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2.僕は月には帰らない

前回のあらすじ


冬宮雪花は、白髪の少年と正面衝突し、視界に星が舞った。

起き上がった雪花に、少年は「祈りの神殿って、どこにあるか知ってる?」と尋ねた。

「はぁ? あなた、行き先の場所も知らないのに、爆走してたの?」

 私はあきれて、今さっき派手にぶつかり合った少年を見返した。


 少年と言っても、私と背丈はほぼ変わらないか、むしろ向こうのほうが少し大きいぐらいだった。そんな大きめな少年が、肩で息をしながら、私の両肩をグイっとつかんでうなずいてくる。

「そうなんだよ」


「そうなの?」

 正直、少年のテンションについていけない私は、テキトーに返答した。少年は続けた。


「うん。そうなの。で、神殿の場所は、知ってる?」

「知ってるけど」


 さっき出てきた『祈りの女神がまつられている神殿』こそが、少年の言う『祈りの神殿』だ。町おこしとしてはいまいちで、観光客も少ないあの神殿に、これほどまでに熱烈な訪問客がいたなんて。


 物好きな人もいるものね。


 私の不愛想な返事に、少年は顔をパァッと輝かせた。

「そこまで、案内してよ」


 え、めんどくさっ。


 そう思った私だが、それを口に出す前に別のことに気を取られた。

 少年の肩越しに、さらに黒服の男が猛スピードで走りこんでくるのが目に入った。

 少年はその人に気付いておらず、私の肩をがっちりホールドしたまま動こうとしない。


 2次災害、という言葉が頭をよぎった。

 はやいとこ避けないと、あの人とも衝突するわね。


 ああ、もうこうなったら仕方ないわ。


 私は少年の両手首をバシッとつかんだ。

「離すんじゃないわよ」

と少年に命令する。彼は困惑して私の手を見た。


 それから後ろを振り返って、ギョッとした。走りこんでくる男性の存在に気付いたようだ。

「手、離して!」

 少年は焦って、私の手を振りほどこうとした。私は「拒否するわ」と言って、足に力をこめる。


 そして思い切りジャンプした。


 私たち2人の体がふわっと宙に浮く。さながらラピュタの逆再生で、私たちは一気に空へ上昇した。


 走ってきた男は、私たちの足の下を走り抜けていった。


 衝突回避。

 ほっと胸をなでおろした。


「これってさ、どういう状況なの?」

 少年が目を丸くして、遠ざかる地面を見下ろしている。


「私ね、やたら高くジャンプできるの」

 私はそれだけ言って、近くの2階建ての建物の屋根に着地した。


 この町には変人が多い。それは私も含めてのことだ。私はやたらと高くジャンプし、さらにはその高度から比較的ゆっくり落ちることができるタイプの変人だ。播飛太みたいに自由に飛べたらよいのだが、あいにく私ができるのはjumpだけ。Flyは管轄外だ。


 生まれ持った能力の差ってやつ。

 悲しいから深く考えないようにしてる。


 ただ、私の能力には播飛太にはない特徴がある。ジャンプするときに私がつかんでいる物や人も一緒に、やたら高くジャンプできるようになることだ。そうじゃなかったら、少年一人抱えて屋根までジャンプはできない。


 黒服の男は、私たちが急にいなくなったからか、驚いてきょろきょろそのあたりを見て、立ち止まった。明らかに私たちを探している。だが、男は上を見なかった。そのため、彼の目に入るのは閑静な昼下がりの町並みと、たまたま通りかかった自転車だけ。男は焦ったらしく、私たちを探して、さらにその場でくるくる回るなどした。

 

 おじさん、私たちこっちにいますよ。


 そう教えてあげようと口を開くと、いきなり少年に口をふさがれた。


 モガモガと無様に暴れる私と、「静かにして」と口パクする少年。回る黒服男。私は仕方なく、もがくのをやめた。少年は黒服男の動きを鋭い目で追った。


 しばらくして、黒服は諦めて別の道へ歩いて行った。男が見えなくなると、少年はハァっと息を吐き出し、やっと私から手を放した。少年は男がいる間、ずっと息を止めていたようだ。


