表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

0ー8 噂のあの人

※書かれている内容は魔法の定義を含めこの物語上での設定です。

※ここに出てくるエルフは、妖精に近い特徴のある「人間」の種族という扱いになっています。


 かつて、魔法使いと名乗る者たちは、精霊や妖精と対話し、魔法の力を授かった。


 精霊らの姿を見る者のいなくなった昨今。この国では、彼らの残した知識を継ぎ、知恵を絞り、魔法の技術大系を生み出した。


 魔法学、魔法工学、魔法化学、その部門は多岐に渡り、未だ解明されない事象も多い。

 ――そんな、技術の発展が叫ばれるこのご時世に、私は神妙な顔で空を仰いでいた。


「何故、私は箒に跨がっているのか」


 まるやき亭の店の裏、人の目も届かず日の当たらない場所で、ステラはひっそりと箒に乗る訓練をしていた。


 いつもの白いワンピースに、首からは透明な石が埋め込まれたペンダントを下げている。

 魔導コアと呼ばれる代物で、装備すれば人体にある程度の魔素を提供してくれる、本来魔導器に埋め込み動力源として用いられているものだ。


 業務に使われるものよりは小さいが、およそFランクの人間が持って良いものではない。壊したりひびを入れようものなら、ラムシーをこれから10体ほど狩ってこなければならなくなる。


 何故こんな物を私が身につけているのかと言えば、目の前の少年がバッグの整理をしていた時に見つけたというだけである。


「そう言えばこれ要らないからあげる」と軽い口調で渡されたときは、緊張のあまり勝手に手が振るえて落としそうになった。


 件のシオはといえば、箒に跨がったまま価値観の相違に思いを巡らせる少女の前で、菓子袋を手に握りしめてうとうとと舟をこいでいた。


 友人のマリア曰く。彼はこの国屈指の魔法使いで、その指導に預かることは光栄なんだとか。その彼の指示でステラは箒に跨がり、空を飛ぶという旧時代を思わせる訓練をしている訳だが、眠気と格闘するその姿を眺めていると、事の真偽が疑わしくもなる。


「部屋で寝ましょうよ」


「せんせいがしごとをなげてはだめなのです」


「さっきから寝てばかりじゃないですか」


「ぼくのことよりれんしゅ――ぐぅ」


「ダメだこりゃ」


 熱っぽい様子なのは先日と変わらず。店の手伝いを止めることもせず、職務の合間を縫って魔法の訓練にも同行する彼には「休む」という概念が存在しないのだろうか。

 ステラが箒を置きシオを抱えて部屋へ連れていこうとすると、途端に暴れ回り腕から転げ落ちた。


「ぼ、僕のことは放っておいて大丈夫です。病気とかではなく、定期的に起こるものなのです」


「定期的に起こる熱ってどういうことですか……」


 シオは服に付いた砂を適当にはたき落とし、目をこすって呆れ顔のステラを見上げる。その瞳にはこの場から離れない、その固い意志が感じられた。これは練習の様子を見せた方が素直に聞くかも知れない。


「じゃあ練習に戻りますけど、悪化したり欲しいものがあればちゃんと進言すること。いい?」


「はーい」


 ……どっちが先生なんだか。ステラから重いため息が出た。



 気を取り直して、箒に跨がり精神を集中させる。

 コアの魔素を身体の内側へと誘導して分解。前回の講義はここから送り出しまで。今回はそれを魔法として視覚や触覚など誰でも理解できる形を成すところまでの練習らしい。


 ところで、ステラの固有属性、風は動の『能力』に特化している。


 物を持つ際、力が働く方向と逆向きに作用すれば重さは感じなくなり、重力と逆に作用させれば宙に浮かせることが出来る。

 応用が利きとても便利な反面、あらゆる他の力の影響を受け易くもあるため、安定して行使することは難しい。


 その動の能力を箒に充満させて、空へと誘導する。自分の属性の素だからか体内でのコントロールは易いが、箒へと移った途端魔素の動きは活発かつ自由になり、箒を意図しない方向へと飛ばそうとする。


