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異世界転生したら吸血鬼にされたけど美少女の生血が美味しいからまあいいかなって。  作者: 只野誠
第三章:異世界転生して世界の反対側への遠出で町は波乱万丈

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異世界転生して世界の反対側までやって来て亡霊と出会い刺客と出会い。

 山の魔神テッカロス。一つ目の巨人。

 その権能は不明のままらしい。

 アレクシスさん達との戦いでも権能らしい権能は使ってこなかったそうだ。

 噂では山の魔神テッカロスは、山を作ることができる権能で、世界山脈を作ったのがテッカロスなのだと言う説があるほど強大な魔神だったらしい。

 これは本当に噂程度のもので真相はわからないのだけれども。

 権能の話は一旦置いておいて、とにかく肉弾戦が好きで巨大なハンマー片手に怪力任せで突っ込んでくるような戦い方を好んでいたとか。

 その肌は岩よりも固く鋼の刃すら通さず、大魔術でさえ大した効果も与えられないという。

 また騎士団が総力を上げて波状攻撃を仕掛けた際、丸七日間戦い続け騎士団のほうが耐えきれず撤退したらしい。

 コロシアムから逃げる者には手をださず、「また戦いに来い」と叫び、豪快に笑うという。

 とにもかくにも戦い好きな魔神らしい。

 だからと言って何年もの間、戦い続けるって色々とおかしい。

 はやり魔神という存在は私の想像を絶する存在みたいで常識、特に私の前世の常識では考えないほうがいいのかもしれない。


「やっと着いたわね、コロシアム…… 跡地?」

 跡地。そう、まさに跡地だ。

 なんかこう、コロシアムというか、野球のスタジアムぽい物があった痕跡はあるけど、そのほとんどが破壊されていて原型を留めてはいない。

 ただ中央には広く踏み固められた場所があり、それを取り囲むように観客席のようなものがあったのは、なんとなくその残骸からも推測できる。

 今はもう端っこのほうとか雑草が生え始めていて、何と言えないもの悲しさが漂っている。

「ええ、激しい戦いがありましたからね」

「とりあえず今はお昼だし、亡霊ぽいものは確認できそうにないね」

「うむ、夜にしか現れないそうだ。それも毎夜と言うわけでもないらしいしな」

 でも、テッカロスの話を聞く限りでは、死に際とはいえ死の呪いを掛けるようなタイプにはあまり思えないんだけど。

 まあ、話を聞いただけの私の勝手な想像なんだけれどもさ。

 だって、戦意を喪失して逃げる相手は見逃していたっていう話でしょう?

 そんな魔神が死に際とはいえ相手を呪うだなんて。

 しかも止めを刺したアレクシスさんを呪うのではなく、味方の守りに徹していたグリエルマさんをわざわざ呪うと言うのは少し引っかかるものがある。

 ついでに、グリエルマさんから出ている縁の糸は、コロシアム中心の上空へと続いているが、途中から薄れていき見えなくなっている。

 とりあえず、ここに何かがあることは事実のようだし、このまま夜を待つしかない。

 馬車と言うか戦車は、少し離れた位置に置いてきた。

 馬車を引くゴーレムをもし壊されでもしたら、イナミの町に帰るのにどれだけ時間がかかることか。

 戦闘用ゴーレムのはずが今は牽引用ゴーレムみたいな感じになってしまっているけど相手が相手なので仕方がない。

 久しぶりに馬車から降りたせいか、まだ地面が揺れている感覚に襲われながらも、日が落ちるまではまだしばらくある焚き火を起し軽く食事をする。

 純粋な精霊のグリアノーラさんが食事をするかどうか、わからなかったけど炙ったグレルズボアの干し肉を渡したら美味しそうにかぶりついていた。

 ちょっとワイルドな食べ方だけど、雄型の今のグリアノーラさんだと様になっている。

 イシュが何か食べているところは、今まで見たことないから私のような混血ではなく純粋な精霊や妖魔は物を食べないかもと思ったけど、そんなこともないらしい。

 でも、よくよく考えれば私もまだ開拓村の初日に歓迎の宴で食べ物出してもらってたっけ。

 今もだけど混血種ってことは隠したままなんだけど、あの時のことを考えれば、普通の精霊も食事を普通にするってことよね。

 なんだか、あの頃が凄い昔に思える。

 そんなことを思いつつも一応魔神と対応の準備をしておかなくちゃ。

 私は話し合いで済めばいい、とは思ってるけど、どうなるかわからないよね。一応戦いの心の準備だけは終わらせておかないと。

 備えて亡霊に効果のある魔術、幾つか頭の中で用意しておく。

 邪気払いや瘴気滅封の魔術なら実体がなさそうな亡霊相手にも効くのかしら?

 とりあえず焚き火で沸かしていたお湯が湧いたので、お茶を入れみんなに配る。

 私がお茶お入れ出すと、グリエルマさんが慌てて変わろうとしたけど断った。

 お茶の入れ方にはこだわりがあるのだ。ついこの間からだけど。

 とはいえ、私のやってるこだわりとは、ただのごっこ遊びで聞きかじりの半端な知識によるものだ。

 これでお茶が本当に美味しくなるとは、自分でも思っていない。

 とりあえず茶葉を蒸らす。蒸らす…… 蒸らす…… あー、これしか知らなかったわ、私。

 そんな感じで、台無しにされている可能性大の緑茶を木製のコップに入れて渡す。

 湯呑とかないからね、仕方ないね。それにあんなに揺れる馬車に備え付けなんだ、陶器製の食器だなんて持ってこれない。

「なんだ、この緑色のものは? これは茶なのか?」

 緑茶を渡されたグリアノーラさんが奇妙なものを見るように緑茶を見ている。

「私もはじめ見たときはびっくりしましたが、飲んでみると美味しいですよ、オススメです」

 すかさずグリエルマさんがフォローを入れてくれるが、彼女が緑茶を気に入ってくれることは本当で、度々その茶葉を貰いに来ている。

 来年からはこの緑茶もっと作ろう。作り出した時期がもう冬に入ってたから、ほとんど作れなかったのよね、その上で試行錯誤もしちゃったし。

 今年つくったのは試作品で量もあんま作れてないのよね。

「緑茶って言うものだよ。再現するのにすんごい試行錯誤したよ、中々思った通りにならなくてさ。

 摘んですぐ蒸さないといけないとか、私、知らなかったのよね。しかも割と短時間蒸すだけでいいだなんてね。

 蒸した後もすぐ冷やさないといけないしで、ほんと再現するのに試行錯誤しちゃった逸品よ」

 私が苦労した、と言っても私は前世の頼りない知識を元に指示を出していただけだけど。

 主に苦労していたのは、私の指示に翻弄させられながら作業していたパティちゃんとヴィラちゃん、そして、新しく聖歌隊の見習いになったミア、ミイ、ミウの三人だ。

「ん? 再現?

 どっかの地方のものなのか?」

 グリアノーラさんが緑色のお茶に戸惑い、コップの中のお茶を持て余している。

 試行錯誤した結果、かなり綺麗な緑色のお茶に、というか、失敗した茶葉を乾燥して細かく粉にしたものを混ぜているので、かなり綺麗で濃い色の緑色なのだ、躊躇するのもわかる。

「ああ、うん、私が前世でよく飲んでいたお茶かな」

 私がそう言うとグリアノーラさんの眉がピクンと跳ね上がった。

 気に入らないとかそういう感じではなく、興味深いと言ったそういう感じがする。

「ほほぅ、ということは、神の世界の物か、なるほど、頂こうか」

 そう言ってグリアノーラさんは、香りを確認した後、恐る恐る緑茶を口に入れた。

 口の中でゆっくり味わった後、ごくりと音をたててお茶を飲み込んだ。

「香りは紅茶に劣るが、うむ、悪くはない。

 ただここまで緑色なのは、ちょっと薬湯を思い浮かべてしまうな。

 いや、一度飲んでしまえば問題ないのだがな」

 妙な表情をしつつも、緑茶を啜り頷いている。

 言葉通り、見た目はともかく味は気に入ってくれたようだ。

「確かにそうですね、慣れるまでちょっと違和感がありますよね。

 でも、わたくしはこのお茶最近はまっていて自分の執務室でも入れてもらってます。

 飲みなれてくると、凄いホッと安らぐんです、仕事の休憩にぴったりですね」

「うんうん、なんだかホッとするよね。こっちの世界にも茶葉があって良かった。

 一応紅茶とかよりも健康にいいって言われた気がする、私も又聞きくらいの知識だけどね。

 ハーブティみたいなのだけじゃなくて、紅茶もあったから行けるかもとは前々から思ってたのよね」

「ん? 紅茶が関係してるのか?」

 グリアノーラが身を乗り出して聞いてきた。

 この人、いや、この精霊さん、お茶好きなのかな? さっきも香りがどうとか言ってたよね。

「なんでも製法が違うだけで原料の茶葉は同じものなのらしいのですよ」

 緑茶を紅茶のように優雅に飲みつつグリエルマさんが答えた。

 確か烏龍茶も同じ茶葉から作れるはずよね。

 そっちもそのうち? ああ、でもまだ茶葉があんまりないのよね。

 また葉をつけてくれるまで待たないと。

「なるほど、それで先ほどの摘んですぐに蒸すっていう話になるのか」

「あっ、これ内緒だから話さないでよ!

 これも結構な収入源になるんだからね。

 このお茶作るのに、苗木から買ったから結構なお値段かかってるのよ」

 私が何かしようとしても、ミリルさんはオールオッケイだからなぁ。

 私に害があるようなこと以外、基本ミリルさんは止めようともしないし。

 だからかなぁ、最近少しお金使いすぎてる気は自分でもするのよね。

「将来的には元は取れそうですけど、あんまり勝手に予算を……

 いえ、良いんですけどね。

 でも一声かけてくれればもっと協力できることもあるんですよ」

 グリエルマさんはそうって難しい顔をした。

 私の行動を縛りたくはないけども、あまり予算を勝手に使ってほしくないのかもしれない。

 お金を使うことに怒っているのではなくて、予算を勝手に私が使うことで、予算を組みなおさなくちゃいけないのが頭痛の種なんだと思う。

 今は特に、年明けの開領式の準備で忙しそうだからね。

 毎日予算を組みなおしている暇なんかないはずだし。

 と、そう言うことがわかってて無駄使いしてしまう自分を少し律せねばならないかもしれない。

「グリエルマさん忙しそうだったから、それに苗木、というか結局若木になったんだけど、ミリルさんの実家に伝手があるって言ってたので……」

 いや、勝手に予算使っちゃって悪いとは思ってるんだけどさ。

 せっかくある地球の知識を使いたくなる気持ちがどうしても抑えられなくてね。

「ハイセンエム家の伝手ですか?

 だとしたら一流の茶葉ですね。確かにあの家で関係のあるお茶農園ならイナミの町と同じような気候ですし……」

 なにか納得しているような表情をしてはいるが、指も一緒に何かを数えるように動いている。

 おおよその掛かった費用を計算しているのかもしれない。

「あ、いや、実は茶畑用に温室作っちゃった!」

「え? 修道院のハーブ園内にですか?