 だが、私はそんなこと関係なしに、少年をにらみつけた。

 彼はそんな私の目に気付いてびくっとした。


 彼はしどろもどろになりながら続けた。

「さっき走ってたのは、『行き先は分からないけどとりあえず走ってた』っていうより、『あいつに追われてたから走ってた』ってほうが正しいんだよね。君のおかげで命拾いしたよ。ありがとね」


 少年は私の凍てつくような視線に耐え、言い訳を完遂した。

 私は「ふーん」と、とりあえず納得してみせた。


「なんで追いかけられてたわけ?」

 私は尋ねた。


 少年は一瞬、考えこむ仕草をする。そして、

「さぁ・・・なんでだろ」

と肩をすくめた。


 分からんのかい。


「今からでもさっきのおじさん、探し当てて『なんで追いかけてくるんですか』ってききに行ったらいいんじゃない? あの人、意外と、あなたの落とし物を届けようとして必死になってるだけかもよ」


 私はそう言い放って、屋根から降りようとした。すると少年は、慌てて私を引き留めた。


「おいていかないでっ! 君はいいかもしれないけど、僕は屋根から飛び降りたら死んじゃうよ。あと、神殿まで案内してくれるんじゃなかったっけ?」

 

 私は立ち止って、記憶をロールバックした。

『うん。そうなの。で、神殿の場所は、知ってる?』

『知ってるけど』

『そこまで、案内してよ』

 え、めんどくさっ。


 なるほど、つまり私はまだ承諾してはいないわけだ。


 私は少年を振り返って、北のほうを指さした。

「あっちに、大きな塔のついた洋風の荘厳な城みたいな建物があるの、見える?」

 少年は目の上に手を当てた。

「え? あ、うん。見える」


 私はうなずいた。

「あれが祈りの神殿よ」

「へぇ、そうなんだ!」


「あと、2階建ての建物から飛び降りても、死ぬってことはないと思うわ。それに、飛び降りる以外にも、降りる方法はいくらでもあるし」

「え、あれ。そうだっけ?」


「じゃ、がんばってね」

 私はそう言い残して、一人で屋根から飛び降りた。


「え、待って待って、おいていかないで・・・」

 少年の悲痛な叫び声をBGMに、私はその場をあとにした。


 鶴野といい、白髪の少年といい、今日私に関わった男はロクなことになっていない。


 ま、大丈夫でしょ。私は高をくくった。


 あの建物は、管理者がボルダリング好きで、南側の壁がカラフルなボルダリングホールドで埋め尽くされている。しかも、途中リタイア用に、ご丁寧にパイプ製の階段までついているのだ。


 あれを伝って降りるぐらい、楽勝よね。


   ***


 それからしばらく、私はようやく家についてほっとしていた。


 私は開けっ放しになっていた家の門をくぐった。出迎えてくれるのは『大きな塔のついた洋風の荘厳な城』のようなものだ。


 ったく、日本の田舎町にあるくせに、なんでこんなにミスマッチなつくりをしているんだろうか。私は毎度のことながら首をかしげる。


 私の家は、祈りの神殿の敷地内にあるのだ。


 そんなことなら、さっきの少年をここに案内してあげればよかったのに、とか思っちゃってるそこのあなたに言っておくわ。


 一般的に、誰かに追われるような人間と一緒にいると厄介ごとに巻き込まれる可能性が高い。

 壮大な物語の主人公でもない限りは、ああいうのと関わるのは避けた方がいい。

 一緒に来なくて、正解だ。


 まあ、助けてあげなかったことで、ちょっとだけ罪悪感は残るんだけど。


 『あの時、アイツのことを助けていなければ、今頃こんなことにはならなかったのに』って、後悔するよりは、よほどマシだと思わない?


