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ハイクロ  作者:
6/12

四 モラトリアム

四 モラトリアム



「おい、誰か……」

 長い黒髪の、美人ではあるが陰険な目をした女子高生は言った。

「ここは何だ……。説明しろ」

 繁華街のビル屋上、微風が吹いていた。

 振り返った瑠奈と伴乃は、そろって目を丸くした。

 世界は灰色で、三人にだけ色がついていた。

「お」

 伴乃が言った。

「お……」

 瑠奈が言った。


「「尾画芽宜未おがめぎみ、本物だああああああーーー!!」」


 二人は声をそろえて言った。

「だからなんだ……」

 女子高生は言った。

 彼女は尾画芽宜未。

 超有名人の小説家だった。


 ――話は数日前にさかのぼる。


 深夜の家電店にて、伴乃はテレビに釘付けになっていた。

「モラトリアム、めっちゃおもしろそう」

 と彼女は言った。

「モラトリアム?」

 瑠奈は店の見本用スマホをいじっていたが、顔を上げてテレビに目を向けた。

『作家・尾画芽宜未さんの小説【モラトリアム】、発売から一週間で売り切れ続出です。入荷情報があったこちらの書店では、早朝から長蛇の列が』

 画面には女性リポーターと店前の行列が映されていた。

 スタジオに切り替わって、コメンテーターの一人が、

『すごいね、これもう社会現象でしょ。本が買えないなら電子書籍の売れ行きがやばいんじゃない』

『そうです、本当に。電子書籍の方は早くも国内販売数を、一昨年の岩清水吾郎【小人の恋】、ベストセラーになりましたよね、あれを抜いて歴代一位です』

 興奮気味に言う司会者。

『状況が特殊なのもあるけど、実際売れ方異常だよね』

 とコメンテーター。

『はい。それではどのような小説なのかといいますと……』

 作品の紹介が始まった。

【モラトリアム】――主人公は親から虐待を受ける十五歳の少女、ミヤビ。両親はいわゆる『クズ』だが頭はよく回り、児相や警察の介入をうまく避けながら虐待を続けてきた。

 ある日、ミヤビは、金の回らなくなった両親が自分を事故的に殺そうとしていることを知り……皮肉にも両親譲りのロジカルな判断力が働いて、先手を打ち、就寝中の二人を殺害。

 そこから彼女は罪の意識に苛まれることも後悔することもなく、警察に捕まるまでの時間をモラトリアム(猶予期間)ととらえ、両親と同じ社会のクズたちを片っぱしから殺すという凶行に出る。

 警察に追われながら、二重にも三重にも罪を重ねるミヤビ。しかしその逃走中、クラスメイトの男子と鉢合わせてしまう。

 彼女の運命、そしてこの悲しすぎる罪の行方は――。

 という内容。

 作者の尾画芽宜未はその特殊な作風からカルト的な人気を誇る作家で、『悪魔小説』という新ジャンルを確立したことでも知られている。

【モラトリアム】は彼女の七作目の長編で、今回はいわゆる悪魔小説ではなく一般向けの色合いが強い作品だが、悪魔小説家ならではのエキセントリックな内容が大衆に受け、ヒットにつながったとされる。

「へえー」

 と瑠奈。

「すごいおもしろそう。警察に捕まるまで悪いやつを殺しまくる主人公!」

 伴乃は子供のようにはしゃいでいた。

(伴乃さんが「殺しまくる」とか言うとシャレにならないな……)