 温室? ああ、だからガラス代があんなにも……」

 とグリエルマさんは驚いた顔をしている。

 今のところガラスは取り寄せるしかできないしね。私が作り方知ってたら良かったんだけど、そんなの知らないし。

「うん、苗木持ってきてくれた農家のおじさんが、ここだと霜がきついかもって言ってたから、急いで……」

「いえ、いいんです、良いんですよ。ああ、大量にガラスが買われていたのは温室用ですが……

 そうですよね、ガラス代であれだけ使われていたから聖堂のほうかと思ってましたが、温室、温室ですか、いえ、良いんです、良いんですよ」

 確かこの世界のガラスって大きさによって全然値段が違うのよね。小さいものであればそれほど大した金額ではないんだけど、大きければ大きいほど値段が跳ねあがってくるのよね。

 それを知らずに、温室だからガラス張りでってお願いしたからなぁ。

 あの時ミリルさんの顔が一瞬真顔になった意味が後でわかったのよね。

 まあ、ミリルさんはそれでも即OKしちゃうんだけどね。

 金額後から聞いて、私も真顔になったよ。それ先に言ってくれれば、ガラス製の温室なんかさすがに建てないって。

 ぶっちゃけ気温なんて魔術でどうにでもなるんだし。

「う、うん、まずかった?」

「いえ、大丈夫、大丈夫です。

 その後の緑茶の売り上げは物凄く順調ですので、年明け早々には黒字になるはずでしたし……」

 確かに超高級茶、というか霊験あらたかなお茶として、凄い値段で取引されてるって聞いた。

 一番できのいい茶葉が砂金が同じ重さで取引されたなんて話も聞いた事あるほど。

 でも、もうないのよね、お茶っ葉。

「緑茶の在庫、もう売るほどはないよ」

「へ? そ、そうなんですか?」

 グリエルマさんの顔から表情が抜け落ちた。

 こんな表情初めて見たかもしれない。

 あれ、そんなに財政難なはずはないんだけどなぁ。

 まあ、私の知らないところで色々費用かかってるらしいけど。

 費用の話を昔聞かされたことあったけど、難しくて聞き流しちゃったからなぁ。

 ただその時も人件費ってこんなに高いんだって印象しか残ってない。

「うん、試行錯誤している間にけっこう茶葉無駄にしちゃったからね。

 若木を持ってきてもらって、それから試行錯誤したからそもそもの茶葉の量がなかったのもあるけど。

 春になって新しい葉っぱをつけるの待ってね、きっとそっちの方が美味しくなるはずだからさ」

「あ、はい、だ、大丈夫です……

 戻ったら予算の調整を……」

 私達のやり取りを見ていたグリアノーラさんはしみじみと緑茶を堪能した後、

「わかった。緑茶の製法は決して口外はしないことをこの茶に誓おう」

 と、言ってくれた。そして続けてこんなことも言い出した。

「ああ、そうだ、言い忘れていたがアレクが精霊領の開領式には顔を出すと言っていたぞ」

「え、アレクシスさんくるの? なら、アレクシスさん来るの待っていたら良かったじゃん」

「いや、エルドリアや大神官と共に一、二日滞在して、開領式だけ顔を出したらすぐ王都へ戻ると言う話だ。

 ゆっくりしている時間はないらしい」

 んー、それでもさぁ、ちょっとコロシアムまで、って、うん。ここはイナミの町とは世界の反対側の位置だった。

 精霊都市というか精霊領だものね、世界最大規模の精霊が支配する地域になるんだから、そりゃ忙しくても顔は出さないといけないのかしらね。大英雄さんも大変ね。

「エルドリアさんは戻って来るの聞いてたけど、大神官ねぇ。刺客を差し向けたっていう?」

「恐らくはですが、開領式にオスマンティウス神を不在に、もしくは代理領主のわたくしを亡き者にしたかったのかもしれませんね。

 そうすることで新勢力の威信と信頼をなくすのが目的なのだと、今は考えています。

 教会も生き残ることに必死です。ただだからと言って道を踏み外していい理由にはなりません」

 グリエルマさんはそう言って厳しい表情を見せた。

 教会の聖女、彼女がそう名乗れる日は近いうちに来なくなるかもしれない。

「グリエルマは教会とは袂を分かったのか?」

 表情も変えずにグリアノーラさんが訪ねた。

 その視線の先はお茶しか見てはいない。

「ええ、わたくしの中ではもう既に。向こうがどう思っているかは存じあげませんが、既に快くは思ってないはずです。

 しかも、イナミ様の精霊領内では貴族の地位も平民の地位も等しくなると、知られればより反感を買うことになるはずです。教会は今や貴族の連合勢力ですからね、彼らからしてみればとんでもない法ですよ。

 まあ、教会どころか貴族全体から大反感を買うことになると思いますが。

 けれども、意外とこちらには都合がよくて、ほぼ貴族の進出を防ぐことができるようになりますので。

 貴族のしがらみを気にしなくていいのは、新しい領地では素晴らしい事ですよ。

 って、グリアノーラ様申し訳ございません、このことは知識の環とかいうものには……」

「分かっている。

 この辺りには小精霊もいないし、知られるようなことはないだろう。

 先ほどの緑茶の作り方とかも聞かなかったことにしておく」

「ありがとうございます」

 日本にいたころは、多分、政治になんか興味なかったと思うんだけど、随分と血なまぐさいのね、政治って。

 まあ、王様とか貴族とかが実際にいる世界だもんね。

 そもそも警察とかそういった組織とかも存在してなくて、大きい都市では騎士団、騎士団がいないような場所では領主の私兵が、更に田舎で領主の兵がいないような村などでは自警団が、警察のような役割もこなしているそうな。

 そりゃ血なまぐさくもなるし、暗殺の老舗があるくらいだものね。

 根本的に私がいた世界とは違うんだ。気をつけなくちゃいけない。私は平気でも私の周りの人たちが危険に晒されることはあるんだから。

 というか、既に何とかっていう暗殺の老舗を差し向けられているって話だし。

 町のほうのみんなは大丈夫かしらね。何事もなければいいんだけれど。




「結局襲撃者の目的は、オスマンティウス神が狙われていたといったこと以外はわからずじまいなのか?」

 隊長さんが難しい顔をしながら口を開いた。

 ここは修道院の客室だが、今はイリーナ様の病室でもある。

 なんだかんだでここの守りは厳重だ。修道院に篭っていれば早々襲われもしない。

 なんせイシュヤーデ様がいるからな。

 まだイリーナ様が安静にしていなくてはならないので、自然とこの部屋に集まって会議のようなものが始まるのが恒例化しつつある。

 怪我人のイリーナ様には迷惑だろうが、少しでもオスマンティウス様と一緒に居たいイリーナ様にとっては特に問題ないようにも思える。

「ああ、護衛をイシュヤーデ様に任せて、この町を毎日駆けずり回ってるけど、まだ痕跡すら見つけられない」

「本当にもう一人いたの? アザリスの勘違いじゃない?

 でももしいたら、わたしがエッタの敵を打つからね」

 オスマンティウス様が私に怒った顔を向けながらそう言った。

「あの、神様。一応私はまだ生きているんですが?」

 目に包帯を巻いたイリーナ様が抗議の声をあげた。

 包帯を巻いているのは目を怪我したからではなく、魂の状態を見ることができるという奇跡の目を開眼してしまった事による対処らしい。

 どうも魂の状態を光の強さと色で見れるらしいのだが、その状態でイナミ様のような規格外に強大な魂を見てしまった場合、眼がつぶれてしまう可能性があるので、その対処とのことだ。

 イシュヤーデ様が用意した魔道具で魔眼の類を封じるための物らしい。

 そもそも急に開眼した魔眼、いや、神眼か? だ。目に負担がかからないわけがない。

 徐々に慣らしていくほうが良いらしい。

 包帯を巻いてはいるが視界は普通に見えるとのことだけど、完全に覆われていている状態で隙間から見えているわけでもない。

 一体どういった原理なんだろうか。

「でもエッタまだ寝たきりじゃない!」

 オスマンティウス様が悲鳴のように声をあげた。

「すみません、刺された箇所がどうにも……」

 本当に申し訳なさそうに、イリーナ様が謝ろうとしているところに、オスマンティス様が優しく抱き着き、

「ああ、いや、怒ってるけどエッタにじゃないのよ!

 許せないのは襲撃者のほうよ! エッタは完治するまで安静よ! 絶対よ!」

 と、声を掛けた。

 精霊鋼で傷つけられた傷は見た目は治っても、その痛みは簡単に引くことはないらしい。

 それどころか無理をすれば、魔術で塞いだ傷口でさえ開くこともあるんだとか。

 特にイリーナ様は急所を刺されている。未だに安静にしておかなければならない状態だ。

「はい、神様」

 と、イリーナ様も返事はするものの、やっぱり申し訳なさそうにしている。

 精霊鋼で刺された傷は本当に厄介だ。完治しない可能性だってあるし、痛みも生涯残る可能性が高い。

 いや、完全に急所を刺されていてた、一命を取り留めたことさえ奇跡に近いくらいだ。

 即死しなかったのは単にイナミ様の魔力を間接的にだけれども、流れて来ていたおかげに過ぎない。

 そういう意味では、空の盟約の魔術だったけれども、役に立っていたんだと思う。

 あの盟約の魔術が無かったら、イリーナ様は助からなかっただろう。

 同じく精霊鋼で刺されて、ピンピンしている隊長さんのほうがおかしい。

 再生者とはいえ、肉体だけではなく魂または精神まで影響を及ぼすのが精霊鋼だ。いくら再生者と言えど無事なわけがない。

 まあ、隊長さんはやせ我慢している可能性はあるかもしれないし、秘伝とやらの再生の魔術で痛みだけでも抑え込んでいるだけなのかもしれないが。

 ただしイリーナ様の話じゃ隊長さんも刺された場所があまり良くないって話だし。

 イリーナ様の眼はそう言ったものも見て取れるらしい。

「確かに現場を我も見たが、こちら側の人間の他に三人分の魔術の痕跡があった。

 アザリスの見立ては正しいだろう」

 イシュヤーデ様も私の意見に同調してくれた。

 そして、この大妖魔が言うんだからそうなんだろう。

「イシュヤーデ様でもその痕跡追えないのです?」

 私がそう質問すると、主の姿をしたイシュヤーデ様は少し難しい顔をした。

「巧妙に隠されている。アザリスの言った通りかなりの手練れだ。

 また痕跡をたどられるのも想定された動きをしている。

 下手にたどれば我のいないその隙に再度襲撃されかねぬ」

 その言葉を聞くとイシュヤーデ様の元から狙われているオスマンティウス様を離すのは危険だ。

 あの襲撃者から確実に守れるのは、今のところイシュヤーデ様くらいだ。

 相手が一人だけなら、私でも今度こそ倒せる自信は……

 正直ない。

 後からあの戦いを思い出してもよく生き残れたな、と言う感想だけだった。

 あの時だって隊長さんが身をていして割り込んでくれなかったら最終的に殺されていたのは私のほうかもしれない。

 それに、相手が三人ではなく四人だった場合は? 五人の可能性だってあるし、それ以上の人数の可能性だってもちろんある。

 そう考えると、イシュヤーデ様の元を離れるのは、やっぱり得策ではないのだろう。

「しっかし、凄い相手だった。

 なんだよ、あの体術と幻術、正直化け物じみてるよ。

 それになんでゴーレム達は加勢してこなかったんだ?

 あのゴーレムになら幻術は効かないんじゃないのか?」

「ああ、それなんだが、こんなものが現場にあったそうだ。騎士団の連中が見つけてくれた。

 何かの魔術の後だろうが、既に印が崩れてはいるが、イシュヤーデ殿ならわかるか?

