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ハイクロ  作者:
5/12

三 リトルガール(三)



「ボクシングのアマチュアの大会なんですけどね、昨日、図書館で雑誌を読んでたら、深夜にネットで中継されるって書かれてて、普段はまぁ、アマチュアまではチェックしないんですけど、その記事を見たらちょっと気になっちゃって。というのもその選手が……」

 朝の大通りを一人で歩きながら、空に向かってひたすら喋りつづける。

「……燃え! 燃え要素と私は呼んでいるんですけど、意気込みが熱い選手が大好きなんです。どーーーしても中継、観たくなっちゃって、家電店まで行っちゃいました。本当に私、たまにこういう自制のきかないところがあって……すみません、伴乃さん……」

 瑠奈は言い終わって閉じた瞼の中に、「いいよ〜」と言う伴乃のイメージをみて、

「よし!」

 とシミュレーションを終了した。

 昨日は実際にアマチュアボクシングの中継を観て夜を明かした。丹念に作り込んだ嘘は真実にすりかわるのだ。あのブログのことは忘れた。瑠奈は忘れたことさえ忘れた。思い出しそうになるたびに頭を殴るという乱暴なやり方で忘れた。

 忘れていいことだ。自分と伴乃のあいだには必要のないことだ……。

 と、その考えすらも消すために、瑠奈はまた頭をボカリとやった。

「アマチュア王者戦、よかったなぁ。私もまたやりたくなっちゃった」

 完全に気分がよくなった状態で、図書館に入る。

 机にて朝の読書中の伴乃の姿が目に入る。

 瑠奈は言う。

「すみません、昨日は――」

 そこで固まる。

 何も変わらない、昨日のままの伴乃の顔を見て、瑠奈は表情を強張らせる。

 夜通し練習したセリフが出てこない。代わりに頭をめぐるのは、あのブログの殺伐とした記述だ。――冷たい目をした少女の画像だ。

 それを瑠奈は殴って頭から飛ばした。

「ボクシングのアマチュアの大会なんですけどね、昨日、図書館で雑誌を読んでたら、深夜にネットで中継されるって書かれてて、普段はまぁ、アマチュアまではチェックしないんですけど、その記事を見たらちょっと気になっちゃって。というのもその選手が」

 伴乃と目があった。

 瑠奈の体は、意思に反してびくりと跳ねた。

 頭に充満したイメージを、拳で吹き飛ばす――直前、一瞬で近づいた伴乃が、瑠奈の手首をつかんで止めた。

「わかってる」

 伴乃は言った。

「どうやってかはわからないけど、知っちゃったんだよね、私のこと。表情で、わかるよ」

 微笑んで、掴んだ手をそっとおろして、

「うん。もう殴らなくていい」

 一歩、距離をとる。

 瑠奈は思った。

 なにか言わなくては。なんでもいい。黙っているよりはずっといい。

 だが声が出ない。そうするうち、伴乃は二歩、三歩とさがっていく。そして、

「じゃあね」

 きびすを返して、彼女は歩き去った。

 決して速くなどないその歩調に、瑠奈は追いつけなかった。追いかけてすらいなかったのだ。足が、それ以前に心が、今いる場から動けずにいた。

「あれ……伴乃さん……」

 呆けたような声が、誰もいなくなった館内に響いた。



 夜の学校、区役所、ショッピングモール……伴乃はどこにもいなかった。

 また教えられていない寝床があるのだろうか。いや、まともな寝床にこだわることはないし、そもそも寝る必要すらない体だ。一日じゅう歩き回っていてもいい。

 そうして二日が経った。何にも縛られず無限の時間を得られる世界。二人のときも無計画にだらだらと過ごすことが多かった。一人になればもう何をしていいかわからない。瑠奈は深夜の図書館で、中高生向けの友人関係の本を読んでいた。

