【第1話】魔王、森でご馳走と出会う
第二章開幕です。
これからもお付き合いお願いいたします!!
良い朝だ。
誰一人として領民が住んでいない領地の周りをランニングし、朝の運動を終えた俺は立ち並ぶ民家から少しだけ離れた場所に位置する館に戻る。
館は3階建で、正面から見ると横長な物件である。
館の玄関を潜り、右側に曲がると一番最初に現れる広間。
そこの中央やや後方に設置されたソファに俺は腰をかけた。
「おはよう……」
ソファに腰掛けながら、サイドテーブルに置かれたティーポットに手をかけようとしたところで、眠たそうな目を擦りがら少し遅めの起床となったティナが広間に入って来た。
「ああ、おはよう、飲むか?」
「ありがとう、頂くわ」
我が館のソファはL字型であり、人間の大人5人程度なら余裕を持って腰をかける事ができる。
俺の斜め向かいに腰を下ろしたティナに、紅茶の入ったカップを手渡す。
ティナはカップに一度口を付け、「はぁ……」と熱いものを口にした後の特有のため息を放つ。
「……ちがぁぁぁぁうっ!! 一体何やってんのよ私は!!」
そして急に叫び出した。
「朝からそんな大声出すと血圧が上がって体に良くないぞ? 頭が残念な分体くらいは大事にした方が良い」
「何でそんなに落ち着いているのよ! 何であなたと二人っきりなのよ! のんびりお茶している場合じゃないのよ! これじゃただの引退後田舎でスローライフを送る熟年夫婦みたいじゃない! あとあんた、後で表に出なさい、ボディブローでナチュラルにゲロらせてあげるわ!」
「まあ落ち着け、そんなどうしようもない事言ってても仕方ないだろう……この領地、まだ俺たち以外誰もいないのだから」
俺は魔王から領主へとジョブチェンジした。
国王とこの領地を視察した後、王都で様々な手続きやら領地経営の準備を行って来た俺は、三日前からようやくこの地に降り立ち領主としての人生をスタートさせたのだ。
「どうして私まで……田舎は嫌だって言ったのに……!」
「国王の命令だ、少し可哀想ではあるが諦めるしか無い」
どうやら国王は俺の領地経営を全力でサポートしてくれるようだ。
王都の方では、国王自らの呼びかけにより、この領地に移住してくれる農家や鍛治師、その他様々な職種の者達を探してくれているらしい。
そして、そんな国王が俺に授けた手土産の一つがティナであった。
この領地は数多くの魔物が巣食う危険な森、探索者達の間では秘境と呼ばれる森の直ぐ側に位置する。
故に、森の魔物達に襲われるという危険が常に付き纏っており、実際にごく稀にであるがそう言った事件も起こったそうだ。
では、そんな危険な地にわざわざ移住してくる者などいるだろうか? 答えは否、そんな者ほとんどいないだろう。
そんなこんなで、少しでも危険を減らすために、王都でも指折りの」実力者であり認知度も高いSSランク探索者のティナが国王命令でこの地に派遣されたわけだ。
魔王と唯一渡り合える力、勇者スキルを巧みに使いこなす彼女は強い。
よっぽどの魔物、それこそ真紅竜あたりが襲ってこない限りこの領地に住む領民の安全は問題ないだろう。
まあ、領民が増えてくればティナ一人では回らなくなってしまうが、今はまだその心配入らないだろう。
最悪は、俺がゲロを吐きながらでも領民達を守れば良い。
「俺と一緒にいることが嫌なら、別のとこに住めば良いのではないか? この館ほどじゃないが綺麗な住居は他にも沢山あったぞ」
「それは嫌よ、なんのかんの言ってこの館は前の領主が住んでいただけあってとても綺麗だし、ベッドもふかふかだし、何よりお風呂も付いているしね」
「俺も一応男だ、何か間違いが起こっても後悔するなよ……」
「その心配はあまりしていないわ、ソロって多分ヘタレだから」
俺が態とらしく口角を上げてみたが、ティナに「ヘタレだからありえないわ」と一蹴された。
甘くみたなティナよ、俺はやる時はやる男だ……いや、やっぱり無理だ、そんなことしたらティナにゲロだけでは済まない致命傷を負わされることになるだろう。
ティナとそんなやりとりをしながら、これはあくまで推測であるのだが国王がティナをここに派遣した一つの可能性を考える。
それは俺の監視だ。
俺を信頼して領主を任せてくれた国王であるが、結局のところ俺は得体の知れない余所者である。
自分の国の中で、そんな得体の知れないやつを一人野晒しにしておくわけにはいかない筈だ。
そのためティナも、俺を出来るだけ一人にしないようにこの館で寝泊まりしているのだろう。
この村に来て初日の事であるが、他にも住むところは沢山あるこの村で、何故かティナは自分の住居を俺が住むこの館に決めた。
俺が「何故?」と聞くと、
