表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイクロ  作者:
12/12

七 ハイクロ(二)(終)



「で……どうする」

 夜の家具店、非常階段前の暗がりで、芽宜未がささやいた。

「変に意識して対応を変えたら、瑠奈を傷つけることになる……。だがあいつは同性が好きで……」

「私達が恋愛対象になり得る」

 真中が言った。

「そこ、もう少しぼかして言おうか……」

 と芽宜未。

 しばしの静寂があり、

「ん、私平気。いままでどおりでいくよ」

 伴乃が立ち上がった。

「……おい、でも今までどおりって……」

 と言う芽宜未に続いて、

「この店ではいつも、伴乃は瑠奈と一緒に寝るのが恒例」

 真中が言った。

 伴乃はうなずいた。

「うん。ふつうに今日もそれでいく。私、瑠奈ちゃんは好きだけど恋愛のそれじゃないし、瑠奈ちゃんだってそうなんじゃないかな」

 しんと、また静寂があった。

 芽宜未が口を開いた。

「そうかそうか。なんかおまえ、格好いいな。見直したよ」

「今ごろわかったか〜」

 と伴乃は変な動きで挑発した。

「じゃあ、これはもう不要」

 真中が紙束を芽宜未に渡した。

「私と芽宜未が喧嘩をして、別々の寝床に行く。瑠奈と伴乃が一人ずつついていって、一緒に寝るのを回避する脚本」

「おい、出すなよ」

 と芽宜未は言って、

「……私が考えたんだ。まあ、いらん世話だったな」

「ええ〜、めぎみ、かっこいいじゃん」

 と伴乃。

 芽宜未は照れたようにそっぽを向いた。伴乃がそれをつついてからかって、真中はただ真似をして反対側からつついた。

 いい加減うざったくなった芽宜未が二人を振り払った。

「ねえねえ、それって私のセリフもあったの?」

 ふと伴乃がきいた。

「あるよ」

 芽宜未は言った。

 伴乃は嬉しそうな顔をして、

「今思った。めぎみの考えたお話で演劇したら楽しいよね。みんなで。瑠奈ちゃんも入れて」

「おいおいなんだそれ」

 と芽宜未は笑ったが、

「やりたい」

 と真中も言った。

 芽宜未は嘆息した。

「わかってないな。演劇なんてものは観客がいないと成り立たないんだよ。金を落とし、称賛してくれる客というものがいなきゃ。四人だけでそんなことしたってサムいだけだろ」

 だが、二人が向けてくる期待の眼差しに、

「う……」

 とたじろいで、

「わかった。わかったよ。楽しいかもな。そのうちやろう」

「やったっ」

 伴乃は飛び上がって駆けていった。

「…………」

 芽宜未はしばらく視線を落として考えていたが、ふっと微笑して、

「まあ……楽しいかもしれない」

 と言った。



「え、演劇ですか?」

 伴乃の報告に瑠奈は少したじろいだが、

「あっ、でも面白そうですね。私『木』の役でいいですか」

「る、瑠奈ちゃん、逃げちゃだめだよ! ちゃんと人の役をやろう!」

「あはは。嘘です。ちゃんとやります。楽しみですね」

 二人は、フロア隅のキングサイズベッドに腰掛けていた。

「じゃあ、寝ましょうか」

 と瑠奈が言った。

「え? あ、うん」

 少し意外そうな顔をしてから、伴乃はベッドに入り込んだ。

「あ、あれぇ〜。意識してるの私だけだ。逆にはずかしい」

 小声で言った。

 二人はしばらく天井を見つめていた。

「伴乃さん」

 瑠奈は言った。

「別々に寝てもよかったのに、私が落ち込んでるから一緒に寝てくれるんですよね」

「えっ」

 と伴乃。

「伴乃さんは優しいです。すごく」

「……そ、それほどじゃないよ……」

「何ヶ月前かな」

 瑠奈は遠くを見るような目をした。

「伴乃さんがふざけて同じベッドに入ってきたとき、私やっぱり抵抗があったんです。でも、伴乃さんは決してそういうのじゃなくて、ただ普通に友達として近くにいてくれて。それが、すごく嬉しかった」

