3.ユーモアにあふれた家
前回のあらすじ
雪花はアルテミスの願いを叶えるのを、手伝うことにした。
そして、アルテミスが「僕は月には帰らない」と宣言しているのを聞いて、ドン引きした。
目を閉じて、ひそかに祈った。ここ最近で、一番切実な祈りだった。
女神様、私の横にいるこいつの頭がわいてないか、確認してもらえませんか?
それから、ついでのように祈った。
アルテミスの願いも、かなえてくれますように。
ヒヤリ。
急に右手首に冷たい感触を感じた。私は目を開けた。横ではアルテミスも、同じことをしていた。
そして2人は、同時に同じものを確認した。
手首には美しい青色の、金属の輪がついていた。海色の青を縁取るように、金色の装飾が施されたリング。そしてリングには、金文字で『僕は月には帰らない』の文字。
私は少し、くらくらする感覚を感じた。
うそ。まさか、女神の最強伝説って実話だったの?
アルテミスのわらにもすがる想いが、少しでも晴れるならと思って深く考えずに祈ってしまったが。
まさか、ホントにホントなの。
今までこんなこと全然信じていなかった私は、世界観が総崩れする思いで、リングを見つめていた。
うちの神殿に、こんなご利益があるなんて。
聞いてないんですけど。
「雪花ちゃん、すごいよ! 最強伝説は、本当だったんだ。やったよ!」
アルテミスは大喜びで、私に報告してくれた。やっぱりアルテミスも、半信半疑だったのね。そんな感じで、よくもまあ、黒服男に追われつつ、こんなところまでやってきたものだ。
「そうみたいね、良かったじゃない」
私は半ば、夢であってほしいと思いながら、手首のリングに触った。
冷たくて、硬い。
なんか・・・ホンモノって感じね。
私は諦めて真実を認めた。
祈りの女神様、今までさんざん、けなしまくって申し訳ありませんでした。
***
「ところで」
ひとしきり喜び終わって、アルテミスが落ち着いたころ。私は最も気になっていた質問をぶつけた。
「このリングにも書かれてるけど『僕は月には帰らない』ってなんなの? あなた一体何者?」
アルテミスは気まずそうにうつむいた。
「言ってなかったけど、実は僕、月から来たんだ」
ほんと、今日はどうなってるのよ。
私はそろそろ疲れてきて、得意の否定的セリフすら浮かばなくなっていた。
「そうなのね・・・」
「そうなんだよ」
と彼はうなずいた。
それじゃあ、アルテミスは「日本人じゃない」というよりむしろ「地球人じゃない」だったのね。
ああ、わけわかんなくなってきた。
私は一旦アルテミスを置いて、神殿の奥へ突き進んだ。そして、掃除道具を2人分持って戻ってきた。
怪訝な顔をするアルテミスに、ホウキとチリトリを持たせた。
「はい、これ。今から神殿、掃除するから。手伝って」
アルテミスは私が言いたいことを察して、苦笑した。
「あ、そう。あんまりにも現実感がない話は、聴く気にすらなれないタイプなんだ」
当たり前よね。
こんな夜中に「僕は宇宙人だ」とか言い出すやつの話を聞いても、どうせ理解できないし。
それだったらいっそ、掃除でもしてた方が、まだマトモな時間の使い方って感じがするじゃない?
