猫への扉
「いにゃっしゃいませ~ 猫喫茶『にゃルラトホテプ』へようこそ」
ドアをくぐると店員さんの明るい声が響く。
「三名でお願いします」
あたしは飛鳥、十六歳の日本人。
でも、ひょんなことから地球の管理惑星『コテラ』のアルバイトをしている。
今日の給料は賞味期限ギリギリのクッキー三袋。たった三袋だ。
でもコテラの主、ビクター曰く、そのクッキーは本来ならばあたしなんかじゃ一生働いても買えない価値があるらしい。
でも破棄する予定のクッキーであたしを働かせるなんて失礼しちゃう。
でも、難病のあたしを治してくれたから、その恩返しに働いて返してあげる。
メイちゃんとも一緒にいたいしね。
それで、今日のあたしの仕事は後ろの二人の宇宙人を地球の観光に案内させる事。
なんでも新婚旅行らしい。
宇宙人だけど、なんだかスゴイ技術で見た目は金髪のラテン系カップルにしか見えない。
『お前には説明しても分からんだろうから、説明せん』
ビクターはそんな事言って、定位置の安楽椅子でのんびりしていた。
「ガ、ガイドさん。こ、ここは大丈夫なんでしょうね? 危険なんてないでしょうね」
少し不安な声で女性の方の宇宙人が言う。確かクーさんだっけ。
「だ、大丈夫さハニー。僕が君を守るから」
こっちはガーさん。かっこいい事を言っているけど、少し声が震えている。
「大丈夫ですよ。うちのにゃんちゃんは良い子ばっかりですから」
店員さんがにこやかに笑って言う。そう、ただの猫喫茶だ。危険なんてあるはずがない。
「じゃあ、注文をしますね。コーヒーは大丈夫でしたか?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
宇宙人の間でも地球産のコーヒーは愛飲されているらしい。
もちろん飲める種族と飲めない種族がいるらしいが、この二人は大丈夫だと聞いている。
「あ、あなた。野生動物がやって来たわ!」
「こ、こっちもだ。ひ、膝にのってきたぞ!」
早速、猫ちゃんたちが客をもてなす。まあ、じゃれているだけなのだが。
「あら、バスちゃんとテトちゃんが甘えるなんて珍しい。お客様、猫ちゃんに好かれるタイプなのかもしれませんね」
蓋付きのコーヒーカップを持って来た店員さんが言う。
きっと似たような台詞を全部の客に言っているんだろうなとあたしは思う。
「で、ではコーヒーを頂きましょう。あなた、ミルクは入れる?」
「あ、ああ、もらおうか」
クーさんが震える手でカップの蓋を取り、コーヒーフレッシュを開けて、中身を注ぐ。
その時、事件が起こった。
コーヒーフレッシュが一滴、クーさんの手に落ちたのだ。
猫ちゃん、バスちゃんの方だろうか、クーさんの手に掴まり、その一滴を舐め始めた。
「あああああ、あなた、舐められてるわ。ザラザラするわ!」
何度も何度もバスちゃんはクーさんの手を舐める。
「ここここ、こっちは食べられている。食べられているぞ!」
対するガーさんはテトちゃんに指を食べられている。
でも、食べられていると思っているのはガーさんだけで、本当は甘噛みされているだけなんだけどね。
「うわわわぁ、今度は殴られている。殴られているわ」
はいはい、猫パンチ猫パンチ。
「僕にはヘッドドリルだ! 頭を回転させてぶつけて来るぞ!」
ああ、頭の後ろがかゆいんだね。
「あの、お客様。ひょっとして猫がお苦手なのでは」
店内は客が少ないとはいえ、少し声が大きかったのだろう。確か、そう言われた時のマニュアルをあたしはビクターから聞いていた。
「大丈夫ですよ。彼らの国では猫喫茶が無くて、ちょっとビックリしているだけですから」
「そ、そうですか」
そうしてたっぷり一時間、猫に触れ合う度に二人は情けない声を出し続けた。
「お疲れ様でした。お迎えのシャトルはこちらになります」
人気のない郊外でメイちゃんと合流したあたしは二人の宇宙人と別れ家路についた。
これがあたしの恩返しの言う名のバイトのとある一日である。
数か月が経過し、バイトにも慣れたある日、家に着き、両親に「疲れたので先に寝るね」と声を掛けたあたしは、ベッドに横になり精神集中する。
意識というか魂が身体から離れ、物理制限を超えて移動を開始する。
目指すは『コテラ』、この地球の管理衛星だ。
「やっほー、メイちゃん遊びに来たよ」
「飛鳥さん。いらっしゃいませ」
「よう! 飛鳥! よく来たな! ゆっくりしていってね!」
いつもは『賞味期限ギリギリでもタダじゃないんだぞ』と悪態をつくビクターなのに、ちょっと意外だ。
