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0ー2 お肉で一息つきましょう

 夕暮れを背にして、けだるげに歩く影が街に溢れている。

 白い漆喰の塗られた建物が並び立つ街並みは、落ちゆく日の光を反射して幻想的な蜂蜜色に染まり、彼らの一日の苦労を温かく包み込む。


 この国は名のある冒険者が興した歴史があり、その冒険者人口は全体の約四割を占めている。その分彼らの仕事内容は多岐に渡り、各々が自身の力量にあった依頼を受注し、国を回している。

 鎧を身に纏う男性も、神経質そうな事務員の女性も、そうして自らの仕事を無事終えた者たちは、一様に安らぎの場へと帰っていく。


 城と闘技場が融合した堅牢で荘厳な建物が街の中央に鎮座し、関門からそこへ続く一本の大通りには彼らをターゲットにした商店が建ち並び、朝早くから夜中近くまで冒険者らを歓迎している。

 食欲を誘う香りが、冷めやらぬ熱気が、今も中央の大通りを覆い尽くしていた。



 依頼を果たしたステラとシオもこの街へ戻り、ギルドのカウンターに報告と肉を納品済ませた。

 二人揃って初めての手続きに手間取っていたら晩ご飯の時を迎えていた。

 大通りに出てきた二人の影が街に紛れて揺れる。


 シオの真正面から返り血を浴びていた物騒なローブは魔法で清められ、ステラは泣いてほんのり赤く腫れた眼で依頼報酬の銅貨三枚を感慨深げに眺めている。


 今回の獲物ラムシーは弱小の魔物ではあるが、飲食業界においてその肉は割と良い値で取引される物であるため、肉を納品すれば一体につき銅貨二枚と報酬はそう安くなくなる。比較的安価な宿なら食事まではいかないが一晩寝る場所はもらえる位である。

 しかも冒険者に優しいこの街はステラが冒険者最低ランクFだと確認すると更に一枚追加でくれた。


 ――初心者応援特典らしい。

 それを聞いた当時のステラは悟りを得た者の眼差しだったという。


 ともあれ、無事に依頼を済ませたステラは晩ご飯をいただく場所にと、間借りしていた宿屋に寄ろうと提案した。

 シオは大通りに漂う香りを、うっとりとした表情で堪能している。膝下程度のサイズ肉を入れた袋もゆったりと揺れた。


「この通りの匂いだけでお腹いっぱいになりそうではありませんか?」


「なんの腹の足しにもなりませんがね」


 ステラはふふんと鼻を鳴らした。


「お店の料理、本当に美味しいんです。どうせだから、ラムシーの肉を調理してもらえるか聞いてみます」


「ああ、いいですねー」


 ステラは今も明るく調子のいい声で客寄せに精を出す、商店の人々を横目で見て、朝までお世話になっていた女将さんの姿を思い出した。


「……ジーナさんは、今どうしているかな」


 ぽつりと落ちた声に不安の色が表れていたことを自覚し、慌てて首を横に振った。


 今朝方。ステラが召喚された際に、彼女の荷物は押収されていたため一端戻る口実もなく、解放された後はそのまま依頼へと向かっていた。


 店主のジーナは人情に篤い女性で知られており、右も左も分からない状態で街にやって来たステラを何も言わずに招き入れてくれた。いつも分け隔てもわだかまりもなく平等に接してくれる。そう見ていたが、

 召喚を知った彼女がどんな顔をしていたのか、実は知らない。


「大丈夫、だって今こうして活動できているんだもの。ちゃんと話せば入れてもらえるでしょう」


 ステラの呟きを聞いたシオは、視線を通りからステラへと戻した。そこには驚きが表れている。


「もしかして行き先はジーナのまるやき亭ですか?」


 シオの驚きは分からないが、料理屋ともとれるその店名にステラは鷹揚に頷いた。


「その名前通り。豪快な公開あぶり焼きで有名なとてもいいお店です」


「……そして子供へのお菓子配布で有名なお店でもあります」


「え?」


 そんな異名があったかとステラは首をひねる。彼女の店は大通りを逸れて細い住宅街に面しているが、その近辺にお住まいの子供向けサービスなのだろうか。

 シオは何かを思いつき、そそくさとその身を路地に滑り込ませた。


 ――そして一分も立たずに戻ってきた彼は、魔法を使ったのだろうか、十歳前後の少年の姿をしていた。


「じゃん」と、そう言って、誇らしげに彼女に見せびらかせるように両手を広げる。

 家の中で大人しく読書を嗜んでいるお坊ちゃまのような風貌で、更には見て見てと飛び跳ねて、その、よく言えばあどけない姿に、ねこみみフードが実にマッチしており、むしろこの時のためとも思えてしまう。

