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8話 俺といたずらな風

 プロケッタ中央街のど真ん中に位置する冒険者ギルド。

 そこから街の南門方面へ向かうと、(くだん)の店『とまり木の豚亭』がある。


 青白い魔術灯に照らされる南大通り――を少し横に逸れた道なき道を、頭に猫耳を乗せた二つの影が疾駆していく。


 この街は夜も昼間同様に活気が満ちている。

 しかも今日は南区画随一の飯屋にて、四半期に一度のイベントが行われると言うのだ。

 南区画のみならず、とまり木の豚亭が主催する『お肉イベント』は、この街の名物のひとつでもある。


 だから街ゆく人々はどこか浮かれた様子だ。

 お祭りにでも行くような足取りで南門へと流れを作っていた。


 そんな景色を眼下に入れながら、ミケとゴロは移動している。

 彼らは猫である。人混みにまみれなくとも、民家や商店の屋根の上を音もなく駆けて行くことが出来た。


「おお~高みから見る街並みってのは眺めがいいもんなんだなぁ」

「んあ? ああそうか、お前はこんな移動の仕方初めてだわな」


 魔法と言う非日常を体験して、異世界らしさを味わったミケ。

 しかし、本当の非日常と言うものは日常との比較でより際立つものだ。


 だからこうした景色を目に入れた事で、更に異世界を実感しているのだった。


 ミケの足元の更にその下。

 誰もが笑顔で通りを闊歩しているのが見える。


 ふと視線を正面に戻すと、南門の先にライトアップされた建造物が見えて来る。

 とは言え、精霊の力を借りて凝視するミケだからこそ視界にとらえる事が出来たのだが。


「なあゴロ。あっちのあの遠い所に見える建物なんだあれ?」

「んあ? いや、俺はよくわからねえよ。行ってみれば思い出すかもしれねえけどな」


 まったくもって喰うこと以外の思考がないのか。

 と、ミケは胸中で独り言ちる。


 仕方がないので記憶を辿ってみる事にした。


「おっ、あれこの国の王様が住んでる建物だったんだな。って事は城か」

「ああ、そうだったそうだった。あっちの方角は王都だわな」


 そんな他愛もない会話をしながらも、屋根の上を忍び足で跳躍していく。

 遠くに見える小さな城から再度目の前に視線をもどした時だった。


 間違いなくそこには誰もいなかった筈だのだが。

 瞬きを終えたのと同時にどこからともなく人が現れた。

 まるでマジックでも見ているかのよう。

 その人物は突然目の前の視界に入り込んで来たのだ。


「って、あれチェリッシュじゃねえか?」

「んあ? んなもん見りゃ分かるだろ」


 しかし何故。

 冒険者ギルドを出た時点で、チェリッシュはまだ受付の中にいたはずだった。

 ここまでミケもゴロも、常人には出せない速度で走ってきたのだ。


 後から出発したであろうチェリッシュに先を越された理由へと考えを巡らせた。


 そもそも、チェリッシュの方が足が速い。

 それか、あの受付嬢とチェリッシュは本当に別人という可能性。


 パッと考えただけではこの二通りしか思い浮かばなかった。


 ところで当のチェリッシュは、ミケとゴロが走る経路のど真ん中にいながら、腕組みをし短めのスカートを風になびかせている。

 その視線はチラチラとミケを捉える様な動きを見せてはいるが、顔の向きは飽くまでも遠くを見つめていた。

 そう、飽くまでも遠くを見つめている風を装っているのだ。


 ミケはと言えば、はためく白いスカートの裾にチラチラと視線を泳がせる。


 急いでいるからとは言え、塩を分けてくれた恩人を無視する訳にもいかない。

 はやる気持ちを抑え立ち止まる事にした。


「よっ、チェリッシュ」


 チェリッシュは明らかにミケに気付いているのだが、その声に驚くような仕草を交えて首を振った。


「あら……偶然ね……」


 そう言ったチェリッシュの顔には驚きの表情が張り付いている。

 しかしそれはあまりにもわざとらしく映った。

 目隠しの仮面が無かったら、その大根役者っぷりはもっと顕著だっただろう。


 何がしたいんだこの女は。

 と言うのがミケの本音である。


「偶然って言うか、俺達がここを通るってよく分かったな」

「な、なんの事かしら……わたしはこの先にあるとまり木の豚亭へ行く途中だっただけよ」

「そ、そうだったのか……」


 それ以上の会話が続かない。

 早くとまり木の豚亭へと急ぎたい気持ちが変な焦りを生んでしまい、ここで何を話せばいいのかミケには皆目見当がつかないのだ。


 一方のチェリッシュはと言うと。

 若干頬を赤くして、やはり横目でミケをチラ見しながら、遠くの夜景を眺めています風を装っていた。

 まだギルドで見せたミケの可愛らしい仕草に胸をときめかせているのだ。


 そんな中ゴロは、その場で早くしろと言わんばかりに四足で足踏みしている。

 そわそわ、そわそわと。


 それが目に入ったミケは、自身も急ぎたい衝動に駆られているのもあって、早々に会話を切りあげる事にする。


 そう思って口を開けたミケと同じタイミングでチェリッシュがミケへと向き直る。


