイツの誘いを断るとか、凄い胆力だね、イリーナは」

 そこでアレクシスさんがそう言って一息ついた。

 そして、すぐにアレクシスさんの顔から一気に感情が抜けた落ちた。

 その後すぐに、ぞくぞくする程背筋に寒気が走る。

「アンリエッタ、生まれてくる子は恐らく、次の魔王にまず間違いなくなる」

 とアレクシスさんは断言した。

「そ、そんなことは!!

 だ、だって、せ、精霊王様の…… 貴方様の弟か妹になるのですよ? そんなことになるわけが……」

 アンリエッタさんはそう言うが、最後のほうは歯切れが悪い。

 本人も心のどこかではわかっていたのかもしれない。けど、それを認めることは彼女には出来ないんだ。

「残念だけど、ボクはそんな兄弟を何度も屠ってきた。魔王としてね」

 アレクシスさんは感情を込めずに、はっきりとそう言い切った。

 その言葉を受けて、アンリエッタさんが崩れ落ちるようにして椅子に座り込んだ。

 にしても随分はっきりと…… って、あれ?

 今の口ぶりからすると、アレクシスさん、精霊王があっちこっちに子種を作ってること知ってる?

 いや、よく考えるまでもなく、知らないわけないか、この英雄さんが。

 イシュ、キミの心配ごとは特に必要なかったよ、アレクシスさん、既に知ってたみたいだよ!

 やっぱり一枚も二枚も上手なんだ、この人。まあ、生きてる年季がまるで違うから仕方がない事なのかもしれないけど。

「魔王化するのはまだしばらく先だろうが、ボクはしばらくここ、いや、アンリエッタのそばから離れられなくなったな。

 できれば、イナミもいるこの場所で全て終わらせたい。オスマンティウスのこともあるし、この街なら例の神殿あるし条件を満たしている。

 エルドリア、王都のことはキミに一任する。人間同士の大規模な戦争だけは避けてくれ。そのためにボクの名前をいくら使っても構わないし、最悪ボク自身が戦いの場にでて収めることも覚悟している」

「はい、承知いたしました」

 エルドリアさんも表情をなくし、冷静に、いや、冷酷に? 冷酷ってのも違うか、でも、まるで機械のようにアレクシスさんの言葉に従った。

 私には仮にアレクシスさんが、アンリエッタさんをこの場で殺せと言えば、従うかのようにまで思えるほど、二人とも感情がないように思える。

 さすがにそんな命令は下さないだろうけど、少し怖さすら感じてしまう。

「イナミ、アンティルローデの書庫でボクに提案した件、覚えているかい?」

 提案した件?

 ん? 少し考える、いや思い出す。そういえば、そんなことをした覚えもある。

「あっ、ああ、魔王を封じ込めるって話です?」

 私がそう言うと、アンリエッタさんが凄い勢いで私のほうを見つめてきた。

 そのまなざしは希望と不安に満ち溢れていたけど、どう返していいか返答に困る。

「ああ、そちらのほうを最優先で詰めて行ってくれないか?」

「わ、わかりましたけど……」

 うう、アンリエッタさんの視線が痛い。

 地下の図書室で見つけたあの本を再度読み直さないと。

「そこ先はボクの口から言おう。

 アンリエッタ。申し訳ないがキミの子は生まれ次第、この修道院にでも幽閉させてもらう。

 その上で、魔王化した際は、世界のための犠牲となってもらう」

 アレクシスさんははっきりとそう言い切った。

 そこに迷いも何もない。また、反論は何もさせないという強い意志を感じさせる。

 けど、アンリエッタさんには、母になるであろうアンリエッタさんにそんなことは関係ない。

 彼女は自分の下腹に手をやりながら叫んだ。もはや半狂乱といっていい。

「この子が犠牲に? この子は精霊王の御子なのですよ?

 魔王なんかになるはずがありません!!

 そうですよね? そうじゃなきゃおかしいです!!

 答えてください、精霊王様!!

 あなたの御子を、救いください!!」

 そう言って、彼女は天を仰いだ。

 けど、何も起こらない。

 起こるわけがない。

 なぜなら、精霊王は恐らく魔王を作るためにその子種撒いているのだから。

 アレクシスさんがアンリエッタさんのところまで行き、優しく肩を掴み、逆の手でその目を覆った。

 そうするとアンリエッタさんはおとなしく、というよりか力なく、椅子に座るように崩れ落ちた。

 他の人には見えなかっただろうけど、アレクシスさんはアンリエッタさんに眠りの魔術を行ったようだ。

 崩れ落ちたアンリエッタさんを支えながら、

「変更はない。皆そのように動いてくれ」

 アレクシスさんは強い意志でそう言った。


 まあ、確かに半狂乱のアンリエッタさんをそのままにしておくわけにも行かないし、あの場はああするのが良かったかもしれない。

 アンリエッタさんにはエルドリアさんがついていてくれるようだ。

 起きたらじっくり話し合うと言ってくれているし、大丈夫だとは思う、大丈夫よね?

 グリエルマさんは修羅場はないって言ってたけど、私にとっては十分に修羅場だったよ。

 それはさておき、魔王隔離の方法を考えておかないといけない。

 基本的には、グリエルマさんにしたことと似ているし、その延長線上のようなことだ。

 そういう意味では、グリエルマさんにしたことはいい経験だったと思う。

 ただ吸血鬼と魔王では、集まってくる邪気や穢れといった物の量が違うので私の結界だけでは防ぎきることは恐らく不可能だ。

 それにアレクシスさんに求められているのは魔王化を防ぐ方法ではなく、魔王化が始まった後の対処法だ。

 魔王の場合はその肉体に邪気や穢れが集まるのだとアンティルローデさんの残した本には書いてあった。

 肉体の身を仮死状態にして、魂だけを今際の際にぶら下げるか、別のものに移し替えてしまうことでその魂だけは魔王化から逃れることができる。

 肉体だけは抜け殻の魔王となってしまうが、その魂は救われるし、その魂が汚染されることもない。

 ただ魂だけを今際の際にぶら下げるのは、七か八の子供には酷なことだろうしその精神が耐えれるとは思えない。

 それ以前に永久に肉体に戻ることはできず何もない今際の際を永遠に彷徨うことになる、それは死により辛い事なんじゃないの?