 結果。僅かに浮いた後、ステラは箒ごと縦に一回転して地上に落ちた。


 数分前まで浮くこともできなかったことを鑑みると、これでも進歩していると言える。けれど主導権が無くなった途端に魔素が霧散するのは変わらない。


「箒に入れるまではいいんだけど、どうしたら安定するかなあ」


「もしかして、魔素をそのまま送り込んでいます?」


 土で汚れた足を叩き、声の方を見る。シオは菓子袋からあめ玉を二粒取り出し、それを口の中で転がしながら小首を傾げていた。


「魔素のまま送り出したら身につけている物を通って行くだけですよ」


「でも動かせるのはそれだけですよ?」


 ふくれっ面のステラに、シオは首をゆるゆると横に振った。


「考えてみて下さい。魔法として発現させるんです。魔素ではありません」


「……つまり。魔素のまとまりを作らなきゃいけない。ってこと?」


 確かに魔法は使い手からの指示通りの動きを取る。魔素をまとめ魔法と成す、つまり魔素を一個に凝縮する行程は確かに今の感覚でもできそうだ。

 少年もあめ玉をかみ砕きながら首肯した。そして菓子袋から更に二つ取り出して口に含んだ。


「でも魔素に指示を出したことないです」


「それは。えーと何だろう。……コミュニケ-ション?」


「取れるんですか!」


 この子からコミュニケーションなんて言葉が出るなんて。ステラは二重の意味で驚き、対してシオはその心の声が届いたのかばつの悪そうな顔をした。


「とにかく。コミュニケーションを取ること自体は今のステラさんでもできています。体内で誘導する思念に近いものがそうです。だからまとまりを作った後、同様に身体の外へ出す前にこういう動きをして欲しいって伝えるんです」


「うーん。取り敢えず、やってみます」


 シオは毎度説明しているが、実質、感覚の世界は説明が難しい。とりわけ魔法はやってみて気付くことが多い気がする。ただ前例があるので、ステラはシオに何回か視線を送り彼が頷き返すのを確認した。


