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地球よいとこ、たまにはおいで  作者: 相田 彩太
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ロスト・サムライ(その4)*全5話

 姫の話によると叔父君への道程は二十五里ほどらしい。

 天の星の形は日ノ本とは違うが、姫が存じておられた。

 これで方角が分かる。

 食料は敵より奪った物で事足りた。

 姫も儂も小食であったのだ。

 道中は平穏で平易であった。

 山道が続く事を予想しておった儂にとってはいささか拍子抜けであるが、姫にとってはありがたい。

 姫にこの森は平原に植林したものであるかと聞いた所、この星全てが大地を鋼の板で覆われており、その上に盛り土をして木を植えたそうだ。

 理解に苦しむ所ではあるが、大地の活力を活用しているらしい。

 道中では姫と色々な事を話した。主に儂の事を姫に語って聞かせた。

 「では、イヌの故国でもクーデターがあったのか」

 「正確には恭順国の叛乱でございます。そして戌は叛乱側でございました」

 儂が姫に倒幕の話を聞かせていた時、姫が話にたいそう興味をもたれた。

 今の状況と似た所を感じられたのであろうか。

 千年を超える平和を保った王の血脈、それが臣下の叛乱によって脅かされるというこの事態に。

 「そしてイヌの軍が勝ったのだな」

 「はい、勝因は数多ありますが、中でも大きかったものは、我らが天皇という錦の御旗を掲げた事と、敵の将、慶喜公が決戦から逃げ、降伏した事にあります」

 そう、儂も最初それを聞いた時には驚嘆した。

 二百年の平和を保った幕府に牙を剥く我らの中には躊躇ためらいを持つ者も多かった。

 鍋島様の話では後に接収した軍艦を活用し、幕府軍が抗戦すれば長州、薩摩、肥前全ての町が幕府軍に占拠されてただろうともおっしゃっていた。

 儂も当時は弱腰の保身とも思っていたが、清、天竺が列強の喰いものにされていた事を知り、日ノ本全体を考えられた上ではないかと思うようにもなった。

 「なあイヌよ、我もその将のように降伏した方が良いのだろうか? 我が嘆願すればイヌの命も助かると思うぞ」

 お優しい方だ。だが、儂は言わねばならぬ。

 「戌の具申を聞いて頂けるのであれば、この上ない喜び、されど戌はその前に姫の意思をお聞きしとうございます」

 儂の言葉に姫はしばし考える。

 「よし、こうしよう。叔父上の下で戦うのなら拳を、降伏するなら掌を三、二、一で同時に出すのだ。我は忌憚のないイヌの意見を聞きたい」

 「かしこまりました」

 「ならばいくぞ、三、二、一」

 儂は手を突き出した。そして姫も。

 二人とも拳だった。

 「イヌ、理由を述べてみよ」

 「はっ、慶喜公の時との違いは外敵の有無であります。叛乱の将は国全体を守るのではなく、私利私欲の上での叛乱であります。そこに大儀はございません。おそらく敵は姫を大儀としようとしていると推察されますが、叛乱を起こすような男です、恩義や情があるとも思われません。降伏時は姫をまつり上げるでありましょうが、いずれ姫を疎ましく思い寝首を掻くでありましょう」

 「叔父上も同じとは思わんか?」

 「叔父君も姫を大儀とするでありましょうが、その大儀を以って王家殺害への叛逆者を討つのであります。討った後に、姫に危害を加えたとなれば、自らの大儀に自らが反する事になります」

 儂は過ちを犯した。

 姫には伏せておくべきだった父君と母君の事を言内に含めてしまったのだ。

 「うむ、その通りである」

 姫は一瞬顔を曇らせた。

 「それに、ケガイは罪なき者に銃口を向けた。そんな者は為政者となったとしても同じ事を繰り返すであろう。それは許せぬ」

 「その通りでございます」

 儂は地面に片膝をつき、こうべを垂れる。

 平伏したくもあったが、警戒ゆえに片膝で失礼する。

 「だがイヌよ、我が大儀となるならば、それが手に入らないとなるとケガイは我を殺害しようとするであろう。イヌの危険性も上がる。それを考えた上での事か?」

 伏した視線に水滴の跡が見える。

 儂の決心は決まった。

 いや、固まった。

 「戌は姫に全てを捧げた身、この力、命、魂までも全て姫の御為おんためにあります」

 「よし、ならば征くぞ!」

 「はい! 姫の仁の心を臣民に広めましょうぞ」

 「イヌよ、ジンとはなんじゃ」

 「優しい心の事であります。君主に最も重要な徳であります」

 「お主を死地に向かわせようとしてもか?」

 「それを憂う心こそが仁であります!」

 水滴の跡が増えた。


 叔父君の城は叛乱軍に包囲されていた。

 城の中の叔父君の兵と、叛乱軍がにらみ合いを続けている。

 「姫、いかがいたしましょう。城に隠し通路でもあればよいのですが」

 「残念ながら我の知る限り、隠し通路はない。城門も開かぬであろう。開ければ叛乱軍がなだれこんで来るからな」

 「ならば、突破するしかありませぬな」

 「うむ、目標はあれだ」

 姫より遠眼鏡を受け取り、指し示す先を見る。

 兵士より奪ったぼたんで倍率の変わる優れものだ。

 外壁には鉄の壁に鉄のかすがいが打ち込まれ、梯子のように登れるようになっている。

 姫はあれを登って城内に入れとおっしゃっているのだ。

 「かしこまりました。ならば突破の策は儂にお任せ下さい」

 儂は覚悟を決めた。

 

