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驢鳴犬吠めふFeverズ  作者: 竹内すくね
刻舟求剣Sparks Fly
107/121

恋の逃避行<2>



 いなくなったのは定町美也子さだまち みやこという、タマ高に通う女子生徒だった。入之波吉乃とはクラスメートであったが二人の間に接点はなかった。

 美也子は儚げな外見をしていたそうだ。一見すると地味だが、どこか妖艶な雰囲気もありファンが多かったらしい。

「ただのクラスメートだったの? 友達じゃなくて?」

「はい。何度か話したことはありますが……定町さんはあまり学校に来なかったし、たぶん、私とも合わないような感じです。あまりいい話を聞かないような人なんですけど、それでも同じ学校に通うクラスメートです。放っておけません。変、でしょうか、そういうのは」

「ううん。ぼくもそういうの分かる」

 一人の少女がいなくなった。もちろん警察が動いた。何の手がかりも得られない、というようなことにはならなかった。

「定町さんは塾に通っていたんです。小さな、個別指導の。あまり流行っていなかったみたいです」

 幸は不思議に思ったが、学校より塾での勉強を優先する学生もいるのだと思い直した。

「彼女が通っていた塾の講師が亡くなったんです」

「そうなの?」

「ええ。殺されたそうです」

 吉乃は顔色一つ変えずに言った。

「殺されたのは塾長の吉倉よしくらという、五十代の独身男性。その塾の経営者であり、講師もしていたそうです。小さな塾と言いましたね。あとは、講師が一人だけで。二人でやっていた塾だったんです」

「もう一人の講師の人は?」

「失踪しました」

 一人は殺され、一人はいなくなった。そしてそこに通っていた少女も消えた。

「私は、その失踪したという講師が定町さんを連れ去ったのだと考えています」

「死んだ人といなくなった人、それから定町さんは別々の問題じゃないの?」

 幸が言うと、吉乃は不思議そうに彼を見返した。

「八街さん。講師が吉倉さんを殺して、定町さんを連れて姿を隠した。そう考えると分かりやすくありません?」

「それは分かりやすいだけじゃないか」

「それは」吉乃は少しムッとした様子になる。彼女を見かねたか、梅田があることを補足した。

「定町美也子という女生徒だが、素行不良で問題をいくつか起こしていたそうだ。全くけしからん話だが、夜の街を家族でもない男と出歩いていたというような話は学校でも有名だったらしい」

「もしかしてその相手って」

「件の塾講師もそのうちの一人だ」

 男女の仲にあったかは知らないが、美也子と講師は塾以外でも会うほどの関係だった。幸は、それで吉乃が塾講師を怪しんでいるのだと分かった。

「でも、どうして吉倉って人が殺されたんだろう」

「ですから、私はいなくなったという講師が」

「そこはまた違う話かもしれないよ」

「……どうしてそんな、話を難しく考えるんですか」

 幸はじっと吉乃を見つめて、口を開く。

「入之波さんって案外子供っぽいんだね」

 吉乃の頬に赤みが差した。

「そんなことありませんけどー? だったら子供っぽくない八街さんはどう思うんですかー?」

「定町さんを捜せばいいじゃないか」

「ん?」

「だから、入之波さんは定町さんを捜してるんだよね。だったら吉倉さんは関係ないし、その犯人がいたとしても関係ないじゃないか。話を難しくさせようとしたのはそっちだろ」