 それから余計なことを考えないようにするため、箒を跨がず両手で持つ。

 体内で風魔法を構成して、作ったまとまりに箒が空高く飛ぶように念じる。大きな緑の光は身体から箒へと移動して、箒が目に見える緑の光に包まれた。


 ――しかしそれ以降。5秒、10秒と光を保ったまま何も起こらない。穂先を下にして置くと垂直の姿勢で倒れることもない。


「何で?」


 思わず声に出た。


「魔力不足でしょうか。どの位力を注ぎました?」


 シオは気だるげに立ち上がり、ステラ同様立ったままの箒を怪訝そうに見ている。

 地面と接している穂先からぽすんと何回かに分けて空気がはき出される音がして、風の噂で聞いた、天高く飛ぶ鉄塊実験の予備動作に似ているなと、頭の端で思った。


「ええと、10分の3くらいです。軽いから控えめに……」


 そうステラが答えた途端、少年は目の色を変えて彼女に向けて突進した。


「すぐにそれから離れて下さい!」


「なにを――――ひゃっ!」


 言い終わる前に、ステラの真横を突き上げるように何かが掠めて、ステラは小さく悲鳴を上げた。

 遅れて立ち上る砂埃を誤って口から吸い込みむせ込む。異物は口の中でざりざりと嫌な音を立て、苦い味をもたらした。

 瞬く間に四方が白いもやに覆われ、傍にいたシオの姿も箒も確認できない。

 固い物質が何回か衝突を繰り返す音がして念の為ステラは身構えた。


 そうして、流れてきた新鮮な風がもやを巻き上げるまで、頭を両腕で庇う姿勢を維持していた。


「箒はない、シオさんは……」


 辺りを見回すと、自分のすぐ傍で涙目になっているねこみみ少年の姿を認めた。

 身長が低いから自分よりも直に砂埃の洗礼を受けてしまったのかもしれない。


 しゃがんで視点を落とすと全身砂まみれになった少年の頬に涙の筋が何本もできていることが確認できた。


「大丈夫ですか?」


「……が」


 シオが涙目で訴えてきて、その迫力に怯む。

 砂が鼻をくすぐり思い切りくしゃみをする少年になんと声をかけていいのか分からない。彼は小さな拳を握りしめてステラの膝小僧を懸命に叩いて何かを主張していた。


 そこでステラは違和感に気付いた。その両手には何も握りしめていないのだ。


「箒が、箒が……、僕のお菓子盗っていったんです! 弁償して下さい!」


 砂埃と子供の泣き声に、勘違いした大人たちが入ってくるのは、その五分後のこと。

 彼らの証言によれば、訓練に使われた箒は地べたで散々暴れ回ったあげく、最後にはステラの指示通り、空高く飛んでいきましたとさ。


***


「ステラさんの10分の3って、初級魔法一回分だってこと理解していますか」


「前回の治癒魔法のことですね分かります」


「……これからは力加減も教えた方がいいのでしょうか」


 二人は向かい合い、神妙な面持ちでカップのホットミルクを飲んだ。


 箒を飛ばした後。二人は事態を聞きつけたジーナによって強制的にシャワーを浴びせられ、白シャツと黒スカート又は短パン姿に着替えさせられた。


「もう一回騒ぎを起こしたら、このお祭り期間中。全日手伝いに奔走してもらうから」と言った彼女の目は本気で、廊下に正座させられた二人はその迫力にしばらく震えが止まらなかったが、そんな彼女が運んでくれた温かいミルクは砂糖がたっぷり入っており、口に含んだ途端二人は揃って顔を綻ばせた。


 それから、いつもの部屋でこの度の反省会をとの両者の合意により、今に至る。

 ミルクの魔力で危うく緩みそうになった顔を引き締め、互いが互いを見た。


「まあ言わなかった僕も同罪なんですけど」


「シオさんのせいじゃないです。それ以前に、やる前に分かれよという話ですよ」


「でもステラさんは魔法初心者なわけですから、まあ仕方ないです」


 シオはカップを両手で包み込むようにして持ち、ミルクの波紋をぼんやりと見つめた。

 ステラは自嘲めいた表情を段々と崩して、今し方の彼の返しに驚きを浮かべた。


 今まで、といっても数日だけど。彼は愚痴や自嘲に対して無関心では無かっただろうか。自分に非があると思っているとしても、この反応にはどこか違和感がある。しかも改めて見ればあんなに暑がっていた人が平然と温かい飲み物を飲んでいることも変な話だ。


「シオさんが、温かいミルクを飲んで、フォローもしている」


「――ん、あれ? 何かおかしいですか?」


 けれど、どうも本人は無自覚なよう。ミルクからステラへ視線を戻し、首を傾げている。


 ――やっぱりよく分からないな、この人。やや強引にステラは結論ならぬ結論を下した。


「取り敢えず、先ほどの容量では動きの速さにも追いつけないと思うので、練習の時は10分の1を目安にしてください」


「『エルネラ』を使うときも?」


「箒のように手を離れることは早々ないと思いますが……そうですね。同じように力を調節していきましょう」


 シオはつかの間の静けさを話の終わりと判断して、ミルクを一気に飲み干し満足そうな息を吐いた。

 開けた窓から先日と変わらない活気に満ちた音が聞こえてくる。軽やかなメロディーに身をゆだね、ステラもミルクを飲んだ。


 近々開かれる祭りは一般に「建国祭」と呼ばれている。この国の創立記念日を挟んで一週間行われるもので、街の中心部では闘技大会なるものが催される。それに参加するために、各地から腕に自信のある冒険者たちが集まって来てこの賑わいようなんだそう。

