【第4話】魔王、勇者と共闘する
「ところで、あなたこんな森で倒れてて良く無事だったわね」
俺の右斜め前を歩く金に目の眩んだビッチ……ティナが視線を俺の方に逸らすようにしながら話しかけてくる。
俺とティナは王都に向かうため、森を抜けようと歩いているところだった。
良く無事だった?
俺はこの世界……正確に表現すると『本来俺が存在していた世界から千年経った世界』、で目を覚ましてからまだ小一時間程度しか経っていないわけで、当然であるがティナの発言の意味が良く分からない。
まあ、ティナの言い方から大凡の事は推測できるが。
大方、この森には危険と判断するに値するナニカが犇いているのだろう。
とにかく詳細までは分からない俺は、説明を求めるため視線をティナに向け次の言葉を待った。
「この森って秘境って言われているの。王都からもそんなに遠くないのに、未だに開拓がほとんど進んでいない危険な場所なのよ」
それからティナは、決して無いとは言えない……いやむしろ見事にある胸を張り、この森のことについて得意げに説明を続けた。
要約すると、この森は王都から危険区域に認定されている、とてつもなく危険な場所らしい。
俺が倒れていたのは.比較的安全な森の手前の方だったから良かったものの、森の奥では森にも関わらず吹雪や砂嵐等危険な気候現象が発生したり、天災とも呼ばれるような大型魔物が多数存在しているとのことだ。
然し、それだけ危険な場所であるにも関わらず、ある目的のためこの森に足を運ぶもの達も少なからず存在するらしい。
どうやらこの森で採れる鉱石、植物、食材は非常の高品質であり、上手く王都に持ち帰ることが出来れば商人にかなりの高値で買い取ってもらえるらしく、結果的に一攫千金を命知らずが足繁く足を運ぶそうだ。
因みに、そのような命知らずのもの達を王都では【探索者】と呼称し、王都も【探索者ギルド】なるものを作って彼ら割安で道具を販売したり、探索パーティなるものの結成のサポートしているそうだ。
「じゃあティナも探索者なのか?」
先程の件でティナに敬語を使うのをすっかり辞めてしまった俺は、彼女に質問する。
「私は微妙にちが……ソロ、私の後ろに隠れて!」
会話の最中、ティナの声質が急に変わり彼女は身構えた。
間も無くして、眼前30メートル程先にある茂みが少し揺れたと思うと、次の瞬間茶色の体毛に身を待とう4足歩行の狼が2匹茂みから飛び出したのが確認できた。
「……フォレストウルフか」
仮にも魔族の王であった俺、魔物のことについては熟知している俺は茂みから飛び出したそれが【フォレストウルフ】であると遠目でも認識することができた。
然し情けないものだ、勇者達との戦いから離れ数十年は経っているだろう俺は、たかだか30メートル程度の距離まで接近していたウルフに気づくことすら出来なかった。
「心配する必要はないわ、このティナ様に任せておきなさい」
平和ぼけし過ぎたのだろうか?
そんなことを考えていた俺にティナは諭すように力強い声でそう言ってきた。
ティナの認識では、どうやら俺は守られる立場であるようだ。
だがそれはあながち間違いではない。
本来の俺であれば、フォレストウルフを返り討ちにすることなど造作もない。
然し今の俺……この世界の俺はたかだか三級程度の魔法を放っただけで立っていられなくなってしまうポンコツ欠陥なんちゃって魔王だ。
ティナも見る限り余裕そうだ。
ならば下手に加勢するより素直に守られていた方が良いだろう。
また倒れて薬でも貰うことになったら今度は何をせびられるか分からない。
「やあっ!」
やばそうだったら加勢しよう。
俺の中で対応方針を定め、いつでもティナを援護出来るように身構えたところで、ティナは腰の剣を抜き、どこか間のぬけた声と共に縦薙に剣を振るった。
勿論ティナの持つ刀身80センチ程度の剣が、30メートルも先にいるウルフに当たるはずない。
然し、彼女の剣筋から突如として発生した衝撃波は違う。
薄白いという表現が正しいだろうか、それは一瞬でウルフに到達し、そのままウルフを一刀両断した。
【剣術:スラッシュ】、主に剣術スキル二段で習得できる技であり、今彼女の剣から放たれた衝撃波がそれだ。
これは問題なさそうだ。
スキルの種類問わず、スキルを段まで習熟させたものは俗称として【段持ち】と呼称される。
今この時代ではどうか分からないが、俺の時代では【段持ち】は千人に一人の逸材であり、勿論であるがそこらへんの魔物に遅れをとる事はない。
もちろんフォレストウルフ二体程度に遅れを取ることはありえないであろう。
もう一匹も一瞬で片がつきそうだ。
俺の推測通り、その後、仲間を失い焦ったのか、凄まじいスピードであるが考えもなくティナへ突進してきたウルフを、彼女が半身で避けると同時に一太刀入れる形であっという間に決着となった。
「どう! すごいでしょ!」
「ああ、またまた助けられたよ、ありがとう」
「でしょでしょ! これは王都に帰った後に護衛代として請求させても……」
力を誇示できて気分が良いのか、ティナがまた調子の良いことを言おうとしたが、言い切る前にとある異変を感じた俺たちは会話をやめる。