 ステラより顔一つ高かった青年は、今彼女の腰ぐらいの小ささになっている。


「えっと、何しているんですか?」


「もちろん、お菓子を得るためです!」


 堂々と、悪びれる様子もなく彼が即答するのでついステラは笑ってしまった。道行く人の中にもしのび笑いを漏らす人がいる。

 シオはといえば突然笑い出した彼女に眼を丸くしていた。少し間を置いて原因が自分の発言であると得心する。


「お菓子ですよ、糖分ですよ。ステラさんは欲しくないんですか?」


 お菓子の為に変身する、それがさも当然と思う彼はステラが自分を笑うことに本気で疑問を抱いている様子。


 丸くした眼を更に大きく開くので、紫色の瞳が太陽光を反射させてきらきらと輝いていた。

 魔物をかっ捌いていた鋭利で冷めた印象を持つあの姿とのギャップがひどくて、彼女の笑いは止まらない。


 ……自由に生きること、を体現するような人だよなあ。気持ちがころころ変わって素直に表に出てくる。

ちょっとずれてるところもあるし、表現の仕方もまるで本当の小さな子供みたいに――ん?


「……そうか。今。全てのことが腑に落ちた」

 この瞬間。そう、それはまるで雷に打たれたように――打たれたことはもちろんないけど――ステラには感じられた。


「シオくんは、子供だったのね!」


 目の前に指を突きつけられて固まるシオ。まぶたがゆっくりと瞬きを始め、脳がその言葉の意味を正しく理解した途端、彼は目に見えて慌てだした。


「ち、違います! しかも何か呼び方変わってませんか!?」


「いいのいいの。お姉さんは分かっているから」


 ちょっとでもお兄さんに視られたかったんだよね。あの黒服集団の中にだって紛れ込みたくなっちゃうよね。分かる、分かるよ。お菓子も美味しいもんね。


 ステラは独自解釈を進め、生暖かい眼で必死に抗議を唱える少年の姿を見守る。

 地団駄を踏む少年と聞き流す少女、端から見れば兄弟げんかの様相を呈していた。

 彼女には先ほどまであった疲労感が薄れていく感じもあった。


「勘違いです! これはあくまでお菓子を得るために魔法で……年齢詐称は謝りますけど、でも――」


「大丈夫。本来の外見に戻ることに罪はないわ」


「もー!」


 ステラは近年まれに見る温かい微笑みで彼の弁明を聞き流している。

 今なら何でも許せる、そんな気がするわ。そんなことまで思う余裕も生まれていた。


 眼を閉じて今日のことを思い返す。


 そう、実は肉の袋が当たって地味に痛かったことだって、

 ギルドで見せた最低ランクのFになんとも言えないような眼を向けられたことだって、

 出会った初日から魔物退治に連れて行かれたことだって、


 …………いや。最後は駄目、やっぱり無理。このままいじり倒してやる。


 ステラは眼を開き、やや下に位置する小さくふくれた頬をむにむにと引っ張った。


「とにかく違うんです!」


 悲鳴に似た叫びが、微笑み溢れる蜂蜜色の世界にゆっくりと溶けていった。




 進行方向を向かって右に折れて小道に入り、大通りと平行するように伸びる石畳の通りに移動する。

 大通りと同じく白い漆喰の建物が並び立つ中、黒い金属製のブゥの丸焼きの看板を掲げたジーナの店はある。


 二人が辿りついた時、その前には誰かを待ち焦がれ、静かに佇む女性の姿があった。

褐色の肌に発色の強いピンクの髪、極めつけには気の強そうな眼差し。接してみれば包容力ある大らかな女性。

 彼女は店主ジーナ、その人である。余裕のある白い仕事着とエプロンは身に着けているが、夕焼けに浮かぶシルエットだけでも程よくしまったモデル体型が見て取れる。


「あ、ジーナさん……」


「おや、ステラじゃないかい!」


 ステラがおずおずと声を掛けると、先ほどまでのジーナの剣幕は氷解した。眼はゆるやかな弧を描いている。


「昼間、あの黒い連中が事情を話していったよ。でも、できればあんたの口から説明して欲しかったよ」


