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1.前見て走れよ

この少女は反抗期であった。

「・・・僕たちが住むこの町、つまり美琴市桜町には、古くから伝わる伝説があります。

昔々、人間のふりをした祈りの女神が、この町にやってきました。彼女はその日泊めてくれる親切な人を探して、町中を歩きました。しかし、町の人々は彼女を冷淡にあしらい、泊めてくれる人が誰一人いませんでした。

 

 怒った女神は次の朝、町の人を呼び集めて言いました。

『私は祈りの女神です。この街に来たのも何かの縁。町の者の願いをかなえてあげましょう。ただし、私が叶える願いは一つだけです。誰の願いをかなえるべきか、皆さんで決めてください』


 町の人々はそれぞれが自分勝手な願いを主張し、ついには町人同士で争い始めました。こうして町はすたれていき、誰の願いもかなわないまま、女神は今でも、この町のどこかで、願いをかなえる時を待っています・・・」


 私はこのくだらない昔話を聞きながら、うんざりして、ため息をついて、頬杖を突きながら、横の席の桜田ミリアをつついた。


 ここは桜町内のとある高校の教室。今は国語の授業中。『昔話』という古文とも現代文ともつかないジャンルを、生徒の一人が教壇に上がって朗読させられている。


「ねぇ、鶴野の話、面白くなさすぎない?」

 私は桜田ミリアに訴えた。鶴野というのは、今まさに全く面白くない言い伝えをみんなの前で朗読させられているヤツだ。金属フレームの丸眼鏡に、七三分けの黒髪男子。フルネームは鶴野一声(つるのいっせい)。威厳はないなりに、このクラスの学級委員長を務める。気弱だが真面目な生徒だ。


 ミリアは私につつかれて、こっちを見た。彼女はあきれ顔で私を見た。

「鶴野の話って・・・鶴野が作った話みたいに言わないであげてよ。面白くなさすぎて、鶴野がかわいそうだから」

 言いながら、ミリアもうんざりして、ため息をついて、頬杖を突きながら、私をつつき返した。


 それはそうだけど。私はやっぱりこの言い伝えには納得できない。私は鶴野がまだしゃべり続ける中、ミリアに向かって持論を披露し始めた。


「だってさ、あの話、ツッコミどころしかないじゃない。そもそも、神が人間のふりしてこんな田舎町にやってくる意味って、いったい何よ。しかも神なのに泊まる場所探しって。超絶あほらしいでしょ。神なんだったら、天に帰って寝たらいいじゃない。それに、知らない女が急に訪ねてきて『泊めてください』っていわれて、普通泊める? 絶対嫌でしょ。そんなこともわからずに、のこのこ桜町にやってくるなんて、頭悪いにもほどがあるわ。それに・・・」


「ねぇ、雪花(せつか)?」

 ミリアがちょっと不安そうに私を遮った。彼女は視線で、教壇に立っている古文の先生をちらっとさした。先生は私のことを、気に入らなさそうに見ている。


 私はそれを無視して続けた。


「それに、町の人も町の人なのよ。見ず知らずの女が急に『私は神です』とか言い始めてふつう信じる? そんなの絶対、躁病の誇大妄想じゃない。まずはその女を病院に連れていくでしょ。町人も女神も、そろって頭に虫でも飼ってるんじゃないの」


「雪花ってば」

 ミリアが私に忠告した。先生のほうをチラ見すると、かなりお怒りモードの顔をしている。

 原因はもちろんこの私だ。


 それでも私は、最後まで論を展開せずにはいられなかった。


「しかも極めつけは、一番最後。何なの『今でも待ってる』って。暇なの? 女神って仕事ないの? ああほんと、考えれば考えるほどあほらし・・・」


冬宮雪花(ふゆみやせつか)さん」

 ミリアに熱弁をふるっていた私は、教室前方から飛んできた鋭い声に、話の腰を折られた。仕方ないので、私はそっちに返事をする。


「先生」

 私も負けじと、名前を呼んできた人間を呼び返した。だが、彼女がまだ新任で、なおかつ私は先生の名前をいちいち覚えているほど優等生ではないため、名前ではなく職業名での応戦となった。


 先生はムッとした表情を隠そうともしなかった。

「冬宮さん、静かに授業も受けられないなら、この教室から出て行ってください。いいですか?」

 

 先生は鋭い声で私を叱った。私は先生をにらみ返した。


 出た、先生あるある『この教室から出ていけアピール』ね。

 あなた、この教室の女帝かなんかのつもりなの?