 友達……、友達……。

 友達とはなんだろう。

 最悪の殺人兵器だった友達をこわがってしまえば、もう友情は終わりなのだろうか。

 また朝がきて、この世界のように色のない時間が過ぎ、日が暮れ始める。

「空気が……」

 待っていなかったかと問われれば嘘になる。

「変わった」

 駅ビル屋上で瑠奈はそれを感じた。

 同時に黒く染まっていく服。強い風が吹いている。

 周囲の建物を見回した。敵はすぐに見つけられた。二つ隣のビル屋上に、白っぽい人影が見えた。建物の上にしか現れないルールなのか。今のところ例外には出会っていない。

 瑠奈は息を整えると、はじめは軽く走りだし、次第に強く地面を蹴って、

「一、二……」

 跳べるという確信が、追い風のように発生した。

「――さん!」

 屋上縁から瑠奈の体は空に舞い上がった。軌道は完璧。しかし一瞬下を見た途端に姿勢が乱れた。

「高っ……高い高い高いたかいたかい!」

 パニック状態で、奇跡に近いことが起きた。瑠奈はぐるりと回って両手足で隣のビルに着地した。恐ろしかったが弱音を吐いている暇はない。また走り込んでの跳躍。今度は意地でも下を向かないようにした。陽の沈みゆく地平線を見ながら、次のビルの、ちょうど建物内入口の上に着地。

「うまくいった……」

 そこが当該のビルだった。

 瑠奈の視線の先に、白魔……いや、

 白い包帯に巻かれたなにかがいた。

 瑠奈はあ然とした。

 そのとき、ジャランとチェーンの音を立てて、向かいのビル側から伴乃が着地した。

「あ……」

 二人の目があった。

 気まずい感じで伴乃がまず視線をそらしたが、

「……ってナニコレ!」

 白包帯を見て大仰に驚いた。

「えっ、伴乃さんも初見ですかこれ」

「うん……」

 そのような二人の前で、謎の包帯が風に流されてほどけていった。

 中から現れたのは、これまでより少し小さめの白魔だった。

「なんだ、やっぱり白魔……」

 と言いかけて瑠奈の声は途切れた。

 伴乃の表情がいつになく険しいものになっていた。普段の余裕は消え、どこか焦りすら伺えた。

「こいつ、強い……。瑠奈ちゃんは、逃げた方がいい……」

 伴乃が言った瞬間、敵が消えた。

 チェーンが舞った。伴乃は目にもとまらぬ早さで攻撃を仕掛けた。

 チェーンの当たった床が砕けて、その付近を移動する敵の姿が瑠奈にも見えた。

 そして両者は高速の攻防を開始した。伴乃は敵の意表をつくような異次元の動きで攻撃を浴びせる。しかし敵はそれをスレスレのところでかわしていく。どちらの姿も霞んで見える。

「あ、当たってない……。あんなに速い攻撃が。ていうか、私の認識、多分、実際より一秒くらい遅れてる……」

 瑠奈は建物入口上の手摺から乗り出して、必死で状況を追った。

 白魔が手を伸ばして、伴乃に触れようとした。伴乃は急制動と非常識な体のひねりで回避、そのまま手足のチェーンを伸ばして振り回して打ち付けるが、相手はもうそこにはいない。

「互角だ……。あの白魔、伴乃さんと全く同じスピード……。あ」

 そこで瑠奈は気づく。

「互角じゃ駄目だ。だって、白魔には……」

 白魔の骨が展開した。

 内部から蒸気が吹き出して、次の瞬間、速度がこれまでの倍になった。

 伴乃が反物理だとすれば、その白魔の動きは非現実。瑠奈はこの場所が倍速映画の世界だと錯覚した。

 伴乃が放った蹴りを、敵は右にかわしたかと思えば、左にかわしていた。無意味なようで、それはある事実を明確に示していた。一手ぶんの優越。

 それまで粘っていた瑠奈がついに瞬きをしてしまったとき、なんらかの高速の出来事がおきて、次に見たとき白魔は伴乃の背後をとっていた。五本の指の骨が握られていた、振りかぶられていた、そして攻撃の瞬間はやはり速すぎて見えなかった。そのせいで、視えた。瑠奈の脳裏に。敵の腕によって、背中を貫かれる伴乃の姿が――。