「すみません」


 うなだれるステラの頭をジーナはがしがしとやや乱暴に撫でた。

 出遅れたシオはされるがままのステラの後ろから伺うようにそっと顔を出した。


「あの、それは僕が強引に依頼に連れて行ったからです」


 ステラの更に下に人がいたことにやっと気付いたという風体で、ジーナはおやと声を挙げる。


「君は?」


「僕はシオ、ステラさんの指導役です。そしてこのラムシーの調理をお願いしたいです」


 シオは何故か偉そうに胸を張り、

 半ば押しつけるように渡した袋をジーナが開くと、彼女から感嘆の息が漏れた。


「こいつはよく焼けそうだ。獲ってきたのかい?」


「依頼で、この子が、です」


「人は見かけによらないねぇ。小さくても狩りができる、しかも黒服が認めた指導役。色んな人を見てきたつもりだったけどここまで規格外な子は久しぶりだよ」


 ジーナはシオを遠慮無く観察し、愉快そうに笑った。


「久しぶりって、こんな人普通いますか?」


「普通じゃない人が、うちに来るのさ」


 ジーナは再びステラの頭を撫でて、そのまま左右に振り回した。ステラから非難の声が上がる。


「うーん。剣で闘うわけないし……シオくんは魔法が使えるのかい?」


「そうでなんです! こう見えて魔法が得意分野でして――」


「あれ、今日剣を使ってましたよね」


 ――まあ、現在年齢詐称のために魔法も使っているけど、メインは剣ではないの?

 シオは茶々を入れるステラをきょとんとした顔で見上げた。


「魔法でも闘ってましたよ?」


「嘘、いつ?」


「速度上げに、風属性を」


「うそぉ!」


 二人の掛け合いを間近で見ていたジーナは先ほどまでとは違い、一転穏やかな笑みをたたえた。


「なんにしても、お帰り。……でも対策とかちゃんと考えないと、またいつ誘拐されるか分からないよ」


「召喚を誘拐って……」


 苦笑いするステラの隣でシオがふんぞり返った。この子はさっきからどうして得意げなのだ。


「策ならありますよ」


「さすが指導役様だね」


 ジーナは快活に笑うと今度は少年の頭をなで回した。手元から今度は僕ですかぁ~と情けない声が上がる。

 彼女はそれを満足そうに見つめた後、ステラに目配せし一端店に入った。お客になにやら声を掛けてからすぐに二人の元へ戻ってくる。

 手には肉の袋の他、黄色い生地のようなものとフォークが乗った大きい皿を持っていた。


「この肉は他に分けても大丈夫かい?」


「はい」


 ジーナは我が意を得たとにやりと笑い、持っていた皿をステラに渡すと、

 ラムシーの片足を掴んで宙へ放り投げた。


「じゃあさっそくこの肉で今日の、無事解放されたことと依頼達成でも祝ってやろうとするかね!」


 良く通る低めの声に辺りの人も振り返る。視線は声の主の放ったものへと自然と集まった。


 宙を舞う肉は夕日を浴びて黄金に輝き、逆光で人々がまぶしそうに眼を細める。

 肉の君はその神々しさを纏ったまま、正体を見せるまいと下方から上ってきた炎に身を投じた。

 炎は瞬く間に肉を包み込み、その場に猛々しい音を響かせる。

 この炎の出所はジーナである。


 ジーナは魔法を使い、こうした路上パフォーマンスを行う。火属性と風属性を用い飛び散る火の粉を器用に繰り、周囲に燃え移らないようコントロールもしている。


「ジーナさんも魔法を使うことができるんですね」


「なに。戦闘には使えないまがい物さ」


 炎の後ろで魔法使いシオとジーナが少し物憂げな表情でそんな言葉を交わしていることを、衆人たちが気付くはずもないし、彼女も意図して炎の勢いを調節する。


 肉を内包した炎は香ばしい匂いを辺りにまき散らし、衆人の捕食者としての本能をひたすらに煽っていく。肉からあふれ出す油は滴り落ちることなく火の中へ投入され、魔法の炎は更にその迫力を増した。