「ここは悲しいことにソロと私以外誰も住んでいない村なのよ、怖くて眠れないわ、あなたもこんな可愛い子と同じ屋根の下寝泊まり出来て嬉しいでしょう?」
との回答だった。
まあ正直、ティナが監視であろうがそうじゃなかろうが、ここのい居てくれることは大いに助かることなので特に気にする必要もないのだが。
「ところで今日は何をするの? また森で狩りでもする?」
俺が作った今日の朝食であるトーストを片手に、ティナは俺に聞いてきた。
「ああそうだな、やはり今一番必要なのは金だ。金がなくなったら領主は終わりだ。領民に金が払えなくなっては信用が一気になくなるからな」
「領主が領民にお金を払うなんて珍しいわね、そんなこと考えていたの?」
「ああ、なにぶんこんな危険な領地だ、通常の領地のような完全歩合制のような給与体制では人は集まらないだろう? だから俺は、今後ここに住んでくれる領民に対しては幾分であるが固定給を支払う予定だ。危険を省みず住んでくれんだから領主として当然のことだ」
「相変わらず優しいのね。じゃあ森に行く準備をしてくるわ!」
そう言いトーストを完食したティナは、準備のため2階にある自分の寝室に上がっていく。
そして30分後、俺とティナは館を出て領地の奥に位置する森へと足を運んだ。
◇◇
「今日の晩ご飯はご馳走のはずだったのに……ソロのせいで食欲なくなっちゃったわ」
「毎度のことだがすまん。だが、お前がそのご馳走とやらに興奮して俺を一人置き去りにしたことがそもそもの原因だぞ。俺のことを守ってくれるんじゃなかったのか?」
「それはごめんなさい。でももうちょっと、吐いて倒れることを耐えていただけると助かるんだけど」
「胃がひっくり返るって表現良く聞くだろ? スキルを使った後の俺はまさにあれだ、お前も一度この絶望的不快感を味わえば分かるさ」
「……遠慮しとくわ、分かりたくもないし」
あれから夕方まで森の探索を行っていた俺たちは、今日一番の収穫とも言える魔物を引きずりながら館への帰路についていた。
いや、正確には引きずっているのはティナであって、俺はいつものようにティナにおぶられているだけなのだが。
ティナ曰く、この魔物【デリギュウ】の肉を最高に美味であるとのことだ。
なんでも、王都の高級店ですら年に数回程度しかお目にかかれない肉らしい。
ティナが森の中で百メートル先のデリギュウを見つけた時は凄かった。
抜刀と同時にスラッシュを発動し、見事にはるか向こうにいるデリギュウのクビを一刀両断し、風のように嬉々として討伐したデリギュウの元に走っていった。
だがこれがまずかった。
勿論俺は、スキルによって身体能力を上げなければティナについていけないわけで、だがそんなことのために身を犠牲にしてスキルを使うわけにもいかず、結果取り残された。
そして取り残されたと同時に、背後から6匹のウルフが俺に襲いかかってきたのだ。
遠くの方で喜んでいるティナの護衛は間に合うはずもなく、結果俺は背に腹は変えられぬと暗黒魔法イレイズを瞬時に発動させ狼達を塵にした。
そしてお約束のようにゲロと共にその場に伏し、現在に至るわけだ。
そんなこんなで館に到着した俺達は、館の中庭でこのご馳走をどう調理するかで悩んでいた。
「あなた、料理の腕は?」
「切って焼く、それくらいしか出来ん」
「……早く料理が出来る人が来てくれないかしら」
俺は料理が苦手だった。
魔王時代末期に、料理でも極めるかと思い家庭菜園を始めたのだが、結局上達する前にこちらの世界に来てしまった。
そして、どうやらティナも料理は苦手らしい。
まあなんとなく想像通りではあるが。
そんなこんなで中庭で5分ほど二人悩んでいた時、ふと俺の視界に黒い鳥が急降下してくるのが見えた。
「郵便ね」ティナがそう呟いたと同時に、俺の頭上数メートルまで急降下してきた黒い鳥は足につかんでいた紙を落とす。
俺はその丸められた紙を拾い上げ、中を確認した。
どうやら手紙らしい、そして送り主は高王だった。
俺は中身を読む、すると自然に口角が上がった。
「ねえ、なんて書いてあるの」
隣で内容を覗き込もうとするティナ、それに俺は答える。
「喜べティナ、明日我が領地に料理人が来るぞ」
国王の手紙には、俺の領地への移住希望者が、明日ここに来るという内容が記されていた。
そしてその者はなんと料理人を希望しているそうだ。
ティナのことは一旦忘れて初めての領民が料理人というのはかなりありがたい。
この肉は明日そいつに調理してもらおう。
明日のことに期待を膨らませながら、その日の夜俺とティナは王都から持ち込んだ市販の決して美味しくもないパンを囓った。
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