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驢鳴犬吠めふFeverズ  作者: 竹内すくね
富貴浮雲चक्कर काटता रहा
82/121

猟団を作ろう<2>



 山を下りた幸はあることを思い出し、釣り堀屋『ニューめふ』に向かった。そこの店主である鮎喰垂水あくい たるみも、現在はほとんど活動していないとはいえ、猟団に属するものだった。また、釣り堀屋には復帰した深山もいる。《百鬼夜行》や《騎士団》の話を聞けるかもしれないと考えたのだった。

 もう陽は暮れ始めていたが、ニューめふは夜釣りも始めたらしくライトアップされていてよく目立っていた。

 木造の受付所に入ると、カウンターには鮎喰の姿があった。彼女は幸の姿を認めると、人懐こい笑顔を浮かべた。

「おー、君かあ。いやあ深山がお世話になってるみたいで」

「あ、いえ、そんなことは」

「えーと、深山だよな? ちょっと待てよー、あいつさ、さっき休憩から戻ったばかりで」

「実は、今日は鮎喰さんに話というか、お願いしたいことがあって」

「んん?」

 幸は鮎喰に事情を説明した。彼女は莞爾とした笑みを浮かべた。

「なーんだ、そんなことか。いいよいいよ、何枚でも書いてやるよ」

「いいんですか? その、《百鬼夜行》ってあんまりいい話を聞かないとか、なんとか」

「今は釣り堀だけで充分食べていけるし、あいつらのことは元からそんな悪く思ってなかったからな。ま、色んな人がいるんだってことで」

 そう言うと、鮎喰は何か書くものを探し始めた。

「そうだ、よかったらちょっとやってきなよ」

「あ、それじゃあ」

「あーっ、いいっていいって、財布しまいな。八街くんは常連だし。今日は特別だけどな」

 幸は鮎喰の厚意を素直に受け取ることにした。外の釣り堀に出ると、ため池の傍にいた深山と目が合った。

「珍しい。一人か」

「ええ、実は……」

 深山にも鮎喰にしたのと同じ説明をすると、彼は眉根を寄せた。

「《百鬼夜行》だと」

「あ、やっぱりいけませんか」

 深山は元《騎士団》だ。《百鬼夜行》を悪く思っているのかもしれないと、幸は心細い気持ちになった。彼を慮ったか、深山は険しかった表情を和らげる。

「いや、何、《騎士団》にいた頃は《百鬼夜行》を敵視していたところもあったが……染みついた習慣のようなものだ。実を言うと、なぜ自分が彼らに敵対心を抱いていたのかも分からない」

 水面が揺れた。魚が跳ねて、二人は思わずそちらに視線を向けた。

「思うに、嫉妬だ。当時、《百鬼夜行》は大空洞の最前線にいた。彼らは私たちの知らないものを目にして、触れて、何かを知り、得た。それを許し難く感じていたものは多かっただろう」

「分かる気がします」

 幸はむつみに近づきたかった。だから狩人という道を選ぼうとしている。だが、その道がよく見えるにつれ、彼女の存在は遠のいていく一方だった。

「それからもう一つ」

「もう一つ、ですか」

「恐怖だ。人が何かを嫌い、憎み、争うのは怖いからだ。自分ではどうしようもないものに行き当たった時、武器を取るしかない。得物を手にしなかったなら、後はそいつに飲み込まれてしまう」

「怖いから戦うんですか」

「私はそう考えている」

 幸は釣りをすることを忘れていた。

「そんなにすごかったんですか、《百鬼夜行》っていうのは」

「大空洞には階層がある。旧市街だとか、大劇場だとかな。彼らがその全てを攻略したわけではないが……十数年もの間、誰も突破できなかった場所があった。手ごわいケモノがいたのかもしれん。歩くのですらままならない難所だったのかもしれん。とにかく、《百鬼夜行》は誰も手出しできなかったそこを越えた。金に飽かせた装備を着こみ、人数にものを言わせて突破したのかもしれん。だが、暗がりの中、最初の一歩を踏み出すのは酷く難しい。物事はみなそうだ」