「もし良か――」

「じゃ、俺達急ぐからさ。またなチェリッシュ」

「しゃあっ! 行くぞミケ! 肉が無くなっちまう!」


 そう言うや否や、ギルドホールを出た勢い同様に駆け出していった。


「ったら、一緒……に……って、ああっ!」


 ミケはチェリッシュが何かを言いかけた事に気が付いていたのだが、焦りが勝った結果勢いで押し切った。


 すまん。

 と心で謝罪して、ミケは先を行くゴロの後を追いかける。


 そしてまた闇夜を背にし、賑やかな通りの上を二つの小さな影が凄まじい速さで移動していくのだった。


 がしかし。

 数十秒も走らない内に、ミケは驚きの光景を目の当たりにする。


「え? なんでまた……」

「ちっ、先行ってるわ」


 まるで迷いの森にでも足を踏み入れてしまったのか。

 出口に歩いているつもりだったのがまた同じ道に戻ってしまう。そんな錯覚に陥る。


 なぜなら、ついさっきその目で見た光景とまったく同じものが視界に入った。


 ゴロはもう構ってられないと言った具合で、先程と同じようにして立ちふさがっているチェリッシュの足元を通り抜けていった。


「あら……また会ったのね……」

「いや、また会ったのね、じゃねえよ。お前すっごい足早いのな」


 とは言うものの、これではさっきと同じ事の繰り返しだ。

 もうこの際ミケは、さっきチェリッシュが言いかけた言葉を聞く事にする。

 こうして先回りするからには用件があるのだろうから。


「もしかして俺に何か用が……」


 そうだ、用があるならさっさと済ませてしまえばいい。

 今度は沈黙と言うタイムロスなどせず、チェリッシュの用件を引き出そうと話しかけようとした、のだが。


 ピュ~っと風が吹く。


 俗に言ういたずらな風と言うやつだった。

 ミケの目に飛び込んで来たのは、スカートの色と同じ、いや、それよりもやや艶感のある純白の布地。


 途端にミケの顔が真っ赤に染め上げられる。

 しかし、当のチェリッシュは自分の下半身が露わになった事など気付きもしていない。


 何故なら彼女は『とまり木の豚亭』でミケと一緒に肉を食べる、と言う企みを今ここで達成しなければならなかった。

 だから、いたずらな風が吹こうが、その結果ミケに何を見られようが、頭の中は食事の誘いでいっぱいだった。


 だから今、チェリッシュは千載一遇のチャンスなのだ。

 ミケはもう何年ぶりかも分からないラッキースケベを目の当たりにして固まっている。

 微動だにしないとはこの事である。


 この時まさに、会話の主導権はチェリッシュが握ったと言えよう。


「そ、その……」


 ついにチェリッシュは、誘いの言葉を口にしようとする。

 それが彼女にとってどれだけ勇気のいる行動であるかは、これまでストーキングしか出来なかった事を(かんが)みれば想像に難くないはずだ。


 なのだが。


 チェリッシュは見てしまった。

 目の前で真っ赤になってモジモジしている、愛らしい銀髪子猫の姿を。


 何に対して恥ずかしがっているのかは分からない。

 しかし、やはり今までのミケではなくなったのだと改めて思い知った。


 その姿は純心な少年そのものである。

 擦れてない、初心で綺麗な無垢のままのミケ。

 もちろんチェリッシュはその中身がオッサンである事など知る由もない。


 ただただ、チェリッシュの理想像に限りなく近いミケがそこにいた。


 込み上げて来る熱情。

 湧き上がる愛情。

 滲み出る欲望。


 残った少しばかりの理性は吹き飛んだ。


 極度の緊張と不意に飛び込んだ愛らしい姿を前に、チェリッシュは無意識でミケを抱きしめていた。


 ものすっごい鼻息と共に。


「ミ、ミケ君っ! 好きよっ! 大好きよ!」


 【転移魔法】の使い手。

 制限はあるものの、その範囲内であれば一瞬で移動できる。

 それがこれまで見せた不可解なチェリッシュの行動だった。


 二メートル程あった距離を一瞬で詰めて、ミケの頭を両腕でガッチリホールドして胸の中に埋める。


 訳が分からないまま、成すがままにされるミケには抵抗する余裕などない。

 オッサンメンタルとは言え、彼の女性経験は猫も渡れる川くらいに浅い。

 しかも、こんな美女に抱擁されるなど、そこそこのお札を握りしめて然るべき受付を済ませないと体験した事などないのだ。


 暖かな風がミケの鼻に甘い香りを運んでくる。

 いや、抱きしめられた衝撃だけでそれは鼻孔から脳へと吹き抜けていた。


 さらには、目の前に感じる柔らかで弾力のある肉感。


 この時遂にミケは『ムク』っとし、もうお肉イベントの事など吹き飛んでしまったのであった。



 閑話休題べつになにもなかったよ



 冷静になった二人は急いで『とまり木の豚亭』へ走った。


 しかし『本日のお肉イベントはトラブルにより中止』。

 と書かれた張り紙の前で、項垂れるゴロを発見するのだった。

実はお肉イベント中止の裏には色々とありまして……。


お読みくださりありがとうございました。

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