「あ、うん。まぁ私、恋愛ってわかんないし。子供だから」

 伴乃は自虐っぽく言った。

「伴乃さん……これからも友達でいてください」

 瑠奈は横を向いて、彼女を見つめて言った。

「うん。友達でいよう。ずっと」

 伴乃も見つめ返した。

 しばらく二人は見つめ合って、伴乃がまず笑顔を作った。

 瑠奈が同じようににこりとした。

 伴乃は笑顔の限界を超えて変顔になった。

 瑠奈はにこりとしていた。

 また二人は見つめ合った。

「やっぱり、辛そうだ」

 表情を戻して伴乃が言った。

 瑠奈は自分の顔に触れて、

「まだ、うまく笑えませんね。ごめんなさい」

 伴乃は何も言わずに首を振った。

 そしてしばらくしてぽつりと言った。

「少し嫌なこときいちゃうかも。いいかな」

「いいですよ。何でも」

 瑠奈は微笑んだ。

「恋愛ってどんな感じなのかな、って」

 伴乃は言った。

「小説とかでは、知ってる。理屈としては知ってる。でも、味わったことはなくて……。なんか、わかりそうではあるけど、でも、そんなに瑠奈ちゃんを傷つけたなら、恋愛っていやなやつだな……って思ったりして、でもみんなが求めていて……。わかんなくなる」

「……」

 瑠奈は少し考えていたが、

「そうですね。素敵な」

 伴乃を見て言った。

「素敵なことですよ」

 少し目を伏せて、

「終わった今でも、傷ついた今でも、それは変わらない。ううん、あの時間が素敵で、輝いてたからこそ、終わってしまったことが耐えられなかったのかな……。それがない世界は無意味だって思えて。それができない自分は、人じゃない、……欠陥品だって思えて。でも、それでも私は……あの光が知れてよかったって思ってる」

「……」

 瑠奈を見つめる伴乃の目が濡れた。

 涙が伝った。

 苦しそうに胸を押さえた。

 そして静かに布団の中を移動して、瑠奈に体をくっつけた。

「あ、あの、伴乃さん……?」

「いいんだよ。友達だから。こうしたって変じゃないもん」

 伴乃は瑠奈をぎゅっと抱きしめた。

「……私、今、すこしだけ瑠奈ちゃんと同じ気持ちになった。……違う体の他人じゃないって思えた」

 瑠奈の胸のあたりから見上げて言った。

「友達って、こうして、悲しいこと、辛いこと、分け合えるんじゃないかな……」

「伴乃、さん……」

 瑠奈も彼女の背に手をやった。

 そうして二人は眠りに落ちた。



 次にこの二字区……正確には旧二字町区域に白魔が出た日。

 それは夕刻で、場所は二字区総合運動競技場の、屋内ドームの屋根上だった。

 四人はそこに立って、広大なドーム屋根の逆端にいる包帯白魔と向かい合った。

 瑠奈は右手を握った。

 かすかな震えがあった。

「瑠奈ちゃん」

 その手をとって、伴乃が言った。

「あの世界では嫌なことがあったかもしれない。拒絶されたかも……しれない。でもここでは、みんなが瑠奈ちゃんの味方だよ」

 ばしっと瑠奈の背中を芽宜未が叩いた。

「そういうことだ」

「……みなさん」

 瑠奈が感涙しそうになったところに、

「…………」

 真中が自分のほっぺたをぐいっと上げて、

「笑顔」

 と言った。

 瑠奈は思わず吹き出した。

「ありがとうございます……。ありがとう……」

 そのとき、強い風が吹いて白魔の包帯が吹き飛んだ。

 中から現れたのは、異様に背骨の曲がった、手足の長い骸骨だった。

 芽宜未が羽を広げて、ライフルを構えた。他の者も臨戦態勢に入った。

 が、白魔はゆっくりと右手を上げて、細長い人差し指をさした。

 その先には、瑠奈がいた。

「え」

「どういうこと?」

「気をつけろ、何かが――」

 芽宜未がそう言った途端、四人の足元から白い骨が突き出した。それは何本も何本も連続し、上に向かって果てしなく伸びていく。

「攻撃か!?」

 飛び退って芽宜未が言う。

「ちがう」

 伴乃はよろけるような動きでかわしながら、瑠奈の方を見た。

「うっ……!」

 骨は瑠奈を取り囲むように何本も出現していた。

「……」

 真中が可動肢をフル稼働させてそこに突撃した。だが、一瞬早く生えた新たな骨によって遮られた。骨と骨の隙間に可動肢を差し込もうともしたが、磁力のような力でバチンと弾かれた。

