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驢鳴犬吠めふFeverズ  作者: 竹内すくね
愛屋及烏magnétisme
35/121

見えない射手の立ち位置



 ベルナップ古川は傭兵として諸国を転戦した。味方にはいいやつがいて、悪いやつがいた。戦火を交えた敵兵にもいいやつがいて、悪いやつがいた。善悪も正誤も区別なく、死神は平等に鎌を振り下ろす。それが古川が戦場で得た真実だった。

 古川が《猟犬》と呼ばれるようになったのは敵兵を執念深く追いかける性質の悪さもあるが、何よりも鼻の良さが理由だ。戦いにおける嗅覚が抜群に優れている。右か、左か。今動くべきかどうか。それは勘とも呼ぶ曖昧模糊としたものだが、首の皮一枚が生死を左右する戦場においては彼の頼みの綱でもあった。

 今は傭兵稼業を引退し、メフで狩人としてのんびりと過ごしているが、その嗅覚は衰えていなかった。古川はその時境内にいたが、なじみのある臭いを嗅いだ。戦いの、死の臭いだ。彼は武器を収めているポケットに両手を突っ込むと、鼻をすすって山を見上げる。程なくしてケモノが鳴いた。次第に声は大きくなり、こだまする。サルどもが吼え声を放っていた。じき、ここに来る。それも雑魚ではない。恐らくだが、『そいつ』だけで並の狩人が蹴散らされるほどの大物が。

「……あぁ、どうすっかなあ」

 巫女を呼びに行こうとしたが、自分は酷く嫌われている。古川は立ち尽くした。そうしているうち、事情を察した巫女たちがあちこちから姿を見せ始めた。彼女らを待っていたかのように、ケモノは動いた。

 山がざわめいている。木々がさんざめき鳥が羽ばたいた。巫女たちが得物を取りに行くなどして慌ただしく動き、境内に緊張が走る。古川はそれらをぼうっと見ていた。

 最初に山を下り、境内に侵入したのはサルのケモノだ。つい先日ここで命を散らしたのとほとんど同じモノだ。

 だが、そのサルどもが妙な動きを見せた。まるで道を空けるかの如くざっと左右に散ったのだ。サルどもの開けた道を堂々と歩くのは、他のサルよりも、この場にいる人間よりも数回り大きく、熊や獅子さえ喰らえるであろう体躯をしたケモノだ。腕が丸太のように太く、全身の毛は逆立って光り輝いている。体には多数の傷跡があった。それは山のケモノと戦い、殺して、喰らってきた歴戦の証である。境内に集った巫女たちを睥睨する目には知性が宿っているようにも思われた。

 古川はその大型のサルに覚えがあった。名は狒々色(エンジン)。役所が注意を喚起している特に凶悪なケモノだ。いわゆる賞金首というやつで、討伐したものにはそれなりの報酬が支払われる。その分、危険度も高い。今の今まで放置されていたのがその証左だ。誰も手を出さなかったのだろう。

 ここにみならいがいなくてよかった。古川はそう思った。何せ狒々色というケモノはここにいる狩人だけでは分が悪い。どうやって殺すかではない。もはや何人が生き残れるかの問題になりつつある。

 古川はコートの中から鋸を抜いた。巫女たちは矢を番え、ケモノに狙いを定めている。狒々色は短く鳴き、それが合図となって周りのサルが一斉に動いた。



 戦いが始まった。ボス猿の狒々色は動かない。ボスの指示を受けたであろうサルのケモノが巫女たちに襲い掛かった。彼女らは距離を取り、弓矢でケモノを撃ち落とし、射殺す。接近したものは古川が一匹ずつ処理した。

 神社の猟団《十帖機関》の巫女たちに指示を与えるのは織星や常夏である。この二人を中心として巫女たちは動く。しかし今日は勝手が違った。何故なら彼らが狩人だからだ。本来、ケモノを追い詰めて殺すのが狩人だ。しかし今は違う。逆だ。ケモノが先に仕掛けてきたのだ。

