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異世界転生したら吸血鬼にされたけど美少女の生血が美味しいからまあいいかなって。  作者: 只野誠
第三章:異世界転生して世界の反対側への遠出で町は波乱万丈

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異世界転生して教会の聖女と内緒の二人旅をすることになったんだけど、私のいない町ではどうも大変みたい?

イナミさんが異世界に来てやっと物語が動き始めました。

「報告書は読ませてもらった」

 筋肉質で大柄な体格に強面で整った髭面、白髪はないがかなり歳を取ってるように思える男、大神官はそう言って深いため息をお漏らした。

 額に刻まれた皴がそのため息の深さに比例している。彼がかなり機嫌が悪い時のサインだ。こういった時はあまり関わりたくはない。

 そのため息に周りの者達は、とくに彼という人物を知っている者は皆、緊張を隠せないでいる。私以外にも関わりたくない人間は多いようだ。ここは黙って待つしかない。

 固唾を飲んで大神官の次の言葉を待つ。

 彼の言動一つで教会と神殿は戦争状態となりかねないからだ。

 だが、教会と神殿は古くから確執があるが、なにも仇敵という事ではない。

 それに魔王が倒れ、これから平和な時代がしばらくは訪れるのだ。

 せめて次の魔王が現れるまでは戦いのことから目をそらしておきたいというのが、私の本心だ。

 そう思う他の者も多いだろうし、大神官とて心の中ではそう思っているだろう。

 我らとて聖職者なのだから。

 まあ、確かに聖職者と言うには政に深く関わりすぎている気もするが、我らが生き残る道はそれしかなかった。

 しかし、あの大神官が人目もはばからずに、あれほどため息をつくとは少し予想外ではあった。

 あのお面のような強面の鉄面皮が今や苦悩という文字を容易く読み取れるほどになっている。

 その気持ちもわからなくはない。私も十分に当事者なのだから。

 私の弟子であり部下でもある、魔王討伐の十三英雄の一人、ある意味自分よりの権力を元より持っていた教会の聖女。

 彼女が教会を裏切る可能性がより高くなっていることが、いや、確定と言っても良い内容がその報告書には書かれていた。

 彼女の呪いを解けなかったことに落胆したのか、それとも教会の裏の顔に気づき始めたのか。

 いや、彼女の性格であの才覚と嘘を見抜ける奇跡をもっているのだ。いずれ教会の現状には気づいていただろうか。

 崇める神がこの世界から去って千年たった教会と、神が訪れる以前からこの世界に根付いていて、今もなお新しい精霊が精霊界よりやってくる神殿とではその求心力が根本的に違うのだ。

 神は偉大であり、我ら人を導きお救いになったが、それは千年も過去のことなのだ。

 教会は神殿に対抗していくため貴族を取り込むことになった。それはもう数百年も前からの話だが。

 その結果、本来は神殿派である王ですら、どちらかと言えば教会派とまでなっているし、貴族の半分近くは完全に教会派と言っても過言ではない。

 そもそもエデンバラの神官と呼ばれる上位の神官たちは貴族の家の出である。

 平民の出ではほとんどが神官戦士止まり、どんなに才能があろうと良くて司祭の職に着くのが限界だろう。

 そういうこともあってか、貴族以外での信者の数で神殿と比べると、まるで勝負にもならない。

 権力では教会は神殿に勝るものの、実際神殿との力ずくでの戦争になれば負けるのは一方的にこちら側だろう。

 戦える兵士の数が違いすぎるし、王の配下である騎士団も、さすがに教会側に一方的に付くようなこともないだろう。

 とはいえ、結局勝つのはアレクシス様がいる陣営になる。

 あの方は人間相手に剣を向けたりはしないが、居るだけでそちらに着く者は多い。そもそも、あの方を御せる人間だとこの世にはいない。

 あの方一人でも人類そのものを滅ぼすことが容易いお方だ。なによりも教会にも神殿にも、いや、この世界にはあの方に逆らえる者など存在しない。

 精々小言と正論を並びたてて、この王都にあの方を縛りつけるのが関の山だ。

 そう言った意味では教会と神殿がいがみ合う意味すらないのだ。アレクシス様のご意向次第なのだから。

 無論、人間の政になど口を出すようなお方ではない。あの方は自分の立場を十二分に理解しているのだから。

 そんなアレクシス様が政治に口を、いや、本人にそのつもりはないのだろうが、魔王にも対抗しうる強力な精霊が降りて来たので、それに領地を与えて守らすべきだと主張してきた。

 確かに人類にとってほぼ未開の地である南側を恒久的に治めることができるならば素晴らしきことだろう。

 それに、教会と神殿の関係を修復する、そう言った意味合いも含めたいい機会だったはずだ。あの精霊領とも言うべき場所は。

 精霊が支配し、代理で教会の聖女であるグリエルマが統治する、そのはずだった。

 魔王大戦での彼女の功績はそれに値するものだったし、神殿のエルドリアも、グリエルマならとしぶしぶ了承したのだ。

 残念なことだが、グリエルマの寿命はそう長くはない。

 彼女が裏切っていても次の代理領主を教会側の人間を出せば問題ないはずだった。

 だが、件の精霊はグリエルマの寿命をも伸ばして見せたそうだ。

 あの呪いは魔神に掛けられた魔法によるものだ。我らエデンバラの神官による大規模な儀式魔術を行っても一時的に効果を消すのが精一杯だったはずだ。

 それをどうやっているのかはわからないが、本当に寿命を伸ばしているのだとしたら人知を超える力なのだろう。さすがはアレクシス様がお認めになった精霊だ。

 師匠であり上司である私にとってみれば、グリエルマの寿命が伸びることは嬉しいことだが、教会にしてみればそれは大きな誤算となっている。

 なにせ彼女には教会を裏切る、いや、見限る兆候があったからだ。

 そして、この報告書にはその事実が決定的な物になったことが記されていると言って過言ではない。

 それも仕方のないことだ。今の教会は必死にその権力を守るだけの存在となり果てているのだから。

 真に聖女である彼女が、我々を見捨てる事は通りだなのだ。そう、彼女は教会を裏切ったのではない、見限っただけの話だ。

 報告書にはそれ以外にも、その精霊のことや、今話題の新しき神の事も書かれている。どれも大問題だ。

 大神官がため息をついたのは、どちらかと言えば、ある程度予測されていたグリエルマの裏切りよりも辺境の地に現れた精霊と新しき神のことが大きいのだろう。

 特に新しき神の方は認めがたいものがある、今更新しい宗教など今の教会からしたら認められるわけがないのだから。

 大神官はテーブルに報告書を無造作に投げ出してからゆっくりと口を開いた。

「この報告書に書かれていることが本当ならば、あの信心深い聖女が向こう側につくのも理解できる。

 それは大方予想で来ていたので、まあ良しとしよう。

 しかし、千年もの長き間、再び稀人が我々の前に現れることはなかった。

 それが今になって、なぜ? しかも精霊となってだ。

 いや、少なくとも我らが主が残された預言には記されていない事だ、ならば、それは些細な事でしかない、ということとなる。

 その神格を我らは神とすることなどもっての他と言うわけだ。

 それとなんだ、一柱どころか二柱だというではないか、片方はこともあろうに新宗教を立ち上げるというではないか、ハハッ、笑えぬ冗談だ。

 どうにもこうにも頭が痛い話よな、相手はどちらも人知を超えた存在だぞ」

 そう言い終えて大神官は額に手を当て目を閉じた。

 どうすべきが教会に乗って最善か、思考を巡らせているのだろう。

「しかし、大神官殿、どういたしますか?

 仮にも精霊王が認めたという話ですか……」

 少し若めの、決して年齢的には若くはないが、ここに居る神官たちの中ではと言う意味でだ、その神官が口を開いた。

 私は怖いもの知らずだな、と言う感想しかない。

 機嫌が悪い時の大神官には正直関わりたくはないが、大神官は以外にも冷静にその神官に対応する。

「精霊王は我らが主と盟友なれど、我らが主ではない。さほど問題ではない。

 だが、精霊王が認めたという新しき神はそういう意味では問題ではないし、我らが神々も精霊王に神と認められた経緯もある。

 それは、それだけは認めねばなるまい。新宗教のほうはそう言うわけにも行かぬがな。

 それ以上に問題なのはだ、新たなる稀人、血の精霊イナミのほうだ」

 少し不機嫌そうに大神官は答えた。

「新たなる稀人と言うのは本当なのでしょうか?

 私には信じれません」

 先ほどの神官が言い返した。大神官相手にすごい胆力だ。

 私はそう思ってももう口に出す勇気がない。それは大神官の本性を知っているからだろうか。

「わしもそう思いたいのだがな、報告書に書かれている内容が真実ならば疑いようもあるまい?

 それとも、この報告書には嘘偽りがあるとでも?」

 そう言って大神官はテーブルに投げ出されている報告書を指さした。

「いえ、そのようなことは決して」

 また別の、報告書を提出した神官が自信を持ってそう言い切った。

 彼の信頼すべき部下が調べ上げたことだ。その内容に間違いがあるとは思えないし、念には念を入れ小精霊でも使い裏は取れているのだろう。

「ならば、そういうことだ。

 しかし、早い段階で顕現したそれとグリエルマが接触していたにも関わらず、今になって知ることになろうとはな」

「申し開きもありません、大神官殿」

 私は即座に頭を下げた。

 私の頭は禿げ上がっており、頭部は綺麗な卵形をしている。

 別に失態をしたから頭を丸めたわけではない。これはただ年のせいだ。

「いや、相手は主と同じ神格なのは事実だ。我らの理などあずかり知らぬ存在よ。

 そなたの部下が、魔王殺しの英雄と言えど、心奪われてもいかしかたあるまい、いや、ある意味必然だったのだろう。

 そう考えれば、今知れただけマシなのかもしれぬ。

 精霊領が正式に認められていない今ならまだ間に合う、と言うものだ。

 時間はあまり残されていないし、取れる手立ても少ないがな。

 なあ、おぬしたちよ、戦争は嫌だろう? しかも負けると分かっている戦争を仕掛けなければならないとなればなおさらだ」

 大神官と呼ばれたその男の問いに、誰も答える者はいない。

 大神官が一通り神官たちの顔色を見て回った後、

「ズー・ルーを呼べ」

 と一言だけ口にした。

「あやつらを使うのですか?」

 私は驚きのあまり声を自然と上げてしまった。

 ズー・ルーを使うとなれば、グリエルマも生き残れはしないだろう。

 悲しいが反論は許されないし、私が反論したところでこの決定は覆らないだろう。

 ズー・ルーとは暗殺者、いや、殺し屋といったほうがいい。特に隠れて行動するわけでもなく、堂々と目標を殺害する連中だ。

 だが、恐らくこの世界でもっとも確実に相手を仕留めることができる殺し屋で、言わば殺し屋の老舗と言っていい。

 その歴史は我らの神よりも古いほどだ。

「そうだ、わしとて戦争は嫌なのでな」




 今年もあと一ヶ月半で終わろうと言う時期、この異世界の中央よりの南西側であるこの地域はもう雪で閉ざされていた。

 西側に巨大な世界山脈、とはいってもここから見える距離にはないけれども、があるせいで、ここいらは冬になると大雪に見舞われるらしい。

 雪が降った日は作業用ゴーレムも雪掻きに駆り出され思うように作業も進まない、そんな日に一通の手紙が王都より届いた。

 英雄であるアレクシスさんからだ。

 これでアレクシスさんより手紙を貰うのは二度目だけど、すんごく嫌な予感がする。

 厳重に封がされ、あまつさえ魔術で封じられたその手紙の内容は、山の魔神テッカロスの亡霊が出るという噂について書かれていた。

 その内容を斜め読みした私はすぐにグリエルマさんを呼び出した。


「テッカロスの亡霊があのコロシアム跡地に出るというのですか?」

 グリエルマさんの表情は真剣そのものだが、少し信じられないといった表情も見せている。

 まあ、当たり前だよね、でも場合によっては解けないと断言された呪いを解くチャンスにもなる。

 グリエルマさんの呪いを解くには、山の魔神しか知らない鍵が必要なのだ。

 その鍵は恐らくはなにかしらの文言や呪文のようなものではないか言うのがアレクシスさんの予想。

 亡霊と意思疎通ができるのであれば、難しいだろうけど聞き出すことは可能かもしれない。

「貰った手紙にはそう書かれてるよ。ほら、これ読んで」

 そう言って実はろくに読んでもいない手紙を手渡した。

 ちょっとだけ斜め読みした内容だけれども、この内容なら直接グリエルマさんに送ればいいのに、なんでアレクシスさんは私に送って来たのかしら?

