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天国への階段

作者: あおざる

いつの頃からか天国への階段という都市伝説を耳にしだした。どこで誰に聞いたかも覚えていないけど、なんとなく頭の片隅で覚えていた。ある日ある時ある場所に、突然現れるその階段をあがれば天国へ行けるという話だった。天国が実際にあると言うのであれば、あがってみたい気もするが、そのまま天国へ行くのなら誰が話をひろめるのか。まぁ都市伝説とはえてしてそういうものか。


なぜその話を思い出したかと言うと、今、目の前に天国へあがるらしき階段があるからだ。ビルとビルの間、普段なら人通りの少ない道に真っ白い階段がある。幅は4メートルほどか。西洋のお城で見るような立派な装飾の手すりの階段が、まっすぐに空の上まで続いている。上の方は雲に隠れて見えない。ありえない建造物のはずなのに、誰も気にしていない。そもそも周りの通行人は一人として居なくなっていた。階段の前にポツンと自分が居るだけだ。急な静けさの中にある得体のしれない階段を、なぜか天国への階段だと勝手に解釈してしまう。そこにあるのが当たり前かのように。


しばらくは階段から目が離せなかった。次第にあがりたい欲求を抑えられなくなってくる。階段をあがることよりも大事な用があった気がするが、あがることしか考えられなくなっていた。恐る恐る階段に足をかけると、もう止まらない。自分の足ではないかのごとく、一段、また一段と軽快に足を繰り出した。最初の数段こそ恐れもあったが、段をあがるごとに言いようのない快感が溢れてきた。そうだ、これこそが幸せなのだ。この真っ白い階段をあがることこそが、幸せなのだ。あっという間に周りのビルよりも高くあがり、雲がどんどん近づいてきた。不思議と体力も減らず、息も上がっていない。普段は運動不足を気にしていたが、なんということはない、気にし過ぎだったようだ。


ふと、下が気になって振り返りそうになってしまう。まるでそれが悪いことかのように、慌てて首を振り、前を、階段の上を向き直す。いや待て、なぜ振り返ってはいけないのだ。どれくらい上がってきたか見てやろう。いや、それはやめておこう。急に寒気がする。強い風もなく、暖かい心地よい日だ。寒気など感じようはずがない。なのに、振り返ろうとすると自分の意思とは無関係に、身体がこわばってしまう。まるで何者かに操られているよう。足を止めて、後ろを振り向くことに集中する。しかし身体が言うことを聞かない。どっと疲れを感じ始める。よろよろと手すりに寄って、身体を預ける。今まで感じたことのないような、恐怖と不安がごちゃ混ぜになった黒くうごめくような気味の悪い感覚が全身を駆け巡る。なぜだ、なぜ後ろを振り返ってはいけないのか。おかしい、なにかがおかしい。一層気味の悪い感覚が強くなる。手すりを握る手に力を込めようとするも、力が入らない。必死に手すりにしがみつこうとして、足を滑らせた。行き場を失った身体は、あっさりと手すりを乗り越えて真っ逆さまに下へと落ちていった。薄れる意識の中で、真っ白い階段だけが、神々しく輝いているように見えた。



「えますか?聞こえますか?」


落下して地面に叩きつけられたようだ、全身がひどく痛い。しかし、雲に近いところから落ちたのだ。痛いですんで良かった方だろう。


「聞こえますか?大丈夫ですか?」


痛みで気付かなかったが、誰かが話しかけてきているようだ。空から落ちたんだ。大丈夫なはずがない。起き上がろうとするも、痛くて動けないので口だけ動かして会話を試みるも声が出ない。


「動かないでください、車にはねられたんですよ。今救急車へ移送します」


階段から落ちたのだと言いたいのだが口は動かないし、身振り手振りすらままならない。なぜ階段から振り返ろうとしたのか、振り返らなければこんなに痛い思いをすることもなかったのに。


「動かしますよ、いちにのさん」


ストレッチャーに乗せられたようだが、痛みでそれどころではない。身体と口を動かすのを諦めて、目をつぶる。あぁこれなら階段をあがっていたほうが良かった。

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