 一流の装備を買い求める客で、職人通りは本日も大盛況に違いない。


「でも資金のない&参加資格のない私には関係ないんだなー」


 背に日を浴びて気持ち温かな心地でミルクを飲み干した。


「何の話ですか?」


「そろそろ建国祭があるじゃないですか。それの闘技大会に私は出られないという話です」


「建国祭。そろそろなんですね」


 シオは窓の外に目を細め、耳を澄ませた。憂うような慈しむような、およそ子供の身体には似つかわしくない微笑を湛えて、一転あどけない笑みになり小首を傾げた。


「ステラさんは闘技大会に出られないのは何故ですか?」


「……一言で言えば、Fランクだからです」


 闘技大会は一部を除く冒険者に参加権限が与えられる。その一部がど初心者の称号Fランク。ステラの参加は装備以前の問題にあった。

 こういった説明を興味深げに聞く姿を見ると、『エルネラ』の暴走を抑える実力者であっても、つくづく冒険者ではないと思える。


「でも、闘技大会って出た方が実績に繋がりそうですね」


「そうですね。武器はよっぽどなことが無い限り持ち込み可となっていますし、国の催し物なので専門の治療部隊も常駐しているそうで、思う存分戦えるらしいです」


「武器の持ち込み……? ああいや、研究の話ではなく。ステラさんの実績になるかと」


「まあ。出られたらそうですね。実績はともかく良い経験にはなるかも」


 耳を澄ませれば剣戟の音がする、演技かはたまた諍い事でも起きたのか。

 差し込む日差しの中舞う埃を何の気なしに眺める向こう側で、シオはカップを床に置き、おもむろに立ち上がった。ステラの前まで来るとその手を取り上下に激しく振った。


「いいこと考えました!」


 言うだけ言い、窓に掛けてあった乾かし途中のローブをひっつかんで羽織ると、湿り気を魔法で吹き飛ばした。

 ついでに隣で干していたステラのワンピースも乾かし革鎧も早く装備するように急かしてきた。


 着替える間、目を塞いで後ろを向きしゃがみ込み、ステラが装備まで終えたことを告げると、シオは勢いよく振り返り力一杯ステラの手を引いた。


「これからギルドに行きましょう。今日から実績作ってFランク脱却です!」


「はぁ?!」


 ステラの静止の言葉なんて聞かない、聞こえない。

 さっき感じた違和感はどこへ。いつだって勝手気ままなシオ・アルフレッドがそこにいた。


***


 幾日かぶりの冒険者ギルドは人でごった返していた。

 普段、各受付の前には多くても四、五人程度の一列を維持していたが、今日はそれが横に何本も出来ている。


 待つだけなら不自由しない混み具合だが、カウンター付近の人口密度が異常に高い。二人が入ってきた扉から出て行く人がいれば、すぐにまた補充される。ちょっとした小競り合いも見受けられた。


 屈強そうな人々の間で、少女と少年はひっそりと手を繋いだ。


「今日は人が一杯ですね」


 そんな呟きは誰かの豪快な笑い声に埋もれ、隣の人物にすら届かず消えた。篭もった熱気を逃すために窓という窓が開けられている。二人は見かねた職員から順番待ちの札をもらい、比較的人の少ないロビーの端で風のおこぼれに預かる。


「今日はカウンターへ行くところから難しいね」


「困りましたね」


 彼らの視線の先には依頼受注のカウンターに並ぶ人の列。

 祭りが始まる前から臨時窓口も設けられているようだが捌くのに手間取っているようだった。

 そもそも各地から冒険者が集まっているこの人数に、割り当てるほどの依頼はあるのか、という疑問がまず浮かぶ。闘技大会に出ることが目的ならそれだけでいいのに、と地元代表は思います。


「依頼を受けたパーティーに混じる方が得策な気がしてきた」


 ステラが札の番号を見やりため息を吐いた。


「そんなことできるんですか」


「普通はできないです。報酬の関係もあって両者の合意と、再度ギルドから許可をもらう手間もありますし、それ以前に足引っ張りをわざわざ入れる意味が無い。

……でも、依頼が足りていない気もするんですよ。魔物討伐とかじゃない店の手伝いとかならたくさんありそうだけど」


「闘技大会に出る面子がやるわけないと。なるほど」


 ステラ自身「建国祭」への参加は初めてのことであり、もちろんその頃のギルド内がどうなっているかなどの知識は持っていなかった。分かるのは自分が今すごく後悔していることぐらいだ。


 並んでいるようで並んでいない彼らが、方々で喧嘩を起こし実力行使にでようとしたところを職員に止められているところを鑑みると、

 仕事熱心というより、闘い好きと言われた方が納得できる。奥に目をこらしてみるとカウンターでもちょっとしたトラブルが起きているようだ。


 ……どうしよう、今とっても帰りたい。大人しく魔法の勉強していたい。


「また日を改めて来ましょうよ」


「うーん……」


 シオもさっきまでの勢いを失い、ただ迷っている。見れば行きたいけど巻き込まれたくない気持ちの狭間で地団駄を踏んでいるよう。

 眼下で揺れる頭部を、空いている方の手で撫でると心が妙に落ち着いた。



 その時のステラの思考は現実逃避を始めていた。

 だから、声をかけられていることにもしばらく気付かず、普段は無視するだけだったその問いに、不覚にも聞き返してしまった。


「いやあ困っているようだったからさ。よかったら俺たちと一緒に来ないかい?」


 見れば金髪の剣士らしい青年が手をひらひらと振っていた。ほどほどに鍛えられた肉体、装備は鉄で統一されている。背後には同様の装備の男が二人。パ-ティに誘われているという、状況を理解するのに再びの時間を要した。