 まあ、グリエルマさんに直に送ったら、一人でグリエルマさんが亡霊に会いに行く可能性があるからかな?

 多分、わざわざ私に送ってきた理由はそれだよね。

「噂と書かれていますが、シェイドさんで確認済みですか。

 なら噂と言うよりは確定事項ですね、これは」

「シェイドさん? あとコロシアムって?」

「シェイドさんはアレク様の…… 部下? 諜報員? いえ、ご友人と言った感じの方で色々裏のことに詳しい方です」

 シェイド、シェイド…… 聞き覚えがないし、十三英雄の中にもそんな名前はなかったはずだ。

「十三英雄には名前のってなかったよね?」

「はい、戦えない訳ではないですがあくまで諜報活動が専門の人ですから。

 魔王大戦の際は情報を持って戦地を飛び回っていたはずです。

 あと、コロシアム…… コロシアムですよね。

 山の魔神テッカロスは戦いを好む魔神でした。

 東南の奥地に闘技場のようなものを作りそれを本拠地としていました。まさにコロシアムですね。

 わたくし達がテッカロスと戦ったのもその場所で、仕留めたのもその場所です」

 山の魔神っていうくらいだから山にいると思ってたけど、コロシアムにいたのか。

 コロシアムってあれよね、闘技場の事よね?

「そこに亡霊がでるのは理にかなってるってことなのかしら?

 あれ? でもアレクシスさんの剣で倒されたなら、その魂は魔神と言えど霧散していくのよね?」

「そのはずです。あの神剣は邪気を祓う太陽の神剣です。

 邪気や穢れの塊である魔王や魔神であればその効果は絶大で、不滅と言われる魂すら霧散し再生もされないはずです。

 魔王、魔神を倒すためだけにあるような神剣です」

 邪気や穢れを持つ者に特攻なのか。

 皆の話じゃ邪気や穢れは私からはまるで感じられないっていうし、それで私は突き刺されても魂だけは助かったのかしら?

 でも逆に、縁の糸でつながっていたアンティルローデさんはその影響を受けたのかしら?

 確かに今際の際であったアンティルローデさんは、今思うと瘴気とは言えないまでも邪気を纏っていた気もする。

 だから神剣の影響を受けたのかな?

 でもそれなら、亡霊が出るって言うのはおかしいんじゃないかな。

 この世界の亡霊、幽霊と言う存在は、この世に未練を残した存在が化けて出るというものらしい。

 この辺は、地球の幽霊とか亡霊とかの認識と、さほど変わらないよね?

 ただこっちの世界は珍しいらしいけど、確実に存在はしてていることは自体は事実らしい。

 こちらの世界の亡霊だか幽霊は、穢れを身にまとったような存在らしいから、アレクシスさんの神剣で倒されたなら、そのような事にはなりにくいんじゃないかな。

 ところで地球の幽霊って実在してたのかしら? 私は見たことなかったと思うけど。

「なら、なおさら亡霊なんか眉唾なんじゃないの?

 ああ、でもシェイドさんって人で確認は取れてるんだっけ?

 それにアレクシスさんが、わざわざ手紙で知らせてくれるくらいだし嘘な訳はないんだよね」

 そう言う効果の剣ならなおのこと亡霊、ようは化けて出てくるなんてことはなさそうだけど、ただの亡霊って事じゃないってことかしら?

 魔法でどうにかしているとか?

 相手は魔神だから十分その可能性もあるのか。

「相手は元原初の精霊ですからね。

 常識では考えられないことがあっても驚きはしません。

 実際、奴に掛けられた呪いは今も継続しているわけですし」

 確かにそれはそうだよね。

 グリエルマさんの呪いをかけた魔神は死んでるのに、その効果はじわじわと強まっている。

 私が血を飲んで、その魂と一緒に呪いの一部を吸い取ってなければ、グリエルマさんはもうこの呪いにより命を落としていたはずだ。

 それに魔神と言う連中はどうも私が考えているより、常識に捕らわれない存在らしい。

 と言っても私が会ったことあるのは死にかけの塩の魔神だけだけど。

 あれの死に際に放った瘴気は確かにすごかった。今はもう残っていないけど、一時は地下神殿に入れないほど酷かった。

 あの地下神殿はそもそも邪気や瘴気を吸収する作りとなっているのにも関わらず、しばらくは人が入れないほどの瘴気が立ち込めていたんだから。

 私が塩の魔神と融合させられていたら、あの瘴気も一緒に取り込んでいたと思うと生きた心地が今でもしない。

 結局、塩の魔神はアンティルローデさんがいない間に、邪気と魔力をあの神殿によってすい尽くされて瀕死というか、肉体を維持できないようにバランスを崩されていたのよね。

 生かさず殺さず魔力を永遠と吸い出す装置として。

 だから彼女の精霊神殿にある門が壊されアンティルローデさん本人が休眠状態であった後でも、イシュやゴーレムたちは魔力を供給され続けていた訳なんだけどね。

 ほんと怖いくらい抜け目のない人だなぁ。

「そういえば、魔神の亡霊よね?

 アレクシスさん的にはどう思ってるんだろう?」

 魔王と魔神絶対殺すマンのアレクシスさんが亡霊と言えどほっておくとは思えないけど。

 これも塩の魔神グレルに固定された精神を緩めてもらったおかげなのかしら?

「イナミ様……

 ちゃんと手紙読んでないですね?」

 少しだけ恨めしそうにグリエルマさんが私を睨んでいる。

「え? あっ、ごめん、グリエルマさんに呪いかけた魔神の亡霊が出るってところまで軽く読んですぐ来てもらってたから」

「いえ、それはありがたいのですけれども。

 わたくしが来るまでにも多少時間ありましたよね?

 この手紙位確認している時間はありましたよね?」

「いやぁ、新型ゴーレムの術式が良いところでさぁ……」

 新型ゴーレム、完成間近で手が離せないし、結局術式を色々いじくりまわすの楽しいのよね。

 特に上手く思い通りに動いてくれた時は、人一倍嬉しい。

「また、それですか……

 最近それにかかりきりですね。

 でも、なんで足が四本もあるのですか?」

 グリエルマさんはため息を付きつつも、新型ゴーレムのことに話を持ってきた?

 あれ、珍しいな。話を脱線させるだなんて。

 しかも、グリエルマさんにとって重要な話だったはずなのに。

「うーん、足は四本あった方が安定するのよね。

 二本足で安定して自立出来ているアンティルローデさんのゴーレムが凄いんだよ。

 ちょっと見た目が魔物ぽくなってしまったけど、四本足ならかなり安定するようになったし、そのおかげで、もうすぐ完成かな」

「量産もできるんでしたよね?」

 やっぱりいつになく興味津々だね。

 なにかで新型ゴーレムを使いたいのかしら?

「うん、アイアンウッドの在庫次第だけどね。木材の部分も葉の部分もそこそこ使うからね。

 しかもここに施す術式は最低限のものだけで、あとは中央コントールコアから自動でアップデートできる優れものだよ!」

 少し考えこむような素振りをしたあと、グリエルマさんは再度確認をしてきた。

「制御が難しいとか言ってませんでしたっけ?」

 あれ、ほんとうに随分と根掘り葉掘り聞いてくるなぁ、普段は私のしてることには暖かい涙目で見守ってくれているのに。

 涙目なのは私が会議に出ないのと、浪費癖が付いちゃったせいだけど。

 浪費癖って言うのも亜人特区と新型ゴーレムがメインなんだけどね。

 後はドングリだけで育てたグレルボアとか、町と修道院をつなぐエレベーターとか鉄道とか…… あっ、最近緑茶を作るためにも使ったけ?

 一応私のお金はお金なんだけど、私のお金はそのまんま修道院が使えるお金なのよね。調子に乗ってあんまり無駄遣いは良くないか。

「それは解決したよ、部位ごとに魔力の反応するパターンを変えてそれに一致する分だけ収縮させて……」

 私が少し専門的な話に入ろうとしたところを、グリエルマさんは専門的なことはわかりませんとばかりに遮った。

 そして、意を決して、

「これを連れていけるようなことは?」

 と聞いてきた。

「コロシアムに?」

 なるほど、このゴーレムを連れていく気だったのか。

 確かにこの子なら魔神の権能にも対抗できそうだし、魔神相手にもそれなりの戦力にはなるかもしれない。

 完成してればの話だけど。

「はい」

「いつ行くの?」

「できるだけ早くです。できれば年明け前に。

 アレク様がこちらに戻ってこられる春になってからではもう遅いのです」

「むー、まともに動くようになるのが早くても年明けかなぁ。でも、その後も色々試さないといけないし、いきなり実戦は無理だと思うけど。

 実際に戦い、戦いかぁ、あんまり想定はしてないけど、戦いで使うなら何度か稼働実験しないとダメだと思うよ?

 それも含めるとやっぱり春前にはなっちゃうかなぁ」

 それ以前に中央コントロールコアからあんまりにも距離が離れちゃうと、情報の受け渡しが上手く受け渡しできなくなるのよね。

 それで動けなくなることはないけど、魔力切れも起こすようになっちゃうし、今のところは完成してても無理よね。

「そうですか……」

 グリエルマさんは残念そうにうつむいた。

 この子を連れて行こうって考えるってことはやっぱり独りでコロシアムまで行く気ぽいかな?

 それにしても、

「どうして急いでるの?」

 それが気になる。

「コロシアムは、ここからちょうど世界の反対側です。通常の馬車なら一ヶ月ちょっと、それくらいかかる位置にあるのですが」

 世界の反対側まで馬車で一ヶ月。その大陸がこの世界の全てだという。

 やっぱりこの世界は相当狭い。もしかしたら見つかっていない別の大陸なんかあるのかもしれないけど、私が思ってた以上にこの世界は狭いみたい。

 そりゃこの世界にやってきた稀人さん達も気に掛けるわけだ。

 でも、その距離ならゴーレム力車を本気で走らせれば、一週間で着くくらいの距離かな?

 そう考えると、この世界は狭いんだなぁ、と改めて実感せざる得ない。

 少なくとも日本よりは確実に狭いよね? そんなこともないのかな?

「イナミ領のちょうど反対側の地域ですね。

 どうも教会の息のかかった貴族達が連盟を組んで統治する計画が、かなり強引に推し進められているのです」

「ふむふむ?」

「わたくしが……

 教会の思い通りに動かないことに焦っているのだと思います。

 あと恐らくわたくしがもう呪いで命を落とさないことも知られているのでしょう。

 西側を神殿勢力が、東側を教会勢力が治めると言う形に落ち着きそうなのです。

 そのおかげでテッカロスの亡霊のことも分かったそうなのですが」

「ん? つまり、東側の下見はもう済んでるところまで話が進んでいるの?」

「そうですね。恐らく年明けには確実に強引にでも開拓団を派遣して形だけでも領地とするつもりでしょう。

 そうなると、特にわたくしが精霊領の代理領主になった後ではそう簡単に行けなくはなりますね」

「え? そうなの?」

「はい、東側に入るための許可はまず降りないでしょうし……」

「こっそり行っちゃえば良いんじゃないのかな?」

 認識を変える魔術を使っちゃえばどうにでもなるよね。あの魔術万能すぎる。

「貴族たちは何かと壁と関所を作りたがるので、それも難しくなりますね。

 それにばれたときどんな言いがかりをつけられるか……

 今のわたくしは、表立ってはいませんが、教会側からしたら裏切り者とされているでしょうし」

 え? グリエルマさん、教会から裏切り者あつかいされてるの?