「入れない……」

「うわっ、わわわ」

 とそのとき背後から骨が次々に伸びて、瑠奈はどんどん前に追いやられた。

 その足が止まったとき、

「あれ、これって……」

 そこには、瑠奈と白魔を囲む一辺七メートル強、正方形の骨の檻が完成していた。

「リング……? 格闘技の……」

 白魔が両腕を前に構えた。

「こいつは、格闘家……一対一の勝負に……私を指名した……ってこと……?」

「瑠奈ちゃん!」

 骨の檻に掴みかかって、伴乃が叫んだ。

 その隣で芽宜未がライフルを撃った。骨には傷一つ付かず、その隙間にも撃ったが、やはり見えない力で弾かれた。

「仲間と引き離す……。これがあいつの能力か。よりによって瑠奈を……。クソッ」

「瑠奈ちゃん、瑠奈ちゃん!」

 伴乃は檻をガンガン叩いた。びくともしない。うつむいて、つぶやいた。

「どうしよう……。あいつ、これまでのやつと空気が全然ちがう……。めっちゃ強い……。どんなに瑠奈ちゃんが万全でも……一人じゃ、勝てない……」

 伴乃は泣きかかっていた。

 だが、瑠奈は言った。

「大丈夫」

 指を順に曲げていく。握った拳に少しずつ力を込める。

「私、多分……勝てます」

 軽く両手を前に出した。ボクシングと空手の中間のような構え。

「勝てる……気がする」

 白魔が仕掛けた。

 少し緩慢ともいえる動きで距離を詰めて、素早い右フック。

 瑠奈は見切った。次の左手の攻撃もあわせてかわした。

「私は、ここにいていい」

 バックステップで、大振りな次の攻撃をかわす。と同時に回し蹴り。敵の右腕を派手にはじいた。

「私のままでいい」

 無防備な懐に飛び込んで、腹部への正拳突き。しかし威力は抑えた。本命は次の一手。すぐそばに垂れた敵の左腕を抱えて、体をひねり、敵の脚を蹴り上げると同時、飛び込む。

 変則一本背負い。

「柔道だと!?」

 芽宜未が声を上げた。

 バアンと白魔は地面に打ち付けられた。

 自重に勢いが乗せられたその衝撃は、白魔の全身に細かなヒビを生じさせた。

「私は……頑張っていい」

 瑠奈は言った。

「うそおっ!」

 伴乃が飛び上がった。

「勝てる……?」

 真中が息をのんだ。

「いいや、まだ」

 瑠奈は言った。

 白魔の骨はその亀裂から――、展開。

 赤黒い内部が露出。

 そこから蒸気を噴出させ、足のみの運動で全身を起こした。

 白魔、加速。

 瑠奈の頬に、パアンと高速の打撃。

(速い)

 瑠奈は思った。

(かわしきれない。なら――)

 退かずに前へ。敵の一瞬の隙にこちらも打撃を打ち込んだ。

 そこから両者は、目にも止まらぬ乱打合戦となった。

 一歩も足を動かさず、ひたすら殴る、殴る、殴る。

 どちらも食らう、食らう。

 避ける間があれば打ち込む。食らう食らう、打つ打つ打つ。

 白魔の亀裂は広がる。しかしそれよりあきらかに深刻な早さをもって、瑠奈の色が霞んでいく。

「リーチだ……」

 芽宜未が言った。

「攻撃を受けてのけぞった姿勢からでは、瑠奈の拳は敵の体まで届かない。当たったとしても浅い。ここにきて体格差が……」

「でも、瑠奈ちゃん、まだ……」

 隣で伴乃がつぶやいた。

「まだ、負けてない……。あの目……。勝つ気でいる……」

 瑠奈は打って打って打ちまくった。

(私は多分、あと十秒もたない)

 息を止めた。

(それまで、一発でも多く)

「勝つ気でいる……。それは、一人で……?」

 真中が言った。

「それとも、私達全員で……?」

 声がふるえていた。

「きっと次、誰が戦うことになっても、今のあの白魔には勝てる……。瑠奈の狙いが、それだとしたら……」

「ううん」

 伴乃は前を見据えて言い切った。

「瑠奈ちゃんはそんな、悲しいことは考えないよ。……絶対勝つ……。瑠奈ちゃんが、勝つんだ……」

(あと五秒)