 私ではどんな効果だったか判断できない」

 そう言って隊長さんが一枚の黄色い紙きれを懐から出した。

 それをイシュヤーデ様が受け取ってまじまじと観察した。

「印術の護符の一種か、効果は失っているが魔力感知妨害の物だ。

 これが動作しているならば、付近のゴーレムなどは何も気づきはしまい。

 これは…… 込められた魔力が尽きて術式自体自壊しているが、術式自体は非常に高度で強力なものだ。

 恐らく込められていた魔力も相当な物。

 我が主ならこの状態からでも詳しいことがわかるかもしれない。

 これは人間がおいそれと作れる物ではない、精霊、いや、術式の傾向と魔力の残滓から見て妖魔が作り出したものだろう」

 妖魔が作った護符に、精霊鋼の武器、相手にはかなり大きな後ろ盾があるとしか思えない。

 が、一つ分かるのは、わざわざそんなもの用意するってことはさ。

「それって、こちらのゴーレムのことが相手にばれてたってことか?」

 私がそう言うと、隊長さんがゆっくりと首を横に振った。

「いや、このゴーレムはそもそもイナミ様が作ったものではなく、夕闇の魔女のものをイナミ様が乗っ取った物だ。

 大戦に初期から参加している者なら割と知られているものだ。

 この町でゴーレムが使われていることは王都でも知られていることらしいので、そこはあんまり問題じゃない」

「え? ゴーレムって乗っ取れるものなか?」

 隊長さんの言葉を疑うわけじゃないが、ゴーレム、つまりは魔導人形が作成者から支配を逃れたなんて話は聞いたことがない。

「我が主なればこその偉業。他の者には出来ぬ」

 イナミ様の姿で、眼を見開きニタァと笑うのは迫力があるからやめて欲しい。

 悪の大幹部か悪魔そのものに思えてしまう。迫力がありすぎる。

 まあ、ある意味本物だから仕方がないのかもしれない。

「にしても精霊鋼の刃だなんて、教会くらいでしか手に入らないだろう?

 だが妖魔の護符となると、それも怪しくなる。

 さすがに教会も妖魔と手を結ぶようなことはするはずないだろうしな」

 そう言って隊長さんは少し考えこんだ。

「入手場所が別とか? 精霊鋼は依頼主の教会から、護符は襲撃者の自前とか?」

「そうが考えるのが妥当か。どちらにせよ、オスマンティウス神が狙われていることは確かなので、お二人はこの修道院の中と言うか、イシュヤーデ殿の目の届く範囲に居てください。

 イナミ様が帰ってくれば物事は好転するでしょうし」

 隊長さんの意見はもっともだ。

 ただあの襲撃者、失敗した次点でもうこの町から撤収している気がする。

 あまりにも痕跡がない。

 まあ、気がするっていうだけで確証はなにもないんだけど。

「我もその意見に賛成だ。留守を任せられたにもかかわらず、我が主の友人に怪我を負わせられた失態を犯した。

 これ以上失態を重ねる訳はいかぬ」

 まあ、このまま主が帰ってくるのを待つほかないか。

 主が帰ってくれば、あの襲撃者も尻尾を巻いて逃げるしかないだろうし。

 あの魔力量だけで、もはや人が、いや、人類がどうこうできる存在じゃないってのはすぐわからな。




 グリエルマさんがふらふらと立ち上がった。

 既に日は落ち辺りは夕闇に支配されている。

「だ、大丈夫? まだ休んでいた方が」

 私が声をかけると、グリエルマさんは首筋を抑えながらもしっかりと立ち上がった。

「はい、問題はないです。あくまでこれは保険ですので」

「私的にはあんまり寛容出来かねる行為だが……

 まあ、今回だけはいかしかたあるまい」

 グリアノーラさんが不服そうに、心底不服そうにそう言った。

 まあ、そうだよね、私だってあんまり乗る気じゃない。

 そうこうしているうちに、月がゆっくりと上がってくる。

 月明かりに照らされたせいか、薄っすらとコロシアムの上空に、何もない虚空に、大きな一つ目の巨人の顔が浮かび上がってきた。

 これが山の魔神テッカロスの亡霊。グリエルマさんに呪いをかけた魔神。

 魔力は…… たいして感じない。

 それどころか邪気すら感じない、まるでなんだかの映像がそこに映されているだけにも思える。

「あれがテッカロスの亡霊……」

 それは僅かな魔力しか感じられないほど儚い蜃気楼のような存在だった。

 虚空に浮かぶ巨大で虚ろな顔には表情もなくただそこに存在しているだけだ。

 存在している、っという言葉も正確ではないかもしれない。

 半透明でどう見ても実体はなさそうだ、まさに亡霊っという言葉がぴったりだった。

 薄っすぺらいだけに思える亡霊からグリエルマさんに糸のようなものが伸びているのがわかる。

 やっぱり距離が関係あるのか、今は霊装を脱いでいないも関わらず、縁の糸が見える。

 やっぱりグリエルマさんが何らかの鍵なんだ。

「グリエルマさん、霊装を」

「はい」

 グリエルマさんが着ている霊装を一部脱ぎ、呪いの痣が見えた瞬間、縁の糸が白い光を伴ってしっかりと見えるようになる。

「これが縁の糸…… わ、わたくしにも見えます」

 縁の糸はグリエルマさんの痣と空に浮かぶ半透明の顔とをしっかりとつないでいる。

 糸と言うよりは、すでに光りの線に思える。

 そして事は起こった。

 それまで微動出しなかった亡霊の表情が動きだし、声を発した。

「ふむ…… やっとか。

 思いのほか時間はかかりはしたが、うまくいったようだ」

 微動出しなかった、まるで写真か絵のようだったそれが、命を得たように動き出した。

 まったく魔力を感じないわけじゃないが、動き出した今でもその魔力は微弱で弱い。儚さすら感じる。

 正直にいって初めて出会った時のオスマンティウス以下だ。

 塩の魔神グレルは死にかけではあるけれど、あれだけの魔力を持っていたのに対して、この顔だけしかない魔神の亡霊は、瀕死、いや、瀕死と言うか、なんというか、残り香というか、生前の名残、そういった生きていた痕跡のようなものとしか思えないほど脆弱だった。

 そうとはわかりつつもその魔力の微弱さから確認せずにはいられない。

「あなたは山の魔神テッカロスでいいの?」

 私がそう聞くと、

「いかにも。

 ただ今の儂は残滓にすぎぬ」

 と、しっかりした口調で答えた。

 とりあえずいきなり襲ってくることはなく話し合えはしそうだ。

「この呪い、あなたなら解くことはできるのでしょう?」

 グリエルマさんの痣を指さしながらそう聞いた。

「いかにも。

 ただしそれは呪いではない、ただの楔よ」

「楔? あなたがこの世界に留まるための楔ってこと?

 じゃあなんて命を吸い出すようなことを?」

 グリエルマさんは交渉を私に任せているのか、じっとテッカロスの亡霊を見据えていて口を開こうとしない。

 あんな状態の相手でも嘘を見抜けるんだろうか?

「それはただの代償でしかない。

 儂の魂を、この現世に引きとどめるために、儂を復活させるために使われているに過ぎない」

「なんと身勝手な」

 グリアノーラさんがそう吐き捨てた。

 それと同時にグリアノーラさんの怒りと魔力が高まるのを感じる。

 とりあえずまだ手は出さないでよ、相手どう見てもなんとかこの世界にしがみ付いているだけって感じで、ほんとうに儚げなんだし。

 ここで呪いを解く方法を失うわけには行かない。

「儂とて賭けじゃった。

 否、無に戻る恐怖に負けたのだ。

 故に儂は戦いにおいて死を望んでいたにもかかわらず、無に戻ることを拒否し生にしがみ付いてしまった」

「戦いで死を望んでいた?」

 嘘を言っているようにも思えないし、何よりグリエルマさんの反応はない。

 死を望んでいたというのは本当のことなのかしら?

 この山の魔神テッカロスからは、塩の魔神のような邪悪さを感じない。

 魔神にも色々と何か事情があったりするのかしら?

「いかにも。

 汚れ役を買ってみたはいいもの、想像以上にそれは醜悪であった。

 それに耐えれなくなった儂は山を降り、戦いにおいて死を、無に戻ることを望んでいた」

「汚れ役?」

「お主らは知らなくてもよい事。

 魔神となり果てたものは正気を保ってはいられない。ただの戯言と思え」

 汚れ役を買ってみた、確かにそう言った。

 魔神は、原初の精霊が望んで、何かしらの意思を持って堕落したということ?

 精霊王の命令? いや、それだと堕落した原初の精霊をアレクシスさんに倒させようとするのは意味が分からない。

 精霊王がサイコパスか愉快犯だったら? 戯れに命令したとか?

 でも、精霊王から貰った金貨から感じた魔力は、そう悪いものには思えなかった。少なくとも邪悪な意識とかは私は感じなかった。

 あんまり良さそうな王じゃなさそうだけど、さすがにそんな悪趣味なことはしないと思いたい。

「割と正気に思えるけど?」

「今の儂は残滓にすぎぬ」

 今は残滓だから堕落した影響をあんまり受けていないという事なのかしら?

 それは呪いを解いてもらう上で好都合じゃないかしら?

「この呪い、いえ、楔をなくすことは?」

「それはできぬ、儂は残滓なれど、小賢しくも生にしがみ付いた、それ故の残滓である。

 その楔を解くことは儂は無に戻ることと同義、故に儂には出来ぬ」

 むー、つまりこの亡霊はテッカロスの生きたいって思いのみが形になった存在って事なのかな。

 だから、生きるための楔であるグリエルマさんの呪いを解くことはしないと。

 解いてしまったら、太陽の神剣の力によりその残滓も霧散してしまうから。

「ではグリエルマを救う方法は?」

 グリアノーラさんがしびれを切らしたのか、そう問いただした。

 明らかに敵意を向けてはいるが、亡霊さんはまったく意に返してないようだ。

「ない。

 儂が魔神として再び力を取り戻すには、その娘の命だけでは到底足りぬ。

 故にその娘が助かる術はない」

「あなた死にたいって言ったり、力を取り戻したいって言ったりどっちなのよ?」

 それ、呪いを掛ける前にわからなかったのかよ、はた迷惑な奴だなぁ、もう。

「儂は本来は無に戻ることを望む、しかし、儂は生に固執する残滓なれば、力を取り戻すことを望む」

 あぁ、言っちゃえば、悪あがきと言うか、ダメ元って感じで、死にたくないって気持ちが呪いかけたって感じなのかしら?

 ほんと、はた迷惑な奴だなぁ。

「えっと、あなたが力を取り戻せば、グリエルマさんは解放してくれるの?」

「否。その娘が生き残ることは不可能。

 儂が力を取り戻し後、肉体を得るための最後の贄となる定めよ」

「はぁ? なにそれ、やっぱりなんというか邪悪よね」

「いかにも。

 儂は汚染されし魔神なれば、邪悪として存在する。故に無に戻りたいと願った」

「ダメだ、支離滅裂だ。どうする?」

 私がグリエルマさんに視線を向け、当の本人がどうしたいのか判断を仰いだ。

「大体わかりました。魔神の言っていることに多少の不合理はありますが、嘘は言っていません。

 イナミ様、当初の計画通りわたくしを殺してください。

 万が一にもこの魔神を復活させてはなりません。

 生に死がみつくこの残滓が元となって復活した場合、以前のようには行かないでしょう。

 この場でしっかりと止めを刺すべきです」

 一部の迷いもなくグリエルマさんはそう答えた。

「えぇ、でもなぁ……」

「儂を無に返すつもりか」

 そのやり取りを聞いていた魔神がそう聞いてきた。

 グリエルマさんが命を絶つのは、この亡霊にとって無に帰ることを意味するんだから、まあ、当たり前か。

「無に戻りたいんでしょう?」

 グリエルマさんがじっと虚空に浮いている亡霊の目を、一つしかない眼を見てそう問いただした。

「いかにも。

 ただ儂は生にしがみ付く残滓……」

「ああ、もういいよ。そもそも生き返って何がしたいのよ。

 死にたかったんじゃないの?」

 同じ回答になんかむしゃくしゃした私は魔神の答えを遮って別のことを聞いてみる。

「いかにも。

 それ故に山を降りた。

 だが儂はまだ戦いたい、太陽の御皇子との再戦を望む」

「太陽の御皇子、アレクシスさんのことだよね。

 結局は戦いなのか、やっぱり無に戻ってもらった方が良さそうだけれども」

 そういえば塩の魔神もやたらと美味しいもの食べたがっていたっけ?

