第十二話 その後
柔らかいベッドの上で、寝ている様な感覚がした。でも、どこか寒い。体の痛みも凄いが、この寒さゆえに俺は目を開けた。
「……霧」
辺りは霧に包まれていて、どこか空気は澄んでいる。痛みを誤魔化しながら少し首を動かせば、俺は柔らかい草の上で寝ている事が分かった。
そしてここは。
「森の……中」
辺りには木々が広がっている。霧で視界は悪いが、それが神秘的な空気を醸し出していた。
「あ、兄貴。起きたんですか?」
少しボーっとしていると、バウルの声が聞こえてくる。俺は顔をしかめながら上半身を起こし、はっきりと周りの景色を見た。
「バウル。……ここどこだ?」
「十一階層です」
「……ここが」
ダンジョンは地下へと広がっている。普通ならば森林なんてありえないがここはダンジョン。どんな事もあり得る不思議な場所。
十一階層には森林が広がっていると聞いてはいたが、自分の目で見てもあまり信じられなかった。
「……ルナはどうした?」
「エルフならそこで寝てます」
バウルが指す方を見れば、ルナも俺と同じように寝かされている。その顔は少しは穏やかそうなのが救いだった。
「早く病院に行かないとな。火竜は死んだか?」
「はいもちろんです! 兄貴がしっかりと仕留めましたよ」
「……そうか。よかったあ」
「メッチャかっこよかったです! 特にブレスを放った時なんか背後に竜が見えた気がしました」
「竜が?」
背後に竜が見えた。……どういう事だろう。ご先祖様でも下りてきたのだろうか。
いや、今はそんな事どうでも良い。それよりだ。
「ここから、地上に帰らないといけないんだよな」
「そうですね。まともに動けるの俺ぐらいだけど、俺も万全とは言えません」
「俺もだ。というか体が言う事を聞かない」
何とか立ち上がろうとしても膝が崩れ落ちる。立てない。今、魔物に襲われれば一たまりもないだろう。
「一応ここは安全地帯なんで大丈夫ですが、ここから地上まで進むとなると途中で全滅する恐れが」
「だよなあ」
傷が回復するまで休むか? いや、それはダメだ。ルナは一刻も早く医者に連れて行く必要がある。食料だって心もとないし、早く地上に帰らねば。
「……シェ……ラ」
「ルナ!?」
突如としてルナの声が聞こえてくる。慌ててルナを向けば、苦しそうに目を開けたルナがいた。
「大丈夫かっ!?」
「ボク……ッの。スク、ロール」
「魔法紙がどうしたって?」
「使、って。……ボクの腰……に」
「おいっ、ルナ!?」
それっきりルナはしゃべらなかった。また気絶する様に眠りにつく。
俺はルナが伝えた事を頭の中で整理しながら、バウルの手を借り這ってルナに近づく。
眠るルナは、美しかった。いつもの賑やかな様子とうってかわって、静かに眠るルナは綺麗なような可愛いような。
「腰って言った……よな」
ルナに手を伸ばそうとして少し躊躇する。だがルナの言葉通り手を伸ばした。
ルナを包むようにまくれているマントをずらす。すると、腰のベルトに一つの魔法紙が括りつけられていた。
「これが、伝えたかった魔法紙?」
ベルトの横に付けられていた魔法紙を外す。あんなに食べたり飲んだりしているのに細い腰だと余計な雑念を抱きながらも、無事外す事ができた。
「……これ、なんすかね」
「うーん。……黒い丸?」
魔法紙を紐解くと、そこには黒い丸がでかでかとあるだけ。
これがルナが託したかった物?