 裏で色々動いてくれているみたいだしなぁ。

 少なくとも私にもその責任はあるよね。しかもその比重も多そうな気がするよ。

 それに確かに認識を変える魔術は便利だけど、絶対ばれないわけじゃないからなぁ。

 一度疑いを持たれた場合、ばれる可能性が高いし、一人にばれたら一斉にばれだす可能性があるからなぁ。

 一旦でも疑われてしまうと術が解けちゃう可能性が強まっちゃうのよね。認識を変えているだけだから。

「なるほど。だから、正式に代理領主になる年越し前に行きたいと?」

「はい。一応今はただの一般人ですからね」

 魔王殺しの英雄が一般人な訳はないよね。

 でも立場的には結局、教会の神官戦士ってことに落ち着くのかしら? それとも貴族のご令嬢なのかしら?

 それなら、まだ統治されてない土地に行ったって文句のつけようはないってことか。

「そうなると忙しくなるね。とりあえずイシュを呼び戻さないといけないし」

 良いところだったんだけど、ゴーレムの術式も一時中断か。

 乗りに乗ってきたところで面白くなって来たんだけど仕方がない。

「あの…… イナミ様? もしかして同行するつもりですか?」

「え? だって相手は魔神でしょう? グリエルマさんだけに行かせるわけには行かないじゃない?

 そもそも血を吸わないと呪い進行しちゃうし」

 そんな遠出をするのに、血を吸わないと寿命が縮んじゃう人を一人でいかせれるわけがない。

「魔神と意思疎通ができるならば、何かの条件次第では呪いを解かさせることも……」

 何か思いつめたようにグリエルマさんは言うけど、そんな勝算もないようなことやらせられないよね。

「片道一カ月じゃ呪いが解けなかったとき、グリエルマさん戻ってこれないじゃない!

 私もついていくよ。イシュが戻ってくれば私の代わりになってくれるし?

 あ、でも、グリエルマさんの代わりになってもらった方がいいのかしら?」

 私のその提案に、グリエルマさんは顔を引きつらせた。

「え? いえ、それは、その、遠慮させて頂きます……」

 うーん、妖魔に自分の姿を真似られるのは、さすがに嫌なのかしら?

 まあ、そうだよね。妖魔に対し偏見のない私が変わっているだけで、ここじゃ魔王の手先で悪魔みたいなものだし。

 特に聖職者でもあるグリエルマさんは遠慮したいよね。

「わたくしの場合は、王都にでも一度帰るという事にしておけば問題ないはずです。

 本来なら、アレク様がこちらにお戻りになる春頃まで待てれば良かったんですけど……」

「アレクシスさんもそれがわかってたから、手紙で知らせてくれたのね。後私宛にしたのはグリエルマさんを一人で行かせないためでしょう?

 本当にアレクシスさんが居てくれれば、全てうまく行くんだと思うんだけどなぁ。

 アレクシスさんもエルドリアさんと一緒に王都で神殿と教会が戦争にならないように動いてくれているんだっけ?」

「はい、東側の土地を教会側の貴族が統治するのもその一環だったんでしょう。

 精霊が統治し、教会側の人間が代理領主となることで中立予定地だったこの精霊領ですが、わたくしが散々教会側の意志を取り入れなかったというか全部却下したので、教会側も焦っているんでしょうね。

 それに加え神殿の後ろ盾を得て、新宗教の立ち上げですからね。

 それくらいは認めないと教会も引き下がらないのですよ」

「え? 教会側の意見全部却下したの?」

「はい、とてものめる内容ではなかったので。

 中には精霊と人の混血種から人権をはく奪するような内容のものもあったので、まとめて却下しました」

「うわっ、オスマンティウス教とは真逆の方針というか、酷いね。

 教会ってそういうこと言ってくるところなの?」

「神殿側では良い感情はあまり持たれない程度だそうですが、混血種の扱いについては教会側だとかなり厳しいですからね。

 教会は、そうですね。

 人類至上主義といいますか、端的に行ってしまうと、神と人間、それとその他と、考えるようなところですので、特に混血種の方には排他的なんです。

 無論、アレク様だけは例外ですけどね。

 わたくしも以前はそう考えていましたが、アレク様と旅をして考えを改めました」

「そうなんだ、うーん、まあ、その辺はいいとして。

 ようは代理領主になるというか、東側が統治される前に急いでコロシアムまで行かないといけないってことなのよね?」

 私がそう言うと、グリエルマさんは少し困ったように笑って見せた。

「ですが、それはあくまで私事ですので、イナミ様は付き合う必要など……」

 グリエルマさんはそう言っているけれども、その笑顔はとても寂しそうだ。

 改めて手紙を読んでみると、私とグリエルマさん二人で向かえってアレクシスさんは手紙に書いている。

 決してグリエルマさんを一人で行かすなって念を押すように何度も書かれていた。

 相手が亡霊とはいえ魔神ともなれば、私とグリエルマさん二人で行くのが良いよね。

 魔神の権能を防げない人じゃ出会い頭に即死ってこともあるんだし。

 私はその魔力の高さから権能の効果を受け付けないし、グリエルマさんは持っている神器、霊装と杖の効果により権能の力に抵抗できる。

 実際、塩の権能を受け継いでいるオスマンティウスは生きとし生けるものを塩にすることができる。

 まあ、オスマンティス自体が扱える魔力は、まだ少量なので人を瞬時に塩の塊にするほどの力はまだないけれど。

 それを使うのが魔神だとすれば、相手を自分の魔力範囲内に入った瞬間、抵抗できなければ瞬時に権能の効果を発揮できてしまう。

 つまり魔神と戦うにはまず権能を防げることが第一条件となる。

 そうなると、今連れていける人の中では、その条件に当てはまるのは、私とグリエルマさん、それとイシュくらいだ。

 まあ、イシュは私の代わりにここに居てもらわないと困るけど。

 もうすぐ正式に精霊領として認められるため、外部からのお客さんもけっこう多いのだ。

 私もグリエルマさんもいないとなると、さすがにそれは良くないのは私にだってわかる。

「そんなのダメだよ、そもそも私もついて行くって、前約束したよね?」

「それは、神託の話ですよね?」

「それもこれも一緒! 私もついて行くって言ったらついて行くよ!

 そもそも、年明け前に帰ってこないといけないのよね?

 それならゴーレム力戦車で行かないと間に合わないでしょう?」

「それは、そうですが……」

「私も連れて行ってくれないんじゃ貸してあげないからね?」

 私がそう言うとグリエルマさんは、フフッと笑って、

「それは嘘ですね」

 と言った。

 そして観念したように続けて話し始めた。

「わかりました。一緒行っていただけるならとても助かります。

 正直、私一人で言ってもどうにかなるとも思えませんでしたし、本当に助かります」

「そうでしょう、そうでしょう! 

 じゃあ、とりあえずイシュを呼び戻して、それまでに準備をしないと。

 ええっと、今回はさすがにミリルさんには言っておかないとダメよね」

「そうですね、あとアザリスにもしっかりと話しておきましょう」

「え? なんで?」

 アザリスさんは魔王候補として亜人に育てられた混血種の二世だ。

 混血種の二世なので人間というくくりにはなるらしいが、人間としてはかなり強い部類らしい。

 それこそ十三英雄と並ぶほどの強者なんだとか。私にはわからないけど。

 なので、最近教会の連中が表立って暴力で訴えてきてはいないが、オスマンティウスとイリーナさんに色々といやがらせというか、抗議をしてくるようになっている。

 そのため、オスマンティウスとイリーナさんの護衛にアザリスさんについてもらっている。

 アザリスさんは盟約も魔術で縛られていて、私を裏切ることはできないし、そもそもそのつもりもないだろうけど、聖堂教ことオスマンティウス教は混血種の保護もうたっている宗教だ。

 割と適材適所な気もする。

 そのアザリスさんに話をしておかないといけないってことは、つまりはオスマンティウスとイリーナさんに危険があるってこと?

「わたくしたちがいない間、つまり精霊領が正式に認可されるまでもう時間がないです。

 教会が何もしかけてこない訳がありません。

 わたくしはいなくなりますし、イナミ様の影武者はあの妖魔です。心配はないでしょう。

 となると、新宗教を立ち上げるオスマンティウス神への妨害、いえ、暗殺などがあるかもしれません」

「暗殺? でも、あの子殺せるのかしら?

 一応人型してるけど、あの子実際はただの塩の塊よ?

 私から魔力供給してあげてる限り不死身と言っても過言じゃないのよね」

 にしても暗殺だなんて。物騒だなあ。

 しかも教会だよ? 聖職者だよ? そんなことしてくるとは思えないんだけど、私が甘いだけ?

「だとしてもです。オスマンティウス神の巫女、イリーナ様は普通の人間ですし、もし仮に神が、その後復活できるとしても暗殺されたという事実が広まれば、今後のオスマンティウス教の威信に関わってきます。

 むしろその狙いのほうが高いかもしれません。教会が、あの大神官がやってきそうなことです」

「そっか、そうよね。ならアザリスにはよく言っておかないとダメね。

 イリーナさんとオスマンティウスを守ってって、アザリスさんは確か強いのよね?」

 実はアザリスさんの事よく知らないのよね。

 よく知らないから、盟約の魔術で悪さできないように、って、当初は縛ってたんだけど。

 どうも私を必要以上に恐れてるみたいだし、本人もここの生活気に入っているようだから、盟約の魔術解いてあげても良いんだけどな。

 まあ、こういう護衛の仕事も任せられるなら、そのままでもいいかな。

「はい、彼女なら大抵の刺客なら問題になりません」

「うん、わかった」

 私はこの時軽い気持ちで了承したけど、もっと準備をちゃんとしておけばよかったと後悔した。

 そろそろ私は自覚したほうがいいのかもしれない。ここは異世界で日本のように平和ではないんだと。




 ここは王都のはずれにある場末の酒場だ。

 ほとんどの客が深く酔っており、呂律の回っていない者までいる。

 ならず者か傭兵崩れと言った風体の男ばかりだ。

 酔っ払いたちは語り合い、時には罵り合いながらも楽しそうに酒を飲んでいる。が、酔っているせいか話そのものをまともに聞いている者は誰もいない。

 そんな酒場に深くローブを被った男が一人入って来た。酒場の店主だけが、開いているか閉じているわからないほどの細い眼で一瞥をし、他の者はその客を気にも留めない。

 ローブの男はぶつぶつと何かを呟きながらではあるが、迷わずに自分がいるテーブルにたどり着いた。

 そのテーブルには酒のつまみだけが並べられている。

 酒どころか、飲み物すらそのテーブルにはない。まあ、飲み物位用意した方が良かったが、この店には飲み物は酒しかないからしかたない。

 水すらないのは笑える話だが。

 だからと言って仕事の場に酒を用意しとくと師匠はすこぶる機嫌が悪くなる。

 だからこの場に酒はもちろんない。そして水も他の飲み物もない。

 そんなテーブルにローブの男が満足したのか椅子に座る。

 ローブの男、自分の師匠が口を開く前に自分から問いかける。

「師匠、今回も教会がらみですよね? 相手はどんなヤツですか?

 また貴族ですか? それとも逃げ出した騎士か神官戦士の奴らです?」

 軽薄そうな細目で絶えず笑みを浮かべているような若い男、つまりは自分が、深くフードを被った男である師匠に話しかける。

 特に小声と言うわけではないが、その会話を盗み聞きするような者はこの酒場にはいない。

 そもそも気にすることではない。

「神、だそうだ」

 と、師匠は吐き捨てるかのように言い放った。どうも機嫌が良くない。

 実のところ一杯くらい酒を飲んでもいいかなと、思っていたがこの機嫌の悪さからすると、もし酒を飲んでいたら、ぶん殴られる程度じゃ済まなかっただろう。

 師匠の声はかなり年季が入っており声だけで老いを思わせる、それでも普段より疲れているのがわかるほどには声から嫌気が感じられる。

 まあ、教会の連中と話すのが疲れるって言うのはわかるが、それにしても随分とお疲れのようだ。

 元よりそう言ったことを隠すような人でもないが。

「はぁ? 何言ってるんですか」

 自分は大げさに驚いて見せたが、顔は笑ったままにした。

「しかも二柱だそうだ」

 師匠はそう言ってため息をついた。

 心底やってられないと言ったのを隠してもいない。

 神様を殺せと言われれば、まあ、わからないでもない。

「冗談ってわけではないんですよね?」

 微笑みを絶やさないようにして、声のトーンを落として聞き返す。

「ああ、精霊に宿った稀人と、噂の新しき神だそうだ」

 精霊に宿った稀人のほうは聞いたことがない。

 だが新しい神と言うのは聞いたことがある。

 新しい宗教を立ち上げ、混血種の人間を保護するという教会に真っ向からケンカを吹っ掛けているような新宗教だ。

 教会の連中が殺せっていうのも頷ける、が、稀人? 稀人と言ったか? 師匠は。

 稀人は教会にとっての神のはずだが……?