 ぺちっ……。


 そのような音が鳴って、伴乃はびくりとし、思わずといった感じで、

「おうっ?」

 と声を出した。

「あ、あれ?」

 瑠奈も気の抜けた声が出た。

 もう一撃、白魔の攻撃が繰り出される。

 ぺちっ。

 振り向いた伴乃のおなかにヒット。

 くすぐったそうな表情と声が漏れた。

「あ、あいつ、攻撃力ないですよ!!」

 安堵のあまり瑠奈は叫んだ。

 そして加勢に向かおうと手摺に足をかけた。強い相手なら足手まといかもしれないが、これなら邪魔にはならないはず。スピードが速くても、二人で強引に追いかけて追い詰めれば。

「る……」

 伴乃は驚愕した顔で言った。

「瑠奈ちゃん、罠だっ……! 来ちゃだめだ!」

 そして、がくりと膝をついた。

 青ざめた顔色と荒い呼吸が、瑠奈の場所からでもわかった。

 伴乃の背中に、白い点が付着していた。単に汚れにも見えたそれは上に向かって、植物の生長のように伸びだした。湾曲とくびれ。それは骨のようだった。

 腹部からも同じようなものが伸びて、二股に分かれ、そして、展開。白魔の骨のように赤黒い内部を露出させた。

 また軽い殴打の音が数発ひびいた。いずれも瑠奈にははっきり視認できないものだったが、またあの攻撃を白魔が仕掛けたのだとわかった。伴乃の、受け止めたであろうチェーン、頭の帽子、左頬から、骨がにゅくにゅくと伸びてきて、赤黒く展開した。

「瑠奈ちゃん」

 伴乃は枯れたような声を出した。

 その体の、骨の生えた周辺の色調が変わっていく。色が失われ、景色と同じ灰色に。

 そして、その灰色さえも失われ、白に。

「……ここでお別れみたいだ」

 瑠奈は無謀を承知で手摺を飛び降りようとした。

「伴乃さ……」

「来るなッ!」

 鋭い声に、瑠奈はびくりとした。

 伴乃はまぎれもない、あの暗殺者の目をしていたが、瑠奈が留まったのを確認すると、それはもとの穏やかなものになった。

「……ちゃんと教えてなかったよね。白魔とは、戦わなくてもいい。逃げていいんだよ」

 伴乃は言った。

「……戦わずに一定時間が経てば、事故が起きて白魔は消える。何日かあとにまた同じやつが出るけど、それも同じように逃げて、逃げ続けることができる。瑠奈ちゃん、今はこいつには勝てない……」

 でも、と瑠奈は言いかけた。

 伴乃は頷いた。

「うん……わかるよ。瑠奈ちゃんは、勝ちたいよね。事故が起きるのを見過ごすなんて嫌だよね……。だから、いつか勝つために、今は逃げて。きっと、私にとっての瑠奈ちゃんみたいな、新しい仲間がまたやってくる。一人じゃ足りないかもしれない。二人、三人……。その子達といっしょに、君は戦って、勝つんだ」

 伴乃の体から生えた骨が、枝を伸ばし、彼女を覆うまでになった。

「う……う……嘘だ……。だめですよ、伴乃さん……」

 もう、彼女がどうなるかはわかっていた。だがそれを信じたくなかった。瑠奈の声は震えた。

 伴乃は伸びた骨の中で微笑んでいた。

 彼女はもうなにも言わなかった。言えなかったのか。しかし、その表情が語りかけてくるようだった。


 私は、こうなってよかったんだよ。

 ずっと、何年も、殺すことが私の価値で、それだけのために生きてきた。

 この世界にきて、平和になっていく町を見て、ほんとうに大切にしなきゃいけないことを知った。

 小さな命、それをつつむ優しさ、たくさんの人の笑顔。

 これまでの私とは違いすぎて、苦しかったけど、好きだから変わろうと思った。

 無視してた白い敵を、倒して、倒して、倒しつづけた。

 罪滅ぼしのつもりで、倒して倒して、倒して。

 でも、……うん。そうだよね。

 きっと、この世界は罰で、

 私は、こうして消えてしまうのが、正しかったんだ。


 瞬間、瑠奈の頭を、ガアンと、記憶のハンマーが襲った。

「それだめ……、伴乃さん、そんなの……」

 ふらりと身を乗り出した。

「絶対に、……だめだよ馬鹿野郎!!」

 手摺を蹴って瑠奈は敵の頭上に飛びこんだ。

 その奇襲は敵の虚を突いたのか。慣れない空中からの拳撃は白魔の頭を打ち割るかに見えた。が、目標は直前で姿を消し、子供の力のような、しかし防風のような乱打が瑠奈の全身を打った。