 城の周りをぐるっと回ると、塔のふもとに出る。そして塔の入り口には『Staff Only』の文字。

 私はカバンから鍵を取り出すと、中に入った。


 そう、さっきから「観光客は0に近似可能」とか「町おこしとしてはいまいち」とか、さんざんコケにしていたくせに、私はこの神殿の管理者だ。


 もともとは両親が管理していたのだが、もう何年も前に2人が行方不明になってから、私が一人で管理している。


 いつから両親が帰ってきていないのか、はっきりとは覚えていない。

 そもそも、私は両親のことを全く覚えていない。顔も名前も、知らない。


 私には本当に両親がいるのだろうか、と考えてしまう始末だ。


 でも、幼いころから一人暮らしってわけにはいかないから、昔は誰かと暮らしていたはずなんだろうけどな・・・。これがまた、覚えていない。


 何はともあれ、今は私は一人暮らしで、親戚もいない。そして、神殿の一区画のこの塔の全体が、私の居住空間だ。


 という感じで、私は暮らしている。


   ***


 夜になると、この神殿の拝観時間が終わる。拝観終了時刻は、私がその日の気分で決める。いつもは大体18時頃だ。


 拝観時間が終わると、入口の門に鍵がかかり、一応外からやってくる人間に『今は入ってこないで』という意思を伝えることができる。ただ、入口の門は、そんなに立派なつくりじゃないので、乗り越えようと思えば簡単に乗り越えられる。


 今日は珍しく、20時まで門を開けていた。しかし、結局誰も来なかった。

 白髪の少年は現れなかった。


 もしかして、まだ屋根から下りられずにいるとか。


 ・・・まさか、ね。そんなことって、ないよね。


 私は門の鍵を閉めると、一気に塔のてっぺんの自室まで戻った。

 本でも読んで、彼のことは忘れよう。


   ***


 夜中の12時ごろ、本を読みながら寝落ちしていた私は、ふっと目を覚ました。窓から月の光が差し込んで、私の周りを照らしていた。


 本にしおりを挟んで閉じた。その場で伸びをする。頭がはっきりしてきた。すると、些末な事柄がどんどん頭の中に思い浮かんでは消えていく。


 そういえば、そろそろ神殿内を掃除しないと。不意にそう思った。

 いくら人が来なくても、神殿は神殿。一応、手入れぐらいはしないとね。


 でもなぁ、面倒だし。明日でいいかな。とか考えていると、塔の下からドンドンと音が響いた。


 私は身を固くした。

 こんな夜中に、誰かが『Staff Only』のドアをたたいている。


 誰なのよ、こんな時間に。


 ドアがあるのは1階。ここは塔の4階。降りるのはいいけれど、もう一回上がってくることを思うと、ちょっと億劫(おっくう)になる。


 ドンドン。


 また音がした。私は心の中で言い返した。


 Staff Only って書いてるでしょ! ここのスタッフは私だけ。だからあなたが誰であろうと、入る権利はないんだからね。


 ドンッ ドンッ ドンッ ドンッ


 音が激しくなった。どうやら、軽く体当たりしているらしい。私はしばらく、耳をふさいでいた。

 が、最終的に根負けした。


 ああもう、うるさいわね。分かったわよ。開ければいいんでしょ、開ければ。ドアにエンドレス体当たりしないでよ。


 私はガタンと、椅子から立ち上がった。そのままジャンプで階段を()()とばしで下りきる。

 

