ロスト・サムライ(その3)*全5話
だが、姫と儂の平和な日々は長くは続かなかった。
叛乱が起きたのだ。
その日は常とは城の雰囲気が違っておった。
この国は祝日が多く、王族はその度に式典を催す。
千年を超え、万年に達しようとする歴史があるのならば納得もいく。
当然、伴の者も配備されているのだが、当日はいつも以上に警備の数も多く、中には緊張で息を荒くしておる者もおった。
儂がたまたま視察しておった元治元年の京都の長州藩に雰囲気が似ておる。後に禁門の変と呼ばれた事件だ。
儂はいつも以上に姫の側を離れぬよう心がけた。
「姫、庭に参りましょう」
「なあに、お外で遊びたいの?」
「はい、この話は儂には難しく、とんと分かりませぬ」
「いいよ、姫もちょっと退屈だったの」
「では、私も同行致します」
姫と侍女と儂は三人で行動する事も多く、式典を抜け出す事はこれが初めてではない。
警備の者もそれを知ってか、儂らが横を通り抜けても何も言わなかった。
庭に着いて少し時間が経った時、にわかに式場から喧騒が聞こえて来た。
姫は優雅に庭のテーブルにお座りになっておられた。
「すまぬ。許せ!」
心苦しかった。
この侍女は姫への忠誠が高く、儂のような異星の者にも根気よく、分かりやすく、色々な事を教えてくれる稀有の者だった。
だが、心を鬼にせねばならぬ。
儂は侍女に足払いを掛け、地に倒れたその上に足長机を天地返しに載せる。
「ちょ、イヌさん。何を!」
この星の者は身体の鍛え方が軟弱である。
五貫の錘を載せられれば立ち上がる事もかなわなくなる。
たとえ、身体そのものは”ばりあふぃーるど”で守られていてもだ。
「姫、御免!」
「い、イヌ、何を!」
儂は姫を抱え、走り始める。
儂が走り始めた時と、銃を持った反逆の徒が闖入してきた時はほぼ同時であった。
儂は銃を向けられ、頭を押さえて降参のポーズを取る侍女を後目に駆ける。
これで良いのだ、あの侍女は自らを盾に姫を守りかねない。
それは無駄死にである。
それに盾になるのは儂の役目なのだ。
闖入者の目的は明らかに姫である。抵抗できず無様をさらす女子を手にかける事はあるまい。
儂は姫を胸に抱き足を速める。
向かうは城門、行く先は街の外地、救うべきは腕の中の温もり、駆けるは鉄の大地、掛けるは命。
街路の人込みを掻き分け、城門の制止を振り切り、儂は街の外へ出た。
この星の地は欧州に似ている。
街が城壁で囲まれ、住人はそこに住む。
街の外は一面の森である。
不思議な事に街道は無い、移動は不思議な空飛ぶ船で行っている。
儂も何度か乗った事があるが、驚天動地の出来事であった。
米国では人が空を飛ぶ機械、飛行機なる物を発明したという話を聞いたが、異星に来て飛行機に乗る事になるとは露にも思わなんだ。
城門は森林浴を行う住民の為にあるらしい。
森なぞ、かしこにあると思っていた儂にとっては不思議な習慣であるが、鉄の大地に鉄の屋敷に住まう者にとっては非日常の娯楽なのであろう。
儂も姫の伴として何度か訪れた事がある。
儂と姫はその星の大地を覆う森の中に逃げ込んだ。
「イヌ、どこへ行くのじゃ」
「わかりませぬ。ただ、追手が届きそうな所で一休みしましょう」
「なぜ、届く所で休むのじゃ、逃げ切るのではないのか?」
「あの曲者達が警備の者に鎮圧されている可能性がございます。その場合、来るのは追手ではなく、救助の者になるでしょう。それを踏まえ、まずは正しい情報を掴みましょう」
「なるほど! 近衛の者は優秀な者ばかりじゃ、あのような下賤の輩は既に逮捕されているに違いない」
そうであったら良いと儂も思う。
だが、期待は薄い。
姫の一族の王権は千年以上もの平和を保ってきた。
結果、近衛は名誉職となっている公算が高く平和呆けとなっている可能性がある。
それは叛乱の徒も同じだろうが、最初に口火を切った高揚感と禁忌を侵したという半ばの恐慌感が一時的には近衛を上回るだろう。
一時的であれ、あの城と街は叛逆の徒に支配されるはずだ。
「姫、では木の上でお待ち下さい。戌は敵の手勢を捕えて参ります」
儂は姫を背に乗せ、木を登る。
若い頃をを思い出す、海を渡る黒船を見ようと丘の木を毎日登った時の事を。
木の又の所に姫を置く。
「イヌ、戻ってくるのじゃぞ、約束じゃぞ」
「はい、戌は必ず姫の下に戻って参ります」
するすると木を降り、儂は周辺に罠をめぐらす。
きっと追手は”ばりあふぃーるど”なるものを身につけておろう。それは強固な具足であり、儂の大小では文字通り刃が立たぬが、ならば身体そのものを拘束すれば良いのだ。
幸いな事に近場には小川があり、石と岩、丈夫な蔦があった。そして地面は柔らかい。
そして最も幸運な事は罠を設置し終える迄に敵の襲来が無かった事だ。
追手はあっけないほどに無力化できた。
三人の敵が森に入って来たのだが、一人目は落とし穴に掛かり、二人目は木の上に釣り上げられ、三人目は石と石を蔦で結んだ投擲器によって身体をがんじがらめにされた。