 堕落したって、そう言った欲望にとりつかれているのかしらね。

 私だったら、怠惰と暴食とかかしらね?

 ああ、でも食は量はいらないのよね、美味しいものを少しでいいの。

「それもまた儂の望み」

「じゃあ、グリエルマさんを解放しなさいよ」

「それはできぬ、儂は残滓なれど、小賢しくも生にしがみ付いた残滓である。

 その楔を解くことは儂は無に戻ることと同義、故に出来ぬ」

「やっぱり支離滅裂というか矛盾だらけね、亡霊というか、残滓だっけ。

 どっちでもいいけど。

 私の魔術でどっかんってしちゃダメなのかしら?」

 まあ、これは冗談だけれども、どうもこの亡霊は思考が凝り固まってそうだし、呪いを解くような事はしてくれなさそうだ。

「ぬしの魔力ならば、残滓である儂を吹き飛ばすことは容易い。

 だが、儂には楔がある故無意味。その娘の死を早めるだけのこと」

 私の魔術でこの亡霊を吹き飛ばしても、楔があるから結局は戻ってこれるってことか。

 そしてその負荷はグリエルマさんにと。

 なんて厄介な奴だ。

「そもそも、なんでグリエルマさんに呪い…… じゃなくて楔を?」

「太陽の御皇子は王の魔法により守護されており、儂の魔法では通じぬ。

 故に一番可能性があったその娘に楔を打った」

「復活できないと分かっていても?」

「いかにも。

 儂は生にしがみ付く残滓なれば」

 やっぱりダメ元で魔法を使ったって感じなのか。

 まあ、でも、今こうして私と話しているってことは、まるっきりのダメ元ってわけでもないんだろうけど。

 いや、グリエルマさん以外の人だったら、ここまで生きながらえてはいないだろうしなぁ。

 彼女が生き延びて私と会えたのは、彼女が守護と癒しに特化した才能ある神官戦士だったことと、霊装と呼ばれる神器を着ていたからこそだ。

 どちらが揃っていなくても、私と出会う前にその寿命は吸いつくされ命を落としていたんだと思う。

「グリエルマさんが死んだら元もこうもないのに、もう!

 めんどくさいことしてくれるなぁ!

 死んだらこの楔は外れるのよね?」

「いかにも。

 その楔は魂に打ち込んでる故」

「やはりわたくしが死ぬのが一番です」

「えぇ…… わ、私は嫌よ?」

 とてもじゃないが、私にはグリエルマさんを殺すようなことはできない。

 いや、グリエルマさんだけじゃない、相手が人と言うだけで、殺すようなことなんてできそうにない。

「ならば私がやる」

 グリアノーラさんが意を決したようにそう言った。

 確かに魔神の復活を阻止するために命を断つのは英雄的行為なのかもしれないけどさぁ。

「一応準備はもう終わってるけど……」

 事前に仕掛けておいた魔術をチェックする、理論上は正常に作動するハズだ。

「儂を無に帰すためその娘を殺すか。

 今の儂にそれに抗う術はない。

 それと共に儂本来の望みでもある故、感謝を述べよう。

 故に褒美をくれてやる」

「褒美?」

 亡霊から思ってない言葉がでてきた。

 ゲーム好きな私はちょっと魔神からの褒美ってレアそうな存在に心踊ってしまう。

 こんな場面なのでいけないとはわかりつつも、ついね、つい。

「本当の災いは海から来る」

 が、褒美と言うのはよくわからないお言葉だった。

「海? 災い?」

「儂の盟友は目覚めぬ狂気の中にいる、共に無に返してくれることを願う。

 ただ奴は完全なる狂気の中にいるため、儂のように自ら死を望むことない」

「え? なに? それ褒美っていうか、それお願いごとじゃない」

 虚空に浮かんだ一つ目の顔はその目をゆっくりと閉じた。

 それから何を聞いても答えなくなった。

 無に返る覚悟でも決まったとでもいうのか。

 海から災い? これはもうアレクシスさん案件だ。

 あの人に丸投げしよう。そもそも私はこの世界に来てから海なんて一度も見てないし。

 海、海か。世界山脈ぶち抜いて海を目指そうって計画してたけど、やめたほうが良さそうかな?

「結局のところ、わたくしの呪いは死ぬことでしか解くことができないという事です。

 ならば、魔神の復活の可能性を少しでも無くすため、今ここでお願いいたします。

 ここでなら確認も容易いでしょう」

 グリエルマさんはさも当然のように、まるで他人後のように自らの死を望むことを述べた。

 特に決意があるとか、覚悟を決めた、とかそんな感じがあるわけではない。

 ただ淡々とそう言った。まるで明日の天気を気にするかのように、まるでなんでもない事のようにだ。

「確かにそうだし、準備も出来ているけどさぁ……

 私が血を吸い続けるじゃダメなの?」

「それでもかまわないのかもしれませんが、魔神の復活の可能性が少しでも残っている以上、選択肢はありません。

 このまま私が生き延びることで少しづつでも魔神が力を蓄えていったとしたら?

 そんなことは許してはいけません」

 グリエルマさんの言葉にグリアノールさんが同意した。

「迷いは後悔を生むだけだ。

 どちらにせよ、私はアレクシスにこのことを報告せねばならん。

 そうなるとアレクシスは恐らくグリエルマを否が応でも殺しにかかるぞ。

 奴にそんな役目を押し付けるわけには行かない。ならば私がその役を引き受けるまでだ」

 グリアノーラさんのいう事はわかる。

 アレクシスさんは魔王や魔神を滅ぼすように、精霊王によって信念というか精神を固定されている。

 それだけに、魔神の復活がかかっているとなれば、グリアノーラさんが言ってたように、アレクシスさんがグリエルマさんを殺す、なんてことは十分にあり得るのだ。

 魔神の復活があり得ないほど低い可能性であるとしてもだ。

 もしかすると、ある程度見越して今回の件、アレクシスさん本人は関わらなかった可能性さえありうる。

 その上で、私ではグリエルマさんの命を奪う事はできないだろうと、そこまで見越してグリアノーラさんを送り出したまである。

 もしアレクシスさんが直接亡霊からさっきの言葉を聞いていたら、グリエルマさんを殺していただろうし、グリエルマさんもそれを受け入れたと思う。

 けど、今は塩の魔神により、多少なりとも精神の固定にゆるみが生じている、だからこそ、本人はここに来ることを避けた。

 グリエルマさんの運命を私に託してだ。

 私なら救えるとでも考えているのかしら、あの英雄さんは。

 それなら買い被りだ。私の選択した手段は、多分邪法であり外道の道だ。

 でも、まあ、うん、現状これしかないよね。

 とりあえず、アレクシスさんにグリエルマさんを殺させるだなんてことは、させちゃいけない。これだけは私にもわかる。

「わかった、先にいって準備しておくから、私が倒れてからしばらくしたらお願い」

「ああ、お前こそしくじるなよ?

 チャンスは一度きりなのだろう?」

 グリアノーラさんが私をまっすぐじっと見据えて言ってきた。

 この精霊は英雄の精霊。精霊は物事に強く執着する。花の精霊なら花に。血の精霊なら血に。英雄の精霊なら英雄に。

 グリエルマさんは間違いなく英雄の一人だ。

 グリアノーラさんだって本来はそんな役やりたいわけがない。

 英雄を守り、愛し、育てる。それこそがグリアノーラさんの本来の役割のはずだから。

 そこを敢えてかって出てくれるのは、この自己犠牲が英雄的行為でもあり、アレクシスさんにグリエルマさんを殺させる、その役を押し付けたくはないからだろう。

「あんまりプレッシャーかけないでよ、最善は尽くすから」

「ふふっ、イナミ様なら大丈夫ですよ」

 今から死ぬというのに、グリエルマさんは笑顔を私に向けてくれた。

 それに対し私は苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 その場の雰囲気に耐えきれなくなった私は用意しておいた魔術の一つを展開した。


 本来ならただ何もない空間。上も下も左右もない。ここは今際の際、死と生の間。

 ここに来るのも何度目だろうか。

 ただ真っ暗いだけで本来は何もない空間に、巨大な一つ目の顔の形をした靄のようなものが、一筋の糸に必死にしがみ付いているものが見て取れる。

 山の魔神テッカロスの魂だ。いや、魂の残滓と言うべきか。

 それは私が見た塩の魔神よりも数倍強大で力強い魂だ。本来の魂であったならばどれほど強大な魔神だったか見当もつかないほどだ。

 それが拡散と集結を相反するように繰り返しながら、なんとか魔神の形を維持している。

 グリエルマさんの呪いの先にこんなもんがぶら下がってたのか。そりゃ命を吸いつくされるよね。

 魔神の魂から縁の糸は伸び、とある場所から見えなくなっている。

 ということはここだ。

 用意しておいた魔術の術式がここでもちゃんと存在していることを認識しつつ、私は待った。

 縁の糸が消えてみなくなっている辺りに意識を集中させる。

 それを見逃すわけには行かない。

 それはぬるっと出てきた。湧いて出てくるように。水の中から沈まされたビニールのボールが浮いて出てくるようにでてきた。白く輝く球体。

 それは人の形をしていなかったけど、よく知っている魔力の、魂の波動。

 これがグリエルマさんの魂だ。

 私はそれをひょいっと掴んだ。掴んどいてあれだけど、予想外にも掴めた。もちろん優しく傷つけてしまわないように細心の注意をはらってはいるけど。

 私は私の形を、アンティルローデさんの外見をここでも維持できている。

 が、グリエルマさんは人の形を維持できないらしい。

 精霊が特別なのか、魔力の総量の差なのか、魂の強さの差なのか、それはわからない。

 少なくとも混血種の精霊であるアンティルローデさんはここでもしっかりと人型を維持出て来たし、魔神の魂も神剣で切られでもしなければここでもその形を維持できているに違いない。

 そういえば本の妖魔グントニールさんもここで姿を保っていたっけ。

 まあ、それは今はどうでもいい。

 光り輝く球体に絡まっている縁の糸を見る。

 複雑に魂に絡まっているが、同化はしていない。

 これならば、いや、ここならば、魂に直接関与できるここならば、縁の糸を解くことは可能だ。

 それに縁の糸は既に解れ始めている。

 グリエルマさんに掛けられた魔法が、呪いが、打ち込まれた楔が抜け落ち始めているという事だ。

 つまり現世では……

 そのことを考えないようにして私はさっさと縁の糸を解いて、グリエルマさんの魂から解き放った。

 テッカロスの縁の糸を解くのはさほど苦労しなかった。

 縁の糸にしがみ付いていたテッカロスの魂が霧散し始める。

 霧散していったテッカロスの魂はもう集結することはない。これでテッカロスは本当に無に帰るんだと思う。

 掴んでいるグリエルマさんの魂に今度は私が……

 右手を見て迷ったが、小指か? 薬指か?

