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異世界転生したら吸血鬼にされたけど美少女の生血が美味しいからまあいいかなって。  作者: 只野誠
第三章:異世界転生して世界の反対側への遠出で町は波乱万丈

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異世界転生して教会の聖女と内緒の二人旅をすることになったんだけど、不思議な道連れがやってきた。

 町を出て六日が過ぎた。

 もうイナミ領を出たどころか、もうそろそろコロシアムについていい頃合いだけど、グリエルマさんの話ではかなり遅れているらしい。

 道なき道を突き進んでいるのと、方向を修正するのが夜に星を見ながらでしかできないからだ。

 周りは相変わらずの代り映えしない荒れ地だが、少し乾いた感じはする風景となっている。

 西側に比べ東側は、木々がより少なく、より貧しい土地に思える。

 雰囲気的にはサボテンが似合いそうな感じだけど、もちろんサボテンなんて植物はない。

 そのかわりというか背の低い木々が転々とあるだけだ。

 もう会話らしい会話もないが車内は静寂とは程遠い。

 この馬車自体が轟音を上げ、ゴーレムが地響きを鳴らして直走っているから。

 目立つことこの上ないけど、この馬車にはあらかじめ認識を変える魔術を掛けてある。

 この馬車が視界に入ると、この馬車はこの辺りでは珍しくないものとして、記憶に置き換わる。

 轟音に驚き石の巨人が引く戦車を目の当たりにしても、ああ、またあれか。としか思えなくなるのだ。

 この認識をかえる魔術、強すぎなんじゃないのかしら。

 実は色々と弱点もあるんだけどね。

 にしても暇だ。

 朝も夜も車内にひきこもりなのは、まあいいとして、暇をつぶせるものがない。

 景色もほとんど変わり映えしない荒野だし、唯一の楽しみは食事だけだけど、それも保存食ばかりだ。

 一応美味しいの優先で持ってきてはいるが、そもそも種類は少ない。

 冷凍車も一緒に引いてきてはいるが、それでもそんなに長く保存できるものでもないし、種類が増やせるわけでもなかった。

 美味しくても毎日同じものを食べれば飽きてしまう。

 それに、グリエルマさんも私があんまりおしゃべりが得意じゃないことに気が付いてしまったか、無理に話しかけようとはしてこなくなってしまったので余計暇だ。

 いや、まあね、話しかけられても困るだけなんだけどね。

 特に私自身のことなんて、前世の私人に関する記憶は消されているせいで答えられないし、地球のことを聞かれても説明に困るようなことばかりだし。

 それでも私の拙い説明でもグリエルマさんは食い入るように聞いてはくれるんだけどね、それだけに上手く説明できない私の不甲斐なさが浮き彫りになって、なんか恥ずかしいのよね。普段もてはやされてるだけにさ。

 私って結局地球のこともあんまり知らなかったんだって、自覚しちゃうしね。はぁ、情けないなぁ。

 その結果、私が会話が苦手なことにグリエルマさんが気づかれてしまい、会話のない空間が出来てしまった。

 こんなことなら暇つぶし要員にシースさんでもついてきてもらえばよかったなぁ。私一方的に話しかけてくれる人は好きなのよね。

 魔物のことならずっと喋っててくれるし、彼女の話は聞いているだけでもそれなりに楽しい。って、シースさんは今一番忙しいか。

 持っている知識のせいかシースさんに仕事が集中しすぎている気がする。

 書類仕事などは嫌いじゃないと言っていたが、その量は多すぎる。

 そんな中、二週間以上もシースさんを仕事から、私の暇つぶし要員として連れだすことはできない。

 見栄えだけはだいぶ良くなったイナミの町だけど、まだまだ専門的な知識がいる仕事は山のようにあるのだ。

 急激に町が発展してしまった弊害と人材不足の弊害が折り重なって、一部の人間にしわ寄せられている状態だ。

 例えばグリエルマさんとか、シースさんとか、職人ギルドの親方とか、ね。

 グリエルマさんがいない間は、ディラノさんが仕事を引き継いでいるけどその書類の量に泣きそうな顔してたっけ。

 そんなことを考えつつ無言でただぼーと馬車にゆられている最中に、私の魔力網とでもいうか、魔力で伸ばしていた感覚になにか引っかかるものがある。

 何かが空を飛んでいる。

「なんだろう、なんかが空を飛んでる?」

「魔物…… ですか?」

 杖を握りすぐにグリエルマさんが聞き返してくる。

「うーん、待ってね、もう少し神経を集中させて……

 あれ、これは精霊なのかな……?」

 感じ取れたものは精霊だと思う。

 実は私は本格的な精霊って、自分以外見たことないのよね。

 そもそも私も精霊とは認められたものの、普通の精霊とは大分かけ離れてるし。

 私は基本あの町からはあんまり離れて行動しないし、普通の精霊は力を維持するために精霊神殿からは離れられないでいる。

 つまりは基本出会うことはないんだ。

 それ以前にこの世界の南側には、基本精霊自体が極端に少ない。南側の土地は本来なら魔神や妖魔などの魔物の住まう地で、精霊と人は北側に集中して住んでいる。

 なので私が精霊に会うこと自体がない。自分以外の精霊に会ってみたいものだったけど。

「精霊がですか? こんな神殿もないような場所で?」

 少し訝しげな表情をグリエルマさんが見せる。

 彼女は嘘を見抜けるので私の発言を疑っているわけではない。

 この地に力の強い精霊が居ることに対して訝しんでいるんだと思う。

「え? ええ、しかも結構力が強い精霊さんかも?

 でも私、精霊に会ったことないから、違うかもしれない」

 ただ穢れを感じ取れないし、悪い、というか悪しき、というか、そんなような気配を感じ取れないかな。私のイメージ的にだけど。

 この世界に来てこの手の直感は鋭くなっているので多分間違いはないとは思うけど。

「力が強いですか? イナミ様基準で?」

「うん、イシュ並みには?」

 下手をすればイシュよりもその魔力は強い。

 と、するならばこの世界ではかなりの魔力を持っていることになる、はずだ。

「それはありえません、精霊が力を維持できるのは精霊門から魔力を補給できるからで、もしくは盟約の魔術で……」

「その盟約の魔術なんじゃない?」

 私がそう言うとグリエルマさんはゆっくりと首を左右に振った。

「精霊は基本縛られるのを嫌いますので、滅多に盟約の魔術で主を定めるなんてことはしません。

 逆に主人側になることは多くありますが。それでも色々影響がでるので人間相手には基本は使わないんです。

 精霊神殿側では、精霊に盟約を結ばせる行為は禁止されているくらいですよ?」

 あら、そうなの?

 初めて聞いたけど。

 オスマンティウスのときはエルドリアさんも反対しなかったけど。

 オスマンティウスが不安定な半精霊だったからかしら?

 あ、そういえば半精霊や小精霊はあくまで半精霊や小精霊であって、精霊と定義しないって言ってた気もするなぁ。

 精霊が人間と主従の盟約を結ぶと影響がでるのは、オスマンティウスとイリーナさんを見てればわかる。

 髪の毛の色とか瞳の色とか影響受けやすいみたいだけど、それ以外にも影響出てるのかしら?

 悪い影響が出てそうなら、あの二人の盟約は止めさせた方がいいのかな?

 二人とも反対しそうだけど。

 そんなことをぼぉーと考えつつ、精霊神殿側で禁止されているなら、そんなことできそうなのを思い浮かべると教会側か精霊そのものしかない。

「じゃあ、教会側の可能性は?」

「可能性はなくはないですが、あの妖魔並みの魔力ともなれば、教会にはそんなことをできる魔力をもった人間はいません。たとえ大神官でも無理です。

 力を持つ者と盟約を結ぶには、結ぶ側もそれなりに力を持っていなければなりません。

 対象に自分の魔力を分け与えるのですから」

 確かにイシュにはそこそこは魔力を吸われてはいるけど。

 そうか、この量でも普通の人にはきついのか。

 アンティルローデさんはよく何体もの妖魔を配下にしてたなぁ。

 まあ、自分の精霊神殿を持ってた上に、あの地下神殿を使って魔神から魔力を吸い上げたてたみたいだけど。

 本来はそう言うことをしないと、強い妖魔と主従の盟約を交わすなんてことできないんだろうなあ。

 そうすると残るのは、精霊が精霊に主従の盟約をさせる?

「じゃあ、精霊が精霊に盟約したとか……?」

「それも可能な話だとは思いますが……

 いえ、すいません、一人だけ精霊門に縛られていない強い精霊に心当たりがあります。

 それでもこの辺りにいるとは考えられないのですが、いえ、向かう方向が一緒ならあるいは……」

「ん?」

 なんだ心当たりあるんじゃん。

「英雄の精霊グリアノーラ様です」

「英雄の精霊?」

「はい、英雄に宿り英雄と共に戦う精霊で、人ではなく精霊なので、十三英雄には含まれていませんが、魔王との戦いにも参加なされた唯一の精霊です」

「うーん? じゃあ、その精霊さんなのかな?

 こっちに近づいてきてるし、そろそろ窓から見えるかもしれない、左側の窓を開けてみて」

 私がそう言うと、グリエルマさんは馬車の窓をそっと開けた。

 そこから周りの様子を、慎重に伺っている。

 認識を変える魔術を掛けてあるから、慎重になる必要もないんだけどね。

 私も窓から外を覗くと、凄い勢いで飛んでいる羽の生えた人型を発見した。

 まだ探しているグリエルマさんにわかるように指で指示した。

 羽は天使のような羽毛の羽ではなく、透明な虫の羽のような、イメージ的には妖精とかそんな感じの羽で、白い布地に黄金の装飾品を数点といった服を身に着けていた。

 髪を頭の高いところでポニーテールのように結っており、遠目では男にも女にも思えるようなシルエットをしている。

「あれは、やはりグリアノーラ様です。

 グリアノーラ様!!」

 グリエルマさんが声を張って大声で叫ぶと、一瞬その精霊はこちらを見るが、何事もなかったかのように空を滑空するように飛んでいる。

 この認識を変える魔術を解除してあげないとダメか。

 パンッと手を叩いて魔術を解除した。

 その瞬間、英雄の精霊さんは、この馬車を二度見して大慌てでもしたのか墜落していった。

 あれ、墜落したの私のせい?