 十帖機関の狩人はほとんどが女であり、ケモノと近寄って戦うのを嫌っているのか、みな飛び道具を主な得物としている。その最たるものが弓だ。だから近づかれる前にケモノを殺すのが本来の十帖機関のやり方である。この距離まで、しかもわらわらと数を揃えられてはたまったものではない。それでも戦線をどうにか維持できているのは古川の存在が大きかった。怖い顔に似合わず細やかなところに気がつく男でフォローが上手い。巫女たちは彼を見直しつつあった。

 一方の古川も十帖機関の認識を改めつつあった。想像していたよりはやる連中だと思い始めていたのだ。

 巫女が使うのは強弓ではない。それでもまともに当たれば大抵のケモノの肉など貫いてしまうが、鏃を重く尖らせた、いわゆる征矢を使っている。威力は充分に確保されていた。また、巫女らの矢はほとんど狙いを違わない。距離が近いこともあるが、古川が想像しているよりも彼女らは修練しているのかもしれなかった。

 サルの数が目に見えて減ってきた。そろそろかと古川は何かを嗅ぎ取る。彼が身構えるより少し先に、狒々色が雷のような声を放った。周りのサルどもも巫女たちも委縮し、体が強張る。そうして狒々色は地を蹴った。ケモノは祈祷殿より高い位置まで跳ね上がると、社務所を目指した。古川は目を丸くさせた。

「は……!?」

 巫女たちも焦ったように、離れていく狒々色を目で追う。

 狒々色には間違いなく知性があった。周囲のサルどもを使い、古川らの力をはかっていた。そして吼え声を放ち、彼らを委縮させたこの絶好のタイミングで背を向けたのだ。何がしたいのか、誰にも、まるで分からなかった。境内の隅に隠れていた天満が、おばあちゃんと叫んだ。誰もがようやくにして彼女の存在に気がついた。

 社務所には今、人がいない。巫女たちはみな表に出て得物を手にして戦っている。屋内にいるのは天満の祖母だけだった。そして狒々色は明らかにそこを目指していた。

 狒々色はまず社務所の屋根に取りつき、雑な攻撃でそこを破壊した。巨体だがやはりサルらしく、するすると建物内に侵入し、古川たちの前から姿を消してしまう。それからは中のものを叩いて壊しているかのような、ただただ乱暴な音が聞こえてきた。

「やめ、て」

 古川は天満の傍に駆け寄った。彼女は耳を塞いで震えている。彼は、狒々色のいない今が立て直しの機会だと捉えていた。巫女たちもそのように思っていただろうが、この場は情が勝った。常夏は半数の巫女に雑魚を蹴散らすことを、もう半分の巫女には社務所へ行き、天満の祖母を救うのだと指示した。織星は何か言いたげだったが、言葉を飲み込んでいた。

「誰か、こっちのお嬢ちゃんを下まで連れてってくだせえよ」

 古川も十帖機関のくだした指示に付き合うことにした。この場に留まって戦うのは悪い選択肢ではない。素早いケモノが相手では逃げおおせる可能性は低い。既に市役所への連絡は済んでいる。彼は中途半端に背を向けるくらいなら助けが来るまでやり合った方がマシだと判断したのだった。

 今のうちに取り巻きのケモノの数を減らしておきたかったが、社務所から発せられた轟音と、そちらへ向かった巫女たちの悲鳴が古川の神経を逆撫でした。屋内にこもっていたはずの狒々色が姿を現したのである。大型のケモノは先よりも毛を逆立て、息を荒くしていた。周囲には火花が飛び散っている。激怒しているのだ。

 狒々色はまず、自分に向かってくる巫女たちに狙いを定めた。拳を振り上げながら跳躍し、最も小柄な女にそれを叩きつける。彼女は寸暇迷った。撃つか避けるか戸惑い、ケモノの周囲の火花を受け、あらぬ方へ転がったところで頭蓋を砕かれた。中身を撒き散らして悲鳴すら上げられず、サルのケモノと同じように骸を晒す。一撃だった。それが引き金となった。

