三話『お買い物』
目が覚めれば、時間が数時間程、戻っていた。もちろん、比喩ではあるが、寝起きのモルスは、そう感じてもおかしくない。
「半日以上、寝てしまった......」
「おはよう」
鳥の姿でモルスの上に立つアーラが、嘴でモルスの顔をつつく。
「早く行こう」
「え......?」
少し考えた末に、アーラの言葉の意図を理解する。
「あぁ、服ね」
薄汚れたローブと、ボッロボロな上下の服。明らかにホームレスを彷彿とさせる格好で、モルスは外に出た。
「まだ居た。あのゴースト」
「ゴーストには、なるべく関わらない方向で。精気を吸われる」
昔、齢二十でこの世を去った男の話がある。幼少の頃よりゴーストを見ることが出来た男は、ゴーストと密接な関係を築き過ぎた所為で、全ての精気を吸い尽くされ、見つかった時には、遺体はミイラとなっていた。
その話を知っているモルスは、ゴーストにある種の恐怖心を持っている。
「とーちゃく!」
またしても、迷うことなく建物に到着する。ご婦人に人気なようで、店内には多くの淑女が入店している。
「僕、服とか分からないからさ、アーラに見繕って貰って良い?」
「構わない」
約束を取り付け、星の形のガラスが張られたドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
マニュアル通りのおもてなしを受ける。中は星形の飾り物が多く、〈スター・クロウズ〉という名前を掲げているだけはある。
「さて、どんなのがいいかな〜」
「モルスには白。無難に白の上下とローブを買おう」
「そうしよっか」
入店から一分も経過せずに、購入する衣類が決定した。
試着室で着替え、レジに向かう。
「今、着てる服と、これをお願いします」
「畏まりました」
合計、六着で一万五千六十ギルで収まったのは、上質な生地にしては安い。
外に出たモルスは何かに気付き、アーラに言う。
「あ、お揃いじゃん」
「そこが重要」
モルスに白が似合うというのは、アーラの主観だろう。単にお揃いにしたかったようだ。
「うん。あとはギルドか」
「五年も更新してなかった。講習を受ける必要がある」
「あ〜......。めんどくさっ」
楽しそうな顔から一転、気怠げになってしまう。それ程に、ギルドの講習は面倒なのだろうか。
「面倒なのに、ギルドに足が向いてる」
「面倒だから〜って先延ばしにしてたら、何も始まらないし、終わらないじゃん」
「だね」
ギルドと呼ばれる施設に着いたのは、それから十分程が経過した頃。
ドアを破り、男が吹き飛んで来たのも、それと時を同じくして。
「おっと! 大丈夫ですか?」
狙ったかのように目の前に飛んで来た男を受け止め、男の安否を確かめる。
「あら、ごめんなさいねん。お礼は後でするわん」
状況を把握出来ないまま、話が進んで行く。
男の端正な顔立ちに傷が付いているのは、恐らく、この肉団子のような男の所為だ。
「この私の靴を汚したのだ。この程度で済むと思わぬことだ」
「あら、貴族のお坊ちゃまって案外、器が小さいのねん」
「〜〜〜〜ッ! 貴様! もう許さんぞ!?」
肉団子の足が、男の顔に吸い寄せられる。
「あら、流石はお肉さん。動きが遅いわねん」
「訳の分からん喋り方をするな! 気色の悪い!」
「あら、人の個性にいちゃもん付けるのは、あまり宜しくないわよん?」
肉団子の怒りは、靴を汚されたことよりも、男の喋り方と態度に対する苛立ちの方に傾いている。
「お前......殺してやる!」
「あら、素が出てるわよん? 所詮、男爵程度では程度が知れるわねん」
笑顔の男に対する怒りが、更に増して行く。
「アーラ、先に行こっか」
「付き合う義理はない」
二人の言い争いを冷めた目で見ていた一人と一匹は、ギルドへ入る。
何故か、あの口論は人気らしい。ここに居る殆どの人達は、そちらに群れている。
それらを完全に無視したモルスの足は、奥のカウンターに向く。
「お兄さん、カードの更新をお願いします」
「はい、承ります」
ポーチから薄汚れたカードを取り出す。カードに書かれた文字も、所々、隠れてしまっている。
「これは......三年以上は更新してませんね?」
「はい。五年前に病気を患って、一年前まで寝たきりだったので。それからはリハビリですね」
嘘八百なモルスの言葉を、しかし、受付の男は真に受けた。
「それは大変でしたね。三年前からギルドカードが変わったので、これから、新しくお作りしますね」
「お願いします」
聞いてもいない説明を受け、待つこと数分。受付の男が、銀色のプレートを持って来る。
「お待たせしました。こちら、三級ギルドカードになります」
「ありがとうございます。それと補習は、いつからになりますか?」
「明日の二の鐘が鳴る頃になります」
この国では、一から三の鐘で、朝・昼・夜を知らせる。それぞれ町の中に金・銀・茶色の三つの鐘があり、一つ一つ音色が違う。
二の鐘──つまり、昼に銀の鐘が鳴る頃には、補習が始まる。
「分かりました。では明日、また来ますね」
「はい。ご利用ありがとうございました」
表面上の笑顔で対応してくれた受付の男に礼を言い、未だに騒がしい出口を抜け、どこかに向かって歩き出す。
「何するの?」
「久し振りに瘴魔でも狩ろうかな〜って。五年もブランクがあるんだから、そりゃ鈍ってるでしょ?」
アーラの動きは早い。目的を告げたモルスに自分の羽根を二枚、ちぎって渡す。
「ありがと。制限時間は五時間だっけ?」
「私も成長する。五時間と半分」
誇らしげに胸を張っているが、それ程、凄いとは言い難い。だが、そこは優しいモルス。アーラの頭を撫で、賛辞を送る。
「凄いね、アーラは」
「今更」
昨日の門番からの視線をスルーし、門から出たモルスの背には、純白の羽が生えていた。
幻視ではなく、本物が。未だに門番が見ていたら、腰を抜かしていただろうことは、想像に難くない。