 「※≧∬ΘΨ! 〈Λ ★々、∵∴!!」

 儂は全身に枝葉を纏い『肥前藩士族! 鍋山 戌久、推参!!』と叫びながら森から兵士へ突進する。

 久しく使っていなかった日本語で、である。

 「姫のペットが現れたぞ!」

 呼子の笛が鳴り、兵士が十重二十重とえはたえに現れる。

 「背中に姫がいるぞ! 捕えよ!」

 号令が掛かり、駆ける儂の前に兵士が立ちはだかる。

 だが、儂は臆する事はない。

 「刀が通じぬ事は承知している。だが!」

 眼前の敵に組みつき、投げる。

 そう、ばりあふぃーるどとやらは打撃や斬撃、銃撃は防ぐが投げに弱い。

 そして貧弱にて大儀なき兵など、覚悟も決意も忠義なく私欲にはしった愚間の者など、姫を抱く儂の敵ではない。

 「会津藩士並みの気合いで出直して来い!」

 幾人のも兵が地に叩き付けられるのを見て、兵は丈を持ち出してきおった。

 だが、ひょうろく共の振りなぞ儂に通じるはずもない。

 「薩摩隼人の足元にも及ばぬわぁ!」

 幾人もの振り下ろしの中から、儂はひとつを見極め、手の甲でその丈を払った。

 軌道を変えられた丈は互いにかち合い、かがんだ儂らの上ではじけ飛ぶ。

 その反動で体幹を崩した兵どもを突き飛ばし、空いた隙間を突破する。

 だが、骨のあるひとりが背中の儂の魂とも言えるものを掴んだ。

 緩めてあった紐がほどけ、背中から服を着た人型が落ちる。

 それは、十字に結び、服を着せて案山子かかしとした大小であった。

 「姫じゃないぞ! 囮だ!」

 兵どもが叫び、その視線が周囲を見回す。

 その間隙を縫って、儂は包囲を突破し、梯子に取り付く。

 そして儂は登る、命よりも魂よりも大切な姫を胸に抱えて。

 「うまくいったようじゃの」

 胸の下から姫の声が聞こえる。

 「はい、あとはこのまま上るのみです」

 囮と見せかけて実は本体、単純な策であるが、上手くいったようだ。

 「姫は腹側です!」

 腹の膨らみに気づいたのであろう、兵の声が響く。

 だが、間に合わぬよ。儂らはすでに壁の中腹におる、飛び鉤も届かぬ所に。

 「梯子の上部を狙え!」

 銃声が響き、頭上から打撃音と金属片が降ってきた。

 「これで登れなないぞ! 観念しろ!」

 下から声が響き、兵士が梯子を登ってくる。

 「姫、儂にしっかり掴まって下され」

 「何をするのじゃ、まさか……」

 「ご安心下さい、儂は西南の折、かの武者返しを備えた熊本城の石垣を登った事もございます」

 これは半分本当で半分嘘だ。

 実戦では登っていない、訓練で登ったのだ。

 歪んだかすがい、銃創の穴、それだけで十分登れる。

 「あのペット壁を登ってるぞ!」

 ゆっくりとであるが、儂は壁を登り、再び梯子の部分に辿り付く。

 上から物音が聞こえる、叔父君の手の者が騒動に気付いたのであろう。

 「あと少しですぞ、姫」

 「うむ、流石だなイヌ」

 そう、あと少しだ。おそらく儂の運命も。

 僅かながら手に汗がにじむ、伏見、上野、会津、函館、熊本……、死を感じた事はあった、友の死を看取った事もあった、されど慣れぬものだ。

 「もういい! 撃て! 撃ち殺せ!」

 さあ、覚悟を決めろ! 力を込めろ! 手を、足を動かせ! この胸の温もりを感じる限り、儂は死んでも姫を守り続ける!

 銃声が鳴り響く。

 「さあ、このケガイに続いて撃て!」

 背中に熱いものを感じる。

 「イヌ! 無事か!?」

 「平気でございます。それよりも紐を緩め、最後は姫自身で登られる準備を」

 儂の手足の動きが速くなる。心臓の鼓動も。

 何度か銃声が響き、肺に血液が流れ込むのが分かる。

 大丈夫だ、儂には敵から奪ったばりあふぃーるどがある。姫にも、姫個人のそれがある。儂の身体自身もある。姫の守りは万全だ。

 「おい、当たっているよな? これ対バリア徹甲弾だよな?」

 「ええい、撃て、撃ち続けろ!」

 下からの声が鮮明に聞こえる。

 きっと脳が生きる為に感覚を研ぎ澄ましているのであろう。

 弾が肘を貫き、右腕が力を失い、だらりと垂れる。

 あと数段、それまで儂は盾になればよい。

 「姫、あとは姫自身で……」

 「いやじゃ、イヌも一緒じゃ」

 「ゆくのです、戌は忠を果たしました。その声に応えるのも仁であります!」

 そして姫は上を向き、儂の胸から離れ、梯子を登った。

 最上段で姫が叔父君と思われる者に抱えられて塀の上に達した時、儂は背中と脚に何発もの銃弾を感じた。

 「イヌ、手を!」

 塀の上から姫が顔を出し、儂に手を伸ばす。

 良い角度だ、最後まで姫の盾となれた。

 全身から力が抜け、身体が飛翔する。

 星と水滴が見えた。

 この「地球よいとこ……」シリーズは基本的に明るく楽しいSFをモットーにしています。

 なので、死者はあまり出ないようにしているのですが、この話は例外で戌久は数少ない死者です。

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