 少しもペースを落とさずに瑠奈は打ち込んでいた。

(三秒、二秒……)

 その体が灰色になっていく。

 瑠奈の目がかすみがかる。

 そのとき。

 降りかかった敵の拳を、瑠奈の拳が止めた。

 逆の拳の攻撃も、逆手で相殺。

 そしてそれは起きた。

 白魔の両腕が粉々に吹き飛んたのだ。

「試合は、命のとりあい。そして拳は格闘家の命。……顔や体には届かないが、何発も何発も当てて、とってやった。お前のいのちを。私の、勝ちだ」

 瑠奈は敵の顔面を殴る。

 一歩飛び込んでまた殴る。

 また殴って、殴って、殴って殴って殴って殴って――。

 白魔の頭蓋を木っ端微塵に粉砕した。

 瞬間、周囲を取り囲んでいた白い骨の檻がはじけて粒子となった。

 灰がかった瑠奈の色も、伴乃達の黒もはじけた。

 白と黒と灰色が周囲を浮遊し、やがて混じり合いながら空にのぼっていく。

「勝ちました。みなさんの」

 ふらつきながら瑠奈は言った。

「みなさんのお陰です……」

 伴乃達三人が一斉に駆け寄った。



 それは、まったくの偶然だった。

 戦いを終えて帰ろうとする四人は、屋内ドームから出てくる競技選手達の中に、例の学生カップルを見つけた。

「あ……そうか。陸上の大会の時期だから……」

 瑠奈が言った。

「おい、近づいてくるぞ……」

 と芽宜未。

 陸上部員とそのマネージャーという格好で、二人は楽しげに話しながら歩道を歩いてくる。

 伴乃達は広がって避けた。

 が、瑠奈は動かなかった。

 どしんと二人は瑠奈にぶつかった。

「な、なんだ」

「壁……?」

 そんな反応をした。

 瑠奈は今頃になって気づいたかのように、「あ……」と言った。

 そしてうつむき、…………ぐっと拳を握ると、正面を睨んだ。

「おいおい、いいのか」

 芽宜未が笑った。

「いいよ、ちょっとぐらい……」

 楽しそうに伴乃が言った。

「あの人達は、屋内ドームにいた。白魔の事故で死んでいたかもしれない。恩人の瑠奈には、その権利がある」

 と真中。

「やっちゃえ、瑠奈ちゃん!」

 伴乃が叫んだ。

 瑠奈は拳を振りかぶり、――「やっぱりグーかよ! 女相手に!」という芽宜未の声を受けながら――、

 体育会系の男を、殴り飛ばした。

「ん?」

「え?」

「……?」

 伴乃達は一瞬、思考の世界に飛ばされた。

「んん?」

「ええ?」

「……??」

 そうして未だ混乱するうちに、瑠奈が叫んだ。


「お前のこと、もう好きじゃないからな、ハジメ!!」


「えっ、なに」

 と真中

「何が起こってる」

 と芽宜未。

「ちょっと待って……ええと」

 伴乃は言った。

「『同性が好き』……。『同性』?」

 倒れた男と瑠奈を見比べて、少し考えてから、

「ちょっと失礼……」

 近づいて、瑠奈の胸にぺたりとさわる。

「……」

 瑠奈は首をかしげた。

 伴乃は続いて、さっと、瑠奈の股間にタッチした。

「…………!!」

 二人が同時にぎょっとした。

「えっ!!!!?」

 伴乃は手のひらを凝視しながら後ずさった。

「なっ、ななな、なにするんですかいきなり!?」

 瑠奈は胸と股を押さえて混乱した声を出した。

「は…………?」

 芽宜未の顔は徐々に青ざめていき、

「男」

 事態を分析し終えた真中が、ついにそれを言った。

「えっ、えええええ! ええええっええええええ!!!??」

 伴乃は手のひらと瑠奈を交互に見比べて絶叫した。

「うそだろ、聞いてないぞ、そんなの」

 そう言う芽宜未に首肯しながら、

「一言も言わなかったよね!?」

 と泣きかかる伴乃。

「ええっ、だって、普通にわかりませんか、その……」

 瑠奈は困惑しながら、

「外見とかで……」


「「わかんないよ!!!」」


 伴乃と芽宜未の声が揃った。

「男、だけど…………、? わからなくなってきた。一旦、情報の整理を」

 真中が言った。

