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地球よいとこ、たまにはおいで  作者: 相田 彩太
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月は素敵な僕らの太陽(後編)

 

 翌日、通常のツアーならば出発にはまだ早い時刻、一行はホテルの前に集合していた。

 「皆さんお集まりですね。それでは出発しますよ」

 ビクターは陽気な声を上げながら旗を振り一同を誘導する。

 「で、どこへ行くのかね。千年以上の歴史のある遺跡かね。それとも千メートルを超える落差を持つ滝にでも行くのかね。どちらもこの近くには無いようだから、ステルス付イオンジェットが近くに待機していると思うが」

 ビィが周囲を見回して言う。

 「いえ、今日は徒歩です」

 「徒歩? そんな近くに何があるのかね。それに我々は疲れるのは遠慮したいのだが」

 ビクターの返事に不安を覚えたのかマタタも声を上げ、トラとベルも相槌を打つ。

 「いえいえ、ほんの数分ですよ」

 そう言ったビクターに先導され一同は歩みを進める。

 「はい、お疲れ様でした。ここが今日のホットスポットです」

 ビクターの指した先には街中にしては広めの芝生が広がっており、入り口には『A市中央公園』刻まれた碑が建てられていた。

 「公園? ただの公園だと? 私を馬鹿にしているのかね」

 ビィの声の棘が鋭さを増す。

 「ここはどこにでもあるただの公園ですが、今日はちょっと違います」

 飄々ひょうひょうと答えるビクターに続き一同が公園に入ると、近所の住人なのだろう、地球人が公園の中で何もするわけでもなく、ただ立っていた。

 その中の何人かは時計を眺め、手には近代銀河ではファッション以外の機能を失ってしまったアイテム、眼鏡を携えていた。

 「メイ、皆さんにも眼鏡を配って差し上げなさい」

 「かしこまりましたマスター」

 メイは手にした袋から眼鏡を取り出すと皆に配り始めた。

 「これを掛けて仮装でもしろと言うのかね」

 ビィが眼鏡を弄る。

 「いえ違います。まずは掛けてみて下さい」

 渋々ながらに一同が眼鏡を掛ける。

 「では、上を向いてこの星系の主星、太陽を見て下さい。間も無く始まりますよ」

 一同が天を仰ぐと各々の目には太陽の光が映る。

 「この眼鏡は皆さんの目に合わせて彩度を調整してくれますからまぶしくはないと思いますが、もし光が強すぎると感じた方はおっしゃって下さいね。別の眼鏡と取替えますから」

 「まぶしくはないが単調すぎる。いったいこれは何だね。これではスペクタルには程遠いぞ」

 ビィが呆れた声を上げると、周囲からオーと言う声が上がった。

 声の主は地球人である。

 「ん、これは太陽に影が落ちているぞ。これは日食かね」

 ビクターの言われる通りに太陽を見ていたマタタが問いかける。

 「はいそうです。みなさん太陽を見たままで結構ですので聞いて下さい」

 ビクターの声に従い一同は太陽を見続ける。

 太陽の蝕は次第に進み太陽の三分の一が月に隠れた。

 「こんなものは大して珍しくないね。日食なんて衛星がある星ではよくある事だよ」

 「ビィさんの言う通りですよ。これではちょっと興味を引くかもしれませんが絵としては普通ですね」

 そう言いながらトラはカメラを回す。

 カメラには自動採光機能がついているのだろう、トラは直接カメラで太陽を撮影している。

 「おしゃる通りですがこの地球の衛星、月はちょっと違いますよ。そろそろ勘付いていると思いますが、この日食はやがて太陽を月が完全に覆う皆既日食になるんです」

 「皆既日食とは珍しいね。という事はこの地球では主星の太陽と衛星の月の見た目の大きさがほぼ一致するという事か。ハビタブルゾーンにある星としては珍しいね」

 マタタが少し感心した声を上げた。

 「ふん、確かに少しは珍しいね。だがそんな星は銀河系には数多とは言わんが結構あるよ」

 「まあまあそう言わずに今はこの日食を楽しみましょうよ。おおっそろそろですよ」

 月が太陽の八割を覆う頃になると周囲が暗くなり、周囲から聞こえてきた地球人の声も小さくなる。

 皆が固唾を呑んでその瞬間を待つ。

 そして、その時がやってきた。

 周囲からは歓声が上がり、小躍りする姿も見える。

 一行も口元には歓喜の笑みが浮かび、トラも手をぐっと握り締め腕を廻した。

 そして長くも儚い時間が過ぎ、周囲は再び光に包まれた。

 「いや、これは素晴しい物を見せてもらった」

 「いい画が取れましたよ。これなら観光プロモーション映像としては上出来ですね」

 マタタもトラも喜びに満ちた賞賛を上げた。

 「ふん、だが銀河の一大スペクタルとは言えんな」

 だが、ビィはこの天体ショーにも難癖を付けた。

 ビィは手に携帯型情報端末を取り、少しの間それをいじると鬼の首を取ったように言う。

 「見てみろ、今調べたら皆既日食を起こす衛星を持った惑星がある星系はざっと数万はあるぞ」

 ビィは情報端末を皆に見せる。

 「確かにその通りですね。でももうちょっと絞り込んでみませんか」

 この程度は予想していたのであろう、ビクターはビィの示した情報端末を手に取ると、検索結果に条件を付けた。

 「ビィ氏の言う通り、主星と衛星の見かけの大きさが同じに見える惑星は多々あります。ですがこれに大気があるという条件を入れてみましょう。先ほど見られた皆既日食では周囲が少し揺らいでいましたね。これは大気の影響によるものです。それに大気が無いと天空は星以外の部分は暗天で日食が起きても黒のままです。ですが、この地球では大気のおかげで日蝕前の空は青です。これを地球人はスカイブルーと呼んでいます。空が青から黒に変わる。これは美しいですよ」

