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驢鳴犬吠めふFeverズ  作者: 竹内すくね
猿【鉈と】猴【刀と】取【貴女と】月
117/121

無累



「赤彦よ。どうすんだ、こいつ」

「あー?」

 我路に促された蘭は間の抜けた声で答えた。

「殺すか?」

 竹屋が当たり前のように言ったので、話を聞いていた幸はぎょっとする。冬の朝。透き通った空気の中で聞きたい話ではなかったが、状況が状況である。

《猟会》の四人と幸は、胡坐をかいている入矢を囲むようにして立ち話をしていた。先刻から彼女の処遇をどうするか決めあぐねていた。

「寒いんだよこっちは。せめて立っててもいいだろ。なあ」

「そうはいかん。いいからそうしていろ」

 梅田にねめつけられた入矢は舌打ちし、何か思いついたかのように表情を明るくさせた。

「殺されるようなことはしてないだろ。イリ……私は一人だって殺してねえ。骨はバキバキに折ったけど、そいつは治った時にもっとぶっとくなるようにな。いいかよ。私は稽古をつけてやっただけだ。人を鍛えんのが好きなんだよ。殺すのは好きじゃねえ」

「鍛えただあ?」

「そうだよ」

「何様のつもりだ」

 へん、と、入矢はそっぽを向く。

「大空洞にゃあ私なんかよりよっぽどヤバいのがゴロゴロしてんだ。私に負けるくらいなら狩人をやめた方が身のためなんだよ。いいか。私は弱いやつのためを思ってやったんだよ。だいたい情けねえよ。《子袋》なんかにボコボコにされてよ、あんまりにも可哀想だから引導渡してやったんだ」

 無茶苦茶だ。幸は入矢の発言を快く思わなかったが、蘭たちは思うところがあったのか、難しい顔を作っていた。

「……花粉症は使ってねえんだな、お嬢ちゃん」

「おう。ケモノには使ったけどな。弱いやつには使わねえよ」

「どうしたもんかなあ」

「もういいだろ。解放してくれよ。潔く負けは認めたんだぜ」

 かと言って狩人たちに喧嘩を吹っかけたのは事実である。殺しこそしていないが勝手に理屈を振りかざして暴力は振るったのだ。

「というか、死んでなかったんだな」と竹屋が顎を摩る。

「《百鬼夜行》は大空洞で全滅したんだろ。なのにお前さんは生きてんじゃねえか」

 入矢は目を伏せた。

「《百鬼夜行》がどうなったか、最後の最後までは見てねえし、知らねえ。知ってるのは途中までだ。私は中で怪我して、本隊から外れたんだ。そっからは花守はなもりんとこで世話になってたんだよ」

「花守って?」

「守り人のことだ」

 ああ、と、幸は得心する。大空洞の中で生活しているものがいる。それは以前、八鳥からも聞いていた。

「なあ。私が話せることなら話す。だから殺すとかやめろよ」

「怖じ気づいてんのか」

「……ああ、そうだよ。やだよ死ぬのなんか。しかもなんか、汚い手使われて、しかもジジイに殺されるなんざまっぴらごめんだ」

「話せること、話してくれるんですか」

 幸が言うと、入矢は能天気そうに返事した。

「メリステム。そう言いましたよね」

「ああ、私はメリステムのメンバーだからな」

 あまりにも簡単に認めたので、幸は拍子抜けした。蘭たちは事情を知らないので顔を見合わせ、不思議そうにしていた。

「あなたたちは何なんです」

「いや、なんつーの? 実際、よく分かんねえんだよな。ツルんで何かしようってこともねえし。みんな好き勝手にしてるからなあ。メンバーだって勝手に減ったり増えたりしてるだろうし、つーか、他に誰がいるとか聞いてねえ」