「体は……男……だった」

 伴乃がもはや無表情で言った。

「心は女です!」

 瑠奈が言った。

「それで見た目も完全に女だからややこしいことになってるんだ」

 と芽宜未。

「なんにせよ、ここに男が来ない謎が解決した。……すでに来ていたんだな」

「え……えええ……。男……。瑠奈ちゃんが、男……。私、今まで、くっついたり……一緒に寝たり……いろいろ……」

 伴乃の頭からぐるぐるぐると音がしてきた。

 やがてそれはチーンと鳴って、

 彼女の顔は、ぼっと赤くなった。

「あ……」

 と芽宜未。

「あは……あはあは……」

 とふらつく伴乃。

「あの……」

 瑠奈は申し訳なさそうに言った。

「やっぱり……私、変ですか……」

「へ、変じゃない!」

 伴乃が駆け寄った。

「変じゃない。変じゃないよ。ぜんぜん。うん」

「むしろ変なのは私達の方かな……ははは」

 と芽宜未が言った。

「そうそう」

 と伴乃が頷く。

「こんな人間ですけど……これからも、友達で……」

 恐る恐る言う瑠奈に、

「もちろんもちろん!」

 と伴乃が言って、手を握ったが、その行為はもう彼女の限界を超えていた。また頭からぐるぐる音がしてきて、蒸気めいたものが上がりはじめた。

「いや友達じゃ済まないだろこれ」

 と芽宜未。

「混乱、発熱。これが恋愛。……理解した」

 と真中。

「ちがっ……ちがちがちがちが!!」

 伴乃は全力で否定した。

 そして瑠奈は、

「えっ、伴乃さん、好きな人ができたんですか?」

 と嬉しそうに驚いた。

「……あー、これ、小説なら」

 芽宜未が嘲るように言った。

「収集つかないパターンだ……」

 夕日が沈む。

 少女達の騒がしい声はいつまでも続いていく。





 二字駅前スクランブル交差点。

 信号が変わり、通行人が一斉に道路を渡りはじめる。

 休日を楽しむ家族連れ。恋人達。友人グループ。

 それぞれの会話を交わしながら歩く。何気ない賑わいの風景。

 そのとき起きた信号機のかすかな振動に、気づく者はいなかった。

 点滅もなく、歩行者信号は赤に変わった。

 それを見た通行人達は、多少のざわつきと共に少し足を早めたが、自動車信号も青に変わり、なんのためらいもなく車が交差点に進入してくると、それは混乱となり、皆が駆け足で歩道へと退避した。

 騒ぎの中で、女性の悲鳴が上がった。

 交差点の真ん中に、小さな男の子が取り残されていた。

 女性はその名を呼んで、人の間をかきわけて戻ろうとしたが、通行人の一人に止められた。彼女の目の前を、サーキット並の猛スピードで乗用車が通過していった。

 男の子の周囲でも、車はまったく減速せずに走っていた。気づかない、気づいていたとしても守る義理はないとでもいうように。通過するドライバーは皆が目を血走らせ、なにかに取り憑かれたような異様な形相をしていた。

 圧倒的な事故の気配。

 小さな犠牲者。

 誰も何もできず、それが起きるのを待つしかなかった。


 しかしふいに、そのとき何かが終わった。


 車は突然速度を落とし、男の子を大きく避けて通過をはじめた。

 それでもまだ信号は変わらなかったが、突如交差点上にカラーコーンがいくつも出現して、車を停止させた。

 男の子が、ふわりと浮いた。

 そしてゆっくりと、母親の方へと進んだ。

 騷ぎすらも静まった異様さの中で、男の子は母親のもとに返された。

 ――え、何いまの……。

 ――コーン置いたの誰……?

 ――さっき人の間を、見えない何かがすり抜けていった……。

 周囲で新たな騒動が噴出したが、親子はひたすらに抱き合っていた。


 色調変わり、

 灰色の世界。

 二字駅前。

 黒い少女達が駆けていく。

 そのうちの一人が振り返って、手を振った。

「バイバイっ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