 そのまま焼きあげる光景を映す見せものかと思いきや、立ち上る炎はやがて対の獣の形を成し、焼き色がつき始めた肉を中心に置いて、今度はそれを奪い合う物語を紡いでいく。

 争いの火の粉は容赦なく肉をあぶり、その音と匂いは胃を刺激し、数多の財布の紐を緩ませた。


 ステラはこれを見る度に魔法というものを認識させられる。敵を屠るために技術を磨く冒険者たちが使う魔法、人を楽しませる為に極めたジーナの魔法、きっと魔法は様々な景色を作り出せると。

 自分の剣は太古の魔法工学で作り出されたものだが、きっとその存在にも恐怖の姿とは別の意味があるのではないか、とも。


 夕焼けに浮かぶ炎舞は終盤へと差し掛かる。争いあっていた獣は互いを喰らい合い大きな竜へと変貌を遂げ、剣を持った人型が現れた。人型は竜を裁ち切り、その両手で肉を掲げた。炎は人型を残してだんだんと火力を落としていく。


 この街は冒険者の集う街。そして炎舞はその歴史の一面。

 この物語はきっと彼らへのメッセージも込められているのだろう。


 その中にはもちろん、ステラやシオも含めて。



 炎が消え、静まる街。焼き上げた肉を風魔法で裁断し、油まで余すことなく全て乗せた大皿を両手で高々と掲げた。


「今日はパーティーだ。参加する奴は銅貨二枚今すぐ持って来な!」


 声が最後の一押しとなって、ジーナの周囲にはあっという間に人だかりができた。

 肉が大きなお皿からみるみるうちに無くなっていく。ステラはもちろんタダで肉をもらい、勢いよくかぶりついた。

 ラムシーの肉は弾力があるにも関わらず歯切れがいい。ほかほかと立ち上る芳香が胃を刺激し次を急かし、頬張り噛みついてこぼれた甘い肉汁が舌を通り全身へと染み渡る。

 肉を頬張った人たちからも満足そうな吐息が漏れ出ていた。

 暮れゆく街に、団欒する声、温かい空間に優しい風が吹く。


 ジーナからお肉の提供者だと紹介されるサプライズを挟んで、胃を満たした者から徐々に解散の流れになった。

 ステラたちも片付けを手伝い、終えると間借りしていた部屋に通された。



***



 割り当てられた部屋はひとり用だった。それに変更はないし、文句もない。一緒の相手も年下の少年ならそこまでひどい間違いも起きないだろう。

 その相手も同意見のようで状況を気にも留めず部屋の隅っこでクッキーをほおばっている。


 いつ手に入れたかと問えば、彼は幻想的なショーには目もくれず、肉の影で焼かれていたクッキーをちゃっかり回収して来たのだそうな。

 肉を尻目に「糖分、糖分」と合い言葉を唱えながら気の赴くままにリズム刻んで舞を踊り。


 ……パーティー台無しである。


 カリカリと軽快に砕く音が響く小さな部屋の隅に寄り、アーティファクトを壁に立てかけ、ステラは床に敷いたままの布団に寝転んだ。

 蓄積した疲労が今になって押し寄せる。身体が沈み込む感覚もいつもと違い、知らず大きなため息が出た。


「とにかく今後の予定ですが、状況はなんとなく理解できたので、後日講義を執り行います」


 シオは残ったクッキーをハンカチに包み、母が子を愛でるように丸くなったハンカチを撫でた。


「講義?」


「僕、の友達が研究した『それ』の使い方を教えます」


 ステラはほぼ無意識の内に息を呑んだ。


「……本当に制御とかできるんだ」


「そこまで大したものでもありませんが。まあ、とにかく今度見せます。さて、今日はお互いに疲れたでしょうし――」


 言葉を句切り、まだ何かするのかと訝かしむステラを横目に、彼女が寝る隣で圧縮魔法の応用品、通称まじっくバックから光沢のある謎素材の寝袋を取り出した。


 ――いまいち彼の生態系が掴めない。

 ステラの眉間に更に皺が寄った。


 シオは宣誓する町民代表のごとき厳かな雰囲気を纏い、大きく息を吸い込んだ。

 ステラが身構える。


「今日は頑張って寝ましょう!」


「言うことはそれか!」


 ツッコミを済ませてぐったりとしたステラは布団をかけ寝る体勢に入った。

 シオも寝袋に潜り込み満足そうに一息吐く。


 そうしてイベントだらけの一日は終わる。




 ……夢の狭間に、幼い少女を残して。


前回に引き続き。

ラムシー→羊(型の魔物)

ブゥ→豚

ネーミングセンスが欲しい今日この頃です。


(10/29)加筆、一部修正

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