 吉乃が何か言いかけるのを咳払いで止める梅田だが、彼は少し面食らっていた。

「もっともだな、八街くん。しかし手掛かりはないぞ」

「いなくなった講師を捜しましょう。たぶん、二人一緒にいるんじゃないかなって」

「もっともだ。お嬢様、失踪した講師というのは……お嬢様?」

 お嬢様はむくれていた。窓の外を見て、指で机を叩いている。

「いけません。八街くんに手伝いを申し出たのはこちらではないですか」

「……まあ、そうなんですけど、でも、なんか蚊帳の外にされているような……」 

 幸は悟った。今回の件で手伝いを捜していたのは吉乃ではない。彼女に付き従う梅田だ。

「何を言いますか。さ、お嬢様。失踪した講師というのは?」

 何度もなだめられた吉乃はやっと話を始めた。

八雲京やくも きょうという方です。同じ塾に通っていた子から聞いた話です。間違いありません」

「じゃあ、その人を追っかければいいんだね」

「はい。ただ、警察だって八雲という人を捜してます。それでも見つかっていないんです」


「八雲?」


 幸たちの後ろの席に座っていたものが立ち上がった。深く帽子を被っているのは、背の高い女だった。彼女は吉乃をまっすぐに見下ろす。

 幸は目を丸くさせた。

「浜路さん?」

「八雲。その名前で間違いないのですね」

「なんでここに浜路さんが」

「君の知り合いかね。盗み聞きとはけしからん」

「間違いないのですね?」

「あのー、えっと、誰なんですか」

 吉乃は梅田の背中に隠れていた。浜路は、幸に引っ張られてようやく我に返ったらしい。彼に咎められるような目で見られ、浜路はうなだれた。

「どうしてここにいるんですか」

「そのう」と指と指を付き合わせる浜路。

「昨日、あのお屋敷で幸殿たちの話を聞いていて」

「……耳、いいんですね」

 帽子を取った浜路ははにかんだ。彼女はいつもの和装ではなく、洋装だ。耳を隠したのも変装のためだったのだろう。

「言ってくれればよかったのに」

「少し心配だったのです。でも、素直に言えば、ほら、幸殿は頑固ですから」

 幸は押し黙った。確かにそうかもしれないと考えたからだ。なるほど、子ども扱いされるのは子どもなりに思うところが出てくるというものだった。



 浜路を交えて四人で話の続きとなった。

「それで、犬伏くんと言ったか。君は八雲という名に心当たりがあるようだったが」

 梅田に促されると、浜路は口を開いてナポリタンに被りついた。それを一息に飲み込み、幸のレモネードで一気に流し込む。

「メフの伍区のことはご存じですか。いくつもの道場が立ち並ぶ区域です。もうかつての隆盛はありませんが、犬伏、月吠つきぼえ足咬あしがみ……そして八雲。この四家は剣道場として多くの門下生を集めました。本当です」