 それを避けるには、新しい変わりとなる肉体を用意してあげなければならない。

 手っ取り早いのは魂のない空いている精霊の肉体に移し替えてあげることだ。

 生まれてくる子も混血種ではあるので、精霊のはずだから肉体の入れ替えは問題なくできるはず。

 それで逆に完全な精霊の肉体にその魂が宿るのであれば、精霊を崇める精霊神殿の巫女であるアンリエッタさんも納得してくれるかもしれない。

 ただ魂が空いている精霊の肉体なんてもののあては全くないけど。

 後で、アレクシスさんか、精霊の知識の環が使えるグリアノーラさんにでも聞いてみるのがいいかもしれない。

 まあ、大変なことにはなったけど、とりあえずこれで私の心配事は終わった…… のかな?


 否、まだ終わってなかった。


 今度はグリエルマさんと大神官さんの戦いが始まった。

 とりあえず会議室から出て、私との顔合わせという意味で、わざわざ王都よりお越しいただいた一同のお偉いさん達だけ集まってもらっている。

 ここは謁見の間とも言うべき、この修道院の中心、本来の精霊神殿なら精霊門がある場所で精霊がいる場所でもある。

 半分外のような作りに放っているが、魔術の結界が張ってあり、その中に空気を暖める魔術を使っているおかげで暖かい。

 今日は雪は降ってはないが、外の気温はかなり寒くて防寒着が必須なくらいではある。

 とりあえず今は、アレクシスさん、精霊神殿、教会、そして騎士団のお偉いさん達と、この町のお偉いさん、と言っても参加しているのは、グリエルマさんとミリルさん、オスマンティウスにイリーナさんくらいだけど、が、一堂に集まっている。

 名目上は私と新しき神であるオスマンティウスへの挨拶というか顔合わせだ。

 それぞれの集団で固まっていて、中央に私とアレクシスさん、その少し後ろにオスマンティウスとイリーナさんがいる感じだ。

 ただ私にもオスマンティウスにも恐れを抱いているのか、挨拶しに来る人は稀で遠巻きに見ている感じだ。

 まあ、神様相手だからね、直接挨拶に来るようなことはないのかもしれない。

 聞いた限りの話でも精霊との顔合わせはこんな感じらしい。もちろん精霊を信仰している精霊神殿の人達は丁寧に跪いて挨拶はしてくれるけどね。それも挨拶というよりは拝みにくる感じのほうが強い。

 私の場合も早々にエルドリアさんと共に数名の巫女さんが挨拶、というか拝みに? に来てくれた。

 オスマンティウスに挨拶しに行ったのは、エルドリアさんくらいで後の人は遠巻きに見ているといった感じだ。

 既に精霊という枠からも外れた存在になっているオスマンティウスは、精霊神殿の巫女達にもどう扱っていいかわからない存在になっているらしい。

 後、オスマンティウスが人を塩に変えた、という噂だけが流されているのでそれもあってか警戒されているのかもしれない。

 更に言ってしまうと、聖堂教は一部でカルト的な人気が出ているらしく、騎士団でも要警戒対象なんだとかも後からだけど聞いた。

 まあ、そんなわけでオスマンティウスとイリーナさんは、ただ立ちっぱなしなだけになっているけど、本人たちはあまり気にしていないらしい。

 襲撃があって以来、オスマンティウスが人見知り、というか軽い人間不信になっているので、あまり知らない人とは話したがらないし、ちょうどいいのかもしれない。

 ついでに、ミリルさんは精霊神殿のお偉いさん達に挨拶周りをしに行っている。

 一応ミリルさんにはこの修道院の修道院長、本来のところは神殿長の地位についてもらうとのことで大出世だ。

 元々結構な貴族の出だったらしいし、適任と言えば適任だと思う。女性の多いこの修道院でもミリルさんの人気は相変わらず高いし。

 アンリエッタさんは今はここにはいない。次期エルドリアとして騎士団と教会にお披露目したかったそうだけど、今回は見送るらしい。

 一応、あの後すぐに目覚めエルドリアさんと話し合って落ち着きはしたものの、情緒不安定のため自室で休んでもらっている。

 で、話は戻って、教会の聖女たるグリエルマさんも教会のお偉いさん達に挨拶しに行っているんだけど、そこだけ妙に空気が重い。

 今もグリエルマさんと大神官が笑顔で睨み合いながら挨拶をしている。

 ただの挨拶のはずなのに聞いているだけでも気が滅入る様な嫌味の応酬が始まっている。

 少し離れた距離なのだけれども、私の耳はそれを聴きとってしまう。

 私はとりあえずニコニコと笑いながらそれを聞き逃していたので、内容までは把握してない、というか聴きたくもない。

 けど、まあ、あれだ。とても二人共聖職者とは言えないような嫌味の応酬だったのだけはわかった。

 大神官、教会の最高権力者。

 全ての神官と神官戦士を束ねる者。

 大神官ニコラウス・クラーク。

 初老もしくは老年という年齢、その年齢を感じさせない筋肉質の偉丈夫。整った髭面の強面の男。

 その体格と強面は何とも言えない迫力は、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

 その後ろに控える神官の一人、卵型の頭部をした神官が、グリエルマさんを見て何とも言えない顔をしているのが少し印象的だったかな。

 他にも何人か偉そうな神官達が居る。誰もかれもきらびやかな衣装というわけではないが、基本的に白色の布地の服、恐らく絹の生地かな、それと金もしくは金色の装飾具を着けた一団だ。

 成金趣味とそう言われれば否定はできないが、なんとなく宗教のお偉いさんぽい、と言われるとそうも思えてくる。

 そんな服装だった。

 私の記憶の中の、地球の知識での教会のイメージではあまりない。どちらかというとギリシャ神話に出てくる神様の服装、そう言った感じがする。

 ほら、裸で肩から大きな布をかけている感じ?