 急いではいるけど一刻を争うって程でもないし、墜落したところに行かないと不味いわよね。

 私はゴーレムに命令して、英雄の精霊とやらが墜落していったところへと向かわせた。





 笑みを浮かべた男は私の想像以上に強かった。

 いや、手こずったと言うべきか、とにかくこいつが使う幻術が厄介で決定打を打てないでいる。

 魔術と斬撃の波状攻撃を仕掛けるが、どれも当たらない。

 当たったと思っても手応えはなく、その姿は虚空へとかき消える。

 こんなにも連続で幻術の魔術を使えるものか?

 いや、そもそも魔術の儀式が何一つ見られない。

 相当な鍛錬をし本当に手足のように動かせるまで使い込んでもいるというのか。

 それにしても、詠唱なり印なり、魔道具なり何らかの儀式が必要ではあるはずなんだけれども、その予兆すらない。

 そんなこと普通の人間には到底無理だ。

 主のように桁外れの魔力と魔術への理解があれば話は別だけど、そんな存在が早々いていいわけがない。

 それに、イシュヤーデ様は多少魔力は高いものの普通の人間と断言した。

 少なくとも指パッチンで、破壊的な魔術を行使できる主のような相手ではないことだけは確かだ。

 つまりこの幻術には何か絡繰りがあるはず。

 今のところ、幻術は防御にしか使われていない。

 この精度の幻術を攻撃にまで使用されたら、私では凌ぎきれないかもしれない。

 まあ、それはそれでチャンスにはなるかもしれないんだけど、それは相手もわかっているんだろうな。

 もし攻撃されても急所だけは避ければどうにかなるはず。

 私に流れ込んでくるイナミ様の魔力が私をそう簡単には死なせはしない。

 攻撃を身で受けてからカウンターを入れれば、幻術でどうにかできるものではない。

 あくまで幻術で消えるように見えているだけで、実体がなくなったりするわけではないのだから。

 だけど、相手もそれがわかっているのか、あまり積極的に攻めてはこない。

 確実に一撃で仕留めようとするときにだけ攻撃を仕掛けてくるように思える。

 神経をすり減らす戦いだ。

 しかも、そんな攻撃を私が意を決して身で受けてカウンターを取ろうとすると、その攻撃自体をやめて距離を取ろうとしさえする。

 あからさまに時間稼ぎをされている。

 奥の部屋のほうが心配だ。

 こいつは、いや、こいつらは一人じゃない。恐らくは複数の暗殺者だ。

 それが幻術を連続で使えるカラクリなんだろうとは思うんだけれど、実はそれどころではない。

 相手が複数いるとなると最初に背後を取られてたってことは、すでに奥の部屋に侵入されている可能性が高い。

 急いでこいつを処理しなければいけないが、相手は時間稼ぎに徹しているし、さすがに無視するわけにもいかない。

 そうしている間に、奥の部屋から激しい炸裂音が聞こえ振動が伝わってきた。この聖堂自体を揺らすほどのだ。

 恐らくイリーナ様の魔術かなにかか? この揺れからして衝撃系の魔術だろうか。

 やはり襲撃者がもう一人居て、幻術で姿を隠し先行していたのかもしれない。これはまずい。

 イリーナ様の魔術だとすればそれは悪くはない選択だけれど、こいつら相手には通じるとは思えない。

 その音を聞きつけてか、すぐに聖歌隊の隊長が部屋に飛び込んできた。

 さすがに本人かどうか、確かめている余裕はないが、この笑みを浮かべた男のような嫌な感じは感じ取れない。

 ここはその直感を信じるしかない。

「奥へいそげ、既に奥に侵入されてる!」

 私がそう叫んだ時、眼では捕らえられない何かがヒュッと空を切る音を伴って首をかすめた、それは痛みを伴った。ギリギリのところでかわせたようだが、かすり傷程度は負っているかもしれない。

 かすった首筋がヒリヒリと痛む。

 時間稼ぎではなく本気で攻撃してきやがった。やっぱりこいつは時間稼ぎが目的だったとみるべきだよな。

 本命は既に侵入している方のはずだ。

 反撃とばかりに振るった私の曲刀は細目の男の首を切断するが、手応えはなく空を切る感じしかしない。

 その後、首を斬られた細目の男が蜃気楼のように揺らめき消え、その後ろに細目の男が現れ、そいつは隊長さんの方を見ていた。

 次の瞬間、シュッと空を切る音だけが再びする。

 相手の動きには特にないのに。とうとう攻撃にまで幻術を使ってきやがった。

 身構えてはいたが攻撃はこない。

「ぐっ……」

 と、別の場所からくぐもった声が聞こえる。

 狙いは隊長さんか、クソッ!! 投げナイフか何かだったのか?

 まるで見えなかったどころか、攻撃する動作すら幻術でどうにかできるものなのか?

 そうなってくると幻術だけでも超が付くほど一流の使い手だぞ。

「おい、大丈夫か」

 と、笑みを浮かべた男から視線を離さず声をあげると、

「私なら心配ない」

 すぐに返事が帰ってきて何か金属の物がカランと床に落ちる音が聞こえた。

 やっぱり投げナイフでも投げたのか。

 そのまま隊長は奥の部屋に向かっていく気配だけは感じ取れた。

 目で確認する余裕はさすがにないが、そういえばあの隊長さんは再生者って話だっけ。

 目の前の笑みを浮かべた男が、笑顔のまま小さく舌打ちするのが聞こえた。

 それだけで十分だ。

 舌打ちを聞き逃さなかった私は笑みを浮かべる。

 左手に宿っている残り少ない炎を全部使い細目の男に攻撃を仕掛ける。

 炎の舌は男の幻影を舐め、そのまま魔力が無くなり消えてゆく。

 消えた幻影、その奥を狙い曲刀を振りおろす。

 キンッと甲高い金属音がして曲刀が短剣で受け止められた。

「やっと手応えあったぜ」

「おっと、危ない、さすがに手ごわいですねぇ」

 細目の男はそんな軽口を叩きながらも、表情からはその特徴的な気味の悪い笑みが消えている。

 曲刀を両手で持ち力を込める。曲刀の刃をじわじわと細目の男に近づける。膂力は私のほうが上らしい。

 刃が男の体に振れそうになった瞬間、細目の男がニィっと気味の悪い笑みを浮かべる。

 その瞬間、私の曲刀は空を切るように軽くなる。

 そのまま細目の男を切り裂くが手応えはない。幻術だ。

 あの状態からでも使えるのか。やはり魔術の儀式の気配が丸でない。

 幻術は再度使えるまでは、やり多少なりとも時間はあるようだ。

 けど、今は……

 急に抵抗がなくなり暴走気味に振るわれた曲刀の勢いを生かしてその場から飛んだ。

 ヒュン、と何かが振るわれた音だけがした。

 幻術で攻撃を隠したのか?

 今度は連続で幻術を使用しやがった?

 曲刀を構えなおし、辺りを探ると少し離れた位置に細目の男はいた。

 やっぱり強いな、こいつ。

 せっかく主より大量の魔力が注がれているんだ。使わなくちゃ損だよな。

「燃え盛る凶鳥の羽よ、火の粉と共に舞い踊れ」

 魔術を展開し発動する。

 大した威力もなく火の粉を辺りに散らすだけの魔術だ。

 場合によっては小火位は起こせるかもしれない程度のもので、攻撃より陽動や目くらまし的な要素の強い術だ。簡単な構造の術なので術自体の発動は苦も無く素早く発動できる。

 広範囲に渡り火の粉がちり空中を舞うように浮遊する。

 その様子を見て細目の男は更に私から距離を取った。

 実体はある以上こういう系統の魔術はやはり苦手なのか?

 さすがに幻術で火の粉までは再現できないだろうし、実体があるなら火の粉動きで幻術で隠されていても見える!

 という目算だったが、距離と取っていた細目の男はまるで地を這う蛇のように火の粉に全く触れず縫うように素早く歩み寄ってきた。

 知らない魔術にたいして距離を一旦取っただけだったっようだ。

 クソッ、まじかこいつ幻術だけじゃない、恐ろしく鍛錬を積んだ襲撃者だ。

 よく不規則に舞う火の粉を避けられるものだと感心しつつ、這い寄ってきた細目の男を曲刀で迎え撃つ。

 それと同時に次の魔術の用意もしておく。

 魔術の構成に意識をとられすぎないようにして、細目の男を曲刀で水平に斬りつける。

 曲刀は細目の男の頭部をまるで抵抗がないかのようにすり抜ける。

 その後すぐに細目の男は元から何もなかったかのように掻き消える。

 これは予想済み。

 キラキラと輝き空中を漂う火の粉の動きに注目する。

 左側のすぐ近くの火の粉が不自然に揺れる、それと同時に左側から素早く駆け寄る足音が聞こえる。

 どっちだ、いや、二人いる?

 用意しておいた魔術を解放する。たいした威力はないが、範囲と拡散性は優秀だ。

「爆ぜろ、火衣の針鼠」

 小指ほどの小さな火の矢、いや炎の針が無数に左手から広範囲に一斉に解き放たれる。

 実体がある以上かわせる範囲と密度ではない。

 相手からしたらいきなり炎の壁ができるようなものだ。

 左側から細目の男が虚空から追い出されるように現れ、慌てて距離をとり炎の針の散弾から逃れようとするが、かわしきれずに炎に被弾する。

 服でも燃え上ってくれれば幸いだったが、数カ所服をを焦がすだけに留まっている。

 右側の足音が本命か、振り払ったままの曲刀を持った右手をなんとか構えなおし意識を集中すると、無数の炎の針を抜けて足音だけがこちら側に向かってきていた。

 あの密度の炎の針がまったく当たった形跡すらない。

 全部かわした? さすがにあり得ないだろ。

 人が炎の針を掻い潜って通りぬける隙間はさすがにないはずだ。

 音だけで気配すらつかめない。音を頼りに当たりを付け曲刀を振るうが空しく空を斬るだけだった。

 その後足音だけが、駆け抜けていった。

 しまった、狙いは奥の部屋か!?

 と一瞬思ったが足音はそのまままっすぐ進み壁に向かっていき消えた。

 足音の幻術? そんなのまであるのか?