 ネコの頭がステラと男たちを見比べ右往左往していて落ち着きがない。シオの動揺ぶりを感じ、逆にステラは冷静になれた。


「そこの小さいのはともかく、お嬢ちゃんみたいな子なら大歓迎だよ」


「は?」


 青年の仲間と思しき人物の台詞に、感情が口を突いて出た。次いで硬直しかけた空気を感じ慌てて咳払いをする。

 視線をシオの頭部に戻して何も言わないでいると――確認はしていないが――不躾に見られている気配がした。


 これがナンパか……。

 あらゆる渦巻く感情を押し殺し、敵意だけを込めた視線を返した。

 そもそも実力も知らない相手を歓迎って、常識を疑うのだが……。でも、弱ったな。先日もトラブルを起こしたばかりだし、あまり目立ちたくはない。


 どうしたものかと思いあぐねていると、シオが青年の前に進み出た。相手がどけようとして頭部に触れると、拒絶するように甲高い音を立てて火花が飛び散った。


「あの、困ります」


 シオはステラの姿を確認すると男に更に一歩歩み寄った。男は痛む手を押さえ一歩下がる。逃げるというより反撃しそうな気配だった。


「僕はステラさんと一緒に行動しないといけないんです」


 ……下手すれば誤解を産まないか? その発言。


 突っ込もうか迷うステラとは違い、金髪の男は何かを言おうとして止め、それからまじまじとシオとステラを見つめては、驚愕に目と口をいっぱいに開いた。

 何度か口を動かし言葉にならない声を上げ、更に数歩下がった。


 他のメンバーもシオをまじまじと見つめて同様の反応を寄越した。


「暴走を起こしたステラに同行する男。お前、まさか――シオ・アルフレッドか」


「黒髪、色白、紫の瞳。間違いない」


「え、あの竜殺しの?!」


 三者の発言に、傍観していた冒険者たちにも動揺が走った。シオも自分のことだと律儀にも肯定を示したことで、更に混乱を招く。

 当事者二人を置いて、周囲の人間は口々に「シオ・アルフレッド」の噂を語り始めた。


「俺はゴブリンの群れを並べてドミノ倒ししたって聞いたぞ」


「山岳地帯のウルフの群れを牛耳っている奴じゃなかったか」


「私はブゥの肉を丸呑みにしたって聞いた」


「師団長のローブに落書きした奴だろう」


「俺は国旗に落書きしたって」


「どっちにしろやべぇじゃん」


 恐れ戦き、ときに好奇の目に晒されるシオは至って真顔で「いや、誰だよ」といった、珍しく呆れの感情を表に出している。


 ナンパメンバーを含め、あらゆる人がシオを遠巻きに見る中、聞き覚えのある笑い声がした。

 見れば人混みの中で、ことの発端たる白いローブの少女が、背を丸めて小刻みに振るえていた。




「いやあ、ごめんね。でも全部あたしが言ったんじゃないんだよ。ただ知り合いにちょっと言ってみたら、尾ひれどころか古今東西のあらゆる噂が混ざっちゃったみたいで」


 ローブの少女、マリアは小一時間笑い続けた後ようやく弁明を口にした。

 あれからシオは木製の丸テーブルに突っ伏して微動だにしない。騒いでいた人たちは職員によって一応静まったが、ちらちらとこちらを盗み見ている。


「皆の中でシオさんはどんな人間になっているんだろうね」


「…………わりとどうでもいいんだけど、きくのはこわい」


 少年は顔を上げずたた掠れた声で呻き、ネコみみを両手で塞いだ。

 ……それを塞いでも意味ないでしょうに。


 マリアが笑いを治めて、テーブルに額を擦りつけるようにして謝ると、周囲がどよめいた。

 ――仕方がない、別の話題を振ろう。

 実は現在このテーブルに四人座っているのだ。

 残りの一人である長身の男は何も言わず自分の装備であろうクロスボウの点検を行っていた。


 切れ長のエメラルド色の双眸。深い緑の髪を一つに束ねて後ろに流し、長く先端が尖った特徴的な耳の形。所謂美形に値する整った顔立ち。エルフと呼ばれる妖精に最も近しい一族の特徴を持っている。ただ、あまり人の多い街は好かない種族のはず……。