私は黙って床掃除を開始した。
***
シュッ シュッ
真夜中の神殿に、ホウキの音が響く。人は来ないが無駄に広いので、掃除には結構時間がかかる。私はアルテミスが、ホウキを使う姿をチラ見した。
宇宙人って感じは、しないわね。ただただ白髪の少年が、床掃除をしているだけに見える。
こいつホントに月から来たんだろうか。それとも、ホントのホントに、頭おかしいのか。
どっちだろう。
私は彼に、とても興味をひかれた。
「あのさ、興味なかったら、きかなくてもいいんだけど」
アルテミスは、ホウキを動かしながら、独り言のようにしゃべり始めた。
私も同じくホウキを動かしながら、聴いていないようなそぶりで聴いていた。
「僕は月人で、今は地球にいる。本当は、そろそろ月に帰らなくちゃいけない。でも帰りたくないから、ここにいる。っていうのが大まかな説明。もうちょっと細かく説明するね。聴いてないと思うけど」
私はアルテミスの独白を、静かに聴いた。
「地球人は気づいてないみたいなんだけど、月には地球と同じような・・・いや、ちょっとだけ地球よりテクノロジーの進んだ文明がある。僕はそこで罪を犯した。それで、地球に期限付きで島流しにされてきた。
で、僕の刑期は先月で終わった。本来なら、僕は地球から月に帰っていい・・・っていうか帰らないといけない。ほら、地球でも刑期が終わると、刑務所から出ないといけないでしょ。僕もそんな感じ。
でも、僕はここで暮らすうちに、地球の生活が気に入った。だから僕は、月から送りこまれた迎えの人・・・黒服のおじさんを振り切って、逃げてきた」
アルテミスは、そこで言葉を切った。
「つまりあなたは、現代版かぐや姫ってこと?」
と私はアルテミスの話を要約した。彼はびっくりしたように、ホウキの動きを止めた。
「聴いてたのか!?」
「聴いてたわよ。さすがにこんな長文しゃべってるのに、無視するのはかわいそうでしょ。何かご不満でも?」
「あ、そう。いや、えーと、聴いててくれて、嬉しいんだけど。あんまりにも興味なさげにしてたから、聴いてると思ってなくって、びっくりしたっていうか・・・ごめ・・・」
「謝るの禁止」
私は彼の謝罪の言葉を遮った。アルテミスは「はい?」と聞き返した。
「わざと興味なさげにきいてたの。そんなに何度も謝んないでよ。なんか・・・私が悪いみたいになるから」
我ながら、妙な理論だ。アルテミスが謝ってるんだから、悪いのはアルテミスってことになるはずなのに。なぜ私のほうが、罪悪感を感じなければならないのか。
アルテミスはそれを聞いて、ふっと笑うとまたホウキを動かし始めた。
「女子って、面倒だね」
「女で悪かったわね」
私がもはや反射で言い返すと、彼は何か言おうとして、急いでその言葉を飲み込んだ。
「ちなみに、きいてもいい?」
と私はチリトリ内のごみを、ごみ箱に流し込んだ。
「何の罪で、地球に一時追放されてきたの?」
アルテミスは私を見つめた。
「今日はもう遅いから、また今度にしよう」
私は何も言わずに、掃除道具を片付けた。
彼にも話したくないことの1つや2つ、あっても仕方のないことだ。
また気が向いたら、さっきみたいに、向こうから勝手にしゃべってくるだろう。
その夜は、アルテミスに塔の3階の空き部屋を貸した。ホテルを取らずに泊まりに来る輩が、ここにもいた。
私の部屋は4階だから、何かあったら言って。と言い残して3階を去ると、アルテミスの声が後ろから追いかけてきた。
「塔の上のお姫様なんだね」
「黙れ」
秒殺して、ベッドにもぐりこんだ。
時刻は午前1時を回った。
***
次の朝。
2階のリビングに降りると、アルテミスはすでに起きていた。
「おはよう、雪花ちゃん」
「おはよう・・・何してるの?」
寝ぼけながら尋ねる私のもとに、いい匂いがただよってきた。
「朝ごはん、作ってみた。泊めてもらったお礼に。食べる?」
「え・・・」
私はびっくりして、まじまじとアルテミスを見返した。いいにおいの正体は、それだったのね。
アルテミスはつづけた。
「冷蔵庫の中身、勝手に使っちゃった。禁止されてるから、謝れないんだけど」
それを聞いて、私はふるふると首を振った。
「ありがと」
「どういたしまして」
これなら別に、毎日泊ってくれてもいいかも。
***
アルテミスの料理の腕は確かだった。私は朝ご飯を食べ終えて、学校に行く準備をしていた。
手首のリングが、何かに当たってカチッと音を立てた。
ああ、そういえば。
私は昨夜の、衝撃的な出来事を思い出した。やっぱり、夢じゃなかったのね。
「そのリング、他の人には見せない方がいいね」
アルテミスはのんびり椅子でくつろぎながら言った。彼は月人かつ逃亡中の身だから、地球の学校に用はない。ちょっと羨ましい。
私は、昨日教えてもらった『祈りの女神の最強伝説』を思い出した。
「伝説によると、リングを持っている人は、他の人のリングを奪わないといけないんだっけ」
アルテミスはうなずいた。
「そうそう。雪花ちゃんが一人でいるとき、他の『願う者』に襲われたら、僕、守ってあげられないから」
「朝から王子様気取ってんじゃないわよ」
「心配してんのに」
アルテミスはわざとらしく、すねたふりをした。私はそれを華麗にスルーした。
言われなくても、学校に行くときは、リングを外していこうと思っていた。
左手でリングをつかんで引っ張った。リングは、親指の付け根の下ぐらいで、引っかかって止まってしまった。私はさらに強く力をこめて、リングを外そうとした。だが、やはりリングは外れない。
一度リングをもとの位置に戻し、ちょっと呼吸を整えてから、もう一度引っ張ってみた。結果は同じだった。それから5回ぐらい、同じことを繰り返したが、やっぱりリングは抜けない。
え、マジで言ってんの?