「何も疑ってはいないが……」

「その中でも八雲の家は特に大きく、多くの人を集めました。他の三家が力をなくした今となっては、八雲が伍区を取り仕切っているようなものです」

「《騎士団》にも伍区の出身がいる。その中には、ああ、確かに八雲とか言うのも聞いたことがあったな」

 幸は小首を傾げた。

「じゃあ、いなくなった八雲さんも剣を学んでいたんでしょうか」

「八雲の家に生まれた以上は必ず。ですが塾の先生とは……剣の道とは袂を分かっているようですね」

「君は八雲京なる人物を知っているのか?」

 いいえ。浜路は否定し、ですがと付け足した。

「話には聞いています。かなりの遣い手であったと」

「でも辞めちゃったんですね」

「ええ。以前、刃傷沙汰を起こしたのです」

 梅田の視線が鋭いものに変わった。浜路は彼の視線に気がつきながらも話を続ける。

「詳しくは知りません。恐らく揉み消されたでしょうから」

 ナポリタンを啜る浜路。梅田は難しい顔をして唸った。

「力のある大きな家はこの街で好き勝手に出来る。舞谷もそうだ」

「おじさま」

「失礼しました。それで?」

 新たにやってきたサンドイッチを頬張りつつ、浜路は頷く。

「それでとは?」

「いや、だから、八雲の行く先に心当たりがあったんじゃないのかね」

「いえ、ただ知った名前が出てきたものですし、こそこそしているのも飽きたし、出てくるならここしかないかなと」

「帰りたまえ!」

 その必要はありません。すっかり話に入れず、ショートケーキを頼んで平らげていた吉乃が口元をナプキンで拭う。

「やっぱり男は悪なんです」

「えっ」

「あ、いいえ。とにかく、八雲という人は以前に事件を起こしていた、というわけです。やっぱり怪しむべきです」

 怪しむかどうかはともかくと幸は考え込んだ。定町美也子を捜すなら、やはり八雲京を捜すことも大事かもしれない。そも、二人がいなくなる理由が幸には分かっていない。

「現場百遍です。さ、まずは塾に行きますよ」

 率先して動き出す吉乃。幸は梅田の顔を見た。

「……お嬢様は探偵にハマっている。それだけだ。他意はないぞ」



 亡くなった吉倉の経営する学習塾までの道すがら、幸は美也子のことを聞いた。

「男子からは人気があったんです。学校にはめったに来ないし、来ても誰とも話したりしないんですけど」

「可愛かったんじゃないのかな。あ、写真とか持ってないの?」

「行事にも参加しないし、友達もいないみたいで」

 ふと、幸は立ち止まった。中華まんを齧っていた浜路とぶつかったが、彼は気にしなかった。

「そういえば、家族は?」

 吉乃も立ち止まり、困ったような顔を浮かべる。

「一人暮らしなんですって。お母さんがいるというのは聞いたんですけど」

「複雑なんですねえ」と気楽そうに浜路が言った。

「……お嬢様。やはり、こういったことに我々部外者が立ち入るのは」

「水を差さないでください、おじさま」

 梅田はため息をついた。

 ここに来て幸にも分かってきた。定町美也子も八雲京も、恐らくは見つからない。吉乃だけでは無理だと思われたし、その補佐をする梅田は事態の進展に積極的ではない。

 幸は梅田を盗み見る。勘でしかなかったが、彼がその気になればどんなものでも見つけてしまうだろう。今やっているのは吉乃の好奇心を満たすことだけが目的なのだ。功刀が参加したがらなかった理由も分かる。要するに子守に近いのだ。

 しかし、現に一人が死に、二人の人間が消えている。

「ここですね」

 目当ての建物につくが、塾は閉鎖されていた。唯一の講師であった二人がいなくなり、続けようがなくなったのだ。既に警察も手を引いたらしく、人気がない。中にも入れず、手がかりも特に見つかりそうになかった。

 家族や知り合いのもとに身を寄せているくらいなら、警察が既に見つけているだろう。そこ以外のどこかに、しかしこの狭いメフのどこかには、二人はいるはずだ。



 それから、二度ほど吉乃と顔を合わせる機会があった。美也子を捜すという名目だったが、彼女のやる気は次第に失せていった。三度目はないだろう。幸はそう考えていた。

 事態が動いたのはとある日の昼休み、幸がトイレから出てきた時のことだった。もう冬だというのに制服を着崩しまくった葛が、たばこを咥えて待ち構えていたのである。

「よう、八街。楽しそうじゃん」

「トイレ行くのに楽しいも何もないよ」

「最近オマエさ、タマ校の女とツルんでんだって? へー。楽しそうでいいじゃん」

 いったいどこから聞きつけたのか。しかしいまさらである。幸は事情を説明した。

「なんだ。そんな話かよ。なんか損したわ」

 葛はへらへらと笑っている。おまけに幸をべたべたと触り回していた。

「人捜しなんてケーサツとやくざの仕事っしょ」

「でも見つかってないんだよ」

「メフじゃあそれは葛ちゃんが一番上手いんだよ。そんなんうちに頼んだら一発なんだけど」

「そうなの?」

「うん。葛ちゃん気分いいからちょっと調べてやるよ」

「どうして気分いいの?」

「……今ちょっと気分悪くなったわ」

「なんで」

 ともかく、葛は携帯電話を弄り始める。

「人ってそう簡単に消えたりしねーし。大空洞ん中はしようがないけどさ、地上にいる以上は誰からも見つからずに生きてくとかまず無理だし」

「じゃあ、どうして見つからないの?」

「誰も捜してないからじゃない? それか、見つけても誰も何も言ってないか。そんなもんだって。お前だって見たことない? 『この顔にピンときたら110番』ってポスターとか。でもアレ、マジでするやつそんないなくない? めんどくさいだけだし、関わって嫌な目に遭うのもだるいじゃん」