 ステラが観察していると心の内を見透かすような瞳がステラを捉え、勝手に身が震えた。


「えっと、失礼ですけど、あなたは?」


 彼が何を言うのか、緊張で息が詰まる。するとマリアが待っていましたとばかりに顔を上げ、彼女が説明を始めた。


「こちらあたしのパーティメンバーのひとり、ロビン・スナウトくんです。ランクはCだよ」


 復活したマリアが遠慮無く突き挨拶するように急かす。それを鬱陶しそうに押しのけて、ロビン氏は軽く会釈をした。


「ロビンだ」


 外見に似合わない、想像以上に低い声でそれだけ言うと彼は装備の点検に戻ってしまった。


 自己紹介も短すぎてエルフかどうか判断が付かない。自然と共に生きるエルフだとしたら機械仕掛けの印章が強いクロスボウは相性が悪そうだ。やはり特徴が似ているだけなのだろうか。でも直に聞くにはハードルが高い、何故なら、


「ロビンくんは、エルフなんですか?」


「――ぶっ!」


 さっきまで意気消沈していたシオは好奇心に目を輝かせていた。唐突な問いかけにしかも君付けである。

 マリアの仲間の時点で怖さはなくなったが、シオの質問は遠慮ない。

 ロビンの放つ穏やかとはほど遠い静かな雰囲気が、剣呑さを孕んだ気がした。


「エルフは、半分だけだ」


 ――ああ、これ地雷のやつ!


 マリアは「あたしが説明するっていったのに」と眉根を寄せ、質問したシオは「へー」と呑気に口を開いている。

 彼の口が再び言葉を紡ぐ動作を始めステラは止めようと手を伸ばす。が、あまり意味はなかった。


「じゃあ、世界で一番おいしい自然の糖分って何だと思いますか!」


「――――は?」


「ただし、お菓子に使われている奴です!」


 テーブルを囲む空気が、一瞬にして緩んだ。


 ロビンの反応はもっともである。彼が言わなかったら私が言っていた。

 何で糖分? 糖分に詳しい種族ってなんだよ、遠回しにすごく失礼なこと言ってないか? 言っておくけど糖分ってメジャーな話題じゃないぞ!


 ロビンさんはもちろん無視を決め込み、私は言い弁明が思いつかず、マリアも声がしないと思ったら、脇腹を押さえてテーブルに突っ伏して必死に声を抑えていた。シオは彼女の笑いのつぼをとことん押すらしい。


「僕の中ではメープルがだんとつで、あだっ」


 ――これ以上しでかすことは、私が許さぬ。

 取り敢えず、私は仏頂面のまま何かを言い募ろうとするシオの頭部を叩いた。


 ロビンはシオを見ず、可哀相なものを見る目でステラを見た。


「ちょ、ごめん。そろそろいいかな」


 シオが再び突っ伏して落ち込みモードになるのと反対に、マリアは起き上がった。深呼吸をして笑いすぎて乱れたリズムを整えていた。


「実はね、ステラちゃんたちに頼みたいことがあってさ」


「何?」


「以前話したと思うけど、今パーティーの一人がどっか行ってて、近接を頼める人がいないのね。だから」


「それを、やってくれないかと」


「うん。どうかな」


 マリアは両手を合わせてこちらを窺い見る。こちらとしては願ってもみなかった申し出だし、そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいんだけどな。

 ステラは腕を組んで天井を仰ぎ、現状を整理することにした。


 まず、マリアは、力量も含め私の現状を知っている。多分シオのこともある程度理解しているだろう。それらを踏まえて提案してくれていることを考えればここは乗るべきだろうか。マリアやロビン氏は報酬にうるさくもない印象を受けるし、技量についてはある程度ランクが証明している。


 ……むしろFの自分が懸念事項な気がする。


 何にせよ依頼内容を聞いてからだ。うん。

 頭の中で他の確認事項がないか慎重に考え結論を出して、ステラが口を開きかけたとき。



「あ、いいですよ」



 隣で撃沈していたはずのシオが、またもや発言をした。


 ステラの口は言葉を紡ぐことなく閉じられた。


「え、いいの? ありがとー。依頼内容はこれなんだけどさー」


 呆気にとられるステラを置いて、二人が話を進めていく。


 ――さっき同じような誘いに散々迷っていたくせに! 悩んだ自分が馬鹿みたいじゃないか!



 半泣きになった少女の姿を、弓使いの男が同情の目で見ていた。


ブックマークしてくださった方がいたようで、ちょっと泣きそうになってます。

とっても励みになります! ありがとうございます!

10/2追記

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