 幸は訝しみ、入矢をじっと観察する。この期に及んで嘘をついているような風にも見えなかった。

「目的はあるらしいけどよ、私には関係ないし、そういうの興味ねえし。知り合いが入ったから自分もそうしただけだ」

「知り合いって?」

「先輩だよ。誰かは言いたくねえけど」

「何でも話すって言ったじゃないですか」

「言ってねえ。話せることならって言ったんだ」

「ぼくには言えない人なんですか」

「うるせえ」と入矢は完全にだんまりを決め込んだ。仕方がないので幸は違うことを尋ねた。

「ぼくは……知り合いから聞いたんです。メリステムって」

「知り合いって誰だよ」

「先輩の狩人です。その人の死に際に」

 入矢の目が少し泳いだ。

「メリステムの誰かに殺されたのか」

「どうなんですかね。それで、瓜生って人は知っていますか」

「知らねえ。誰だそれ」

「薬を」

「薬?」

 幸はある程度の事情を話した。

「薬のことなら薬屋に聞けよ」

「え」

「それより……あいつはいねえのか。私をどうにかしようってんなら、どうせどっかにいんだろ」

 梅田は小さく息をつき、自分たちだけだと答えた。入矢はまだ疑っているらしい。

「あいつって誰ですか」

「つええ女だよ。刀ぁ持った、えらく景気が悪そうな顔つきの」

 幸の脳裏にとある光景がよみがえった。

「知ってるんですか」

「おう。やり合った」

「……どっちが勝ったんですか」

「勝った負けたの話じゃねえけど……」


「ああ、戻られていたんですね。少し、捜しました」


 聞き覚えのある声がして、幸は首を巡らせた。

 高いところに立っていたその声の主は、だらりと腕を下げていて、抜き身の刀を携えていた。

「貴様ァ!」

 梅田が激昂し、得物を抜いた。幸は自分でも気づかないうちに鉈を手にしていた。

「ありゃあガチだ」

 笑いをこらえていた入矢だが、我慢できずに吹き出してしまう。

「じゃれ合いとかそういうのを知らねえんだろうな。いただろ。クラスにも一人くらいはさ。浮いてるっつーか、地に足つけ過ぎてるって感じのやつが」

「どっちが勝ったんですか」

 もう一度問われ、入矢はつまらなそうに唇を尖らせた。

「私が逃げた。本気でぶっ殺しそうになったからな」



 刀を持っていること以外は特筆すべきことのない普通の女だった。どこにでもいそうな、化粧っ気のない女だった。幸は息を呑む。彼女は間違いなく八雲摩耶という時代錯誤の女剣士であった。

 蘭と我路は方針を決めかねていたが、竹屋が一も二もなく逃げ出したのを認めて、彼女の異常さを察した。

 遠くなる竹屋の後ろ姿。風と雪。吹雪いてきてすぐに見えなくなる。

「どういうこった、こいつは」

「野郎があんな風に逃げたのを見たのは、ありゃあ、いつだったかな」

「そんで」

 我路は、キレている梅田を見やった。

「珍しいこともあるじゃねえか。金吉がああまで怒るなんてよ」

 梅田は鉈を二つ、両手に構えて摩耶に吼えていた。当の彼女は涼しげな顔をしていたが。

 風に紛れて、かちりという音一つ。

「ご老体。泡を飛ばすだけではもったいない。その二刀、錆びついてはいないのでしょう?」

 その言葉が引き金だった。梅田と摩耶が激突した。

 摩耶は楽しげに微笑んだ。歳に似合わず鋭い踏み込みを見せた梅田の腕前に感服したのだ。二つの鉈から放たれる連撃にも目を見張るものがあった。一つ一つに絶対の殺意が込められた攻撃。それらを捌き切った彼女の内には昏い喜びが渦を巻いていた。

