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秋の住人

作者: 心乃季節

皆さんは、秋という季節が好きですか?

秋は実りの秋、スポーツの秋、読書の秋、食欲の秋、芸術の秋と呼ばれるように何をするにしても適した季節です。そんな秋を嫌う人はなかなかいないのではないでしょうか。今回はそんな秋のことが嫌いな主人公が繰り広げる、現実的異世界な物語です。


みのるは秋という季節が好きではなかった。

この18年間毎日稔の元に秋はやって来た。でも、一度も秋を好きになったことはなかった。

赤い紅葉に黄色い銀杏、そりゃ綺麗だ、綺麗だけどただそれだけなのだ。

稔にとっては特に関係のない話なのだ。


稔が目的もなくブラブラと秋が広がる道を歩いていると

目の前に違う雰囲気を放つ1人の女性に視線が当たった。


彼女は首から下げるカメラを持ちカメラにクリクリな目を近づける。

レンズの方向が紅葉や銀杏の方を向く。

そしてシャッター音が永続的に続く。

彼女の視線はまっすぐだった。

何がそんなに彼女の心を掴んだのか稔には不思議だった。と共に稔の心もなぜ彼女に掴まれたのかはよく分からなかった。

彼女は写真を撮ることに気を取られていたのか、コートのポケットから手帳らしき物を落としてしまった。稔は近づき、地面に落ちたその手帳らしき物を手に取りパスポートだと気付いた。


「すみません、落としましたよ?」

稔はそのパスポートを渡すため、彼女に声をかけた。しかし彼女はこちらを見向きもせず、ただ無我夢中に写真を撮っていた。


「あの!」


「え!?」


ボリュームを上げ呼んだ稔の顔を彼女は何事かのようにそのくりくりな目をこちらに向けた。


「すみません、これ落としましたよ?」


「あ、すみません。ありがとうございます。」


彼女は少々照れながら、パスポートを受け取った。そして、彼女はこちらをじっと見ていた。


「何か?」


「い、いえ何も。」


何か言いたそうな彼女だったが、自ら話すのをやめたようだった。


「写真撮るの好きなんですか?」


つい尋ねてしまった稔に彼女は少し言葉を考えながら口を動かした。


「ええ、まあ。秋は素晴らしいですよね。題材がたくさんある。」


「そうですね…」


「あなたはそうは思いませんか?」


言葉が濁った稔に彼女はそう尋ねる。


「綺麗だとは思いますが、僕自身、そこまで秋が好きではないんです。」


「もったいない!」


見知らぬ女性に打ち明けた稔を見て彼女は眉間にしわを寄せ大きな声でいった。


「え?」


「秋の美しさが分からないなんて、もったいないです!見てください!」


彼女は葉っぱの方向を指差した。


「紅葉?」


「はい!紅葉ってなんの植物かわかります?」


「なんだろ?」


「楓ですよ。楓の花言葉の1つに

『美しい変化』という言葉があります。つまり、楓が紅い紅葉に変化することの美しさを言っているんです!」



彼女の一変に変わる姿に口が塞がらない僕に対して彼女はもう一度稔に言った。


「来てください!」


稔は彼女に腕を引っ張られるままに彼女と行動を共にした。


彼女は秋に行く名所に稔を連れて行った。

最初は嫌々の稔だったが彼女の輝く笑顔を見ていると秋の見方が変わって来たことに稔自信気付き始めていた。



稔達はいつの間にか公園のベンチに座り話をしていた。彼女が撮った写真を何枚か拝見し、稔は何故か秋の素晴らしい世界に飲み込まれていた。

そしていつの間にか稔自身もカメラを持ち、彼女と写真を撮る待ち合わせをすることになった。

そして共に写真を撮る日々の秋はとても充実した秋となっていた。


「紅葉の赤、銀杏の黄、それを象徴して『あき』なの。赤の『あ』と黄色の『き』ね。それくらいこの植物は秋という季節を支えているの。」


話していた時に言っていた彼女の言葉を稔最初は何を言っているのか全く理解できなかった。稔も嘘だということはとっくにわかっていた。でも今の稔にはその意味も分かる気がしていた。稔はそんなことを考えながら紅葉、銀杏を撮る彼女の姿を撮影していた。