「まあ、そうなのかも」

「八街さー、なんでケーサツとやくざが人を捜せるか知ってる?」

 手持無沙汰になった葛がポケットからライターを取り出したので、幸がそれを指で摘まんで奪った。ついでに彼女が咥えていたたばこも取って、トイレの近くにあったごみ箱に捨てる。彼女はそれを面白そうに見ていた。

「人捜しが上手い理由? それは、人がたくさんいるからじゃないの?」

「うん、それもあんのね。あと金が絡まないなら捜したりしないし。……色んなやつが協力するってことは、色んな手段が取れるってことだし。だったらメフで息のかかってないとこなんかほとんどない葛ちゃんだったらどうよ」

「ある意味、一番タチ悪いよね」

「そういうこと聞いてんじゃないんだけど」

「見つかるかな?」

「うん。……ん?」

 葛が携帯の画面に目を落とした。

「見つかったわ」

 幸は絶句した。

「え、嘘、本当に?」

「あんたらの言ってることがマジなら、そいつら男と女の二人で一緒にいんでしょ? だから怪しそうな男女二人組を捜したら一件しかヒットしなかったから、ま、とりあえずそこ行ってみ。色々と話つけたからさ。……その二人組がタマ校のお嬢様の目当てのやつかは会ってみなきゃ分かんないだろーけど」

「ん」と、葛はSNSで幸に情報を送った。それじゃあと彼女は手を振る。彼は思わず葛を呼び止めていた。

「あれ、普通に教えてくれるの?」

「んー? なんかくれんの?」

「あげられるものなら」

 何を要求されるのか恐ろしかったが、幸は言い切った。葛はしばらくの間、黙っていた。何も考えていないのかもしれなかった。

「今日はいいや。また今度な」

 あっさり立ち去る葛に、妙な異和を覚える幸だった。



 拾漆区の繁華街を抜けて路地裏へ。梅田金吉は絶句した。そこはホテル街だった。

「絶対に制服で来ないでって、こういうことだったんですね」

「年齢を聞かれても十八歳以上で通してね」

 こんなところでじっとしていたくないエリアである。梅田と吉乃の二人は諦めの境地に達していた。

「だから言ったのに」

 あの時葛に教えてもらったのはラブホテル『金字塔』の部屋番号だった。とある男女がもう何日も前から部屋に居座っているらしい。連泊できないわけではないが、その手の客はどうにも目立つ。金払いこそいいが未成年と男の組み合わせで厄介そうな雰囲気らしかった。

 葛のつてで、幸は怪しまれないように清掃のバイトとして潜り込むことになっていた。勝手知ったるわけではないが一度は経験している。当初、彼は浜路と二人で行こうとしたものの(雪螢たちは拒否した)、連絡してしまったのが運の尽き、話を聞きつけた吉乃が梅田と共に蘇幌の正門前で待ち構えていた。どうしてもついていくと言って聞かないので、服だけ着替えてもらった。

「……ここに定町さんがいるんですか」

「はあああああぁああああ私は旦那さまに何とお詫びすればいいのか……お嬢様にアルバイトさせてしまうだけでなくよりにもよってこんなところなどとは……」

 なぜだか吉乃の目はキラキラとしていた。

「やっぱり、そういう仲だったんですね」

「それじゃあ行こうか。別に本当にアルバイトするわけじゃないから」

 幸を先頭に、四人は駐車場の奥にある非常階段を上り、事務所めいた場所へ辿り着いた。

 やはりか、そこからの話は早かった。履歴書も何もいらず、とにかく今すぐにでも掃除に取りかかって欲しいと告げられた。最初こそ話とは人数が違ったので訝しげにされていたが、葛の名を出すとすぐに納得された。

