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7話 俺とチート魔法とお肉イベント

 ウォードラゴニックと言う魔物は、二足で立ち人間と同じように両手を自由に動かす。

 竜種の中でも小型ながら知性の高い魔物である。

 背中に小さな翼はあるが、あまり長い時間飛翔する事は出来ない。


 とは言え、短い滞空時間でも宙に浮く事は冒険者にとって厄介極まりない相手だった。

 腕っぷしも強く、強靭な足腰を活かした一撃は盾を構えていても生半では吹き飛ばされてしまう。


 そんな魔物を五匹も討伐するBランクの依頼を、ちっちゃな猫獣人と黒猫のコンビで受注と来た。

 一般的な常識に照らせば、それを持ち合わせている冒険者は揃って小馬鹿にするだろう。

 いや、ミケ達は実際に嘲笑の的となって討伐依頼へと出かけて行ったのだ。


「なんか呆気なかったな。倒して来たぞチェリッ……じゃない、チェル」


 出発して二時間弱。

 ミケとゴロは疲労感など滲ませる事なく、異例の早さでギルドに帰還していた。


「は、早かったですね……確認しますので冒険者カードを……」


 ミケは何でもかんでもとりあえず異次元ポケットへとしまっている。

 もちろん元のミケの記憶には、その魔法が特殊であり希少価値の高いものである事はきちんと刻まれている。

 しかし現ミケは、その事に注意しなければ気付けないのだ。

 だからなんとなしに異次元空間を開いてしまった。


 異空間に手を入れて、一目見てFランクと判別できる真っ白な冒険者カードを取り出した。


「ほい。これでいいよな?」

「す、すごい……本当にこの短時間であの厄介な魔物を倒した……んですね」


 ミケの事をよく観察していたチェリッシュ。

 実は彼女の予想ではギリギリ達成可能なラインの依頼を発注したつもりだった。


 Fランクと言えどもミケの才能は見抜いているし、精霊魔法があれば的が空中にあっても互角に渡り合えると推測しての事だった。

 それがこうして実際にふたを開けてみれば、何事も無かったようにクリアしてしまったのだ。

 達成可能とは踏んでいたって、まさかここまであっさり帰ってくるとは思いもしていなかった。


 実を言うと今のミケは、生まれ変わる前とは比較にならない程にチートな魔法を授かっている。

 料理魔法とは名ばかりの、恐ろしく強大な力を持つ精霊魔法の数々だったのだ。


「厄介? そんな事なかったぞ? なあゴロ?」

「ん? んあ~、まあ正直やべえなとは思ってたけどよ、意外と余裕だったわな」

「えっ、やべえって思ってたのか?」

「まあな」

「じゃあもっとお前あれだ、慎重にいけとか空を飛ぶぞとかアドバイスしとけよ」

「いやでも、お前一瞬であの竜二匹くらいぶっ殺しちまったじゃねえか」

「ん? ああ、まあそうだけどよ。案外料理魔法ってえげつないって判ったわ」


 ここまでのやり取りを聞き、チェリッシュのみならず、本当に依頼を達成したのか注目していた野次馬達は唖然としていた。

 チェリッシュが襲われた時に間一髪で凶刃を防いだのと合わせ、周囲の冒険者達のミケを見る目が徐々に変わっていくのが分かる。


 今のミケは料理魔法のお陰で、ほぼ全ての精霊魔法を身に着けてしまった。

 もうここまでの精霊魔法の使い手とくれば、ミケか精霊王くらいなものである。


 しかしミケはその凄さを未だ理解していない。

 依頼に記された『戦竜の谷』に着く前から【探索魔法】で近場の五匹をピックアップ。

 その内の二匹に狙いを定め【看破魔法】で魔物の核『魔石』の位置を確認。

 魔物は魔石が無いと活動が出来ない。要は死んでしまう。

 【吸血魔法】を精霊と相談し改良して『魔石だけを抜き取る魔法』を作り出してしまったのだ。

 そうして呆気なく二匹の獲物は息絶えた。


 とは言え、これは不意打ちじゃないと効果が低かった。

 看破魔法の照準が合わせられずに、魔石を抜き取る吸引魔法が使えなかったのだ。

 位置確認が出来なければ、魔石を抜き取る事は不可能のようだ。


 しかしそれでもやはり、チート魔法の前ではBランクの依頼ですら赤子の手を捻るのと同義であった。


 敵は強靭なバネを活かし、驚くべき速さでミケへ向けて接近した。

 ミケは慌てて【時間魔法】を放ち、ウォードラゴニックの時を止めた。

 途端に三匹の動きはピタっと止まったのだ。


 あとは冷静に魔石だけを取り出して呆気なく依頼達成となったのだった。


 もしこの戦闘を誰かが見ていたら、何が起きているのか理解出来なかっただろう。