 両方ともなんとなく却下。

 中指は別の意味でなんとなく却下。

 やっぱり人差し指かな。右手の人差し指を左手で掴み引っ張った。

 焼いたお餅の様に伸びた人差し指はそのまま糸の様にまで伸びる。

 それをグリエルマさんの魂にしっかりと括りつける。

 少し乱暴なやり方だけど、これで確かな縁が結ばれたはずだ。

 更に、精神汚染から魂の純度を護るために結界の魔術をグリエルマさんの魂に何重かで重ねかけておく。

 これで良し。

 そう思った瞬間、グリエルマさんの魂がでて来たあたりから、本来黒い空間で見えるわけのない同色の黒い靄のほうなものが湧き出てきた。

 邪気だ。それはグリエルマさんの魂を求めるように這い寄ってくる。

 が、私の張った結界によりグリエルマさん魂に触れ穢すことはできないでいる。

 これが吸血鬼の穢れと精神汚染だ。

 通常では吸血鬼の穢れに七日間汚染され魂は暗転し、邪悪な存在となって蘇る。

 この邪気が肉体と魂をつなぐ縁の糸の代わりとなり、七日後に汚染された魂が肉体に戻るのだ。

 汚染された魂と精神は、もう元の人間としての正気を保ってはいないだろう。

 私の張った結界が完全に邪気を寄せ付けていないことを再度確認する。

 大丈夫だ。

 ここでできることはもうない。

 気は重いけど現世に帰るしかない。


 目を覚ますと、胸を剣で貫かれたであろうグリエルマさんの死体が丁寧に横たえられていた。

 もちろん剣は既に抜かれはいるし、魔術でその傷自体既に癒されている。

 気づ付けられた霊装からみるに心臓を一突きしたようだ。

 なるべく苦しまないようにとの配慮だろうか。首を跳ねるわけにも行かないしね。

「ことはうまく行ったのか?」

 既に雄型ではなく中性のような容姿に戻っているグリアノーラさんが心配そうに聞いてきた。

「一応ね。これで一週間後に目覚める、ハズだけどもさ……」

 もう後戻りはないしこうするほかなかった気がする。

 が、やはり未だに気は進まない。他に道はなかったのかと考えてしまう。

「そうか、立場的に願っているとは言えないが、上手く行けばよいな」

 何とも言えない表情でグリアノーラさんはそう言った。

「これからどうするの?」

「このままアレクシスに報告しに行く」

「そう、アレクシスさんには全部話すんでしょう?」

「私はアレクシスに嘘はつけない。そういう盟約が交わされているわけではないが、な」

 グリアノーラさんは申し訳なさそうにそう言った。

 この人も、いや、精霊か、この精霊もグリエルマさんのことを気に入っていたんだろうな。

 グリエルマさんは私から見ても英雄だし、英雄の精霊であるグリアノーラさんが気に入らないはずがないものね。

 それより前に、魔王を一緒に倒した仲間なんだから。

「いや、うん、それでいいよ。多分上手く行くだろうし。

 アレクシスさんは多分最初からこうなるって予想してたんだと思うけど」

「さすがに買い被りじゃないか。

 アレクシスはあれでけっこう抜けているぞ。

 まあ、予想しているのなら、それはそれでよいが……

 あとこれを渡して置く。私にはどうしていいかわからない。

 空にあった魔神の顔が消えたら、そこから振ってきた。

 恐らくはグリエルマにかけられていた魔法の核になっていたものかもしれない」

 そう言って手渡された物は、なんて言っていいのかよくわからないものだった。

 私の拳大で、その顔の大きさから想像していたよりもはるかに小さい。

 血の代わりに、マグマともいうようなものが滴っている。

 もちろん本物のマグマではなく熱もない。その形状がマグマ、ドロドロに溶けた岩石のような血…… のようなものが滴っているのだ。

 脈はなく鼓動もしていないが、これは……

「心臓?」

「恐らくはな。テッカロスの心臓が凝縮されたものか……

 いや、奴が死に際に新しく創った心臓なのかもしれない。それを核として奴は魔法をグリエルマに掛けていたのかもしれない。

 これを見ればグリエルマのしたことは無駄ではなかったことがわかる。

 キミが彼女を生き永らえさせれば、きっといつかテッカロスは復活していただろうな。

 現に血が滴り新しい血管をも作ろうとしている」

 テッカロスの心臓からは邪気や瘴気といったものは感じない。

 魔力自体は感じるが、急激に失われ始めている。

 そういえば、お土産を欲し自分の内臓が欲しがっていた奴がいるなぁ。

 これを持って帰れば、イメージするヒントになるかもしれない。

 なにせその体を生成している塩と同じく魔神の遺産ともいうべきものだし、見せてあげるだけでも何か掴めるきっかけにはなるはずだ。

 なんかいいお土産が出来てしまった。

 テッカロスの心臓を自分の魔力で包み、心臓から魔力の流出を抑えこむ。

 これならイナミの町へ持って帰るくらいはもつだろう。

 腐ったりしなければだけど、腐らないよね? 魔神の心臓だものね?

 とりあえず冷凍車にでも放り込んでおこう。

「えっと、とりあえずグリエルマさんを馬車に連れて行って、日の光に当てないようにしないと」

「私が運ぼう、それくらいはさせてくれ」

「え、ああ、うん、ありがとう」


 グリエルマさんの死体を馬車の冷凍車両にしまい込んだ後、グリアノーラさんは再び空を飛んでアレクシスさんのいる王都へと飛んで帰っていった。

 私もイナミの町へ帰らねばならない。

 イナミの町へ帰るのは楽だ。私からオスマンティウスやアザリスさんに送られている魔力をたどればいいだけだ。

 確かアンティルローデさんの残した本によると七日間、死体を日の光に晒してはいけなかったはずだ。

 念には念を入れて、大きめの布で何重にも包んでいるし、腐敗が進んでしまっても嫌なので、冷凍車両に入れたんだ。

 列車だけではなく馬車に対応するように作ってくれていて、ありがとう親方。

 あそこなら窓もないし、入り口の扉を開かない限り日の光なども、そもそも入らないから安心だ。

 しかし、まさか冷凍車両がグリエルマさんの死体の保存に使うことになるとは思わなかったけど。

 ただグリエルマさんの肉体からは不気味な邪気を穢れを感じずにはいられない。

 これが本来の吸血鬼として正しい状態なんだと思う。

 とりあえず、今はイナミの町へ帰らなければならない。


 が、少し早すぎた。

 行きはなんだかんだで九日はかかったのに、帰りは六日だった。

 一人で暇だが気を使わない分楽と言えば楽だった。

 それに方向が正確にわかるだけで、こんなにも楽な物なのね。

 今はイナミの町の近く、近くと言ってもそれなりに離れているし、人里や街道からも離れている、森の中で野営している。

 まだイナミの町へ戻る時ではないからだ。

 ただその戻るべき時が、本当に来てくれるのか不安ではある。

 馬車の中にいるのも飽きたので、夜には外へ出てキャンプ気分で焚火をして今はその時を待っている。

 もちろん焚火というか、この辺りには馬車と同じ認識を変える魔術をかけておいたので、万が一に人に見られても平気なはずだ。

 それにしても、あと一日のはずだけど、本当に大丈夫なんだろうか、と不安になる。

 グリエルマさんの死体は今も邪気に覆われたままである。

 そんな不安を抱え、燃え盛る焚火の炎を見ながら座っていると、何かがゆっくりと近づいてきている。

 それはゆっくりとゆっくりと歩いて近づいてきている。

 今は夜だし、この焚火の火を見つけて誰かが寄ってきたのかしら?

 ただここいらはちょっとした森の中だし、人里からはかなり離れているはずだ。

 そもそも人間が利用している街道から大きく離れているはずで人目以前に、済んでいる人間などいないはずだ。

 済んでいるもの居るとすれば、まだ魔物や亜人と言った方が確率は上のはずだ。

 魔物か亜人かな、と考えたけど、私の魔力の触手に振れるその感じは人そものものだ。

 しかも、魔力を持たないただの人間だ。

 しばらくして焚火の向こう側に人影が現れた。

 深くフードを被ったローブ姿の老人。

 なんでこんなところに、しかも夜更けにこんなおじいちゃんが? と、私があっけに取られていると、その老人は私に声をかけてきた。

「やあ、お嬢さん、少しばかり俺も火に当たってもいいか?

 ここいらの気候は俺の歳にはこたえるんでねぇ」

 ローブを着た老人は吐き捨てるように言葉を吐いた。

 なんだかとてもガラが悪い。

「構わないけど、こんなことにおじいさん一人で?」

 私がそう答える前に、気づくとローブの老人は勝手に焚火の前に座り温まっていた。

「ああ、仕事でね」

 仕事、この森の中に? 樵か何かかしら。

 その割には斧らしき物どころか仕事道具一つ持ってないけど。

「あんた、あれだろ? イナミ様っていう奴だろ?」

「え? ええ、よく知ってるわね」

 言い当てられたことに少し驚きはしたけど、まあ、私は一応有名人のようなものだし、知られていてもおかしくはない、のかな?

「ああ、ずっと探してたんでさぁ、町に行ってもいねぇしなぁ」

「いや、いるはずですけど?」

 私自信がそう返すのも変だけど、今町には私に化けたイシュがいるはずだ。

 そう言われた時点で私の頭の中は真っ白になり、自分でも何を言っていたかわからなかったのかもしれない。

「ありゃ影武者だろ? 俺にだってそれくらいはわかるさぁ」

 そう言って、ローブの老人は笑ったような仕草をした。

 その表情はローブについたフードを深くかぶっているせいか見ることはできないが。

 にしても、イシュの変装見破られてやんの。

 でもイシュ自体が見る人が見ればわかるって言っていたっけ。

 こんな魔力を持たない人にも見破られちゃうのね。

「へぇ、魔力を持っていないのにわかるものなのね、いい目を持っているんですね」

「ははっ、どうかなぁ」

 ローブの老人はそう答えながら、ローブ越しに頭をかいた。

「で、そんなあなたは私に、なにようかしら?」

 少し警戒する。

 警戒する必要は特にないんだけど、一応身構えとかなくちゃ。

「いえね、俺も気は進まねぇんだが、殺しの依頼がありましてねぇ」

「私を?」

「ええ、そうですなぁ」

 それは今から私を殺しますよ、って、言っているようなもんなんだけどいいのかしら?

 しかも、まるで世間話をするような感じで答えられたんだけど。

 殺意も敵意もまるで向けられていないんだけど?

 ついでに私の生存本能は、目の前のローブを着た老人を敵とすら認識していない。

 彼がどんなことをしようとも、私に害を与えることすら、いや、傷を負わすことすらできないはずだ。

「それ、私を目の前にして言っちゃっていいの?」

「んまぁ、我らズー・ルーは暗殺者じゃなくて殺し屋なんで、別に秘密とかではないんですよねぇ。ああ、さすがに依頼主とかは言いませんがね。

 そもそも我らが請け負うのは対象を殺すことだけでさぁ、殺しさえすれば文句は言わせない、それがズー・ルーってもんなんですよ」

「ズー・ルー。たしか王都の殺し屋だっけ?」

 一週間くらい前に聞いた話だけど、それ以後大体独りだったからか、記憶に新しく思える。

「おお、さすがですねぇ、知っていましたか」

「うん、まあ、最近聞いたんだけどさぁ、それはいいとして、魔力を持たないアナタが私をどうこうできると?」

 できれば戦いたくない。

 そもそもケンカだって嫌いなんだよ、私は。

 殺し合いだなんてできればご遠慮したい。

「いやね、たしかに俺は魔力はてんでありませんが、こう見えても一流の殺し屋なんだよ。

 魔力を知覚することはできないんですが、なんとなく肌で、なんとなくだが感じることは出来るんですよ、その強さとかもろもろをねぇ」

「へぇ、そんなこともできるのね」

 気配を感じるとか、気を読むとかそんな感じ?

 でも殺気とかむけられてないんだけど、この人本当に殺し屋なのかしら?