 ドアの前に立った私は、冷たい声で言った。

「体当たりする前に、ドアになんて書いてあるか、読んでみなさいよ」


 体当たりが止まった。それから数秒後。

「すたっふ、おんりぃ?」

と、とぼけた声が扉の向こうから返ってきた。私はさらに言いつのった。


「そうよ。分かったら帰って・・・」

「あぁぁぁぁあ!」

 私の声をかき消して、扉の向こうの体当たり野郎が叫んだ。


「何よぉぉぉぉぉ!」

と私も負けじと叫び返す。冬宮雪花は負けず嫌いだ。


「さっきのジャンプ力の人でしょ?」

 向こうから返ってくる声は言った。私もそこでピンときた。ドアの向こうにいる人物の姿が、ありありと思い浮かんだ。


「変な覚えかたしないでよね、白髪少年君」

と、私は言った。少年はトーンダウンした。


「そっちこそ、変な覚え方するなよ。・・・じゃなくて、開けてよ。僕、まだ追われてるんだよ」

「私、追われている人とかかわりあいになるの、とても嫌なんだけど」

 できればどこか別の場所へ行ってもらえないだろうか、という意味も込めて、かなり冷淡な口調をわざと装った。


「あ、そう。じゃあ僕、このドアが壊れるまで、体当たりするから!」 

 今度の彼はかなり強気だった。


 ドアを壊されちゃ、かなわないわね、と私は観念した。


 私はいち早く体を横にずらして、ドアを開けた。


 すると当然のことながら、体当たりの勢いで少年が部屋につっこんできた。彼は弾丸のように、正面の階段に突撃していった。私は静かにドアを閉めた。


「痛っ・・・」

 少年は階段に、折れ曲がるような体勢で倒れこんだ。


 私はそんな彼に声をかける。

「人の家のドアを壊そうとするから、こうなるのよ。自業自得」


「君がもうちょっと、僕に優しくしてくれるだけで、すごく喜ばしいんだけどな」

 少年は階段に突っ伏したまま言った。


 私は適当に返事する。

「だって、意地悪したくなる要素が多いんだもん」


「ホントかよ。まぁいっか。夜中に起こして、ごめんね。ジャンプ力の人さん」

と彼は私のほうを振り返って、にっこり笑った。


 私は彼に手を差し伸べた。

「冬宮雪花よ。分かったら、その呼び方、やめなさいよね」

「わあ、寒そうな名前」

 少年は私の手をつかんだ。


 私は少し強引に、彼を引っ張って立たせた。こいつと話してると、なんかイライラする。

 彼は私の怒りに、気づいたのか気づかなかったのか、そっと私の手を放した。


「僕はアルテミスだよ」

「わあ、外国人ぽい名前」

 私は緩やかな皮肉を込めて、言い返した。アルテミスは「そーだね」といった。

「僕は日本人じゃないよ」


 それにしてはすごく日本語が達者よね。私は己の外国語力の低さを顧みた。

 すごいじゃないの、アルテミス。

 もちろん口には出さないけど。


   ***


「さっきはなんで、屋根から降ろしてくれなかったの」

 アルテミスは階段の5段目に腰掛けながら、怒った顔を向けた。私はしぶしぶ、彼の問いに返答する。

「悪かったとは、思ってるわよ」


 アルテミスは私に言い聞かせるように話した。


「あの後、大変だったんだよ。足掛かりになりそうな凹凸もない建物だったから、壁伝いにも降りられないし、でも飛び降りるわけにもいかないし。偶然、空を飛べる男の子が通りかかって下ろしてくれなかったら、今頃まだ屋根上にいるところだったよ」


 飛太に助けてもらったのか。私は、珍しいものでも見るように、彼を見返した。

「あの建物、南向きの壁に、ボルダリングのホールドが、これでもかっていうぐらい付いてるんだけど。自力で下りられると思ったから、置き去りにしたのに。逆に、何で気づかなかったの?」


「え・・・そうなの?」

 アルテミスはきょとんとした。私は淡白な声で続けた。


「乙女の計らいに気付いてあげられないなんて、ひどい男ね。しかも私、あなたがなかなか来ないから、だいぶ長い間、神殿の入り口開けて待ってたんだからね。来るの遅すぎ」


「・・・ごめん」

 アルテミスは文句の女王からのカウンター攻撃で、謝罪に追い込まれることとなった。


 言いすぎかな、と思いつつ、ついつい言っちゃうのよね。

 私、病気なのかも。


   ***


「雪花ちゃん、今の時間からでも、神殿に入れたりする?」

 アルテミスは唐突に尋ねた。私が『仕方ないからお茶でも入れようか』とキッチンに向かいかけたときだ。


「まあ、入れなくはないけど」

 私はキッチンに行くのをやめて答えた。アルテミスは

「おお、さすが祈りの神殿の唯一のスタッフ(おんりぃ すたっふ)

と、手をたたいた。


 さっき『Staff Only』を音読させられたこと、地味に根に持ってるのね、アルテミス。


 根に持たれてしまった私は、他にどうしようもないので、彼を神殿に連れていくことにした。初登場からここまで、私にずっと振り回されどおしだったアルテミスは、ここぞとばかりに勝ち誇った笑みを浮かべた。


 腹立つ。


   ***

 

「どうしてそんなに、神殿に来たかったの?」

と言いながら、私は塔の出入り口から顔をのぞかせた。昼間アルテミスを追っていた黒服男が、近くにいないことを確認するためだ。


 どうやら、いないようね。

 私たちは外に出た。

 

 彼は、えーっと、と少し考えたあと、私に質問した。

「『祈りの女神の最強伝説』って知ってる?」


 私はそれを聞いて、悲鳴を上げそうになった。

 1日に2回も、あのクソつまんない伝説について語らわなくちゃいけないの?