「そんなすごい猟団もなくなっちゃうんですね」

「……それだけの何かが、私たちの足元にあるということだ。八街。今は《騎士団》が新たなワイルドハントに成り代わりつつある。あまり《百鬼夜行》の名を出すなよ。余計な敵を作りかねんからな。どうせならもっといい名前を考えろ」

 深山と話していると、受付の方から幸を呼ぶ声がした。鮎喰が建物から顔を覗かせて手招きしている。

「深山さん。お話、ありがとうございます」

「構わん。何かあれば身近なものを頼れ。無論、私でも構わん」

「ありがとうございます」

 幸が深山から離れると、そのタイミングを待ち構えていたかのように、婦女子が深山のもとに集まり始めた。

「あっはっは、いやあ、入れ食いだな!」

 包囲される深山を見て鮎喰は笑っていた。彼女は封筒を手にしていた。

「ほい。推薦状なんか初めてだけどこんなもんで大丈夫だろ。八街くんなら大丈夫ってことが伝わればいいわけだからな」

「ぼく、大丈夫でしょうか」

「んー? ま、平気平気。私だって団長なんだし、狩人だって色んなやつを見てきたからな。あっ、ほら、前に言ってた写真あるだろ? えーと、どこ行ったっけな」

 鮎喰は建物の中へ戻り、部屋の中を歩き回る。幸は出入り口のところから彼女の髪の毛が跳んだり跳ねたりするのを眺めていた。

「お、これこれ」と鮎喰が見せたのは、巨大な魚を釣り上げたであろう男の写真だ。髪がぼさぼさ、髭もじゃの男は山男のようだった。ここの釣り堀で撮られたものらしく、端の方にピースサインをする鮎喰も写っている。

「この人、心の師匠なんだ」

「……鮎喰さんも大空洞に行ってたんですよね」

「まあな! うちら、潜民死走ディープワンズと言えば、そこそこ……いや、まあまあ? ま、まあ、とにかく知ってるやつは知ってる猟団なんだって! 本当だって!」

 両肩を掴まれて揺さぶられる幸。彼は頷くしかなかった。



 翌日の放課後、幸は環境整備課扶桑熱係へ向かった。その足取りは軽く、意気揚々としていた。彼は窓口で古海を見つけると、二通の推薦状を見せた。彼女は長い間それを見つめていたが、意地悪い笑みを浮かべた。

「なるほどね、むつみの差し金か。……推薦状とは考えたな、あいつも」

「これで、あとは旧市街を抜ければいいんですよね」

「それはどうかなあ?」

 古海は焦っていた。彼女は幸が《百鬼夜行》を譲り受けるにあたって二つの条件を出そうとしていたが、完全に読まれていたのである。

「第一、もらってきた推薦状も、これ、何? 《潜民死走》とか知らないし、もう一つは子供が書いたの? めっちゃカラフルだし……うそ。《十帖機関》のなのこれ?」

「ねつ造じゃないですよ」

「……一応、預かっておきましょう」

 幸は満面の笑みを見せた。古海は、このままではまずいと感じた。幸は性急だ。そして頑なだ。どんな無理難題を与えても即座に終わらせてしまう。

「ま、そうね。あとは旧市街の突破ね。でも、ひとつ条件があります」

「この際ですからもうなんだっていいです」

 何でもいい。つまり、何をしてもいい? その言葉を聞いて古海の心が揺らいだ。

「古海さん?」

「え? ああ、うん。条件はね、もう一つ推薦状をもらってくること」

「それだけでいいんですか」

「ただし、その相手は《騎士団》ね」

 幸は顔をしかめた。

「分かってて言ってますよね、それ。《騎士団》の人は《百鬼夜行》をよく思ってないって、ぼくだって知ってます」

「何でもいいって言ったじゃない。あれあれ? 幸くんは約束を破っちゃうのかな?」

 幸は大人の汚さやずるさ、大人げなさ、いずれ自分もこのような大人になるのだろうかという気持ちを丸めて飲み込んだ。こうなったらどんなものでも構わない。全て乗り越えていけばいいだけだ。そう、腹をくくった。