 それ、勘違いですから。


 私と先生の間に、一瞬火花が散った。

 

 私は一呼吸おいて、涼しい顔で言い返した。

「ええ、静かに受ける価値も見いだせない、しょうもない授業しか聞けなくてがっかりしました。私、もう帰りますね?」


 私は2秒で荷物をまとめると、立ち上がった。ミリアが横でやれやれと首を振っている。ほかのクラスメイトの反応も、似たようなものだった。たまに「よく言った」と拍手してくれる人や、「あたしも帰ろうかな」なんて冗談めかして言う人もいるが、誰も私のこの行動には驚かない。


 あっけにとられた先生は、ハッと正気を取り戻すと、慌てていった。

「ちょっと、冬宮さん。どこへ行く気ですか」


 私は返事をする代わりに、すぐ横にあった手近な空席を蹴り倒した。

 ガターンとすさまじい音がして、机の中身が床に散らばった。

 私はそれでも、何事もなかったかのように、教室の出口へ歩いていく。

 その際、先生のほうは一度も振り返らない。


 だって、わざわざ目で見て確認するまでもないから。先生はビビッて口をあんぐり開けてるだけよ。

 

 マジ、チキン。


「ああ、僕の机・・・!」

 鶴野の悲痛な叫びをBGMに、私は教室を出た。


 だって、反抗したいお年頃の女の子ですもの。

 これぐらい、やって当然よね。

 私はすまし顔で、外に出るべく階段を降りていく。


 それに、私がいなくなって困るのは先生だけだ。先生はもしかしたら、生徒が一人授業中にいなくなったことで監督不行き届きの始末書でも書くのかもしれないが、私は家に帰るだけ。


 ざまあみろ。


 私は、こっそりそう吐き捨てて学校を出ると、迷いなく道を歩き始めた。


 この『冬宮によるエスケープ』は、自分で言うのもなんだが、まったく珍しい現象ではない。クラスメイトが誰一人驚かなかったのは、そのせいだ。ただ、さっきの先生は新任だったから、私の行動に相当慌てたようだ。今頃まだ、教室でわたわたしてるんだろう。それも含めて、ざまあみてればいいのよ。


 それにしてもさっきの言い伝え。

 私はまだイライラしながらずんずん歩いていく。


 その伝説なら何度も聞いたことがある。ずっと昔から知っている。この町で育った子ならだれでもそうだ。それをあのアホ教師が『改めて解釈してみれば、新しいことがわかるはず』とか言っちゃったりしはじめた。そして哀れな鶴野が『では学級委員長さん、みんなの前で、伝説の内容を確認してください』と標的にされたから、みんなが知っている話を読まされていたってわけ。


 無益の極みだわ。


 あの話を読み直してわかることなんて『泊まるときはホテルとれ』ぐらいが限界だ。


 だが、信じがたいことにさきほどの『祈りの女神の伝説』は、この町の外でも有名だ。桜町の観光課がそこに目をつけたようで、町には祈りの女神がまつられた神殿まで存在している。


 ちなみに、神殿にやってくる観光客は微少人数で、0に近似できる。

 さっきの話、『町はすたれ』のところだけ、的を射てるかもね。


   ***


 しばらく歩いて、学校から少し離れた。昼下がりの町に通行人は少ない。パンを食べながら歩いている幼い兄弟に、リンゴを指の上でくるくる回しながら歩く老女、それに厳密には通行人とは言えないが、空を飛んでいる少年が一人。