 目の前で人が死に、十帖機関の巫女たちはばらけてしまった。戦おうとするもの、逃げようとするもの、おおよそこの二つに分かれた。狒々色はそのどちらでもない、ただ立ち竦むものを好んで叩く。技も何もない。ただ力任せに腕を振るうだけだが、ケモノの並外れた膂力ならば人を殺すのに充分過ぎた。

 狒々色の毛が常に逆立っているのは帯電しているからだ。それがケモノの異能であり、三野山の賞金首たらしめている力である。攻撃が掠っただけでも骨が砕ける。そればかりか狒々色から終始発せられている電気を喰らえば痺れてまともには動けなくなる。そこを今度こそはと殴られる。遠間からの矢は通らない。火花が飛び道具を邪魔し、ケモノに届いたとして分厚い皮膚には突き刺さらないのだ。まさに疾風の如く。迅雷の如く。狒々色は巫女を殺す。

 ここに野分のわきという女がいた。

 潤んだ眼は男を誘い、すべらかな手指は男を包み、癒した。

 その目は放電のスパークで弾けた。その指は狒々色に腕ごと噛み砕かれて飲み下された。彼女を構成していた部位はケモノによって容易くも蹂躙されたのである。食い散らされて、舞った鮮血が石畳を濡らす。

 半数のものたちはその光景を横目で見るしかなかった。古川はサルのケモノを鋸で削り、蹴飛ばし、時には掴んで放った。そうしている間も狒々色がいつこちらへ来るか戦々恐々としていた。

「岩見重太郎でも連れてくるしかねえか」

「織星、援護!」

 常夏が叫んだ。織星は頷きもせず駆ける。

「篝火っ、篝火はどこ!?」

 ヒステリックな叫びを聞き、篝火が常夏のもとに駆け寄った。

「アレをどうにかして! 早く! ここには天満ちゃんがいるんだからっ」

「あの、でも……」

「早くっ!」

 古川は二人のやり取りを妙だと感じた。だが、どうにかできるなら是非そうして欲しいとも思ったので口は挟まなかった。

 常夏に何事かを指示された篝火は周囲をぐるりと見回す。

「何してるのっ、早く!」

「はい」

 古川はぞっとした。篝火は笑ったのだ。三日月のようになった口元。たぶん、当分は忘れられなくなる。彼はそう確信した。

 篝火の淀んだ目が光輝を帯びる。花粉症ではない古川には分からなかったが、異能を使ったという証だ。彼女は狒々色をじっと見て、矢を番えずに弓を構える。そうして篝火は不可視の矢を『二本』放った。一本は狒々色に、そしてもう一本は――――。

「……あ、なんで?」

 常夏は自らの胸に手を当てた。彼女は、そこには何も刺さっていないはずなのに、心臓を貫かれたような、深刻な表情をしていた。篝火はまだ笑っていた。

「ごめんなさい。で、でも、天満ちゃんが殺されるのは嫌なんでしょう?」

「あ。あ」

 社務所周辺で暴れ回っていた狒々色が、その動きをぴたりと止めた。その間、巫女たちは矢を射かける。ケモノは身じろぎすらしなかったが、鼻をひくひくと震わせて、傷だらけの相貌を常夏に向けた。狒々色が石畳を蹴り、両の拳で地面を叩きながら前のめりになって走る。進行方向にいた巫女が跳ね飛ばされた。また、援護に向かっていた織星もすぐには反転できず、

「あっ、なんで……!?」

 狒々色とぶつかった。砕けた石畳や砂埃に紛れて彼女の姿が見えなくなった。

 ケモノは走る。その先には常夏がいた。

「くそおああああああああああっ!」

 彼女は建物や灯篭の後ろに回り込み、ケモノから距離を取る。それでも狒々色は止まらない。それらを砕きながら常夏を追う。

「あんた……あんたよくもっ、よくもおおおおおおおっ」

 殺す。殺す。常夏は逃げながら喚いていた。狒々色は他の人間には目もくれず彼女を追い続ける。そうして常夏が別館の中へ逃れようとして派手にすっ転び、ケモノに足を踏みつけられた時、一本の矢が狒々色を捉えた。それを放ったのはケモノと衝突したはずの織星である。

