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驢鳴犬吠めふFeverズ  作者: 竹内すくね
富貴浮雲चक्कर काटता रहा
89/121

無用の長物<2>



「『うちの工場めっちゃ忙しくてなっててやばいww八街くんもまた遊びに来てよー あ、葛にはナイショね』ってさ」

「ねえ」

「へー……よかったじゃん八街お前さー、『お父さんに気に入られてる』んだってさ」

「ねえ。もういいでしょ、葛ちゃん」

 ん、と、幸が手を伸ばす。

「何? おっぱい揉みたいん?」

「ぼくのケータイ返してよ」

 葛はつまらなそうにして、幸の電話を彼に手渡した。

「楽しそうでよかったじゃん」

「門田さんのこと? だってあれから色々とどうなったか気になるし」

「ふーん」

「ね、ぼく、もう行っていい?」

 葛はロリポップを咥えたままで言った。

「あいつらどうなったん?」

「ルドラさんたちのこと?」

「そう。スポンサーとかさ、もうやめたん?」

「えっとね、ううん。スポンサーは続けるんだって。そいで、ルドラさんたちは自分の国に帰っちゃった」

「は? 捕まんなかったん?」

 幸は頷く。

「だって雷が落ちただけだったからね」

「……あぁ、そういうこと。そういうことにしたんだ。なんだ。タミんとこもちょっと面白いことするじゃん」

「大変だったみたいだけどね。雷が落ちただけで人が縛られたりするのかって色々聞かれたりして」

「ま、いんじゃない? タミとかがそれでいいならさ」

「ぼくもそう思う。あ、じゃあ授業始まるから……」

「あのさー」

「もう、何?」

 葛は、じっと幸を見る。

「どうしたの?」

「いや、何も聞かねーなこいつと思って。《騎士団》のこと、忘れてないっしょ」

「うん。でも、葛ちゃんが約束破るとは思ってないし、時間がかかるって言ってたから」

 ロリポップをかみ砕いた葛は、やはりつまらなそうにして息を吐いた。

「何でもかんでも人を信じてたら痛い目見っからね」

「誰でも信じてるわけじゃないけどなあ」

「あっそ。はいはい、そんじゃまたこっちから連絡するから」

「うん。待ってる。……ねえ」

「は? 何?」

「どうしていつも、ぼくをトイレに閉じ込めてから話すの?」

 幸は、個室のドアに手をかけたまま聞いた。

「こういうのエッチくてよくない?」

「ぼく、葛ちゃんのそういうとこは信じらんないよ」



 帰宅した幸は目を見開いた。むつみがリビングでゲームに興じている光景は見慣れたが、つい先日までドがつくほどの初心者だった彼女の上達ぶりがすさまじかったのだ。幸は、むつみが自分と同じゲームをプレイしているようには思えなかった。

「上手ですね」

「コツをつかんだのかな」

 むつみは画面を見たままで言う。緻密に積み上げたブロックで作り上げたのはメフの市役所だった。その再現度は高く、幸が感心するほどだった。

「少年。君より上手くなってしまったみたいだね」

「みたいですね」

「さてと」

「あっ」

 むつみは、せっかく完成させた建物を壊し始めた。つるはしで壁を抉り、スコップで壁を叩く。それだけでは飽き足らないのか自分で火を点けて爆破して回る。淡々と。

「もったいない」

「ストレス解消になるし、またやり直せばいいし」

「ちょっと歪んだ遊び方ですよそれ」

「だってできちゃうんだもん。システムで許されてるんだから」

「まあ、そうかもしれないですけど」

 ゲームの中のものとはいえ、市役所が壊されていく。壊しているのはそこで働いているむつみだ。幸はふと気になったことを口にしてみた。

「何か嫌なことがあったんですか」

「いいことなんて一個もないよ」

「お給料が安いとか、ですか」

「心配してくれてるのかな?」

「そりゃまあ」

「それより自分のことを心配しなよ」

 あ、と、幸はしまったと思った。時すでに遅し。むつみはゲームよりも面白いものを見つけたぜと言わんばかりに瞳を輝かせていた。常なら暗く淀んでいるがこういう時にだけ光り輝く。

