アンドロイドは女子会の夢を見るか(前編)
太陽系第三惑星『地球』。
その監視衛星『コテラ』の駐在員の仕事は主に三つある。
一つ目は地銀河連盟オリオン腕第三辺境本部への地球事象の報告。
二つ目は地球産の資源の出納管理。
三つ目が地球への異星人の案内や滞在補助。
コテラの管理人であるビクターは安楽椅子に寄りかかり口を開く。
「あー、今日も順調に暇だ」と
「暇ならちょっと手伝って下さいよ。棚卸が大変なんですから」
モニターを眺めながら忙しなく手を動かしているのは、このコテラの備品で現地人型ロボット、メイだ。
実際の作業は役務ロボットに実行させているとはいえ、このコテラには多種多様な異星人用の食料と生活用品が収納されている。
今は現地公転周期三回毎に実施しているデータと現品の一致確認の真っ最中だ。
「肉体労働は僕の仕事じゃない」
安楽椅子の上で伸びをしながらビクターが言う。
「そう言うと思っていました。そのために私が工作されたのですからね」
メイはコテラの備品である。
様々なオプションを装備する、もしくはサテライトオプションを配備する事により肉体労働から小型宇宙船の操縦、通訳から家事全般をこなす事が可能となる。
百年ほど前に宇宙大倉庫一斉棚卸セールの出物でビクターが購入したのだ。
倉庫一掃セール品である為、型式は相当に古い。デザインされたのは地球時間で二千年前である。
当時のヒット品のエコノミーモデルで様々なオプション品を使えば標準品に引けを取らない性能を発揮するという触れ込みだったが、それって標準品でよくね? という事で売れ残っていたのだ。
「そうそう、君のサテライトオプションを使えば、さほど時間は掛からないだろ。でも、今回はやけに長いね」
「そのオプションの調子が悪いんですわ。ああ、また故障した。うぅ、今日で三機目ですよ」
モニターに映る赤い二重丸がバツに変わる。動作不良を示す印だ。
「マスター、私、ちょっと見てきます。漏電とか配水管漏れじゃないといいけど」
メイはモニターの前から離れ、通路へ身を投じる。
「あい、行っといで」
ビクターは欠伸をしながら、それを見送った。
現地時間で三十分ほど経過しただろうか、未だメイが戻ってくる様子がない。
やけに遅いな、こりゃ本当に配管に問題でも生じたかとビクターが思い始めた頃、
「ああああああ、あいまいまいマママ、マスター!」
通路の奥から機械声帯を揺るがす悲鳴が聞こえて来た。
やれやれ、ビクターは重い腰を上げて通路に向かって行った。
通路の奥、第四倉庫から薄い光と音が聞こえる。メイはそこに居るのだろう。
「どうしたメイ? ゴキブリでも出たか」
このコテラには、地球産の昆虫綱に属する現地呼称ゴキブリと呼ばれる蟲が生息する。
地球からの輸出品に紛れていたのだろう。最初は駆除していたが、完全に駆除したと思っても、再度発生するので、もはやビクターは駆除を諦めていた。
「違います! マスター、怪奇現象です。怪奇現象!」
倉庫の壁に背を付け、壊れたサテライトオプションを胸に抱きながらメイが震えた声を上げる。
「怪奇現象?」
「そうです。ほら、また」
部屋の照明が点滅し、誰も居ない壁から、パチッパチッと音が聞こえる。
「うーん、確かに聞こえるな」
「でしょ、でしょ、それに勝手に物が動いたり……」
ガタガタガタッ
戸棚の収納BOXが揺れた。
「ほほほほ、ほらほらほら」
「そうだなぁ」
「ままま、マスター、何を落ち着いているんですか!? これは危機ですよ。宇宙の果ての、辺境の星の、名もない怪奇現象に食べられちゃうんですよ、ここままだと!」
「いや、僕の考える最悪の事態にはほど遠いと思うよ。メイ、収納BOXのS4の一段目に入っているゴーグルを二つ持ってきてくれ」
「りょりょりょ、了解ですマスター」
メイは駆け足で第四倉庫から出る。この場から早く離れたいといった風体で。
収納BOXのSは第一倉庫だ。数分で戻ってくるだろう。
「さて、念のためにお聞きいたします。あなた様は始まりの六種族に関係のある方ですか? もしイエスであれば音を二回お立て下さい。ノーであれば三回お立て下さい」
虚空に向かってビクターが地球後で話す。虚空からはコン、コン、コンと三回音が返ってきた。
ビクターはふぅと溜息を付くと。椅子に座り脱力する。
