3話 俺と料理魔法と猫耳女
『この説明書を読んでると言う事は無事に転生できたようじゃな。
そうじゃ、わしじゃよ。神様じゃ。
この度はゴロの我がままに付き合ってくれてすまんのう』
説明書と聞いて開いてみれば、何やら神様の挨拶から始まっていた。
『ゴロはこう見えても美食家でのう。精霊界じゃ喰えないものを探し求めてミケと契約したんじゃよ。
そんなゴロの願いをどうか聞いてやってくれんかの?
お詫びとして【料理魔法】をお主に授けたからの。
詳細は以下の説明を読んでくれ。
お主が地球で使っていた機材の性能はほとんど全て網羅できるようにしてあるからの。
んじゃ、よろしく~!』
なんだか神様とは思えない文面にミケは驚いてしまう。
「なあ、神様って凄く気さくな方なのか?」
「ん~、気さくかぁ~。まあそうとも言えるかもな。あんまなんも考えてないとも言えるけどな」
喰う事しか考えてなさそうなゴロに言われたくはないだろうが、概ねそんな感じなのかもしれない。
『一覧にしておいたから、後は必要と思った時に読んでみるとよい。
【吸血魔法】血を抜く魔法じゃ。「血よ抜けろ~」って精霊に頼めば良いぞ。
【分子振動魔法】お主の世界で言う電子レンジじゃ。「分子震えろ~」って精霊に頼むと良いぞ。
【高熱付与魔法】揚げ物をする時とか、肉を焼くときに使うと良い。「何度で揚がれ~」とか「何度で焼け~」とか精霊に頼むと良いぞ。
まあ要はお主の知識にある調理のイメージをそのまま精霊に頼むと良い。
他にも
【時間魔法】や【次元魔法】もあるぞい。
時間魔法で食材の時を止めれば腐らんし、次元魔法は異次元の空間に物をしまえるからいっぱい物を持つのに良い。
炎とか凍結とかは精霊もよく理解してるから、説明はせんぞ。
あ、あとあれじゃな。
【圧縮魔法】これは圧力鍋とかと同じ役割をしてくれるぞよ。
旨みを凝縮するのに良いな。昆布〆とか酢〆とかに良いな。
最後にとっておきじゃ。
【思念付与魔法】も大サービスで付けてしまおう。
これは出来上がった料理にお主の想いを付与して、それを食べた者がその想いに共鳴して能力が上がると言う優れものじゃ。
まあざっくりとここまでの魔法を包括して【料理魔法】と名付けようではないか。
では、ゴロの事を頼んだぞ。
これ以外にも、お主が必要と思った魔法は精霊と相談すると良い。大体の現象は起こせるようにしておくからのう。
あと、料理に必要な鍋とか皿とか既に次元魔法の異次元ボックスに入れておいたぞよ。
ほいじゃ、よろしく~』
魔法があれば、科学なんていらない。
ミケがこれを見て真っ先に得た感想だった。
しかし要はこれ。
全てが精霊頼みと言う事だ。
「おいゴロ」
「ん? 説明は理解できたのか? なら早く作ってくれよ」
「つーかさ、神様ってほんと適当なんじゃねえか?」
「だからさっきも言ったろ? なんも考えてねえってよ」
まさしくゴロの言う通りだとミケは納得する。
しかもこの料理魔法があれば、何でもお手軽に調理が出来そうだ。
ともかく今までと同じレベルで料理が出来るのだから、有りがたく使わせてもらう事にする。
しかし、ここでひとつ問題があった。
もしかしたら、その存在が一番重要かもしれない。
「まあ料理は出来るけどさ。調味料ってないの?」
「んあ? なんだそれ?」
何も考えてないのはこの精霊獣も同じだった。
「だからさ、塩とかコショウとかないと、さすがに美味いもんなんか作れないぞ?」
「んなっ、なんだと! そ、それじゃあ飯は? せっかく頑張って猪ぶっ殺したんだぞ!」
「そりゃそうだけどさ、俺だって味付けできなきゃ、焼くか煮るかしか出来ねえよ」
そう言うと、黒猫の姿になっていたゴロは行儀よく座っていた体をだらしなく横たわらせる。
「えーっ、なんだよ~。美味いもん喰いてえ~よ~。作ってくれよ~、なあミケぇ~」
まさかこの黒猫、ここまで駄々っ子だったとは。
ミケは少しだけ苛立ちを覚える。
それでも、腹を空かした黒猫を満足させたい気持ちは変わらない。
せめて塩があれば、それなりに喰える物にはなるだろうけど。
胸中でそうぼやいた時だった。
