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驢鳴犬吠めふFeverズ  作者: 竹内すくね
鮮血淋漓に夜露死紅
64/121

漂えど沈まず<2>



 葛が地図を俯瞰して指示を出し、AからEの計五班、彼らの密な連絡。それから自転車で猛追する雪蛍によって首なしニンジャライダーは徐々に追い詰められていた。

「何、何なん、あいつら……」

 ぎりりと歯ぎしり。そして舌打ち。

 首なしは苛立たしそうにミラーを睨んだ。いや、実際に苛立っていて、はらわたは煮えくり返っていた。既にいつもと違うルートを走らされている。追ってくるのはレトロなデザインの車。そして真っ赤なクロスバイクだ。ふざけるな。首なしは叫びそうになった。

 どうして放っておいてくれないのか。

 どうして自分に構うのか。

 自分はただ、走りたいだけだ。嫌なもの汚いもの何もかもを遠い向こうに置き去りたいだけだ。それを邪魔するというのなら、ぶっちぎる。お前ら全部を過去にしてやる。首なしはそう決意した。



『そのまままっすぐでいいよー』

「うん。……先生、とりあえずまっすぐで」

 鉄は小さく頷いた。

 車内には妙な緊張感が張り詰めていた。一方で期待感も滲んでいる。これまでの追跡で、首なしが信号を嫌がっていることが判明しつつあった。

「衣奈のやつ、首なしをどこに追い込むつもりなんだろうな」

「恐らくですが、弐拾区の外れではないかと」

「そっちに信号あるんすか?」

「等間隔でいくつか。通りは閑散としていて全く無駄な信号ではありますが」

 メフの街は杜撰だ。そもそもの起こりからして計画性もクソもない。いくつかの市町村が半ば強制的に合併しただけだ。無意味な信号、標識、横断歩道。どうしてこのような場所に、というようなものがいくつもある。大崩落以後、人の手が伸びず目も届かず放置されてきたからだ。しかしこの夜に関しては、その無意味さが首なしを捕捉する助けになりそうだった。

「あの真っ赤なチャリの人も分かってんのかな?」

「この辺の道には詳しいって言ってたけど」

「そういやアレ、ヤチマタが呼んだんか? 俺も知ってる人か?」

 え、と、幸は少しの間だけ言葉に詰まった。

「知ってるのは知ってる、かな」

「へえ、誰よ」

「言っても分からないと思う」

 幸は鉄を盗み見た。ミラー越しに彼女と目が合った。



 鳥が鳴く。地上の姦しさ煩わしさとは関係ないとでも言いたげに。

 夜を往く鳥は真下を見た。真っ黒なボディのバイクが唸りを上げて這い回っていた。

「見つけた……!」

 真っ赤な自転車が、真っ黒なバイクを捕捉する。

《竜巻乗り》が雪蛍ごと自転車を浮かせた。中空を駆ける。彼女も幸たちの狙いを酌んでいた。だが、前方のバイクが交通規範を遵守するとは思えなかった。

 だが追い詰める。ただ追いかける。雪蛍は駆ける。角を二つ曲がり、長い直線に差し掛かる。そこで首なしがこちらを見ているのに気付く。首なしは落ち着かなそうにしていた。

 先には信号が見えている。青だ。首なしが速度を上げて突っ切った。雪蛍も後に続く。信号が二つ。点滅しているのが見えた。バイクが、信号が赤に変わる寸前で抜けた。

 最後、三つ目の信号が赤になる。首なしの挙動が不審なものになり、叫び声すら聞こえてきた。バイクは徐々に速度を落とし、それでもなお止まり切れないのか、スリップしながら車体を斜めにして足までブレーキに使ってようやく止まった。アスファルトからは白煙が上がっていた。

 首なしニンジャライダーが、停止した。

 雪蛍はその隙に距離を詰めるが、歩行者用の信号が青から赤へ変わりつつあった。時間がない。間に合いそうになかった。

 向こうから甲高いブレーキ音が轟いて、一台の車が停まった。運転席から一人の女が降り立った。その女は車道の真ん中に進み出て、眼鏡の位置を指で直しながら首なしの方へ近づいていく。