 一瞬意識が足音の幻術に持っていかれる。その瞬間を細目の男が見逃すはずがない。

 凄まじい速度で、今度は漂う火の粉を気にすることもなく詰め寄る。

 が、それを私は待っていた。

 奴が火の粉を無害と思い込んで、突っ込んで来るのを。

「馬鹿めっ! 燃え盛れ爆炎蝶ッ!」

 空中を漂うだけの火の粉が一気に膨れ上がり炎の塊になる。

 簡単な魔術だ。周囲の炎の勢いを一時的に増すだけの魔術だ。けれど火の気の多い場所なら効果は絶大だ。

 私自身も巻き込む形になるが精霊の血筋のせいか、私は炎に少しばかり耐性がある。

 私の祖父か祖母かはわからないが、火の精霊だったんだろう。

 膨れ上がった炎で室内が一瞬にして火の海になる。

 が、一瞬で炎が収まり火の粉も消え、完全に火の気がなくなる。

 辺りから焦げ臭い匂いが漂い、少し息苦しい。

 火の粉の中心にいた細目の男はもろに一瞬とはいえ爆炎を浴びたはずだ。

 一瞬の高熱で炙るようなもので火傷になるような攻撃ではないが、確実に命中はしているはずだ。

 が、細目の男が着ていたオスマンティウス教の礼服だけが、その場にぱさりと音を立てて落ちた。

 礼服からはプスプスと煙が上がっている。

「今のは驚きました。

 知らない魔術もまだまだあるようですねぇ」

 黒い、ただ黒い衣服をまとった細目の男が距離をとりたたずんでいた。

 おいおいおい、なんだよそりゃ。礼服が身代わりになったとでも言うのかよ。

「マジか。今のも当たらないのかよ」

「いえいえ、今のはかなり焦りましたねぇ。

 こっからは本気でいかさせていただきますよぉ」

 何者なんだ、この襲撃者。ただ凄腕ってレベルじゃないぞ。

 くそ、奥の部屋にも侵入されさてるってのに、こんなの相手に大丈夫なのか?

 怪我でもされてみろ、主に私は殺されてしまうぞ!




 エッタがわたしをかばい刺された。

 そのエッタが力なく崩れ倒れていく。

 あ、ああっ、あぁぁああぁあああ、わ、わたしのエッタが……

 頭の中が真っ赤に染まり、怒りでいっぱいになる。

「許さない」

 と自然と口から漏れ出た。

「構いません、恨まれるのは慣れているので。

 まあ、恨んでいる大半の方はもうこの世にはいませんが。

 おっと悪い癖ですねぇ、師匠のように会話をしてしまうとは。

 とりあえず恨みはありませんが、一度死んで頂けると助かります、新しい神様とやら!」

 激しい怒りがこみ上げ思考を燃やし殺意へとかえる。

 イナミには無暗に人を傷つけないようにって言われてたけど、エッタに怪我をさせたこいつをわたしは許さない。

 たとえイナミの命令に反するとしても。

 力を開放する。

 これは魔術じゃないし、ましてや魔法ですらない。

 その力の在り方が違うし、根本から違うもの。

 魔力を込めて願うだけで発動する。

 言うならば、神の奇跡とでも言うべきもの。

 精霊の知識の環から切り離された今の無知なわたしには、この力がなんなのかよくわからない。

 でも、わたしはこんな力より、エッタを癒せる力が欲しかった。

 刃を持った男の動きが止まり苦しみだす。

 当たり前だ。利き手を塩にしてやったんだから。さぞかし痛いんでしょうね。

 でも、こんなことだけじゃ許さない。

「な、なんですかっ!! これは手が、手がっ!!」

 続いて逃げられないように、動き回られないように、両足を塩にする。

 声にならない悲鳴が上がる。

 小賢しくもまやかしの術でわたしを紛らわそうとしたけど、わたしにはそんなもの効かない。

 そもそも私の目は飾りでしかない。元から見えていないものにまやかしを掛けようだなんてばかばかしい。

 普段のわたしは魔力の波長で物事を見ているんだから。

 それに、人間も体内にも塩を有している。

 だから、わたしにそれがわからないわけがない。

 怒りが収まらないので、そのまま足首から両膝まで塩にしてやった。もっと苦しめ。後でじわじわと全身塩にしてやる。

 男はそのまま倒れ荒い息をしている。その表情には笑みなどなくただ絶望の表情だけが浮かんでいる。いい気味だ。

 エッタを見ると、力なく倒れお腹から血をどくどくと流している。

 その顔はみるみるうちに青くなっていく。エッタから命がこぼれ落ちて行っているのが、無知なわたしにもわかる。

 わたしにはどうしたらいいか、わからない。

 まだわたしが精霊で、知識の環につながっていれば、そこからエッタを救える術を、情報を引き出せたのに。

 今の私は精霊ではない、だから知識の環に繋がることができない。

 癒しの魔術なんて、わたしは知らない。エッタを助けることができない。

 何もできないでいるわたしの元に、ミリルとかいう人間が部屋に駆けこんでくる。

 ミリルもお腹から血を流してはいるようだが、平然としているように見える。

 それよりも確かこのミリルって女は癒しの魔術を使えたはずだ。

「お願い、エッタを助けて」

 ミリルはまず床に転がっている男を見てぎょっとしたが、すぐにエッタに駆け寄り魔術を展開し始めた。

 けど、その表情は泣きそうなほど険しかった。




 私は漂っていました。

 何もない真っ暗な空間です。

 私は、死んだのでしょうか?

 でも、神様を守って死んだのならば本望です。

 神様は無事でしょうか。

 心配でなりません。

 でも、あの男が神様をどうにかできるとは思えません。神様が本気になれば人では太刀打ちできません。

 だって神様なのですから。

 ただ気がかりと言えば、精霊鋼の短剣を持っていたことでしょうか。

 神様はもはや精霊ではありませんが、精霊鋼は肉体と魂、両方に影響を及ぼすと言われています。

 そんなもので刺されたら、神様が痛がるかもしれませんし、とっても心配です。

 はぁ、もう少し神様と一緒に居て尽くしていたかったですが、仕方がないですね。

 しかし、精霊神殿の教えでは死後の世界はないっていう話でしたが、死後の世界はあるものなのですね。

 ここを死後の世界と言っていいのかわからないですが。

 教会の教えでは、天国と地獄というものがあるのでしたっけ。

 そう言ったものともここは違うようですし、ここには何もないので、ある意味では死後の世界がないという精霊神殿のほうが合っているんでしょうか?

 いえ、両方とも違ってますよね。

 もし私が生きて帰れるのならば、死後の世界は何もない空間を漂うだけと、伝えましょう。

 実体験をしたのです。間違いはないはずです。

 そんなことをなんとなく考えていると、

「生きて帰りたいか?」

 急に声がしました。

 聞いたことはない声ですが、とても懐かしく、そして暖かく、どこか親しみがあり、恐れ多くもある様な、そんな声でした。

 ですが、私は声を発することができません。

 私ができるのはただ漂うことのみです。自分の手も足どころか、顔や目や耳や口、そう言ったものすら感じ取ることすらできません。

 本当にたださまようだけの存在でしかありません。

「生きて帰りたいと願うならば、我が寵愛を受ければ良い」

 声の主はそう言いました。

 私はその言葉の意味が、そう言う事なのだと、理解できました。

 そして、この方が、あの方だとも理解できました。

 太陽の化身、精霊の王の中の王、太陽の原初の精霊、精霊王アデュスワーズ様。

 もし私が聖歌隊のままならば、迷わずその寵愛を受けたことでしょう。

 精霊王様のご意向を無視することなどできませんから、いえ、自ら望んでそうしていたかもしれません。

 ですが、今の私は神様の巫女です。神様だけの巫女なのです。

 この方の寵愛を受けるわけにはいきません。

「ほう、我が寵愛を拒むか。面白い。だが、それならば助けることはできぬ。

 自らの運命に身をゆだねると良い」

 そう声は答えてはいますが怒っているようには感じられません。いえ、どこか私を哀れんでいるようにすら感じます。

 ここでは言葉以上に、その言葉の真意が感じられる気がします。

 すいません、精霊王様。今の私はオスマンティウス様の物なのです。それを裏切ることはできないのです。

 やがて暖かい気配は私から遠ざかって行きました。

 私はこのままこの何もない空間を漂い、やがて薄れ消えていくのでしょう。

 もし生まれ変わりと言うものがあれば、私は再び神様の元へと……




 疎らに背丈の低い草が生えているだけの地面にお尻があった。

 結構な勢いで落ちてきたのか、そもそも墜落地点がちょうど砂地だったせいか、英雄の精霊さんは地面に上半身が埋もれ、お尻を突き出す形で埋まっていた。

「グリアノーラ様っ!!」

 そう悲鳴のように叫んでグリエルマさんが駆け寄って掘り起こそうとするが、砂地なせいか掘っても掘って砂が戻ってきてしまう。

 悪いとは思うけど、なんかシュールだ。

 失礼とは思ったけど、ゴーレムで足を掴んで引っこ抜かさせてもらった。

 英雄の精霊さんは目を回して気絶していたようなので馬車に運び入れて寝かせ、とりあえずコロシアムへと再度出発した。

 けど、今の動作で方向が大分ズレた可能性がある。夜にまたグリエルマさんに方向を確認してもらわないと。

 この辺り道どころか、目印になるものすらないから一度方向が狂うと大変なんだよ。

「この…… 精霊さんはどんな精霊なの?」

「その名の通り英雄の精霊で、英雄に付き従い、助け、共に戦って頂ける精霊です」

「アレクシスさんの精霊なの?」

 私がそう聞くとグリエルマさんはにっこりと微笑み返してくれた。

 その真意はわからないけど。

「いえ、もちろんアレク様にもついていた時期はありますが、それ以外の英雄にも、英雄と呼ばれるにふさわしい人物を助ける精霊です。

 この方が傍らにいれば、それがそれこそが正義の証明にもなる、と言われる精霊です」

 説明を聴きながらその精霊を眺める。

 なるほど、これが本物の精霊か。

 実体はあるが、普通の生き物とは違う。ただ実体が希薄とか薄いとかそう言った感じでもない。

 どちらかと言うと、生物と言うよりは物体、という表現のほうがしっくりくる。

 肉体と言うよりは石像っていうイメージのほうが正しい。

 肌が意志のように固かったりぬくもりがないわけではないのだけれども、どういうわけか、生きていると言うよりは、動く石像、そうゴーレムっていう感じのほうが近いイメージを受ける。

 妖魔は姿こそ悪魔のようだけれども生物ぽさはあるのに、精霊はなんだか生物というよりは物体と言った感じのほうが強い。なんか不思議な感じがする。

 超高精度で作られた像か人形のようなものを見ている感覚に近いのかもしれない。

 精霊と言うものがどういったものかは一旦置いておいて、その精霊が纏う魔力には心当たりがある。

「あー、なんでこの精霊は精霊神殿に縛られないか、理由はわかったわ」

「え? そうなんですか?」

 グリエルマさんが驚いたように私を見てきた。

 でも、グリエルマさんはこの精霊のことどう思ってたんだろう?

