【第3話】魔王、助けてもらう
えらい目にあった。先ほどまで頭に響いていた鈍痛に関しては然程感じなくなっていたが、未だに体の奥底では形容しがたい不快感が体を燻っている。
今までスキルを使った後このような状態に陥るといった経験はしたことが無かった。
そして魔王城にいたはずの俺が気がつくと見知らぬ森で倒れていた事実。
こうなると俺は本当に千年後の世界に来てしまったのではないかと思いたくなってしまう。
「まあ、ここが千年後の世界かどうかはこれから確認すれば分かることか」
一言つぶやき、俺は木製で出来た質素なコップに注がれた粘り気のある薄緑色の液体を一気に飲み干した。
口の中にはのどの奥を刺すような苦味が広がる。
恐らく薬草の類をすり潰し煎じたものであろう、そして飲みやすさへの配慮であろうか、僅かながら甘みを感じることから砂糖も加えられているような気がした。
空になったコップを側にあった適当な岩に置いたところで、後ろの方から草を踏み歩く音が聞こえてくる。
どうやらコップの主が戻ってきたようだ。
座っている俺は体を捻るようにし音の方へ目線を向けた。
「体調はだいぶ良くなったみたいですね」
「はい、もらった薬がだいぶ効いたみたいです、本当に助かりました」
「苦しかったですよね、持ち合わせがあれしか無くてすみません。でも王都一の腕利き調剤師が作った薬なので効果は間違いありませんよ」
目線の先で俺に話しかけてきた声の主は、先ほど俺がスキル使用の副作用で倒れいるところをたまたま通りがかり、あまりにも辛そうにしていることを察したのか俺に薬草を煎じた薬を施してくれた女性である。
背丈は高くもなく低くもない。
夕日のような肩と背中の中間程度まで伸ばした緋色の髪が特徴で、体には派手な装飾はないが気品のある白と赤を基調とした革製の機能性の高い服を纏い、腰には鉄製の剣が一本携えられている。
「座らせて頂きますね」
美形ながらも幼さの残る笑みを浮かべ、その女性は俺の目の前の岩にそっと腰を下ろした。
それだけの行動であるにも関わらずどこか気品を感じる。
もしかしたらこの女性は、先程言っていた王都とかいうところのお偉いさんかお嬢さんなのかもしれない。
「申し遅れてすみません、私はティナといいます。王都からの依頼でこの森を調査していたところなんです。大変失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
薬をもらった時から薄々感じていたが、どうやら彼女は俺が魔王であることに気付いていないらしい。
そうなると、ここが千年後の世界という事実がより現実味を帯びてくる。
魔王と面と向かってここまで冷静を装える人間なんている訳がないし、そもそも魔王と知っていたら薬など渡さないだろう。
よっぽど辺境の地なら魔王の顔を知らない可能性も僅かながらあるが、彼女は先程王都からの依頼を受けたと言っていた。
王都に住んでいるのかは不明であるが、少なくとも王都に出入りしているのであれば魔王の顔くらい知っているのが世界の当然である。
俺は皮肉にも有名人だからな、悔しいことに俺のなんとも形容し難い抜けた顔をしっかりと抑えた似顔絵が出回っているはずだ。
「こちらこそ助けてもらったのにも関わらず申し遅れてすみません。俺のことは……ソロと呼んでください」
流石に魔王としての名前を答えるのは気が引けたので、俺は適当に今思いついた名前を彼女に伝えた。
ぼっちだからソロ、もう少し考えればマシな名前も思い付いただろうが、名前を聞かれて間を置くのもおかしいので、直感で思いついた名を適当に答えた。
因みに会話という行為が久しぶりすぎるため、先程から現在進行形でものすごい緊張と感動が俺を襲っている。
少しでも油断すると声が震えてしまいそうだが、変なやつと警戒されたくもないので全力で平然を装っている。
永年のぼっちでも本気を出せば何とかなることが分かった。
「ソロ様ですね、大変失礼な質問で申し訳ないのですが、ソロ様は他国の貴族様でいらっしゃいますか?」
何者か?