 信号が青に変わる刹那、首なしのバイクが咆哮を上げる。

「どっ……退いてくださいよおっ!」

「なるほど」

 眼鏡の女は――――鉄一乃は興味深げに言った。

「首がないのに喋るんですね」

 疾走する鉄塊と女が交差するまで、数秒もかからなかった。



 漂えど沈まず《テウメッサ》。

 それが首なしニンジャライダーと呼ばれたものの能力だ。何者にも捕まらない運命を持つもの。その名を冠した異能は、追いかけられるとその相手よりも素早くなる力を有していた。

 だから首なしはこれまでに、ただの一度も捕まらなかった。誰にも捉えられず、逃れ続けた。

 幸は、三度目の邂逅でそのことを見通した。異能のことも、その持ち主のことでさえも。



 首なしのバイクは止まらなかった。止められなかったのだ。前方に人がいても、何がいても、爆発的な加速のせいでどうにもならなかった。

 前方の女、鉄は微動だにしなかった。だが、首なしはメット越しに見た。彼女の瞳に光輝が宿るのを。それは異能を行使する前兆だ。

「退いてえっ……」

 悲鳴のような声が首なしから漏れた。無駄だ。

《漂えど沈まず》は無敵である。相手が何人なんぴとであろうとその力は絶対だ。

 だから目の前の女が何をしたところで、その手も力も自分には届かない。首なしは確信していた。そも、力を使う前にバイクで吹っ飛ばされるだけだ。できるなら悪いこと(・・・・)はしたくなかったが、もはや――――。

「え」

 首なしは瞠目した。鉄が、肩を前に突き出したからだ。まるでボクシングのショルダーブロックだ。そんなもので止められるものか。そこで首なしの意識が飛んだ。力を使う時はいつもこうだった。

 接触まで一秒。躊躇も容赦もなく突っ込む忍者モンスター

 やけに鈍い音がして、ひび割れてみしゃりと砕けて容易くひしゃげた。衝撃に耐えられず、ばらばらに撒き散らしながら真上に飛んだ。ひっくり返って、ぐるりと天地が逆さになって。

 接触から一秒。鉄は先の体勢と変わらないまま、両足で地面を踏みしめていた。吹き飛んだのはバイクだった。何故こうなったのか、気絶した首なしには分からなかっただろうが、その理由は一つだ。彼女が首なしを追ったのではなく、待っていたからだ。ただそこに立っているだけのものに《漂えど沈まず》が反応しなかったに過ぎない。

 鉄は服についた埃を払い、中空で意識を失っている首なしを見た。捕まえようとしたが、足を踏み出さなかった。後ろから、真っ赤な自転車に跨っていた女が、風を駆って首なしを捕まえたからだ。彼女は首なしを抱えて、しっかと地面に着地した。

 そして二人の女は、いつかのように対峙した。



「お会いするのはこれで三度目ですね」

「ハ?」

 雪蛍は道路に首なしを横たえてやった。

「幸の学校の先生。あなたとは、山で会って以来なんだけど?」

「ですから、その前に一度」

 鉄は無表情のまま告げた。

「学校で」

「……よく、分からないのだけど」

「そうですか。……悪いことをした後でいいことをしても帳消しにはなりません。悪い過去は悪い過去のまま。私も、あまり人様に誇れるようなことはしてきませんでした。だから、せめて私のようにはならないようにと教えるのが、私のやるべきことです。あなたは何をどうしたいのですか」

「それも、よく分からない」

「私の言ったことの意味、それは分かりますか」

 雪蛍は幼子のように頷いた。

「でしたら、今はそれで構いません。ですがお忘れなく。あの子たちを悪の道に引き入れようとしたなら、今度は気を失うだけではすみません。たとえそれをあの子たちが望んでいなかったとしてもです」

「よく分からないけど、分かったって言っておくわ、先生」

 幸たちが追いついてきたので、鉄はそこで話を打ち切った。そこでもう一人、彼女は見覚えのない少女の姿を認めた。

 少女は幸たちを追い抜き、道路に横たえられた首なしの傍に跪き、ヘルメットを外した。鉄は僅かに目を見開いた。まだ年端もいかぬ、黒髪の少女の顔が現れたからだ。首なしの正体が十代の少女であったことに、雪蛍もまた驚いていたらしかった。