 だがそこで、はたと気づいた。

 鶴野が語っていたのは『祈りの女神の伝説』だ。


「最強がついてるのは、知らないかも」

と私は言った。


「そっか。じゃあ語ってみるから、聴いててね」

 彼は神殿の入口へと歩きながら、語る。


「昔、人間のふりをした祈りの女神が、この町にやってきました。彼女はその日泊めてくれる親切な人を探しましたが、町の人はみな、不親切でした。雪花ちゃんみたいな、ツンデレ不親切少女もいませんでした」


 私はそこで口をはさんだ。

「ねえ、ツンデレ不親切少女って、結局のところ、ただの態度の悪い不親切よね。それただの悪口よね」


「怒った女神は次の朝、町人を集めて言いました」

「無視かよ」


 アルテミスは私に構わず続けた。


「『私は祈りの女神です。この町の者の願いをかなえてあげましょう。ただし、私が叶えるのは1つだけ。この町で最も強い祈りの気持ちを持つ者の願いのみです』・・・女神の言葉に、ある町人は言いました。はい、雪花ちゃん、何か言って」


「『あなたは精神の病気を患っている可能性がありますね』」


「・・・振った僕がバカだったよ。町人は言いました。『誰の祈りが一番強いかなんて、どうやったらわかるのですか』」

「確かに一理ある疑問ね」


「でしょ? それで、女神は答えました。『願いがあるものは、私に祈りを捧げなさい。それぞれの願いに対して、違った腕輪(リング)をあなたたちに与えます。願う者は互いに争い、各自が持つリングをすべて奪い集め、私のもとに持ってきなさい。その者の願いをかなえましょう』」


「あら、ドラゴンボール形式なのね」

「ドラ・・・何?」


「知らないなら、いいわ」

 私は先を促した。


「町の人々は、それぞれにリングを受け取り、争いました。その争いには、いまだ決着がつかず、女神は『最強の願う者』がその願いを叶える日を待っています。おしまい」


 私は今の話を少しの間、頭の中で反芻した。

 そして、アルテミスに問いかけた。


「それって、結構最近できた話?」


「なんでそう思うの?」

 アルテミスは試すように訊いた。どうやらこの問いの答えを知っているらしい反応だ。


 間違うわけにはいかないわね。

 私は慎重を期して解答した。


「ホントに古い話には、リングなんていう近代的な言い回しは、出てこないはずよ」


 アルテミスは指で輪っかを作った。

「正解。これは『祈りの女神の伝説』より新しくできた話だ。その証拠に『伝説』のほうは()()で始まるけど、『最強伝説』は()で始まる」


「あ、ほんとだ」

 そんな細かいところにヒントがあったなんて。意外とちゃんとしてるじゃない。


「で、それがどうしたの?」

 私はアルテミスに再度問うた。彼は月を見上げながら言った。


「叶えてほしい願いがあるんだ。だから僕は、この町に来た。今から神殿で、どうにかしてそのリングとやらを入手する。そして、他の人の願いがこもったリングを奪って、僕が『最強の願う者』になる」

 

