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0ー0 始まりの約束

週一を目標に挙げていきたいとおもっています。

今度こそ!!


(10/29)

本文に加筆、修正あり。

 力ある者は悪を断つ剣を持て、

 力なき者は意志を守る盾を持て、

 剣を求める者にはその術を与えよ、

 盾を求める者には絆を与えよ、

 この国に弱者はいらない、

 この国に弱者はいない、


 それがこの“冒険者の国”の当たり前。

 そして、力を求め冒険者となった私は今、ある資格に問われている。


***



「公正な審議の結果、あなたは『それ』にふさわしくないと判断されました」


 カン、と杖でテーブルを叩く音が響き渡る。

 日が射さしこまず松明がゆらゆらと揺れるだけの薄暗い空間に、埃っぽく湿った空気が充満している。

 暗さを増長する黒いローブを着込んだ者たちに囲まれて、壇上で一人、うら若い少女が判決を待つ。銀髪に染みの目立つ白いワンピースといった軽装で、ほっそりとした四肢がいやらしくない程度に露出している。 

 黒服の中で悉く異質な彼女は何も言わない。その深い青の瞳には何の感情の色も見えない。全て無駄だと諦めているともとれる態度だ。周囲の黒服たちも揃いも揃ってフードを目深にかぶり異を唱えず、この場にいる誰もが杖を震う男の結論にただただ従うのみである。


「ステラ・エルネラ(16)、人間、女性。

最終冒険者ランクF。

アーティファクトの使用者として討伐任務に赴くも、度重なる失敗の報告。ならびに持参のアーティファクトを扱う技術、知識の欠如を確認。

よって、使用者資格剥奪処分とする。

以上のことに、異論はないですね?」


 杖を持った黒服の男が雨水を抱え込んだ曇り空のような、どんよりとした重みを含んだ声音で問いかけた。

 ――散々な言われよう、まあ、正しいけどさ。

 群衆の中心に立つ少女、ステラは心の内で苦笑して、ぼんやりと今までのことを思い返していた。


 自分が冒険者だったこと。初めて任務での失態を許してくれた依頼人のこと。間借りさせてもらった宿屋の料理の味がやけに心に染みて涙を流したこと。故郷ではあり得ないほどに、皆口を揃えて「頑張れ」と言っていた。応援してくれた。それはとても温かい世界だった。

 ……落ちこぼれでも期待されていた、と思う。何故なら私には『それ』が使えたから。『それ』の力があったから。

 でも使いこなせなかった。

 私は応えられなかった。

 力のない者が振るえない力を持ったとしても、所詮力のない者ということだ。


 ステラは目を伏せて、その首をゆっくりと前に倒し、肯定の意を示した。


 彼らの言う『それ』は別名アーティファクトという。正式名称は誰も知らない。

 百年以上も前に作られた人工物でその特異な機構は、今現在の魔法工学の知識では再現、制御は不可能とされている。一見危険な遺物ではあるが、使用者が制御できれば強大な力でもって国を繁栄させるとも言われていた。この国の成り立ちにも深く関わっていると、その道の学者たちは口を揃えて言う。

 使いこなせる所有者にはあらゆる期待や好意が向けられる。逆に使えない所有者は怯えられ敵視される。加えて『それ』は自ら使用者を選ぶため、人が使用者を選ぶことはできない。故に人側は、使用者を管理すれば危険はない、と結論を出した。


 ――そして現在。強大な力を持つ『それ』を使いこなせないステラはこの黒服たちの「管理」下に置かれることとなるのだ。


「わたしは、どうなるのでしょうか」


 管理下に置かれた者の中には人類の敵になり得ると判断され、考えたくもないような処分をされた者もいたと伝え聞いている。彼女はテーブルを挟んで目の前に立つ男に、祈るように問うた。

 黒服の長らしきその男は目を閉じ、その答えを示すようにゆっくりと杖を掲げた。


「この場で『それ』についての記憶を消してもらいます。加えて、『それ』に一切関わらないように……手配をします」


 処分、とは言わない。この状況で、ステラ自身に脅威は見当たらず、触れさせなければいいと判断した結果だった。彼の言う「手配」も決して簡単に済むものでもないけれど、彼女は『それ』を使用できる資格があっただけだ。現状、巻き込まれたことに近い。国が許すぎりぎりの判断だと男は思っていた。


 黒服は彼女の腰に結びつけてある『それ』を盗み見た。彼女がこの場に召喚された原因となった『それ』は彼女と同じ銀色で、細身の彼女でも扱えるような片手剣の形を取っていた。柄から刃の先まで幾何学的な文様、文字とも見ることができる装飾が施されており、およそ闘いに使うものとは思えない可憐さを兼ね備えている。

