五話、経緯。
「さ、行きますよ」
リュックサックを背負い、気迫溢れる少女が言う。
対してニイナは面倒そうに。
「どこに?」
「この世界を踏破しに」
「頑張れよ、応援してる」
「貴方以外の踏破も認められるんですか?」
「知らない。けど俺は行かない。俺帰る」
「貴方が帰ってしまうと私は消えてしまうんですよ?」
「消えるとかじゃねえって。元々存在しないんだっての」
「いいえ、今ここに居ます」
「居ないって言ってんだろ。俺が見てる幻でしかねえの」
「いいえ、居ます。私は私です」
ニイナは溜め息を吐き。
「何回このやり取りすれば気が済むんだよ? そろそろ諦めろ、俺は絶対行かないから。行くならお前一人で行け」
毛布を頭まで被ると少女に背を向け寝転がる。
少女は暫く、哀しげにニイナを見て。
「私が幻である事は理解しています。それでも私は今ここに居る。だから諦めません。命を、私の求めるものを手に入れる為、この世界を踏破します。私はシオンですよ、もう忘れないで下さいね」
その声に含まれるいくつもの感情を聴き取り、ニイナは。
「はいはいシオンシオン。じゃあな、バイバイ」
シオンを見ることなく、適当に手を振った。
そうしてシオンは部屋を去り。
ニイナは一人、薄暗い無音の部屋に。
「・・・・・・求めるもの」
◯◇◯◇◯
シオンは自身の足取りが伝わるよう、赤いリボンを等間隔に結びながら歩いた。
確信はできなくても、可能性はあると思ったから。
シオンは最後に、勝手に入った家の固定電話にリボンを結び。
受話器を耳に当てた。
瞬間、シオンはそのままの格好で固まり。
焦点の合わない目で虚空を見つめ、回らない舌で呟く。
「違う・・・・・・お前はお父さんじゃないだろ・・・・・・」
◯◇◯◇◯
「いや、三時間も経ってんだぞ・・・・・・もうとっくに終わってるだろ」
三〇分以上、不貞腐れたように呟き続けているニイナ。
「行けば手に入るってもんでもないし」
それでも装備の確認を済ませ。
「まあ、このままジジイになるよりかはマシだからな」
部屋を出て行った。
◯◇◯◇◯
何もない暗闇の中、シオンが一人。
シオンにだけは、様々なものが見えている。
否、見せられている。
幻を打ち破り受話器を捨てた次の瞬間、シオンはここに居た。
今ここに見えるもの、聞こえるもの、触れたもの、嗅いだもの、味わったもの。それら全てを拒絶してあの世界へ帰ろうとしたが、手掛かりすら見つけられず、仕方がなくただ待っていた。
シオンの体感で五日が経過すると暗闇に穴が空き、そこからニイナが顔を出して。
◯◇◯◇◯
「だから言っただろうが。あの空間は世界の歪みなんだっての。時間だって歪んでんだよ、コッチじゃたったの三時間くらいだ」
言いながら、ニイナが空間の亀裂から出てきて。
「三時間も。でしょう? まあそれはいいです。でも来るなら来るで最初からそうして欲しかったですね」
後に続いて出てきたシオンが言う。
「お前さっき『ありがとうございました』って言ったよな? 感謝の言葉だろ? 感謝の意味知ってる?」
「それとこれとは話は別です。感謝はありますけど、不満だってあります」
言葉通り不満げなシオンにニイナは溜め息を吐くと。
辺りを見回してからシオンを見上げ。
「そろそろ来るぞ。備えろ」
真剣な表情で言う。
が、シオンは驚いたような顔をして。
「備えるってどうやッ━━」
シオンは再び暗闇に囚われた。
◯◇◯◇◯
「やっと起きたか」
辺り一面暗闇の中、その声に反応し体を起こしたシオンが少し楽しげに、微笑と共に言う。
「どうして私に意識があると?」
対してニイナは不快げに。
「努力だよ。天才には分かんねえだろうけどな」
その声に含まれる苛立ちと嫉妬に、シオンは驚きを表情に言ってしまう。
「自分に才能がないからって八つ当たりですか?」
ニイナは素っ頓狂な顔で固まり。
「・・・・・・・・・・・・お前喧嘩売ってんの?」
シオンは未だ驚きの抜けきらない様子で、少し焦りつつも。
「いえ、すみませんでした。言い過ぎました。少々驚きまして」
「なに・・・・・・と、客、いや、ホストか。が来たぞ」
言いながらニイナが視線を向けた先に、突如一枚の扉が出現した。