秋を支える紅葉と銀杏がいつの間にか稔を支えていたのだ。



ある日、彼女はトイレに行くと言って、カメラを稔に預けた。


稔は、彼女がとった写真をつい気になってしまい、フォルダの中を見てしまった。そこには稔の知らない世界が写りこまれていた。



戻ってきた彼女は稔がカメラの画面を見ているのに気付き、慌てて稔からカメラを取り上げた。


「フォルダの中、見た?」


恐る恐る聞く彼女に対して稔は黙って頷いた。



「そっか。」

彼女は深いため息とともに言葉を吐いた。


「これって…?」


「何も聞かないで!何も言わず、あなたの前から消えたかったのに!」


彼女はそう叫び、涙を手で隠しながら走り去った。


稔は持ったままのカメラを返しにいかなければならないと思い、彼女を追いかけた。稔の息が切れる時、彼女が橋で川を見ながら、涙を拭いているのを見つけた。

稔の足跡に気づいた彼女は、今度は逃げずに、話し始めた。


「稔君、実はね私明日行かなきゃダメなの。もうパスポートも手続きしちゃっててさ。」



「え、どこに行くの?」


「次は冬に行くの。」


「冬?」


その聞いたことのない言葉に稔は言葉を詰まらせた。


「私のカメラのフォルダの画像に見たことのない景色があったでしょ?あれはね、稔君が住む季節とはまた違う季節の風景なの。」


「どういうこと?」


稔の頭の中は真っ白になった。



「私達が住む世界にはね、春、夏、秋、冬の4つの季節があるの。

そして私のように4つの季節を行き来する人もいればあなたみたいに秋だけに住む人もいるの。」


「え?」


「簡単に言えば、外国みたいなものよ。

あなたにとっては信じられない話かもしれないけど、これは事実。」


「そうなんだ。君、明日、冬という季節に行ってしまうんだね。」


頷く彼女に、稔の心にぽっかり穴があいた。

稔は他に何か言わなければならない気がしたが、何も言葉にできなかった。


そのまま、朝を迎えた稔は、自分のカメラのフォルダを見た。稔の撮っていた写真は全て秋に囲まれた彼女の姿だった。

彼女に対しての気持ちに気づいた稔は家を飛び出し、いつもの公園に行った。

彼女は公園のベンチに座っていたが、稔が駆け寄る前に立ち上がって去ろうとしていた。


「待って!!」


稔の息を切らしながら叫んだその声で彼女はこちらを向いた。


「稔君?!どうして?!」


「言わなきゃいけないことがあって。

俺、秋もともと好きじゃなかったけど、君のおかげで秋が好きになった。

ありがとう。」


彼女の頰に涙が流れた。


彼女が涙を拭き終えた後、彼女はこう言った。


「ねえ、一緒に来る?」


「行ってみたいけど、僕は秋の住人だからここにいるよ。そして、君がまた来るのを待ってる。」


「そっか。ありがとう。」


彼女はそう言うともう一度瞳に涙を浮かべた。


稔は寂しくも笑顔で手を振ってお別れをした。

彼女はその後冬行きの便に乗って姿を消した。


それから稔は彼女が冬にいても春にいても夏にいても、ずっと彼女が秋にまたやってくることを信じながら秋を楽しむようになった。


これは秋という1つの季節に住み続ける稔が四季を旅する女性に出会って、秋の楽しさと素晴らしさを知った日常にありそうでない不思議な物語。


1年後。

「稔君!」


稔が名前を呼ばれて振り返るとカメラを首から下げた女性が微笑んでいた。

稔はこちらを向く彼女にピントを合わせシャッターを押した。

周りにはいつものように綺麗な紅葉の赤と銀杏の黄が広がっていた。


私達は普通に四季を過ごしています。しかし、四季の外国も存在します。毎日乾き果てた土地の上で生きている人もいます。そんな中、四季を体感できる私達は幸せなのではないでしょうか。主人公の稔が、秋を好きでないのは、それが当たり前だと思っていたからです。私達もいつも見ている風景には何も感じていませんよね。もし、私達もずっと秋を過ごしていたら紅葉や銀杏が綺麗だとか、美しいとかそんな感動する気持ちは出てこないと考えます。桜が咲く季節、海に入れる季節、果物が実る季節、雪が降る季節、そんな季節があるから、次の季節が来るごとに飽きもせずワクワクするのです。それくらい季節が変わるということは大切なことで特別なことなのです。

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