 それでも一度力を発現させ制御できずに暴走に至れば何万人もの血が流れる。その力も承知の上で判決を下さなければならない。

  

「又、冒険者として再度活動するのに時間を要する旨とし、その過程で、一旦故郷に帰っていただきます」


……えっ。


 つかの間、答えを受けて初めて少女の顔に感情が表れる。それを知ってか知らずか彼は『それ』を二人の間にある小さな台座に差し出すように要求し、小刻みに震えだした彼女の頭頂部に杖を向けた。重苦しい沈黙の中、滔々と呪文を唱え始める。

 黒服集団は頭を垂れ、静かにその時を待っていた。

 そうして怪しげな光を纏う杖に彼女は大切な思い出を奪われる、はずだった。



「あのー、提案があるんですけどー」

 

それは沈鬱な空気には場違いの、間の抜けた声だった。


 果たしていつからそこにいたのか。声の主は横から杖に手を置き黒服に静止を促していた。男が詠唱を止め嫌悪を露わにその者を見やる、だが顔を認めるなり一転して態度を軟化させ更には萎縮し、声の主から一、二歩下がった。周囲の黒服たちも異変に気付き、困惑の色を浮かべながらも距離をとった。不審、いや不思議人物は皆と同じ黒いローブようだが明らかに違うものが付いていた。


「……ねこみみ」


 引き下がる誰かが呟いた。ステラも思った、二度見した。


 他の黒服と比べ、細身ではあるようだが成人男性ほどの身長を持った男だろう人物に、ねこみみとは。

しかし今、杖の男の方を向いてしまっているためかの者の全容は確認できない。取り敢えず彼が異質だということだけは、周りの黒服たちと同様、ステラは理解できた。

 杖の男の反応を見る限り、恐ろしい人相なのかとも推測できる。


 混乱する人々をよそに、彼は自身の周囲三メートルほど外にできあがった円形の包囲網をぐるりと見渡した。やがて奇異の目に晒されていることに気付いたねこみみ男はフードを外し、緊張高ぶる群衆の前で、その顔を顕わした。

 

 無雑作だが小さくまとまった短めの黒髪に妖艶な紫の瞳、整った顔立ちで穏やかそうな、敵を作らない雰囲気を持っていた。


 萎縮する意味が分からないとステラは傾げたが、その風貌を見た黒服たちも一斉に後ずさり、包囲円が一回り大きくなる。彼が「あの」と、おもむろに手を上げ、黒服等は更に警戒度を上げた。

 剣呑な雰囲気の人間に囲まれながら、彼はもう片方の手を慎重に伸ばし、降参のポーズを取った。


 そのままゆっくりと時が過ぎていく。先ほどまで場を支配していた重苦しい空気は、次第に珍妙な青年の珍妙な空気に感染していった。


 固まって警戒心むき出しの黒服集団に対し、相変わらず一人手を上げている青年。多分敵ではないとアピールしたいのだろう。置いてけぼりにされたステラの顔は次第に呆れたものへと変化していく。

 

 このままでは埒が明かない。そう判断し口を開く。

 そして発言してから名前を知らないことに気付いた。


「じゃあ……えっと、あなたの名前は?」


 訊かれた青年ではなく、なんでか周辺の大衆がざわめいた。


 ――え、なに? 有名人なの、この人。


 指された彼はといえば小槌の要領で手をぽんと叩き、名乗っていないことを今思い出したようで「ああ、名乗らなきゃだめだったか」と一人納得している。

 黒服とこの青年の温度差はなんなのか。理解できないステラは取り敢えず自分の職務を全うすると決意した。


「僕はシオ。シオ・アルフレッドと言います」


 間延びした声はわざとだったのか、シオと名乗った青年は先ほどと打って変わってはきはきした口調で答え、一礼した。黒服集団はやはりというか、名乗りを受けて、やはりあの方が……。などと囁いている。ステラに向けられる視線は心なしか鋭い。何故だ。


 ……彼らの中でシオはどこぞの王族かなんかなのか。そして名乗らせる私は無礼者なのか。


 だがシオの様子を見る限り可能性は低そうだ。むしろ爆弾か毒物かのように距離を取るあなたたちの方が無礼だろうとステラは思う。


 くじけそうな心を奮い立たせ、彼女はわざとらしく咳払いをした。やりすぎて軽くむせた。


「えっと、シオさん。それでは意見をどうぞ」


「はい」


 ステラの言葉に安堵の表情を見せ、シオは杖の男に向き直る。男は今ある距離では足りないというのか、彼から更に飛びずさった。提案があるといっていたのだ、彼に用があるのは明白だろう。ステラは心の中でツッコミを入れた。