「人が多いのは助かるんだ。最近ね、戦力が次々抜けてって。特に中国の……王さんが抜けたのが死ぬほど……」

「あの、本当のアルバイトじゃないことは」

「ああ、聞いてるよ」

 店の人間は鷹揚であった。

「どっちにしろ鬱陶しいのに居座られてるのは間違いないし、追い出してくれんなら助かる」

 四人はエプロンに着替えながら注意事項を聞き、先輩のアルバイトを紹介されつつ掃除用具を持たされた。既視感。

 幸は経験があったので、他の三人をフォローしつつ、皆で部屋を回ることになった。

「私、こういうの初めてなんです」

 吉乃は終始にこにことしていたが仕事に関してはいまいちで、手よりも口が動くタイプだった。梅田はしきりに文句を言っていたが、生来の真面目さからか、彼の仕事ぶりが最も際立っていた。浜路は出くわした客と喧嘩していた。



 ある程度清掃の業務を終えてから、四人は件の部屋に向かうことにした。

「ねえ」

 幸は掃除をしながらで吉乃に声をかけた。

「定町さんを見つけたら、それでどうするの?」

「え」と吉乃の手が止まった。

「連れて帰るの? でも、八雲さんもいる可能性が高いよね。連れ去られたのかどうかは分からないけど、もしそうだったら、八雲さんはどうするの?」

「どうするって」

「戦うの?」

 吉乃は息を呑んだ。彼女も幸も狩人だ。だがここは大空洞ではない。得物はなく、相手もケモノではない。黒判定された人間ではないのだから鉈を持っていたとして抜く道理はない。抜けば己がケモノと化すのだ。

「たとえ相手が剣の強い人でも、ぼくたちは今、狩人として何もできないよ」

「それは……」

「もしかすると、定町さんと八雲さんは本当に好き合ってて、好きでここに二人でいるのかもしれない。だったらぼくたちはもう何もできないんじゃない?」

「ど」

「ど?」

 吉乃は梅田に泣きついた。

「どうしましょうおじさまぁあああ……」

「だから言ったのです」

 言いつつ、梅田は作業の手を止めない。

「お嬢様はどうしたいのです。定町美也子を見つけて、そこからどうされたいのですか。学校へ連れ戻したいのですか。それとも吉倉という男が殺された理由でも聞きたいのですか」

 吉乃は梅田の服の袖を握り締めていた。

「分かりません。けど、お話がしたいのかもしれません。どうしてこうなったのか、どうして皆の前からいなくならなくてはいけなかったのか……」

「では、そのように」

 中腰でベッドメイクをしていた梅田が立ち上がる。額には汗がにじんでいた。幸はちらりと彼の仕事を見る。ほぼ完ぺきだった。

「まず、ここにいるのが定町美也子という少女なのか確かめねばなりません。全くの別人かもしれませんので。それから次に彼女の無事を。共にいる男は誰なのかを。危険な存在であれば遠ざけ、落ち着いて話ができる状況に持ち込みましょう」

「は、はい」

「よろしいですか?」

「はい。そうしましょう。うふふふ、聞きましたか八街さん」

 幸は頷く。梅田は最初からそのように考えていたのだろう。しかし吉乃に請われるまでは何も言わなかったはずだ。



 ダストカートを押しながら、幸たちは件の部屋を探した。程なくして見つけるも、覚悟が決まるまで少しの時間を要した。

「心配はいりません」

 浜路が幸に耳打ちした。

「鉈はなくとも私がおります」

 幸は頷いて返し、ドアをノックする。反応はなかった。もう一度ノックし、今度は呼びかけた。

「清掃に参りました」

 もう一度ノックをし、もう一度呼びかける。反応はない。物音も聞こえない。どうしようかと考えあぐねていると、梅田がドアの前に立って息を吸い込んだ。彼はドアを乱打しつつ声を張り上げる。

「清掃に参りましたァ! お客さま! どうか我々に仕事をさせてもらえないでしょうか!」

「お、おじさま?」

 梅田の勢いは止まらなかった。その音を聞きつけて他の客が部屋から廊下を覗きもしていた。ややあって、浜路の耳が動いた。

「います。……近づいてくるようです」

「お客さまァ! ……来るか」

 梅田は手を止めた。ややあって、ドアが開いていった。

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