「先輩、ご無事ですか、先輩」

 首なしへ気ぜわしげに呼びかけていた少女は、彼女の息があることを確認して安堵の息を漏らした。そうして、鉄たちに向かって深く頭を下げた。

「ありがとうございます。皆さんのおかげで先輩が助かりました」

「あれ? やっぱりだ。東本梅さんが、どうして?」

 追いついた幸らは、自分たちを追い抜いていったのが東本梅だと気づき、首を傾げていた。

 東本梅は辺りを見回してから早口で事情を説明した。

「皆さんを騒がせていた首なしニンジャライダーという都市伝説ですが、その正体はここで伸びているタマ高の三年生、小林聖おばやし ひじり先輩なのです。学校ではテニス部と生徒会に所属し、成績も優秀で品行方正、文武両道の道を闊歩する黒髪の乙女として、男子生徒や男性教諭、はては通りがかった中学生や小学生まで見惚れてしまうほどの才女なのですが……やはりそうでしたか」

「やっぱりって?」

「私は、さる方から首なしライダーの正体を確かめて欲しいと頼まれていたのです。今までの目撃情報や証言からタマ高の生徒が怪しいと睨んでいたのですが、小林先輩は私が目をつけていたうちの一人だったのです」

 幸は驚いた。自分たちが時間を使ってやっとこさ探り当てた相手を、東本梅はたった一人で突き止めていたのだ。

「でも、頼まれても君がそこまでやることは」

「それは……」

 東本梅の言葉は、数多のエンジン音やクラクションによって掻き消された。真っ暗だった道は方々から明りで照らし出されていく。

「……こういう事態を避けるためでした。首なしライダーが被害を出さないように、そして、危ない目に遭わないように、私はその正体を突き止めようとしていたのです」

「てめーっ!」

「首なしライダーはどいつだあ!? あぁん!?」

 明らかな改造車が幸たちの周りをぐるぐると回っている。集まってきたのが《稲妻地獄》という暴走族であるのは、この場にいる誰もがすぐに分かった。

 十数人のアマゾネスがぎゃあぎゃあと喚き、幸たちを威嚇する。雪蛍が何かやりかけたが、鉄が彼女を押しとどめた。

「首なし出せってんだろおおおおお!?」

「いけません。《稲妻地獄》の皆さん、暴力は」

「すっこんでるらああああああっ」

「ですが」

「だぁああすがじゃあっるああああ!?」

 東本梅は果敢にも暴走族との会話を試みるが、全く駄目だった。同じ国の言葉を話しているはずなのに《稲妻地獄》のメンバーが何を言っているのかが彼女には分からなかった。圧は増していく。ぶおんぶおん音が鳴り、幸も翔一も顔をしかめていた。このままでは収まらない。この状況が続けば、誰もが血を見ることになる。

「るおおおあああああああっ!?」


「待ちなっ!」


 風車めいた言葉を放ったのは、誰にも気づかれずにそこにいた、肌を露出しまくった女だった。幸は眉根を寄せた。その女に見覚えがあったからだ。だが、彼が彼女の正体に思い至るより早く事態は進展していく。

 女はつかつかと我が物顔で道を歩き、《稲妻地獄》のメンバーを手で制した。

「や、やべえ……」

「あぁん!? ナンナンスカこのおばさん!」

「急にしゃしゃってきてナメてんじゃねえんすか!? やっちゃっていいすか! いいすか!?」

「よくねえよ! こ、この人はな、うちらの伝説レジェンド……先代総長の、その前の総長の、もっと前の総長の、と、とにかく結構前の総長の右腕って言われた人だ!」

「ゲェーッ!? 結婚したいがためにチーム全員をボコボコにして一時的に鉄の掟を変えさせたっていう、あの……!?」

「まさか、血の雪を降らすとかいう、あの……!?」

「いやそれ雪じゃなくて血の雨じゃね?」

「しっ、ややこしくなるって」

《稲妻地獄》のメンバーが騒ぎ始める。女の登場によってもはや首なしも幸たちのことも今だけは眼中にないらしかった。

「だいたいの話は分かってる。ここは私に任せときな」

 女は、この場にいる全員の目を確認してから、首なしの傍に屈み込んだ。既に意識を取り戻していた首なしライダーこと小林聖は顔をひきつらせた。

「そんなビビんなよ。まあ、なんだ。随分とおもしれえことしてくれたじゃん」

「……あ、あの、私」

 小林は今にも気絶して口から魂が抜け出てしまいそうなほどすくみ上っていた。無理もない。バイクごとぶっ飛び、暴走族に囲まれて、その暴走族が恐れ戦くでかいサングラスの女に至近距離で凄まれているのだ。