 まあ、依頼されたら相手がなんであれ、とにかく一度は挑戦するのが、ズー・ルーの習わしだ。

「あー、その噂は聞いたことがありますよ、精霊王に認められた聖堂教の神って話ですよね、オスマンなんとかっていう」

 しかし、神が相手かと思うと自然と笑みがこぼれる。

 元から自分は笑顔なのだが、それを上回って笑みがにじみ出る。

 自分の表情に気づいてか、師匠は少し引いているようだ。

 その神とやらに自分たちの技術がどこまで通じるか試したくなるは仕方がないことじゃないのかな?

「ああ。オマエがそれをやれ」

「神をですか?」

「ああ、生まれたてかどうかで、まだそれほど力はないそうだ。教会の話ではな。

 俺は稀人のほうをやる」

 師匠はそう言ってため息をついた。

 そのしぐさは心底嫌そうに思える。

 実際嫌なのだろう、師匠は面倒ごとを嫌う。

 後、歳のせいか面倒ごとはもう嫌だと常日頃から言ってもいる。

「そういや神って殺せるもんすかね?」

 ふと疑問に思ったから聞いてみたのだが。

「知らん。

 が、話ではただ殺してもじきに復活するそうだ。

 一応精霊鋼の武器を数点よこしてきた、これでやれってことらしいぞ」

 精霊鋼で作ったナイフ一本だけでも一生遊んで暮らせてお釣りがくる金額の品だ。

 それを数点ともなると数点ともなると教会の本気が伺える。

 けど、殺しても復活するってんならそれも無意味なんじゃ?

「それってやる意味あります?」

 確かにため息も付きたくなる話だ。復活するなら苦労して殺す意味もない。

「一度でも人の手で殺せれば良いそうだ」

 ふむ、教会のお偉方の考えはわからないが、自分のほうは楽そうで面白そうな仕事だ。

 生まれたての神。

 どうな力、魔力を持っていても、生まれたてと言うのであればその使い方を知らないはず、って思い込むのはさすがに浅はかだね。

 さてはて、生まれたての神とやらはどんな芸当をみせてくれるんですかね。楽しみではある。

「おやおや、教会の仕事にしちゃ随分とお優しくありませんか?」

「そうだな。

 ただ人の手で殺せたという事実が大事って話だそうだが、てめえらでやれって話だよなぁ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。ただ殺しさえすればいい。

 それと、これは前々から考えていたんだがな、恐らく俺の最後の仕事になるだろうなぁ」

 その言葉に、初めて自分の笑みが消えた。

 いけないいけない、笑みを絶やしては。意識して笑顔にするが、自分でも若干ぎこちないのがわかる。

「おや、師匠。随分と弱気ですね」

 そう皮肉を言う自分の表情は、なんとかいつも通りの笑みに戻すことができた。気がする。

「成功にせよ、失敗にせよ、俺はもう歳だ。今回で引退する。後はお前が勝手に継げ。お前がなぁ。

 何もかももう知らん。そもそもお得意様ではあるが教会の犬と言うわけではないのに、こき使いやがってぇ」

 師匠はぶっきらぼうにそう言い放った。

 どうも引退の意志は硬いらしい。

 まだまだ師匠から学ぶことは多いが仕方ない。

「おやおや、師匠らしくないですね。

 では次のズー・ルーの名は自分が継ぐとしましょうか」

 いつにもまして笑みを浮かべることにした。




 私の主、イナミ様が教会の聖女さんとこっそりと旅だって既に三日たった。

 この町は平和だ。

 死の危険性がまるでない。

 そう、私の求めていたのは、これだ、この平穏な生活だ。

 気を抜けば殺されかねない亜人達に囲まれて暮らすことも、混血種の娘だからだと見かければ石を投げられ野山で生活を送ることもない。

 上手い飯にもありつけ、夜は暖かいベッドでゆっくり安らいで寝れる。

 まるで夢のような生活だ。

 私は一応護衛という立場だけど、その辺で働いているゴーレムもある意味護衛だ。

 護衛対象であるオスマンティウス様御一行に危害が加えられれば一斉にその不埒者に襲い掛かる。戦力としても申し分ないどころか下手な人間より確実に強いし容赦がない。

 それにオスマンティウス様の巫女イリーナ様も元聖歌隊だったと聞く。大戦にも出てたようだし実戦経験もあるんだろう。

 護衛の意味があるのかないのかわからないが主の命だ。護衛の任務を全力でこなさなくちゃならない。

 そうは言っても、私に護衛任務が勤まるかどうかと言うと不安が残る。

 護衛とか、そんなことやったことはないし。

 ある意味では、私よりイリーナ様のほうが実戦経験はあるのかもしれない。大戦の経験者なのだからな。

 なにせ私は魔王候補だったとはいえ、大戦中も隠れ住んでいた身だ。

 実戦経験などそうあるものでもないからな。

 ただ亜人達との特訓はいつも命がけではあっただけどな。

 あいつら血を見ると興奮して我を忘れるんだよ。ほんとうに冗談じゃない。

 でも、まあ、護衛のほうは大丈夫だと思う。教会の聖女さんはやたらと心配していたけども。

 イナミ様はいないけど、今はイシュヤーデ様も帰ってきている。

 イシュヤーデ様が居てくれれば大概の事はどうにかなる気がする。

 あの妖魔なら大概の相手ならどうとでもしてくれるだろうし、襲われても少し騒げば出てきてくれるだろう。

 妖魔ではあるけれども主の命には私以上に忠実なんだからな。

 それに私だってそこそこ強い自負はある。

 特に危険に関する感は野生の動物にだって負けはしない。

 そうでなければ母が死んだ後、亜人達に囲まれて一人の人間が生き残れはしない。

 亜人達は頭では私を魔王候補と認識しつつも、その一方で私を人間の雌とも認識している。

 少しでも理性のタガが外れれば、襲ってくるような奴らだ。私は奴らにとって性欲と食欲の対象であり常日頃危険と共にあった。

 本物のケダモノ連中なだけに、なんて言っていいかもわからない。

 そんな連中に囲まれて暮らしていたんだ。気配や殺気といったものにはおのずと敏感にはなるってもんさ。

 混血種の根絶やしを信条としている教会のやつらよりは、まだマシなんだろうけど。

 そんな生活を余儀なくしていたんだ、どんなに殺気を押し殺そうが私には感じ取ることができる自信はある。

 だけど、そう言う奴らは私に取って問題じゃない。

 一番ヤバいのは、そう、例えば逆に、まるで何も感じないような奴。

 人の命を奪うのに何の躊躇もない。ただ道にゴミを放り捨てるように、何の気なしに人の命を刈り取る奴だ。

 人を殺すのに微塵の殺気すら発しない。何の気なしに殺していく。

 ちょうどすぐそこにいる奴みたいに、感情を何も感じない奴だ。

「なあ、そこのあんた、ちょっと良いか?」

 細目の男に声をかける。

 オスマンティウス教の礼服を着ているところを見るとコイツも信者なんだろうか。

 細身の男で、なんというか影が薄い。後で思い出しても、細目の笑っている男、とくらいにしか思い出せない。

 そんな印象の薄い男。気配も限りなく薄く、その特殊な笑顔からか感情も読み取れない。そんな不気味な奴だ。

 怪しいという私の勘くらいでしかなく、護衛の素人である私が声を掛けるのもどうかと思うくらいだ。

「はい、なんでしょうか?」

 男は笑みを浮かべていた。いや、元々こういう顔なのか? 判断に困る。

 ただ、メイド姿の時のイシュヤーデ様の張り付いた笑みとも何か違う、自然ではあるんだけどどこか不自然な笑みだ。

 どこが不自然かと言われても説明はできないが。

 笑っているのか、元からそう言う顔なのか、まるで判断が付かないが、そんなことは、まあ、どうでもいい。

 声を掛けたものの、ただ怪しいと言うだけで捕まえるのもさすがに可哀そうだし、私にできることは限られている。

 いや、まあ、なんというか主と盟約の魔術を交わしたときに不必要に人を傷つけることが出来なくなっているから、こちらから仕掛けれないだけなんだけどな。

 逆に襲い掛かってきてくれれば話は早いのだけれど。

 少し悩み目線を外した。

 が、特に何もしてこない。隙を見せたんだけど、あからさまだったかな?

 それ以前にこんなところで隙を見せても、わざわざ私を襲う意味はないか。

 それともただの気のせいで、こいつは本当に人畜無害な人間の可能性も捨てきれない。

 狂ったような聖職者なんかにはこういった者もいることはあると、私に戦い方を教えてくれた亜人は言ってたっけかな。

 まるで感情を感じない、それゆえに気配もない、ただの道端の小石のような存在、影の薄い存在、印象に残らない、そんな人間だ。

 そういえば、そう教えてくれた亜人もそんな人間に化けるのが上手だったな。

「いや、まさかとは思うけど、あんた亜人だったりするか?」

 人通りが多い通りで、突飛押しもない質問だったとは思うが聞いてみた。

 細目の男はその細目を見開き頬けた顔をした。

 さすがに驚いたらしい。

 若干だけど感情の起伏を感じることができた。

「亜人…… ですか?」

 男は怒ることもなく、ただただ意味が分からないっていう表情だ。

 まあ、こういう反応にはなるよな。

「いや、いい、忘れてくれ」

「は、はあ?」

 男は笑顔のまま困惑しているようにも思える。

 笑顔と言うよりは、生まれ持った顔が笑顔だっただけなのか、これは?

「これから参拝に?」

 色々悩んだ挙句、口から出た質問はそれが精いっぱいだった。

 亜人の中で育った私にコミュニケーション能力を求めるのが間違いだ。

「はい、これから主と聖母様に祈りを捧げに行こうかと思っております」

「主に聖母様? あの二人、信者にそんなん風に呼ばれてるのか」

 まあ、オスマンティウス様は正真正銘の神と認定されたので、主と呼ばれるのはわかるが、イリーナ様が聖母様と呼ばれるのは変な感じがする。

 聖母なんて生易しい性格していないぞ、あの人。

 確かに優しくはあるが、基本的にオスマンティウス様とそれ以外、としか判断していな気がする。もちろんそれ以外の中にも優劣はあるけれども。

 イリーナ様自身がそれ以外に入ってるような人だぞ?

 聖母とかいうイメージからかけ離れていると思うぞ。

 まあ、確かにオスマンティウス様を世話する姿は聖母に見えなくはない気もするが。

「おや、その服を着ていながら知らないのですか?」

「まあね」

 細目の男は笑顔の表情ながら、不思議そうな、それでいて少し不審そうな、妙な表情を見せた。

「あの、違っていたら申し訳ないのですが、あなた様は主と聖母様とよく一緒に居られる側近の方ではなかったでしょうか?」

 確かに一緒にいる。私の仕事は二人の護衛だからな。基本離れはしないさ。

 今のように離れている方が珍しいくらいだ。

 ただこんな怪しい奴に素直に護衛とも言えないし、側近と答えるのもぼろが出そうだ。なんせ私はオスマンティウス教のことなど何も知らない。

 突っ込まれてもぼろしか出ない。

 じゃあ、なんて答えるか。迷った挙句にこう答えた。

「いいや、私はただの二人の友達だよ」

 まあ、間違いじゃないだろう。

 なんだかんだでいい関係は築けてはいるのだし。

 特にオスマンティウス様も私のことを嫌ってはないはずだ。

 オスマンティウス様が嫌っていないということは、イリーナ様も私のことは嫌ってはいない、ハズだ。

 それはもう友達と言って差支えないハズだ。ハズだよな?

