【第5話】魔王、王都へ向かう
まさかこんな日が来るとは思ってもいなかった。
腹部で僅かな振動を感じながら、俺は一種の感銘を受けていた。
真紅竜の首を落としたティナの一太刀、あれは紛れもなく聖剣斬だった。
それは、【勇者スキル】を持つ者のみにしか扱えない技である。
いつの時代も、魔王の野望を打ち砕いて来たのは勇者だった。
勇者とはなんだ?
実際のところ、勇者の定義は非常に単純である。
血筋や家柄など関係ない、勇者であるための唯一の条件は【勇者スキル】を発現しているかどうか、ただそれだけである。
【勇者スキル】は基本的に、神の加護と呼称される力を身や武器に纏わせ戦うスキルだ。
そしてこの神の加護が、魔王と対峙する上で必要不可欠な要素であることは間違いない。
基本的に神の加護なしでは通常の人間は魔王と闘うことすら出来ないのだ。
だから、原則に【勇者スキル】をもつものは、魔王とも闘いうる、という意味だけで勇者と呼ばれるのだ。
千年も経てば勇者の定義も幾分か形を変えているかも知れないが、あくまで千年前の世界から来た俺からすれば、ティナは勇者だと認識せざるを得なかった。
そんなことを一人考えていると、ティナが顔を少し横に向け俺に話しかけてくる。
「ねえ、そろそろ自分で歩けるでしょ、もう降りてよ、私疲れちゃったわ」
真紅竜を倒して大体二時間ほど経っただろうか、未だに平衡感覚が戻らず歩く事が困難な俺は、ティナの……勇者の背中におぶられる形で、森の出口を目指しているところだった。
魔王が勇者から薬を貰い、
魔王が勇者と共闘し、
魔王が勇者におんぶされながら帰路につく。
世も末だな。
まあ、確かに俺がいた千年前の世界を基準にすれば、この世界は言葉通り『末』であるのだが。
「悪いが無理だ、重たくて大変ならそれを捨てて行くことをお勧めするが?」
そう言って俺はティナの肩にかけていた手を一瞬離し、ティナが大事そうに抱える布袋の中身、先程の戦いの戦利品を指差す。
「駄目に決まってるじゃない! これがあればしばらくは仕事もしないで生きていけるのよ! もしこれか貴方のどちらかを捨てないといけないのなら、迷いもなく貴方を放り出すわ」
「おいおい、誰のお陰でそれを手に入れられた? 俺が気絶と嘔吐を顧みず決死のサポートをしてやったからだろう?」
俺は真紅竜との戦いの後、案の定スキル使用の副作用で一時間程気を失っていた。
しかも気絶中に嘔吐するというダブルパンチだ。
意識が戻った後すぐに口の中を濯いだのだが、あの特有の苦味は未だに喉の奥を燻っている。
「くっ、分かったわよ! 森の出口までは後少しだから辛いでしょうけど頑張ってね、ゲロ」
「……おい、俺の名前はソロだ、訂正しろ……いや、まず謝れ」
そんなやり取りを何度か繰り返したところで、俺とティナはようやく森の出口に辿り着いた。
◇◇
「はあ〜! やっぱ馬車よね〜!」
森を抜けた俺たちは、出口で待っていた馬車に乗り込み王都への帰路についていた。
今まで経験にないふかふかな座席に腰掛けながら、技術進歩は素晴らしいとしみじみ感じる。
「然しこの馬車どうやって準備したんだ? 俺達が森から出てくるのを待っていたかのように、出口で控えていたが」
「……ソロってもしかしてかなりの田舎育ち? そんなのこれを使って王都に依頼すればすぐに準備できるじゃない」
呆れたような声で俺にそう言ったティナは、ポケットの中から手の平サイズの青い宝石のようなものを取り出し俺の手にそれを置いた。
「なんだこれ?」と言いたげな顔で、俺がティナと手におかれた青い宝石を交互に見ていたからだろう、ティナは「本当に知らないのね」と一言つぶやき説明を始めた。
本当に便利な世の中になったものだ。
ティナの言葉を要約すると、その青い宝石は【念話石】と呼ばれるものらしく、魔力を共有した【念話石】同士であれば遠く離れた距離でも会話が出来るらしく、王都の技術者が数年前に発明した優れものだそうだ。
「どういう原理なんだ?」と興味本位でティナに聞いてみたが、「そんなの私に分かるわけないじゃない、とにかく凄いのよ」と予想通りの答えが返ってきた。
何故か自信満々なのが気になったが、
まあアホだからだろう。
◇◇
「ねえ、今更なんだけどソロに確認したいことがあるの」
王都まで残り数分程度の距離になった時、ティナは神妙な顔でふと俺に話しかけてきた。
「なんのこと?」と一言返すと彼女はそのまま続ける。
「ソロって本当にただの旅人なの? さっきの戦いの時に真紅竜に使った、魔法? とにかくあんなの今まで見たことも無かったからびっくりしたわ」
あなた何者? 口には出さないがティナはそんなことを言いたげに質問をする。
ティナの前でスキルを使用した時から、いつかこういった質問が飛んでくることは分かっていたのだが、
どう誤魔化そうか? と俺なりに色々設定を練ってはみたものの、妙案は未だに思いついていなかった。
押し通すしかないよな。
下手に嘘をついて、後で色々矛盾が生じても困るしな。
「旅人だぞ、ここからかなり離れた辺境の田舎出身のな、それ以外の何者でもない。真紅竜に使ったのは運がよければ相手の動きをほんの少しだけ拘束する、ただそれだけの技だ。俺の父や祖父から代々継承してきたもので、すまないが詳細までは教えることが出来ない」
「……因みに、ソロが戦いの後急に倒れたじゃない? ただの疲労かとも思ったけどそんな様子には見えなかったのだけど、あれは?」
「……実は俺、昔からスキルを少しでも使うと頭痛や目眩で立っていられなくなるんだ。何度も医者にかかったけど、今だに原因は分かっていない」
……無理がある。
こんな回答じゃ結局疑念が深まるだけだ。
だがどうすれば良い、やはり今からでも適当な嘘を言い、信憑性を高めたほうがいいのか?