 無論、今は冬だし寒い地域なので、布を肩からかけているだけな訳でなく、ちゃんとした服をきてはいるのだけれど、私の中のイメージだとそんな感じが強くする服装だった。

 後から聞いた話によると、彼らがエデンバラの神官と呼ばれる教会の最上位集団なのだとか。

 こいつらがオスマンティウスを襲わせて、イリーナさんに怪我をさせた首謀者か。

 そう思うと、少なからず怒りがこみ上げてくる。

 こみ上げてきた怒りに無意識に私の魔力が反応すると、その場にいた全員がぎょっとして無言で私のほうを見た。

 こういう魔力の制御ができないから、化け物呼ばわりするのよね。

 私の場合は無理に魔力を抑えようとすると、肉体が持たなくなっちゃうらしいけど。魔力が強すぎるのも問題よね。

 私のちょっとした怒気のおかげで、大神官とグリエルマさんの挨拶は一旦終わったみたいだしいいか。

「あちらが血の精霊イナミ様か」

 と、大神官がグリエルマさんに確認をしているのが少し離れていてもわかる。

 私には直接話しかけてこない、というか、私とは少し距離を取っているように思える。やっぱり後ろめたいのか恐れているのか。

 けど吸血鬼の感覚は少し距離を取ったくらいでは関係なく感じとれてしまうし、聞き取りたくなくても聞こえてしまうので意味はない。

「はい、大神官殿。

 あの偉大なる方が新たなる精霊領の支配者、イナミ様です。

 わざわざイナミ領の開領式にお越しくださりありがとうございます。

 大神官殿のお歳では、この寒空の下に遠い地までいらっしゃられるのも大変かと思いましたが、よくいらっしゃられましたね」

 グリエルマさん、一旦終わってたと思った嫌味合戦をまだ続けるのか。

 大神官のほうは嫌味を言われつつも、私と視線が合うと、軽く会釈をしてくれた。いや、会釈することで私との視線を切った様に思える。

 やはり私とは直接関わりたくないようだ。

 まあ、美少女の姿ではあるけれども、人間ではなく教会の嫌いな混血種の精霊なのだから、わからなくはないけれども。

 そして、グリエルマさんと会話……? を続ける。

「いつになく饒舌ではないか、我が教会の聖女よ」

 そう言って大神官はフッ、と軽く笑った。

 それに対し、グリエルマさんは張り付いたような笑顔で微笑んでいる。

「あら、いつから教会が大神官殿の物になったのでしょうか。教会は主の物であり人のものではないのですよ、大神官殿ともあろうお方がそんな勘違いをなさるだなんて」

 私の見たことのないグリエルマさんがそこにいた。

 アレクシスさんですら苦笑いを浮かべている。

 このまま嫌味合戦が続いてもなんだし、いきなりだけど聞いちゃおうかな。

 私は二人に近寄り二人の間に割って入った。

「ねえ、なんで私とオスマンティウスに刺客を向けたの?」

 私がそう言うと、その場が凍った。

 無論その場にいた全員の視線が集まる。

 まあ、当たり前だよね。

 でもこのことに関しては、私も少し頭に来ているから遠慮はしない。

「なぜ…… なぜ、わしが刺客を送ったなどと?」

「あれ? 違うの?」

 と、私はグリエルマさんに視線を送りつつ聞いた。

 大神官は視線の先のグリエルマさんを見つつ、深いため息をついた。

 彼女が嘘を見抜ける奇跡を失っていることはさすがにまだ知られてはいないようだ。

「報復協定に基づき報復は甘んじて受けよう。

 わしの首一つで終わるなら安いものです」

 と、大神官は言った。その言葉に後方で控えている神官達がざわめくが、それに異論を唱える者はいない。

 いたとしても、私の漏れ出している膨大な魔力は、その意志を容易く折ってしまうほどには強大だったようだ。

「報復協定って?」

 と、私がグリエルマさんに聞くと、

「簡単に申しますと、暗殺などに対する協定ですね。

 最初に仕掛けられた側は仕掛けた側に幾つかの案から正式に報復する権利が与えられるというものです」

 と答えてくれた。

「そんな協定まであるのね、じゃあ、それに乗っ取り報復させてもらうってことで。

 幾つかの案ってどんなのがあるの?」

 そんな協定まであるってことは、本当に暗殺やらなんやらがありふれた世界なのか。

 まあ、この世界の人たちには人間同士で争っている余裕はなさそうだしなぁ。

 ならもう少し仲良くすればいいのにって、言うのは浅はかなんだろうか。

「首謀者の首を差し出させるものや、同じように襲撃者を送り込める正当な権利、被害に応じた金額を求められるものなどもあります」

「なるほどね。それは後で考えるとして、なんで私とオスマンティウスを?」

 私がまっすぐ大神官の目を見ながらそう聞くと、大神官は観念したように話し出した。

「まず、イナミ様。あなたのことは主が残した預言書には記されていない。

 故に我らは貴女を認めることができない」

 預言書? 主の残した? 主ってことは、千年前にいたっていう稀人のことだよね。

 要は神様が残してくれた預言書か。

 それに私のことが書かれていないから、襲ったってこと? なんだそれは?

「ニコラ。あれは預言書ではなく、あくまで予測書だと何度も言っただろう、外れることだってあるんだ」

 と、少しうんざりした表情のアレクシスさんが割って入ってきてくれた。

「アレクシス様、あなたに取ってはそうなのかもしれません。

 ですが、我らに取ってあれは紛れもなく主が残された絶対の預言書なのです。

 血の精霊のことも、新しき神のことも、預言書には一切記されていない。

 ならば、それは歴史にとって些細な事。

 否、些細なことでなければならない。

 今更、預言書からズレた道など、元より我らにはないのです。

 あの預言書こそが人を救う術なのです、そのことはアレクシス様もお分かりでしょう?」

 そう言われてアレクシスさんは隠しもせずうんざりした顔を見せた。

 この問答は何度も繰り返してきたことだと言ってるように感じられる。

 んーと、神様の残した預言書に、私のことが書かれていない、そして、その預言書こそが人を救う術?

 だから、私を排除しようと?

 まるで預言書の通りになるように必死に努力しているってことなのかな?

 それって預言書の意味あるの? 本末転倒じゃない?

 まあ、私はイレギュラーでこの体に転生させられたから、預言書には記されてないのはそうなのかもしれないけど。

 でも暴論過ぎない?