「古海が言ってたよ。君が試験を急にキャンセルしちゃうもんだからさ、嫌われたんじゃないかって。でも違うんだよね。また何か、変なことに首を突っ込んだんでしょう。ほとんど無傷で帰ってきたから何も聞きゃあしなかったけどね」

「変なことなんて、別に」

「そうかなあ」

 幸は椅子から立ち上がろうとしたが、俊敏な動きでむつみがそれを制した。息がかかるような距離で、彼女は悪魔のように囁いた。

「嘘つき」

 むつみは幸の後ろに回り込み、彼の首筋を指でつつと撫でた。

「くすぐったいです」

「あんなに猟団が欲しいって言ってて、試験だって待ち望んでたのに。ねえ。どうして?」

「どうしてもなことがあったので」

 むつみはにやにやとした笑みを浮かべていたが、幸には彼女の表情を確認するすべがない。

「叔母さんもショックだなあ。せっかくのお休みだったのに、予定を空けてわざわざ大空洞に潜ってあげようとしてたのになあ」

「……予定なんて別になかったんじゃ」

「は? 何?」

 何でもありません。そう言って、幸はむつみから逃れた。

「約束破ったのはごめんなさい」

「はいはい、今度はちゃんと試験を受けなよ。まあ、いつになるか分かんないけどさ」

「はい」

「君なら受かってたと思うよ」

「本当ですか」

 むつみは意地悪い笑みを浮かべる。

「本当、本当」

「適当なんだから……」



 夢を見た。

 くるくると回る花の上、天と地が逆さになっている夢だ。いつしか海に投げ出され、空の彼方へと放り出される。波間でゆらゆら、雲間でふらふら。自分がどこにいるのか判然としない。生きているのか、死んでいるのかさえも。ここは随分と居心地がいい。人の思考など意味をなさず、揺れと流れに身を任せているだけでいい。それでも幸はここにい続けてはいけないと思った。自分の意志で立ち上がって、歩いて行こうと。


『腐らないで』


 そうだ。

 幸の脳裏にも、あの声が蘇る。

 死を選ばずとも、朝が来るたび生まれ変わるような感覚を受け、細胞は少しずつ入れ替わる。大事なのは意志だ。強い心が道を切り開く。

 だが、それでも。それでも心が折れた時、自分はどうなるのだろうか。どんな道を選ぶのだろうか。



 目が覚めるといつもよりも早い時間だった。幸は夢で見たことをぼんやりと思い出しながら、水槽越しの鬼無里に話しかけていた。彼女はじっとして動かない。目を瞑っているから眠っているのかもしれなかった。幸は構わずに話し続けた。水槽を指で叩いていると、うるさいよという反応が返ってきた。

「起こしちゃいましたか」

「起きていたとも。全く」

 鬼無里は言って、幸を見上げた。

「鬼無里さんは夢を見ますか」

「うん。最近はね。……ご主人はあんまりいい夢を見られなかったようだね。輪廻がどうとか、くるくるがどうとか……前に私が話したことを気にしているのかい」

「かもしれません」

「輪廻転生か。そうだね。私は一度、カエルに生まれ変わったようなものだからね。それも輪廻転生になるのかもしれない。私にとっては素晴らしいことなんだが、実際、そうでもない」

「どういうことですか」

「命あるものが死に、他の命あるものに生まれ変わる。新しくやり直すと言えば聞こえはいいが、やり直した先でまた死を迎えれば、また新たな生を授かる。繰り返しさ。終わることはない。ずっと生き死にを繰り返し続けるのが輪廻なんだ。インドの思想において、輪廻は楽なことじゃない。今の人生がだめだから死んでやり直せると言えばそうでもない。だって次にまた人間に生まれ変われるかは分からないからね。だから輪廻は苦しいことなんだ」