「うーん……」と瞼を閉じながら思考する彼女を見て俺は考えた。
「……まあそんなことどうでも良いわ! 誰にだって秘密や言いたくないことの一つや二つあるもの、変な事聞いてごめんね! それより本題よ本題! ここからは大事なことだからしっかり聞いておくのよ!」
……え?
どうでも良い?
本人が言うのもなんだが、怪しさ満点だぞ俺。
ティナの思考回路においてけぼりにされた俺であったが、まあ気にしていないのであれば、俺にとってはそれが一番都合が良いので助かるが。
そもそも本題って何だ?
困惑している俺に、ティナが森の中から今に至るまでずっと大切そうに抱えていた布袋を笑顔で突き出してきた。
袋の中には真紅竜の鱗が溢れんばかりに詰められている。
「持ち帰れたのはこれだけだったわ、それでもすごい量よ! で分配なのだけれども……もしソロが良ければだけど、半分ずつにしてくれないかしら?」
「お願い!」と両手を合わせて懇願するティナを見ていると、さっきまでのことが馬鹿らしく思えてきた。
ティナにとっては俺の得体など本当にどうでも良いことらしい。
ならそんな質問するなとも思ったが。
「半分も何も、全部ティナが貰ってくれて構わない、実際に討伐したのはティナなのだからな。その代わりと言っては何だが、俺が森でティナから貰った薬についてはそれで無かったことにしてくれ、最初に森で倒れていた間に荷物を根こそぎもっていかれたみたいでな、実を言うと無一文状態なんだ」
「あなたって本当に素晴らしい人間だわ、聖女をびっくりよ。まあ、私は出会った時から気づいていたけどね」
嘘をつくな、泥棒やら嘘つきやら、おまけには胸倉まで掴んで散々罵倒してきただろうが。
これだからビッチは。
まあ何はともあれティナが一緒に居てくれて助かったことは事実だ。
そんなことを考えていると、馬車の中に王都到着を知らせるブザーが二回響く。
その音に反応し、馬車に備え付けられた小さな窓から顔を出すと、眼前に煌びやかな町並みが広がった。
人間やエルフ、ドワーフもいるな、そんな多種多様な種族が行き交う大通り。それに呼応し賑わう商店。
ぼっちが長かった俺は、人に酔ってしまいそうになる。
王都はそれくらいに栄えていた。
どうやら目的地に到着したらしい、馬車はスピードを徐々に落としていき、少しして完全に停止した。
ティナは依頼を受けていたはずだから、この後は多分依頼主の元に報告へ行くのだろう。
となるとここでお別れだな、お礼だけ言っておくか。
「ティナ、色々あったが本当に助かったよ、ありがとう。俺はしばらく王都にいる予定だから、また縁があればどこかで会おう」
少し照れ臭いが、そう言ってティナに別れの言葉を告げる。
王都と言っても同じ街の中だ。
今後どこかで顔を合わせる機会もあるだろう。
然し、何故かティナはそんな俺を見て「何言ってるの?」とでも言いたげな顔をした。
そして数秒後、「あっ!」と何かに気づいた様子になり、俺に向け発言した。
「えっと……別れはまだ早いかなって、今からあなたも一緒に国王のところへ、真紅竜討伐の件について報告に行かないといけないから」
「……聞いてないぞ」
「……ごめんねっ?」
聞くと、ティナは国王に取り急ぎ念話石にて真紅竜討伐の報告を行っていたそうだ。
その際国王より、戻り次第城に顔を出すよう御達しが出ていたらしい。
何故か俺も一緒に。
因みにこれらは俺が倒れている間のやり取りであるため、俺が知る由もない。
「お客さん! 次が王城前です! 動きますよ!」
馬車の運転手の声が響く。
王城に向け、馬車は再び動き出す準備を始める。
……胃が痛い
心の準備は全く出来ていないのに、馬車は無情にも王城へ向け車輪を回転させた。
想定より沢山の方に見てもらえてとても嬉しいです!
今後ともよろしくお願い申し上げます