 例外だから、特別な精霊だから、とか?

「この魔力の雰囲気はアレクシスさんの魔力ね。

 恐らくだけどこの精霊はアレクシスさんと盟約の魔術を交わしてるよ」

 意識すれば主従の契約の魔術の術式も私なら読み取れちゃう気がするので、そこはあえて見ない。

 だって、あれでしょ? プライベートなことよね?

 しかも主従の契約内容だなんて、他人が覗き見るものじゃないよね?

 まあ、アレクシスさんがどんな術式を使っているのかは少し興味があるけど、覗き見するのはなんか悪い気がする。

 それはそれで置いておいて、新型ゴーレムの制御に魔力パターンを取り入れたから、その時にいろいろ学んだんだ。

 魔力には波動、周波数のような物? が、あってそれである程度人物の特定やその魔力の強さや精度までわかってしまうようにまではなれた。

 だから、今の私にはわかる。

 この精霊に注がれている魔力はアレクシスさんのものだ。魔力の強さこそ辛うじて私が勝ってはいるものの、その魔力の精度は私より圧倒的なまでに高い。

 洗練された魔力とも言うべき質のよい魔力だ、それがこのグリアノーラって精霊に流れ込んできている。

「グリアノーラ様がですか?

 妖魔でなく精霊が盟約の魔術を交わすことは稀だと思うのですが、でも、相手がアレク様ならありえなくはないと思いますが……

 わたくしもそんな話は聞いたことがないですけども、確かにそれならグリアノーラ様が精霊神殿に縛られていない理由にはなりますね。

 アレク様を守るように精霊王かそれに類する者から、魔力を受けているものと勝手に思っていたのですが、なるほどアレク様自身がですか」

 そこで私は一つのことを思い出す。

 それはアレクシスさん自身が言っていたことだ。

「あー、もしかしてアレクシスさんが助けたっていう半精霊がこの精霊になったんじゃない?」

 何の気ないし、私がそう言うと、その答えは私の後、英雄の精霊さんを寝かしている座席から聞こえてきた。

「そうだけれども、なんであなたはその話を知っているのです?」

 その言葉に気絶したはずの精霊のほうに目をやると、上半身を起した精霊が、恨めしそうに私を睨んでいた。

 とても美しい中性的な精霊で、雄型なのか雌型なのかも見た目だけではわからない。

 ただ普通の人間より全体的に大きいサイズで二メートルは優に超えている。

 ちょっとした巨人と言っても差しつけがないかもしれない。

「グリアノーラ様! ご無事ですか?」

「グリエルマ、久しぶりです。

 で、この、なに、この、化け物みたいな魔力を持った…… なんなのです?」

 化け物、また化け物呼ばわりか。

 ま、まあ、確かに言われることは多いけどさ。

 初対面の対手にそんな面と向かっていう事はないじゃない?

「あ、えーと、血の精霊のイナミです。一応精霊王にも認められた精霊、なんだけど」

 自己紹介をすると、英雄の精霊様は訝しげな眼をして私を見ている。

 けどすぐに何かに思い当たったのか、思い出したような表情を見せた。

「血の精霊? ああ、アレクが言っていた。

 だからグリエルマと一緒にいるのですね。

 一応確かめます」

 そう言うと、グリアノーラとか言う精霊は目を閉じてしばらく固まった。

 なにしているんだろうと、思っていたら、急に眼を空けて喋りだした。

「王から金貨まで貰っているのか。なるほど。

 稀人の魂が宿った精霊ね。しかも混血種で月の女王様の娘って、えぇ、これは、うーん……。

 王もよく例外だらけのこの方を精霊と認めたものですね」

 なんか勝手に私のことを言い当て始めた?

 占いとかそういうレベルじゃないよね?

「え? なんで知ってるの」

 しかも今の口ぶりからして、アレクシスさんから聞いたって感じじゃなかったよね。

 え、なに、今の。

「ああ、あなたは混血種だから知識の環に繋がれないのですね」

「知識の環?」

 と、私が聞き返すと、英雄の精霊さんは得意そうな顔をした。

「小精霊なんかを助けるためにあるもので、いろんな知識を引き出せることができるものです。

 無垢で無知で無力な小精霊が、色んなことを知っているカラクリですね。あまり知られてはいないことだから広めないでください」

「そんなものがあったのか」

 色んなことを知れるなら私もその知識の環とやらに繋がってみたいけど、なんで混血種はダメなんだろう?

「グリアノーラ様ももしかしてコロシアムに向かっているのですか?」

「ええ、アレクに言われましてね。

 手出しはなるべくしないで現状だけ調べ欲しいという話だったのですが……

 グリエルマがこんなところに居て向かっているってことは、そう言う事なのよね?」

「はい」

「わかった、私も手伝いましょう」

 グリアノーラとかいう精霊は任せろとばかりに、自分の胸をトンッと叩いた。

「アレクシスさんの命令はいいの?」

 私がそう聞くと、キリッとした表情を私に向けた。

「私は英雄の精霊です、私の一番の使命は英雄の手助けすることです。

 グリエルマはまぐれもなく英雄の一人、手助けしないわけにはいきません」

 見た目は中性的な感じで性別はわからないけど、喋り方は少し女性ぽぃ?

「グリアノーラ様、ありがとうございます」

「それでは、グリエルマに付くから雄型になるとしますか」

 私がその言葉に、ん? となっていると、今まで中性的だった見た目が、みるみる変わっていき雄型、ようは男の人の見た目に変化した。

 輝くような金髪で長いままなんだけれども、すらっとした整った顔立ち、線が細いのにしっかりと筋肉がついていて綺麗で優美な男性的なスタイルに目の前で変化した。

 どことなくアレクシスさんに似ているような、そんな美形、いや、美男子の精霊がそこにいた。

「ふむ、女性の英雄は少ないからな、雄型になるのは久しい、か」

 英雄の精霊さんはそう言いながら、自分の体の具合を確かめるように動かしている。

「助ける英雄の逆の性別になるの?」

「その方が士気が上がるからな」

 なにか喋りかたまで男っぽくなってる。

 いや、確かにかっこいいけど。どうなのそれって。

「そうかもしれないけど……

 まさかとは思うけど、混血種を作りまくってはいないよね?」

 なんだか嫌な予感が過った私は失礼と思いつつもつい口に出してしまう。

「英雄、色を好むとはいうが、確かに私と交わろうとする英雄は多い。

 だが、それはアレクに止められている」

 まあ、それはそうか。

 アレクシスさんがそんなこと許すわけないか。

「それはさておき、なんで私が元半精霊だったとわかった?」

「知識の環とやらでわからないの?」

 少し意地悪ぽく言い返してみた。

 悪気はないけど、なんとなくこの精霊からは私はそれほど好意的に見られてなさそうなので?

 でも、考えてみればそうか。アンティルローデさんの体ってことは、月の女王様の不詳の娘ってことだもんね。さっきこの精霊さんが言葉を濁していたのはそういう事だよね。

 体がそのまま精霊の身分になるっていう話なら、そりゃ好意的には見れないのは当たり前なのかな?

 でも精霊と人間じゃ大分常識が違うからなぁ、実際のところどうなんだろう?

「知識の環は万能ではない。

 個々の精霊や小精霊が己の知識や知っていることを書き込むことで共有できるものだ。

 その場に精霊が居なかったり、その情報を知っていても書き込まなければ共有されるものではない」

 うーん? ウィキみたいなものなのかしら?

 だとすると嘘とかも書き込めるのかしら?

「私も半精霊を盟約の魔術で助けたのよ。その時アレクシスさんが同じようにしたことがあるって言ってたから、それかなって」

「なるほど」

「とはいえ、色々あって私が助けたその半精霊は、今や新しい神様になったんけどね」

「神に? ああっ、あの新しき神か? 色々と噂を聞くが。

 その話もアレクから聞いてはいるが、どうやったら半精霊が神に?

 それは、今は置いておく方がいいか。その神に対してはアレクにも色々思惑があるようだしな。

 それにしても、ここはあれか。

 岩の巨人が引いていた戦車の中なのか?」

「うん」

 アレクシスさんがオスマンティウスに思惑が?

 なんだろう?

「なんなんだ、これは?

 急にどでかい武装した戦車が現れたから、本当に度肝の抜かれたぞ」

 そりゃそうか、こんな目立つようなものがいきなり現れたら驚きもするか。

「んー、まあ、一番速度が出る馬車がこれだったからね、一応戦車、と言えなくもないけど、名目上は馬車なのよ。馬なんか使ってないけど。

 そうじゃないと登録が大変になるって言ってたよ」

「戦車か馬車かなんてどうでもいい。なんでこんな馬鹿でかい物がいきなり現れた?」

「ちょっとした魔術で隠してたのよ。目立たないようにね。

 ただグリエルマさんの知り合いみたいだから、その魔術を解除したら、あのありさまだっただけよ」

 私がそう言うとグリアノーラさんは一瞬だけムスッとした表情を見せた。

 けど、すぐに切り替えてか、表情を改めた。

「みっともない姿を披露したが、さすがにこんなものがいきなり湧いたら誰だってびっくりするさ。

 しかも中からは魔王以上の馬鹿げた魔力が感じられたんだぞ?

 私はあの瞬間死をも覚悟した」

 あっ、馬車だけに驚いたわけじゃないのか。私の魔力にも驚いたのか。

「も、申し訳ないです……」

「いや、いい。英雄の精霊に恥じるような、醜態をさらしたのは私の不甲斐なさのせいだ」

 話がどんどん脱線していくのを危惧してか、グリエルマさんが話を本来話さなくてはならないほうへと修正してくれた。

「グリアノーラ様。

 グリアノーラ様は、魔神の亡霊のことどこまでご存じなのですか?」

「確かに存在はしている、と言うこと以外は私も情報は持っていない。意思疎通ができるのかとか、戦闘能力を持っているかなどは不明だ。

 シェイド自身も確認はしたが、一目見て自分にはなにも理解できることも、できることもないと悟り、引き返したそうだ。

 夜にしか現れないらしいが、詳しいことは不明だ。

 詳細を調べるために空を飛べる私が一足先に送られたと言うわけだ。アレクは今、人間のごたごたに巻き込まれてまともに動けないそうだからな。

 毎日嫌そうな顔をして、神殿と教会の間に挟まれているよ。

 あと、そうだな。人間のごたごたと言えば、これは…… 一応伝えておくべきか?