いつもの安楽椅子とは違い、硬く背もたれもフィットしない。それでも、万一の事態ではなかった安心感がビクターをリラックスさせた。
「マスター、持って来ました」
「ああ、ありがとう」
椅子に座りながらビクターはメイが持ってきたゴーグルを身に付ける。
イヤーカバーを耳に合わせ、ゴーグルの横のボタンを押す。ゴーグルが軽い起動音を立て、薄い光がゴーグル全体に灯る。
「うん、思った通りだ。メイ、君も装備したまえ」
「は、はいマスター」
メイの顔は一つ目の巨大なレンズで構成されており、ゴーグルからはみ出てしまうが、それでも視界情報の一部はゴーグルを通した物が入って来る。
「あ、マスター、女の子です。女の子が見えます。戸棚の上に座っています。これは現地人? 地球人っぽいですね」
「そうだ、メイ。これは地球人だな。幽体になってはいるがな」
「幽体? あの魂だけの存在ですか?」
「そう。普通は肉体が滅びると、すぐに吸収されてしまうのだけどね。まあ、コンタクトを取ってみよう」
ビクターは片手を上げてにこやかに語り掛ける。
「こんにちはお嬢さん。こんな所で迷子かね」
「あ、あなたたち、あたしがわかるの!? これは夢じゃないの」
女の子は戸棚の上からふわりと降りてくる。
短いショートカットの髪、少し痩せた体。顔だちは整っている。地球人の中では薄幸の美少女とでも言われるのかなとビクター思った。
「ああ、夢だよ。こんな倉庫ではなんだから指令室に行こう。あそこには休憩用のテーブルもあるからね」
指令室の奥には休憩用のテーブルがある。地球を眼下に望める景色の良い場所だ。千年単位で見続けているビクターには少し飽きた風景だが。
「メイ、第一食料庫のS4収納BOXに賞味期限ギリギリの物があっただろうからそれを取って来てくれないかな」
「はい、マスター」
再び倉庫へ向かって行くメイを後目にビクターは幽体の女の子をテーブルに促す。
「わぁ、スゴイ! あれ地球でしょ、じゃあここは宇宙ステーション!? でもニュースで見た宇宙ステーションと違うわ。何だかドラマのセットみたい。やっぱ夢なの」
「そうさ、君は迷い込んだ哀れなアリスさ」
地球の文献で見た作品に例えるのが最も違和感がないだろうとビクターは判断した。
「そうなの、じゃあこれからお茶会なの」
「そうさ、噂をすればほら」
「マスターお待たせしました」
メイがお盆に何かを持って来た。
メイの通常カメラの映像では薄青い光を放つ何かなのに、ゴーグルを通した映像だとイギリス風のティーセットとクッキーに見える。不思議だなと思いながら、地球文化に沿ってメイは給仕する。
「さあ、召し上がれ」
ビクターが促すと、女の子はクッキーを口に入れ、お茶のような物を口に含む。
「おいしい!」
女の子の顔に笑みが浮かび、次のクッキーに手が伸びる。
「どうぞ、全部食べて良いですよ」
女の子の一瞬の躊躇いを見逃さずビクターが言う。
女の子の笑みは至上の物となり、クッキーとお茶が次々と女の子の口に放り込まれていく。
「それを食べたら、おうちに帰りな……、いや夢から覚めるんだよ」
「でも、あたしどうやったら帰れるか分からないの」
少し困った表情で女の子が言う。
「君はどこから来たんだい?」
「県立がんセンターの病室からよ」
「じゃあ、目を瞑って、そこを思い浮かべるだけでいいよ。それで還れるはずさ」
ビクターに促され、女の子は目を閉じる。
女の子の色が薄れ、光の粒子となって窓から眼下の地球に向かって消えていった。
「ふぅ」
軽く息を吐き、ビクターはゴーグルを外す。
「マスター、今の女の子は?」
「あれは地球人の幽霊、いや現地の表現だと生霊と言った方が適切かな。霊体がコテラに迷い込んで来ただけさ。本人は夢と思っているだろうし、周囲の人間もそう思うだろう。何も問題ないよ」
現地人にこのコテラの存在を知られる事は重大事項に該当するが、夢と思われれば問題ない。ビクターの行動はそう判断しての事だ。
そう、何も問題ない。今日の出来事は退屈で怠惰な日常のちょっとしたスパイスだ。ビクターはそう思い再び安楽椅子に腰を下ろした。
今回のタイトルは「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」からですね。