「いいです。分かりました」

 それに、幸は自分のことを知っている。古海は意地悪だけで自分の邪魔をしている訳ではない。彼女は狩人として一流だ。少なくとも幸はそう思っている。その古海が認めないのは自分に力が足りていないせいだ、と。

「もらってきます。必ず」

「無茶はしないでよね」

 幸が立ち去った後、古海に近づいてくる一人の女がいた。軽薄そうな面を下げているのは、彼女の市役所での後輩である。

「せんぱーい、意地悪ですねー。猟団作るのなんかもっと適当でよくないですか?」

「んー? まあね」

「だったらなんでなんですかー?」

「分かってるくせに」

 後輩の女は、幸が持ってきた推薦状を指でつまんだ。そうして、酷薄な笑みを浮かべた。

「ですね。《百鬼夜行》が蘇ったら困りますもんね」



 幸は《騎士団》から推薦状をもらうべく動いていたが、その忙しさの中で忘れているものがあった。彼は学校のトイレに入ったところでそれに捕まった。ちょうど、小便器で用を足そうとして、ズボンのチャックに手をかけた瞬間を狙われた。

「なんで無視すんの?」

「ひっ、誰……!?」

 背後に立つ人物は幸の耳元に息を吹きかけつつ、彼の尻を撫でまわした。

「えー? 分かってるくせにー、葛ちゃんだよー? なあ。なんで無視すんの?」

「忙しかったんだよう」

「へー、返信できないくらい? 既読スルーしちゃってさー、生意気」

「ごめんって、ごめん、だから指離して」

 幸は葛から距離を取ってズボンのチャックを上げた。尿意はどこかへと消え去っていた。振り向くと、酷く機嫌の悪そうな葛が腕を組んで突っ立っていた。

「言わなかったっけ? メフであーしを無視するとか、メフの半分を敵に回すようなもんだって」

「もう、ごめんって。だいたい、わざわざ男子トイレで話しかけてこないでよ」

「だったらお前が女子便にこいや」

「行けるわけないよ」

 葛は幸の背を押し、個室に押し込もうとした。彼はその流れに逆らえなかった。

「そんでさ」と葛は自分も個室に入り、扉を閉める。狭い空間で二人きりになると、彼女の体から発せられる香りが鼻に突いた。

「ちょっと頼みたいことがあんだよね」

「……変なことじゃないよね?」

「へーきへーき、変なことなんか何もないって」

 そう言う葛の表情は軽くて薄い。作り慣れた笑みが顔の上にべったりとはりついている。

「つーか変なことでも断れるわけなくね?」

「嫌なことは嫌だって言うからね」

「いい思いさせてんのに?」

「いいって……ぼく、何かしてもらってた?」

 葛は胸元に手を当てた。

「エッロいガゾーとか送ってやってんじゃん。あーしがそんなサービスすんのって中々ないんだよ?」

 ああ、と、幸は得心した。あのテロのことかと。

「迷惑なんだけど」

「は?」

「だって困るよ。あんなの送られても」

「お前マジでチ○ポついてんの? や、前から女みたいな顔してんなとは思ってたけど」

「ちょ、触ろうとしないでよ」

「普通さー、もっと喜ぶべきじゃね? 金払ってでも見たいってやつもいんだけど」

「とにかくやめてよね。それで、頼みたいことって何なの」

 葛は訝しげに幸を見る。彼は不思議そうに彼女を見返した。

「葛ちゃんのお願いでしょ。よっぽどのことじゃなきゃ断らないよ」

「あーしの胸見たから?」

「……葛ちゃんなのに余裕がないように見えたから。それに、そこ、ちょっと汗がにじんでる。ぼくを捜し回ってたのかなって」

 少しの間だけ押し黙った葛は、見上げるようにして幸をねめつける。

「うるせー分析してんじゃねーよ。最初からそう言えばいいんじゃん、はー、めんどくせーやつ」

「でも、すぐにはできないかも。ぼく忙しくって」

「後回しにしてよ、そんなん」

「だめ」

 葛はたじろいだ。

「……なんでよ」

 幸は少し迷ったが、猟団のことや、推薦状のことを葛にも話した。そこでチャイムが鳴り、彼は個室から出ようとする。が、彼女は膝を立てて幸の行く手を塞いだ。

