一話『目覚め』
とある街の中心で、祭りのような賑わいを見せる場所がある。
普段であれば、人々の笑顔で溢れるこの場所は、怒りに包まれていた。
「殺せ! 殺せ!」
「魔族に罰を!」
中央で膝を突く少女に、罵詈雑言の嵐が飛ぶ。
その隣で立つ男が叫んだ。
「これより! 悪魔の使徒──魔族に鉄槌を下す!」
その言葉に、狂ったような喝采が湧く。
「我らが神の敵の死ぬ姿! しかとその目に焼き付けよ!」
巨大な剣が、少女の首に振り下ろされる。
しかし、それを止める者が現れた。
「やめろっ!」
喧騒の中でも、その声は全員を止める。
「貴様、魔族の肩を持つか?」
「ち、違います! その子は、悪魔でも魔族でもありません!」
側頭部から角が生え、背に六枚の羽。どのような見方をしても、悪魔や魔族の類にしか見えない。
「皆、喜べ! 魔族がもう一人! 自ら命を差し出した!」
静寂も束の間、再び湧く喝采。勇気を振り絞った少年は、為す術もなく。呆気なく、囚われの身となってしまう。
「神の裁きを再開する!」
もう一人、片刃の剣を持った男が現れ、大剣の男の指示に従う。
「やめろ! 彼女は何もしてない!」
少年の言葉など歯牙にも掛けず、振り下ろされた大剣。思わず目を瞑る少年は──
「ごめんね......」
その言葉を最後に、目の前が暗くなる様な怒りを残し、命を落とした。
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世界一高いと謳われるこの山で、吹雪が止むことはない。
天から降り注ぐ雪が、一箇所を避けるようにしていた。
「ん......」
不気味な程に深く掘られた穴で、何かが動く。
暗く思えた穴の奥は、信じられない程に明るい。
「ここは......」
彼が目を覚ます。
「この炎......怪我でもしたのか?」
自らを包む炎に、驚くどころか感謝の念を抱いた。
「アーラ、ここはどこ?」
この場で反応出来るのは、一匹しか居ない。では、その巨大な鳥こそが、彼の言うアーラなのだろう。
「〈コキュートス〉の頂上。行きたいって言ってたでしょ?」
「行きたいとは言ったけどさ......」
唖然とする理由は、鳥が喋ったことではなく、本当に来れたことだ。
この山──コキュートスは、世界に五つ存在する“絶対立ち入り禁止区域”の一つとして、知らない者がいない程の山。
何故なら、入ってしまえば最後──一瞬にして、氷像が出来上がるのだから。
「アーラがいてくれて良かった。怪我も治ったようだし。それで、どれくらい寝てた?」
「五年くらい?」
帰って来た答えに、彼は言葉を失う。
「......ごっ、え? 五年? 五時間とか五日じゃなくて?」
「五年。ずっと気を失ってた」
五年前、何があったのか。それを思い出そうにも、色々な記憶がごちゃ混ぜになり、吐き気を催す。
「何も思い出せない......。僕は、どうして気絶したんだ?」
「知らない。戻ったら倒れてた」
記憶はごちゃごちゃ。アーラも知らない。真相に辿り着くのは、かなり困難だろう。
「......ふぅ。よしっ! 考えても無駄だし、行くよ!」
見事な跳ね起きを披露した彼に、アーラは首を傾げる。
「五年も寝たきりなのに、動けるの?」
「......うん、なんか大丈夫っぽい。ほら、そんなことより早く!」
「分かった」
彼の襟を咥えるアーラ。その白き羽を羽ばたかせ、大きく飛び上がる。
尾羽からは、金色の鱗粉が振り撒かれ、見た者を魅了する。
数秒で山を降りたアーラは、天を縦横無尽に飛び回り、久し振りの飛行を楽しんだ。
「ねぇ、アーラ。まだ、大丈夫だと思う?」
「何が?」
「僕の最後の記憶......、誰かの処刑を止めようとしてるんだ。それに、間に合うかなって」
「無理」
「だよね。聞いてみただけ」
いつの間にか背に乗り、アーラの返答に顔を伏せる。
「僕は一体、誰を助けようとしたんだ......」
「知らない」
ズキズキと痛む目を押さえ、アーラのふかふかの背に顔を埋める。
周囲には、人間や獣、虫等の怯えや驚きの混じった視線が、蔓延っていた。
「アーラ、一つ聞いていい?」
「何?」
しかし、そんな周囲の目など気にせず、アーラに疑問の顔を向ける。
「ずっと気になってたんだ。......アーラはさ、どうして僕の味方なんだ?」
「......綺麗だったから」
その後に続くのは、風を切る音と、アーラが地に足を付けた音だけ。
「ここは?」
「最寄りの街。服、買わないと」
今の彼は、例えるなら“乞食”。それ程に酷い格好をしている。
「そうだね。髪も切らないとだし、風呂のある宿に行こうか」
ローブであまり見えないが、足まで届いているのだから、さぞかし邪魔に感じてることだろう。
「少し臭う」
「少しじゃないと思うけど。そんなことより、お金って大丈夫?」
「大丈夫。持ってる」
お金の心配がなくなった彼は、五年分の異臭を放ちながら、街を目指す。
その肩には、小さな鳥が、我が物顔で乗っている。
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少し歩いた先で、首に槍をあてがわれた彼の姿があった。
「あの、通らせて貰えませんかね?」
「フードを取れ。先程からそう言っているが?」
それだけなのだが、一向に取ろうとはしない。なので、門番の腕が、彼の頭部に伸びる。
「っ!?」
抵抗することなく脱げた彼──モルスのフードの下には、万人を魅了するであろう美しい顔と──何人たりとも寄せ付けぬ醜い顔が、共存していた。