「はなせ! けだもの! 俺をどうするつもりだ!」
「殺しはせぬ。だが、答えてもらおう。殿と奥方様はどうなされた」
その問いに若い男は言葉を詰まらせた。
そうか、儂は状況を理解し、そして言った。
「悪いが身ぐるみは剥がせてもらう。そして忠告だが、しばらくは戻らぬ方が良い。身を隠し、一連の事件が終息してから戻るがよかろう」
「なぜそんな事を言う。ケガイ様は自分に従えば、もっと高い地位と金をくれると約束してくれた」
「お前たちは平和なこの国で血を流して叛逆した。街の連中はお前たちに従うだろう、恐怖によってな。そして、お前たちの頭目は恐怖による支配に成功経験を持つ事になる。それが行く着く先は、さらなる恐怖により成功を繰り返そうとする行為だ。だから、味方であっても粛清する」
儂がそう言うと男はしばし黙り込み、そして言った。
「分かった、お前の言う通りにしよう」
そして儂は男から服と装備一式を奪い姫の下に向かった。
そろそろ、最初と二番目の男が罠から抜け出す頃であろう。急がねばならぬ。
儂が木を登り、姫の下に戻ると、姫は目に涙を浮かべながら抱きついてきた。
「遅いぞ! イヌ! 何をしておったのじゃ」
「姫、お待たせして申し訳ありませぬ。だが、時は一刻を争います。叛乱の徒はケガイという輩を首魁とし、城と街を占領しております。我らは早急に助力を求めなくてはなりませぬ。信頼の置ける、名のある者はご存じないでしょうか」
儂の真剣な問いを前にし、姫が眼の涙を拭う。
「ケガイか、ヤツならば軍の大半を手中に収めておろう。その前に問う、父君と母君の安否はどうじゃった」
姫の真剣な問いに儂は答える事ができなかった。
答えれば姫の涙は再び溢れ出す。
「あい分かった。その件は分からなかったのであろう。前の問いの答えじゃが東の叔父君が良かろう。野心家ゆえ、中央から遠ざけれておったが、独自の軍を持ち、その街は時代錯誤に堅牢と聞く」
姫は聡明でお強い方だ。儂の沈黙から状況を理解したのだろう。
きっとその叔父君は姫を助けてくれるだろうが、姫を錦の御旗に立て、実権を握る野心を持っていると推察される。
姫は一時の傀儡となろうとも、事の収拾を第一に考えられたたのだ。
きっと頼れる大名ならば他にもいるに違いない。
だが、あえて、その叔父君を選んだのだ。
「承知致しました。大体の地理を賜れば、戌が必ず姫を叔父君へ送り届けます」
「うむ、頼りにしている。我に残された最後の忠義のサムライよ」
この時、姫は初めて儂をサムライと呼んでくれた。
「ええい、姫はまだ捕えられぬのか!」
ケガイの声が城門に響く。
ケガイは焦っていた。この国の王と王妃を捕え、実権を握る計画であったが、王の抵抗に逢い、王はケガイの凶刃に倒れた。
そこまでは良い、王殺しを貴族らに見せつける事で奴らは大人しくなったのだから。
だが、姫を逃したのは誤算であった。
ケガイとしては、姫を捕え、傀儡とし、多少なりとも自らの支配に正統性を持たせるか、最悪、殺害してでも他に正統性を持つ者を減らさねばならぬ。
王弟は民に人気が無い、六種族の課題を打ち破った自らの功績と凱旋により、ケガイの人気は高い、王族さえいなければ民の信任を得る事は可能であろう。
例え、王殺しというマイナス要素があろうとも。
「ケガイ様、手の者が戻りました」
「おお、戻ったか!」
だが、数秒後にケガイの期待は見事に裏切られる事になる。
戻った二名の報告によると、姫は護衛のケダモノと一緒に森に逃げ込み、それを見失ったという報告を受け、ケガイは決断する。
このままでは、兵の掌握すら危うい。
「よく報告してくれた。最悪の報告をな」
怒気を押し殺した声でケガイが言い放つ。
「申し訳ございませぬ。すぐにでも追加の人員と共に姫を探しに参ります」
「いや、その必要はない。ゆっくり休め」
にこやかな顔のケガイを見て、二名の兵士は安堵の溜息をつく。
「あの世でな」
ビュンという音が響き、右の兵士が脳天を撃ち抜かれ、地面を朱に染める。
もう一名が恐怖の面でケガイを見た時、その男は見た。
ケガイの顔を。
それは、怒りでも、衝動でもなく、ただ、打算的に己を殺そうとする顔を。
こいつは俺の命に興味は無い、あるのは、この状況を自らの利にしようとする事だけだ。
「おの……」
男に叫びは続かなかった。
「失敗者は要らぬ。必要なのは成果だ。それ無き者は、この者たちと同じ運命をたどると思え!」
ケガイの前に一同は声を上げる事が出来なかった。
ただ、ケガイの顔と地に伏す二人の哀れな男を交互に見るだけであった。
バリアフィールドは全身を覆う力場です。
一定以上の威力に反応しますが、それは体を傷つけるような物に反応するので、投げや自重程度の重さには反応しない設定です。
反応しちゃうと、日常生活に支障が出ちゃうからね。