 両者の織り成す剣劇を前に、我路はぽつりと漏らした。

「ここに来たのがおれたちだけでよかった。数がいたってどうにもなりゃしねえ」

「……かもな」と蘭が困ったように頭を掻いた。

「坊主」

 我路に水を向けられて、幸は顔を上げた。

「悪いことは言わねえから、今のうちに遠くへ逃げな」

「ああ。じき、応援も来る。あの女ぁ、こないだ伍区でやりまくった月吠のやつで違いないだろ」

「あんなのが何人もいたら世も末だ」

 幸は首を横に振った。蘭は、おいおいと苦笑する。

「言ったろ? 長生きできる狩人の条件ってやつをな」

「はい」

「よし」

「でも、無駄だと思います」

 幸は知っていた。あの時、八雲の家で摩耶の心を盗み見、覗き込もうとした時から、いずれこうなるのだと。

「頑固な坊主じゃねえか」

 分かった。我路は頷き、長物を手にし、蘭に視線をやった。

「会長よ。相手はケモノだと思っていいんだな」

「構わねえ。手はずも整ってるはずだからよ」

「やるしかねえか……金吉ィ!」

 叫び、我路が槍を腰だめにして突貫する。梅田は我が意を得たりとばかりに摩耶から飛びのいた。《大虎を撃ちに行く》は発動しなかった。できなかった。

 老人とはいえ、我路の突進は実に素早い。だが、摩耶はそれを真正面から捻じり伏せた。彼女の振るった一刀によって、長物は柔らかな木の枝のように先端から裂けていく。我路が瞠目した。まずいと思って横合いから乱入した梅田諸共、二人は血しぶきを上げて、舞うようにして体勢を崩した。

 摩耶はとどめを刺そうとして体をねじった。低い位置から放たれた斬撃は幸が止めた。梅田から奪った二つの鉈を交差させ、必死になって弾き返した。

「猪口才」

 苛立たしげに吐き捨てた摩耶が得物を大上段に構える。その隙をつくものがいた。逃げていたはずの竹屋である。彼は雪上を滑るようにして駆け、死に体だった梅田と我路の二人を両脇に抱えてそのまま走り去ろうとした。摩耶はもちろん逃がすまいと追いすがるが、やはり幸が止めた。が、得物を防いでいるうちに腹を蹴られてごろごろと転がる。

「坊主、時間を稼ぐぞ!」

「分かりましたけど!」

「人なら呼んでる!」

 そういうことかと幸は納得するも、立ち上がりながらどうしたものかと思考を巡らせる。竹屋が負傷した二人を逃がしているだろうが、残ったのは自分と蘭だ。梅田の言によれば、彼の異能だけでは摩耶を無効化するのは難しいだろう。戦力として当てになるかは怪しかった。そして、それは自分もだった。《花盗人》は先刻から何も答えなかった。、眼前の脅威から武器を奪おうとするが、以前に試みた時と同じく、奪えない。摩耶の心が分からないのだ。瓜生のものとは違う。全くの闇しか見えない。黒く塗り潰されているのではない。どす黒いとしか思えなかった。彼女の心は、最初からそうなのだ。

「しゃあねえな」

 首の骨を鳴らしながら、男鬼入矢が立ち上がった。彼女は幸の肩に手を置き、その辺に落ちていた武器を拾った。彼が困惑していると、入矢はばつが悪そうにして摩耶と対峙する。

「私を捜してたんだろ。やろうぜ」

 摩耶がにっこりとほほ笑んだ。

 風が吹き、雪が舞う。入矢はフードを取り、拳を作った。たなびいたマフラーが元の位置に戻る頃、彼女は仕掛けた。

 やはり早い。幸は息を呑む。が、摩耶は入矢の速度に追いついていた。刀と鉈がぶつかって甲高い音が鳴り、火花が散る。二人の戦いだ。割って入る余地はない。そう思っていた幸だが、蘭は違った。彼は左へ右へと地を蹴って、ましらの如き身軽さで中空から飛びかかった。

「タイマンしてんだぞ」

「どっちでもいいだろうよ」

 蘭と入矢の視線が交錯する。彼は滑るようにして着地し、いつの間にか抜いていた、鉈を軽く素振りした。

「バケモンどうにかできんならよ」

 発奮した幸も戦いに加わった。三人がかりだ。しかし摩耶は揺るがない。即席の連携など意に介さず、全て受け流した。

 焦れた入矢が地面を殴りつけた。クレーターのような穴が空き、全員が足を取られる。最初に立ち直ったのは蘭だ。彼は、摩耶が刀を振る前に指を狙った。取ったかと思うも、彼女は素手で鉈をいなし、ぐるりと身を捩る。

