二話『おかしなこと』
思わず目を逸らした門番は、門を指さす。
「通れ」
「ありがとうございます」
すんなり通して貰った上に、入税(町・国に入るための税金)を免除してくれた門番に感謝する。
「アーラ、そんなに怒らないで」
モルスの手が、小さな鳥の頭に向かう。
「仕方ない。アイツが、フードを取ったから」
「気にしてないから」
「嘘ばっか......」
自分の真意を見抜く辺り、自分を良く見ているのだろうと、嬉しくなってしまう。
「確かに、少しだけ気にしてる」
「やっぱり。焼肉にする?」
「焼き鳥にされてもいいなら」
モルスの笑わない目から目を逸らす。若干、震えているのもその所為だ。
「約束したじゃん。『害がないなら構わない』って」
「害はあった」
「あの程度、害にはならないから」
見た目は最高に美しい鳥なのだが、モルスのこととなると、モルス以外に制御が効かなくなる。それが、玉に瑕。
「さて、宿を探そう。その後は、ギルドに行こうか」
「分かった」
モルスの足は、迷うことなく道を進む。それから数分して、一つの建物に到着した。
「モルスは、ここに来たことある?」
「ん? ないけど、どうして?」
「迷わなかった。知ってるみたいに歩いていた」
アーラの指摘で、初めて気付く。何故、この宿屋に向かったのか。まるで、地図でも見ていたかのように。
「不思議だけど、気にしても仕方ない。ほら、入ろう」
扉を開け、手入れの行き届いた建物に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませー! お泊まりですか?」
元気の良い声の、見るからに元気の良さそうな少女が出迎える。しかし、モルスはその娘を素通りし、カウンターに立つ、ふくよかな女に話し掛ける。
「一週間の泊まりでお願い出来ますか?」
「はいよ。九百三十六ギルね」
出迎えた少女とは対照的に元気のない女は、そう告げる。
「えーっと、お金お金......」
「腰のポーチ」
「......これでいいですか?」
腰のポーチに入った袋から、銀の丸い硬貨を九枚と茶色の丸い硬貨を三枚。そして、茶色の四角い効果を六枚、取り出して渡す。
「二階の五号室だ。他に何か入り用なものは?」
「そうですね......髪を切るハサミと、タオルをお願いします」
この宿屋は、客の要望は、大抵のことなら予想済みらしい。髪切り専用のハサミと、タオルをその場で手渡してしくれた。
それらを受け取り、モルスは二階へと続く階段を登る。
道中、アーラが声を掛けた。
「不思議。この街、結界があるのにゴーストが出る」
「さっきの子?」
「......見えたの?」
アーラには見えた少女の姿。だが、見えるはずのないモルスまで、その姿を目に映したのだから、驚かずにはいられない。
「おかしいよね〜。五年も気を失ってたんだから、そんなこともあるのか?」
モルスは、物事をあまり深く考えない性格なのか。考えを放棄する志向がある。楽観的とも言うのか。
「呑気。何かあったらどうするつもり?」
「他力本願ではあるけど、アーラが守ってくれるでしょ?」
「当たり前」
守らないとは、決して言わない。アーラにとって、モルスの存在は、自らの心臓以上に大事なのだから。
「じゃ、僕は髪切ってくるね」
話の間に、気付けば辿り着いていた二階の五号室。一つのベッドと風呂。備え付けの机と椅子が置かれた質素な部屋。
モルスは風呂場へ赴き、衣類を全て脱ぐ。
傷。左側の胸部から上を、火傷が覆っている。
そして幾何学的な模様が、全身に刻まれていた。
「相変わらずこの怪我は治らない......か」
それはさておき。といったように、髪をバッサリ切り裂く。一メートル以上の髪の束が、地面に落ちる。
「さて、五年ぶりの風呂を堪能しましょっと!」
何もない場所から出るお湯は、体の汚れを落として行く。
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ベッドの上で、アーラが物思いにふける。
(目覚めてからのモルスは、明らかにおかしい。記憶が混濁してるのは分かる。でも、王の紋章が増えてた。いや、あれは王の紋章なの? それに、五年も寝たきりだったのに動けていた......。あの声は一体......)
考えていても何も始まらないし、終わらない。それは分かっているが、どうしても考えてしまう。
そんな中、原因の人物であるモルスが、何も知らない無垢な少年のような笑顔で、風呂から出て来た。
「ふぅ〜、気持ち良かった〜!」
「さっぱりした?」
「もう、し過ぎたくらいに!」
「そう」
文字通り羽を伸ばしているアーラは、半裸のモルスの肩に乗る。
「服、行く?」
「う〜ん......。今日は寝よっかな。疲れちゃったからさ」
「そう」
まだ陽は高いうちに、ベッドへとダイブするモルス。空中で浮くアーラは、モルスへ問い掛けた。
「前みたいにして寝ていい?」
「構わないよ。冬だから、その方が暖かいし」
「ありがと」
その刹那、アーラの体が淡く光り出す。その光は、みるみる形を変えて行き──気が付けば、年端も行かない少女に変わっていた。
その体や顔には、モルスと同じような紋章が刻まれている。
「《進化の系譜》か。便利だね、それ」
「私達は、誰でも使える」
鳥のように無表情なアーラは、毛布の中に潜り込む。
二人は、これまでの疲れを取り、互いに暖め合うように眠りに就いた。