 亡霊の件とは別件なのだが、ズー・ルーが教会の命で動いているかもしれないとシェイドが言っていた。

 対象は不明だが、奴らはイナミとか言う町に向かっていると言う話だ、もしかしたらグリエルマが狙われているかもとアレクも心配していたぞ」

「え? うち? ズー・ルーってなに?」

 私がそう言うと、厳しい表情でグリエルマさんが答えてくれた。

「凄腕の、いえ、間違いなく世界最高の暗殺者集団で暗殺教団のようなものです。

 今は教団と呼べるほどの人数はいないはずですが、それでも世界最高峰の暗殺者なのは間違いないです。

 イナミの町ということは、オスマンティウス様辺りかわたくしか、もしくはイナミ様が標的でしょうか。次期エルドリアのアンリエッタはさすがに違うと思います。

 一番可能性がありそうなのは、新宗教を立ち上げた新しい神のオスマンティウス様、その周辺の誰か…… 中心人物のイリーナ様と言ったところでしょうか」

「むー、イシュもいるし、大丈夫だよね?」

 さすがにもう念話できる距離じゃないのよね。

 盟約の魔力は日々吸われ、対象者に送られていってるようなんだから、念話も通じればいいのになぁ。

 でもさすがに敵地になるかもしれないような場所に、中継地点を作っていくのは危険よね。

 しかし、本当にグリエルマさんの言った通り刺客を送って来た。

 教会とか聞くと私の中では良いイメージがあるんだけど、こっちの世界の教会はそうでもないのかもなぁ、刺客送ってくるくらいだし。

 けど、刺客かぁ、誰が狙われてるんだろう?

 狙われているのが私なら、まあ、イシュが化けてるんだから平気なはずよね?

 グリエルマさんはここに居るから平気だろうし、オスマンティウスとイリーナさんだったら嫌だなぁ、それが一番困るけど、イシュが何とかしてくれるよね。

「恐らくはですが。そもそもオスマンティウス様をどうにかできるような人間は存在しませんよ。

 あの神が本気を出したら…… 権能をお使いになったら神器並みの防具でも所持してない限り人間では相手になりません。

 それにアザリスもいるんです。心配は無用でしょう」

「そうよね、イシュもいるんだし大丈夫だよね。にしてもアザリスさんってそんな強いの?」

 グリエルマさんもミリルさんも皆、アザリスさんが凄く強いっていってるんだけど、私にはよくわからない。

 イシュの魔力は人のそれとは一線を凌駕しているっているってのはわかるんだけど。

「ええ、イナミ様と盟約を交わした今では、十三英雄の中でもアレク様を抜いたら、そう簡単に勝てる人はいないでしょう。

 剣技も魔術も一流です。悔しいですが流石は魔王候補として育てられた逸材と言ったところです。

 その才がなければ、そもそも亜人達は人間の娘を生かしては置かないでしょうし」

「えぇ、そんな強いんだ……」

 人の強さとかよくわからないよ、アレクシスさんが強いってのは私にもわかるけどさ。

 剣の腕が凄い! とかそういうのはまるで分らないなぁ。私運動神経良い方じゃなかったと思うし。

「ええ、まあ。ただ実戦はあまりしたことがないと、本人は言っていましたが問題はないかと思います。

 イナミ様と盟約を結んでいると言うところも大きいですけどね。

 それ以外の、剣の技量もそうなのですが、野生の勘とも言うべき感覚の鋭さを持っているんです。

 ズー・ルー相手でも負けはしないでしょう」

 グリエルマさんはそう言い切りはしたけど、なんだか難しい顔をしている。

 そのズー・ルーってのが、相当凄いんだろうか?

「そのズー・ルーって言うのよくわからないんだけど、暗殺者? 殺し屋ってことなのよね」

 暗殺者? 殺し屋?

 うーん、どっちもピンとこない。私のゲーム脳的な知識じゃシーフやスカウトのジョブを鍛えるとアサシンにジョブチェンジできるってイメージだよ。

 殺し屋っていうと、黒い帽子と黒いトレンチコート来て、マシンガン? そんな感じの鉄砲をバババババッって撃ってくるイメージだよ。

 相変わらず貧相な私の想像力だ。

「そうですね。王都の暗部と言った感じです」

「王都の、ってことは教会の組織って訳じゃないのよね?」

 王都、王都ねぇ、王様がいるところで、神殿と教会の本部があるところだっけ?

 でも聖都と神都がって、聖都が神殿の本拠地で、神都が教会の本拠地でって、本拠地と本部ってどう違うのよ。

 この世界のことはよくわからないなぁ、もう。

 とにかく王都にそのズー・ルーっていう暗殺組織の本部もあるってことなのかしら?

 王都ってどんなところなのよ、魔境かラスダンかなにかなの?

「ええ、中立のはずです。

 古来よりある暗殺教団といったところでしょうか、実体はわたくしももよくは知らないのですが」

「そんなものに狙われるだなんて嫌よね。どうにかできないのかしら」

 昔からある暗殺教団…… 暗殺者の老舗ってこと?

 うへー、嫌だなぁ。イシュには悪いけど、イシュが狙われてくれてないかなぁ。

 オスマンティウス達のほう狙われたら心配だよ。

「ほんとか嘘かわかりませんが、一度失敗した依頼は二度と受けないと、聞いたことがあります」

「じゃあ、一回でも撃退できればいいのね?」

「あくまで噂なだけで定かではないです」

「逆にそのズー・ルーにその依頼者を…… って依頼するのはダメなの?」

「え? ど、どうなんでしょうか。

 少なくともわたくしにはそんな伝手はないです。

 実家に聞けば何かわかるかもしれないですが……」

 そう言ってグリエルマさんは少し困った顔を見せた。

 実家に頼るのは、あんまり好ましくないのかしら?

 それ以前に、娘から暗殺者の伝手をって言われることになる親は嫌だろうけど。

「アレクなら知ってるかもしれないが、あんまり関わりたがらないだろうな。

 アイツは政治に積極的には関わろうとはしないからな」

「え、暗殺が政治なの?」

 私がそう言うと、グリエルマさんは本当に困ったように苦笑した。

「暗部…… ではありますけどね。

 あまり良いことだとは言えませんが、統治する上で必要最低限の犠牲ですむ方法の一つであることは否定できません」

 魔王との戦争で疲弊しちゃうし、いつまた魔王との戦争が始まるかわからないしで、人間同士の戦争なんてできないから、暗殺の文化? そう言ったものがこの世界にはあるのかもしれない。

 確かに人間同士で戦争し始めるよりはいいかもだけど。

「きれいごとだけじゃいけないってことか。うーん……

 まあ、一度撃退できればもう手を出されないって言うのを信じて撃退するしかないのか。

 誰も傷つかなければいいけど」

「それもありますが、もし本当に教会がズー・ルーを使いこちらを襲撃したとなれば報復も考えないといけません」

「報復って…… どうするの?

 教会本部にでも、どぎつい魔術でも放てばいいの?」

 私が冗談でそう言うと、グリエルマさんは一瞬驚いた顔をした。

「それも、ありかもしれませんね。

 正直なところ、イナミ様が居られるなら、アレク様が居なくても教会を物理的に殲滅できるでしょうし」

「え、いや、冗談だよ?」

 私がそう言い返すと、グリエルマさんはじっと私を見つめた後、ゆっくりとこう言った。

「ですが、イナミ様。

 もし身近な人物に危害が及んでいたら、どうするのですか?

 泣き寝入りされるのですか?」

 そう言われて初めて私は事の重大さに気が付いた。

 ちょっと平和ボケしすぎていたのかもしれない。

 ここは私の前世の世界だったような平和な世界じゃないんだ。

 人の命なんか日常的に奪われる世界なんだ。そしてこの世界でも死んだ人間は蘇らない。

 私は、まあ、人ではないから。精霊で吸血鬼で神様だし。って、そんなことはどうでもいい。

 この世界でも死んだ人間は蘇らない。それは真実なんだ。

「そ、そうね。身近な人たちが傷つけられたら、二度とそんな事させないような気持ちにはさせたくはなる、かも。

 もし、ないとは思うけど、取り返しのつかないようなことになってたら、王都まで乗り込んでいって教会本部から全員たたき出して、教会本部を完膚なきまでに破壊するかも」

 私がそう言うと、グリアノーラさんが私を見定めるように見つめた後、口を開いた。

「お前の力なら、それは実際容易くできるだろうな。

 止められるのはアレクくらいだろうが、だが、アレクは…… 止めると思うか? グリエルマ?」

「いえ、アレク様は恐らく止めないでしょう。逆に、手を貸すこともないと思いますけど」

「うむ、血の精霊イナミよ。

 仮にそのようなことになっても、この私がお前の正当性、英雄性を保証しよう」

 そう言って、グリアノーラさんはニッコリと私に微笑みかけた。

 それはつまり、正義は我にありって、事なのよね。

 それはそれで嬉しいけど、そんなことにはなって欲しくはない。

 きちんと撃退してくれたらそれでいい。

「そんなこと、仮にでもなって欲しくはないんだけど」

「そうですね、今は皆の無事を祈るしかありません」

 グリエルマさんは目を閉じ祈るような仕草をした。

 一体何に祈るんだろうか? 教会が信仰する神に?

 でも、教会が敵になったとしても、教会が信仰する神が敵になったわけじゃない。

 けれども、その神様はもうこの世界から去ったという話だ。

 グリエルマさんは一体誰に祈りを捧げているんだろうか。

「ああ、そうだ。話は変わってしまうが、グリエルマ。

 大体の話はアレクから聞いてはいるのだが、キミの呪いのこと詳細は知らないんだ。

 詳しく話してもらってもいいか?」

「はい、わかりました」

 少しためらった後、グリエルマさんは了承した。

 本当はあの呪いの痣、他人には見せたくないのかもしれない。あれは人ならざる邪気を孕んでいる。


 グリエルマさんが呪いのことを説明し、グリアノーラさんが呪いを一度直接見てみたいと言ったので、グリエルマさんが服を、霊装を脱いだ瞬間、私には見えた。

 糸だ。半透明だがそれは確かに糸だ。

 これと同じものを見たことが、いや、見たことはない。けど、感じたことはあったかもしれない。

「糸、糸が見える……」

 私がそうつぶやくと、グリエルマさんとグリアノーラさんは不思議そうな顔をした。

 その糸は、確かにグリエルマさんの左腹部、呪い痣から出ている。

 今まで見えなかったのに急に?

 もしかして、テッカロスの亡霊が出るというコロシアムに近づいたから?

「そう、糸。恐らく…… これは縁の糸。

 繋がってる先は魔神テッカロス……」

 私が糸を見て感じたことをそのままつぶやく。

「この呪いが?