私は焦って、躍起になってリングを外そうとした。が、やはりリングは外れない。
「ちょっと嘘でしょ・・・ねぇアルテミス!」
急にお怒りモードの私にターゲットにされ、アルテミスは「え、僕?」とうろたえた。
「抜けないんだけど。どうしてくれるのよ!」
八つ当たりされた白髪少年は、困った顔をした。
「いや、知らないよ・・・っていうか、僕もリング、抜けないし」
アルテミスは自分のリングを、グイっと引っ張って見せた。彼のリングもやはり、手をすり抜けることはなかった。
「祈りの女神なんて、くそくらえだわ!」
私はやり場のない怒りを殺すために、手をぐっと握りしめた。
そこでふと、また伝説の内容を思い出した。
願う者はリングを奪い合わなければならない。
外れないものを、どうやって奪い合うというのか。
右手を切り落としてリングを奪い取る、という恐ろしい考えが頭に浮かんだ。
怖くなって、ちょっと怒りが引いた。
ほんと、くそくらえだわ。
結局、リングはできるだけ押し上げて、服の袖の中に隠すようにした。しばらくの間は長そでの季節だから、何とかなる。夏になるまでは、これで大丈夫。
たぶん。
***
「じゃあ、私、学校行くから」
と言いながら、『今日もエスケープするかもだけど』と心の中で付け加えた。それでも一応、登校だけはしてみるのが、冬宮流だ。
アルテミスは、それを聞いて椅子から立ち上がった。
「僕もそろそろ、この町を探検して来ようと思ってたとこ」
「え、あなた、月人に追われてるんじゃなかったの?」
私は彼ののんきな発言に、目をしばたいた。
「そうだけど」
一方アルテミスは、そこのところはさほど気にしていないような、のんびりした口調で言った。
「だからって、ずっと塔の中にこもってても、状況は改善しないよ。コウモリは、まぁ、なんとかするから」
「コウモリって?」
と私がいぶかしむと、アルテミスは急いで付け加えた。
「ああ、昨日の黒服の人の名前だよ。月からの追っ手」
「ふーん」
変わった名前。新手のキラキラネームのつもりかしら。
だとしたら、名付け親は絶望的にセンスがない。
***
「あ、ちょっと待って」
私は家を出る前に、急いで引き返して、棚の中を漁った。
「どうしたの? 忘れ物?」
彼に訊かれて、私はううん、と首を振る。
「じゃなくて、はい」
私はアルテミスに鍵を手渡した。
「これって、この塔の鍵?」
と、アルテミスはそれを不思議そうに受け取った。
「そうよ。あなたのほうが先に帰ってきたときのために・・・今日もどうせ、うちに泊まるんでしょ?」
それを聞いたアルテミスは、顔をほころばせた。
「え、あ、泊めてくれるの? よかった。ありがとう」
彼は素直に喜ぶと、鍵をポケットに入れた。
「なくさないでね。合鍵、それしかないから」
私が言うと、アルテミスはうなずいた。
「了解・・・なんか、ドキドキするね」
「なぜ?」
「女の子から合鍵なんか渡されるのって、初めてだから」
「大家が入居者に鍵を渡しただけで、そんなに感情が動くなんて、あなた幸せ者ね」
私は冷たく言い放って、先に家を出た。
***
授業は相変わらず退屈だった。特に昼からの授業なんて、ひどかった。『バイキン男がアンパン男に勝つためには、何が必要か』という謎の題材について、5,6人のグループを組んで真面目に話し合う、という迷作授業だったのだ。
「はい、席が近い人とグループ組んで」
先生の号令とともに、クラスメイトが動き出す。私の周りには、桜田ミリア、赤川涼子、鶴野一声、酒田養命が集まった。
「じゃあ、僕が書記をやるよ」
鶴野が言った。よろしくーと、ミリアがご機嫌に返す。
「ったく、何なのよ、このお題。話し合う意味、まったく感じなーい」
赤川がだるそうに足を組んで座った。長いくせ毛を、金髪に染めて肩に垂らしている彼女からは、やる気のきの字も見えてこない。学業に興味のない生徒を、全身で体現したような子だ。
私も赤川と、まったくもって同感だった。彼女の言葉に深くうなずいた。
「ホント、帰りたい」
「お、また『冬宮によるエスケープ』発動?」