「そもそも、私とオスマンティウスを殺せると思ったの?」

「いいえ。元より殺せるとは思ってはいません。

 ただ人の手でどうにかできる存在ならば、それはとるに足らない存在という証明にはなります。

 その事実こそが、大事だったのです」

 その言葉に、私ではなくアレクシスさんが深いため息をついた。

「二コラ。実際イナミと会ってみてどうだい」

 その言葉を受けて大神官はグッと唇をかんだ。

 その唇からは血がにじんでいる。

「認めたくはないですが、これが神格なのかと思い知らされました。

 実際にイナミ様の魔力に触れ、人がどうにかできる存在ではないと認識を改めました」

 深く頭を下げ、それが私にかアレクシスさんにかはわからないけど、けど、そこには懺悔の念を感じれるほどには真摯な、なんといっていいのか、わからないけど非礼を詫びる? そんな気持ちを汲み取ることはできた。

 いや、でも、あのね、実際には魔力も持たない、ただの人にかなり追い込まれてたばかりなんだけれどもね。

 下手したら人の手で、どうにかできてたんだけど、これは黙っておいた方がいいのよね?

 まあ、さすがに首でも落とされてたら私も本気を出してたと思うけどね。

 とはいってもよくよく考えたら、本気というものを、この世界に来てから一度も出したことないけど。

 にしても、あの襲撃者、未だに謎なんだけど。本当に人だったのかしら?

「イナミ様、どうかわしの首一つで手打ちにして頂けると助かります」

 そう言って今度は明確に大神官は私に向かって頭を下げた。

 グリエルマさんのほうを見るとニコニコと笑ってらっしゃる。

 この二人の間になにがあったの?

「うー、うーん。ま、まあ、それは置いといて、後でちゃんと考えるから。今はゆっくり休んで明日の開領式のほうよろしくお願いいたしますね」

 正直、死ぬから許してください、と面と向かって言われると結構来るものがある。

 若干引いてしまったまである。報復ねぇ、どうしたもんだろう。

 こうして大晦日の顔合わせは大体終わった。

 ついでに、騎士団の総大将と呼ばれる人は、よぼよぼのおじいちゃんだったので、特に修羅場のようなことはなかった。

 なんか好々爺って感じの人で、少し癒された。

 記憶はないけど私おじいちゃんっ子だったのかもしれない。


 各組織のお偉いさんとお付きの人というかその護衛かな? その人たちだけこの修道院の来客室に寝泊まりしてもらって、残りは町の宿泊施設に止まってもらうことになっている。

 普段、貴族のお嬢様方と聖歌隊の皆しかいない女だけの修道院が少し物々しい。

 明日の予定は、午前に町で開領式。午後から会食というか記念パーティだ。

 基本的にそれだけだけど、開領式の、特にグリエルマさんがする宣言の内容は未だに伏せられている。

 当たり前だ、今まである貴族の地位が全て平民と等しいものになるような宣言が含まれているんだから。

 正確には、貴族と平民と足して三で割ったような、そんなものになる。

 ぶっちゃけ貴族で構成されている騎士団にケンカ吹っ掛けているようなものだ。

 更にイリーナさんの演説で、こちらは特に伏せられてはいないが、混血種の保護と受け入れすることが再び大々的に発表される、これは教会にケンカを売っているようなものだ。

 しかもオスマンティウス教、巷では聖堂教やただ単に聖堂と呼ばれている、この世界では宗教を神殿や教会といった建物で呼ぶ風習でもあるのかしら? まあ、そんなことは今はいいか、話を戻して、オスマンティウス教がこの領地での主な領教となる。

 精霊領なのに、精霊神殿ではなく新しい宗教が優遇されることに、精霊神殿からも不満の声が一部上がっているそうな。

 まあ、なんていうか、全方位にケンカを売っているような状態だけど、こちらにはアレクシスさんがついている。

 誰も何も言えない。ある意味恐怖政治なのかしら?

 そんな状況で開領式が開かれる。

 警備の一環として、まだ不完全な新型ゴーレムも見た目だけの形で配備される、威嚇目的というかお披露目というか、そんな感じかな。

 戦闘とかそんな細かい動作が要求されるようなことはまだ無理だけど、魔術で攻撃されたときの盾役くらいはできる。

 その頑丈さはかなりのもので精製されたアイアンウッド製の装甲を抜ける魔術など早々放てるものではない。

 そもそも魔術での攻撃なら、私がすぐ気づくし、そのまま無効化もできるのでそんな事にすらならないけどね。

 なんだかんだで割と大きくなってしまったので、見る者にプレッシャーをかけるって話でなら十分だけどね。

 明日の開領式、何もないといいけどなぁ……


 結論から言うと、開領式では何も起きなかった。

 聞いてた人、特に貴族の動揺はあったようだけど表立って何かあったわけではなかった。

 貴族の地位をなくす、というより皆同じ権利を得るって話なんだけど、そのことを発表した後で数名の貴族がイナミ領への進出を取りやめたとか、修道院に預けていた娘を取り返したいって話が来たらしい。

 まあ、仕方がないことだけどその話は受けるしかない。

 けど、グリエルマさんの話では思っていたより残留する貴族の方が多いそうだ。それだけこの精霊領に魅力があるってことなのかしら?

 一応、表面だってというか、目に見える出来事が起こることはなかった。

 まあ、アレクシスさんっていう絶対的な力と権力の象徴ともいえる人が、いの一番に賛同してくれたからね。アレクシスさんの前で表立ってなにか起こるはずもないのか。

 もしかしたら裏で何かしらの動きがあったのかもしれないけど、それは少なくとも私の耳には入ってこなかった。

 逆に町の広場に集まっていた民衆からは凄い怒号ともいえるような声援が聞こえていたけど、イナミコールはなんだかむずがゆいというかいたたまれなくなくなるので止めて欲しかった。

 民衆というか、貴族以外の人にとっては、凄いことだったらしいけど、よくちゃんと聞いてたのかな。

 確かに税は少し下がるけど、それ以外で特に変わるわけじゃないんだよ? まあ、税が下がるだけでも儲けものなのかな?

 そんな感じで何もなく開領式は終わり、正式に精霊領となった。お飾りの領主は私、領主代行で実行的な真の領主はグリエルマさん。

 気が付けば二人とも人間じゃないけど、問題ない? のかしら? まあ、いいよね?

