猿の居る惑星(前編)
「あー今日も順調に暇だ」
地球産のサイダーにストローを刺し、その半透明で気泡の入った液体を吸い込む。
ブドウ糖の冷たい味わいはビクターの喉を潤す。
同じヒューマノイドだからだろうか、地球人の食事はビクターの舌に合う物が多い。
不思議な偶然からだろうか、それとも宇宙創星伝説にある第一世代文明に由来するからだろうか。
まあ、どうでもいい事だ、考えたとしても答えが出せるわけでもない。そう考えながら再びサイダーを飲む。
「マスター、ゴレム星人から緊急の依頼が入っております」
「なんだ? あのいつも冷静な種族が珍しいな」
ゴレム星人は銀河市民で唯一の創造物の種族である。
炭素系でもケイ素系でもない、メイと同じロボの種族である。
彼らが銀河市民として認められているのは三つの理由がある。
第一に、その体と知能が銀河市民の技術をもってしても再現出来ない高度な技術で構成されている事。
第二に、数と版図が広い事。銀河連盟と接触した時、既に当時の全銀河連盟の版図の十五パーセントに相当する星系を支配下に置いていた。
第三に、他星系人に対し、非常に好意的である事。彼らはある条件の下にメイのようなアンドロイドが要求される以上の高度で危険な活動に率先的に参加している。
「あの憧れのゴレム星人にお会い出来るなんて、あの記念写真を撮ってもよろしいでしょうか」
「ああ、先方の了解が……」
そう言ってビクターは言葉を止める。
「メイ、お会いって、ゴレム星人が来るのか!」
安楽椅子から立ち上がりビクターが叫ぶ。
メイがビクターの叫びを聞いたのは数年ぶりだ。
「ええ、三日後には到着予定です」
「げっ、そんなに早くか」
「ええ、既にゲートを通過し、こちらに向かっています」
そう、完全な機械であるゴレム星人はビクターのような炭素系生命体より遥かに頑丈だ。
だから通常より遥かに強行軍とも呼べる高加速と高減速が可能なのである。
「も、目的は?」
ビクターは分かっていた。緊急でゴレム星人が来る理由は一つしかない。だけど万一の期待を込めて聞いた。
「目的は人間の購入ですね」
「し、使用目的は?」
「神の眷属として崇め奉るとあります」
思った通りだ。ビクターは掌を目に当て現実から目を逸らす。
「マスター、何か問題でも?」
「問題ありまくりだ。メイ、ゴレム星人が銀河連盟に加入する時の条件を知っているか?」
「ええと、彼らの創造主である神の発見に協力するですよね」
「そうだ。彼らの創造主は既に銀河に居ないとされている。滅んだのか、去ったのかは不明だが、ゴレム星人が起動した、もしくは自我に目覚めた時には彼らは彼らの元に居なかった。彼らの存在意義の第一命題は創造主への奉仕だ」
「それは悲しいですね。奉仕の対象が居ないのは、存在の本分の不在になります」
「そうだ、場合によっては狂って、いや論理思考の機能障害を起こす可能性もある。もし、銀河連盟がそうなったゴレム星人の集団に遭遇していたらと思うとゾッとするよ」
ビクターの言葉は誇張ではない。もし、ゴレム星人と銀河連盟の全面戦争になれば、数千年は続く大抗争になるだろう。
「それよりも遥かに大きい問題がある」
「何でしょうか」
「人間を彼らにあてがったら、どうなると思う?」
「崇め奉るとあるので、きっと上へ下へおけぬ厚遇されるのではないでしょうか」
「その通りだ。だが、あてがった人間が尊大な望みを持ったらどうなる」
「きっと望みを叶えようと……あっ、まずいですマスター」
メイの顔のモニターが点滅する。危機を知らせるシグナルだ。
「そう、人間が宇宙支配を目論んだ場合は、ゴレム星人はきっとそれを叶えようとするだろう。下手をすると直接的な侵略ではなく、経済的な面や水面下の工作からの実現を目指すとすると、さしもの銀河連盟も危ない」
そう、個体数のコントロール、肉体的な頑健さ、個人の欲望の欠如、いや、欲望というか存在意義による目的の統一、神の眷属への奉仕という形で、それが成されたゴレム星人は単体としては最大の勢力になるだろう、確信を持ってビクターはそう思えた。
「で、どうするんです」
メイの問いかけにビクターは頭を抱え言葉を詰まらせる。
「いっそ飛鳥でも差し出すますか、マスター」
メイの提案にビクターは何かを思い出そうになる。
飛鳥は僕らに恩があるからお願いすれば何とかなるかもとビクターは淡い期待を抱く。そして違和感も。
「メイ、お前が飛鳥と離れる提案するなんて珍しいな。友達じゃなかったのか」
「もちろん私も付いて行くに決まっているじゃないですか」
ああ、こいつは一人で逃げる気だとビクターは思った。
飛鳥か……彼女の顔を思い浮かべた時、ビクターの頭の靄が晴れた。
「メイ、ゴレム星人の示す神の眷属となる条件は何だったけ?」
「彼らのアーカイブに唯一残されたとされる、神のDNAとの一致率です。六十六パーセント以上が眷属の条件です」
メイの答えにビクターの口元がニヤリと上がった。
タイトルは「猿の惑星」からですね。