「その感じからするとですねぇ、丸で勝負になりませんなぁ、こりゃ、はははっ」

「そう、それでどうするの?」

 そりゃそうよね、こう見えて私の肉体は吸血鬼のそれだ。

 一見柔らかいように思えて、その体は石の様に固く冷たい。

 ただの鉄の刃で斬られたところで傷一つつかない。

 それに加えて化け物あつかいされるほどの魔力なんだから。

 基本的に人間がどうこうできるレベルじゃないのは私でもわかる。

「いやぁ、一応依頼は依頼なんでやらさせていただきますがねぇ」

「そう、目標が私で良かったわ。

 他の人が狙われたら大変だものね。

 グリエルマさんとか、イリーナさんとか、オスマンティウスは、まあ、死なないだろうからいいけど」

 私はそう言って安どのため息をはいた。

 心底殺し屋の対象が私でよかったと思っていた。

「さすがにちょっと舐めすぐじゃぁ、ございませんかねぇ」

 急に胸に痛みが走った。

 見てみるといつの間にかに私の胸に短剣だけが突き立てられていた。

 刺された場所からは、真っ赤な鮮血が流れ出ている。

 いつ突き刺した? 投げた? 短剣をいつ?

 吸血鬼である私の目には闇夜など関係がないし、動体視力も人間とは比べ物にはならない。

 なのに、相手の動作が見えなかった。

 どうやって動いたのか、それすら見えなかった。

 けど、私にとってはそれだけだ。胸に短剣が刺さっただけだ。

 いや、待って、やっぱりおかしい。そもそも吸血鬼の肉体だよ? ただ投げつけただけじゃこんな深々と刺さるわけがない。

 どれだけの力で投げつけられたっていうの?

 けれど、それだけだ。私の胸に短剣を刺しただけ。それ自体驚愕すべきことだけど、私にとってもはそれは命を脅かすようなことではない。

「痛いなぁ、もう……」

 そう言って私は胸に突き刺さっている短剣を抜いた。

 短剣を抜いたそばから傷はふさがり血も止まった。

 胸の部分に穴が開いてしまった服だけが気がかりだ。

 まあ、その早業に驚きはしたがそれくらいだ。

 私の血に染まったその短剣は虹色に輝く刀身をしていた。

 とっても綺麗な刀身をしている。私は見たことのない金属だ。その金属自体から強い魔力も感じはするがそれだけだ。

 私に見つからないように隠してた? 魔力を持たない人がどうやって? 何か妨害系の魔道具でも使っているのかしら?

 けれども、その虹色の短剣も私を害せるほど、強い魔力があるわけでもない。

 でも、なんだろうこれ、凄く綺麗な剣ね。

 さすがに痛いで済ませた私に驚いたのか、ローブの老人も少なからず驚いてはいるようだけど、動揺はしてはいないみたい。

「精霊鋼の刃で心臓を刺されて、痛いで済まされたら、困るってもんだぁな、おい」

 精霊鋼。

 本で読んだことがある、アンティルローデさんの書庫の資料でも何度か見たこともあったっけ。

 長年使っている精霊門などに、少量のみこびりつくようなもので、金属のような性質をしてはいるが実際は金属などではない。

 魔力痕の塊とでも言うべき物質で、精神的な世界の精霊界から人界へ魔力が贈られる際、その魔力の位相の違いにより取り残された魔力が痕になり、それが集まり結晶化したもの、らしい。

 まあ、私も本で読んだだけだからよくわからないけど、ようは違う世界の魔力が、なんだかんだあって取り残され結晶化した物ということらしい。

 物体と魂両方に同時に作用する効果があり、それで武器を作れば精霊や妖魔に特攻性のあるものが作れるんだっけかな。

 まあ、私にはあんまり効かなかったみたいだけど。

「まだやる気なの?」

「ええ、さすがにこれだけで諦めるわけにはいかないんでねぇ。

 次は首でも落とさせて貰いますねぇ」

「それは痛いからやだ」

 そう言って、その言葉をキーにして魔術を発動する。

 不可視の衝撃波を発生させるもので、この距離でかわせる物ではない。

 しかも、術の構成から発動まで一瞬だ。魔術の動きがわかる人間でも対応できる隙はないはずだった。

 けどローブの男は私の放った衝撃波をいとも簡単にかわし、私から距離を取った。

 私の放った衝撃波はそのまま直進し、ローブの老人の後方にあった木々を粉々になぎ倒していった。

 どうやって見えない衝撃波をかわしたの? 私が疑問に思った瞬間もう一度胸に痛みを感じだ。

 先ほどと同じように短剣が胸に刺さっている。

 同じ場所を二度も。

 刺された短剣を抜くのも結構痛いのに。そう思って短剣を引き抜く。さっきよりも段違いに痛い。

 今回刺さっている短剣は最初に刺された短剣とは微妙にデザインも異なっていて、刃もまっすぐじゃなく少しギザギザしていた。

 通りで抜くのにさっきよりも痛いはずだ。

 なんて酷いことしやがる。

「そっちの刃には大型の魔獣ですら即死するほどの猛毒が塗ってあったんだがぁ、それもダメかよ。

 まあ、元々毒など頼りにはしてないんだが、こうも効果がないと嫌になるねぇ」

 毒と言われてみれば、確かに少しくらくらする気もする。

 だけど、その程度だ。

 わざわざ解毒のために魔術を使う必要もない。この吸血鬼の体は勝手に解毒すらしてくれる。

 私もゆっくりと立ち上がる。

 二度も胸を剣で刺されたのだ。

 少なからずムカついている。だって痛いし。

 でも、相手は不可視のはずの衝撃波を楽々と交わすような相手だ。

 私の魔術を当てられるかと言うと、あんまり当てられる気がしない。

 かといって広範囲の大規模魔術で馬車を巻き込んで壊そうものなら目も当てられないし、冷凍車両が壊れでもしたらそれこそ一大事だ。

 だからある程度範囲を絞って魔術を発動させなくちゃいけない。

 けど、それくらい特に問題はない。それにこれなら対象に向かって勝手に突き進んでくれる。

「雷撃」

 私がそう言った瞬間、私の手から青白い雷光が光り辺り一面を薙ぎ払った。

 放たれた雷撃という名の電撃は確かにローブの男を捕らえ激しい電撃を食らわせたハズだったが、電撃が打ったのはローブの男が脱ぎ祓ったローブだけだった。

 電撃より早くローブを脱いで身代わりにするってあり得る?

 この男、本当に人間なのかしら。

 そういう疑問すら浮かんでくる。

 けど、もうローブはない。だからローブの男とは言えないその襲撃者に向かってもう一度雷撃と名付けた魔術を放つ。

 今度は直撃する。

 が、男は平然と立っている。人間が、たとえ魔力で強化してある人間がまともに受けて立っていれるほど、この魔術は弱くはないはずだけど。

 その襲撃者は平然と立っている。

「雷って言うヤツは大地に逃げるっていうのは、嘘じゃなかったみてぇだな」

 襲撃者の男は平然とそう言った。

 よく見ると男の手から細いワイヤーのようなものが地面に突き刺さっている。

 それで電撃を地面に逃した? なんだっけこれ、アースっていうやつだっけ?

 くそー、そういうことやるのは、転生してる私のほうがやることじゃないの?!

「ああっ、もう!!」

 その声を呪文代わりに立て続けに三つの衝撃波を繰り出すが、どれもかすりもしない。

 ローブを脱ぎ捨てた老人の顔は、かなりの年齢を感じさせるほどだけれども、眼だけを包帯のような物で隠している。

 よくあれで動けるもんだ。

 そもそも白髪が混じるその髪の年齢の人間の男がする動きじゃないし、そもそも吸血鬼の目でも追えやしない。

 もはや運動神経がどうとかそう言うレベルですらない。

 何この人。

 しかも、いつの間にかにどこから出したのか少し大きめの鉈のような剣を取り出してるし、その刀身も虹色に輝いている。

 今度こそ私の首を取りに来るつもりだろうか。

 さすがに首を落とされるのはいやだ。

 アレクシスさんに全身滅ぼされたときの痛みが頭に過る。

 あれよりはましだろうが、首を落とされれば似たような状況にされる可能性だって否定できない。

 と、なれば。

 指をパチンと鳴らした。

 全方位に向けて衝撃波が広がる。

 焚き火をなぎ倒し、夜食にしようとしていた私の保存食色々ぶち込み鍋が、天を舞う。

 食べ物を粗末にさせたその恨み、晴らさせてもらう!!

 逃げ場のない衝撃波のはずなのに、襲撃者の老人は地面に落ちていたローブをひょいと掴み、それを闘牛士のように払うことで私の衝撃波をいなして見せた。

 衝撃波をいなすって、もう人間業じゃないだろう! しかも不可視の衝撃波をだよ?

 追い打ちで四、五回衝撃波を飛ばすけど、全部ローブで打ち払われた。

 嘘でしょう、私の打ち出している衝撃波は、もちろん手加減はしてるんだけど岩位なら軽く壊すほどの威力のはずなんだけど。

 しかも、焚き火を吹き飛ばしたので、ここいらは真っ暗闇だ。夜目がきく私とは違い襲撃者のほうはもう全く見えないはずなのに、その動きが衰えた様子はない。

 まあ、元々不可視のはずの衝撃波を軽々と交わして見せる奴だ、それくらいで今更驚きはしないけど、なんか理不尽だ。

「おぉ、怖い怖い。よくもまあ、呪文も使わずそうポンポンとそんな魔術を使えるもんですねぇ」

「それを簡単に防いでおいて!」

 しかも、軽口まで叩いてきやがる。

「ははっ、そりゃお嬢ちゃんが戦い慣れてないからですよ。

 だからいったじゃねぇですか、丸で勝負にならんと」

「ああ、そう、私のほうを下に見てたって訳ね」

 そう言って私の顔が赤くなるのを感じる。

 勝手に私の方が上だと勘違いしていたことに半分、もう半分は下に見られていたことに。

 その羞恥と怒りを振り払うように、魔術で火球作りそれを投げつけるが襲撃者がかわすまでもなく外れた。

 やっぱり運動神経は前世のままらしい。

 まっすぐ広範囲に広がりながら飛んでくれる衝撃波や対象に勝手に向かっていってくれる電撃のほうが私には向いている。

 投げられた火球によって森が火事にならないように、すぐに燃え上がった火を魔術で消した。

 更に顔が赤くなる。たぶんこれは羞恥100%だ。

「いやぁ、そう言うわけでもないんですがねぇ」

 と、襲撃者はその様子を見ていた何とも言えないような表情でこちらを見ている。

 火を消すのは待ってくれていたらしい。やっぱり舐められてる……

 仕方ないけど、仕方がないんだけど!!

 くそー!!!!

 そもそも戦いなんて慣れてないし一対一で戦うこと自体、私は初めてなんだよ!

「まあ、なんだ、俺ももう首を落として、その後体をバラバラにして四方八方に埋めるくらいしか対処法がない気がしてるのも事実なんですがねぇ」

「いや! それはさすがに嫌なんだけど」

 なんて怖いことを思いつく奴だ。さすがは殺し屋だ。

 まあ、首を跳ねられてもそのまま押し付ければ、すぐにでもくっつくだろうし、そんなことにはならないだろうけど。

「まあまあ、そう言わずに一度くらい死んでみてくださいよぉ」

「もう何度か死んでるわよ」

 そう言って、私は目に魔力を集中させて見開いた。

 あんまり気が進まないが、体をバラバラにされて埋められるとかさすがに嫌だ、吸血鬼の能力の一つ、魅惑の魔眼だ。

 これならさすがにかわしようがない。

 ハズなんだけど、襲撃者の老人は意にも介さず鉈を持って凄い速度で迫ってきた。

 なんで魅惑の魔眼まで効かないのよ!!