ミリアが茶化した。いつもなら本当に、そうさせてもらうところだ。
だがしかし。
んー、と私は考えた。
昨日は家に帰れば一人でのんびり過ごせたが、今日はそうはいかないかもしれない。白髪少年のほうが先に帰宅していた場合、安寧の時間は得られない。一人暮らしの長かった私には、一人の時間がない生活はつらい。
結論はすぐに出た。
「もうちょっと、耐えるわ」
「とりあえず、今日は僕の机、蹴り倒さないでよね」
と鶴野が言った。
***
5分後。
この班は、まったく意見が出ないままだった。書記が決まった以降の進展は、皆無だ。
「やっぱこの授業イヤ。そーだ、養命酒。あんた、あたしの分まで意見だしといてよ」
最初にリタイアしたのは赤川涼子だった。彼女はおしゃれと恋バナを除く、ほとんどすべての世界の事象に興味を示さない。赤川はスマホをいじり始めた。
養命酒呼ばわりされた酒田養命は、不平の声を上げた。
「は? 俺だって、何も思いつかねーよ。おい鶴野、なんかないのか」
と、養命酒は解答権を鶴野に丸投げした。
「え、僕?」
返答に窮す鶴野。どう答えるつもりだろうか、と意地悪なわくわくが沸き上がった。
「僕は、ただの書記だから。意見するのは、僕の管轄外だ。というわけで、桜田さん?」
鶴野は何とかうまく逃れて、ふぅっと息を吐いた。解答権が桜田ミリアへ移る。
ミリアは何も考えずに言った。
「え、わたしー? んー、わかんない。パス」
すると、みんなの視線が私に集まった。
この班で答えていないのは、冬宮雪花ただ一人だ。
私はおもむろに口を開いた。
「バイキン男に必要なのは『やなせたか氏の寵愛』よ。それさえあれば、あの世界では何だってできる」
「じゃあ、それで」
鶴野のひとことで、この話し合いは終わった。
何なのよ、この授業。
私はそろそろイヤになったので、荷物をまとめ始めた。さっきは耐えるとか言ったけど、やっぱり無理だった。一度ついたエスケープ癖は、なかなか治らない。
「あれ、今日は耐えるんじゃなかったの?」
ミリアに訊かれて、私は立ち上がりながら答えた。
「意見出したから、私の仕事は、もう終わりでしょ?」
教室の出口に向かって歩き出すと、鶴野が机に覆いかぶさるような体勢になった。私はそれを見て笑いたいような、怒りたいような気持になる。
「別に私は、あなたの机を蹴る趣味は、ないからね。昨日のはたまたまだから」
鶴野は私の言葉にほっとして、顔を上げた。
私のこと、何だと思ってるんだろうか。
そのとき
「おい冬宮、どこ行く気だ」
と、前から先生の声が飛んできた。私はその言葉に、一瞬考えさせられた。
「さぁ?」
行く当てはないが、とりあえず学校以外で、なおかつアルテミスがいない場所がいい。
「さぁって・・・」
先生はあきれながらも、私を見送ってくれた。今日の先生は『冬宮によるエスケープ』に慣れっこで、無理に引き留めようとはしなかった。
こういう先生、嫌いじゃないわ。
***
校門をくぐったところで、播飛太に出会った。今日はティンカーベルも一緒だった。
「ティンク、見つかったの。よかったわね」
飛太に話しかけた。飛太はとても嬉しそうだった。
「うん、そうなんだ!」
「あのねあのね、きいてよ雪ちゃんっ!」
ティンカーベルが食い気味に私に叫んだ。私は引き気味に答えた。
「何、どうしたの?」
ティンカーベルは胸を張った。
「昨日、森の中でおっきなお花畑を見つけて、1日中そこで、花飾りを作って遊んでたのー!」
「へぇ、そうだったの」
それで昨日、飛太が探し回ってたのね、と合点がいった。桜町のはずれには大きな森がある。その中に花畑があるのは、私も知らなかった。
「そう、僕が見つけたときには、鋳掛屋の鐘ちゃん、疲れて寝ちゃってたんだよね」
飛太が懐かしむように、うんうんとうなずく。
「そーなのっ! ぴー太君が迎えに来てくれなかったら、今頃きっと風邪ひいてたよぉ」
ティンカーベルは「ねー、ぴー太君」と、笑いかけた。
相変わらず、仲良しな2人組だ。
私は2人を置いて、歩き出した。
さて、どこへ行こうかな?