「遅刻しちゃうよ」

 葛は底意地の悪そうな笑みを見せた。

「欲しいんだ? 推薦状。へえー」

「もう、遅刻しちゃうでしょ」

 葛はすっと膝を下ろし、個室の扉を開ける。

「ね。どっちがいい? 推薦状と授業いっこ受けんの」

「どういう意味?」

「いまさら教室行ったって遅刻確定じゃん。だったらとりあえずさ、八街の五十分をあーしにちょうだいよ。そしたら《騎士団》に会わしてやんよ」

 幸は目を見開き、息を呑んだ。その様子を見て葛は満足そうに喉を鳴らす。

「別に? 頼みをすぐに聞いてくれなくてもいーよ? 一応さ、困ってるやつがいるのは確かなんだよねー」

「……どうして葛ちゃんが《騎士団》を紹介してくれるの」

「《騎士団》のスポンサーがタダイチだから。おじいちゃんが出資してやってんの。で、あーしタダイチの関係者。おじいちゃんの可愛い孫。話分かってきた?」

「嘘じゃないんだよね?」

「保健室行かない?」

「だから……えっ、なんで?」



 葛は保健室のベッドに寝転がり、わざとらしく足を組み替えた。下着が見えそうになり、幸は彼女に毛布をかぶせた。

「ここの鍵持ってるんだね、葛ちゃん」

「ちょっとー、これ退かしてよ、見えないじゃん」

「何が」

「えー、分かってるくせにー」

 幸は無言で丸椅子に座った。

「……葛ちゃんのおじいちゃんが《騎士団》のスポンサーさんだってのは分かったけど、それで葛ちゃんが《騎士団》に会わせてくれるってわけじゃないよね」

「は? なんで?」

「お金を出してるのは葛ちゃんじゃなくって、葛ちゃんのおじいちゃんなんでしょ。だったら葛ちゃんとは無関係じゃんか」

 葛はむっとした顔になったが、すぐにへらりとした笑みを浮かべる。

「外から来たばっかのやつには分かんないだろうけどさ、ここじゃお定まりのことが山ほどあんの」

「葛ちゃんはそれが嫌なの?」

「……は?」

 幸は葛を見下ろしていた。じっと。

「嫌だったら、何? お前が何とかしてくれんの?」

「分かんない。でもぼくにできる範囲でならやるよ」

 幸は冗談を言っていない。葛は、彼から危うさを感じていた。真白の、触れれば瞬く間に黒ずみ、腐り落ちてしまいそうな無垢さがそこにあった。

「会わせてやるって言ってんじゃん。八街が推薦状をもらえるかどうかは知んない、それでいいっしょ」

「分かった。信じるよ」

 葛は幸に対して敵愾心を抱いた。彼の、自分を見透かすような目が嫌だった。

「葛ちゃん?」

「あぁ……何?」

 無意識のうち、葛は幸の制服の裾を握っていた。彼女は手を放したが、じっと彼を見上げたままだった。

「嫌だったらいいよ」

「何が」

「《騎士団》と関わるの」

「あーし、そんなん一言も言ってないんだけど」

「うん。言ってない」

 お前のことは分かる。何も言わなくとも、全て。幸がそう言っているように感じられて、葛は激昂しかけた。

「何が分かんだよ。だったらお前が……」

 言いかけて、葛は口をつぐんだ。幸は花粉症で、狩人だ。少しなら腕も立つだろうが、それはあくまで狭い世界の中だけだ。彼一人では何もできない。

「いいよ。だから、何かあったらきっと相談してね」

「八街じゃ頼りねーし」

「それでも……メフのほとんどの人が葛ちゃんの味方で、助けてくれる人も大勢いるよね。でも、葛ちゃんはその中でぼくに頼みごとをしてくれたんだから」

「だから何なん?」

「友達だし、ぼくでいいなら何だってしてあげたいよ」

「こっち見んな」

 葛は頭から毛布を被った。

「それ、いらないんじゃなかったの?」

「見んなって」

「さっきまで見てもいいって言ってたじゃん」

「見せんのはいいけど、見られんのはイヤなんだよ! バカじゃねーの!」

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