 攻撃を受けたところから骨が生えていく。今まで無尽蔵に感じたエネルギーが、そこから抜けていくのがわかる。ただの疲労とは違う。肉体の崩壊や、その先で出会った死とも違う。物質ではなく概念が消えていく。意思が消えていく。織野瑠奈という名前が消えていく。存在が消えていく。

「……伴乃さん……」

 瑠奈は、倒れた体を引きずって、それすら消えていきそうになる声をしぼりだした。

「過去がなんですか……。私は、今の伴乃さんと出会って、友達になったんです……。たしかに、私、あのとき、動揺してしまいましたけど……ごめんなさい」

 伴乃の目はもう閉じられていた。ひざまずいた彼女の体から、次々に新しい骨が伸びていく。白い花は動かない。なにも語らない。

 瑠奈は嗚咽した。その体も徐々に白く染まっていった。

「でも、人を殺したからなんですか……。悪い人だったからなんだっていうんですか……。伴乃さんの写真、白黒でしたよ。過去に色なんてないんです。生きてなんかないんです。生きてるのは」

 這って近づき、伸ばした手が伴乃の体にふれた。

「今のあなたです。今……! あなたの力が必要なんです。……た……」

 そこで瑠奈の意識は途切れた。が、言葉だけが続いた。

「たたかえ……、まけ……るな……、伴乃……」

 挽回が不可能なのは知っていた。二人ともここで終わることはわかっていた。

 瑠奈が語りかけたのは、この肉体や状況と切り離された、伴乃という消えゆく存在に対してだった。

 それは無意味な行為だろうか。

 そもそも人とはなにか。

 主観的な認識が人のすべてなら、死の瞬間に得られた感情には意味がある。幸せなままの死が、人の最大の幸福だ。

 瑠奈は、最後の瞬間を塗り替えようとした。

 絶望の色に塗られた盤面、その最後の一点に、希望を投じようとした。

 そして――伴乃の最後は塗り替わった。

 幸福な死。

 人として、最上の最期。


 ただ、今の彼女達は、どう控えめに見積もっても、『人』とはいえない。


 なんらかの亀裂が生じる音で、瑠奈の意識は引き戻された。

 ばしっと音がして、目の前に何かが落下した。ぼやけていた目をよく凝らして見ると、それはリストバンドだった。ばしっ……、もう一度同じ音がして、反対側のリストバンドと、その間をつなぐチェーンが落下した。

 真っ白になった伴乃の、帽子を留めた金具、服をつないだ小さなチェーンが爆ぜるように飛んで、彼女の着衣が次々と床に落ちていく。それだけでは終わらない。骨を生やした白い伴乃自身もひび割れ、ガラガラ、どさどさと崩れていく。

 残骸のなかから、黒い服の少女が立ち上がった。

 ショートに近くなった黒髪、ノースリーブの肩、へそ出し、ミニスカートに、裸足。

 その新しい蔦伴乃は、驚くほど肌つやがよかった。

「脱皮した……」

 瑠奈は驚愕した。

 そして伴乃は姿を消した。そのあとで突風が起きた。少し離れた位置にいた白魔が吹き飛んだ。なにが起きているのか、瑠奈にはまるでわからない。体勢を戻した白魔は、例の素早い動きで、何もない空間からなにかを捕らえようとしている。白魔にはかろうじて見えているのだろうか。一体なにが? 伴乃はもう十秒以上姿が見えない。

「あ〜〜〜〜〜、あぁあぁあぁ〜」

 発声練習のような声が聞こえた。どこからとは言えなかった。すぐそこで聞こえたと思えば、次の瞬間にはものすごく遠くから聞こえた。

「速すぎるんだ……。速すぎて、完全に見えなくなってる……」

 瑠奈は確信した。

 白魔の骨が、そのとき再度蒸気を噴出し、赤黒い内部を発光させた。

 そして白魔も消えた。

 風を切る鋭い音が何度も聞こえた。新幹線の線路が立体的に密集した場所が仮にあるとすれば、似たようなことになるかもしれなかった。何も見えていないはずなのに、瑠奈は目が回った。