 開領式の内容も実はあんまり知らないのよね。私は一番目立つ場所で座ってただけで、私からの言葉とかもなかったし。

 そもそも人前に出るだけでも緊張してしまい、座っていただけでも精いっぱいで式の内容なんて全然頭に入ってなかった。

 あんな大勢の前に長時間晒されるだなんて、今考えただけでも緊張しちゃうよ。

 そんなわけと言うことはまるでないんだけども、グリエルマさんの演説というか、もろもろの宣言なんかも難しくてちゃんと聞いてなかったし、あっ、こういうところが私のダメなところなのかしら?

 でも、まあ、開領式はあくまで人間側の行事で、精霊である私にはただのイベントの一つであって人間たちの行事に付き合ってあげている、ってスタンスらしいし、私が話を聞いていなくても怒る人はいない。

 気分的には校長先生の朝礼でも長話を聞いてる感覚だった。まあ、立場が人間と精霊じゃあ言葉の受け取り方が違うよね。

 更に言ってしまうと、私は所詮はお飾りってことよね。実際にこの領地で暮らすのはあくまで人間なんだから。

 と、いうことにしておいてくれないかしら。正確には緊張して記憶が飛んでただけだけど。ひきこもりには人前は辛いんだよ。

 大勢の前で挨拶どころか演説とか、恥ずかしくて私には無理。だから、それらがなかったことは本当にありがたい。もしかしたらグリエルマさん辺りが、気を利かせてそういう風にしてくれたのかもしれないけど。

 私がガチガチに緊張して座っているだけの開領式も何事もなく無事終わり、そのままお偉いさんたちを連れて、修道院の食堂を飾り立てているパーティ会場へと場所を変えている。

 祝賀会ってやつなのかな?

 今日もバイキング形式でのお食事だけど、その形式に不満を言ってる人は居なさそうだ。

 前回体験した、主に騎士団の人伝で知れ渡ったらしく、王都でもこの場キング形式が密かに流行っているらしいと聞かされた。

 主にはやっているのは下級貴族の間ではあるらしいけれどね。

 ああ、そうそうこの世界の元々のパーティというか、こういうお祝いの席でも、一部のお偉いさんだけ集まって、席について粛々と進めて行くんだってさ。

 なんか勝手に、舞踏会的な物を想像していたけど、そういう文化はないんだってさ。

 まあ、定期的に魔王との戦いに明け暮れている世界だからね、そう言った文化が育ってないのかもしれない。

 それでも受け入れられない、どころか、逆に既に流行りつつあるようなのでいいよね。

 魔王の封じ込めが成功すれば、魔王の脅威に晒されるようなことは無くなるんだし。

 この場にいるのは各組織のお偉いさんばっかりだけど、私の周りにいるのはやっぱり神殿関係者とオスマンティウス教の関係者ばかりだ。

 アレクシスさんが言うには日に日に強くなっていく抑えきれていない私の魔力は、人の目にはそれこそ化け物のように思え恐怖の対象らしいのでこればっかりは仕方がない。

 魔力を感じれる人にとっては私はやっぱり化け物なんだとか。

 精霊を敬う神殿の者ならそれは信仰の対象にはなるが、それ以外の人からしたら、特に魔力を持つ人種にしたらやっぱり恐怖の対象にはなるらしい。それほどまでに私の魔力は大きく桁外れなんだとか。

 それはそうとして、今はこっちのほうが気になる。

「ドングリだけを食べさせて育てたグレルボアなんだけど、ちょっと、なんていうか、癖が強すぎるよね?」

 私がそう言うと、グリエルマさんは驚きの表情を見せた。

「そう…… ですか?

 わたくしには大変美味に思えるんですが、ドングリだけで育てるとこんなにも風味が変わるだなんて思ってもみませんでした。正直驚いています」

 そう言ってくれるグリエルマさんからはお世辞とかで言ってくれるようには思えない。

 本気で驚いているように思える。

 あれ? おしいのかな、これ?

「そう? お世辞じゃなくて?」

 つい聞き返してしまう。

 なんていうか、美味しいは美味しいんだけど妙な癖があるって感じで私は普通のグレルボアの方が好きかもしれない。

「確かに癖があり人を選ぶ味かもしれませんが、これは物凄く美味ですよ、イナミ様。

 あの、その…… その特別な育成方法というのも?」

 その問いに答えてくれたのはエルドリアさんだった。グリエルマさんも美味という事に頷いて同意してくれている。

 エルドリアさんにも好評の様だし、私がその味をわかってないだけなのかしら?

「うーん、私も聞いたことがあるだけだからなんとも。

 だけど、そうと言えばそうかな?

 餌にドングリだけしかあげない高級豚がいるって話だよ。

 けど、こんなに癖が強くなるだなんて思わなかったなぁ、失敗だったかも」

 そういや地球にいたころは、そんな高級豚なんて食べたことなかった、気がする。

 私自身の記憶がないからわからないけど、きっとそんな高級そうな豚食べたことないぞ。

 そもそも、私の曖昧な記憶なだけで、本当はもっと違う育て方かもしれないし、一応、今食べてるのは豚じゃなくてイノシシで、そもそもが魔物なんだしここは異世界であってたとえ同じ方法で育てても同じような結果になるわけでもないしね。

 けど、これ本当に美味しいかな?

 出されているものは、ドングリしか食べさせていないグレルボアの生ハムなんだけど、私には癖が強すぎてなんかピンとこない。

 確かにグルメな人が好みそうな癖の在り方ではあるとは思うけど、少なくとも私には、決して不味くはないんだけど癖がやっぱり気になるんだよね。

「いえ、失敗だなんてとんでもない。

 この味なら、凄い値段が着くと思いますよ」

 と、再度エルドリアさんから、お褒めの言葉を頂いた。

 ほ、本当かしら?

 凄い値段? お世辞じゃないよね?

「そう? 今は実験で数頭しか育ててないけど、もう少しちゃんと育てるべきかしら?」

 私が自問するように呟くと、

「そうですね、この味なら……

 ちゃんと予算を組んでやってみてもいいかもしれません。

 王都や神都の貴族には間違いなく気に入られるでしょうし、餌はドングリだけなのですよね?」

 と、頷きながらグリエルマさんも同意してくれた。

 あれ、そんなに美味しいの?