「あっ、兄貴。この黒い丸のなか手突っ込めますよ」
「あ、本当だ」
後ろから見ていたバウルが、魔法紙の黒い穴を指で突く。すると、ずるっと飲み込まれた。
バウルは手首まで黒い穴に突っ込み、少しまさぐって引き抜く。
「……魔法紙が入っていました」
「あ、分かった。これ多分『収納』の魔法紙だな?」
「収納?」
「無属性魔法の一種らしい。詳しい事はしらない」
昔攻略者の一人が、収納って便利だよなという話しをしているのを聞いた事がある。
「という事は中には魔法紙がたくさん入ってるってことですね」
「ああ、だろうな。これで、帰れるぞ」
魔法紙はそこらのガキでも使える手軽さが売りの一つ。魔法紙があれば、何とか地上に帰れるだろう。
それに階層主攻略前に『浮遊』の魔法紙も作っていた。これがあればルナと俺も何とかなる。
「よし、帰る支度をする。とりあえずある魔法紙を調べるぞ」
「はい」
「今回は出し惜しみをしない。命を一番に行動するぞ!」
「はい」
いつもは節約する魔法紙も、今回ばかりは出し惜しみをしないと決めて行動に入る。
バウルは荷物をまとめ、俺は魔法紙を確認した。
準備が整ったところで俺とルナに『浮遊』の魔法紙を発動さる。
こうして、俺達は地上へと向かった。
「……なあ、バウル」
「なんですか?」
「『収納』って中位魔法だよな」
「魔法は詳しくないんで知りません」
「そうかあ。……上位魔法だと聞いた事もあるけど……気のせいか」
この世に上位魔法の魔法紙は存在しない。ならば、やっぱり気のせいだ。
俺達はそんな会話をして、地上へと戻った。
◇
――数日後。
「生きてるな」
「生きてるよ」
迷宮ギルドロビー。定位置と化した席で、俺とルナはぐでーっと伸びていた。
火竜討伐から三日。回復魔法士の治療によって何とか回復した俺達はあれからダンジョンに潜らず、迷宮ギルドでボーっとしている。
「凄い……赤字だったな」
「赤字だったね。しかたないね」
今回の階層主攻略は、すっごい赤字だった。回復薬、魔法紙は全て使い、治療代だって馬鹿にならない。すっごい赤字だ。こんな所で駄弁っている場合ではないぐらい。でもあんな事があってすぐに迷宮に潜る気にはならなかった。
だから危機感を持ちながらもボーっと生きている。
「兄貴ー!」
「おー。バウル。……どうした?」
「これ、貢ぎ物です」
さっと俺の前に小皿に盛られたナッツを置く。言っておくが俺は命令していない。バウルがかってにやって事だ。
「それと、今日のギルドは何か騒がしくないですか?」
「……それボク達のせいだね」
「だな。……十階層に火竜が出たと報告したせいだな。攻略者にとって階層主が火竜になるなんて死活問題だから」
「なるほどです」
火竜はものすごい確率の変異体なのか。それともダンジョンが変化している。それが分からない内はおちおちダンジョンにも入れない。
ギルドは秘密裡に調査すると言っていたが、あっというまに広まったな。
「おーい。シェラッ!」
バウルも加わってボケっとしていると、しびれる様な大声で俺を呼ぶ声がする。
「ライダーさんだ。……ちょっと行ってくる」
「うん」
欠伸をしながら買取窓口の方へと行く。ライダーさんに呼び出される理由なんてあっただろうか。
「おい、あれが火竜を殺した攻略者だ」
「へー。……そんな強そうには見えないな」
「初めての攻略で火竜と対峙したらしい。凄い不運だが……やるな」
「スカウトするか?」
買取窓口へ行く道すがら、耳ざとい俺は俺の噂話を拾う。というか何で初めての攻略って知ってるんだ。誰にも教えてないぞ。
周囲の話しを耳に入れながら買取窓口へ行く。すると、大きな袋をもったライダーさんがいた。
「この前火竜の素材を預かっただろ」
「ああ。買取事例が少なくて査定に時間が掛かるって」
バウルが回収してくれた素材をライダーさんの所に持ち込んだのだが、火竜というのはダンジョンにあまり出ない希少魔物に分類されるらしく、しばらく預かると昨日言っていた。
「とりあえず、これ。今回の素材は通常より良いらしいから、その分上乗せだ」
「ありがとうございます。えー……と……??」
思わず、言葉に詰まる。ふと袋を覗けば何かありえないぐらいの硬貨が入っている。
どういう事だ。何で。
「火竜の素材全て買取で、百万シェリンだ」
「ひゃっ――!!」
寸でのところで何とか言葉を止める。こんな所で百万なんて騒いだらいつ盗まれるか分かったもんじゃない。
「すっごい金額ですね」
「火竜は最安値でも七十万の事例もある。今回は上乗せと、火竜出現の情報提供料。その他もろもろ込みだ」
「ありがとうございます。受け取らせてもらいます」
お金が入った袋を抱え込み怪しい足取りでルナ達の元に向かう。周囲に泥棒がいるのではと気が気でなかったが、どうにかたどり着いて机の上に袋をおく。
「火竜の買取金額だ。聞いて驚くなよ……百万だ」
「ひゃくっもごもご」
叫ぼうとしたルナの口を咄嗟で抑える。もごもごと苦しそうにするルナを尻目にバウルを見れば、目を見開いて驚いているが声は上げない。本当に有能な子である。
「大声を出すな。俺達が大金を持っているとばらすなよ」
「……わ、分かったよ。ボクが悪かったさ」
「兄貴、百万もあれば今回の階層主戦は黒字ですね」
「ああ。一瞬で黒字だ。これで十一階層以降の探索も楽になる」
うん十万という赤字を出したがこれで一瞬のうちに帳消し。十一階層に潜るとなるともっとお金がかかるが、それも何とかる。
今回の探索は成功と言えるだろう。死にかけたから成功かは分からないけど。
「じゃあしばらく休んで、行こうか」
「ああ。十一階層へ」
結成一週間で十一階層到達。
攻略者ランク推定5の火竜を三人で討伐。
と、俺達は攻略者の間で少し話題になった。
第一章完。第二章へ続く。