 などと思いながらも「たしかに惹きつけられますね。あらすじだけで伴乃さんが認めるくらいですし」とうんうん頷いた。

「でも図書館のは貸出中だよねぇ。本屋さんでも買えないんだから」

 伴乃は残念そうに言った。

「さっきテレビで言ってた、電子書籍という手がありますよ」

 瑠奈はそう言ったが、

「賽銭箱のお金を電子書籍にか……。まぁそんなこと気にするのも今更なんだけど……」

 伴乃は乗り気ではない。

 だがそこで瑠奈はにやりとして、

「そう言うと思ってました。しかしこれならどうでしょう!」

 手にしていたスマホを掲げた。

 画面には、『一〇〇〇ポイント保有。【モラトリアム】の電子版を購入可能』の表示が。

「お世話になってる伴乃さんに何かプレゼントできたらと思って、色んなサイトで少しずつためていたんです」

「え、瑠奈ちゃん……」

 伴乃はびっくりしてから、だんだん涙目になって、

「うれしい……。その気持ちがうれしい」

「そ、そんなに喜んでもらえると照れますね……」

「うう……わあああ〜! 君はなんていい子なんだ、結婚してくれ、瑠奈ちゃん!」

「えっ、ええー!」

 などと一通りそんなやりとりをした後で、二人は書籍を購入。

 三日後、二人とも読了。

【モラトリアム】、内容の全貌はこうであった。

 逃走中、クラスメイトの男子と遭遇し観念するミヤビだったが、彼は協力の意思を示し、さらに彼女の行動に感化された他のクラスメイトも巻き込んで、ミヤビの犯行は過激化、大量の粛清を遂げる。……が、社会への影響があまりに大きすぎたため、秩序を守ろうとする大人達の手によって彼女は事故を装って殺されてしまう。

 しかしそれが引き金となり、第二第三の彼女が現れて殺人を進め、その活動は広がり、この国、そして世界が浄化される――。

 という若干謎な結末だが、これは作者得意の悪魔小説の世界観と重なる部分だとネットでは言われていた。

 伴乃は一貫して高評価だった。

「小説の目的って、現実とは違うものを見せることだと思うんだよね。そういう意味では本当に、この作品は文字の向こうに別世界があった」

 それを彼女は白魔をチェーンで滅多打ちにしながら言ったので、瑠奈の脳内ではゲシュタルト崩壊じみたことが起きた。

「うーん……。確かに伴乃さんが言ったような凄さはある」

 瑠奈は夜に一人、小説を読み返しながらつぶやいた。

「ファンタジー世界じゃないからリアルに共感する。だから最後に出てきた浄化――世界が真っ白になって消滅する非現実的な現象も、リアルに存在するもののように錯覚する。そういうトリックが格段にうまい。何回も読み返さないとトリック自体に気づけないほどにうまい。読めば惹き込まれて、脳を騙される。現実世界が現実じゃないように感じさせられる。だからこれって、例えるなら――」

「――『ドラッグ』か。瑠奈ちゃん、例えが的確だね。私もそういうイメージがあったよ」

 後日話した内容に、伴乃は同意した。

 二人はまた深夜の家電店でくつろいでいた。

「……まぁ大げさですけどね。それぐらいヤバイと私は思ったんです。麻薬めいた美味しさのお菓子とか、たまにあるじゃないですか。激辛スナックとか」

「あーーー、わかる」

「自分の中のなにかを麻痺させられる感じ。モラトリアムもすごく似てるなぁって。ただ面白いだけじゃなくて、自分を変えられちゃう危なさです。でもゲームや漫画はよく危険視されますけど、小説でそこまで影響は与えられないでしょうし……」

「ううん」

 伴乃は首を横に振った。

「小説も、そういうことあるよ。ていうか小説のほうがあるかもね。心を深く描写できるから」

「え、そうなんですか……」

「うん。だから瑠奈ちゃんが思ったことは正しいよ。小説に影響されて、自分を、行動を変えられちゃう人は」

 そのとき、目の前のテレビに速報が入った。

『都内の十七歳少年が、両親の殺害と近隣住民の傷害容疑で逮捕』

「……いた」

 瑠奈は言った。


 モラトリアム犯罪。

 全国で多発した、未成年が親を殺害後さらに殺人や傷害を起こす事件をマスコミはこう呼んだ。

 大抵の場合、親の殺害後に狙われるのは気に入らない教師など個人的怨恨のある相手だった。さらに、親の殺害がうまくいってもその後が不成功だったり、そもそも親殺しが未遂に終わったりなど、再現犯罪としてのクオリティはいずれも低かった。とくに女子は一般人の大人を狙う際に逆に取り押さえられて逮捕となるケースが多く、フィクションと現実との違いを歴然とさせた。