 最初の二匹は急に倒れ、残った三匹は動きを止めたかと思えば途端に地面へと崩れ落ちたのだから。

 そんな光景を見たら狐につままれたような顔をするしかないはずだ。


 ちなみに「竜の肉は美味い」と言うゴロの言葉があり、魔石だけが取り除かれたウォードラゴニック全ての遺体は異次元ポケットへと収納しておいた。


「では報酬の八万ゼルです……しかし、惜しいですね。ウォードラゴニックの牙は高く売れるんですけどね……」


 八万ゼル。

 一瞬ミケはそれがいかほどの価値があるのか理解できなかった。

 しかし元の記憶を辿るにつけ、それがかなり高額のものである事を把握する。


「おいおい、八万あったら一週間は遊んで暮らせるじゃねえか」

「おっ、じゃこれで美味い飯喰いに……いや、やっぱミケが何か作った方が美味そうだわ。竜の肉で何か作ってくれよ」

「竜の肉か……って、あ、牙っ!」


 既にミケは、ゴロの胃袋をがっちり掴んでいるようだ。

 転生前であれば、八万ゼルなど宵越しの内に消えていた。


 ミケの女遊びとゴロの飯代でだ。


 しかし、もうゴロはミケが作る飯の美味さに魅了されていた。


 それよりもまず、ミケは更なる報酬を予期して再度受付カウンターへと身を乗り出す。

 とは言え、背の低いミケでは顎を乗せるのが精一杯なのだが。


「ところでチェル、牙ならあるぞ?」


 この時チェリッシュは、背伸びをしているであろうミケが懸命に顎を出している姿を想像してしまう。

 あまりの可愛さにしばしその顔に見惚れてしまった。


「なあチェル聞いてるか?」


 ここでようやく翡翠髪の受付嬢は我を取り戻した。

 がしかし、頬が上気しているのは隠せる訳もない。


「……コホンっ。そ、それでしたらこちらで買い取りします」

「オッケー。ちょっと待ってろよ」


 そう言うや否や、ギルドホールは三度(みたび)騒然とする。

 ミケは異次元ポケットから、五匹のウォードラゴニックの死体を取り出したのだ。


 外傷もなく綺麗なままのそれが、死んでいるだなんて誰が信じようか。

 いきなり現れた五匹の厄介な魔物を見て、ギルドホールで野次馬をしていた冒険者が悲鳴を上げる。

 蜘蛛の子を散らすようにいなくなった者もいれば、勇敢にも剣を抜いて立ち向かおうとする者も僅かにいた。


「ああ、皆さん。安心してください、死んでますよ」


 そう言ったミケの顔は、巧い事言った、というような自慢げな色が滲んでいる。

 これが元いた世界、日本であったならば少しはクスっとする者もいたかもしれない。


 だがここは異世界なのだ。


 その言葉が、お笑い芸人のギャグをもじった駄洒落だなんて気付く者は皆無。

 ミケ渾身のオヤジギャグは、額面通りの意味として周囲を安心させるだけに留まった。


 そんな中、ギルドホールの端からミケへ射貫くような視線を向けるひとつの人影がある。

 ミケもゴロもそれに気付いてはいない。


 牙ワンセット一万ゼルでの買い取り、依頼報酬と合わせて計十三万ゼルの金を手にはしゃいでいる。


「よしっ! 冒険者いいじゃないか。これで金を溜めて自分の店を持つか!」

「美味い飯があればなんでもいいぞ!」


 なんて目標を打ち立てていると、未だミケの可愛らしさに目が蕩けているチェリッシュがぽつり呟いた。

 もちろんミケとゴロにきちんと聞こえるように。


「あ……そう言えば今日は『とまり木の豚亭』でお肉イベントがありましたね……」


 豚亭のお肉イベント。

 その店の記憶が蘇る。


 看板にその名を刻むに相応しく、名物の豚肉料理は至極の品々ばかりと有名な店である。

 しかも、四半期に一度開催される『お肉イベント』は世界各地の美味い豚肉が集められる、美食家垂涎のイベントであった。


 既に空は夕闇が幕を張っている。


「行くかゴロ!」

「ったりめえよ!」


 そう言うや否や、ゴロは一目散に走り出し、ミケもその後を追って行ってしまった。

 その後ろ姿を、ニヤケ顔で見送る受付嬢。


「ふふ……うふふ…………これでまたミケくんと会える……」


 まるで獲物を捕らえた獣のような視線のまま、チェリッシュは時計の針を凝視した。


「あっ、受付あがります~」


 カチっと長針が天辺まで昇ったのを合図に、自身の終業を告げてバックヤードへと消えていくのであった。

お読みくださりありがとうございます。

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