【第1話】プロローグ
今後長い付き合いをどうぞよろしくお願いいたします。
「遂に気でも狂ったか」
外は快晴、壁にかけている埃のかぶった古時計は昼の12時を指していた。
今日は何を食べようか? そんなことを考えながら有り余った時間を少しでも浪費する為に、最近城の中庭で始めた家庭菜園へと足を運ぶ最中、俺は反射的に呟いた。
まあ気が狂っても仕方がないか、そう思ってしまうほどここ数年の俺は精神的に参っていた。
ふと最後に他人と会話したのはいつのことだったかと、恐らく狂っていて正常に働いていない頭の中で思い返す。
すると、かつての側近であった彼が去っていった日の情景が鮮明にフラッシュバックされた。
「勇者も来ない、我々魔王軍の領地も拡大しようとしない、これ以上あなたの元にいても無意味です」
だったけな? 今考えてみると全く持ってその通りだな。
『魔王はこの世の何者よりも強く、そして何者よりも畏怖される存在でなければならん』
何十年も前に亡くなってしまった前魔王である父が度々口に出していた言葉、そして父も父の父、つまり俺の祖父である前前魔王から聞き飽きる程にこの言葉を聞いて育ってきたそうだ。
俺の家系は何十世代も前から魔族と魔物達を束ね、この魔族領の発展に生涯を尽くす唯一無二の役目、所謂魔王を歴任してきた。
そしてどの世代の魔王も圧倒的な力と恐怖を振りかざし魔族の発展に貢献してきたのだ。
では俺は歴代魔王達と遜色なく、魔王という役目を担えていたであろうか? 自己採点を付けるのであれば100点満点中10点程度であろうと個人的には思う。
魔族の発展、具体的に言うと魔族領の拡大に全くと言っていいほど注力してこなかったことが採点が低い一番の理由である。
俺が魔王という役目を父から承継した時、既に魔王領は世界の3分の1程度を占めていた。
だから、それ以上人間達の領土を奪う必要がないと俺は考え、人間領を侵略することを辞めたのだ。
まあ俺が戦争怖い、みんな仲良くのフレンドリー精神旺盛なあまちゃんであることが一番の要因であるのだが。
だかそれが他の魔族達にとっては気に食わなかったらしい、血気盛んでプライドの高い俺の元配下達は徐々に俺の元から離れていき、結果的には魔王城で魔王がぼっちになるという歴代の魔王達に顔向けできなくなる程の恥を晒すことになってしまったわけだ。
ではどこで10点を獲得できたのか、これは極めて単純な理由である。
俺は歴代魔王達の誰よりも圧倒的に強かった。ただそれだけだ。
人間達の国が連合を組み何千人もの軍隊でこの魔王城に攻め込んできた時も、各国の勇者が徒党を組み何十本もの聖剣を携え魔王城の乗り込んできた時も、俺はたった一人で彼らを返り討ちにしてきた。
そしてその強さ故、俺にも予想外のことが起きてしまった。
人間達は俺を討つことを諦めてしまったのだ。
結果的に配下を失っただけでなく、
「お前を倒しこの世界を救ってみせる!」
「ハッピーエンドのために死んでもらうぞ!」
「お前を倒せば姫と結婚できるんだ!」
など世界の平和や私利私欲を謳う勇者達も魔王城に攻め込んでくることが無くなってしまった。
以前余りにもぼっちが辛かったある日、いっそのこと魔王の役目を放棄して人間の町で暮らせば脱ぼっち出来るんじゃないか? との考えに至り人間の町に駆り出してみたことがある。
結果は散々であった。
基本的に魔族は人間と姿形は類似しているため、もしかしたらと思ったが、町に足を踏み入れたものの数分で鎧を着けた屈強な男達が恐怖で震えながら俺を取囲む結果となった。
後から知ったことだが、どうやら俺の似顔絵が全世界中の大都市から辺境の村までに配布されているらしく、有難いことに俺の顔が分からない人間は物心つかない赤子程度のものらしい。
まあなんとも有名になってしまったものだ。
要するに、俺は最早この世界で生きていく限り、床に伏すまで永遠にぼっちという称号を背負い続けないといけないらしい。
そんな究極なぼっちになり、何年間も誰とも会わず、会話もせずの俺は本当に狂ってしまってもおかしくなかった。
『あなたのことを誰も知らない千年後の世界で、領主として人生をやり直しませんか?』
ほら、誰もいない筈なのに幻聴のような声が聞こえる。これは最早末期か?
いや、もしかしたら疲れているだけかもしれない、昨日一日、余りにもやることが無さすぎて、二十四時間休まず腹筋すれば一体何回出来るのだろうか? という今考えるととてつもなく無駄な実証実験を行ったせいかもしれない。
『あなたのことを誰も知らない千年後の世界で、領主として人生をやり直しませんか?』
昼飯を食べず昼寝をしようとベッドに向かおうと足を翻したところで、再度頭の中に先ほどと同じ言葉がより鮮明に流れた。
俺のことを誰も知らない世界で領主か……民から慕われる領主で、夜は皆で酒場で呑んで酔いつぶれて寝て、次の日の朝に可愛い側近の女の子が怒って頬を膨らませながら起こしにくる、そんな生活が送れたら夢みたいだな......。
「そんな世界があるなら是非とも連れっていって頂きたいものだ」
自分でも無意識の内にそんな言葉が漏れた。
『あなたは二度とこの時代には戻れません。そして魔王としての力も大半は失うでしょう。それでもよろしいですか? 』
幻聴と会話する自分に自然と苦笑いする。これは本格的に末期だな、まあここまで来たら狂った自分に付き合ってやろう……!
「念願の脱ぼっちが叶うなら魔王の力なんぞ簡単に捨ててくれるわ! そんな最高の世界があるならさっさと俺を連れて行け!」
俺は限界だったのだろう、溜め込んできた気持ちを言葉として放つと同時に、意識が急激に遠のいていく。
『......途中までの手ほどきはいたしましょう。あなたの手腕に期待していますよ』
遠くの方で何か聞こえたが、俺がそれを認識し、脳で変換するより前に、意識は途切れてしまった。