 白魔が姿を現した。攻撃の直後のような姿勢だった。どういう状況かさっぱりわからないが、白魔の攻撃は外れたのか。まだ、見えない暴風のような気配は周囲を覆っていて―ー、

 その暴風がぴたりと止まった。空中であぐらをかく伴乃の残像が現れた。

「なんでだろう」

 と彼女は言って消えた。

 瑠奈は首をかしげたが、すぐ近くで白魔が動かずにいるのに気づいて目をやった。……その右腕が、カリフラワー状に破壊されていた。

 次は左手が枯木のように吹き飛んで、また伴乃が一瞬現れて「うーん……」とうなって消えた。

 伴乃が、現れては、消える。

 そのたびに、白魔の体が破壊されていく。


「うーん、なんで」


「なんでだろう」


「誰かの声が」


「力になる」


「認められて、必要とされて、励まされると」


「心があたたかくなる」


「そうしたらすごく」


「無敵になる」


「こんなの初めてだ」


「なんでかな……」


「うーむ……」


「とかなんとか言ってる間に」


 次に現れた伴乃は、背骨と脚一本のみとなった白魔の頭に組み付いていた。

「私は戦いに勝っていた。……完」

 旋回して、首をねじ切り、さらに太ももを締めて頭蓋骨粉砕。

 途端、白魔は爆ぜるようにして白い粒子に変わり、瑠奈の体からも白色が抜けて浮き上がった。

「……伴乃さん」

 瑠奈は悪夢から醒めたように力が戻ったが、そのせいか一気にぶわりと涙が溢れた。

「死んじゃうかと思いましたよ……。よかったぁ〜」

 伴乃はそれを見て、依然、現実感のない顔をしていたが、

「瑠奈ちゃんのおかげだ……」

 言った途端、うるると目を潤ませて、

「ほんとは死にたくなんかなかったよ……! ずっとここにいたかった!」

 泣きながら瑠奈に抱きついた。

「あ……わわわ……」

 瑠奈は一瞬照れたが、耳元でわんわん泣く伴乃に、すべてどうでもよくなった。

「伴乃さんといると、心穏やかになれる」

 瑠奈は言った。星の出はじめた空を見上げて。

「わかってました。……あなたは優しい人です」





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 あの戦争。リトルガールのこと。続。



 このブログは一記事のみと最初に断っておきながら、二記事めを今書いている。思ったより長く生きられたせいだ。余計なことばかりが頭に浮かぶ。

 ただ、ここに書くことは完全に蛇足な上に私の勝手な妄想でもあるので、こうして一記事めとは切り離した状態で記したい。


 私は、あの戦争、そしてリトルガールのことを書いた。

 彼女に関することは書ききった。これによって、彼女は再び生きたか。

 どうだろう。

 事実、もういない人間はどう足掻いてもいないまま、彼女も、これまで私の記憶だったものが文章の記録に成り代わっただけで、言ってしまえばすべて私の自己満足でしかない。

 しかし、私が疑問に思うのは、それとは全く別の理由によってだ。

 彼女はまだ、どこかで生きているのではないか。

 そんな気がずっとしている。

 なんの根拠もなくそう思うわけではないが、あまりに現実離れしている。ゆえに死のふちの、寂しい老人の妄想として書き記す。

 端的に言えば、死ぬのを止められた。

 私は、思えばあのときから病んでいたのだろう。商売を起こすために二字町を離れる日、通過列車の迫る線路に吸い込まれるように近づいたことがあった。

 それを、見えない何かが止めた。

 押された胸に、小さな手の感触が残った。確か、最後まで触れることのなかったあの手も同じくらいの大きさではなかったか。

 我に返った私は遅まきながらひやりとして線路から離れた。ただそれだけの出来事だ。しかしその先もずっと、転がり落ちそうな瞬間瞬間の心を支えてくれたのはあの手の感触だったように思う。


 書きながら笑えてきた。

 これはもう、蛇足であるばかりか私自身の遺書だ。

 だがそれでいい。私の記録が残ったっていいだろう。それが彼女の記録の隣にあるならば、なおいいではないか。

 もう終わりにしよう。

 最後に。


 あのときの彼女と、この世界の全ての優しさに。

 ありがとう。

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