 そのためか、当初この一連の事件群に責任論は持ち出されず、憂うべき社会問題のひとつとして扱われた。事件被害者である親たちには、程度の差はあれ虐待をした事実があり、この犯罪が虐待行為への抑止力になると言い出す専門家さえいて、当然ながら批判は受けたが、否定は誰にもできなかった。

 だが、不倫スキャンダルを起こした芸能人が当該容疑者に切りつけられ死亡するという事件が起きてから、動向は一変。以前は擁護する声の多かった作者、尾画芽宜未と出版社への非難が噴出した。

 出版社はすぐに謝罪をし、書籍の回収を始めた。

 尾画芽宜未は逆のことをした。

『なぜ私が謝らなければいけないんだ』

 彼女はニュース番組に生出演して、批判に真っ向から反論した。

『あの作品はフィクションとして書き、フィクションとして売られ、フィクションとして読まれた。最初に書いてあるだろう。この作品はフィクションであり云々……。人の心を動かすものを書いて売るのが私の仕事だ。小説家とはそういうもので、小説とはそういうものだ。読めば影響されて当然だ。当然である以上、そこが責められるのは間違っている』

 視聴者は、彼女の語る内容よりもまず彼女そのものに驚いた。

 これまで一切が謎に包まれていた作家、尾画芽宜未の正体が、女子高生だったからだ。

『でもね、尾画さん。被害者や、その家族の気持ちはどうなります? あなたは若すぎてわからないんでしょうけど、大切な人を傷つけられた人の気持ちというのはねえ』

 そう言う女性コメンテーターに芽宜未は、

『じゃあ、あなたも私が謝罪をすべきだと?』

『すべきとは思わないけれど、申し訳ないという気持ちは持つべき……』


『なぜ?』


 芽宜未は席を離れてコメンテーターに詰め寄った。

『たしかに私の行動は誰かに影響を与え、間接的に誰かを害した。だがなぜ、直接指示をしたわけでもない他者の行動にまで責任を持たなければならない? あなたの言う理論なら、自動車メーカーは常に頭を下げていなければならない。インターネットを作った者達は罪の意識に苛まれつづけるだろう。そしてこの世界をつくった神は、我々に対して重大な責任があることになる』