 もしかして私は貧乏舌って奴なのかしら?

 そもそもドングリの種類とか厳選すべきなのかしら?

 今はその辺に落ちてるやつを適当に集めてあげているだけなんだけど、これ以上頭数を増やすならその辺も考えなくちゃいけないのかしら?

 ちゃんとやるとしたらまずはドングリの確保からしないとダメよね。

 ドングリ、ドングリなぁ、ちゃんと保管しておかないとすぐ虫湧いちゃのよね。

 まあ、そんなことは今はいいか、というか虫が湧いたところを食事中に思い出したくはない。

「そうなんだ。

 イリーナさんも気にいってくれている?」

 本当に癖強すぎない? そんなに皆美味しく感じられてるの?

 と再度聞こうと思ったけど、口には出せなかった。

 あまりにも皆べた褒めなので、もう一度口に出すにもしても私の賛同者が少なくとも一人くらいは欲しい。

「はい、とても美味しく感じられます。早く神様にもこの味を味わって頂きたいほどは」

「早くわたしも食べ物を味わいたいわ。でも、わたしの舌も塩だから、絶えずしょっぱいのかしら?

 そうなると大変ね。しょっぱいというのがどういったものかわからないけど、あんまりいいものでもなさそうだし」

 塩でできた舌で味をどうかんじれるようになるのかは謎だけれども、イリーナさんがオスマンティウスに味わってほしいってことは、心の底から美味しがっているってことよね。

 私の舌がおこちゃまだから? いや、この肉体はアンティルローデさんの物だったんだから、そんなわけはないか。

 じゃあ、私が吸血鬼だから? それならグリエルマさんも私側のはずだし、これは……

 ただ単に私の味覚が、このドングリしか食べさせていないグレルボアの味を理解できていないというだけの可能性が……

 やはり貧乏舌なのかしら。でも、アンティルローデさんの肉体なんだけどなぁ。あんまり美食家ではなかったとかなのかしら?

 しかし、そうか、これが、こういう味が美味っていうのか、この癖がグルメな点なのかしら?

 とりあえず名前から決めてあげないとって、でもグレルボアはグレルボアなのか。

「イナミ様、難しい顔をしてどうしたのですか?」

 私が悩んでいるとグリエルマさんが聞いてきた。

「うーん、正式にやるならこれの名前を決めてあげないとって」

「イナミボアじゃダメなんですか?」

 と、グリエルマさんが不思議そうな顔をして聞いてきた。

 私の名前をさぞ当然のようにつけるのはやめて欲しい。

「いや、その、さすがにそれは嫌かな? だってイノシシでしょう?」

 なんでもかんでも私の名前をつけるの止めて欲しい。緑茶も一部じゃイナミ茶とか呼ばれているらしいし。

 ゴーレム力車も、イナミ式戦車とか呼ばれてるって聞いたこともあるよ。

「そうですか。

 イナミ様は、確かに普通の精霊とは違いますからね」

「普通の精霊って、自分の名前をつけたがるものなの?」

 私の問に答えたのはグリエルマさんではなくエルドリアさんだった。

「そうです。精霊様方は権威を示すために、良い物には自分の名を付けたがります。

 イナミ様の場合はそんなことしなくても、既に権威はありますのでこれ以上必要ないのかもしれませんが」

 なるほどね、いいものには自分の名前を付けたがるのか。そういう事なら、まあ、理解は出来なくはないかもしれないけど。

「権威って、私にそんなものあるの?」

 権威ねぇ、私にはよくわからないなぁ。

 そもそも、私が努力して何かを成し遂げたって物少ないのよね。

 魔力が強くてどうこう、アンティルローデさんの残した知識でどうこう、って話が多すぎて、いまいち達成感がないのよね。

 新型ゴーレムはなんだかんだで努力して作っているから、あれが褒められるとすんごく嬉しくはあるけど。

「何をおっしゃっていますか、今までは精霊都市を持つことが人間界での精霊に取って最高の権威と言われていましたが、それを飛び越えて最大の領地を持つ精霊領を得たのですよ」

「そうか、そうよね。あんまり実感ないんだけどね」

 そういやそうか、私も一応はもうお飾りのなんだけど領主様なんだよね。

 しかも、この世界で圧倒的に広い領地の。

 それもほとんど人任せ、いや、私が会議が嫌で抜け出すようになったせいで人任せになったんだけども、にしていたせいで、どうも実感がない。

 それに、その大半は手つかずの荒れ地だしね。

 とはいえ、それも新型ゴーレムが量産できれば、開墾していける目途はついているのよね。

 まだ残っている亜人は亜人特区へ行ってもらって、知性のない魔獣はとりあえず捕獲して、どんどん開墾していこう。

 魔獣の動物園みたいなの作ってもいいかもね。安全が確保できるなら、それはそれで楽しそうだ。シースさんは間違いなく喜ぶだろうし。

 有用な魔獣が居ればグレルボアや綿毛虫みたく家畜化してもいいし。

「他の精霊様がたからすれば、羨ましがられていますよ」

 エルドリアさんの傍いた巫女さんがそう言った。

 この巫女さんは、名前なんて言ってたっけ、この修道院で祈りを捧げてくれていた人の一人なんだけどね。

 目の周りに少しクマが見えるのは、彼女がアンリエッタさんの妊娠を調べた人だったからと聞いている。

 そりゃ大変だったよね、次期エルドリアと言われていた人物が、巫女の資格を失う所か妊娠までしちゃってたとか悩むよね。

 この巫女さん、アンリエッタさんの妊娠のことを誰かに話していないか、これからも誰にも話さないで欲しいと、アレクシスさんのほうから確認と約束をさせられてたよ。

 かわいそうなくらい委縮してたよ。

 本来なら私がしっかりしてそう言う事もしなくちゃいけなかったんだろうけど、そこまで頭が回らなかったよ。

 そりゃそうよね、普通の人が魔術を一つ覚えるのだって大変だっていうのに、アンリエッタさんがそんな魔術を覚えているわけもないしね。

 ついでにその巫女さんがなんで、妊娠したどうかわかる魔術を覚えていたかというと、元々は医療班の巫女さんだったから。

 精霊神殿でも教会ほどではないけれど、病院といか診療所のような施設がある。

 そこの出身の巫女さんだったので一通りの医療系の魔術がつかえるんだとか。

 そんな巫女さんがいたこと、私は知りもしなかった。

 まあ、うん、少し人が急に増えすぎて、人を覚えきれてない感はある。これからはもう少し注意しとかなくちゃね、一応上に立つ者なんだし。でも私人覚えるの苦手なのよね。

 しかし、他の精霊から羨ましがられてるのか私。

 まあ、好き勝手が許されるいい身分なのはわかってるけど。

 それでも、前世の世界の快適さを思い出しちゃうとね、って感じはある。

 さすがに魔術という前世にないものがありはするけど、文明レベルが違いすぎる。快適さがさすがにね?