 魔神テッカロスの亡霊と関係が……

 いえ、関係がないわけないです、死に際に掛けた死の呪い。

 そして、神剣で倒されたはずなのに、その亡霊が現れた……

 最初から仕組まれていた?

 いえ、この呪いが原因で亡霊が出てきたと考えるのが妥当ですね」

 グリエルマさんが何かしら考えこみだした。

「これは多分だけど。

 私の時はこの肉体をアンティルローデが取り返そうとして、縁の糸を繋げていたのね。

 テッカロスもそのつもりでいるとかかもしれない?」

 私の言葉にグリアノーラさんが少し考えてから反論を言った。

「いや、魔神の魂は人の器では収まり切れないだろう。

 恐らくは、その縁の力により神剣の効果より逃れ、この世界にしがみ付いていると言ったところか。

 糸か、私には見えないが、この魔力をもってすれば、縁の糸を見切ることもできるのであろうな。

 では、その糸を切りさえすれば、この呪いは解けるのではないか?」

 なるほど、テッカロスもこの糸にしがみ付いて、現世にぶら下がっている状態なのか。

「ちょっと待ってよく見せて」

「は、はい……」

 糸は確かに呪いの痣からでているが、糸に触ろうとしても触れない。

 魔力を集中させ高圧縮された魔力でなら、辛うじて振れることができたので、それを引っ張ろうとしたら、グリエルマさんから苦悶の声が上がった。

 この糸はグリエルマさんの肉体、いや、魂とも絡み合っている。

 呪いの根本だ。それがテッカロスの亡霊に近づいたことにより、魂を引き出すばかりに伸びているんだ。

 無理に引きはがそうとするものなら、グリエルマさんの魂そのものを引きはがしかねない。

 また切ることによって何が起きるかも想像がつかないし、下手をしたらグリエルマさんの魂ごと切ってしまうかもしれない。

 アンティルローデさんとの縁を断ち切ったアレクシスさんの神剣でなら、もしかしたら断ち切れるかもしれないが、それは可能性でしかないし、切ることでグリエルマさんの魂を気づ付けてしまう事には違いないと思う。

「だめね、無理に引きはがそうとするとグリエルマさんの魂も引きはがしちゃうし、切りでもしたら魂そのものを傷つけちゃう。

 私はやめたほうがいいと思う」

「打つ手はないと?」

 難しい顔をしグリアノーラさんは苛立たしそうにうなった。

「今のところは。

 私にわかるのはその呪いから糸が出ていて、それが魂を絡め伸びているってことくらい」

「いえ、それだけで十分です。

 やはりこれは、この呪いと決着をつけなければいけないと気が来たようです」

 グリエルマさんは決意したように鋭いまなざしでそう言った。

 そして、グリエルマさんは驚くべきことを私に続けて言ってきた。




 ミリルが必死に魔術を使ってくれてはいるが、エッタからぬくもりが徐々に消えていく。

 となりの聖堂からは今も戦いが続いている気配がある。

 アザリスが「おまえたちも早く奥へ」と、叫ぶ声が聞こえた。

 騎士団と神官戦士の連中がやってくる。

 その中には教会の神官戦士とか言うのもいる。

 色々と文句を言ってくる教会の連中はあんまり好きじゃないけど、癒しの魔術が得意って聞いたことがある。

 それにこいつらはわたしの信者を守ってくれる連中でもある。

「お願い、エッタを助けて!!」

 わたしがそう言うと、ミリルの代わりに神官戦士の女がエッタの元に近寄るが、エッタの様子を見た後静かに首を横に振った。

「わ、私ではもう手の施しようが…… ありません……

 血を流しすぎてます…… それに内臓にも深手…… 傷が達しています、これではもう……」

「そんな……」

「エッタ…… すまない」

 ミリアも涙声でそう漏らした。

 そこへ一人のみすぼらしい男が入ってきた。

 騎士団は警戒したが、そのみすぼらしい男の顔を見たとたん、

「ラ、ラルフ司祭?」

 と、ミリルが口にした。

 そして、そのみすぼらしい男は、

「私が見よう」

 とだけ言った。

「あの男は?」

 騎士の男がミリルに問いかけると、

「教会の元司祭でラルフと言う男です」

 ミリルが頬けた顔でそう答えた。

「ラルフ司祭? 

 でも司祭であれば…… もしかしたら……」

 首を振った神官戦士の女が顔を上げそう答えた。




 私は何をしていたのだろうか?

 なぜ以前の私があの方を憎いんでいたのか、今になっては理解もできない。

 今の私にわかるのは、以前の私は出世欲に駆られ…… その表現は正常ではない、歪んでいた、というのが正しい。

 全てにおいて私の世界は歪んでいたのだ。

 私はあの方に二度目に見つめられたとき、あの方の中に確かなる神性を見出した。

 それは私の歪んでいた世界が、ピンッと一筋の綺麗な線となった瞬間だった。

 ああ、この方こそ、本当に、真に、真に!! 私が真に、全てを捧げて、信奉すべき神なのだと唐突に理解した。まさに天啓である。

 もちろん教会が信仰する神も素晴らしい神だ。それは今も変わらない。

 だが、私が、この私が真に信仰すべきなのは、この方、イナミ様なのだと理解できた。

 それはとても心地よい感覚であった。

 全ての憂いが張れ、全てのことが小さくどうでもよく思えた。一瞬にして悟りの境地にでも達したと言うのだろうか。

 とにかく私は私と言う存在の意義を理解したのだ。

 それまでの私はどうしょうもない、それこそ歪んだ人間だった。

 戦火で領地と地位を失った私は、それを取り戻すため必死になって神にすがり、司祭と言う地位にまで上り詰めた。

 神官戦士としての修行は辛かったが、幸いにも魔術の才は人よりあった。

 没落した貴族である私が失ったものを取り戻すため、必死になって修行し教会の魔術を学んだ。

 それだけではない。友を蹴落とし、ライバルを罠に嵌め、上に登る事に必死になった。それこそなんだってやった。

 だが、それらを生かす機会は訪れなかった。私は戦いが怖く大戦には参加しなかったからだ。

 結局のところ私は臆病でどうしょうもない矮小な人間だった。

 だから司祭という立場にもなりながら、開拓村へと出向となったのだ。

 しかし、神は私を見放さなかった。

 そこで私は全てに出会うこととなったのだから。

 まだ真理にたどり着いていないどうしょうもない私は罪を犯した。

 だが、全ては私が犯した罪を許され、これはからは人のために生きよ、と言われた。

 私はその通りに生きた。

 出会う全ての人に祈りを捧げ、助け、手伝い、それを心の糧に生きて来た。

 浮浪者と同じように野外を彷徨い、祈り、人々からの施しで生をつないだ。

 腹は空いてはいたが、充実した生活ではあった。

 浮世離れした生活ではあったが、私が生きてきた中で、一番人間性が充実した生活でもあった。

 私のことを、狂信者と呼ぶ者もいれば、名もなき聖者と言う者もいた。

 私からしてみれば、どちらでもいい。

 私は人に尽くし、人のために生きる。

 真に信仰すべき神から直接そう言われたのだ。

 聖職者である私に対して、これほど嬉しいことはない。

 だから、私は何者でも助ける。何をしてでも助ける。それが人のためならばだ。




 何もない空間を漂っていたと思ったら、今まで何も感じなかったのに急に感覚が戻ってきました。

 私が感じたものは、腹部の痛みと寒さでした。

 大分血を流したせいでしょうか、意識も朦朧としますし、上手く体を動かすことができません。

 やっとの思いで目を開くと、ぼやける視界の中、私にしがみついて泣きじゃくる神様の姿がありました。

 ああ、神様、泣かないでください。

 そう声に出して言いたかったのですが、声は出ませんでした。

 視界の隅に、血を吐き咽かえるように咳をしている男が見えました。

 誰だか思い出せませんが、会ったことがあるような気も。

 そこで私は再び意識を手放しますが、再び何もない空間で漂うようなことはなかったです。




 ラルフ司祭は自分の魔力以上の魔力を使い、己の寿命を削ってまでイリーナ様、いや、エッタを助けてくれた。

 なんでこの男がそうまでしてエッタを助けてくれたのか、私には理解できない。

 狂気じみた執念すら感じられる、そんな気迫でエッタに癒しの魔術を使い続けてくれた。

 おかげでエッタの一命は取り留めた。

 まだ油断はできない状態だが、山場は超えたはずだ。回復へと向かっているように思える。

 逆にラルフ司祭のほうが今は命の危機にあると言ってもいいかもしれないほどだ。

「すまない、ラルフ司祭と、オスマンティウス様、イリーナ様をお願いします。

 私は聖堂のほうを見てきます」

「わかった、ミリル隊長もお気をつけて。

 こちらの部屋は一時的に結界で封鎖いたします」

 教会や騎士団の連中とこんな話をするのは大戦以来か。

 ひび割れた聖堂への入口から、聖堂の様子を伺うと、アザリスと侵入してきた男はまだ争っているようだ。

 襲撃者の男はいつの間にかに黒い衣装に身を包んでいる。これが本来の姿なんだろうか。

 どちらも人間離れした動きだ。とにかくその動きが舌を巻くほど両者とも素早い。

 よくあの速度で動き続けれるものだ。

 とてもじゃないが、目で追うのがやっとで私が割って入れるような戦いじゃないのはわかる。

 ただアザリスの動きがおかしい。明らかに敵の動きが時折見えていないように思える。

 それでも寸前のところでは相手に対応しきっているのだが、傍から見るとどこか不自然で手を抜いているようにも見える。

 だがアザリスの表情には余裕が丸でないようにしか見えないし、幾つかの目新しい傷が目立ってきている。

「こっちはどうにかなった、手助けはいるか」

 一応声を掛けてみる。

 数回斬撃を打ち合った後、

「こいつらは幻術を使う、同士討ちになりかねない、そこを死守してくれればどうにかするっ!」

 と、悲鳴じみた言葉が帰ってきた。

 幻術? あのレベルで戦いながら相手は幻術も使っているのか?

 幻術で敵の動きが見えていないから、アザリスは後手に回るしかないのか。

 よくも、まあ、そんな相手に対応出来ているもんだ。

 恐ろしい相手だ、が、私なら!!

 侵入者の男がアザリスの攻撃をかわした瞬間に、男めがけてタックルを仕掛ける。

 襲撃者の男は私のタックルを難なくかわし、短剣を私の眼めがけて突き出してくるが、それをあえて、いや全身全霊をかけて手で逆に掴むように受け止めようと手を伸ばす。

 私の意図を悟ってか、襲撃者は短剣を引こうとするが遅い。

 流石に微塵の躊躇なく刃に飛び掛かってくる馬鹿は早々いまい!