「退けよジジイ!」

 蘭は飛びのくが、彼の足を刀が掠めていた。入れ替わるようにして入矢が突っ込んだ。



 この女は今までの相手とは違う。レベルではない。カテゴリが違う。こいつはもう人でもケモノでもない。入矢はそう認識した。使うしかないとも諦めた。


 ――――二つ目を出すしかねえ。


 入矢は舌で唇を舐めた。

《花盗人》を介して盗み見た幸も何となく察していたように、入矢の花粉症、《三重殺》には三つの段階がある。

 力の解放を行う《無累メギンギョルズ》。

 技の解放を行う《一死ヤールングレイプル》。

 もう一つは入矢自身にもよく分かっていない。

《子袋》を仕留めたのは《無累》によるものだ。ただ、彼女自身は花粉症を好まない。自らを解放し、さらけ出すことを恐れているからだ。それでも、摩耶という女と戦うには花粉症に頼らざるを得なかった。

「覚悟しやがれよ」

 入矢の瞳に光輝が宿る。《一死》が発動し、自分の中で強い何かが湧きたつのを感じた。

「覚悟、ですか」

 両の拳を打ち合わせ、入矢は唾を吐き捨てる。摩耶はずっと涼しげ、というより、つまらなそうにしていた。

 再び、鉈と刀が打ち合って、入り混じる。力は往なされ、培ってきた互いの技だけが命のやり取りを可能にする。入矢は声を荒らげた。生まれてすぐに闘争と向き合った。歯も生え揃わぬうちから技を磨いたのだ。大空洞でケモノとしのぎを削った。自信があった。自負があった。己は強い、と。

 相対する摩耶の表情は暗かった。やがて彼女は大きく距離を取り、懐紙で血を拭った。

「恐れイリヤ。どの程度かと期待していたのですが、拍子抜けと言うほかありません。かつて伍区を荒らし回った道場破り。今や、一つの流派に拘れず、何一つとして極められなかった半端者でしかありません」

「ふざけんな」

「昼に受けた傷、まだ癒えてはいないのでしょう?」

 入矢はぎくりとした。見抜かれていた。

「……私の、怨敵いぬぶせの剣を侮りましたね」

「ハンデだよ、ンなもん」

「覚悟。そうおっしゃいましたが……狩人たちとの戦い。あなたは加減をしていたのではなく、ずっと震えていたのですね」

「あァ!?」

「どうか壊れないように。どうか殺さないように。そう願いながら拳を握っていたのでしょう。そのような心持ちで力を振るうとは、うろたえもの」

 覚悟がないのはどちらだ。そう問われて、入矢は歯を食いしばる。

「もう、いりません」

 摩耶の姿がかき消えた。錯覚だ。足運びでそう見えただけだ。入矢は死角に回り込んだであろう彼女を捜すも、的外れだった。摩耶は既に刀を振り切っていた。

「今のあなたは足咬の娘にも劣ります」

 斬られていた。摩耶に傷口を掴まれ、頭がおかしくなるような激痛をもたらされた。それでも入矢は退かなかった。助けに入った蘭も斬られ、幸はその価値もないと言うのか、足蹴にされていた。

 入矢は片膝をつき、摩耶を見上げた。悪鬼にも見えた。羅刹にも見えた。まさか日に二度も負けを認めることがあるとは、ついぞ考えにも及ばなかった。ここまでか。それこそ本当に覚悟したが、彼女の前に幸が立った。

「余計なこと、すんな」

「さすがに放っておけないし、まだ聞きたいこととか、話したいことがありますから」

「どけ」

「嫌だ」

 入矢は幸の肩を掴み、後ろへ放り投げた。摩耶は喉を目がけて突きを放っていたが、ある種、覚悟を決めていた入矢にはそれがやけに遅く感じられて、右手で刀身を捕らえることに成功した。ぱきりと先っぽを折ってやると、さしもの摩耶も驚いたらしい。