さっきの猫耳女剣士がまたこちらを覗き見てる事に気付く。
目が合うと、体をビクリとさせて警戒しているよう。
だが、今度は逃げる気配がない。
むしろ徐々にこちらへと距離を縮めている。
「なあゴロ。あの猫耳剣士ってお前知り合いなのか?」
「いんや、どうだったかなぁ。いつも遠くでお前の事見てニヤニヤしてるってだけだからな」
なにそれ怖い、と胸中で溢した。
ミケの愛らしい姿を見てにんまりしてるって事だ。
とは言え、得体の知れない人間に心を許してはならない。
それに気付いて、女剣士についての記憶を探ってみた。
「なあ、あの女、前にも俺と会話してる?」
「さあ? してるんじゃねえのか? 元々お前って女好きだし」
「いや俺じゃねえから、前のミケだからそれ。で、面識はあるのか? なんか薄っすらとしか記憶に残ってないんだよ」
と、ミケがゴロに問いかけた頃。
猫耳女剣士は、その距離をすぐそこまで縮めていた。
「ほれ、その女に直接聞いてみればいいんじゃねえか? なあ、チェリッシュ?」
「って、名前まで知ってるんなら知り合いじゃねえかよ!」
「名前しか知らねえよ。だから知り合いではないだろ?」
そんなものなのだろうか。
と、何故かミケはゴロの勢いに納得してしまう。
すると、猫耳女が恐る恐る何かを差し出して来た。
「ん? なんだその小袋?」
「その……もし良ければこれ、お塩。使って」
まさかこの女盗み聞きまでしていたのか。と、更に警戒心が強まる。
しかしこれは正直助かる。
ミケは突っ込みたい感情を抑えつつ、有りがたくそれを使わせてもらう事にした。
「い、いいのか?」
「ええ。あなたがこれを欲しそうにこっちを見てたから」
どうやら盗み聞きしていた事は認めないらしい。
まあでも、そんな事はどうでもいい。
どっちにしろ好意には変わらないのだから、それに甘えて小袋を受け取った。
だから少しだけこちらも警戒心を緩めてみる。
「ありがとう。もし良かったらあんたも一緒に食べていくか?」
そう言うと、女――チェリッシュは、感動でもしているような感じで目を見開いた。
何が彼女の琴線に触れたのだろう。
次には両手で胸を抑えて、とても嬉しそうに瞬きを繰り返す。
「い、いいの……かしら?」
「いいも何も、あんたがこの塩を分けてくれなきゃ、この黒猫のご機嫌は傾いたままだからさ。なあゴロ?」
塩さえあればミケは美味い物を作る自信がある。
しかし、ゴロは未だ不機嫌なままだった。
「ああん? いいよもうよ~、味気なくてもいいからせめて喰えるように切って焼いてくれよ」
まあいいかと、ミケは放っておくことにした。
「すまないけどチェリッシュ、だっけ? この黒猫のご機嫌取ってもらってていいか? 猫は好き?」
「だ、大好きよ! あ、コホン……す、好きか嫌いかで言えば好きな生き物ね」
「いや今、大好きって言ったじゃん」
「そ、それは言葉の綾よ、綾。それに……小さな猫獣人、しかも銀髪のモフモフな男の子とかも、す、好きよ」
「へぇ~そうなのか。じゃ、ゴロの面倒よろしくな。今ちゃちゃっと作っちまうからさ」
「す、好き……わ、分かったわ……」
銀髪モフモフの猫耳獣人と言うのはミケの容姿とほぼ合致する。
しかし、当のミケはそこに気付かなかった。
それもそうだろう。
まだ自分がどう言う容姿であるのかに慣れてないのだから。
それについては、まだ前世の記憶が優っているという事だ。
「ほらゴロこっちにいらっしゃい。毛づくろいしてあげるわよ」
「んあ? いいのか? じゃあ喉もゴロゴロしてくれねえか?」
「いいからいらっしゃい」
なぜゴロが彼女の名前を知っていたのかにミケは思い至る。
要は、このようなスキンシップを既に何回か交わしていたのだ。
こうして見るとお互いに慣れたものである。
「ん~、そこだわ~チェリッシュ」
「ほら、動かないで」
ミケはなんだか羨ましくなってきてしまう。
ああ、俺もあれやって欲しい。
と言う願望を抱いてしまうのは、獣人とは言え猫の本能だからか。
それとも、オスとしての本能なのか。
豊満な胸に抱かれるゴロを横目に、ミケは今度こそ猪の調理に取り掛かった。