という質問は必ず来ると思っていたが、どうやら彼女は俺の纏っている服から貴族と判断したようだ。
確かに今俺が着ている服は最高品質の皮とモンスターの素材から作られた超一級品である。
ちょっとの炎じゃ燃える事もないし、多少の攻撃じゃ破れる事もない。
俺を貴族と思っているため、先程から俺に対する言葉使いが丁寧だったのだろう。
勿論貴族と答えたところで後でボロが出ることは分かりきっているのだから、ここは普通に旅人とでも答えることにした。
「いえ、俺はただの旅人ですよ。遠くから旅をして来たのでこの近辺の地理が良く分からず、たまたまこの森に迷いこんでしまったんです」
あたり触りない回答をすると、彼女は口元を緩めわざとらしく戯けたような感じで俺に話しかけてくる。
「ふふっ、ソロ様は面白いジョークを仰いますね。ここまで高価な服を普段から身に着ける旅人なんている訳無いじゃないですか〜」
「ああ、この服はたまたま前にいた町で運良く譲り受けただけですよ」
「……でもその髪の毛、そこまで綺麗な銀髪はよっぽど高価な染料を使わないとそこまで綺麗に染まらないと思いますよ! よっぽど良い家柄のお方に違いありませんわ!」
彼女は俺の頭を指差してそう言った。
なんだか彼女の言葉使いが徐々に乱雑になっているような気がする。
俺が貴族でないと何か困る理由でもあるのか。まあいいか。
「期待を裏切るようで申し訳ありませんが、これ地毛です」
「本当に貴族様じゃない……のですか?」
「貴族だったらこんな森護衛もなしに入りませんよね?」
「……本当に?」
「あなたの勘違いですよ、ただの一般人です」
本当は貴族どころか魔族の王なのだが。
俺がそう否定すると、彼女は落胆したかのように項垂れた。
かと思えば、突如大きく長い睫毛が特徴的な目を吊り上げ、俺の顔に接近し口早に発言する。
「私を騙したのね! さっきあげた薬返しなさいこの泥棒!」
は?
予想外の展開に言葉が詰まり自然と彼女と目が合う。
そこには、先程までの気品に溢れ丁寧な言葉を話す彼女の姿はなかった。
綺麗なブルーの瞳は涙目になり、俺の首元に両手で掴みかかる彼女は女性というより少女に近い印象を受ける。
「何故急に掴みかかってくるのですか! 意味が分かりませんよ!」
「貴族、あわよくばどこかの国の王族だと思ったから高い薬まであげて助けたのに! 無理してこそばくなるような言葉使いまでしたのに! なんで素性の知れない旅人助けるためにここまでしないといけないのよ!」
「ふざけるな! それはそっちが勝手に……」
「うるさいわね、助けたお礼でお金持ちになれると思ったのに! 働かずに引きこもれると思ったのに! とにかく何か寄越しなさい!」
森の中で高価な薬を躊躇いなくくれた彼女、
森は魔物が多く危ないからと俺の体調が戻るまで周囲を警戒してくれた彼女、
気品ある言葉使いや仕草で会話する彼女、
彼女は聖女の生まれ変わりだろうか?
そう思えるほど彼女には慈悲が溢れていた。
だがそれは全て撤回させてもらうことにする。
彼女……ティナは金目当てのただのビッチだった。
それからしばらくティナとの言い合いは続いたが、結局王都に戻った後俺が彼女に出来る限りのお礼をするという約束で彼女は簡単に納得した。
勿論ここに来たばかりの俺がお礼、いわゆる金など持っているわけもないのだが、それはおいおい考えることにする。
ただ一つ言えることとすれば、そんな俺の言葉に簡単に騙されてしまうティナはどうやらアホの子らしい。
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