「それでも、自分で死んで転生する道を選ぶって人もいるんですよね」

 そうとも。鬼無里は頷いた。

「しかし、真の理想とは輪廻から解放されることだ。繰り返さない。続かない。そういった境地に達することこそが最高なんだ。それを解脱というんだけどね」

「げだつ……」

「何回死んで何回産まれて何回も人生をやり直したって、完全で完璧な人生なんてありはしないんだよ。いつだって辛くて苦しい。生きることは苦しむことと同義だ。苦しんでいるからこそ、自分は生きていると実感する。もちろん、楽しいことも嬉しいことも時にはあるだろうけどね。そういうのが嫌だって言うんなら機械になるしかないよ。あるいはカエルになるしかない」

 自嘲気味に言うと、鬼無里は水の中に飛び込んだ。

「死生観も何もかも人それぞれさ。だから、ご主人はご主人が思うことをすればいい。違うかい?」

「分かりません」

「いっぱい悩んで苦しむといい。それが人生さ。なんてね」

 鬼無里は鼻歌を歌い始めた。



 悩んでいても苦しんでいても陽は昇る。授業も始まる。マンションの外に出た幸は、見覚えのある車が停まっているのに気づいた。イシャンの車だ。不思議に思っていると後部座席のドアが開いて、イシャンが姿を覗かせた。彼は幸を認めると、何度も瞬きをしたり、息を整えて、ある程度の時間を要してから、ゆっくりと車から降りて彼と向かい合った。

「余はこの街が嫌いだ」

 イシャンは一番最初にそう言った。

「花粉症も嫌いだった。この力で色々なものを手に入れたが、色々なものを失ったからだ。でも、兄上も花粉症に罹って、そのおかげで分かり合えたような気がする。だから、今は嫌いではない。花粉症も、この街も」

「そっか」

「メフに来てよかった。ご主人。お前にも会えた」

「ごしゅ……あのさ、イシャンくん」

「なんだ?」

 幸は、さっきから気になっていたことを告げた。

「どうして、そんな服を着てるの?」

「これか」

 イシャンはくるりと回った。スカートの裾がはためいた。黒白のエプロンドレスが朝の光を浴びて眩しく映る。幸は、彼がメイドの格好をしていることに対しての理解が追いついていない。

「兄上たちは帰ったからな。代わりにチャウドゥリーの侍女たちに来てもらい、見繕ってもらったのだ」

 イシャンはヘッドドレスの位置を手で直し始めた。

「だから、どうしてメイドさんなの?」

「決まっておろう!」

 びしりと指差され、幸はたじろぐ。

「余はこの街で、花粉症を通じて兄上の御心を分かった。姉上のこともだ。だが、分かったつもりになっているだけだ。王の心は王にしかわからぬ。民の心は民にしか分からぬ。兄上も姉上も誰かに仕えていたのだから、二人を理解するには余も同じことをするのが一番だ。ふふん。こうしていると姉上を思い出す。やはり余は姉上に似ているのだな。どうだ、似合っているだろう?」

 イシャンはスカートの裾をつまんで持ち上げた。一瞬、下着が見えた。女性用のものだったので幸はドン引きした。しかし鬼無里の言っていた通り、死生観も趣味嗜好も何もかも人それぞれである。

「メイドじゃなくって、ルドラさんみたいに執事の格好じゃだめだったの?」

「一度試したのだが、侍女たちがこちらの方がいいとうるさかったものでな。変か?」

「……えーと。まあ、可愛いんじゃないのかな」

「そうであろう! ご主人にそう言ってもらえると、めかした甲斐もあるというものだ」

「あのさ。なんでぼくをご主人って呼ぶの?」

「決まっておろう。余はお前に仕えるのだ。であれば『ご主人』だの『マスター』だのと呼ぶのが筋ではないか。旦那さまと呼ぶには早いし……ご主人が嫌なら『坊ちゃん』はどうだ。余はみなにそう呼ばれているが」