 「そうだな、太陽に気を取られていたが、あれは美しかった」

 マタタもビクターの声に同調する。

 「ふん、それでも一大とは言えんな。ほら検索結果が出たぞ。大気のある惑星で絞り込んでもまだ数百はある」

 ビィがビクターの前に端末をずずいと見せる。

 「ええ、おっしゃる通りです。では最期に素晴しい物をお見せしましょう」

 ビクターはメイに目配せすると、メイが了解しましたとスクリーンと映写機を取り出す。

 「皆さんご覧になって下さい」

 メイが映写機のスイッチを押すとスクリーンに映像が流れ始めた。

 そこには天を仰ぎ日蝕を見つめる一行の姿があった。

 映像が進み画が暗くなると一同が喜びの身振りをする。

 その後ろでは現地の地球人も感嘆の声を上げ、喜びと感動に体を動かす姿が見えた。

 手を廻す者、踊りだす者、中には服を脱ぎだす者も居たが皆の心は一致していた。

 この感動を躍動をって表現したい。

 「どうです。この時、皆さんと地球人の心は一つになっていたのですよ。旅の醍醐味は珍しい風景や食事もそうですが何よりも現地との触れ合いです。保護条例で地球人と過度な接触は禁止されていますが、この時は皆さんと地球人の心は一つになっていたのですよ。自分の見えない一面や、現地人との一体化を見られる。旅行の最期にこの映像をプレゼントする事で新しい自分を見つけられる。これはサプライズです。まさに銀河随一と言えるでしょう」

 ビクターは両手を大きく広げた。

 「だ、だが、しかし……」

 ビィは言葉に詰まる。

 「ハハハ、これは凄い。私にこんな一面があったなんて。大きな自然の感動の前では銀河人も未開の星、地球の現地人もあったもんじゃない」

 マタタが大きな笑いを上げる。

 「そうそう、あの地球人は大はしゃぎですけど、俺もカメラを持ってなければ踊ってみたい心境でしたよ」

 トラもマタタに同調する。

 「ビィさん、これは私達の負けですよ。その端末で調べて御覧なさい。先ほどの数百の星の中で生命があり、日蝕を事前に計算出来る程度の知能を持った現地人がいる星はいくつありますか」

 マタタの問いにビィ端末を弄る。

 「ぬう、これはまいった、地球だけだな」

 ビィが検索結果を皆に見せる。

 「しょうがない、この辺境駐在員にしてやられた気がするが地球観光については少し甘口で旅紀行を書くか」

 そう言ってビィは笑い始めた。

 

 「マスター皆様は帰路の船で出発されました」

 「そうか、では桟橋で手を振って送迎するか」

 一人と一台は壁面が透過になっているフロア、桟橋に行くと一行の乗せた船に手を振った。

 船からも皆が手を振りここに観光視察は完了した。

 「やれやれ、今日は忙しかったな」

 ビクターは安楽椅子にもたれかかるとメイにコーヒーを注文した。

 「はい、マスターは地球産のコーヒーがお好きですね」

 「ああ、最初は戸惑ったが現地で調達出来る飲み物で嗜好性があるコーヒーの味は中々だよ。いつか僕も任期を終えて帰還した後にはこれを懐かしく思うのだろうかね」

 そう言ってビクターはコーヒーを啜る。

 「でもメイは感動しました。地球にあんな素晴しい自然現象があるなんて、それにその後のサプライズビデオ、これはじきに観光客が殺到しますよ」

 「ん、何を言っているのだね。しばらくは私の望み通り暇が続くよ」

 「え、そうなんですか」

 「ああ、日蝕は年に数回しかおきないし、皆既日蝕や金環蝕で地球人の都市を通るのは数年に一回しか起きないのさ」

 ビクターはそう言って端末を叩く。

 メイの前には今後の皆既日食スケジュールが示されていた。

 ちなみにこの予想が地球人がご丁寧に計算してくれたものだ。

 「マスター全てあなたの望み通りの展開なのですね」

 「そう、俺は怠け者だがたまには働いてポイントを稼がないと評価が悪くなっちゃうからな。それに急に忙しくなるよりは、忙しくなる時期が明確になっているのもいいね。日食様々だな」

 ビクターはコーヒーを飲み干し、メイにお代わりを頼みながらつぶやいた。

 「明日も明後日もその次も順調に暇だ。でも来年にはちょっとだけ働こうかな」

 この話は地球で起こる皆既日食を題材にしたお話でした。

 文明人の居る星で皆既日食の起こる星は地球だけという所に引っかかる方もいるかもしれません。

 でも、太陽系の他の惑星と衛星の関係を見ると、地球に比べ月の巨大さが異常なのが分かると思います。

 銀河だけでも億単位の恒星があるので、地球だけというのは間違いだと指摘されるかもしれません。

 証拠付きで指摘されるといいなぁ。いや、是非、そんな事態になりたいです。

 こんな感じで始まりましたが、この作品は比較的緩いSF作品にしたいと思ってますので、温かい目で読んで頂けると幸いです。

 明日からは、一日一話の更新予定です。前編とかで切れる事があります。


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