『ちょっと、何を言ってるのかさっぱり……』

『わからないのなら議論に首を突っ込まなくていい』

 そこで女性コメンテーターが憤慨した。

 芽宜未は席に戻って、出されていた水を一口飲んでから言った。

『言いたかったことは以上だ。帰っていいか』

「う……」

「うわぁ……」

 テレビを観ていた瑠奈と伴乃は唖然とした。

 その後、騒動は完全に炎上、いや大火災となった。

 出版社は再度の謝罪をしたが、それだけでは収まりがつかず、尾画芽宜未との契約打ち切りを発表した。

 ネット上には、


『ただの子供。一気に嫌いになった』

『言った内容云々じゃなくて作者が出てくると萎える』

『あのコメンテーター嫌いだけど、尾画もどうかなぁ』


 辛辣な意見が飛び交い、


『どんなに女子高生でどんなに可愛くてもあの性格はだめ』

『コメンテーターむかつくし、尾画さんに切られたときスカッとしたけど、結局あの人の言ったことが真実なんだよ。現状がすべてを物語ってる』

『めぎみ泣くまで殴りたい』

『小説全部裁断しました』


 芽宜未を擁護する者などおらず、


『ぼっちらしいよ』

『俺、尾画さんと同じ学校。マジで常にあの喋り方。さっきすれ違った。いい匂いした』

『つか登校してんのかい。メンタル激強いな』

『制服でテレビ出たから学校特定されてるよね。馬鹿だよね』

『飽きた。もうあとは暴露本出して売れなくて消えてくパターンでしょ』

『悪魔小説の三冊目ぐらいからオワコンだった』


 次第に話題は減りはじめて、

 騒動も終焉かと思われた。

 そんなときだった。


 夕暮れの繁華街、瑠奈と伴乃はいつものようにビル屋上でのんびりしていた。

「そういえば伴乃さん」

「ん?」

「モラトリアム、あんなことになるとは思わなくて……。すみません。なんかプレゼントにケチついちゃって……」

「ええっ」

 神妙になる瑠奈を、伴乃はあわててフォローした。

「そんなことないよ! めっちゃ読みたかったし、めっちゃ面白かったし! 世の中がなんといおうと、あれは最高のプレゼントだった!」

「あ、ありがとうございます……そう言ってもらえると、なんか救われます……」

「なんで瑠奈ちゃんが謝ったり責任感じたりするんだよ〜。作者があんなにふんぞり返ってたのにさ〜」

「そうですよね……」

 瑠奈は苦笑した。

「あ、でも、今わかったよ」

 伴乃は言った。

「結局ぜんぶぶち壊しにしちゃったけどさ、尾画芽宜未がああして必死に守ろうとしたのって、自分や、自分の作品だけじゃなかったんだよね」

「あ……。そうか。ファンとか」

「うん。瑠奈ちゃんがくれたような、プレゼントとか」

「会話、つながり、時間……あの小説が作った、すべてのもの」

「彼女はきっと、あのとき守ろうとした」

 と、そこまで言ってから伴乃は、

「……あー、でもどうなんだろう。その全部に泥を塗ったのもやっぱり本人だし、最初から最後まで自己中だっただけかも」

「あ、あり得ます……」

 瑠奈も苦い顔をした。

「今、なにしてるんだろうね」

 景色の先を眺めて伴乃は言った。

「たしか、隣町の高校でしたよね。ネットにも情報出なくなりましたけど、まぁ今はネットで小説はいくらでも書けますし、なんだかんだで面白ければ、またみんな読むんじゃないですか」