 襲撃者の刃を左掌に受けそのまま痛みを堪え握りこむ、相手の手を、右手でしがみ付くように掴む。

 左手の痛みが、幻術ではなくその刃が本物だと教えてくれている。

 こうしてしまえば、幻術ではどうしようもない。

「アザリス!」

 と私が叫ぶのと同時に、いや、私が叫ぶよりも早く、鮮血が舞っていた。

 恐ろしく早く正確な斬撃だった。襲撃者の首が飛んでいた。

 床に転がったその表情はさすがに笑っては居なかったし、幻術の様に虚空へと消えることもなかった。

「あ、危ないだろ、あそこを…… 守ってろって!

 相手は幻術の使い手だぞ、同士討ちしてたら……」

 息が上がっているのか、その続きの言葉は荒い呼吸にかき消され、続いては来なかった。

「キミは私より強いが、私はこう見えてキミより戦いの経験だけなら豊富だぞ。

 キミのように相手を殺すことにも、他のことにも、もうためらいはないほどにはね。

 それに私は再生者だからな。首を落とされるようなことにならない限り、そう簡単には死なないさ」

 私がそう言うと、アザリスは私を恨めしそうに睨んだ。

「いや、私が得意なのはその首を落とすことなんだけど。

 まあ、確かに、人を…… 亜人ではなく、人間を殺したのは初めてだったから、躊躇があったのは本当だよ、そこは助かった、ありがとうって、素直にいうよ。

 でも、あのままでもどうにかなったのも本当だよ、相手は時間稼ぎに徹してたから、てこずってただけで……

 それより、手の傷は大丈夫なのか?」

「ああ、直に治るさ。我が家秘伝の再生の術は伊達じゃないんでな」

「いや、その短剣、精霊鋼だぞ?」

「ああ、知ってる大丈夫さ」

 左手に刺さっていた短剣を抜く。痛みには割と慣れたが痛いものはやっぱり痛い。

 溢れるように血が流れ出るが、すぐに傷口がふさがっていく。

「な、平気だろ?」

 そう言いつつも、傷はもうふさがりはしているのだが左手の痛みは消えることなく痺れるような感覚が残る。

 これは後遺症として残るだろうけど、まあ、これくらいなら問題ない。そんな傷はもうすでにいくつかある。

 今更気にすることでもない。ついでに言えば腹部の傷も治っているが痛みは引いていない。

 どちらかというと腹部の方がヤバいかもしれない。

 重要な内臓はどうにか避けたが、腹に穴が開いてしまったからな、胃か腸かどちらか傷ついているかもしれない。

 後でシースにでも見てもらっておいた方がいいだろうか。

 精霊鋼による怪我なら、私の再生術式でも完全に治らないだろうし。

 にしても、ナイフサイズの短剣ではあったが、宝石なんかよりも価値がある精霊鋼を惜しげもなく投げつけてくるなんて、なんて豪勢な奴だ。

 この短剣も、短剣にしては大き目のほうな方だ。精霊鋼でこんなものを用意できるのは神殿か、教会くらいの物だ。

 まあ、精霊鋼を刃物に加工している時点で教会がらみなことは明白なんだけれども。

 後で回収して、イナミ様に献上する装飾品にでも加工させてもらおう。

「はぁ、あのままでも本当に勝てたんだよ、無理しないでくれ。

 何かあったら私は主に殺されてしまう」

 アザリスは項垂れたように座り込んでそう言った。

 そうは言ってはいるが、アザリスの肌には汗が浮き出ている。

 あのまま長引けばやられていたのはアザリスのほうだったかもしれない。

「イナミ様はそんなことしないさ。それよりも他に襲撃者はまだいるのか?

 オマエなら気配を感じ取れるんだろう?」

「一応は、だけどな。

 万全を期すならイシュヤーデ様を呼んで欲しい。

 本当に凄まじい襲撃者だった。

 けど、どうやって奥に入り込んだのを倒したんだ?

 今のところ、ここの近くにはいない。だけど、オスマンティウス様を襲ったのとは別に、恐らく少なくとも……

 そう、もう一人は確実にいるはずだ、そうじゃなきゃ、あのレベルの幻術を連続ではつかえないはずだ」

「奴は今は神殿で公務中だが、騒ぎに気が付かないはずがない、直に駆け付けてくるだろうさ。

 もう一人いるのか? 今はいないんだな?」

「ああ、幻術を追加で使っていたのがいるはずだ。

 さすがにあの精度であの頻度の術の使い方は、人間一人ではまずあり得ない。

 それより奥は本当に大丈夫なんだよな?」

「あ、ああ、今は結界で封鎖されている。どうにかはなったと思うよ。怪我人はいるが死者はいない。

 しいていえば、そこの首を跳ねられた襲撃者が初めての死者だ。

 向こうは騎士団の連中と神官戦士もいるし平気だとは思う。

 人を守るってことなら、私より得意なはずだ」

 それを聞いてアザリスは一息つけたようだ。

 本気でオスマンティウス様と、イリーナ、いや、エッタのことを守ってくれいたんだろう。

「にしてもなんなんだ、こいつ。

 私、割と強いと思ってたんだけど、自身失いそうだよ。

 こんなにやばい奴がこっちにはゴロゴロいるのか?」

「安心しろ、超が付くほどの一流の暗殺者だと思う。それは動きを見てわかってたよ、アザリスでなければ止めれもしなかった。

 おまえがいてくれて本当に良かった」

「それは、私を迎え入れてくれた主に言ってくれよ。私も今の生活は気に入ってるんだ。

 にしても、こいつと同レベルのが中に入っていったんだろ?

 あっちはどうやって対処したんだ?

 イリーナ様の術でやれたのか?」

 あの部屋の入口がボロボロだったのは、エッタの術か。

 随分と術の威力をあげたものだ。

「いや、オスマンティウス様が撃退なされた。

 今は捕らえている。あの状態ではさすがにもう何もできないだろうな」

「え? オスマンティウス様が?」

 アザリスは本当に意外そうな顔をした。

 ということは、こいつはまだオスマンティウス様が塩の権能を使える可能性があるってことを知らなかったのか。

「ああ、正直ぎょっとした。本当に神なんだと思い知らされたよ。

 まだ生きているはずだ、口を割らせよう」

 初めに見たときは本当にぎょっとした。心臓が縮こまる思いだった。私が見たそれは手足が既に正常なそれではなかったからだ。

 恐らくは塩になっていたんだろうか、白い、いや、血に染まりピンク色にそまった結晶が、手足に当たる部分にあっただけだ。

 しかもちょっとした衝撃でそれは崩れ落ち、粉々になっていっていた。

 確かにあれが塩の権能ならば、塩の魔神相手に私ができることなど何もなかっただろう。

 本当に問答無用で生きとし生きるものを塩にしてしまえるという神の御業だ、いや、悪魔の所業と言うべきか?

 その光景は寒気すら感じるほどだった。

「どうかな、何かしゃべるとは思えないけど」

 アザリスはそう言った。

 私もそう思うが、こちらには人の常識では謀れない方達がいるのだ、問題はない。

「なにイナミ様たちが帰ってくればどうにかなる。嘘を見抜ける聖女様もいるんだからな」

 結果から言うと、捕らえられていた襲撃者は自害していた。

 アザリスがもう一人の襲撃者を撃退したのと同時に、持っていた毒を服用したようだ。

 そして、驚くことに、襲撃者二人の顔は瓜二つだった。

 変装などと言うものではなく、素顔が瓜二つだったのだ。

 妖魔、イシュヤーデ殿の話では、無論同一人物ではなく、魔術的なものでもなく、双子なのだという。

 いや、アザリスの話では、幻術の使い手がもう一人いるらしいので、もしかしたら三つ子だったのかもしれないが。

 その場に座り込んで荒い息をしているアザリスに、左手はまだ痛みが強いので右手を差し出し、無理やり立たせ奥の部屋へ向かう。

 そこには、とても強力な結界が張られている。

 流石に侵入は無理だろうし、無理に結界を破ろうとすればわかるだろう。

 あの凄腕の暗殺者がもう一人いるとなると、イシュヤーデ殿が来るまではこのままのほうが安全だろう。

 念のため、結界の前にアザリスを残し、人を呼んで公務が終わり次第あの妖魔を呼んできてもらった方が安全なのだろうか。

 鏡の妖魔である奴には、幻術は無意味らしいからな。

 一息つくのは奴が来てからにしよう。




 目を覚ますとベッドの上でした。建物の作りからして修道院の一室でしょうか。

 身を起そうとすると腹部に痛みを感じます。

 後視界が少し変ですね。ちらつきを感じます。怪我の影響でしょうか。

「イリーナ様、お目覚めですか?

 でもまだ安静にしていてください。

 精霊鋼でつけられた傷はそう簡単には完治しません」

 たしか、教会の神官戦士の女性で、名前は……

 いけないですね、教会の者というだけで好き嫌いをして助けてもらったにも関わらず名前を知らないだなんて。

 確か元々はグリエルマ様の付き添いで来ていた人達ではあると思うのですが、いつの間にかにオスマンティウス教の、特に混血種の人達の警護をしてくれていたのですよね。

 この不自然さはイナミ様がらみでしょうか?