 この街には、こういう変な人が多い。『変な人』というのは、ナチュラルに変人、もしくは特殊能力を持っている人間だ。老女は全社、空飛ぶ少年は後者だ。どうして桜町に変人が多いのかは知らないが、これも私の日常だ。


「雪ちゃん!」

 空飛ぶ少年、播飛太(ぱんぴーた)が私に手を振った。

「飛太君」

 私も手を振り返した。飛太は今日もいつもと同じ、緑の葉っぱのようなデザインの服を着て、町中を飛び回っていたようだ。変人が多い町と言えど、空を飛べるのはそれなりに珍しいので、彼は桜町のプチ有名人だ。


「また学校さぼり?笑」

 飛太は私の頭上をくるくる飛び回りながらきいてきた。私は淡々と言い返す。


「あなたは学校に所属してすら、いないじゃない。私のほうがまだマシよ」

 飛太は私が初めて出会った時から今まで、ずっと子供のまま成長していないし、学校にも行っていない。彼が本当は何歳なのか、知っている人はおそらくいない。


 そんな謎多き少年は、私の言葉を聞いて

「えへへ、そうかもね」

と笑った。


「ところで、鋳掛屋の鐘ちゃん、見なかった?」

 飛太は私に訊いた。


 鋳掛屋の鐘ちゃんは、羽の生えた金髪少女で、いつも体から光る粉を発している、これまた不思議な子だ。飛太はわざわざ彼女の名前を日本語に直しているが、その子は基本的にティンカーベルと呼ばれている。


 私は少し考えてから、首を振った。

「今日は見てないわ。あの子、また迷子なの?」


 飛太は困ったようにうなずいた。

「そーなの。ほんと、困っちゃうよね。また見かけたらでいいから、教えて!」

「ええ、そうするわ」


 私がそう返事すると、飛太は「鋳掛屋の鐘ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!!」と叫びながら、どこかへ飛び去って行った。


 返す返すいうが、この町には変人が多い。


 飛んでいく飛太を見送ってから、体の向きを元に戻すと、今度は前方から猛スピードで走ってくる少年と目が合った。


 彼はこの辺りでは見ない顔だった。というか、見ない髪型だった。

 彼は、真っ白な髪をなびかせながら、必死に走っていた。


 そして、お互い「あっ」と思った時には、もう手遅れだった。


 次の瞬間、猛烈な運動エネルギーをまとった少年と、学校をエスケープした私は、正面衝突して地面に倒れこんだ。


 サボりの天罰かな。なんて言葉がちょっとだけ頭に浮かんだ。

 まだ昼間なのに、視界に星が舞った。


 先に立ち上がったのは、ぶつかってきた白髪の少年だった。

「ごめん、大丈夫?」

 彼が言っているのが聞こえた。


 うーん、とうめきながら、何とか視界から星を追い払った。最初に目に入ってきたのは、少年が私に差し伸べている手だった。


「ちょっと・・・どこ見て走ってんのよ」

 私はその手を助けに、何とか立ち上がりながら文句を言った。


 皆さんもうお気づきかもしれないが、冬宮雪花はいついかなる時でも、とりあえず反抗的にふるまってみる女だ。


 白髪少年は私を助け起こすと、申し訳なさそうに言った。

「ホント、ごめんね。次からは、君を見つめながら歩くよ」

「前見て走れよ」

 私は彼の、天然なのか何なのかわからない謝罪にツッコんだ。

 少年はまた「ごめん」と謝った。


 ちょっとだけ間があいた。


「あ、そうだ」

 少年は思い出したように言うと、私の両肩に手を置いた。

「何よ」

と私はつっけんどんに言った。少年は、私にしっかり目を合わせて尋ねた。


「あのさ、祈りの神殿って、どこにあるか知ってる?」

 それが私とこいつの出会いだった。





cast紹介1


冬宮雪花


反抗的かつ性格ひねくれ気味な高校生。

この物語の毒舌担当。

おそらく理系。

無駄な時間が何より嫌い。

たぶん長髪。

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