そして顔を傾け上空を見た。
一難去ってまた一難、言い古された言葉であるがこの状況にはぴったりの言葉だった。
快晴の昼下がり、雲もない青空には太陽を遮るものは何もない。
にも関わらず、俺たちの足元には何故か大きな影が広がっている。
先程まで感じていた森を駆け抜ける爽やかな風が、次第に上空から俺たちを叩きつけるよあな暴風に変わっていく。
「……一応聞くけど、これもティナ様に任せておけば何も問題ない?」
「……ソロを囮にすれば私はおそらく逃げ切れる。そういう意味では問題ないわ」
これ、と表現したそいつは赤と黒が入り混じった翼と、俺3人分程度の太さがある尻尾が特徴的であり、
口から僅かであるが真紅の炎を洩らしている。
その上空から俺たちを見やるその生物は、
「……真紅竜までいるのか、すごいなこの森」
「感心してる場合じゃないわよ! 食べられちゃう前に逃げるわよ!」
【真紅竜】、俺の知る限りこの世界にドラゴンは珍しくもないくらい多数存在するが、上位種である真紅竜に至ってはそうと言えない。
ドラゴンであれば腕利きの猛者が3人程度集まれば、死闘の末なんとか討伐することができるだろう。
然し、もし相手が真紅竜であった場合は違う。
猛者がいくら集まったところで、溶岩よりも温度が高いと形容される真紅龍のブレスで消し炭にされるのが数秒伸びる程度だろう。
真紅龍はドラゴンと一線を画す。
重々それを承知しているティナも、戦うという選択肢はないようで、必死に撤退を促す。
正直なところ、万全な状態の俺なら一人で問題なく倒せる、がそれでも数十秒かかる。
だったら俺の今の状態ではあいつに一発打ち込んだところで耐えられて、倒れて無防備な俺が返しの一撃を喰らっておしまいだろう。
ならば俺はお膳立てに回って、あいつを倒すのはティナに任せるしかない。
そもそもティナにそんな大役果たせるかは不明であるが、とにかくやってもらうしかない。
そう判断した俺は、駄目元でティナに尋ねる。
「これは逃げても無駄だ。こんな森の中で火でも吹かれたら、火に囲まれて一瞬で追い込まれてしまう」
「じゃあどうするって言うのよ! あんなのと戦うなんて私無理よ! ただでさえあなたを守りながらで負担が大きいのに!」
「……俺のことは守らなくて良い、駄目元で聞くが、あいつを一撃で倒す事ができるような技を持ってるか?」
「……ある、けど発動まで数秒かかるし、そもそもあんな上空にいたら当たらないわ」
「……よし、なら俺が5秒時間を稼ぐ、おまけに地面にも叩き落としてやる。大奮発だ! だから後はなんとかしてくれ。後間違いなく俺はぶっ倒れるだろうからさっきの薬を大量に準備しておいてくれ」
「分かったな、5秒が限界だぞ」そういい俺はティナの前に一歩踏み出す。
後ろでティナが何か騒いでいたが、俺の真剣な言葉に気圧されたのか、あるいは覚悟を決めたのだろうか、何はともあれ真紅竜に一撃を喰らわすために彼女は剣を構えた。
俺は魔王だ、
だがぼっちだ、何年もぼっちだ、
そんな俺に、脱ぼっちを図るチャンスがようやく回ってきたんだ、
こんなところで、領主になって追い求めてきた夢、領民達とエンジョイする夢を諦めてたまるか!
両手を真紅竜へ突き出し、そこにありったけの魔力を込める。
お前ごときに俺の野望を止められると思うなよ!
「跪け!!」
【魔王術:屈服】、自分より弱い者を強制的に、数秒間身動き不能にする魔王スキル四段の大技だ。
上手くいった、先程まで翼をはためかせていた動きがぴたと止まると同時に、身動きが取れなくなった真紅竜は咆哮とともに地面に落下した。
瞬間俺の頭に先程とは比較にならない痛みが走り、間も無くして世界が揺れるような感覚に陥る。
体は言うことを聞かず、無様に地面に倒れ込んだ。
その横をティナが白金に光輝く剣を中断に構えながら駆け抜ける。
確かティナの剣は鉄製、色は銀色のものだったはずだが、
その白金の光を見て、俺はふと過去……魔王である俺と死闘を繰り広げてきた彼らの事を思い出した。
俺がその白金に輝く剣を見たのは初めてではなかっい。
何十年も前ではあるが、魔王である俺は何度もこの技を見てきた、そして受けてきた。
威力は身を以て知っている。
これなら安心だ。
行く末を見届けるべく、俺は今にも途切れそうな意識をなんとかつなぎとめる。
「聖剣斬!!」
【勇者術:聖剣斬】、神の加護を剣に纏わせ、爆発的に武器の切れ味と威力を上昇させる技……勇者スキルを持つもののみに与えられる力だ。
真紅竜まで十分接近したティナは、その首目掛け剣おろす。
すると真紅龍の咆哮は急に聞こえなくなり、代わりにゴトッという音が一回聞こえた。
真紅竜の首を、豆腐を切るかのように簡単に一太刀で切り落としたティナが心配げな顔でこちらを振り向き駆け寄ってくるのが見えた。
その剣をこのまま俺の首目掛けて振るわないかだけが心配だったが、どうやらその前に俺の意識が飛んでしまいそうだ。
「流石……勇者だ、たすかった」
なんとか言葉を振り絞り彼女にお礼を言うと同時に、俺の意識は途切れた。
戦闘シーンはしばらく書きたくありません。
早く領地経営始めたいのが本音です。