 私はそれをきいて黙った。2人は神殿の入り口で立ち止まった。


「あなた、それ本気なの? 正気?」

 私はアルテミスに、真顔で尋ねた。アルテミスは私を見返した。真っ白な髪が、月光でキラキラしている。


「本気だよ」

と、彼はまじめな顔で言った。


 あきれて、ため息も不発だった。アルテミスの目は、まっすぐ私を見つめてくる。

 この目は、本当に本気だ。


「・・・バカじゃないの」

 私は何とかそれだけ言って、アルテミスの反応をうかがった。


 アルテミスはしばらく真面目な顔をしていた。が、急にまた笑顔が戻ってきた。

「自分でも、バカだと思うよ。でも、そこまでしてでも叶えたい願いなんだ。ほら、わらにもすがる想いってやつ。雪花ちゃんは、そういう願い事、ないの?」


 そう言われて、私は言葉に詰まった。不意に両親のことが頭をよぎった。


 本来なら存在するはずの家族。なぜか抜け落ちてしまっている、私の小さい時の記憶。両親はどうしていなくなったのか。今どこにいるのか。


 もし、昔の記憶が戻ったら。

 もし、家族と暮らしてみたいと、私が願ったら。


 私は、ハッと現実に戻ってきて、急いで首を横に振った。

「ないわよ。そんな願い事、私には」

 あったとしても、今ここで彼に教えるつもりはない。


 アルテミスは「そうなんだ」と言って、私から目をそらした。


 それから彼は私に、もう一度向きなおった。意を決したような表情に、私は少し戸惑った。

「じゃあ、僕の願い、叶えるの、手伝ってくれないかな」

「え?」


 私は少し面食らった。初対面の人間に対して、一緒に願いをかなえてほしいって。どれだけ図太い神経してるんだか。


 それとも、それほどまでに、なにがなんでも、叶えたい願いなの?


「一緒にリングをもらいに来てよ、2人いたほうが、最強になれる気がするんだ」

と、彼は重ねた。私は頭の回転が遅くなったかのように感じた。なんて返したらいいのか、わからない。


 黙っていると、彼は優しく私の肩に手を置いた。

「ごめん。ちょっと厚かましかったよね。今のは、冗談ってことにしといてよ」

 そしてアルテミスは、一人で神殿に足を踏み入れた。


「待って」

 私はアルテミスを引き留めた。彼はこちらを振り返った。


「手伝うわよ。私、別に叶えたい願いもないから。どうせなら、あなたの願いが叶えばいいわ」

と私は言った。


 昔の記憶なんて、なくても生きていけるし、実際そこまで思い出したいとは思っていない。それに、私はまだ『祈りの女神の最強伝説』を、実話だとは思っていない。


 彼の気が済むなら、付き合ってやろうじゃないの。神殿で一緒に祈るぐらい、たいした労働ではない。


 アルテミスは電気のついていない神殿から、私を見返した。今度は彼が面食らう番だった。

「ホント?」


 私はゆっくりうなずいて、神殿の入り口をまたいだ。

「本当よ」


 アルテミスは、私から目をそらした。

 私も、彼から目をそらした。


「ごめん、ありがと」

 彼は言った。私は、神殿内を壁伝いに手探りしながら言った。

「いいわよ、謝らなくて。さっきから謝りすぎよ。あなたは、たいして悪いことしてないから」


 私は壁についたスイッチを探り当て、パチンと押した。

 神殿内の電気がついた。


 明るくなると、アルテミスはさっきの調子を取り戻していた。

「じゃ、さっそく祈りを捧げちゃおうか」


   ***


 私とアルテミスは、神殿の奥の一段高くなっているところの手前まで進んで、立ち止まった。


 2人で手を合わせる。

 目を閉じた。

 静かで、ちょっとだけ神聖な時間が流れる。


 そしてアルテミスは、祈った。

「祈りの女神様。僕に、地球での永住権をください」


 え、今なんて?


 私は驚いて、思わず目を開けて、アルテミスを見た。


 彼はクソ真面目な顔をして、手を合わせていた。さらに

「僕は月には帰らない、絶対」

とまで、つぶやいた。


 どうやら冗談ではないらしい。

 これが彼の願い事なのだ。


 これは・・・いよいよヤバイわね、この子。


 私はもう一度、固く目を閉じた



 



cast紹介2


桜田ミリア


冬宮雪花のクラスメイト。

明るくて元気な少女。

雪花と席が隣同士。

雪花と違って素直だが、猪突猛進な一面もある。

両親がサグラダファミリア好きだったため、このような名前になった(という説がある)。


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