 クソでかいグラサンをかけた女は、かかかと笑った。

「うちらみてーなもんにとってな、チームってな家族と同じなんだ。チームってのは血より濃いもんで結ばれてんだ。家族より家族みてえなもんだからよ。家族にナメた真似されたとあっちゃあ黙ってらんねえんだ」

「ご、ごめ、ごめんなさいいぃいいいいいい」

「《稲妻地獄》のルールを知らねえだろ? 『私らの前を走らせるな』だ。よう、あんたは随分とまあ、派手にぶっちぎってくれたらしいじゃねーか」

「ひっ」

 女が手を伸ばした。小林は目を瞑って悲鳴を発したが、柔らかな感触を受けておずおずと瞼を開いた。女は彼女の頭を撫でていた。

「すげーじゃねーか」

「え? あの、えっと?」

「ゾクぶっちぎりまくるなんざ並のメンタルじゃねーって。すげーよ」

 困惑したのは小林だけではない。《稲妻地獄》のメンバーは戸惑い、憤るものもいた。

「レジェンドだか何だか知らねーけど何言ってくれてんすか! あぁ!? うちらナメられてるし、夏子だって怪我させられてんだよ!?」

「戸田か」

 女は立ち上がり、ゴチャを入れたメンバーをねめつけた。

「怪我したのは可哀想だけどさ、この子にちぎられたんは単純にお前らのが遅かったからだし、戸田は、ありゃあ自爆だ。本人からも聞いたぜ。ビビってコケちまったってよ」

「けど納得いかねえっすよ!」

「ゴチャゴチャ抜かしてんじゃねえよ。てめーら何度も負けてんだ。挙句よそ様に力借りてようやく首なしライダーをどうにかしたんじゃねえか。これ以上恥をさらす気かよ。アァ?」

 女はサングラスを外して《稲妻地獄》の少女たちを睨みつけた。その有り様は、子供の喧嘩に親が割って入るような出しゃばり具合だったが、多分に事実が含まれていた言い分に、少女らは何も言い返せなかった。

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、私がいけないんですっ、私が」

 わっと小林が泣きだした。そして彼女はついでとばかりに身の上話を始めた。

 自分は文武両道、品行方正であろうと清く正しく生きてきたが、それは両親や周囲の多大な期待に応えるため、自らに強いてきた生き方である、と。夜の街を、親に買ってもらったバイクと海外からのルートで手に入れた免許で走り回っていたのも、ストレスとプレッシャーに押しつぶされそうで、何もかも嫌になっていたからだと。小林は逃げ出したかったのだ。

 その涙につられてか、女も、《稲妻地獄》のメンバーももらい泣きしかけていた。

「分かる。分かるよ」と一人の少女が言った。

「私ら、どこにも行き場なくってさ、それでバイク乗って、どっか行きてえって思いで走ってさ。けど、どこにも行けないんだよね。ぐるーっと囲まれててさ、メフから出らんない。狭いカゴん中で一生このままだって、それでも走るのやめらんないんだよね……」

 しんみりした空気を吹き飛ばすかのように、女が小林の背中を叩いた。

「あんた、うちに来なよ。バイク乗って風と一緒になりゃ一人きりさ。走りたいんだろ? 逃げるんじゃない。自分の異能とか、境遇とか、そういうのと向き合うために、一人になって走るんだよ。でもね、それでもしんどい時にはチームのみんながいる。みんなで支え合うためにいるんだよ、うちら」

「そっ、そうっす! 何かその通りっすよ!」

「ああ、チームに入りなよ。あんたなら歓迎するよ」

 小林は涙目で皆を見上げた。

「私なんかが、いいんでしょうか……?」

「ああ」と女が頷く。

「この庄出……あ、もうじき苗字変わりそうだけど、ま、まあ、とにかく、この庄出愛子があんたが《稲妻地獄》の一員になるのを見届けたよ」

 愛子と名乗った女は莞爾とした笑みを浮かべた。小林は彼女に抱き着いた。恍惚とした表情にもなっていた。

「ああ……ありがとうございます、お姉さまぁ」

「え? や、別に私はあんたの姉貴じゃねえんだけど、まあいっか。あっはっは!」

 すっかり蚊帳の外にいた幸たちは、何だかいい感じでまとまりつつあるが、自分たちは今、一人の少女が非行に走ろうとしているのを見ているだけなのかもしれない。なんてことを考えるのだった。

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