「えーと」

「余はお前に屈したのだ。敗者が勝者に仕えるはチャウドゥリーの習わしなのだから当然であろう」

「いつ屈したの?」

「覚えていないとは……」

 イシャンは目を見開く。

「兄上と戦った時だ。まさか、余が誰かの指図に従うとは思いもしなかったが……」

「ああー」と幸は呑気そうに相槌を打つ。

「存外、悪くない気分であった。余はこの街も花粉症も好きだが、お前のことも好いている」

「ぼくも好きだけど、友達としてだから、その、そういう仕えるとかは……」

「だめか?」

 幸は首肯する。

「そうか……」

 イシャンは悲しそうに俯く。悪いことをしたかもしれない。幸に罪悪感が芽生え始めた時、イシャンの表情がぱっと明るくなった。

「関係ないな!」

「えっ」

「余はご主人に仕えたいから仕える。ご主人が拒もうが余には何の関係もない!」

 言い切った。

「ぼく、イシャンくんのご主人さまなんだよね? だったらぼくの言うことを聞かないのはどうかと……」

「黙れご主人。疾くご奉仕させるがいい」

「無茶苦茶だ」

「よし、立ち話もなんだから車に乗るといい。これからは毎日、余がご主人を学校に送り届けてやろう」

 イシャンは高笑いしながら先んじて車に乗り込んだ。

「しかし仕えるといっても何をすればいいのか余には見当がつかんな!」

 幸はどうしたものかと考えるのだが、少し面倒くさくなってきて、結局、イシャンの言うとおりにするのだった。



 よりによって自分を無視するとは。葛の腸は煮えくり返っていた。何度連絡を試みても無駄だった。《騎士団》の連中は約束の刻限を過ぎても大空洞から戻ってこない。何かあったのだと察しつつも、自分ではどうすることもできない。

 舌打ちをするとコンビニ店員の表情が引きつった。葛はそれを気にも留めずに店の外に出る。携帯電話から目を外すと、小さく手を振る制服の少女が見えた。

「どうも、衣奈さん」

 少女の黒髪が揺れた。ショートボブのそれは艶やかな光沢を放っている。彼女は東本梅という名の少女だった。

「お前かよ」

「邪険にしないでください。頼まれていたことをやっておいたのですから」

 東本梅は笑ってくださいと、自分の唇の端を指でつり上げて見せた。

「《騎士団》とは連絡取れたん?」

「取れないということが分かりましたので、その報告に来たのです」

「お前さ……ガキの遣いじゃないんだよ? できませんってことをわざわざ言いに来るとか、あーし絶対怒るじゃん。何? 怒られたいド変態なの?」

「メフでならいくらでも融通が利きますが、さすがに地面の下となると難しいのです。それは衣奈さんもご承知のはずですが」

 東本梅の言うことは一々もっともだった。しかし葛は正論が聞きたいわけではない。

「市役所にも確認を取りましたが、一雨いちぶりさんのチームは期限を過ぎてもまだ戻ってきていないそうです。近く、捜索隊が出動する手はずとなっています」

「……なんかあったん?」

「どうでしょう、と、そういうふわふわとしたことが聞きたいわけではないご様子。何が起こっているかは全く分かりませんが、一つ気なることが」

 葛は話の続きを促した。

「大きな地震があったのを覚えていますか? その際に裂け目と呼ばれるような穴が空いたことをご存じで? ……結構。その裂け目を調べていた人たちがいたのです」

「裂け目」と葛はオウム返しする。彼女は以前、幸がそのようなことを口にしていたのを思い出していた。

「もうすっかり忘れ去られていますが、その調査自体は場所を変え、人を変えて続けられているのです」

「そいつらから何か聞けたん?」

 東本梅は小さく頷いてみせた。

「狩人が、というより、市役所が追っているであろうケモノがいるそうです。《宿借》というものらしいのですが。菌類めいたケモノで、主に犬猫と言ったペットに寄生するそうで。もっとも、あらかたの《宿借》は片付いたそうなのですが、どうやら生き残りが」