 特にこっちの世界は娯楽が少ないのよ!

 スマホが欲しい!

 インターネットが欲しい!

 ゲームしたい!!

 まあ、ないものねだりか。あー、あとご飯、白い白米が食べたいなぁ。

 お米だけは今のところ見たことも聞いたこともないのよね。

 私はパンも好きだからいいけど、たまにはお米とかお醤油なんかが恋しくなる。

 っと、ないものは仕方がない。前世と比べても仕方がないし、前世はひきこもりだったらしいから、多分、今のほうが充実はしてるはずよね?

 そうよね、なんせ私は他の精霊から羨ましがられてるくらいだもの、多分、多分、多分ね?

 でも私が知ってる他の精霊って、グリアノーラさんくらいなんだけど、その英雄の精霊さんは少なくとも私のことを羨んではいないよね?

「グリアノーラさんは、あんまり気にしてなさそうだけど?」

「あの方もまた特別な精霊様ですので。

 通常の精霊様方から見れば、イナミ様は羨望の眼差しで見られていますよ」

 と、先ほどの巫女さんをフォローするように、エルドリアさんが言った。

「それだけに、嫉妬しているものも多いがな」

 そう言ってきたのは、英雄の精霊グリアノーラさん自身だった。

 自分の話題が出て来たから来たのか、それとも羨望の眼差しで騎士団から見られることから逃げて来たのか、私のところへやってきた。

 ついでにというわけではないが、アレクシスさんも一緒だ。むしろただ単に、アレクシスさんについてきただけかもしれない。

「嫉妬…… されてるの? 私?

 ま、まあ、いいや、どうせ他の精霊と会う機会もないだろうし。

 それよりもさ、アレクシスさんとグリアノーラさんもさ、この生ハム食べてよ、そして素直な感想を聞かせてよ!」

 私がそう言うと、グリアノーラさんはため息を付き、アレクシスさんは優しく微笑んでくれた。

「既に頂いたよ、イナミ。

 ちょっと癖があるけど凄い美味だったよ」

「うむ、それには同意だ。大変美味であった」

 二人とも大絶賛っていっていい感じで褒めてくる。

 やっぱり美味しいって事なのよね?