「しかし、その服は?」

 細目の男は私が来ている礼服を見ながら言った。

 確かこの服は一般の信者のより高位の服だったんだっけ?

「ああ、着るものがなかったからな。借りてるだけだ」

「その礼服をですか?」

 細目の男は少し訝しんでいる。訝しんでいる顔も笑顔なので、本当に訝しんでいるかもよくわかりはしないが。

 表情が読み取れないのは、思ったより厄介だ。

 でも訝しむのは当たり前か?

「イリーナが貸してくれたんだ」

 私が何の気なしにそう言うと、

「イリ…… 聖母様を呼び捨てですか?」

 細目の男は顔から笑みを消し、そう言った。

 怒気は少し感じるが殺気のようなものまでは感じない。

「まあね、私は信者なくて友達だからな。本人がそう呼んでください、と言ってたんだ。

 悪いかい?」

 そんな事実はない。真っ赤な嘘だ。ちゃんと普段から様付で呼んでいる。なんとなくだけど、様付で呼ぶ理由を無理やりつけるとするならば、なんか怖いからだ。

 ただ今そんな嘘をついたのは、こいつがどんな反応をするか見てみたかっただけだ。

「いえ、そんなことはありません。

 そうですか、聖母様とそこまでのご友人で在らせられるとは、私からしたら羨ましい限りです」

 細目の男は少し怒気を発したまま、再び笑みを浮かべた顔になった。

 内心憤慨しているのか、その演技か、そもそも何とも思ってないのか。

 というか、一応笑みを消すことができるのか。

「うーん」

 判断が付かない。

 私の勘は、あからさまに怪しいと言っているのだけれども、その根拠を説明できない。

 ただ怪しいとしか表現ができない。

 どこが怪しいのか、なぜ怪しいのか、それを説明することもできない。

 言ってしまえば、なんとなくの勘でしかない。

「どうかなされましたか?」

「いや、いい。引き留めて悪かったな」

「いえ、私も聖母様のご友人と話せてとても光栄でした」

 

 細目の男と別れた後、その後ろ姿を見送った。

 本当に判断が付かない。

 怪しいからと言う理由で捕まえてもいい気はするが、確信はないし証拠もない。

 身体検査をしてもおそらく何も出てこないだろう。

 それ以前に私は主との盟約で無暗に人間に危害を加えられない。つまり先制攻撃を仕掛けることができない。

 そんな私に護衛役なんか任せるなよ、とは思うけど、主に怖くてそんなことは言えない。主の魔力は桁が違いすぎてどこか現実的ではない。

 主の秘密を聞いても、納得するだけで、もっと重大な秘密隠してるんじゃないの、と思えてしまうくらいだ。

 しかし、ここはとりあえずオスマンティウス様の元へ今はと急ぐべきか?

 頼まれていたプリンとやらは諦めよう。どうせオスマンティウス様はまだ物を食べはしないし、文句は言われるだろうが、その身の安全に越したことはない。

 もし何かあって、そのことをイナミ様に知られると思うと肝が冷える。

 今はイシュヤーデ様と一緒のはずだから、襲われることはない、はずだけれど、今のことを念のためイシュヤーデ様にも伝えておきたい。

 イシュヤーデ様がいるからこそ、護衛役の私が買出しに行くことを了承したんだけど、その途中であんなの見かけるとは思わなかったよ。

 


 

 なんだあの女は。とてつもない魔力だねぇ。あー、おっかないおっかない。

 下手な精霊より魔力高いんじゃないか。あれが護衛の混血種って言うやつだよな。情報には貰っていたが想像以上だ。

 なんでこんな街中ふらついてるんだ?

 偶然か必然か、ふむ。

 しっかし、うまく行かないもんだねぇ、ばれはしなかったが疑われるへまをするとは傷つくねぇ。

 まさか声を掛けられるとは思いもしなかった。

 いやはや、下見の帰りで良かった。もう無駄に顔を会わせたくはないねぇ。

 今の女も化け物だけれども、あのイナミっていう精霊も輪をかけて化け物だねぇ。

 あれを見て少々動揺していたのかもしれないねぇ、まだまだオレっちも修行が足りないんだねぇ。

 しかし、化け物とは聞いていたが、あんな化け物だったとはな。

 相手をする師匠が可哀そうになるねぇ。

 師匠にあの化け物はやれるのかねぇ?

 その点、オレっちの対象は弱そうでいいねぇ。楽な仕事だよ、楽すぎて嫌になるねぇ。

 気を付けるのは、あのご友人とか言ってた護衛役くらいかねぇ。

 いきなり疑われたのには肝を冷やしたが、やりようはいくらでもある。

 まっ、結局のところオレっちが襲撃者とばれてもなんの問題もないんだよねぇ、へへっ。

 千年の歴史を持つ暗殺術、ズー・ルーの技、じっくりと見せてあげようかねぇ。

 でも、仕掛けるなら、イナミとか言う化け物がいない時だねぇ。あれは師匠にお任せするよ。




「怪しい男?」

 主の姿をして主の声でイシュヤーデ様が聞き返してきた。

 今はイナミ様の影武者の正体がイシュヤーデ様だと知っている者しかいないので、声色が主だけれど、喋り方はイシュヤーデ様のものだ。

 なんだか、変な違和感だけがある。

「はい。

 でも何の証拠もないんで、ただの勘なんですよねぇ」

 私がそう言うと、イシュヤーデ様は無表情のまま返事をした。

「無力化してしまえば良いだろうに。

 わざわざ見逃すとは。

 今のお前なら敵わぬ者も少なかろう?」

 さも当然のように言ってくるが、多分あの細目の男はそう簡単にどうにかできる相手ではないと私の本能が告げている。

 実際のところの相手の実力はわからないが、主との盟約により多大な魔力を貰っている自分と相対せる者のほうが少ないのも事実。

 それでも私の勘はそう簡単に行く相手ではないと告げている、気がする。

 とはいえ主からもらっている魔力に加え私には亜人より学んだ戦闘術もある、相手がなんであれ、普通の人間相手には負ける気はしないのも事実なんだけどな。

「そうかもしれないですが、私は盟約で、こちらからむやみに危害を与えれないんですよ」

「その盟約よりも護衛の命令のほうが優先順位が高いはずだ。問題はない」

 その優先順位、どっちが高いか私よくわからないんだよなぁ。

 魔術も習わされたけど、攻撃の魔術しか教えてもらってないし。

 儀式とか契約の方はてんでわからないんだよなぁ。

「そうなんですか?

 んー、だったら捕まえちゃえばよかったな」

 そうだとわかっていたら、無理にでも捕まえたのにな。失敗したかな。

 いや、相手は敵意出してなかったけど、まあ、殺すわけじゃないし捕らえるくらいなら、いいよな。違っていたら後で謝ればいいわけだし。

 信者ならそのくらい許してくれるはずだよな。なんせ信仰している主と聖母様の危機なんだし。

 次ぎ会うときがあればでいいか。

 あの男は、なんとなく怪しいっていうだけで、そもそも確証はないんだし。

「その、怪しい男と言うのは、どういった感じの男でした?」

 そう聞いてきたのはミリルとか言う聖歌隊の隊長だ。

 はじめ見たときは男かと思ったけど女らしい。

 どちらにせよ洗練された美形の類だ、粗暴な私からしたら羨ましいかぎりだ。

「んー、なんか絶えず自然なんだけどどっか引っかかる笑みを浮かべた細目の男?」

「細目の笑みを浮かべた男? とりあえず私は見てないな」

 隊長さんはそう言うが、恐らくあの男はなんだかの特殊な訓練を受けている、と思う。

 例えば、暗殺術だったり、潜入術だったりとか、そんな感じの。

 普通の人間が特に意識しないでそれに気が付ける、いや、気に留めれる可能性も低いはずだ。

 私に戦い方を教えてくれた亜人もそうだったけど、周囲の人間に自然に溶け込むのが上手いのだ。

 目立たないし、そもそも記憶にも残らない。現に怪しいと思っていた私でさえ、細目で笑ている男としか記憶に残っていない。

 それ以外の印象的な外見が、意図的に削除されいるんだ。

 細目で笑っていると言う印象しか残さない。けど、その男が目を見開き笑うのを辞めたら、その人物像は雨露のように消えて行ってしまう。

 そもそも、何かしら意識していないとその存在自体にも気が付けない。

 そう考えていくとやっぱりただの信者ってわけないよな。

「否、先ほどの集会の場にその特徴に合う男はいた」

 流石は鏡の大妖魔様。頼りになるね。

 鏡の妖魔だからか、視覚的要素で見逃すことはないらしい。

 それもイナミ様相手には敵わないらしいけど、主は色々と規格外すぎる。

「本当ですか? オスマンティウス教の礼服を着た?」

 一応確認を取っておく。

「うむ。確かに魔力の素養は人間にしては高くはあったが、ただそれだけの存在と我は感じたが?」

 うーん、今回重要なのは魔力よりも、その身のこなしなんだよね。

 どんな人間だって無防備なところを襲われたらひとたまりもない。

 そう言った意味では、オスマンティウス様は常時無防備なわけだけど。

 ただ人間ではなく神様だけどな。

 上位の精霊や妖魔は魔力だけで、物事を判断する傾向があるって話を聞いたことあるけど、やっぱりそうなのかな。

「そういや、その男は、これから祈りを捧げに行くとか言ってたけど、やっぱり来てないですよね?」

「そうだ、我が見かけたのは午前の礼拝の時のみ。今日初めて見た顔だ」

 やっぱりおかしい。午前の礼拝に参加したら午後の礼拝には参加しなくていいはずだ。

 まあ、熱心な信者ってこともあるけれども、今日初めての新顔って言うなら襲撃者かなにかで間違いないんじゃないか。

「そもそも、午後の礼拝はオスマンティウス様の意向で急遽中止になったんだ。

 熱心な信者ともなると午前、午後の礼拝に参加するものも多いしな。私からは何とも言えないな。

 どちらにせよ、今日はもう来ないだろうしな。

 それにしても、なぜその男が怪しいと思う?」

 隊長さんがそう言った。オスマンティウス様は気分屋だからな。

 他になんか興味があることがあれば、ただ祈られるだけの礼拝なんて、すぐに取りやめになる。

 まあ、神様だからね。多少我儘でも許されて当然だ。

 ついでに今日の午後の礼拝が中止になった理由は、なんか疲れた、と、言う理由だ。神様でなければ許されないような理由だ。

 まあ、まだ神として覚醒してから期間が短い子供のような神様だから、本当に疲れているのかもしれないが。

 で、ええっとなんだっけ? あの男が怪しい理由か。

 うーん、上手く説明できるかな。

「いやー、私こう見えて私に戦い方を教えてくれた人、まあ、亜人なんですけど、潜入が得意な人でしてね。

 普段の見た目は全然違うんだけど、人間に化けるのが上手い亜人でして、その人と同じ感じがしたんですよ、雰囲気と言うか立ち振る舞いと言うか。

 ただならぬ雰囲気? 気配? まあ、最初言った通り勘でしかないんですけどね。

 でも多分私は襲撃者か何かだと思うんですよね。仕事をする前のあの人そっくりな感じなんですよ」

「ムグアの種族か」

 イシュヤーデ様が口を開いた。相変わらず声色はイナミ様で喋り方だけがイシュヤーデ様のままだ。やっぱり違和感を感じて仕方がない。

 しかし、さすがによく知ってらっしゃる。亜人の中でも特に秘匿された種族のはずなんだけど、まあ、ここいらを取り仕切っていた魔女の側近の大妖魔だからそれは当たり前か。

「なんですか、それは聞いたことありませんよ、人に化ける亜人だなんて」

 隊長さんは少し焦ったような様子だ。

 まあ、亜人と戦ってた人間にしてみれば、人間に化ける亜人がいるとなると気が気じゃないよな。

 私が説明してもいいけど、イシュヤーデ様に任せよう。私が説明するより正確に説明してくれるはずだ。

 後この隊長さん、ちょっと苦手なんだよね。

 敵意がないのはわかるんだけど、何か疑われているのか、いつも見張られている気がするんだよね。

 混血種の二世で亜人に育てられたっていうんだから、怪しまれるのはわかるんだけどさ。

 気が付くと視線を向けられているんだよね。

 うう、疑われるのは、わかるんだけどそんなに、ずーと監視されるとなにかと後ろめたいことしてないけど辛いんだよ。

「人に化け溶け込むのが上手い上位の亜人種だ。珍しい種族であまり数はいない。

 一度人間に化けると死んでも人間の姿のままで、人間が見分けるのは困難を極めるという、魔術で丹念に調べるか、その死体を解剖するか。もしくは我のようになんだかの能力でも持っていなければばれもしない。