「今です早く」

「い、いいんですか」

 織星は篝火の胸ぐらを片手で引っ掴んだ。

「常夏さんじゃあ無理です。さあ」

 篝火は仕方なさそうに異能を使う。またもや狒々色の動きが止まり、今度は織星の方目がけて走る。彼女も同じタイミングで動き出し、迎え撃った。

「……なんだあ。今のは」

 妙な動きを見せた狒々色。

 ケモノとぶつかっても平然としている織星。

 古川には何が起こっているのか、ピンときていなかった。誰かが異能を使ったのは分かるのだが、花粉症ではない彼には判然としない。幸がいれば何か掴めたのかもしれないが、現状、一つ分かっているのは、織星が自殺行為に及ぼうとしているということだけだ。



 もう何度も歩き、上った道のりが長く感じる。参道を行く幸は息せき切って跳ぶように石段を駆け上がる。既に戦いの音も、臭いも感じていた。境内が見える。石畳の上で花が散っていた。

 暴風が吹き荒れている。大猩々に似た巨大なましらが吼え声を放ち、腕を振るう。そのたびにあたら若い花が散る。愛でるために手折られるのではない。嵐の只中にある路傍の草が如く無意味に吹き飛んでいる。境内で暴れ回るそれは具現化された死だ。幸は山で見たことは全て忘れかけた。アレがケモノだ。アレこそが真に狩人の狩るべきものだ。彼は今日、ここで、ようやくにしてケモノの恐ろしさを目の当たりにしたのだ。

 この場には望んでいないが戦わざるを得ないものがいた。十帖機関に属する巫女たちだ。彼女らにはそれしか残されていなかった。他方、幸は無力さを噛み締めていた。

 また一つ。散る。花が散る。幸の見知ったものが散る。その中で咲く仇花一つ。反り、不格好な体勢で矢を放ち、狒々色と至近距離で戦うものがいた。月輪織星である。彼女は狒々色を間近にしても臆した様子もなく、淡々と矢を放ち、次の矢を番える。ケモノが剛腕で石畳を破壊して土埃が舞い、明滅する火花が織星の姿を隠した。時間にして数秒。幸が次に見たのは、狒々色の後背に回り込み、矢を射かける彼女だった。まるで瞬間移動でもしたかのような立ち回りだった。

 狒々色が両腕を振り上げる。織星はその間へと入り込むようにして攻撃を避け、不格好な姿勢で矢を放った。眼球を狙ったそれは僅かに逸れてケモノの顔を掠めるにとどまる。彼女は弓を片手で雑に持ち、筒から矢を抜き取るや狒々色に迫った。握り締めた鏃で目玉を突こうとしている。嫌がったケモノは後ろへ下がり、近くにいた小型のサルを掴んだ。ぎゅっと握られたケモノは絶命する。狒々色は掴んだサルを織星に向けて投擲した。彼女はそれをも躱し、矢を何本か続けて射る。

「月輪っ」

 外から投げられた、新たな矢筒が織星の近くに転がった。彼女はそれを足で引っかけて中空に浮かす。狒々色が手駒のサルをまた投げた。今度は、その投擲物を古川が鋸で両断してフォローした。その間、織星は矢を補給してまた放つ。いくつかは火花やボスを守ろうとするサルに阻まれたが、一本が狒々色の柔らかな場所に突き刺さった。彼女は矢を番えながら前進する。向かってくる狒々色の拳を捌き、体を逸らせながら撃った。

「何してんのっ、織星を援護してよっ」

 仲間に支えられながら、右足を潰された常夏が言った。しかし彼女の指示は難しい。何せ織星は至近距離で狒々色と戦っている。ただでさえ動く的を狙うのは困難であり、誤射の恐れがあった。