「あの、提案があります」


「……はい」


「ステラさんには猶予期間を与えたらどうかと思います」


 その答えに大衆がざわめく。ステラも動揺した。しかし杖の男が全身で狼狽えて大事な杖を落として甲高い音を響かせていたからあまり目立たなかった。


「……ですが、その間に『それ』に問題が起これば取り返しがつかないことにも」


 男は恐る恐るといった感じで進言する。数分前までの威厳はどこに置いてきたのだろう。とても同一人物と思えないほどに弱腰だ。シオは進言に対して本気で分からないという顔で首を傾げた。


「ですから『それ』を管理すればいいじゃないかと」


「そういわれましても今までの依頼の成果から、どうにも扱いきれていないと」


「でもそれは監督役にも問題あったのでは? ちゃんと指導しましたか?」


「そもそもアーティファクトの指導役などおりませんが」


「え、そうなの?」


 彼の顔には納得できない気持ちがありありと浮かんでいた。「うーん、でもなぁ」と未練がましく男を見つめてさえいる。

 

 今初めて会った彼が何故これほどまでに判決を変えようとするのか、ステラには分からない。だが考えがあるにしても自分に損を与える存在だとは思えない。ステラは大人しくことの成り行きに身を任せてみようと思った。


 一方。かみ合わない話を繰り返していた杖の男は、話している間に緊張が薄れたのか、次第に頭を抱え、ついに感情を包み隠さず堂々と吐き出した。具体的に言えば大きなため息をついた。


「――そもそも何であなたのような方がここにいるのですか」


 シオを追い出すべきと結論を出したらしい。問われたシオは顔を伏せ、ゆっくりと目を閉じ、重大な世の中の秘密を語る賢者のように一つ一つ丁寧に言葉を紡いだ。


「……そうですね。……誰であれ黒服の集団を見かければ、そして自分も黒い服を着ているのなら、紛れてしまいたくなるのが道理だからではないでしょうか?」


 真面目な割に、内容は伴ってはいなかった。


「ここは関係者以外立ち入り禁止! 気軽に入ってきていい場所ではないでしょう!」


 答えは杖の男に火を点けてしまったようで、彼らはどうでもいい喧嘩を始めてしまった。

 闖入者の登場で荘厳、厳格な、もっと言えばじめじめ陰鬱なこの場の雰囲気はついに珍妙なコントの場に成り下がった、とステラは感じた。黒服の民衆は何を思っているのか分からない。ただ大人しく成り行きを見守っている。


 天然なのか切れ者なのか、シオは男の追撃をのらりくらりと躱して珍回答を連発している。裁かれている立場のステラもあの人強いなぁなどと呑気に見物していた。


 議論は何度も迂回し黒服が追い出すことを諦めた当りから本題にまた収束していった。


「アーティファクトの使用者をわざわざ減らす必要なんてないじゃない」


 とはシオの言。男は脱力して机に寄りかかった。


「いえ、ですから。そもそも制御できる人が……」


 疲れ切った男が言葉を濁して、もう話たくないと本音を漏らした頃、

 ――ついにシオは爆弾を投下した。


「え、それもいないの? じゃあ僕がやるよ」


「「え」」


 ステラと杖の側近は同時に声を上げた。シオは当然といった口ぶりでもう一度繰り返す。


「僕がやるよ?」


 意味が分からなかった。制御できないから、処分を考えようという流れではなかったのか。黒服の一団もまんじゅうを放り込めそうなほど口を大きく開けている。シオは今の今まで本当に状況を理解していなかったらしい。


「だって、この国は、力を求める者に扱う術を与えることが常識なんでしょ?」


「はあ、そうですね。指導役がつくのなら様子見のための期間を再び設けなければなりません。……今も求めているのならですけど」


 二人は呆然とするステラへと向き直る。彼女は氷付けの封印から解かれるように、ゆっくりと酸素を取り込み口から言葉を吐いた。


「つまり私は――」


 ステラはすがるような思いで二人を見つめる。長い長いかみ合わない闘いに疲れ果てた杖の男は大仰なため息を吐いてシオの肩を叩いた。もういい。この際お前が判決を下せと。


「ああ、うん。取り敢えず、現状維持ってことでいいのかな。まあ僕の管理下に置かれるという名目だけど」


 シオはステラに手を差し出した。意を汲んでステラは握手を交わす。


「よろしくお願いします?」


「はい、よろしくお願いしますね」



 ――これが私ステラと稀代の常識外れ、ではなく天才シオとの出会いである。


すみません、誤字を発見したので一部訂正しました。(8/6)


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