 人間にとっては敵に回せば厄介な種族だ、奴らはどこにでも潜み、どこへでも入り込むことができる。

 ただその数は少なく、我には見分けられる、問題はない」

「そんな亜人が存在していたとは……」

「元々稀な種族で、亜人共どころか我ら妖魔にすら、あまり知られてはいない。

 それにほとんどが大戦にて、その親の妖魔も討伐されたと聞いた、もはや危惧する類ではない。

 亜人共の諜報の切り札だったと言ったところか。生まれつきの諜報員であり暗殺者だ。それ故、あまり表には出てこぬ」

 イシュヤーデ様は基本主意外とはあまり口を利かないんだけど、今日は結構饒舌だな。

 まあ、警備のお仕事は主からの命令だからかな。こういうのは情報が大事だものな。

「でも、その亜人と雰囲気が似ていたってだけで、あれは普通の人間ですね。

 多分、そういった訓練を受けた人間なんだと私の勘は言ってるんですよ。

 まあ、ただそう言う人種が、ただ単に信者になったって言う線もあるんですけどね」

 イシュヤーデ様もそのことに関しては何も言わない。亜人などではなく普通の人間なのは確定なんだろう。

「ふむ、わかった。

 我も次に見かけることがあれば捕らえるとしよう」

 これは心強いけど、恐らくイシュヤーデ様の前には出てこないよな、もう。

 この人も元はかなりの上位の精霊なんだっけ。

 主の術で邪気や穢れは一時的に封じられて感じることはできないでいるけど、その分その強い魔力を感じれてしまう。

 人間からしたら、どうしょうもない絶望的な相手に思えるほどの魔力をこの妖魔は持っている。

 まあ、主の魔力はもう次元が違う感じで凄いので、比べるまでもないんだけどな。文字通り桁外れなんだよ、主の魔力は常識外れの大きさだよ。

 でも、今話し合ってようやく確信が持てた。あの細目の笑っていた男は恐らくは暗殺者の類だよね。それも専門的なヤツ。

 私の色々教えてくれたあの亜人。名前も結局教えてもらってなかったけど、あの亜人と同じ気配を感じる。

 だとすると相当の手練れだよなぁ。

「イリーナ様も戦闘が得意と言うわけでもないしな、我々が気を張らないと」

 そう言ってミリル隊長が腰の剣の柄を強く握った。

「え? 戦争に参加してたって聞きましたけど?」

 あの人、戦いが苦手なのか?

 多少は戦闘を任せても平気と考えていたんだけどな。

 私には、なんていうか、容赦が…… いや、なんていうのかな、冷酷な判断も一切の迷いなく下せる人に思えてならない。

 必要があれば何の迷いもなく人を殺せると思うんだけどな、イリーナ様。私にはそんなイメージがあるんだけど?

 だからなのか、なんか強そうに思えるんだよね。

「ん? ああ、形だけはな。イリーナ様は。

 一応大戦時にも数度は経験してはいるが、後方支援が主だった。

 イナミ様が来る前、まだここが村の時は魔物とはそれなりに戦っていたから、戦えない訳じゃないが、戦力として見ないほうがいい。

 もしイリーナ様が戦うようなことになったとしても、後方支援と考えておいた方がいいぞ」

 そうか、そもそも聖歌隊の魔術は対人向きじゃないって聞くし、戦わせないほうが良いよな。

 となると、わかりやすい配置がいいかな。

「わかった。前には出さないようにする。

 で、そのイリーナ様とオスマンティウス様はまだ昼食を?」

「ああ。

 奥でまだ休まれている。午前の礼拝も長引いたからな。やっぱり疲れているんだろう。

 教会連中の横やりも大分増えてきているしな、そっちの対応が一苦労なんだよ。あいつら口だけは達者だから」

 隊長さんはそう言ってため息をついた。

 教会の聖女様が、オスマンティウス様とイリーナ様が狙われていると言った根拠は一応ある。

 この町に教会の信者達がなんども抗議しに来ている。

 まあ、教会とオスマンティウス教は真っ向から対立するような教義の内容なので仕方ない気もするが。

 今は平和的な抗議だけだが、日に日に抗議の内容は脅しに近いものになっていっているのも事実だし。

 まあ、混血種の根絶を目指す教会の信徒と、混血種の保護をうたうオスマンティウス教では相容れないのだから仕方はないが。

「じゃあ、プリンの件、謝って来ますね」

 理由が理由だけに、イリーナ様は多分何も言わないけど、オスマンティウス様は怒るだろうな。

 そう思ってたらなんか当てが外れた。


「え? 怪しい男がいてプリンを買ってこなかったですって?」

 あからさまに不機嫌そうな顔を見せてオスマンティウス様がそう言った。

 それをたしなめるようにイリーナ様がオスマンティウス様を抱え上げて自分の膝の上にのっけた。

 確かに、母と子の様子に見えなくもない。だから聖母様って言われてるのか?

「はい、申し訳ございません!」

 とりあえず、謝っておいた。

 オスマンティウス様はとりあえず謝れば、許してくれるところがある。

 なので、まずは謝る。

 何かしでかしてしまった時は、まずはこの一手だ。そしてそれで大体解決する。

 色々と我儘で厄介な神様ではあるが、懐の大きい神様だ。私は嫌いじゃない。実にわかりやすい神様だし。

「怪しい男ってどんな?」

 オスマンティウス様がイリーナ様に抱っこされながら目をキラキラと輝かせて聞いてきた。

 よかった、プリンより怪しい男に興味が移ったようだ。

 これでもうオスマンティウス様の頭の中から、プリンのことは忘れ去られたわけだ。

「細目の笑みを浮かべた男です」

「それは怪しいわね。物凄く怪しいわね。

 で、もしその男に襲われたらあなたは勝てるの?」

 その質問にちょっと考える。

 恐らく一対一ならまず負けないはずだ。

「ええ、遅れは取らないと思い…… ますけど?」

「そう、ならいいわ。恐怖の細目の笑い死に男ね。

 ふふふっ、面白くなってきたわね」

 それに私の答えに満足たのか、オスマンティウス様は上機嫌だ。もうプリンのことなど忘却の彼方で思い出すこともないだろう。そもそもご自身は食べれないんだし。

 でもあのプリン確かに美味しいんだよな。亜人特区から取り寄せた卵と牛乳を使って蒸しあげたプリン。

 確か元は東側の地域のお菓子なんだっけ? 買ってきても私とイリーナ様で食べることになっただろうけど、その点は残念だ。

 逆にイリーナ様は少し不安そうな顔をしている。

 私、個人としてもむしろ心配なのはイリーナ様のほうだ。

 オスマンティウス様は力こそ低いものの、本当の意味でオスマンティウス様に害を成せる者は少ない。

 この新しき神の肉体は塩で構成されており、もし仮に破壊されても魔力がある限りすぐに再生されるとのことだ。

 しかも、その魔力元は無尽の魔力を持つイナミ様だ。それはもはや不死にも等しい。

 恐らくイシュヤーデ様が全力で挑んでも、この新しき神を殺しきることはできないだろう。

 まあ、だからと言って、むざむざ好き勝手やらせるつもりは私にもないけれども。

 なんせほら、この二人は私の友達だからな、私が勝手に思っているだけかもしれないけど。




 ガダンと馬車という名のゴーレム力戦車が揺れる。

 道無き道を突き進んでいるせいだ、さすがにこの重量級の馬車でも揺れはする。

 イナミの町を出てもう三日も馬車に揺られ続けている。にしても自分の名前の町って言うのはいつになっても慣れない。

 戦闘用ゴーレムに過度なほどの魔力を与え通常の限界を超えさせて馬車を引かせている。今は時間が欲しい。

 ついでに馬車に乗っているのは私とグリエルマさんだけ。

 私の代わりはイシュが私に化けて、グリエルマさんは私用で王都へ一時戻っているという事に表向きなっている。

 事情が事情だけに、私達が町を出ていることを知っているのは、イシュ、ミリルさん、アザリスさん、それとオスマンティウスとイリーナさんだけだ。

 他の人には言っていない。私の秘密を打ち明けてから、悩みがちになっているアンリエッタさんにも言ってはいない。

 ミリルさんと相談し、彼女が何かしらの答えを出すまでは余計な心配はかけないようにしている。

 そして、ミリルさんにはグリエルマさんの呪いのことも話している。

 さすがに話さないと納得してもらえなさそうだったので、グリエルマさんに許可をもらってミリルさんだけには話した。

 恐らくグリエルマさんの呪いを解く最後のチャンスなのだから、これを逃すことはできないと。

 しかも相手は、亡霊と言えど魔神だ。どうなるかわからない以上、グレルの時のように、必要最低限の人数で挑むのがいい。

 つまりは私とグリエルマさんだけで、と言う話になった。

 もちろん道中のお世話やお供だけでも、と言う話は出て来たけど全部却下した。

 お忍びで行くなら少ない人数のほうがいい。

 でも正直、私もアレクシスさんの帰りを待ってから行きたくはあったんだけどね。

 私だけだと何かと不安だし? まあ、でもそんなこと言ってられないのよね。

 そもそもその亡霊っていうのが、いつまでいるのかもわからないし、ここを治める予定の貴族たちだってそんなものそのままにしておくはずがない。

 邪気を封じたり祓ったりするのは、教会の魔術のほうが得意らしいので、魔神とは言え亡霊なのでどうなるかもわからない。

 そんなわけで早い方がいいのは事実よね。

 話は戻って、ミリルさんを説得するのには苦労したけど、最終的にはどうにかわかってもらえた。

 ついでにそのことをオスマンティウスに話したら、お土産をよろしくって言っていた。

 亡霊と相対する私になんのお土産を期待しているんだろう?

 コロシアムの土でも持って帰ってあげればいいのか?

 いや、でも、何年も戦いがあった場所でしょ? それって血をたんまり吸った土だよね、嫌だな、そんなの。

 何かしら見つけて持ち帰れたら、それをあげればいいか。

 しかし、馬車の窓から外を見ても、周りは代り映えしない荒野だ。

 世界山脈から離れるように移動しているせいか、ここら辺にはもう雪が振っている形跡はない。

 そのせいかむき出しの荒野には、ところどころに争いの痕跡が残っているのが見て取れる。

 かなりの速度で移動はしているが、吸血鬼の私の動体視力はその景色をしっかりととらえることができる。

 さすがに十年も昔の話なので、死体などは残ってはいないが、錆びた武具などがたまに打ち捨てられたままになっていたりする。

「この辺りが一番戦いが激しかったところ?」

 何の気なしに口にした。ぶっちゃけ、もう話すことがない。

 三日も馬車にゆられ続けているんだ。そりゃ会話もなくなるよ。

 元々私は話すの得意な方じゃなかったしね。

「一番は最終決戦の前で、魔王軍との総力戦があった場所ですね。この辺りの戦いも激しかったとは聞いています。

 夕闇の魔女が支配していた魔物への追撃戦があった辺りですね。

 逃げきれないと悟った魔物との大規模な戦闘があった地域だったとは聞いています」

 だから広範囲に渡ってこんな戦いの後が今も残っているわけか。

 こんな道もまともにない本当に荒野って場所じゃ回収にも来れないしね。

 戦死した人の幽霊とか出そうだなぁ。

「なるほどね。聞いているっていうことは、グリエルマさんはまだ戦いに参加してなかった頃の戦いなのね」

 そうよね、魔王との戦争自体は十年以上続いていたらしいし、英雄だからって最初からその戦争に参加してたわけじゃないか。

 グリエルマさんが、もしそのころ参加してたら十代前半だろうし。さすがに貴族のお嬢様がそんな年齢から戦争には参加しないか。

「ええ、ここで戦いがあったのは十年くらい…… そうですね、ちょうどぴったり十年前ですね。

 その後、亜人が支配していた南西の地域、今のイナミの町から南方ですね、そちらへと戦場は移っていったと聞いています」

「ええっと、世界を北と南にわけて、北側が人類が治めている地域で、南側は魔王が支配していたのよね」

「はい、その南側半分の北西側が夕闇の魔女の支配する地域、南西側が亜人が支配する地域、北東側が魔神テッカロスの、南東側が妖魔の、真南に魔王自らが支配している地域です」

 たしか世界の南半分を五等分して支配していたのよね。

 ただ私が本で読んだ知識だと、ある程度繁栄してたのはアンティルローデさんが支配していたところと、亜人達が支配していた地域だけで後はほぼ手付かずって話だったような。

 特に妖魔が支配して地域は毒沼に浸食されて立ち入ることも困難だったとか。

「で、アンティルローデさんとテッカロスが魔王四天王なんだよね」

「残りは亜人の将軍バグロスクと妖魔王と呼ばれる腐り沼の妖魔ジュナハザストスです」

 うーん、妖魔の名前はやっぱりなんか長くて舌噛みそうな名前ね。

 いや、精霊が妖魔化しても名前は別に変わらないし、精霊の名前がそんな感じなのか?