 仕方がないので、もう一度全方位に衝撃波を打って距離を取る。

 不可視のはずの衝撃波をいとも簡単にローブでいなし、這いよるように素早く距離を詰めてくる。

 まずい!

 そう思った瞬間、襲撃者の老人は急に飛びのいた。

 私も寸前のところで、発動しそうになった魔術を取りやめた。

 今の魔術を発動してたら、恐らく襲撃者は倒せてたと思う。

 でも発動してたら、馬車どころかそれを引くゴーレムも粉々に。ここら一体が消し飛んでいたけど。

 いけない、焦って致命的なまでに破壊を及ぼす魔術を放っちゃうところだった。

「おお、なんですかそりゃ、ハハッ、怖いねぇ、寒気が半端なかった」

 襲撃者の老人は、暴発しかけた魔術を警戒してか距離を取っている。

 その程度距離を取ったところで、さっき放ちそうになった魔術からしてみれば関係ない。

 けど、この襲撃者ならそれすら凌いで見せてしまう気すらする。

「怖いと思うなら引いてくれないかしら」

 冷や汗などでてないけど、気持ち的は冷や汗を流しつつそう無駄だと分かってても提案してみた。

「俺はこの仕事が終わったら引退するんでさぁ、最後くらいきっちり仕事を完遂したいでしょうや」

 くっそ、何こいつ。

 にしても、何で魅惑の魔眼まで効かないわけ?

 ん? いや、そういうことか、元からがおかしいんだ。

 そもそもが気づかれるはずなかったのに、気づかれているんだ、もっと早く気づくべきだった。

 幸い少し距離を取ってくれたわけだし、試すべきよね。

 幾つか用意していた術式の一つに少し手を加えて発動する。

「あ?」

 初めて襲撃者の老人が狼狽するような声を上げた。

「オイ! オイ! オイ!!」

 と、襲撃者の老人が三度、方向を変え声を掛けた。

 やっぱりね、この人、初めから目が見えてないんだ。

 だから、見ることで認識を変える魔術も、吸血鬼の魅惑の魔眼も効かなかったんだ。

 どっちも視線を通して作用するからね。目が見えない相手には意味がない。

 今使った魔術は、見ること、ではなく、聞くことで認識を変える魔術だ。

 簡単に言ってしまうと、聴覚で得た情報をでたらめな情報で上書きする魔術をここいら一帯の空間に施したのだ。

 もし仮にこれで目が実は見えていて、視覚に頼るようなもんなら今度こそ魅惑の魔眼の餌食だ。

「あなた、目が見えなかったのね」

 私がそう言葉を発すると同時に、ブオッと何かを振るう風切り音が聞こえた。

 方向は全然でたらめだったけど、その勢いに私はびっくりした。

 それが襲撃者の放った蹴りだったことに気が付くまで少し時間が掛かったほどだ。

 まるで太い丸太をぶん回したような音と風圧を、方向がまるで違うに感じれるほどだ。

 その後襲撃者は何事もなかったかのように、私が居る方向とは別の方向を向いたまま口を開いた。

「いやね、生まれつき俺は目が見えないんですがねぇ、それゆえか他の感覚が敏感だったんですが、なんですかねぇ、これは」

 私とは別の方向を向いて話しかけている襲撃者に安堵し、自慢げに私が今使った魔術の御高説をしたり顔で言おうとしたら、

「これは認識を……」

 襲撃者の蹴りが私を正確に捉えた。

 不意に丸太で殴られたような衝撃が走り、安心しきっていた私は踏ん張りもしていなかったので、そのまま蹴り飛ばされた。

 痛みはない。吸血鬼の肉体なので。

 だけど、認識を変える魔術で位置を特定できないようにできたと確信していたところに当ててきた。

 私の心の動揺は半端ない。

 それに蹴りの威力も半端なかった初めて、きりもみ回転しながら宙を舞った。

 視界が地面と森と夜空を順々に映し出す。

 かなりの距離を蹴り飛ばされた。いたいけな女の子を蹴り飛ばすだなんてなんて奴だ。

 蹴り飛ばされて、起き上がろうとした時にはもう襲撃者は私の間近に迫っており鉈を振り上げていた。

 慌てて力任せに飛びのく。

 吸血鬼の脚力による跳躍だ、飛びのいたその距離は人間が追える距離ではないはずなのに、襲撃者はすぐそこまで迫っている。

 もう一度全方位に向けて衝撃波を放つ。むこうは飛びのいてくれることを期待したけど、衝撃波そのものをすり抜けるように、まるで何もないのかのように、衝撃波をかわしてみせた。

 嘘でしょう? 全方位に隙間なく衝撃波を放ってるっていうのにどうなってるのさ。

 今のはローブすら使っていないんだよ?

 まるで手品を見せられているような気分だ。

 たぶん、本人も言ってた通り目が見えないのは当たっている。

 音で、いや、声の反射で場所を特定しているんだと予想はしているんだけど。

 ただ、相手が、相手の対応力が化け物すぎて私の魔術が意味をなしていないんだ。

 じゃあ、もう、これでどうよ!!

「!!!」

 声にならない声を上げて、魔術を発動する。

 それと同時に息苦しさを感じるが、吸血鬼の私には関係ない。

 一瞬で作って発動した術なので、あんまり精度はよくないが効果はあったようだ。

 ここいら一帯の、一帯って言っても私の手が届く範囲位の距離だけれども、空気の流れを止めた。

 いや、空間の動き自体を止める術だ。止めるは言いすぎだ、鈍く重くするが正確かな。

 もちろん全く空気がまったく動かないわけじゃない、水くらいには重く鈍く動く。

 けれど、呼吸はろくにできないし、音もろくに伝達しない。

「…………」

 襲撃者が距離ととってから、何か言っているが私には聞こえない。ただ、あきれ果てたようなゼスチャーはしている。

 呼吸が出来なくて息苦しくはあるけれども、相手も私の位置はわからない…… って、襲撃者はちゃんと私のほうをしっかりと見ている。

 どうも私の場所はわかるらしい。

 ああ、音が返ってこない場所を認識すればいいのか。

 認識、認識と言えば認識を変えるほうはどうやって対応されているんだろう?

 まったくもって謎だ。

 まあ、今はたいして広くない空間の動きを止める、いや、鈍化させただけだけど、範囲を広げてあげればさすがに私の勝ちだ、よね?

 この重く鈍くなる空間の中ではさすがにまともに動けはしないだろうし。

 そもそも呼吸もまともにできないだから。

 私も苦しいが我慢。私の場合は苦しいけど死にはしない、と思う。

 この空間を広げる魔術を作ろうとしたところで、襲撃者を踵を返してすたすたと立ち去って行った。

 そのまま見えなくなる。

 魔力の触手で辺りを探るが、場所を特定できない。

 魔力の触手をも避けているようだ。

 ただ、ここから、少なくとも私からは遠ざかっていくようだった。

 しばらくして、私が安全だって思ってからも、しばらくしてから、空間を鈍化させる術を解いた。

「くはぁぁぁぁ、苦しかったぁ……」

 空気がこんなにおいしいだなんて初めて実感したよ。

 にしても何なのあの人。

 魔力を持たないのに人間離れしすぎじゃない?

 あんなのが私以外を襲っていたと思うとぞっとするよ。

 あんな化け物じみた人間もこの世界にはいるんだと、私は恐怖せざるえなかった。




 イナミの町に帰ってきた私は色んな報告や出来事に頭を悩ませていた。

 まずはイリーナさんが瀕死の重傷を負わされたこと。

 ズー・ルーと思われる刺客、たぶんズー・ルーだよね、あのローブの老人と同じ感じの、は、オスマンティウスも狙っていたらしい。

 精霊鋼で傷つけられた怪我はそう簡単には治らなかったらしく、イリーナさんは私が帰った時もベッドからは立てないような状態だった。

 まあ、私が回復魔術で治してあげられたから良かったけど。魂と精神の治療には、さすがに神経を使う。

 でも、ほんとに助かってくれてよかった。

 ついでにミリルさんの治ってなかったという傷も治してあげた。

 さすがに古傷になってしまっている傷は、長期の治療が必要かな。

 魂の形自体が変わってしまっているので、すぐには私でも治せなかった。

 だから、再生能力に自信を持つのはいいけど、頼りきりにするのは良くないって言ってたのに、ほんとにもう。

 実は傷だらけだったなんて、やせ我慢がすぎるよほんと。

 ミリルさんもこれからは週一くらいの間隔で私の治療を受けてもらわないと。

 で、ええっと、そのイリーナさんの眼が、魂の状態を見れる特別な眼に変化したとか?

 なにそれ、って感じなんだけど、イシュの話では魔術や魔法より、グリエルマさんの嘘を見抜ける能力に近いもので、奇跡と呼ばれる能力なんだとか。

 そのせいかイリーナさんに会いに行ったら、眩しいってそっぽ向かれちゃったよ。

 他意はないんだろうけどちょっとショックだよ。

 しかもしかも、イリーナさんを助けたのが、あのラルフさんって。ラルフさんも死にかけてたって、なんだかなぁ、もう。

 もちろん私の魔術で助けたし、そしたら泣いて崇め奉られたし、なんなのよ、もう。

 魅惑も魔眼の効果を解けるものなら解いてあげたいけど、これも魔術とは違うものなので、私には解除できないんだよね。

 ほんと申し訳ない。

 完全に世捨て人の聖人だか廃人だかって感じになってるし、責任を感じずにはいられないよ。とりあえず彼にはオスマンティウス教の信者になってもらって、安定した生活を送ってもらわないと。

 で、ええっと、この町に来ている数人の教会関係者から、オスマンティウス神が私の命令に反して人に害をなしたって抗議の報告が上がって来てるとか?

 確かにオスマンティウスを大々的に紹介するときに、私の管理下にあって無暗に人間を傷つけたりはしないって発表はしたけどさ……

 襲ってくる襲撃者を撃退しただけじゃん! しかも公表してない塩の魔神との関連性とか、まで噂レベルで広まってるし。

 教会の情報網とやり方を舐めてた、だって元々はグルエルマさんがいた所だよ?

 仮にも聖職者だよ?

 ちょっと考え方を変えないといけないのかもしれない。

 それに私はオスマンティウスと無暗に人を傷つけるなとは盟約を結ばせたけど、絶対傷つけるなとはいっていないんだから。

 むしろイリーナさんが怪我する前に手を出してくれてよかったのに。

 この辺は個人の認識の違いなのかしらね。アザリスさんもそれで先手を撃てなくて苦労してたらしいし。

 オスマンティウスとも、アザリスさんも含めて、この辺のことについてはよく話し合わないといけない。

 ついでに抗議してきた教会関係者は、襲撃者のこともあってムカついてたので町からほっぽりだしといた。いつの間にかに勝手に教会の支部まで作ってたし。

 グリエルマさんはグリエルマさんでこのことは教会に報復せねば、と息巻いてるし。

 ああ、グリエルマさん。無事吸血鬼として復活を遂げました。これがよかったのか、悪かったのかは私にはまだわからない。

 一度死を死を迎えることでしか解けない呪い、吸血鬼に血を吸われて一度死ぬことで復活する吸血鬼。

 初めから答えはあったんだ。

 グリエルマさんは人間じゃなくなっちゃったけど。

 今際の際でその魂に厳重に防御結界を張っておいた事で、その魂と精神も邪気に浸食されてはいない。

 人の正気を保ちつつ、吸血鬼へと転生させることに無事成功した。

 あとは今のグリエルマさんをアレクシスさんが見てなんというか、だよね。アレクシスさんが良いと言えば、恐らく後のことは大丈夫だと思うけど。

 犬歯が伸びて眼が真っ赤になっちゃったけど、それは認識をかえる魔術でどうにかできるし。

 まあ、ちょっと邪気を放つようになっちゃったけど、霊装に身を包んでいる限りは漏れ出すこともないし……

 だ、大丈夫だよね?