***
ぶらぶら歩いていると、3人の見覚えのある人影を見つけた。
堂島一郎、二郎、三郎兄弟だ、とすぐにわかった。
彼らは私の家から10分ぐらいのところに住んでいて、たまに神殿掃除なんかを手伝いにきたりしてくれる。優しいお兄さんたちだ。
「あ、雪花ちゃん、今日もエスケープか?」
二郎が私に手を振った。3人は日陰のベンチに、仲良く並んで腰かけていた。
私は堂々とした声で返した。
「そうよ。堂島さんたちは?」
一郎は、待ってましたと言わんばかりに、ニッと笑った。
「俺たち、一人暮らしを始めようってことに、したんだぜ。それぞれで別々の一軒家に住んでさ」
「え、一人暮らし?」
突然の報告に、私は少し戸惑った。
今まで3人仲良く暮らしてたのに。
なぜ急に?
「兄弟げんかでもしたの?」
私が尋ねると、3人はそろって首を振った。
「いや、違う。しかし、だ。僕らももう大人だし、それぞれ自分の家を持ってみたいな、と思ってね」
と、三郎は笑った。
「決して、仲たがいとかじゃないよ。もともと独り暮らしな雪花ちゃんには、分からないかもしれないけど、一人暮らしってのは、やったことない人間から見ると、憧れなんだ」
「へぇ、そういうものなの」
家族と一緒にワイワイ暮らせる家のほうが、私としては憧れなんだけどな。
理想って、十人十色なのね。
***
「そうだ、俺の新居の写真、見るか?」
一郎はごそごそと、一枚の写真を取り出した。
「じゃーん。どうだ? ユーモアにあふれた家だろ」
私は写真をじっくり見た。かなり古風なイメージの建物だった。日本の城みたいな白い壁の上に、かやぶき屋根がのっかっていた。
なんか、ちぐはぐな感じ。
「屋根、瓦とかで作った方が、良かったんじゃない?」
私が言うと、一郎は大まじめな顔で、力強く首を横に振った。
「いやいや。まさにこのワラの屋根こそが、一郎ハウスの見どころなんだぜ」
「見どころ?」
私が事情を読み込めない顔をしていると、一郎はごほんと咳払いした。
「そう、『屋根瓦の代わりに屋根がワラ』ってな! アッハッハッハ」
だじゃれかよ。
しょーもない。
「しかもワラじゃなくて、かやじゃない」
私は写真を一郎に返した。
「僕のも見る?」
二郎が取り出した写真には、おしゃれなモダン風の家が写っていた。こちらはすべて、木でできている。
「最近、木の家がブームらしくてさ。ちゃっかり、のっかっちゃったよ」
二郎は嬉しそうに言った。よほどこの家が気に入っているみたいだ。確かに、今風でいい感じかも。
「写真ではわからないけれど、この家、木のいい匂いがするんだよ」
三郎が付け加えた。
へぇ・・・ちょっと羨ましい。
「三郎君は?」
最後にきいてみると、彼は首を横に振った。
「僕は、3人でもともと住んでいたレンガの家に、一人で住むんだよ。さすがに3軒も家を建てる余裕は、うちにはないから」
「そっか」
新しく2軒建てただけでも、結構すごい。ちゃんと貯金してたんだ。
「じゃ、これから各々の家に、荷物の搬入といきますか」
という二郎の言葉が契機となり、3人は行ってしまった
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ティンカーベル
鋳掛屋の鐘ちゃんの異名を持つ、体から光る粉を発散する少女。
羽が生えているが、飛んでいる姿はあまり見かけない。
播飛太と非常に仲がいい。
金髪だが、染めているわけではなく、地毛。
かなり天然。