 妖魔も精霊もあんまりよくわからないよなぁ。妖魔はイシュしかしらないし、精霊に至っては一番最初に出会ったのが半精霊のオスマンティウスだし。

 小精霊なんかは私の魔力が強すぎて逃げちゃって出会えてないし。せっかく異世界に着ているのに少し残念だ。

 一番異世界ぽいのがイシュとゴーレムくらいか。ドラゴンとかいないのかしら?

 ああ、後亜人かぁ、私の想像では獣人とかダークエルフぽいのを期待してたけど、会ってみたらなんていうか、エイリアンぽいのばっかりだったよね。

 人と妖魔の混血なんだっけ?

 人と精霊の混血は、見た目は人間にしか見えないのに、なんで妖魔になってしまうと、あんな見た目になってしまうのかしら?

 謎よね。

「そういえば、私がシースさんに聞いた話だと、一番亜人の地域が手間がかかったんだって?」

「私もそう聞いています。なんせ魔王軍の兵の八割は亜人ですからね。数だけなら主戦力です。

 逆に魔神テッカロスの支配する地域は、魔神テッカロスが鎮座するコロシアム以外はあっさり片が付いたそうです。

 元々少数の亜人と妖魔が魔神の元にいる程度だったらしいですね。

 それなのに魔神テッカロスを討伐できたのは、魔王との最終決戦の直前です。

 八年もの間、魔神テッカロスは人類の連合軍相手に一柱で勝利し続けていました」

「まさに人外の魔神よね。

 ん? でも世界地図みたけど、そのコロシアムって東南東の方よね?

 山の魔神なんて言われてる割には、山はなさそうだけど、地図に書かれてないだけ?」

 持ってきた地図をみても山のようなものは書かれてはいない。

 世界山脈などはしっかりと描かれているのに。

 こう見るとこの世界は南北に長い楕円のような形の大陸のようだ。そのほとんどは世界山脈に囲まれていて、三分の一程度しか海に面していない。

 これがこの世界のすべてという。

「いえ、実際にその辺も、ここと変わらない荒れ地です。言ってしまえば、ただの平地ですね。

 これは一説なのですけれども、山の魔神テッカロスは元々は世界山脈にいた魔神で、戦いを求め下山したと言われています。

 また下山しなければ、山の魔神の力は強大で魔王よりも強かったとも。

 なので、魔王は魔神テッカロスの真の力を恐れ、山のない地域を支配させたのではないかという噂があるくらいなんです」

「ああ、そういえば、なんか戦い好きってどの本にも書かれてたわ。

 イシュもそんなようなこと言ってたわね、テッカロスが負けたのは信じられないって」

 戦いを求めて下山する魔神かぁ。戦いを求めるあたり、なんとなくだけど山の神様ぽい感じはするよね、神様じゃないけど金太郎とかそんなイメージよね。あれ? ちがうっけ?

「アレク様は、真の勇者です。あの方に倒せない邪悪はこの世界にいないですよ」

 そうよね。アレクシスさん。一見ただの好青年にしか見えないけど、凄い深い、とても深い魔力を持っているのよね。私でも底が見えないくらい深い魔力よ?

 本気で戦ってるところなんて見たことないけど、その魔力を感じるだけでただ魔力が強いだけの私が太刀打ちできる人じゃないのよね。

「アレクシスさんって本当は魔術も相当凄いのよね?」

「ええ、でもあまり魔術はお使いになりませんね」

「やっぱり精霊王が嫌いだからなのかな。

 精霊王は全ての魔術を理解し行使できるから、魔術の祖とも言われてるし?」

「それはわからないですが、アレク様が戦いで魔術を使うときは本気を出すときだけですね」

「うーん、アレクシスさんなら魔法も使えるんだろうし、機会があったら教わってみようかしら?」

「魔法ですが……」

 グリエルマさんはそう言って、何とも言えない表情を見せた。

「ん? どうかしたの?」

「いえ、教会では魔術はともかく魔法はあんまり良いイメージがないので」

「どうして?」

「魔法は、その、世界の法そのものをねじ負けることになるので、あんまり、と言っ感じですね。

 魔術はあくまで今あるものを利用しているだけですので問題はないのですけれども。

 魔法はこの世界の法を捻じ曲げるもの、と言うのが教会での考え方です。

 しいて言えば、神のみがそれを許された存在、と言った感じです。

 そうですね、アレク様やイナミ様がお使いになるなら、問題ないのですよね。

 お二人共神族なわけですので、すいません。どうもお二人共精霊や神よりも人間のような振る舞いが多いので、どうしても勘違いしてしまいます」

「なるほど、魔法は不自然ってことなのね。

 まあ、教会の神様じゃないからね、特に私は。

 そもそも私の中身は普通の人間で一般人だしなぁ」

「私はイナミ様は十分に神の資格があると思います。

 ただ親しみやすいので、威厳とかは、その…… ですけど」

「それはそれで嬉しいよ。親しみを持ってくれるのは。

 私なんかは神様って言われて、恐れ敬われても困惑するだけだし。

 それにしても殺風景な風景ね」

「南のほうは全体的に荒れ地です。魔王云々の前に魔神が多く存在している地域でしたので、そもそも人の手が入らないことが多かったですね」

「じゃあ、なんで開拓村なんか?」

「開拓村などの試みは昔からありましたが、中々難しいのが現状でした。

 村として根付いても魔王が軍を持つまでになると必ず戦火に見舞われますからね。その度に戦火に見舞われ焼き払われていました。

 今回、あそこまで発展し領地としてまでになったのは、イナミ様の存在が欠かせません」

「私?」

「もし魔王が現れてもイナミ様なら、魔王すら撃退できるとアレク様が断言したので領地として認められることになったんですよ。

 もちろん元より精霊領として、ですね。

 それに反発した教会側が、せめてわたくしを領主代行にと押してそれが通ったわけです」

「そんなことが裏であったのね」

「ええ、ただわたくしが教会の思い通りにならないと知ると、急遽、東側の土地を寄こせ、と子飼いの貴族たちに手を回して……

 って話になったわけです。

 表向きは貴族たちが分割で管理するという形ですが、実際は教会の支配下になるはずですね。

 統治していけるのかは、また別問題ですが」

「なるほどねぇ」

「それだけなら、まあ、良かったのですが、今回の亡霊の件が急浮上してしまって、イナミ様にまで申し訳ないです」

「私のことはいいのよ、そもそも呪いのことはどうにかするって言ったしね。

 ただグレルの件から見ても、もしその亡霊と意思疎通ができても素直にその呪いを解いてくれるとは思えないけど」

「それはわかってます。ですが、わたくしはイナミ様がテッカロスの亡霊と会うことで、この呪い以外にも何か動くのでは、と考えています。

 わたくしの、ただの願望かもしれないですけどね。でも、そう、わたくしは直感しています。わたくしの直感は割と当たりますよ」

 聖女って言われている人に、そう断言されるとそんな気もしてきてしまう。

 一応神…… なのかな、私?