 血を提供してくれる人は、まあ、ここにはいっぱいいるしね。一人くらい吸血鬼が増えても平気じゃないかな。

 このことも教会にばれないようにしないといけないなぁ。

 まあ、グリエルマさんの件は、分かってたからいいんだけど、一番の問題がまだあるのよね。

 いや、その前にお土産の話にしよう。

 山の魔神テッカロスの心臓、あれをさ、オスマンティウスに見せたのよね。

 これ、魔神の心臓だって。オスマンティウスの内臓作るのに参考になるでしょって言って見せたんだよね。

 そしたらあの子さ、テッカロスの心臓をそのまま体内に取り込んだのよね。一切の躊躇も止める暇もなくね。

 そして「うーん、さすが魔神の心臓、よくなじむわね!」って言ってたんだけど、大丈夫かしら? 邪気とか穢れは今のところ感じないけど、これもアレクシスさん案件よね?

 アレクシスさんに確認してもらわないと、不安でしょうがないんだけど?

 あの子、急に体が戦いを求めている!とか言い出して、テッカロスに乗っ取られたりしないよね?

 安易にお土産にするんじゃなかった。心配の種が無駄に増えたよ!

 で、あー、うん、一番の頭痛で心配の種。

 アンリエッタさん。

 彼女ね、なんていうか、変わったのよね。妙に自信に満ちていて、輝いているキラキラと充実しているって感じに。

 まあ、それはそでいいんだけどさ、私の秘密知ってから大分悩んでいたから。

 そ、それでね、あのね、彼女のその匂いが。彼女の匂いがね、そのね。

 吸血鬼にしかわからないような匂いなんだけどね。吸血鬼の好物を嗅ぎ分ける嗅覚があるんだけどね。それが彼女はもう好物ではない、と申されているのですよ。

 アンリエッタさんの妙な自信、それと彼女から感じる太陽の金貨と同類の魔力の残滓。

 さらにイリーナさんが今際の際であったと言う精霊王とかけられたその言葉の内容……

 まだ、直接本人から確認したわけじゃないんだけどさ……

 あああああああああああ!!!!

 もう全部繋がってるじゃないか!!

 イシュの嘘つき! 何が精霊門がないから大丈夫よ!!

 私がちょっと留守にした間に、やられちゃってるじゃない!!

 こ、これどうすればいいのよ!!

 アンリエッタさんを預けてくれたエルドリアさんになんて言えばいいのよ!!

 アレクシスさんに知られたらどうなっちゃうのよ!!

 それよりも、一番心配なのが、も、もし、アンリエッタさんが……

 そ、その、身籠っていたら?

 ああああああああああぁあぁぁぁあああああぁああぁぁぁぁぁ!!!!

 それこそ次世代の魔王の誕生じゃないの!?

 うわぁぁぁあぁ、これ、どうするの? ねえ、どうするの!?

 もう再来週にはアレクシスさんとエルドリアさん、ついでに大神官も新しい領地の祝いにやってきちゃうのよ!!!

 これ、どうするのさ!!!

 私どうすればいいのよ!!

 かつてないほどの大ピンチなんだけど!!




 ここは王都のはずれにある場末の酒場で馴染みの場所。

 ローブを深く被った男と気味の悪い笑みを浮かべた男、まあ、笑みを浮かべているのは自分なんですが、は、カウンター席についている。

 そして、目の前にはこの酒場の店主が立っている。

 ローブを深く被った男、要は自分の師匠は珍しく酒を飲みながら愚痴を言っている。

「ありゃ、俺には荷が重い」

「師匠がですか? 確かにすごい魔力でしたね」

 凄い魔力だけじゃない、精霊らしからぬ邪悪な魔力の持ち主でしたよ。

 よく師匠はあんな化け物と対峙して生きて帰ってこれるもんだ。

「お前が見ていたのは影武者だぞ。まだまだだなぁ、本当に」

「え? そうなんですか?」

 あれが影武者? 偽物っていうんですか。

 ということは、あの魔力から推察するに配下の妖魔って奴を呼び戻した感じですかね。

 じゃあ、その本物は、どんな化け物なんですかね。想像したくないですね。

 酒場の店主がグラスを磨きながら口を開いた。

 ただこの酒場でつかわれているのは木製のジョッキで、ガラス製のグラスなど他にはない。

 何のためにあのガラスのグラスを磨いているか、未だにわからない。

「そうですか。あなたでもダメですか。

 では、そのイナミという方を殺せる人間はいないのではないですか?」

 まあ、そうですよね、師匠がダメならそれを殺せる人間なんかいやしない。

 人間かどうか怪しいが、大英雄様とかならどうにかできるんじゃないんですかね、自分は会ったことも見たことないですが。

「あんたなら、頭目ならどうなんですかねぇ?」

 師匠が半笑いで酒場の店主、ズー・ルーの頭目に話を振った。

「私はすでに引退した身ですし、そもそも私は人ではないのですから」

 頭目はにこやかに笑い、師匠の話を軽く流した。

 この二人の会話はいつもこうだ、笑いながら冷ややかに煽り合う。とても心臓に悪い。

 話題を変えなければ、せっかくの料理と酒が不味くなってしまう。

「師匠、どんな相手だったんです?」

「精霊鋼の刃で心臓を二度ほど刺したが、痛い、で済ませやがった。

 あと空気を凍らせやがった。俺には手がおえねぇよ。

 しかもだ、俺相手にあいつは、最後まで殺そうとしてきやがらなかったんだ。

 殺す気なら、即座にやられてたぞ、やってられねえよぉなぁ?」

 本当にやってられないとばかりに、師匠は大げさにおどけて見せた。

 精霊鋼で心臓を刺されて、痛いですますって、どんな化け物ですか。

 空気を凍らすってのもよくわかりませんが、とんでもない冷気の魔術でもつかったんですかね?

「ハハッ、それは凄いですねぇ。それは私でもまず無理でしょう」

 頭目も師匠の話を聞いてにこやかに、まるで明日の天気の話でもするかのように言った。

「えっ、頭目でも無理なんですかぁ?」

 つい出てしまった失言に、頭目がにこやかに笑いつつ、自分のほうに顔を向けた。

 あー、やばいですね、これ。同時に二件もの仕事を失敗している訳ですから、機嫌がいいはずがなかったんですよねぇ。

「そんなことより、お前も失敗したそうじゃないかよ」

 そんな状況を見越してか、師匠が助け舟を出してくれて話題を変え……

 変わってないですね、これ。えぐって着てませんか?

「ええ、兄と弟を失いましたよ」

 三つ子という事もあり実に気が合い、息の合った連携の取れる兄弟だったのですが、随分とあっさりと失ったものです。

「だから、俺はお前が行けと、俺は言ったんだ」

「いやいや、自分がいってもやられてましたよ、あれは。

 兄なんか塩にされてましたよ、さすがは神様ですね、やることがえげつないですよ。

 そもそも神様だなんて人の手に負える存在じゃないんですよ、ね? 師匠?」

「そこまで確認して助けなかったんですか?」

 頭目が意外そうに、いや、兄をあっさり見捨てたことに疑問を持っているのか聞いてきた。

「ええ、だって兄のほうから神を一度殺したかったからやらせろって言ってきたんですよ?

 自己責任じゃないですか。弟は弟で護衛が凄腕だからおとり役はやらせろって言ってきましたからね」

 自分がそう言うと、「それは自己責任ですね」と、頭目は納得したようだ。

「はぁ、三人揃ってやっと一人前だと俺は思っていたんだがねぇ」

 師匠が深いため息をついた。

「え? そうなんですか?

 では、ズー・ルーを自分が継ぐって話は?」

「それはそれだ。俺はどの道もう歳だ。宣言通り引退するぞ、こんな仕事」

 師匠が心底嬉しそうに、豪快な笑顔でそう言い放った。

「それはお疲れ様です。レビンさん。

 長い間お勤めありがとうございました。

 今後のご予定でもあるんですか?」

 頭目は磨くのをやめ、グラスをテーブルへ置いた。

 あ、頭目がグラスを磨くのを止めたの初めて見たかもしれない。

 そして、じっと師匠のほうを見ている。

 それに対して、師匠は酒のはいったジョッキをぐぐっとあおってから答えた。

「ん?

 とりあえずは頭目と俺でこいつの再教育だな。こいつ一人じゃズー・ルーの名がすたるってもんさぁ」

 素晴らしい笑顔で、とんでもないことを師匠は言った。

 自分を再教育? あの地獄のズー・ルーの修業をまたやらせるつもりなんですか?

 たしかにズー・ルーの名を継ぐと、頭目から秘伝の技術を教えてもらえるっていう噂はありましたが……

「それは助かります。

 一応お給金はお出ししますので頼みます。

 どうも私だけですと人相手に加減がわからないんですよね」

 あら、あらら? 頭目も乗り気なんですか?

 この二人から本気でしごかれたら、自分、生き残れる気がしないんですが?

「げっ、マジですか。自分、今更師匠と頭目からしごかれるんですか?」

「お前は幻術に頼りすぎるんだよぉ、もっと体術を磨けってんだ」

 師匠の言葉に、頭目をうんうんとばかりにうなずいている。

「師匠が特別なんですよ、魔力どころか目も見えないのに強すぎなんですよ」

「見えねぇ分、他人が見えない物がちょいっと見えているだけだ。

 お前は言い訳ばかりだ、やっぱり再教育が必要だなぁ、なっ、頭目」

「フフッ、そうですね。少し厳しめに行きましょうか、レビンさん。

 ああ、そうそう大神官には失敗の旨、私のほうから伝えておきます。

 今日で引退ですのでね」

「ありがてぇ、俺はあいつ嫌いなんだよ、偉そうでいけねぇ、会いたくねぇんだよ」

 そこで頭目がおもむろに、パンパンと手を二度叩いた。

 それまで談笑していた酒場にいた客が全員それまでしていたことを止め、頭目の方を向く。

 ゆっくりとそれを見回してから、頭目はゆっくりと目を開いた。

 白目は黒く、瞳は金色に輝いていた。人間のそれではない。

「さて、ズー・ルーの皆さん。今までズー・ルーとしてやってきていただいたレビンさんは本日引退される運びとなりました。

 ですが、レビンさんには引き続き指南役として皆さんをご指導していただけるそうです。

 そして、新しいズー・ルーにはアロクドさんにやっていただきます。

 ズー・ルーの皆さんも彼を目標に頑張ってください。

 このことに、なにか異論がある方はいらっしゃいますか?」

 店主は客たち、いや、ズー・ルーの構成員の顔色を一人一人見て回る。

「特にないようですね、では、新しきズー・ルーの名を継ぐものよ、一言お願いいたします」

「兄と弟を同時に失い、ズー・ルーの名を受け継ぐ前の仕事を失敗と言う形で終わらせた不名誉な自分ですが、今後このような失態がないようにいたします。

 その侘びと言うわけではないですが今日は自分の奢りとさせて頂きます」

 とりあえず最後の一言で歓声が上がったことに、ホッと一息。

 けど、明日からのしごきとやらのことを考えると、とても気が重く酒の味もまともに感じれない。

とりあえず第三章はこれで終わりです。

次の章は、部分ができ次第投稿するか、全部できるまで待つか、考え中です。





誤字脱字は多いと思います。

教えてくれると助かります。

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