「あー、うん。何があっても書き続けそうだ」

 ぽっ、とそのとき、街頭ビジョンに文字が表れる。


【速報 作家の尾画芽宜未さん、遺体で発見】


「あ、遺体で発見だって」

 と伴乃。

「へー、遺体で発見ですかー」

 と瑠奈。


「「――って、ええええええええええええええ!!!」」


 と二人が叫んで、その数秒後の今に至る――。


「何がどうなってる……。なぜお前らと私には色がついてる。早く説明しろ」

 芽宜未は瑠奈につめよった。

「と言われても、こっちも混乱してて……」

 瑠奈は芽宜未の顔を間近で見ながら、そういえば有名人と会うなんてはじめてだ、と場違いなことを思った。

 伴乃は芽宜未のまわりをちょろちょろと動き回って、彼女をいろいろな角度から観察していた。そして仕上げとばかりに近づいて鼻をすんといわせ、

「あ、ネットに書かれてたとおり、いいにおいだ」


「うぜええええーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 芽宜未はロングの黒髪を振り回した。

 それは伴乃の顔にビシバシと当たり、彼女は大げさに吹き飛んだ。

「伴乃さん!!」

 瑠奈が駆け寄った。

「ワ……ワシはもうだめじゃ……。だが最期に授けよう……暗黒神拳の極意を……」

 と、しゃがれた声で言いながら、授ける素振りもなく、ガクリと事切れる意味不明な伴乃。

「伴乃さ……師匠ーーーーーー!! ぷぷ……うっ、ゲフンゲフン! ゲフンゲフンゲフンゲフン!!」

 割とすぐ泣ける瑠奈は激しく慟哭したが、最後あたりで急に可笑しくなったせいで鼻水が気管に入って、激しくむせ返ることになった。

「お、お前ら……なんか、大丈夫か……」

 と芽宜未。

 そうするうちに、街頭ビジョンに緊急ニュースが映し出された。

 それは先ほどの速報の詳細であり、情報はまだ断片的ではあるが、尾画芽宜未の遺体は二字区三波川の下流で発見され、刺し傷が多数あることが伝えられた。

「げふっ、げふ……。す、すみません、仲間が増えて、なんか、嬉しくなっちゃって……」

 瑠奈は涙をぬぐいながら笑って言った。

「ねー、めっちゃテンション上がっちゃった。二人でずっとやってた暗黒神拳ごっこがアドリブで出ちゃうくらいに上がっちゃった」

 伴乃は起き上がったが、まだしゃがれ声で笑いを誘おうとしていた。

「私……死んだのか」

 芽宜未は言った。

「あ……」

 画面を見つめる彼女を見て、瑠奈は何も言えなくなった。

 伴乃は、敏感に空気を察したような表情で、

「うん。死んだ。こうして生きてるみたいだけど、他の人達にはもう見えなくなってるよ」

「幽霊……?」

 振り返らずに芽宜未はきいた。

「まぁ、そんな感じかな。違う気もするけど」

 伴乃は自分で言って首をかしげた。

「……楽しかったのに……。私ほど人生を謳歌している人間は絶対に他にいなかったのに……。ふ、ふざけるなよ……」

 わなわなと震える芽宜未。

「ちくしょう! もう小説が書けないなんて!」

 と叫ぶと、あたりがしんと静まった。

「……ん? べつに書けなくなくない?」

 伴乃が言った。

「あ……そうですよね。紙とペンがないわけではないですし。パソコンも触れますよ」

「バカかっ!! 尾画芽宜未として出版はもうできないじゃないか! すごい、天才、ってちやほやされて、一回り以上も年上の大人がヘコヘコしてきて、通帳の数字がガンガン増えていくことはもうないじゃないか! そんなのゴミだ! クズだ! 無価値だ! うっ、ううううう……」

 ひとしきり喚き散らしたあとで、芽宜未は泣きだしてしまった。

「あー……やっぱりなんか……」

 と瑠奈。続けて伴乃が言った。

「アレだ。性格わるい……」





 翌日、芽宜未を刺殺した犯人が捕まった。

 ニュースが伝えたところによると、犯人は例のモラトリアム犯罪の犠牲者である不倫タレントのファンを名乗る二十代の女で、動機は復讐だという。

「だから私のせいじゃないって言ってるだろ!!」

 芽宜未は家電店のテレビに回し蹴りをくらわした。

「うわああ、店のテレビ」

 倒れかかるそれを伴乃が即座に支えた。

「芽宜未さん、落ち着いてください」

 瑠奈がなだめようとするが、

「ちょっと、殺してくる……」

 芽宜未はふらりと歩きだした。

「いやいやいや、犯人は今隣町ですよ。私達、二字区から出られないんですって」

 と瑠奈。

「なんで二字区なんかにいるんだよ私は」

 と芽宜未。

「たぶん、刺されて川に落ちて流されてきちゃったんだよね〜。三波川って隣町とつながってるから」

 テレビの映りに問題がないことを確認しながら伴乃が言う。

「……クソッ」

 芽宜未はマッサージチェアにどしんと倒れ込んだ。

 そして目を閉じて、眉間に力を入れて、怒りにひたすら耐えるような顔をした。

 瑠奈がおそるおそる近づいて言った。

「……ここ、そんなに悪いところじゃないですよ。住めば都、慣れれば楽園です。今はなにか、いろいろと収まらないでしょうけど、芽宜未さんが辛かったことを忘れられるように、私達協力しますから」

 うんうん、と伴乃がうなずいた。

「そうか……」

 と芽宜未。

「おまえら、優しいな……」

「あはは。だってもう友達みたいなものじゃないですか」

 瑠奈が照れながら言う。

「だよねー、友達。じゃあ、プリクラ撮りにいく?」

 変顔マスターの伴乃が変顔で言った。

「そうだな……。友達だ。プリクラだ。いつまでも落ち込んではいられない。よし」

 芽宜未は立ち上がった。そうして三人は、早朝の街にくりだした。


「なに、お金? おまえらそんなことをいちいち気にしてたのか?」

 コンビニ店内にて芽宜未はそう言い、店員の目の前で梅おにぎりを開封してバクリと噛み付いた。

「ほらほら、おまえらも」

 そう言われて瑠奈と伴乃は戸惑いながらも同じようにバクリとやったり、飲料をストローでちゅうちゅうしたりして、

「うわああ……すごい悪いことしちゃってる私……」

 と伴乃。

「だ、大丈夫なんですか……」

 と瑠奈。

 二人とも不安になる一方で未知の快感にゾクゾクしていたが、

「ほら。そんなに大袈裟なことじゃないって」

 芽宜未がカウンター裏からレジを操作して、おにぎり等のバーコードをスキャンし、さらにポケットから出したカードを読み取らせた。

「これで普通に買ったことになるだろ。ちなみにこのクレカと口座は完全に他人の名義で作ったちょっと闇なやつだから、私が死んだ今も誰にも把握されていない。口座には、収入からある程度へそくった金が入ってて、まぁある程度といっても『モラトリアム』のヒット後も含めてだから、八桁いってるけどな。つまりこんな買い物ぐらいなら使い放題。おまえら、欲しい服とかあるか〜?」