「……菌なのに? なんで生き残りがいるって話になってんの? 誰かそんなちっこいやつが逃げてるのを見つけたのかよ」

「いえいえ。ですから、《宿借》が寄生したであろう生き物が裂け目付近で見つかったようなのです。そして見えなくなった。裂け目に潜り込み、大空洞へ逃れたのでしょう」

 たばこを銜えると、葛はポケットの中のライターを指で探り当てることに邁進し始めた。

「ほっときゃいいじゃん」

「少しばかり事情が違うようなので、市役所としては放っておけないようなのです。生き残った《宿借》の寄生先はペットではなく、飼い主。つまり人間だったとのことです。そのような事例は過去になく、そも、《宿借》が大量発生した理由も明らかになっていないと聞きました」

 ああ、と、葛は得心する。

「一雨らが大空洞に潜ったのは、そのヤドカリとかいうケモノを追っかけるためだったわけ?」

「恐らくは」

「ま、ケモノだのなんだの、どうでもいいけどさ」

「でしょうね」

 東本梅は葛を睨みつけるようにして見据えた。

「あなたは本家のお気に入りで、《騎士団》を辞めてしまいましたから」

 しかし、彼女はそれだけ言うと気を取り直したらしかった。

「ともかくケモノを狩るのが狩人の本分。であるなら一雨さんたちが戻ってこないのもしようがない話というやつでしょう。果報は寝て待てという言葉もあります」

 結局、この女はもう少し我慢しろとだけ言いに来たのだ。葛はそれが分かったのでもう何も言わなかった。



《騎士団》。

 メフに数ある猟団の中で最も大きく、最も強く、最も厄介なものだ。《騎士団》はその大きさ、所属する人数から、いくつかのグループに分かれて行動している。一雨塔子いちぶり とうこが所属するのも、そうしたグループの中の一つだ。

 塔子のグループは《騎士団》の中では特筆すべきことのない、目立たない位置づけにあった。彼女らも自分たちがどのように見られているかは知っていたが、気にしなかった。目立たないだけであって、隠れた実力者が集まった塔子らのグループは堅実で、誠実だった。こと与えられた仕事をやり遂げることに関して塔子らの右に出るグループはいなかった。

 堅実で誠実。それが仇となった。

 塔子たちが大空洞に潜ったのは《宿借》というケモノを狩るためだった。それを依頼したのは市役所だが、当初、《騎士団》ではなく別の猟団に話が向かっていた。横取りにする形で《騎士団》が割り込んだ。《宿借》の寄生先が《騎士団》の狩人だったからだ。市民のためケモノを狩るというよりかは仲間の不始末をつけるために塔子たちは地下へと歩を進め、それと出遭った。

 最初に逝ったのは塔子の弟、一雨(しん)だった。生来の優しさが彼の体を当たり前のように動かした。塔子の前へ飛び出し、ケモノの一撃を受けた心は最後まで声を出せないまま終わった。

 次いでくたばったのはグループをまとめていた男、たつみである。彼は狩人としての経験から、このケモノを外に出してはいけないと判断し、鉈を抜いた。尻込みするものがいた中、一人果敢に切りかかり、打ち合った果てに頭を割られた。

 二人が死に、グループは分かれた。覚悟を決めたものとそうでないものとにだ。まるで滲んだ臆病に食らいつくがごとく、ケモノは自身に背を向けたものへと狙いを定めた。

 塔子は動けないでいた。彼女は鉈を抜けなかった。臆病なのではなく、心が折れたのでもなく、それが――――否、自身さえもただのお飾りであると知っていたからだ。猟団に属していても狩人ではない自分のことを、塔子は生まれて初めて呪った。だから逃げろという声に対しても素直に従った。助け舟でさえあった。最愛の肉親が自分を庇って死に、グループをまとめていた巽が死んでも理性を失えなかった。怖かったのだ。死が、ケモノが、これから先が。

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