「見事。殺すに値するかと」

 二度目の突き。摩耶は手刀をねじ込んでいた。



 倒れ伏す入矢を見下ろし、摩耶は息を吐いた。

「見かけ通りの頑丈さ。仕損じましたか」

 残念そうに呟いて、摩耶は幸を見た。蘭も斬った。入矢も斬った。あとはお前だ。目がそう言っていた。

「……ああ。そういえば」

「なんですか」

「どこかで見たような気がしていたのです。そう。あなたは、確か、犬伏の知人では?」

「浜路さんはうちの団員です」

 幸は馬鹿正直に答えた。

 やはり。摩耶は小さく笑った。嬉しそうだった。ポケットの中の小銭を見つけたかのように。

「その腕前に興味はありません。けれど、そう。あなたの首を晒せば犬伏の娘も釣られるでしょう」

 三日月のような笑みだった。

「五体をバラシて火にくべて狼煙にしましょうか。その時のあなたの声は、きっと狼の耳にも届きます」

「そこまでして、浜路さんとやり合いたいんですか」

「楽しみなんです」

「殺し合うことが楽しいですか」

「子どものくせに物騒なことを」

「そっちのがよっぽど子どもみたいですよ」

 摩耶は頬に手を当て、小首を傾げた。

「そうかも、しれません。……そう。あの頃に戻れました。やっと、ここまで」

 かちり。

 音が鳴る。

 摩耶が標的を仕留めるより前に、足音が聞こえた。それだけで彼女は崩れ落ちそうになった。もう幸のことはおろかそれ以外の事物などこの世から消え失せた。この時を待ったのだ。否。待っていたのだ。あの時から、ずっと。



 脈動するものがある。

 柔らかな肉の中、生ぬるい水の中に蠢くものがある。

 いまだ血と肉を与えられる側でしかないものが、その時をじっと待っている。

 売布の街に末枯れが見えて白姫が目を覚ます頃、その時を今や遅しと待っている。

 狩人よ心せよ。冬にでも芽吹き、咲くものはある。それは、恋心にも似ていた。



 幸と摩耶。両者の間に立った犬伏浜路は幸に微笑みかけた。もう心配いらないと、そう言い聞かせるように。次に、摩耶に向けて慣れない手つきで携帯電話を掲げてみせた。

「SNSで回ってきました。八雲摩耶。あなたは花粉症患者ではありませんが、過日、伍区において月吠や八雲だけでなく、足咬に連なるものまで悉く手にかけた大量殺人者です。異例の処置となりますが、あなたは売布市役所と扶桑熱患者事件特別対策係、ならびに《猟会》をはじめとする複数の猟団から暫定的に零号指定を受けました。お分かりですか。黒判定のケモノということです。即座に武器を手放し、大人しくしてください。ええと、なお、このことはメフの狩人やそれに準ずるものにも知れ渡っているそうです。逃げ場などどこにもありませんよ」

「あなたが訪ねてきてくださったというのに……そんなの、嫌です」

「そうですか」

「さ、手合わせを。剣士が二人、見えたのですから」

 摩耶が構えた。いつかの時のように、深く体を沈ませる。

 浜路は竹刀をぶんぶんと素振りした。

「では、狩人としてあなたを狩りましょう」

「世迷言を」

「ケモノ如きが剣士を名乗るとはまた、図々しい」

「ふ。ふふ。戯言を。狩人では私は狩れません。目覚めなさいな、最後の剣士。犬伏の鬼子、浜路。私の愛しい怨敵」

「嫌です。絶対ヤです。私はただあなたを狩ります。路傍の石を蹴飛ばすように。何の感慨もなく」

「どこまでそのようなことを言っていられるか。試してあげましょう」

 狩人と剣士が向かい合った。それを幸は少し離れたところで見るほかなかった。時が凍てついたような感覚に襲われかけたその時、一陣の風が吹く。舞い上げられた粉雪が両者の姿を隠して、幕が引かれた。雌雄を決するのに時間はかからなかった。

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