「そっか、私だけか、癖が強すぎるって感じるの」

「確かに人は選ぶかもしれない味かもね。

 ただ間違いなく貴族連中には受けいられるだろうね。総大将や大神官ですら、褒めてたよ」

「あの二人がですか?」

 とグリエルマさんが驚きの表情を見せた。

「総大将がですか? あの美食家でも有名な?」

 と、エルドリアさんも続く。

 騎士団の総大将、あのおじいちゃん、美食家なのか。

「うん、二人とも褒めていたね。

 総大将のほうはハムなら持ち帰れるんじゃないかって騒いでたよ」

 そうか、そんなに気に入ってくれるなら、まだ数匹いるし一匹ぐらいお土産にあげてもいいかも。

「ハムは今出してる分しか作ってないよ。

 うーん、特別に育ててるグレルボア、一匹ぐらいなら譲れるけど?」

「総大将に貸しができるのは大きいですね。譲れるなら絞めてからお渡しいたしましょう」

 私の言葉に、グリエルマさんがすぐにそう付け加えた。

「え? 生きたままじゃダメなの?」

 と、疑問に思ったので聞き返すと、

「グレルボア自体がまだ貴重ですし、他の地域にはいない魔獣です。

 独占しているのをわざわざ手放すようなことは……」

 と、最後のほうは言葉を濁しながら言った。

 まあ、そうかもね。貴族からの援助がそれほど期待できなくなるって話だし、お金を儲けれるところは多いことに越したことないよね。

 どうも話を聞いていると金の塊のような価値になるらしいし。

「ああ、うん、お任せするね。政治の話は」

 私がそう言うと、グリエルマさんは少しだけ苦笑した。

「政治というよりかは商売の話ですけど、お任せください。

 貴族の援助などなくとも、このイナミ様の領地を豊かにして見せます」

 グリエルマさんはしっかりとした決意でそう言ってくれた。

 なんか人任せで申し訳ないです。私が一から十までやると、大体赤字になっちゃうんだよね。

 大体の理由が、安く売りすぎって理由で。

 人件費とか手間暇とか、そう言うのまで計算していくのがめんどくさくて、どうしてもどんぶり勘定にになってしまう。

 うん、お任せしよう、そうしよう。

 私が他人任せの決心を固めていると、アレクシスさんが何かを思い出したように告げてきた。

「ああ、そうだ。ニコラもイナミと会って心が折れたみたいだよ。

 もうイナミ達には手を出さないとボクと約束してくれた。

 報復も甘んじて受けるとのことだ。

 ニコラは首を差し出すつもりでいるけど、できればでいいんだが……」

 と、少し真剣な表情を見せてアレクシスさんが言ってきたが、言われるまでもない、首なんか貰っても仕方がないんだから。

 そう考えるならお金貰うのが一番なのかな。

「えぇ、首なんていらないよ。確かにイリーナさんに怪我させたのはムカッてきたけど。

 それもそのうち考えるから」

 そう、そうだよね、こちらには負傷者は出たけど、結局、死者は出なかったんだ。

 もう襲って来ないって言うなら、その首謀者とはいえ命まで奪うようなことはしたくはない。

「わかった。イナミの思うようにしてくれて構わない。

 にしても、貴族の地位をなくすだなんて、また凄いことを考えたね、イナミは。

 でも素晴らしい考え方だと思うよ、ボクは支持するよ」

 私の言葉に納得したのか、アレクシスさんは話を変えてきた。

 まあ、組織のトップが変わるとなると、大変そうだしね。

「貴族の地位をなくすんじゃなくて、とりあえず、みんな平等にって感じなんだけどね。

 結局色々考えていくと平民寄りの権利に落ち着いちゃうのよね」

 これも私が案だけ、というか前世の地球ではこうだった、と話しただけで、後はグリエルマさんが上手くまとめてくれたんだけどね。

 ほんとグリエルマさんには頭が上がらないよね。

 よくもまあ、本当に私の思い付きやあやふやな言葉をぽんぽんと現実にできるもんだ。

「進出予定だった貴族が数名取りやめたいって話をボクのほうへも来ているんだけれども大丈夫かい?」

「はい、想定の範囲内です。

 それにより貴族以外の人員は、より多く流れてくると考えていますので。

 特に商人などは多く参入してくると予想しています。

 この領内では貴族に上前をはねられないのですからね、もちろん税金である程度は押収しますが、他の領地からすればそれでも十分に安いですし、こちらにしかない様々な商材もありますので問題ないです。

 何よりゴーレムの存在が大きいのでどうにかなると思います。量産できるようになれば、他の地域にはまず負けはしません」

 グリエルマさんは確信があるのか、それとももう裏で手を打っているのか、自信ありそうだった。

 グリエルマさんも二十代前半なのに有能過ぎない?

 私、前世で何歳くらいだったんだろう? なんとなくだけど十代後半だったとは思うんだけど、数年でグリエルマさんのように振舞えるかと言うと絶対にむりだよね。

「そうか、この様子からすれば心配ないとは思うが、もし金銭的援助がいるなら言ってくれ」

「はい、助かります」

 と、グリエルマさんが微笑んだ。

 まあ、グリエルマさんのことだから、アレクシスさんを頼ったりはしないだろうけど。

 けど、領主に金銭的援助できるってことは、どれだけお金持ってるんだろう、この英雄さん。

「アレクシスさんってお金持ちなの?」

 気になったから素直に聞くと、アレクシスさんは少し照れ臭そうにしながら教えてくれた。

「いや、うん、なんていうか、ボクはあんまり使わないだ。

 そもそも、ありがたいことに、どこへ行っても歓迎してくれるからね。

 だから貯まる一方でね」

 あー、確かに。

 長年にわたり人類を魔王から救っている英雄から金を取ろうとする輩はそうそういないか。

「アレク様の資産は王都を丸々買えるほどですよ」

 グリエルマさんの言葉に、一瞬だけ理解ができなかったけど、すぐに分かった。

「え? ああ、そうか、生きてる年数がそもそもなのかぁ」

 そう、アレクシスさんは好青年の見た目だけど、こう見えて千年以上生きている神様だからね。

 しかも、何度も世界を救っている大英雄だ。そんな人がお金を持っていないわけがない。

「うん、こう見えておじいちゃんだからね」

 そう言ってアレクシスさんは再び照れたように微笑むが、どう見てもおじいちゃんには見えない。

 なんか、こう、あんまり大人ぽくない、というか、大人の無慈悲さとか汚さとか、そう言ったものをあんまり感じれない。

 いや、実際にはアレクシスさんは非情というか非情にならざる得ない人なんだけどね。

 不思議とそういった物を感じれないんだよね。不思議な人だ。


 こうして私の心配ごとは大体杞憂で終わって夜が更けていく。

 明日早朝にはエルドリアさん一行と大神官一行は王都へと帰るらしい。

 まあ、新年そうそうで、神殿や教会の行事もあるのに、開領式典に来てくれただけでも感謝だよね。

 ついでに騎士団の総大将は一週間ほど滞在していく予定らしい。

 新年の休暇をここで過ごすことにするんだとか。

 グレルボアとかムーの乳製品がとても気に入ってくれたらしい。

 ガーの肉は酷評だったけど、卵のほうは気に入ってくれている。

 それでも綿毛虫を餌として送ってからは、大分肉の味も良くなってきてはいるんだけど、まだまだなのよね。

 ああ、そう、そうだ。綿毛虫の繭の中身をさ、繭の糸を取った、まあ、中身よね。

 それを乾燥させてガーの餌として送ってるんだけど、なんか亜人の人たち、それをスナック感覚で食べちゃってるらしい。

 いや、まあ、うん、いいんだけどさ。見た目的にも、こう、納得できちゃうけど。

 ちゃんと食料も送って食事困っているということはないらしんだけど、なんか亜人の人達の中で大ブームらしい。

 好き好んで食べてくれている分にはいいんだけどね。今年からは大量に出てくるもんでもあるしね。

 けど、あれを食べちゃうかぁ…… かなり気持ち悪いんだけど。

 蜂の子みたいな感じなのかしらね?


 まあ、うん、確かにグリエルマさんお言ってた通り私が想像していたような血の惨劇になる様なことは起きなかった。

 良かった良かった。

 アンリエッタさんは王都へ戻るのかもしれない、と思ってたけど、こっちに残るらしいし、アレクシスさんの意見に最終的には概同意してくれたようだ。

 その代わりの条件に生まれてくる子の代わりの肉体に、精霊の物を用意してくれるなら、という事だったけどね。

 今のところアレクシスさんもグリアノーラさんも、魂だけ空いている精霊の肉体なんてものに心当たりはないらしいけど、なんとか探し出さないといけない。

 まあ、その件はイシュから思わぬ報告を受けたんだけど、それはちょっとだけ先の話で結果的に意味あるのかって話だったんだけどね。

 とりあえず新年そうそう異世界での初の元旦は無事に乗り切ることができたよ。一安心だよ。

 私ももう領主様だよ。それで何が変わるってわけでもないんだけどね。

 お飾りのだし。

 しかし、とりあえず心配事がなくなるのはやっぱりうれしい!!

続きはたぶん一か月後くらい。



誤字脱字は多いと思います。

教えてくれると助かります。

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