「今日はゴージャスーですよ」
テーブルの上に霊体用の食事が並べられる。
いつものクッキーだけじゃなく、肉っぽいものも、フルーツっぽいものもある。
それだけじゃない、メイちゃんがいつものゴーグルを付けていないのだ。
「えへへ、気づきました。特別支給があって、内蔵オプションにしたのですよ」
のっぺらぼうの顔に薄青い光が灯る。
「じゃあ、あたしが見えているの」
「ええ、結構高いのにマスターがプレゼントしてくれたのですよ。マスターも眼鏡に霊視機能を内蔵したので、飛鳥さんの姿もちゃんとみえているはずですよ」
何があったのだろう。ビクターも上機嫌に見える。
いつもは安楽椅子でのんびりしているのに、ウキウキと仕事をしているのだ。
「飛鳥、この間のクーさんとガーさんからお礼の手紙が届いているぞ」
ああ、猫喫茶やふれあいワンワン広場とかアニマル動物ランドに案内した新婚さんか。
結構ぐったりしていたけれど喜んでくれたんだ。
「今、映すからな」
ビクターはそう言って、コンソールを操作する。
部屋の中央に立体映像が映し出される。
最初は面食らったが、今では慣れっこだ。
「コテラの皆さん、飛鳥さん。先日はありがとうございました。おかげさまでハニーと充実した旅ができました。朗報があります。クーの妊娠が発覚しました。これから星を上げてお祝いと出産までのサポートが行われます。全て地球の日々のおかげです。本当にありがとうございました!」
映像の最後は友達だろうか、家族だろうか、数多くの人々に祝福される二人の姿で締められていた。
「そう! 通常の報酬の他に、追加報酬がが僕に、地球に、メイや飛鳥にも来た上に、政府からの感謝状も届いたんだぜ」
立体映像に紙のような物が投影される。文字は読めないが感謝状なのだろう。
「そこまで喜ばれると、ちょっと照れるわね。最後はげっそりしていたから失敗したかと思っちゃった」
「大成功さ! なんせ、あの種族では二百年ぶりの妊娠だからね!」
「へっ、二百年? 種族全体で?」
「そうさ、飛鳥は知らないかもしれないが、僕たち先進的な種族は不老を手に入れている事が多いけど、その代償として生殖能力が劣化する傾向にあるんだ」
「そうなんだ。それは幸運だったわね」
「は? 幸運? これだから未開人は馬鹿で困る」
その言葉にあたしはちょっとムカついたが、まあ、命の恩人の一人だし我慢してやるか。
「でも、僕は優しいから、飛鳥にも分かるように説明してやるよ」
ビクターはいつもの安楽椅子に座り、置いてあったコーヒーを手に取る。
「ええ、お願いするわ」
ちょっとトゲがあったかしら。
「いいか。クーさんとガーさんが、恐怖にかられながらも猫喫茶やアニマル動物ランドに行ったのは目的があってだ」
ウサギに触れ合うだけでも恐る恐るだったけどね。
「えっ? 本当に恐怖していたの」
「そうさ、高度に文明化した宇宙人が遺伝子操作を受けていない原生生物に触れるなんて、一生に一度あるかないかだ。いやない」
「でも、害なんてないわよ。ちょっと甘噛みされたり、ペロペロ舐められたりする程度じゃないの」
「そのレベルでも恐怖を感じるんだよ。例えるなら君たち人間が小熊に襲われたり、ニシキヘビに巻き付かれたりする感じかな。そして、その恐怖が彼らの生物としての本能を揺り動かす。何万年もの平和で安全な歴史に埋没した『死ぬ前に子孫を残さなくてはならない!』という種としての本能をだ。
その結果、あの新婚さんに新たな命を授かったって寸法さ」
あたしは理解した。
「なるほど、疲れマラと同じ原理ね」
ビクターがコーヒーを噴き出した。
「なんで、そんな事を知ってるんだ!?」
「ふぅ、今日は疲れたな」
珍しく働いたビクターが安楽椅子に座り、コンソールを操作する。
「さて、地球のニュースでも見るか」
安楽椅子に揺られながらビクターはニュースを見る。
『さて、今日のニュースは、外国人観光客に大人気! ただいま大流行の猫喫茶の話題です』
ニュースキャスターの明るい声が響く。
「たまには、働くのもいいものだ。仕事の後の一杯が美味い」
そう言ってビクターは地球産のビールを楽しんだ。
この話はJKに「疲れマラ」と言わせたいだけの話です。いや冗談です。
SFでは高度化した文明人は子供が生まれなくなるって話はよくありますよね。
それの異星人版のお話です。
タイトルは「夏への扉」からですね。猫ちゃんが可愛いお話です。(嘘)
本当はこれくらいの長さで一話が終わるといいのですが、文章力というか無駄の多い文というか。
精進が必要ですね。