「下手くそめ」

 双子の巫女の片割れ、玉が呆れた風に呟いた。

「いつまで経っても下手くそで、見てられん」

 織星があのような戦い方をするのは弓術が下手だからだ。

 十帖機関に入ったものは先輩巫女から得物の使い方を教わる。織星に弓を教えたのは玉だ。玉はもうずいぶんと多くの巫女に手ほどきしたが、その中でも織星は群を抜いて下手だった。彼女は何度同じことを教えても身につかないし忘れてしまう。そもそも覚える気がないらしかった。やがて織星は一つの結論に辿り着いたらしく、玉にあることを告げた。

『私が下手なのは認めます。ですが、どんなに下手でも的に近づけば当たります』

 あんなにできが悪いやつは生まれて初めてだった。



 風を巻き上げながら唸り、眼前に迫る拳は巌のようだ。一つ間違えれば命を落とすに違いない。綱渡りをしているようで、崖の先端に片足で立っているようで、心地よかった。ケモノの声も臭いも、遠くにいる巫女連中の声も生き死にも、少しずつ見えなくなって聞こえなくなる。

 織星の顔が赤くなり、うっすらと涙を浮かべていた。

 ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう!

 彼女は憤っていた。悔しかった。恥ずかしかった。こんなところにいる自分が、ケモノと戦っている自分が、まだ無様に生き長らえている自分が恥ずかしい。恥ずかしくてこの世から消えてしまいたかった。いつだってそうだった。自分の思い通りに行かないことがあると彼女はそうなる。悔しいことや腹立たしいこと全て自分のせいだと責め苛むのだ。

 息は荒く、手元はぶれる。番えようとした矢が地面に落ちる。それでもなお織星は下がらない。

 狒々色の拳が彼女の上半身を薙ごうとしたが、そこにはもう誰もいない。ケモノは遮二無二腕を振るったが織星に回り込まれている。彼女は矢を二つ続けて射た。致命傷にはならないが、それでもケモノの肉を貫き、穿つ。

 狒々色は短く鳴いた。手駒のサルが織星の足や腕にしがみつき、僅かな時を稼ぐ。狒々色はそこを狙って思い切り拳を振り下ろした。あまりの衝撃で石畳の下の地面まで深く抉った一撃だが、絶命したのは彼女にしがみついていたサルだけだった。ケモノは困惑する。

「ああ、もう、ああっ、もう!」

 ケモノの後ろから出現した織星は、握った鏃を背に突き立てる。ケモノは身を捩った。火花が散り、彼女は後ろへ飛んで距離を取る。

 まるで、ではない。月輪織星は確かに姿を消したのだ。姿を消し、存在を隠す。それこそが彼女の異能、見えない射手の立ち位置(アルテミス)である。

 しかし異能を使ったとしてこの世から本当にいなくなるわけではない。織星はまた姿を隠したが、狒々色は嗅覚で彼女の居所を察知し、再び出現したところ目がけて右腕で周囲の空間諸共薙いだ。みしりという音がして、ケモノは嗤った。

「あっ、なんで……!?」

「下手くそ」

 ケモノが捕えたのは織星ではなく、横合いから飛び込んできた玉という巫女だった。標的こそ違えたがケモノに躊躇はなかった。狒々色は玉の華奢な体を握り潰そうとする。彼女は幼い顔に似つかわしくない妖しげな笑みを浮かべると、袖口からするりと落ちた短刀を指で挟んだ。

「目を狙いなよ、織星」

 玉の投げた短刀は狒々色の右目に突き刺さった。織星はただ、言われるがままにそこを狙う。やはり、どこか不格好な姿勢。それでも放たれた矢は刀の柄に当たり、より深い位置まで刃は食い込む。

 ケモノは狂ったように身を捩り、手で目を押さえた。玉を捉えていた腕にも力が入り、彼女の小さな体はケモノの手の中で風船のように弾けた。噴き上がった血潮が、狒々色から発せられる火花とぶつかってちりちりと燃える。織星は吼えた。ケモノのように。

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