「す、すごい……」

 と瑠奈。

「ほしい服、ある……」

 と伴乃。

「仮にこの口座の金がなかったとしても、そのへんの気に入らないやつの財布の金をこっそり盗んでやればいいんだよ。法律? そんなの今の私達には関係ないだろ、犬や猫と一緒だ。いいか、この世にはな、少し不幸な目にあわないと割に合わないようなクソな連中が山ほどいるんだ。そいつらから金をとらずに、一体誰からとるっていうんだ」

 そんな芽宜未の理論に瑠奈は圧倒されて、

「わ、わあ……。やっぱり、考え方が違うなあ。私達と同い年なのに。芽宜未さんは立派に働いて、お金を稼いでるから……」

「それは逆だ」

 ずばりと言う芽宜未。

「働いて金を稼ぐから私はこうなんじゃない。学生である私達が限られた手段の中で、つまり自らの才能のみで金を稼ぐためには、ある種の大胆さが必須なんだ。ビクビクしていたら自己表現なんてできない。瑠奈といったな、今おまえにキャラクターと呼べるものはあるか? 他の人間とあきらかに違うカラーはあるか? 伴乃といったな、おまえは――」

 伴乃は、まさか自分に話が及んでいるとは思わなかったらしい。大あくびの最中だった。

「ふあっ? え、ごめん、なんのこと?」

「おまえは……個性あるな……」

 芽宜未はじろじろと彼女を見た。

「ともかく、細かいことを気にして小さな発想しかできないやつは損をする。それは生きてたって死んでたって同じだろう。まぁ他人のやり方にまで口出しする気はないが、私は好きにやるぞ」

 芽宜未はその後、コンビニで早朝廃棄される弁当をくすねたり、ハンバーガー店で不健康に太った客のポテトを何本もつまんだりなどした。

「微妙にいいことしてますよね」

「うんうん」

 と言いながら、瑠奈と伴乃もそれに付き合った。

 パシャリ。三人は、開店直後のゲームセンターでプリクラを撮影。

「久しぶりに撮ったが、この目がでかくなるのはどうにかならないもんかな。私は元が美人だから、こんな整形めいたことはしたくないんだよな」

 と芽宜未は言う。

「あ、わかるよ、わかる」

 と言って伴乃が変顔をしたところ、鼻が目と認識されてすごいことになった。

「細目にしてみたらちょうどよくなるんじゃないですか」

 そんな瑠奈の目は、画面上で強制的に見開かれた。

「白目ならどうなる…………。おっ」

 芽宜未の顔が最も現実に近く撮影できた。だが白目は白目だった。

「三人だと」

 と伴乃。

「賑やかで」

 と芽宜未。

「いいですねっ」

 と瑠奈。

 三人は昼間の繁華街を駆けた。

 芽宜未が言った。

「私も基本ひとりだったからな。なぜかわからないがクラスメイトは誰も私に近づいてこなかった。こんなにフレンドリーなのにな。周りと格が違いすぎるのも考えものだ」

 性格がわるいからでは……と瑠奈は思った。伴乃などはモロにそれを顔に出した。

「伴乃はよく変な顔をするなあ。ははは」

 と芽宜未は笑った。

 それを見て、瑠奈もくすりと笑った。

「もともと変な顔だよ〜」

 と伴乃がさらに変顔で言った。

 その顔が、ぴたりと真顔になった。

「あ……空気が」

 瑠奈が言った。

「変わったね」

 伴乃は上方を見上げた。

「……?」

 芽宜未は首をかしげて、二人の視線を追った。

 駅ビル屋上縁に、白い骸骨が立っていた。

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