三話、その場所へ。
「さっすがユナちゃんだよなあ。リンとは大違いだ。誠実にお願いすれば誠実に答えてくれる。姉妹なのになんでああも違うかねえ」
男は[魔物寄せ]と呼ばれる小さな玉を片手に、ニヤつきながらダンジョンへと歩く。
「厄介払いとかじゃないな、絶対。お弁当までくれたんだから完全に厚意だろ。まあ毒だけど、俺に状態異常は付かないって知ってるんだから悪意は絶対にないな」
言いながら、上下の服に累計一九あるポケットではなく、腰のポーチに[魔物寄せ]を仕舞った。
「やっぱユナちゃ━━」
「やあ、ニイナ」
と、聞き覚えのある声で呼ばれ男は振り返る。声を聞いた時点で顔は顰めていた。
「なんだ、ケンジかよ。お前がここにいる理由に興味はない。何か用か?」
「僕はいま・・・・・・」
と、男に出鼻を挫かれたケンジは自然な金髪に青い目を持つ青年で、この場には珍しく一切武装をしていない。
身長一九〇程の美形で、普段、見るものに自信を感じさせる微笑を浮かべて絶やすことはないが、今はその微笑が若干引きつっている。
「ニイナ、君は━━」
それでも何かを言おうとしたケンジに言葉を被せる形で、語気を強めに。
「ニイナって呼ぶなって何回も言ってんだろ、ケンジ。てめえに言われると殺したくなるんだよ」
男━━ニイナ━━が言った。
「お、おいおい。こんな場所で殺しなんかしたら、いや、そもそもダンジョン踏破者の僕に暴力を━━」
ケンジは一歩後退りして、無理矢理に微笑を浮かべて言うが。
「今じゃなくたって良いだろう。俺なら誰にも知られずにできるしな」
その言葉に、雰囲気に、ケンジは口を噤んだ。
「で、なんか用かよ? 用がないなら俺は行くぞ」
数秒後、何も言わなかったケンジに背を向け、ニイナはダンジョンへ向かった。
◯◇◯◇◯
唯ひたすらの黒。
〈果て〉━━正確には〈世界の果て〉━━と全く同じ様に見えるそれこそが、ダンジョンの入り口。
〈果て〉は世界を、都市を囲み壁のように存在しているが、ダンジョンの入り口はその中心に漠然と存在している。
〈果て〉に比べれば遥かに小さく、その実遥かに大きい黒。
ニイナはいつも通り、何に臆することもなくそれに飛び込んだ。
◯◇◯◇◯
ビル群を多くの人たちが行き交い、道路には車やバイクが忙しなく往来する。
この場に居る人間の殆どは背が低く、髪も目も黒系統で、肌は薄っすら黄色く顔は平たい。
誰もが足早に、周囲を警戒するそぶりもなく生活している。
そんな彼らを気にもせず、気にもされず、不自然な金髪を持つ男が地べたに蹲っていた。
「クッソがああぁぁぁぁぁぁぁぁっ過去最高に相性悪いなあぁぁぁ」
男は身長二メートル程で目は青く、この場でただ一人武装をしている。
服を心臓の辺りで握り締めて胸を押さえながら全身を丸め、顔を地べたに押し付けるような格好で。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬマジで死ぬってこれ」
独り言を呟き続ける男━━ニイナ━━の全身は、既に脂汗でビチョビチョだった。
「あああああああああああ! 助けてくれよおおおおおおお!」
ニイナは叫ぶが、周囲を行き交う人々は誰一人としてニイナを気に留めない。
それから六時間、ニイナは一人で喚き続けた。
◯◇◯◇◯
「クソが・・・・・・なんでこんなに相性悪いんだよ・・・・・・クソ」
全身の痛み、それを上回る胸の痛み、吐き気、目の霞、おかしな音、筋肉の弛緩、呼吸不全、等。
様々な異常に慣れ、自身の現状を確認し始めたニイナ。
「大体三割くらいか。やっぱ全ての能力が均等に下がってるな・・・・・・思考もし辛いし、何だっけ」
跳ねたり走ったり魔法を使ったりして、自身の能力を確認し。
「狡いよなあ。どんな世界に放り出されるにしろ、大体の奴は数倍から数万倍になるらしいじゃねえか・・・・・・上がったことなんかねえよ・・・・・・どんな世界に行っても確実に下がってるっての・・・・・・」
周囲を見回す。
「ビルに、車に、バイクに、コンク、アスファルトか。俺たちの世界とあんま変わんねえな、珍しい。けど、人がな。エルフとか獣人とか居ねえし、肌黄色いし、戦い辛い服で武装も警戒心もない。俺たちの世界に似てるけど、風俗は相当違ってるな」
キョロキョロしながら歩き出し、呟き続ける。
「ああ、三割だったな。つか三割でなんで生きてんだよ。五割を下回ったのなんて初めてじゃねえか。帰れんのか? いやいや、帰れるって。この世界なら戦闘もなさそうだし。もしあっても、こいつらなら今の俺でも簡単に殺せるだろ。全然余裕で帰れるわ。マジ余裕。この世界頭使う系の世界だろ? 頭使う系の世界じゃ滅多に死なないって相場が決まってんだから。このままここに座ってたって、その内傷一つなく追い出されるわ。死ぬとかありえねえよ」
独り言を呟きながらフラフラと歩く武装した長身の男。
人々は誰一人としてそれを気に留めない。