「そんな期待されてもなぁ、私そんな大した存在じゃないんだよ、ほんとうに」

「ふふ、そんなことだけはありません、それだけはわたくしが保証いたします」




 怪しい男を見かけた。それから何事もなくまた三日たった。

 今ではただの気のせいだったのでは、とさえ思えてくる。

 けど、私の生存本能? 女の勘? いや、野生の勘って奴は、あの細目の男が暗殺者か何かだと今も告げている。 

 狙いがイリーナ様かオスマンティウス様、はたまた主かグリエルマ様か、そこまではわからないが。

 それでもそれは思い込みのせいか? とも思うこともあるけど、こうあやふやな場合は本能に従った方がうまく行く気がする。

 私に戦い方を教えた亜人は、潜入が得意だった。

 簡単に言ってしまえば暗殺者だ。

 もちろん、諜報活動などもあったが、主とすることことは暗殺だと言っていた。

 そんな亜人に戦い方を学んだ私も正面切っての戦うのは実は苦手だ。

 不意を突いて殺す方が得意なんだ。

 ただ私は暗殺者ってわけではない。そう言う戦い方を学んだっていうだけの話。

 そんな私から見ると、主であるイナミ様は隙だらけだ。ヤッてくださいと言わんばかりの隙だらけだ。

 その首を落とそうと思えば、いくらでも隙はあった。

 ただあの得体のしれない強大な魔力を実際に感じるとわかってしまう、この怪物は首を落としたくらいじゃ殺せない、と、確信してしまう。

 だから、怖い、不気味で理解ができない。ただ魔力が強く大きいだけじゃないんだ、不可侵な神秘性、そして何より不死性を感じさせる魔力なんだ。

 まあ、元より主に逆らうつもりは毛頭なかったので、そんなことはどうでもいいことなんだけど。

 ただ主と交わした盟約にある無暗に人に害をなさない、という項目の盟約は私の戦いのやり方だと著しく厄介だ。

 私の戦い方は、敵が私を認識する前に終わらす、と言う方法だからだ。

 だからか、三日前あの細目の男を見つけたとき、どうすべきか迷った。

 不意を突いて殺すことはできたと思う。ただ殺さずに捕らえるとなると、と言うとまた話が違ってくる。

 更に盟約の内容上、先制攻撃ができないかもしれない。

 もし仮にできなかったとき、それは私にとって致命傷になりかねない。

 あの時首を落として、裏路地にでも転がして置けば、こんなに迷いはしなかったのに。

 少しこの町の心地いいぬるさにつかりすぎたのかもしれない。それが悪い事とは思わないけど。

 ただ護衛のことを本当に考えるなら、あの場で殺さないまでも一戦交えても良かったとは思っている。

 多分私は本来、相手を捕まえようなんてそもそも考えない、怪しい奴は皆問答無用で殺せばいい、そう思っている。

 実際、亜人達相手にもそうしてきたし、亜人達はそれに対して何も言わなかった。

 弱い方が悪い、これが亜人達の考え方で実にシンプルだ。

 だから私はやられる前にやる、それが私の亜人達の中で育ち生き残ってきた一番の理由だ。

 ただ主は無暗に人を殺すのを嫌う。だからとりあえずは捕まえようとは努力しておこうと思う。

 その方がこの町にはあっているとも思し、もし相手が無関係の人間でも努力した形だけでも残して置けば、主は許してくれるかもしれない。

 ただそうなると私の戦い方とは合わないわけで…… って、堂々巡りだな。

 イシュヤーデ様はオスマンティウス様を守るという命令、つまりはイナミ様の直の命令のほうが優先されると言っていた。

 でも、実際のところはどうだかわからんし、試す気も起きない。手を出そうとしてダメだったときの反撃は致命的になりかねない。

 うーん、実に厄介だ。

 そして、それとは別に、そろそろ何か起きる頃だと、私の感が言っている。

 なんの感なのかどうか、わからない。でも今日は朝から空気がどうも嫌な感じに張り詰めている。

 こういう時は何かが起きると、私の勘、いや、経験はそう語っている。

 もうすぐお昼だ。

 周りに人も多いし、作業用ゴーレムも周りにいる。

 今ここは麓にある聖堂の出張所の一つで、イリーナ様とオスマンティウス様はその出来の確認をしている。

 入口は一つだけ。奥の部屋へと続く部屋もあるが、そこから外に出入りできないようにしてもらっている。

 予定を知っていた私は朝早くからオスマンティウス様にお願いして、他の出入口はゴーレムに先に封鎖させて貰っている。

 言うならば、罠のようなものだ。

 逃げることはできないが、奥へ行かせなければいいだけの話だ。

 相手もそれはわかっているだろう、乗って来るかどうかまではわからないが。

 もし相手が乗ってくれたら死守しなければならないが、相手が私より強くても、周りには援軍だらけだ。

 騒げば問題ない。最悪イシュヤーデ様が来るまで耐えれば私の勝ちだ。

 そう考えていると、その一つしかない正面入口に、にゅっと不用意に顔を覗かせた者がいる。

 その顔は笑みを浮かべている。やっぱり町で見かけた細目の男だ。

 三日ぶりに見たその顔は既に忘却されつつあった。細目で笑顔。それしか記憶に残っていない。

 そう言った魔術の類でも掛けられているんだろうか。

 とにかく今は、二人を奥へ逃がすことが最優先だ。

「イリーナ様、オスマンティウス様。奥へ」

「あれが例の?」

「はい」

「アザリス負けるなよー!」

「ですから、早く奥へ」

「神様、ここはませていきましょう」

 オスマンティウス様とイリーナ様が奥の部屋へとどたばたと入っていった。

 まあ、これで一安心。

 後は奥の部屋へ進ませなければいいだけだ。

「おい、ここはまだ立ち入り禁止だぞ」

 笑みを浮かべている男に声を掛ける。

「そのようですねぇ」

 笑みの男はそう返事をした。

「はぁ、んま、一応言っておくか。それ以上ここに入れば攻撃とみなす」

「はい、構いません。そのつもりですから」

 笑みを浮かべた男はそう答えた。

 ん? こいつ暗殺者の類だと思ったけど、それを認めちゃうのか?

 よほど腕に自信があるのか、それとも……

 腰にある鞘から剣を抜く。短い曲刀だ。

 私に戦い方を教えた亜人がよく好んで使っていた武器だ。

 人類側じゃあんまりメジャーな武器ではないが、使い慣れているので無理いって用意してもらった。

 出来は上出来で良く手になじむ。

「おや、珍しいですねぇ、曲刀とは。

 それに魔術で攻撃してくるものと思いましたが、そうでもないのですねぇ」

「あー、えーと、刺客でいいんだよな?」

「はい、その通りです、今日は新しき神、その命を頂きに参りました」

 そう言って笑みを浮かべた男はぬるりと室内に入ってきた。

 まるで平行移動でもするような足運びで移動している。ますますあの亜人ことを思い出す。嫌な奴だ。

 外にはゴーレムや騎士団連中がいるはずだが、気づいてないのか、ヤラれたのか、まったく使えない連中だ。

 だけど、狙いがオスマンティウス様ってところで一安心だ。

 ああ見えて、あの神様を害することは難しい。ナイフを突き立てることは容易いが、あれは人の形をしたただの塩の塊だ。ナイフで刺されるどころか首を落とされても実は意に介さないのだから。

 イリーナ様を狙われる方が厄介だ。

 とりあえず牽制がてら、お望み通り魔術でも使ってやるか。

「燃え盛るは残火の焔、其は破壊の意志にして名残り、焼き崩れし魔獣の舌」

 得意な魔術の一つを唱える。

 主のように指パッチン一つで発動はできないが、戦いながらでも発動できる慣れ親しんだ魔術の一つだ。

 短い呪文で発動できる上に、何度か発動できる使い勝手の良い魔術だ。

 左手に浮かぶように燃え盛る炎が現れる。

 これはカエルの舌のように素早く炎の舌のようなものを対象に伸ばすことができる。

 しかも、何度か使えるので使い勝手がほんとにいい。

「おやおや、また珍しい魔術ですねぇ、確か『炎獣の舌』とか言う亜人が使う魔術ですか」

 相手がそう言い終わるか否や、左手に浮かぶ炎が、意志あるかのように素早く、まるで蛙が舌で獲物をとられるかのように、伸びた。

 笑みを浮かべた男はそのまま炎に焼かれる。そして、そのまま崩れ落ちる。

 私は抜いていた右手の曲刀で背後からの攻撃を防いだ。

 間一髪だ。

 こいつやっぱりただものじゃない、凄腕だ。

「おや、防がれましたか、流石ですねぇ」

「幻術かよ、めんどくさい!」

 笑みを浮かべた男はいつの間にかに私の背後に回り、手には一本の短い直刀を持っていた。

 直刀の刃は虹色に薄く輝いている。

 精霊鋼の短剣か。厄介な武器を。

 精霊鋼。一説には精霊界由来の金属と言われている。

 長い間使われた精霊門などから少量だけ採取できると言われている金属で、その価値は計り知れない。

 精霊神殿ではそれを装飾品に加工して、精霊に捧げると言われているが、教会はそれを刃に加工すると言われている。

 精霊鋼の刃は、精霊の肉体だけでなく魂をも傷つけ致命傷を簡単に負わすことができるとも言う。

 暗殺者か襲撃者かもうよくわからないが、それを持っているということは、教会が雇い主と言っているようなものだ。

 精霊鋼は神殿か教会でもない限り、まともに扱える量を揃えれないほど貴重なものだからだ。

 そんなことよりも、今はこいつが幻術の魔術を使ったことのほうが問題だ。

 早くこいつをどうにかしないといけないが、幻術を使われたとはいえ、背後をとられたのは非常にまずい。

 周りの連中は本当にやられたのか? 少なくともゴーレムはまだいるだろう、早く気づいて加勢にこいよ、こんちくしょう!




 アザリスに言われた通り奥の部屋へと逃げ込みました。

 近いうちに襲撃されるかもしれないと、今朝言われたばかりなので驚きを隠せません。

 神様を抱きかかえ、部屋の一番奥へと陣取ります。

 そして、神様を一番奥に、その前に私が立ちます。

 アザリスがいるのは聖堂本殿、おそらく襲撃者もそこです。

 ここは神様や巫女の控室と言ったような場所です。

 念のため魔術の構成だけをしておきますが、私の術ではあまり期待できません。

 それ以前に聖歌隊の魔術は、対人用ではないんです。

 その由来にもなっている通り歌のように長い呪文を唱えないとなりません。

 それは聖歌隊の魔術が威力を重視した対妖魔用の魔術だからです。

 それでもないよりはマシですし、逆にそれは当たりさえすれば人間には耐えれない威力であることは事実です。準備だけしといて損はないはずです。

 詠唱さえ終わればいつでも発動できる状態にしばらくはなります。とはいえ魔術の発動は一回限りでしょう。

 もし襲撃者に攻め込まれ、魔術を外したら二度目の魔術を構成する時間はないですね。

 不死身ともいえるミリル隊長が前衛として居てくれたのが、どれだけありがたかったことか。

 今はそんなことを考えている余裕もないので、魔術の術式展開を急がねばなりません。

 聖歌隊では聖歌と呼ばれる歌と共に魔術の構成イメージを学びます。

 妖魔にも効果があるように高威力の魔術を求めるため、複雑な術式を必要とします。

 それをよりイメージしやすいように歌と共に魔術を脳内に刻み込むのです。

 イナミ様は魔術構文と言ってましたか。あの方には魔術の術式が文章のように見えるそうです。

 私にはそんなものは見えないし、恐らく神様にだって見えていません。

 あの方が特別なのでしょう。

 でもそれができれば、歌など歌わずとも魔術を発動できるのですが、そんなものをうらやんでも仕方ないですね。

 私は私にできることを全力でやり遂げるだけです。

 声を出し歌い、術式を展開していきます。

 聖歌隊が歌う聖歌の歌詞自体には特に意味がありません。内容の大体は精霊を賛美する内容となってはいますが。

 あくまで術式のイメージを歌と共に覚え、掴み、実行する過程にすぎません。

 私の歌声と共に周囲に魔力が溢れていくのを感じます。

 展開している術式に魔力が満ちていくのもわかります。

 今展開しているのは、衝撃波を広範囲に飛ばす魔術です。

 広範囲を攻撃できる衝撃波なら、仮に襲撃者が複数人いても対応できるはずです。

 それに広範囲を攻撃出るので、私でも外すことは少ないでしょう。

 もしかしたらアザリスを巻き込んでしまう可能性もありますが、神様に危害を加えられる危険性を考慮すれば、それはいかしかたのない事です。

 それに彼女なら私の魔術くらいでは命までは落とさないでしょうし。

 なんとか歌を歌い終え、いつでも魔術を発動できる状態まで持ってこれました。

 この状態で待機するのは通常では魔力の消耗が激しく長い間維持できませんが、今は神様との盟約の魔術で神様より魔力が流れてきています。

 しかも元は魔力の源泉とも言えるイナミ様の魔力です。尽きることのないその魔力を間接的にですが注がれている今なら、私の集中力が続く限りはこの状態を維持できます。

 ですが、一度展開しきった魔術を維持し、発動する寸前で保持していくするのは常人である私には酷なことです。

 せめて聖歌隊で使っていた鉄杖でも持ってくれば良かったと後悔していますが、あれは聖歌隊の備品ですのでもう聖歌隊でもない私が持ち出していいものでもありません。

 あれは魔術の制御を手助けする術式が刻まれているので、持っているだけでも助かるのですが。

 額から脂汗がにじみ出ているのがわかります。これはそう長くはもたないかもしれないですね。

 普段は魔力のほうが尽きてしまうので、ここまで長く魔術を維持していたことはなかったのですが、想像以上にきついですね、まるで息を止めてそのままでいるような感じです。

 一度術を解除し、再度歌を、と考えていると、アザリスが部屋の入口から顔だけを覗かせました。

 もう慣れ親しんだ顔なのですが、なぜか背中がゾクッとしたのを忘れません。

 その瞬間、

「エッタ、術を放って!」

 と、神様が言いました。

 私は瞬時に術を発動します。もし仮にあれが本物のアザリスでも私は躊躇しません。

 なぜなら神様のお言葉だからです。私にとってそれは絶対です。

 解き放たれた衝撃波はこの部屋の入口付近をアザリスごと吹き飛ばしました。

 アザリスに見えた人影も衝撃波に当たり吹き飛んでいくのが見えました。

 地響きにも似た凄い音が鳴り響きます。

 少なくともこれで外にいる護衛の方も作業をしているゴーレムもこちらへやってきてくれるはずです。

 それに時間稼ぎにもなったはずです。

 が、

「おや、お友達ではなかったんですか? 躊躇なく吹き飛ばしましたねぇ」

 と、近くで声がします。

 何もない空間が揺らいだと思うと、そこには気味の悪い笑顔を浮かべた痩身の男が立っていました。

 いつの間にかに部屋の真ん中まで侵入されていたんでしょうか。

 外した? 先ほどのは本物のアザリス?

 いろんなことが頭の中をよぎりますが、今一番に考えなければならないことは、神様の安全です。

 男の手には虹色に輝く短剣を持っているのが目につきました。

 あれは精霊鋼?

 そう思った瞬間、私は両手を広げ、男の前に立ちふさがります。

 魔術は、もう間に合わない。

 もう少し真面目に体術の訓練も欠かさずやっておけばよかった、そう思ってももう遅いですよね。

「別にあんたは対象ではないんですけどねぇ」

 男がそう言葉を発するのと同時に、腹部に鋭い痛みを感じました。

「エッタ!!!!」

 神様の叫ぶ声が聞こえます。

「か、み様、に、にげて……」

 そう言うのがやっとでした。

 私は迫りくる激痛で情けないことに意識を手放してしまいます。

 どうか神様だけは無事でいますように……


この章は全部執筆済み。

近いうちに公開していきます。




誤字脱字は多いと思います。

教えてくれると助かります。

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