 あの方が絡むと不自然にことが運びますから。

 ならば、不自然ではありますが信頼できるのでしょう。後で名前を聞いてお礼を言わなければなりません。

 それと、やっぱり視界がおかしいですね。この方から多少ですが色のついた光を感じれます。

 どんな色と言われると、口にできないようなあやふやな色なのですが。

 ですが今はそれよりも確認しなければならないことがあります。

「神様…… オスマンティス様は無事ですか?」

「もちろんです。危害は一切加えられていません。

 今はイナミ様と会議中のようです。午前中はここにいらしたのですが」

「イナミ様と会議……」

 あの妖魔となにか話し合ってるのでしょうか。

 まあ、襲撃者のことをですよね。

 ついでに本物のイナミ様は今は別の場所にいます。

 あまり頼りすぎなのはいけないですが、あの方が居てくれれば、こんなことも起きなかったのでしょう。

 居てくれるだけで、その魔力の量は敵の戦意をくじいてくれますからね。

 いえ、神様が無事ならなんの問題もありませんが。

「その襲撃者は?」

「一人はアザリスとミリル様で対処いたしたようです。もう一人はオスマンティウス様に神罰を与えられた後、毒で自害したようです」

「そうですか、二人もいたのですね」

 その言葉に女性の神官戦士はゆっくりと左右に首を振った。

「いいえ、アザリスの話では、少なくとももう一人はいるそうです。

 まだ捕まっていませんが、アザリス自ら追っているとのことです」

 少し不安そうな顔で言っていますが、アザリスは十三英雄並みの強さだとか聞いています。

 そんな彼女が守る者もいなければ、負けはしないでしょう。

 けれど、一番に神様のことをアザリスにも考えて欲しいですね。こんな時に神様の元を離れるだなんて。

「幻術使いのようですし、どうせ捕まらないでしょう。追うよりは神様を護衛して頂きたいのですが」

 とはいえ、偽イナミ様が一緒なら今はそこが一番安全なのでしょう。

 あの妖魔もイナミ様と盟約を結んでいるとはいえ、凄まじい魔力を備えていますから。

「戻ったらそのように伝えておきます。

 ただ襲撃後はイナミ様自ら護衛をすると言っていますので、オスマンティウス神は安全かと」

「いえ、それはダメです。

 イナミ様こそ護衛の対象でしょうに」

 まあ、今いるイナミ様は偽物なので、問題はないのですが。

 一応形式上でもそう言う形を取っておかねばなりません。

「それはもちろん我々からもそう申し上げたのですが……

 グリエルマ様も王都へお戻りのこの時期に……」

「襲撃者もそれを見越して襲撃してきたのでしょう。グリエルマ様は嘘を見抜くので襲撃者にしてみれば天敵のようなものでしょうし」

 ドアが開きミリル隊長が、いえ、もう隊長とは呼ぶべきではないのですよね、でも、どうしても隊長と呼んでしまいますね、直さなければなりませんが、もうしばらく先でもいいかもしれないですね。

 ミリル隊長を隊長と呼ぶと、やっぱり安心するのです。

「イリーナ様、お目覚めになりましたか。よかった。

 シーラ神官戦士も看護ありがとうございます」

「私はもう神官戦士ではありません、この間、正式に教会を破門されました。

 このタイミングですし、やはり教会があの襲撃者を……」

「証拠は今のところありません、あまり口にしないほうがいいでしょう」

 なるほど、この元神官戦士はシーラというのですね。

 にしてもやっぱり少し目が、いえ、視界が変ですね。

 隊長も輝いて見えます。シーラという元神官戦士も輝いて見えますが、隊長のほうが光量は多いですね。

 ただ、ところどころ、隊長のその輝きが欠損してますが。

 これは、なんでしょうか?

 やっぱり怪我の後遺症でしょうか?

「隊長が、何か輝いて見えます」

「ん? な、何を言ってるんだ?

 もう少し休んでいた方が良いんじゃないか?」

 久しぶりに隊長と呼んでしまいましたが、隊長はそのことを注意しませんでした。

 少しうれしいです。

「ですが、左手と右脇腹は輝いていません。あと右肩、右腿もです。

 左手と右脇腹は特にです、逆に色あせて見えます。

 左腿はだいぶ昔? 右肩はまだ新しく感じます……」

「エッタ、お前……」

 もう私のことをエッタと呼んでくれるのは神様くらいかと思いましたが、やはりエッタと呼ばれる方が私らしい気がします。

 それにしても隊長は酷く驚いたような顔をしていますね。

 この光が見える感じはなんでしょうか。

 少し目が疲れますね。

「すまない、シータ。

 イシュ…… イナミ様とオスマンティウス様を今すぐ呼んできてくれ」


「恐らくは奇跡の一種ね。グリエルマさんと同様の類かもしれない。

 魔術でも魔法でもない。神の権能に近いもの。

 死にかけたせいか、精霊鋼で刺されたせいか、それともオスマンティウスより魔力を横流しされているせいかはわからないけど、何かがきっかけでその能力が目覚めたのね」

 今はシータさんがいるせいか、妖魔は声色だけでなく口調までイナミ様を真似ている。

 なんか、ムズムズします、味方と分かっていてもあまりいい気はしませんね。

 もう神殿の巫女ではないので、妖魔を必要以上に敵視することもないのですが。

「さすがエッタね!」

 神様がそう言って喜んでくれています。喜ぶ神様の姿を再びこの目で見ることができて私は幸せ者ですね。

 ついでに神様は、私が目覚めたと知るや否や駆け付けてくれました。

 今は私が寝ているベッドに寄り添うように潜り込んでいます。果報者ですね、私は。

「どのような能力なんだ? 弱点を見抜くとか?」

「推測でしかないが、恐らくは弱点を見抜くというのもあながち間違いではない、かな?

 どちらかと言うと、弱っている、負傷している、そう言った物を見抜ける物かな?」

 そう言われた隊長は右手で左脇腹を抑え、左手を見つめていた。

 隊長は再生者のはず、なのになぜそのような負傷が?

 精霊鋼? 精霊鋼でつけられた傷は隊長の再生術式でも再生しきれない?

 右肩はたしか大戦で大怪我をして…… あの時も治りが遅かったような……

 よくよくミリル隊長を見ると色あせているのは、その四カ所だけではない、細かい色あせた箇所がいくつもある。

「ミリル隊長……」

「エッタ、いや、すいません。イリーナ様。

 それ以上は無用です」

 何かを察してか、隊長は私の言葉を遮りました。確かにイナミ様は、隊長が回復術式に頼りきりって日々言ってましたね。まさにその通りだったんですね。

 よくよく見るとミリル隊長の色はボロボロです。

 あの大戦も怪我を何度も負っていた、ただ治るからと、その隊長の言葉を信じて私はただ後方で震えながら魔術を使っていたにすぎません……

 大戦の時でさえ隊長は文字通り身をていして私達を守ってくれていたんですね。

「ありがとうございます」

「な、なんだよ、いきなり。けど、今回お礼を言うなら、アザリスとラルフ司祭だな」

「ラルフ司祭?

 アザリスにお礼をいうのはわかりますが」

「ラルフ司祭がイリーナ様の傷を癒してくれたんです。彼が居なければイリーナ様は助からなかったでしょう」

 シータ元神官戦士がそう口を開きましたが、なぜラルフ司祭が私を?

「そうよ、すっごい血が出てたんだから!」

 問題を起こして以来、所在すら知りませんでしたが、あのラルフ司祭がどうして私を助けてくれたのでしょうか、少し不可解ですね。

 これもイナミ様らがみでしょうか。不可解でこちらに有利なことは全部あの方のおかげかもしれません。

 そう考えつつ、私に寄り添っている神様に眼をやります。

 神様はやはり不思議だ。

 神様には色がない。違う、色がないわけじゃないむしろ光の色は強いです。ただ色の強弱がないのです。

 一切の斑がない。全てが平坦で美しい。だから一見色が無いようにも思えてしまいます。

 一応この中では一番近い存在であろう妖魔と見比べます。

 こちらは大部分が色あせて居ますが、ところどころ色が付き始め輝いています。また色が均一ということはありません。ちゃんと斑があります。

 これは直感的な感覚なのですが、斑があるほうが正常で、神様のように斑が全くない一色なほうが特別なのでしょう。

「これは一体なんなのでしょうね……」

 と、自然と声が漏れるくらいには、動揺をしてしまってはいます。

 当たり前です、人が色付きで輝いて見えるのですよ?

 動揺しないほうがおかしいです。

「どうしたのエッダ?」

 そう神様に言われて、私は部屋の中を見回します。

 ここに居るのは、神様とイナミ様の恰好をした妖魔、そしてミリル隊長とシータという元神官戦士、そして私だけです。

「シータ、助けていただいたことは感謝いたします。

 それで、申し訳ないのですけれども一旦席をはずいていただいても問題ないでしょうか。

 少し内密な話をしたいので」

 私そう言うと、シータは丁寧に頭を下げてから部屋から出ていった。

 扉の前で聞き耳を立てるようなこともしないどころか、部屋の前で護衛している騎士も連れていってくれた。

 それを確認してから、ゆっくりと口を開きました。

「神様の色が平坦なのです。斑が一切ないような……

 ミリル隊長は斑があり、色あせている部分はありますが正常に思えるのです。

 イ、イシュヤーデ…… さんは、大部分は色あせてはいますが、ところどころ色が付き輝き始めています」

 私がそう言うと、神様はよくわからないような顔をして、隊長は何とも言えない顔、そして妖魔は驚いた表情を見せた。

「え? わたしが平坦? むむむ」

 と、神様が言った後、妖魔がイナミ様の口調をやめて喋りだしました。

「なるほど。少し評価を改めなくてはならない。

 その眼は、魂の在り方が見えるものなのかもしれない」

 魂の在り方が見える?

「魂の在り方?」

 隊長も復唱します。ピンと来ていないんでしょう。

 私も来ていません。

「もしそうなら、全ての本質を見抜くようなもの、だ。

 オスマンティウスが平坦に斑なく見えるのは、実際にそうだからであろう。

 今のオスマンティウスは塩の塊が人のただ姿を取っているだけだ。

 目や耳が機能しているわけではない、ただ形としてあるだけだ。

 恐らくではあるが、ゴーレムなどもそう見えるかもしれない、否、ゴーレムなどはそもそも色は見えないかもしれぬ」

「この間イナミにも同じようなこと言われたわ。

 だから内臓が欲しくて医学書を読んだんだけどグロくてあきらめたわ!」

 そう言う神様に妖魔は続けます。

「形を理解する意味はない。意味を、その存在の意味を理解すればいいだけだ。

 既に神であるお前なら意味さえ理解すれば難しい事ではない」

「むー。その意味がわからないわね。

 とりあえず理解できる頭から欲しいものだわ」

 この神様と妖魔のこのお二人、案外話しているのですよね。言い争いもしますが、本気ではなくじゃれ合っているようにも思えます。案外仲がいいのでしょうか。

 二人ともイナミ様の配下、いえ、子のようなものですし、実は気が合うのかもしれません。

「ふむ……

 おまえが我が主を見たときどう評価するか、楽しみではある」

「イナミ様を見たとき……」

「きっとまぶしすぎて見えないわよ。イナミの魔力は大きすぎるもの」

「確かにそんな気もしますね」

 その光が強すぎて眼がつぶれてしまう、そんな気もしなくはないですね。

 イナミ様が帰って来た時は少し注意しましょう。

 せっかく得られた奇跡の力です。潰してしまってはもったいないです。

 神様のお役に立てなくてはいけませんからね。

この章は全部執筆済み。

近いうちに公開していきます。

多分明日の21時ごろ。


誤字脱字は多いと思います。

教えてくれると助かります。

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